海は群青色の空を反射し、きらきらと光る。波はゆらゆらと揺れながら風を呼ぶ。
見慣れた光景で代わり映えしない景色。美しく清らかで透明な色は物心ついた時から微塵の濁りもない。
私はこの色が涙と似ていると思った。
涙とは誰かを思うが故に溢れるもの。誰かを思う姿はいつだって綺麗だ。
だからこの透明な色はいつだって不変であって欲しいと願う。太陽の光が永遠であるように。
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Aqoursの東京で初のライブはとても褒められたものではなかった。
会場は盛り上がりはしたものの、他のグループの演技に只々圧倒された。
―――生温い世界じゃないのよ。
誰かがそう囁いていた。
私の想いは覚悟でも何でもなく、興味、趣味の一環に過ぎないのだと思い知らされた。
夜風に当たりながら公園のベンチに座り込んでいた。夏の涼しげな風も何処か寒々しい。
「ルビィ達は歌も振り付けもこなしていたはず……だよね?」
「でも、他のグループのような迫力もなかったズラ。」
順調に人気を集め、東京でさらなる活躍を見せられるのだと思った。
「……これからどうしようか」
誰が呟いたかは分からない。
ただ、誰もが同じことを考えていたのは間違いないだろう。
だが、グループ内の空気が陰鬱なまま放置もできない。
「まぁでも私誰は精一杯やったんだよ。ならこれはこれで。」
「……嘘。」
咄嗟に遮ったのは梨子ちゃんだった。
「千歌ちゃんの本音じゃないでしょ?」
「……え、いや。私は本当に……。」
分かっている。私の発言は単に場を凌ぐための虚偽であると。
「千歌ちゃん。……やめる?」
「……え?」
曜ちゃんの一言に言葉が止まる。何気ない一言なのかもしれない。
しかし、息苦しいことこの上ない。喉元に鋒を向けられるような絶望が押し寄せる。
「……私…は……。」
この場にいるのが辛くて気づいたら逃げ出していた。
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辿り着いた場所は砂浜だった。
夜の海は暗黒の空を反射していた。綺麗だと思っていた色は何処にもなく、淀んだ世界が何処までも続いていた。
きっと太陽の光なくしては海は輝けないのだろう。光が当たらなければ何処までも黒くなってゆく。
「いっそのこと、私が太陽だったら良かったのに。」
そうすれば、思うがままの美しさを維持することができる。
「でも、無理だよ。」
世界は優しくない。至る所に棘がある。
「……私は貴女達のようにはなれない。」
嘗て、夢を追い掛けた少女がいた。ただ真っ直ぐに駆けて行ったが、最後は病に侵されることとなる。
叶えられなかった夢を叶えようと、幼馴染の少女が奔走する。次第に幼馴染の少女も病に苦しむこととなり、それでも命を懸けて夢へ到達した。
それが伝説となったスクールアイドル、μ’sの初代リーダー高坂穂乃果と二代目の園田海未。
彼女達の生き様を見た時には切ないと同時に憧憬を抱いた。彼女達のように真っ直ぐ駆けてゆきたいと思ったのだ。
「こんなにも難しいことだったなんて……。」
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昨日、急に千歌が去り、その後メンバーで捜すこととなったが、家にも戻っていないとのことだった。
取り敢えず、夜は危険とのことで各自解散及び警察に任せることになったが、梨子は家に戻る振りをして千歌を捜し続けた。
「千歌ちゃん……何処に行ったのよ……。」
住宅街、学校周辺は見廻った。都会のように通学距離も短いわけではないので、疲労が募ってゆく。
「全く、勝手なんだから……。」
本当に勝手だ。
