太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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ルートβ
混在した感情


 ドアノブに触れる。

 

 ドアに鍵がかかっているせいで入室できない。

 

「む。やはり此処ではないのかもしれません。」

 

 ボロアパートとは言え、一般人の住居であることには変わりない。この部屋が犯人の住処と判断するのは早計かもしれない。

 

「いえ、これは……」

 

 思わず鼻をつまむ程の異臭が漂う。

 

「一体何が……」

 

 異臭の発祥はこの部屋からである。

 同時にもう一つ奇怪な点がある。このアパートはどの部屋からも人の気配がない。

 

「一応、調べてみますか。」

 

 一部屋ずつドアノブを回すがどの部屋も鍵は掛かっておらず、無人だった。

 唯一、鍵が掛かっていたのは先程の一○二号室のみである。

 

「なら、この部屋を強制的に開ける他ありませんね。」

 

 一歩間違えれば、私が犯罪者になりかねない。

 しかし、彼女の安否が分からない今、迷ってる時間もない。

 

「行きますよ……。」

 

 深呼吸し、構えを取る。

 

 

「んにゃぁ、外からなんか物音してね?普段しないからなぁ。心配だなぁ。でも気のせいかもしれないよなぁ。へへへっ。」

 

 男は玄関に向かおうとしていたが、億劫に思ったのか、再びリビングに戻ってくる。

 

「さーて。そろそろフィニッシュにしようか。琴音ちゅわ〜ん。」

 

 男はナイフを琴音に向ける。

 

「ふふっ。気丈に振る舞ってはいたけどやはり、刺されると思うと怖いでしょ〜。」

「……っ……」

「あぁ、君はどんな顔をして逝くのかな〜。楽しみっ。ぁあっ!」

 

 この状況ではどう足掻いたところで助かる見込みがなかった。

 琴音の瞳は弱々しくも男を睥睨した。

 

「わぁ、まだそんな表情ができるんだぁ。うひぃっ、ますます興奮するっ!ゔぁああぁ!エキサイティンッ!」

 

 刹那―――。

 玄関から破砕音が響く。

 

 

 明鏡止水。

 あらゆる焦燥が胸の内から消えてゆく。

 

 武道の修練と共に修得した。とはいえ、普段の生活で使用することは滅多にない。それもそうだろう。普段の学校生活で精神統一など不要である。誰かといる際は喜びと悲しみを享受したい。

 だが、今は冷静でなければならない。犯人を目にした途端、恐怖と怒りが込み上げるかもしれない。そうでなくとも、不安と懸念が身を襲うだろう。その為の精神統一である。

 

「行きますよ。」

 

 右足の腿と脹脛に筋力集中。右足に溜めた筋力を一気に解放し鍵のかかったドアを蹴りつける。

 

「一発では無理ですか……」

 

 蹴り一発でドアが破壊するまでには至らなかったが、ボロアパートというアドバンテージが働いたのだろう。もう一発程で抉じ開けることが可能である。

 

「はぁ!」

 

 再度、蹴りを入れる。

 ドアに溶接されていた金具が外れ、部屋の中が露わになる。

 部屋の中は酷いものだった。手入れをしていないのが一目瞭然である。

 散乱した生ゴミ、蜘蛛の巣、そして数匹以上の蜚蠊。世辞にも人間が暮らせる場とは言えない。

 

「な、何だ⁉︎ってドアが壊れてるん⁉︎」

 

 部屋から肥満体の男が現れる。

 不躾な言いようになるが、男の外見は部屋の汚濁と重なって見える。

 

「あ、ぁあ!き、君はμ’sの園田海未ちゃんじゃ…!」

「そこに琴音はいますか?」

 

 すると、男は拳を振り上げようとする。私がここに来たことが予想外だったのかもしれない。表情に焦りがある。

しかし、動きの全てが鈍重だ。当然の事だが、肥満体では敏捷性にかける。

 

「すみません。退いてください。」

 

 素早く男の脚をかける。男は見事に足を引っ掛けて転倒する。

 

「ぐぇっ……!」

 

 あの重量では起き上がるに暫しの時間を要するだろう。

 その間に、彼女を助けなければならない。

 

「琴音!」

「う、海未ちゃん?」

 

 声の方に振り向くと、彼女が縛られた状態で横たわっていた。スカートを脱がされ、全身に切り傷、部分的に打撲が見られる。

 

