いずれも「運命の行方」から話を分岐しています。ルートαは「光の失墜」が最終話となり、βは残り僅かではありますが、話が続きます。
何卒、宜しくお願いいたします。
本来ならば既に死んでいるのだろう。
身体中が軋み、神経も鈍くなっている。生から遠ざかっているのに、胸の内に熱が走る。
きっと、最後に見た涙の所為だ。
貴女が泣いていると、生きなければならないと脳に警告が掛かる。
全て、貴女の所為―――。
☆
ともかくも、私はまだ生きていた。
しかしながら、琴音の捜索において身体を酷使したことは間違いない。加えて、犯人につけられた傷により、身体に支障をきたしていた。傷は回復を見せたものの、身体の免疫力は一層低下した。
今朝の診察でも、医師の表情は険しかった。病床に伏すのが最適であると彼の瞳が語りかけていた。隣に居た母も似たような表情を浮かべて居た。
それでも私は全てを蹴った。愚かしいと知っていて尚、華やかに散ることを選んだ。
不意に悟ったのだ。
スクールアイドルとは生徒ならではの限定的なアイドルだ。期間に制限があり、長期的に活動を続ける歌手と比較すれば些末なものでしかない。
だからこそ、誰よりも輝く必要があるのだ。最早、寝る暇などない。最後のステージの為に、己の全てを注ぎ出す。
☆
いよいよ、ラブライブ本選まで残すところ一週間となる。μ’sの練習もいよいよ総仕上げとなるのだが、一つ問題が生じる。
「本選で披露する曲は未発表の曲のみ。それも二曲……。」
「元々、新曲の練習はしていたから、もう一曲必要になるわね。」
ラブライブの運営側は本選出場グループに対し、より高度なクオリティを求めているのだろう。
パフォーマンスが多彩なほど、グループの見方が広がる。
「海未、真姫。早急に頼めるかしら?」
絵里の一言に私と真姫は目を合わせては笑う。
「ちょ、ちょっと二人共。私は真剣よ?」
微笑みながら絵里に諫言する。
「実は先日、真姫と共にμ’sの最後に相応わしい曲を考案していたのです。本当に使うことになるとは思いませんでしたが、念を入れといて良かったです。」
「準備いいにゃ〜。」
「つまり、あとは練習するだけやんな。」
「ええ。残すところも僅かですが、頑張りましょう。」
前もった準備が功を成した。後は曲と振り付けを覚えれば出場までには間に合うだろう。
スクールアイドルを始めてから今日に至るまで、練習の効率も格段に良くなっている。メニューをこなす上での懸念は今の所ない。
新曲への振り付け練習を始めようとするが、妙な違和感が走る。
「海未ちゃん?練習しないの?」
「ああ、いえ。真姫がふりつけを覚えています。真姫に教わってください。あと、絵里もサポートの方、お願いします。」
「どこか行くの?」
「ええ、職員室に用事があるのを思い出したので。」
そう言って私は練習場から去る。
―――
向かった先は御手洗いだった。
呼吸が荒く、胸の内がざわざわと蠢く。蠢きは次第に逆流してゆき、喉元に到達する。口の中に止められず、洗面所に吐き出す。
「………っ」
蛇口を捻ったような音が響く。洗面所は一瞬にして赤く染まる。口の中には鉄の味が残る。
鏡を見ると、ぞっとするほど肌が白い。思わず体が震える。自分の手足が朽ちてゆき、白骨化していくような恐怖が押し寄せる。
「やっぱり、どんなに前を向いていても駄目ですね。」
私が向かう果てに存在するのは一つの終局点。強くあろうと、毅然に振舞っていても、この運命には勝てない。
然れど、愚かな私はひたすら荒野を駆けて行く。
私はまだ前を向ける。
私はまだ歩いていける。
私はまだ歌うことができる。
私はこんなにも生きて行ける。
☆
UTXで琴音の噂が囁かれていた。
今回の事件で彼女はより脚光を浴びることとなる。
元より、A-RISEのメンバーであることに加え、今回の事件で浮上した高坂穂乃果との類似性が注目の理由だ。
