ラブライブ本戦当日。
アリーナには開始前から大勢の観客が押し寄せていた。
ファン層は主に学生が多く見られるが、年齢幅は老若男女問わずといったところだ。
「人、多過ぎるにゃ。」
「まさか、ここまでとはね。流石ラブライブね。」
「他のスクールアイドルの子で、あまりの緊張でホームシックになってた子もいたよ。」
「まあ、総決戦みたいなものだからね。仕方ないわよね。」
女子生徒で結成されたアイドルユニットの最後の公演―――ラブライブ。プロのアイドルとは異なり、未熟な女子生徒達の奔走振りを描いた物語とも言える。
「でも海未ちゃんは大丈夫なのかな。」
ふと花陽が口にした一言に、メンバー内に動揺が走る。
「大丈夫よ。きっと来るわ。」
しかし、絵里は確信に満ちた表情で答える。証拠も何もない。ただ、「来ない」という選択肢が考えられなかっただけだ。
「そうやね。海未ちゃんはきっと来る。」
部員の動揺が霧散する。
少女達は彼女の帰りを待つことにした。
☆
ようやく此処まで辿り着いた。
長く、辛く、悲しく―――。然れど、喜びもあった。挫折しそうになりながらもこの日を迎えることができたのだ。
それはきっと誇って良い。ひとつの終わりに携わることができる。如何に些細なことであったとしても、だ。
私には何もなかった。習い事や特技も本意で身に付けたものではない。ただ、両親の願いに応えるために従事してきた。
そんな私が真に成就させたいと思うものに出会えたのだ。
「さぁ。行きましょうか。」
一歩、歩み出そうとした時だった。
桜が風と共に舞う。
「本当に行くの?」
背後から呼び止める声があった。
「……琴音。」
ああ、彼女の瞳から伝わる。「行かないで」と。
「行ったら、もう戻れないかもしれないよ?」
行ったら戻れない。確かにそうなのかもしれない。
だが、私に戻る場所はもう存在しない。
「ふふ。心配してくれるのですか?琴音。」
「だ、だって……!」
「琴音、よく聞いてください。」
琴音の姿を逃さないよう、じっと彼女の瞳を見つめる。
「今の私の立ち位置は嘗ての彼女ときっと同じなのでしょう。振り向けば、そこには終わりがある。」
「だったら……」
「それでも、叶えたい夢があったから彼女は走ったのです。」
「………っ!」
死して尚、叶えたい夢があった。血を吐き、手足が動かなくなり、目が見えなくなっても尚、叶えたい夢があったから、彼女は最後まで笑っていたのだ。
「私も同じです。叶えたい夢があるから、私は奔走する。それに……。」
この時、私はどんな顔をしていたのだろう。胸に湧き上がる感情に何と命名すれば良いのだろう。
嬉しい、悲しい、寂しい、何れも該当しない。
「それに、此処で私が諦めたら、貴女と……あの時、約束は叶えられない。貴女の願いは永劫叶わない。それだけは耐えられません。」
想いは桜の波に乗って、流れてゆく。
私の言葉はどう彼女に伝わったのだろう。
「準備があるので私は行きます。」
最後に彼女の姿を目に焼き付け、告げる。
「さようなら。」
何か言いたげな彼女を残して、その場を去った。
☆
その場に残された琴音は先ほどの言葉を反芻していた。
『それに、此処で私が諦めたら、貴女と……あの時、約束は叶えられない。貴女の願いは永劫叶わない。それだけは耐えられません。』
海未は嬉しそうにも、悲しそうとにも、寂しそうにも見える無名の表情を見せていた。
それは未だ嘗て見たことのない感情だ。ともあれ、一つだけ確信できたこともあった。
「ちゃんと約束、覚えてくれていたんだ。」
鈍感と侮っていたが、どうやら既に気づいていたようだ。
桜の花弁がひらひらと舞い落ちる。
「本当に馬鹿だなぁ……。」
目尻を拭い、空を見上げる。
太陽が笑っている気がした。
☆
控え室に向かうと、全員既に衣装に着替えて、ボイストレーニングを行なっていた。
「遅くなりました。」
すると、メンバー達はトレーニングを中断し、こちらに向き直り、微笑んだ。
「お帰りなさい。」
全員、声を揃えて私を迎えた。
「ただいま。」
私は相応しい言葉で返答した。
次回、最終話になります。