太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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最後の「行ってきます」

 物語は始まりは愉快で、終幕になるにつれ、物寂しさを感じる。

 物語の過程の中で憎悪、嫉妬、憤怒は辛苦の他ないが、終わりを迎える者からすれば、それすらも懐かしい。

 

 瞬く間に時間が過ぎてゆく。

 どうして悠久は存在しないのだろう、と幾度も問い掛けたが、どうあっても人生は儚く散ってゆく。

 

 ああ、しかし―――。

 終わりがあるからこそ、物語は輝けるのだろう。

 

 

 ラブライブ本選前日を迎える。

 この一週間、天候は崩れることなく、晴れ間が続いている。一片の雲が見当たらないほど、空は澄み切っていた。

 

「二曲目の振り付けもばっちりです。後は本番で完全にこなせれば大丈夫でしょう。」

「やったにゃーっ!」

「とはいえ、気は抜かないように。」

「海未ちゃん気合い入っとるね。」

「ええ。これが最後ですからね。」

 

 練習は順調に進んでいる。メンバーに負荷掛けることなく、効率も良い。

 

「海未は少し休みなさい。本当は立っているだけでもきつい筈なんだから。」

「いえ、明日のライブのせいもあってか、気持ちが高揚するんです。今は休むのは些か苦痛ですかね。」

 

 私の言葉に偽りはない。普段、重い筈の身体も異様に軽い。

 気持ちの高揚だけではない。休んではいけないという脳の警告でもあった。

 

「海未。気持ちもわかるけど、皆心配してるんだから休む時はしっかり休みなさい。」

「に、にこ。しかし……。」

 

 だが、にこと同じ気持ちなのか、皆、不安そうに此方を見つめる。

 明日のライブのコンディションを考えた時、チームを不安な状態にさせるのは好ましくない。

 

「仕方ないですね。お言葉に甘えて少しだけ休ませて頂きます。」

「ええ。しっかり休みなさい。」

 

 屋上のフェンスに寄っ掛かり、ゆっくりと腰を下ろす。

 気を張り詰めていたのだろう。緊張をほぐすとすぐに眠気が走る。

 

 

 烏の鳴き声が陰鬱に響く。風の音が騒ついていた。

 

「まったく。振り付けも軽々とこなすもんだから病人なのが嘘みたいだわ。」

「まぁ、海未ちゃんも中々頑固だからね。ここぞという時はとにかく強気なんやろな。」

 

 μ’sとしての最後の練習時間。練習というよりは談笑に近かった。

 今までの思い出話から最近の流行りについて語っていた。

 

 夕焼けの日差しが彼女達を照らす。目映いというにはあまりにも弱々しく、何より切ない。

 朝日が昇り、夕日が沈むように、全てのものには等しく終わりがある。

 

「こうして過ごすのも今日で最後なのね。」

 

 誰かがぽつりと呟いた。

 すると和気藹々とした空気が沈鬱に移り変わる。

 

「仕方ないよね。今のままで居たくても、ずっと続いてはくれないもんね。」

 

 誰もが理解していることでありながら、事実から目を背ける。

 

「不思議よね。私達は一度ばらばらになって、対面することすら億劫だった。でも、今こうして集まって、共に終わりを迎えようとしている。」

「そうやね。何より、離れたくないと思っている。」

 

 散り散りになったものは二度と戻らない。

 だが、そんな世間の条理を彼女は瓦解させた。

 

「海未ちゃんのお陰にゃ。凛達がこうしてここにいられるのは。」

 

 穂乃果の死後、μ’sを引っ張り上げたのは間違いなく海未だった。

 喪い、苦しみ、それでも残酷に立ち向かった少女がいた。その姿に惹かれ、皆、彼女の背中について行った。

 

「海未、ありがとう。」

 

 ありきたりの言葉だったが、一言では返しつくせない恩義が込められていた。

 

「……海未。」

 

 海未から返答は何もない。静かに目を伏せ、俯いていた。

 

「ちょっと海未…?」

 

 真姫が海未に触れようとする。

 

「……っ、冷たい。」

「え、……。」

「嘘でしょ」

 

 海未の姿は美しかった。日頃から凛とした立ち振る舞いを評され、瞳を閉じて尚、美麗だった。

 だが、生気を感じず、まるで人形のようだった。

 

「急いでっ、救急車を呼んでっ!」

 

 真姫の怒号が静かな夕焼けに轟く。

 後には烏の寂しげな鳴き声が夕陽に溶けて消えてゆく。

 

 

