あんなに大好きだったアイドルが今は恨めしい。こんな感情を抱いたのは初めてだ。
周りに蔑視されても、アイドル研究部で孤立した時も憎いなんて感情は抱かなかった。
しかし、抱かずにはいられなかった。
他のアイドル達は気苦労はあるものの、ただ楽しそうに歌って踊っている。それが非常に腹立たしい。
私達はもう歌うことも踊ることもきっとない。今まで、こうして歌って踊ることができたのは穂乃果が居てくれたおかげ。普段自分を、スーパーアイドルにこにーなどと、誇示していたが、本当のスーパーアイドルはいつだって穂乃果だった。
そんな彼女はμ'sの要であり―――今のμ'sは大切な要を失い、瓦解した状態だ。
―――ああ、憎い。
―――私達はもう飛べないのに。
―――屈託のないその笑顔は不愉快だ。
私達は同じ夢を見た筈なのに、何故、こうも苦しまなければならない。
☆
「海未、この書類、任せても良いかしら?」
「はい。こちらで処理しておきます。」
生徒会長だった穂乃果の代わりに私が再就任することとなった。
仕事上、経験があるおかげで書類の見通し、会計などは難なくこなせる。
しかし、そこに喜びはない。ただ機械のように作業し、機械のように見通していく。この姿は自分の目で見ずとも分かる。今の私は『μ'sの絢瀬絵里』ではなく、『生徒会長の絢瀬絵里』である。
今の私は例えるなら氷だった。μ'sに入ってから溶け出した氷は再び氷化していく。
今だから分かる。私は自ら『μ'sの絢瀬絵里』と『生徒会長の絢瀬絵里』と、2人の自分を形作っていた。だが、その2人は同じ自分でありながら、寒暖差があった。
一体どちらが本当の自分なのだろうか?
絢瀬絵里とは如何なる人間なのか。
私は自分自身を見失ってしまった。
☆
桜の舞い散る中、ピアノの音を奏でながら私と彼女は出会った。
「貴女、ピアノ上手だね!」
その出会いは私のこれまでの生活を一変させた出来事だった。
自分の歩む道は一つしかないと思っていたのに、彼女はもう一つの可能性を教えてくれた。
「私ね、西木野さんの歌、大好き!」
「……なっ……!」
私の歌を高く評価してくれた人はこれまでもいたけれど、好きと言ってくれた人は居ない。
彼女は私が心の底で欲していた言葉をいつも口にしてくれた。
私はきっと彼女に惹かれていた。
ただ傍にいてくれるだけで嬉しかった。
ただ私の歌を好きと言ってくれるだけで幸せだった。
照れ屋の私はいつも誤魔化していたけれど、いつかは「ありがとう」と言いたかった。
けれど、私の言葉は歌はもう彼女には届かない。
いつもそうだ。自分が何かしようと思った時には何かが終わっている。いつだって、一部始終を傍観し、諦観してしまうのだ。
普段なら「まあ、いいか」で済ませられた。しかし、私の想いは今尚、炎のように揺らいでいた。
―――何が何でも「ありがとう」を言いたい。
―――しかし、伝えることは出来ない。
自分の気持ちと実態は相反していて、思うようにいかない現実を私は酷く厭う。
それ以上に、言葉を伝えられなかった自分がどうしようもなく嫌いだった。
☆
身体は徐々に重みを増している。ここ最近は過度な練習の上に夜も安眠できない日が続いたせいで、そろそろ限界に近づいていた。
「まだ、駄目です。」
まだ、休むわけにはいかない。穂乃果の夢を今叶えられるのは私だけ。彼女の夢を叶るためには休んでなどいられなかった。
「安心して下さい。私はずっと貴女の味方です」
幼い時からずっと一緒でずっとそう思ってきた。その気持ちは今尚変わらない。
だから、死後もただ笑っていて欲しいと願った。
そう、願ったのだ。
けれど、昨日見た夢の中で、彼女は酷く悲しそうな表情だったのを覚えている。
夢の中で彼女はこう告げる。
―――こんな結末を望んだわけじゃないよ……。
その言葉は私の心の芯を抉るような一言だった。
ならば、貴女は何を望んだというのだろう。誰もが、こんな現状を望んだわけじゃない。望んだわけじゃないが、こうなってしまったのだ。こうする他なかったのだ。
私が一人で活動したって何の意味を持たないことくらい分かっている。こんなやり方が最適じゃないことくらい分かっている。
では、貴女が望むものは何だったのか?
貴女が夢描いていたものとはなんだったのか?
きっと以前の私なら分かっていたことだ。だが、今は霧に包まれたように霞んでいる。
世界は醜い。
たった一つの欠如により、ありとあらゆる物が零落し、奈落へと失墜する。
過去の
過去が春の陽光と花舞う景色と例えるなら、現在は光の当たらない冬の枯れ木のような景色にいる。
そこに美しさなどなく、喜びもない。あらゆるものが凍結していくその場所はどうしようもなく醜かった。