太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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ルートα
最終話 光の失墜


 救いとは万人が願うものであるが、決して叶うものではない。

 救いは我々の手の届かぬ場に存在する。

 

 

 ドアノブに触れる。

 

 ドアの鍵が掛かっていないお陰で容易に入室できた。

 途端、違和感に気づく。この部屋は明らかに外界と異なる。

 

 鼻孔に漂う血臭、昼間にも拘らず、闇夜のように黒い部屋。

 

 とてもではないが、人間が住める環境とは言えない。汚濁した世界が広がっていた。

 

 歩く毎に軋む床。彼方此方に蜘蛛の巣が張られ、蜚蠊も何匹か床を素通りしていた。

 

「あっれー?君もしかしてμ’sの園田海未ちゃんじゃない?」

 

 リビングには醜怪な男がソファに腰掛けていた。肥満体で脂ぎった顔、髭は無造作に伸び、悪臭が漂う。

 

 そして、彼の膝元に居たのは……。

 

「……琴音?」

 

 琴音のワイシャツは真っ赤に染まり、微動だにしない。

 私は直ぐ様、彼女の元へ駆けつける。

 

「琴音!大丈夫ですかっ!?」

「……ぅみちゃん?」

 

 僅かに息があるようだが、血が止まらない。

 

「しっかりしてください!今助けます!」

 

 しかし、彼女は首を横に振った。

 

「……琴音?」

 

 懸命に何かを伝えようとした。ずっと胸の内に秘め、言い出せなかった、そんな表情をしていた。

 琴音は私にだけ伝わる声でそっと「真実」を告げる。

 

 その「真実」に、目頭が熱くなる。視界が霞み、もう何も見えない。

 

「……やはり、貴女が……」

 

 彼女の手を握る。この手が動くことは二度とない。

 

「いやぁ。やっぱり可愛い子は殺す時も格別だよねぇ。彼女のお陰で僕も強い衝動に駆られてねぇ。このナイフで刺突した時はね、それはもう……ぁぁあぁああっ!ぎもぢぃぃぃっ!」

 

 甲高い声で男は笑う。捜索中に聴こえた高笑いの声と同質のものだ。その声音には言葉では形容し難い邪悪さが込められていた。

 

「貴様……っ!」

「あはははっ!悲しいっ?悲しい〜〜っ!?ねぇねぇ聞かせてくれよーっ!」

 

 沸沸と何かがこみ上げてくる。大地を揺るがすような激動が胸の中で渦巻いていた。

 それを必死で堪えようと歯を軋ませたが、最早我慢できる状態ではなかった。

 

 足元に落ちている手鏡を一瞥すると一人の少女が映っていた。双眸は鮮紅色のように煌めき、髪色は透き通るほどに白かった。まるで羅刹のような形相だった。

 

 だが、今はそんなことはどうでも良い。ただ、本能に従い、●す。

 

 手を出すのに、何の躊躇いもなかった。彼の肥満した腹に一発、拳を入れる。

 肥満体型とはありがたいものである。豊満な弾力のお陰で私の一撃は奥部までめり込んだ。

 

「ぐふぇっ……ゔぁっ……いでぇぇよぉお」

「下郎が……。どうやら貴方は私を殺せるとでも思ったのかもしれませんが、そうはいきませんよ。幼い頃からあらゆる武道に励んだ私からすれば、貴方なんて敵じゃないんですよ。」

 

 続いて男性の急所である、睾丸を蹴る。その後、脛を蹴り、確実に動けなくなったと判断してから、背負い投げする。巨体を持ち上げるには膨大な筋力が必要となるが、異様な高揚せいだろう。力が底から溢れてくるようだった。

 男は稚児の如く泣き喚く。これ以上の耳障りな声も中々に珍しい。

 

「さて。ただ、嬲るのも些か面白くはない。リクエストにはお答えしますよ?」

「嫌だっ!じにだくなぃ!死にたくねぇよぉっ!」

 

 制裁のために顔面に膝蹴りする。又もや豚のように喚く。醜いことこの上ない。

 

「死にたくない?その選択肢だけはありませんよ?お前なんかのために何故っ……!」

 

 最早、殴る蹴るでは収まらない。この胸の渇きはどうにも止まらない。

 

「貴方には相応の罰が必要です。」

 

 足元に落ちていたナイフを拾う。ナイフを握り、鋒を奴に向けた瞬間、脳に警告が掛かる。

 

 言わずとも分かっている。この刃が貫通したと同時に私はこの醜悪な男と同類になる。

 手が震える。漲るほどの殺意があるというのに私には穿つ力がない。

 

 不意に脳が痺れるほどに安らかな声が聴こえる。

 

『海未ちゃん……大好き』

 

 優しさに溢れた声だった。視界が霞んでゆく。強く握っていたはずのナイフをいつの間にか手放していた。

 男は失神していた。小さく「助けて、助けて」と呟いていたが、興味ない。

 彼女の体を抱き上げ、醜悪な世界から立ち去る。

 

 

 外に出ると、雪が降っていた。寒い、冷たいという感覚は既になかった。

 ただ、空が泣いているように見えるのが少しだけ悲しい。

 

「どうしてこうなってしまったんでしょうね。」

 

 運命に抗っても幸福がやってくることはなく、結末は酷薄としていた。

 誰もがコメディのように終わりたいと願っていたが、そんなものはこの世界に存在しない。コメディとはトラジェディから目を背けるために生まれた幻想でしかない。

 

「げほっ、……ぐっ」

 

 胸から込み上げてくる鉄の味。口元から血塊が溢れ、膝が崩れる。

 体制が取れなくとも彼女の手だけは離さなかった。

 

「琴音……。いえ、―――。私も大好きです。」

 

 世界がどれほど陰惨で欺瞞に満ちていたとしても、それだけは不変だ。

 

「……ずっと……一緒に……」

 

 最後に見たのは淡い雪の華だった。

 

 

 

 

 

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