多分次か、次の次くらいで最終話です。
申し訳ございません。
舞台に足を踏み入れた刹那、虹色の世界が広がる。
初舞台からは予想だにできなかった光景が目の前にある。
喝采も歓声もまるで規模が違う。少なくとも、身近にいるメンバーの顔を見ればそうなのだろう。
だが、もう何もかもが遠い。
じわりじわり終焉に浸りつつある。
☆
観客席には一般人も大勢いたが、嘗てラブライブを目指し、奮闘したスクールアイドル達が全国から集まっていた。
特に予選進出したグループには優待券が付与されるため、ステージのみならず、観客席もまた一部は注目の的となる。A-RISEがその内の例に該当する。
「ツバサさん、すごい見られてませんか。」
「それはね……。一度はラブライブに優勝したグループなんだからね。」
「何というか、落ち着かないです。」
「まぁ、それはそれとして。」
ツバサは琴音の方を向く。
「貴女、本当はあの場に立ちたいんでしょう?」
「それは…」
「誤魔化そうとしても駄目よ。貴女の嘘はすぐ分かるから。」
琴音の瞳が揺れ動く。ツバサの一直線の視線には虚偽も欺瞞も全て無効となる。
たじろいでいた琴音だが、すぐに平静を取り戻し、ステージを見つめる。
「それは駄目ですよ。私は本来、この場に居ることすら許されない存在です。」
「……そう。貴女に似合わない理屈的な考えね。」
「……それは……。」
「まぁ中々ないことだし、動揺するのも仕方ないけど、せめて見届けなさい。それが貴女の義務であり彼女達の願いである。」
「……ツバサさん」
琴音はステージに視線を向ける。メンバーの誰もが瞳を輝かせ、さながら太陽を連想させる。
「……私が心配する理由なんて何もなかったんだ……。」
その言葉は誰の耳にも届かない。ただ、ツバサは琴音を一瞥してから目を伏せた。
☆
琴音とツバサより三列ほど後方にはことりと理事長が座っていた。まだ松葉杖を手放せないことりを理事長が支えているという構図だ。
「まだ本調子じゃないんだから無理はしないようにね。」
「うん……。お母さんもお仕事の方はいいの?」
「心配せずとも、重要な仕事は昨日の内に済ませてるから安心しなさい。」
「うん。」
ことりは理事長に視線を向けなかった。理事長もまたことりに視線を向けない。
「ことり。貴女は一つ大きな罪を犯した。」
理事長はステージに目を向けたまま、ことりに話しかける。普段の滑らかな口調がまるで嘘のようだった。重くのしかかるような声音だった。
「こうしてステージに目を向ければ自ずと分かるでしょう?自分の大罪に。」
「……それは……。」
ことりが口籠る。視線を落とし、自分の掌を見つめる。
次第に重たい口を開いていく。
「私がみんなに迷惑をかけたから?穂乃果ちゃんを考えるあまりに、おかしくなったから?」
理事長はかぶりを振った。
「そんなことで私もあの子達も咎めたりしないわ。」
「なら、何が駄目なの?」
理事長はことりの頬を撫でる。その掌に込められたのは慈愛のような忿怒のような、一言で言い表せない情だった。
「貴女の最大の罪は自分を傷つけたことよ。」
ことりが自分自身でリストカットで傷をつけた箇所は今でも傷跡として残っている。
「貴女にとって彼女が偉大だったのは私の目からも分かる。そして誰よりも彼女を想っていたことを……。だからこそ、今回の出来事が起きたのかもしれない。」
「……それは……」
「けれど、彼女を想って、辛く悲しいのであれば、貴女はそれ以上の幸福を手にして欲しい。」
きっと生徒の前ではこんな表情を見ることもないだろう。ただ、母親としての願いがそこにあった。
「生きて、幸せになりなさい。」
その言葉に、ことりは「はい」と答えた。
ステージに光が灯る。
☆
セットリストはどのスクールアイドルも二曲ずつとなっており、終幕を演じるのはμ’sである。
μ’sの人気絶頂の中、彼女たちがシメを括る。観客達にとっても喜ばしいことだった。
いよいよ彼女たちの出番だ。
μ’s終焉の一曲目は『これから』。
しっとりとした前奏から入り、喝采した観客達の心も静まり返る。
誰もが疑問に思う。何故、曲名が『これから』なのか。そもそも、「これから」という言葉自体、一つの終局から次なる先へ向かう意味合いを持つ。
μ’sにこの先はない。それぞれが別個に歩みだすための曲ではないのか。
だからこそなのだろう。観客達の瞳は潤んでゆく。軽快でも陰鬱としているわけでもない。笑うことも泣くことも不要なのに、ただただ涙が出るのだ。
まるで桜。
栄光は一瞬の間で、あとはひっそりと背を向け、去っていく。
なんて儚く切ない。
然れど、太陽。
確かに刹那的だった。同時に悠久でもあった。人々の心に後々まで刻んだのであれば、きっと永遠なのだろう。
メロディーが終わりを迎える。
☆
歌えば歌うほどに思い出して行く。ありとあらゆる記憶が目の前に広がる。
あの時、どうしようもなく許せないと思った記憶がある。その記憶ですら今は許せてしまう。
それにしても、『これから』ですか。
私は『これから』何処に向かえばいいのでしょう?
☆
メロディーの終わりと共に鈍い音が響く。誰もがその音に注目する。
「……海未?」
海未が倒れ伏したのだ。
瞳は虚でおおよそ生とはほど遠い。もうすぐそこまでに●が迫っていたのだ。
「海未、海未っ!」
「海未ちゃん、しっかりして!」
会場にどよめきが走る。
部員達も不安と悲しみと焦りが入り混じったような表情を浮かべる。
「海未っ!」
☆
ああ、全てが遠い。
もう何も見えない。身体も石のように動かない。
だけど、声だけが聴こえる。
誰かがずっと私の名前を呼んでいた。
ずっと、ずっと、ずっと―――。
会いたくて会いたくて会いたくて―――。
私の一番好きな声が―――。
「海未ちゃん、ファイトだよっ!」
天から降りかかる声。
その声に応えたいと思った。