 海未は病院に担ぎ込まれ、医師達の手際良い仕事振りのお陰で一命を取り留めた。

 μ’sメンバーは安堵するものの、担当医の苦渋を露わにした表情に再び緊張が走る。

 

「本当は血縁者のみに伝えるべきことだと思ったが、君達は園田さんと随分と親しいようだからね。単刀直入に言おう。」

 

 紡がれた言葉に偽りはなかった。いずれはこうなると分かっていて、目を逸らしていた真実である。

 端的で残酷な一言だった。

 

「彼女はもう助からない。」

 

 死という言葉を避けたのは担当医の情けなのだろうか。だが、間接的であろうと直接的であろうと、事実が覆るわけではない。

 

「このまま治療を続ければ、最長で一週間は保つだろう。とはいえ、随分と体を酷使したようだ。一週間も保たないかもしれない。」

「……最長で…一週間……。」

「ここまでくれば、ドナー同様、治療を続けるか否かは本人と親族の判断に委ねる。」

 

 

 やはり刻々と近づいているから分かってしまうのだ。

 生とは度し難いまでに醜悪で汚濁していて尚、色鮮やかである。何故なら願いがあり、喜びがある。他者に向ける願いや喜びは尊ぶべきものである。

 対して死には何もない。果てしなく無の荒野が続いている。胸に募るのは寂寞だけである。

 

 人は皆、必ず此処に到達する。時間とは無情に過ぎて行くため、私達に永遠を与えない。

 

 生きたい。

 生きたい。

 生きたい。

 

 願ったところで、体は今にも朽ちてゆく。

 手足が棒のように見える。肉が剥がれ、骨が露わになっているのでは、と思うほどに。

 

 私の寿命はどう足掻いても此処で尽きる。

 だからこそ、私はこの身に光を灯そう。

 

 盛大に燃えて散ろう―――。

 

 

 カーテンの隙間から日が射し込む。

 時刻は六時過ぎ。普段通りの時間に起床したようだ。

 ただ、いつもと異なるのは病院のベッドの上で覚醒したことである。

 記憶はないが、恐らく学校で倒れ、運ばれたのだろう。もう何時死んでもおかしくない。今までメンバーと共に振り付けをこなしていたことが最早、奇跡なのだ。

 

「何とか保ってくださいね、私の体。」

 

 あともう一踏ん張り。

 今日のライブ終了まで気を抜けてはならない。

 

「……さて。」

 

 カーテンを開ける。

 群青色の空がより太陽を輝かせていた。

 

 窓を開けると、一片の花弁が舞い込む。

 

「………桜?」

 

 見ると、病院の敷地内に立つ桜が一面に咲いていた。まるで何かを祝福するように。

 

「まだ桜が咲くには早いような……。」

 

 ああ、だが、これでやっと冬が終わる。周りの景色も少しずつ春に染まるのだろう。

 

 病室のドアからノックが掛かる。

 

「はい、どうぞ。」

 

 入室してきたのは母だった。

 

「海未さん、身体の調子はいかがですか。」

「はい。一晩休んで随分と楽になりました。」

 

 一間の静寂が訪れる。それは一瞬という些細な時間ではあったけれど、時の流れが緩やかに感じた。

 

 静寂を破ったのは風の音だった。

 

「そうですか。それは良かった。」

 

 母はただ、微笑んだ。

 慟哭もなければ涙一つ流さない。本当は全て知っている筈だ。知っていて尚、この微笑なのだろう。

 

「制服は此処にあります。ちゃんと身だしなみは整えてくださいね。」

「心得ております。母さま。」

 

 言われた通り、髪を整え、制服をきちんと着こなした。

 

「ああ、それと海未さん。」

「何でしょう?」

 

 呼び止められ、向き直る。

 母が拳をぎゅっと握りしめ、喉元を震わせていた。

 ああ、何かを言おうとしている。けれど逡巡しているのか、一言を言い出せないようだった。

 

 ようやく紡いだ母の言葉は声にならなかった。

 

 ああ、しかし、貴女が何を言いたかったのか。何を伝えたかったのか。胸を突き刺すほど響いてくる。

 私はそれに相応しい返答をするべきだろう。

 

「行ってきます。お母様。」

 

 できるだけにこやかに笑ってみせる。

 それに応えるかのように母も笑う。

 

 そうして、私は病室から去る。

 二、三歩踏み出すが、途中足が止まる。啜り哭く声が聴こえる。

 

 どうしても声が気になって立ち止まりたくなる。

 だが歩みを止めてはならない。振り返ってはならない。ライブに向けて気持ちを切り替えなければならない。

 

 けれど―――。

 どうか目元から溢れる雫だけは許して欲しい。

 

 

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