いつも事情も構いなく、周りを振り回す。注意しようと聞く耳すら持っていない。いっそのこと、どうとでもなれ、とすら思ってしまう。
―――なのに、目を離せない。離したくない。
不思議な感情だった。
初めて出会った時からどうしようもなく彼女を見てしまう。
天真爛漫のように見えて、明るい性格のように見えて、ガラス細工のように儚い姿にそっと身を置きたくなるのだ。
「……どうしてなんだろ」
このどうしようもない感情に名前を問う。
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夜の海水はひりひりと冷たい。伸ばした指先が氷に浸かっているようだった。
海に潜れば何か見えるのではないかと思った。しかし、水の冷たさに潜ることすら叶わないことに憤りを感じた。
夜の風は相変わらず冷たい。暗い世界も変わらず広がっている。
―――そう思っていた。
視界に変化が訪れる。
靡く赤紫色の髪は優美でそれでいて力強さがあった。
「千歌ちゃん……。ずっと捜したんだよ?」
泣き笑いのような表情でこちらを見つめてくる。
どうして……という思いを必死に堪え、「ごめんね」と謝る。
「千歌ちゃん、帰ろう?」
差し伸ばされた手をじっと見つめる。私の手が小さく見えた。
「梨子ちゃんは強いね。」
きっと私なんかよりもずっと強い。
優しそうに見えて、彼女には芯を持った強さがある。
私は表面的には明るく振舞えても、内面はどうしようもなく脆い。
「もし、そう見えていたのなら、それはきっと勘違いだよ。」
「え?」
梨子ちゃんが私の隣に並ぶ。その横顔は少し弱々しく見えた。
「私はね、千歌ちゃんの前では強くいたい。だって私が泣いたら千歌ちゃんを支えられないもん。」
「……梨子ちゃん」
「ずっとずっと支えたいもん。千歌ちゃんのこと。ずっと側にいたいから。」
梨子ちゃんが私を抱擁する。
そこで何かが瓦解した。必死に鎖で縛り付けていたものがぼろぼろと零れていく。
「……私、スクールアイドルやめたくないよ。ただ、為す術もなく立ち尽くしていた自分が悔しくて……!でも、私、リーダーだから落ち込んでるところなんて見せられないよ……っ!」
「……ようやく本当のこと言ってくれた……。嘘つく千歌ちゃんよりありのままの、そのままの千歌ちゃんでいて。」
闇に一筋の光が灯る。
やがて光は広がりを見せ、気づいた頃には夜の闇は消えていた。
朝日の光にそっと手をかざした。
「私、最後まで走り抜けるよ。」
☆
μ’sの解散から月日が流れる。メンバーそれぞれが違った道を歩み、違った先を見ている。
それでも尚、記憶と志が彼女達をこの地に呼び寄せる。
「またここでの生活が送れるなんてね。」
音ノ木坂高校の前で一人たたずむ女性がいた。
嘗て束ねていた金髪の髪を今は下ろし、背中に届くまで伸びていた。
女性な暫く感慨に浸っていたが、やがて踵を返す。
「……絵里?」
不意に呼び止められる声に聞き覚えがある。振り向いてみると赤髪に勝気な瞳が印象的な女性が立っていた。
「……真姫…?」
---
二人が向かった先は近くの喫茶店だった。
「絵里はどうしてここに?」
「ああ、私は今度、音ノ木坂高校の教員になるから戻ってきたのよ。」
「音ノ木の教員⁉︎」
「そこまで驚かなくても…。」
「ああ、いや、ごめんなさい。まさか教員になると思ってなかったから。でも面倒見いいから向いてそうよね。」
「そういう真姫は医学の道に?」
「ええ。戻ってきたのも親の病院の方で研修があるからよ。」
時の隔たりはあるが、話していくうちに嘗ての間隔に蘇る。
「他のみんなはどうしてるの?」
「えーと、花陽は花屋の店員をしていて、凛は看護系の道に進むって言ってたかしら。希は心理学を学んでいて大学院にそのまま行くみたいね。にこちゃんは声優の道に進むみたいね。」