彼女を純粋に応援するファンは高坂穂乃果との類似に歓喜している。人気アイドル同士の共通点が存在するだけでファンは高揚する。
しかし、彼女を腫れ物のように見る者もいる。全身に刻まれた切り傷と打撲が彼女の美麗さを陥れていた。彼女を疎ましく思う女子も少なからずおり、此処ぞとばかりに彼女を詰る。
故に、学校へ向かう足取りが重い。
教室に入り、着席しようとするが、彼女の机は落書きされている上、座ろうにも椅子がなかった。
授業では琴音が恥かくようにと、陰惨な仕掛けが施されていた。体育のリレーでは琴音が最下位になるよう、故意に転倒させ、室内授業では、教科書、ノート類がゴミ箱に捨てられる等である。
彼女を気にかける者もいたが、陰湿な虐めの方が際立っていた。
「それにしても奴等は何を考えているんだ。」
「琴音ちゃんを目の敵にする子が多いみたいね。」
当然、虐めの状況はA-RISEメンバーにも知れ渡っていた。
「琴音。私達は君の味方だ。頼ってくれて構わない。」
「ありがとうございます。……でも。」
「君が悪を成した訳ではない。君は堂々としてれば良いのだ。」
英玲奈の言葉は正論で、琴音が悪事を働いたわけではない。
じっと話を聞いていたツバサが口を開く。
「UTXはどの学校と比べても煌びやかで容姿端麗な生徒も多い。」
UTXと言えば、誰もが憧憬を抱く。
ツバサは「でもね」と逆説接続詞を使う。
「内面は非常に醜悪よ。常に妬み、蔑み、陥れる極悪な世界。外見だけが尊重され、人間性は全く無視される。此処にいる生徒はそんなのばかりよ。」
「……ツバサさん。」
「私も身長があまり高くないからね。揶揄ならまだしも、度を超えた仕打ちを受けたものだわ。私がスクールアイドルとして名を轟かせてからは手のひらを返してきたわ。ったく、あの腐れ外道共め。」
珍しくツバサが憤っていた。彼女なりの苦痛があっての憤りなのだろう。
「だからこそ、でしょうね。私はμ’sが羨ましい。」
「……え?」
「私もあんじゅも英玲奈も。この学校に対して不満があった。私達は彼女達に復讐するつもりでグループを結成したの。アイドルとしての実力なら誰にも劣らない。圧倒的なアイドルの力で彼女達に仕返してやる、と。」
「それで、どうなったんですか?」
「結果、成功したわ。でも、さっき言ったように彼女達は手のひらを返した。何より私達に残ったのは虚しさだけだった。誰かの為に歌ったこともない。ただ溢れんばかりの憎悪の為に猛特訓した。」
彼女の瞳は影でよく見えないが、声音からは後悔と懺悔の色が見える。それでも尚、幾許かの憎悪も垣間見える。
「それに比べてμ’sは本当に良いグループね。南ことりの事故、園田海未の病、そして、高坂穂乃果の死。あらゆる点で私達より不幸かもしれない。でも、それ以上に幸福なグループでもある。」
「どうしてそこまでμ’sを……。」
ツバサは琴音を真っ直ぐ見据え、紡ぐ。
「だって誰かを慈しんでいる。誰かの為に奔走する彼女達は誰よりも美しい。そういうグループを作ったのね、彼女は……。いいえ、―――。」
「ツバサさん…。」
「だから貴女には感謝している。貴女に出会えたから私はスクールアイドルに希望を持てた。」
「でも、私……。」
「泣かないの。誇っていいわ。貴女は私達の元に来る必要はなかった。それなのに私達を救ってくれた。」
A-RISEはただ只管闘い続けていた。スクールアイドルであることに対し、尊ぶことも喜ぶこともなかった。
三人にとってスクールアイドル手段でしかなかったのだ。
だが、変革は唐突に訪れた。
それはあり得なかった時間であり、本来、なかったはずの出来事だった。
だからこそ、ツバサはこう言う。
「私達は大丈夫だから。貴女が本当に救いたいと思うものを救いなさい。」
琴音は目を光らせながら頷いた。