「大丈夫ですか?」

「な、何で来たの⁉︎こんな危ないところに!」

「文句は後で聞きます。早々に此処を離脱します。」

 

 彼女は何か言いたげだったが、今は言い争ってる場合ではない。

 彼女を抱き上げ、玄関に向かおうとした時だった。男は寝そべった状態で銃口をこちらに向けていた。

 

「しまっ……!」

 

 気づくのが遅かった。銃声が響く。

 

「ぁぐ……っ!」

「海未ちゃん⁉︎」

「迂闊でした。ですが擦り傷で済んだのは幸いでしたね。」

「で、でも血が……。」

 

 傷を負ったのは横腹である。擦り傷とは言ったが、やや当たり所が悪かった。

 素早くハンカチを取り出し、傷口を抑えるが、瞬く間に真紅に染まる。

 

「あっはぁ〜。さっきのお返しだよ〜ん。まさか此処から逃げられると思ったのかな〜?」

「く…っ!」

「よくも琴音ちゃんとのお楽しみタイムを邪魔してくれたね〜。うーみーちゃ〜ん?予定変更。君から殺してあげる。」

「させると思いますか……?」

 

 何とか立ち上がる。

 しかし―――。

 

「ごほっ、けほっ……ぐっ…!」

 

 口から溢れたのは血だった。どうやら病症が表面化したようだ。

 

「……こんな時に…!」

 

 腕脚に込めた力は次第に抜けてゆく。

 

「さーて、さよ〜なら。」

 

 男は再度、銃口をこちらに向ける。

 

 

 体が燃え上がるようだった。

 誰よりも護りたい人がいた。干渉するものを殺しても構わないと思う程に。

 

 だから私はナイフを握る。

 

 鏡に映る自分を一瞥する。反射していたのは少女ではなく、鬼だった。赤く揺れる瞳が少女であることを拒絶していた。

 

 

 銃口は容赦無く海未に向けられる。

 彼女に逃げ場はない。傷による出血多量、病による急な体調悪化。立ち上がることさえ、ままならない。

 琴音も外傷からして自由には動けない。全身に切り傷、部位的には打撲が見られる。

 

 だが、どういうわけか。動けない筈の琴音は急に立ち上がったかと思えば、男に対し、体当たりする。

 一連の動きは刹那的で、俊敏だった。男は体当たりの衝撃で、転倒する。

 

「いだぁっ!」

 

 男が起き上がるには数分を要するだろう。巨体且つ体当たりの衝撃からインターバルが生じる。

 

「海未ちゃんに触るな。」

 

 琴音は足元に落ちていたナイフを拾い、男に向ける。

 

「ひ、ひぃ。ま、待って、琴音ちゃん。は、話し合おう、ね?」

「話し合いの余地なんてないよ。海未ちゃんを手に掛ける者は何人たりとも……。」

 

 琴音は男に目掛けて、ナイフを振り落とす。彼女の瞳に何一つ煌めきがなかった。只々、淀んでおり、同じ人間に向ける視線ではない。

 しかし、彼女の憤怒は急な人影により阻まれる。

 

「駄目です!琴音!」

 

 海未は琴音の腕を掴み、体を押さえる。

 

「離してよ!海未ちゃん!この男は海未ちゃんを……っ!」

「彼なら意識を失っています。」

 

 見ると、男は失神していた。手足が震え、表情には恐怖が刻まれていた。

 

「琴音。ナイフを離してください。もう大丈夫ですから。」

 

 琴音は言われた通りナイフを手放す。琴音の表情は形容し難いものだった。憎悪、忸怩、悲痛……。あらゆる感情が混合しているようだった。

 

「海未ちゃん……私。」

「良かったです。貴女が無事で。」

 

 海未は琴音を抱擁する。

 重荷から解放された故か、琴音の瞳からきらきらと光が迸る。

 二人の姿は母娘のようにも見える。凄惨な世界で温かなひと時だった。

 

 しかし、刹那の間に暗がりが再来する。

 

「海未ちゃん?」

 

 琴音を抱く力が徐々に弱まる。ふと胸騒ぎがする。

 彼女の顔に目を移すと、瞳は薄く閉ざされ、呼吸をしていなかった。

 

「海未ちゃん!海未ちゃん!」

 

 彼女から返る言葉はなかった。

 

 

 誰かが私の名前を呼んでいた。

 その声を聴くと、ひどく懐かしく、泣きたくなる。

 

 私は今まで彼女の為に必死になっていたのだろう。

 

 ―――貴女の為に。

 

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