「へぇ、皆んな一応それぞれ道はついてるのね。」
それぞれがそれぞれの道を歩んでいた。
「お客様。」
ふと店員から呼ばれる。驚きながら絵里は振り返る。
「あ、はい。……って、えッ⁉︎」
「久しぶりだね。絵里ちゃん。」
目の前に立っていたのは南ことりだった。
「ことりはこの喫茶店の店員よ。」
「ふふっ。驚いた?」
やや、大人びてはいるが、元来の優しい雰囲気は変わらずのようだ。
「そうだ。二人とも、少し寄りたいところがあるんだけど、いいかしら?」
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向かった先は神保町から離れた多磨霊園だった。多くの有名人が眠るこの墓所で、密かに眠る少女達がいた。
「久しぶりね。穂乃果、海未。」
少女達の墓は隣り合わせに立っていた。お互い手を繋いでいるようにも見える。
「穂乃果がμ’sを発起して、海未がμ’sを守ってくれた。貴女達のお陰で私達はこれからを歩むための勇気を持てた。」
三人は慇懃に一礼する。ただただ二人に対する感謝を込めた。
当然のことながら返ってくる言葉はなかった。
さらさらと優しい風が吹く。
絵里は耳に手を当て、ふと紡ぐ。
「一つだけ勘違いしていたことがあったわ。太陽は一人だけだと。」
「……言われてみればそうね。」
「私もμ’sを終えてから気づいた。二人で一つだったんだ、って。」
太陽が燦々と輝く。
「貴女達二人が私達の太陽だった。」
二人のうち一人でも欠けていれば今はなかった。今という時間が流れているのは二人という永遠があったからだ。
「太陽は永遠に。」
誰かが呟いた言葉。
言の葉は風に乗って流れていった。
☆
果てしなく遠い道のりを歩いた。
その道が終わることはなく、私の歩みもまた止まることはない。
時間も空間も超えた世界。どれだけ歩こうと疲労はなく眠ることも不要な上、身体も至って健全である。
否、この身は最早魂だけの姿。
朽ちることはない。
だからこそ、必要とする力は強い想いだけで事足りる。
「必ず迎えに行くからね。」
☆
この世界では病もなく、傷を負うこともなく、あらゆる物が無限に存在する世界だった。
春の陽光、冬の澄んだ空、夏の入道雲、秋の紅葉。春夏秋冬の概念すら超えており、儚く散る桜の花も永遠に咲き続けている。
どこまでも長閑な景色が続いており、人々の笑顔も絶えない。
「海未ちゃん、あれとってよ!」
どうやら子供達が鞠を木に引っ掛けたようだ。
「全く無闇に飛ばしては駄目ですよ。私は使用人じゃないんですから。」
「違うの〜?」
「違いますっ!」
世界はどこまでも和やかで微笑ましい。人々が言う理想郷とはこのことだろう。
だが、この世界の中で変革が訪れることはない。その点で言えば平凡の一言に尽きる。
爽やかな風が吹く。
けれど、少しだけ普段嗅ぐ匂いと異なる。郷愁に駆られるような切なさがあった。
もし、この世界に変革があるのならば---。
「………海未ちゃん。」
きっとそれは愛おしい人が私の名を呼んだ時だろう。
ゆっくりと振り返る。
「……穂乃果。」
人目も憚らず、彼女に駆け寄る。彼女もまた駆けてくる。
長らく触れることのなかった温もりがそこにある。彼女を離したくない想いに強く抱きしめる。
「全く何処に行ってたんですか……。」
「ごめん、遅れちゃった……って泣いてるの?」
「う、うるさいです!穂乃果だって泣いてるくせに!」
「あ、ほんとだ。」
ただこの温もりがあるだけで充分だ。
私はただ、貴女という永遠がずっと欲しかった。
私の世界を照らす太陽が悠久に―――。
一年以上と緩やかに投稿しましたが、
読んでくださった方々、ありがとうございます!
お し ま い