「1、2、3、4……」
屋上でいつものようにダンスの練習をしている。
μ’sのランキングは落ちていく一方だ。ここでなんとか上げなければならないと焦燥に駆られる。
―――まるで意味がない。
誰が見ているわけでも聴いているわけでもない。私の精一杯の声もまるで行き場をなくしたように虚空へと消える。
穂乃果の味方でいると誓った。けれど、九人バラバラで私一人が練習している―――こんな現状は当然望んでいない筈だ。
目的も何もない。ただ使命感で動いているだけ。アリスのようにウサギが案内してくれるわけでもない。
―――此処は何処なのだろう?
まるで先が見えない。私の歩く道には街灯も何もない。ただただ暗黒の世界が広がり、到達点など見えない。
結局、私は何処まで行っても脆弱な少女でしかない。貴女が居なければ私はどうすることも出来ない。
お前は強い子だと父に言われたことがある。どんな苦行も乗り越えられるだけの精神力があると褒められたことがあった。
確かにそう振る舞っていただろう。そう振る舞おうと私は彼女の姿を「模倣」しようとした。
しかし、それは彼女が持ち得る長所であり、私は彼女にはなれない。本来の私は棒切れのように心が折れやすく挫折してしまう。対して彼女は大木である。いくら拳で殴りかかったところで容易に折れることはない。
ずっと彼女の後に続こうと、背後にいただけの私では現状を打破することは不可能だ。それどころか、目の前の現実から目を逸らし、逃避しようとしている。
肌に冷たい感触が走る。
「……雨……。」
そう言えば今日は雨が降る予報だったか。
今日の練習はここで終わりにしよう、と屋上を出ようとしたその時―――。
景色がぼやけていく。触れようとしていたドアノブさえ遠ざかっていく。そして私の視界は暗闇へと堕ちる。
☆
柔らかい感触に包まれている気がした。さっきまで冷えていた体に体温が戻ってきた気がする。
瞼はやや重かったが、どうにか覚醒することができた。
「……此処は……」
消毒の匂いに医療器具が置かれている。校内を出た覚えもないとなると………。
「保健室ですか……。」
どうやら屋上から出ようとした際に意識を失ったらしい。誰かが此処まで運んできてくれたようだが……。
すると足音がこちらに向かっていることに気付く。
「どうやら、起きたみたいね。」
「絵里……。」
入室してきたのは絵里だった。
「調子はどうかしら?」
「ええ、もう大丈夫です」
「……そう。」
聞いてきたわりには私を案じた様子はなく、寧ろ非難がましい視線を向けてくる。
「どうしてあんな無茶をしたの?」
「……無茶など……。」
無茶―――。
成程。確かにしていたかもしれない。ここ最近は「やらなければならない」という使命感のみで動いていたために、自分が無理をしている自覚がなかった。
「正直、ここ最近の貴女はおかしいわ。誰が練習するわけでもないのに一人で練習して……。」
「別におかしいことではないでしょう。穂乃果が居なくなっただけでμ'sがなくなったわけではない。ラブライブの予選も近いのですから、練習するのは当然でしょう。……皆が練習せずとも。」
「………μ’sがなくなってない?」
絵里の瞳がギロリとこちらを睨んでくる。
「μ'sは実質、解散したも同然よ。穂乃果がいたから機能していたことは間違いない。貴女だってわかっているはずでしょ?」
「……それは……」
「貴女ではこの現状をどうすることもできない。いえ、他のメンバーも私も。私達は無力なのよ。」
「……絵里!」
「だから練習は金輪際、禁止よ!」
「……そんなこと……!」
何か否定しなければならなかった。けれど、否定の言葉を必死に探すが、否定するための材料が足りなかった。
「穂乃果が死んだあの日にμ'sも終わったのよ!」
豪雨のせいで、他の声や音はかき消されていた。それなのに、絵里の声だけは鮮明だった。芯まで響く声だった。
怒鳴った後には僅かな静寂が訪れる。
「……ごめんなさい」
そう言って絵里は保健室を去る。後には私だけが残される。
「μ'sは……終わっていたんですね……。」
雨天には晴れの兆候など一欠片もない。そもそも光明を失った私達には光を見出すだけの力がない。
「……穂乃果」
いつ世界が華やかで美しいものだといつ錯覚したのだろう。何か1つでも失えば表面的な美しさは容易く消えてしまい、醜悪さが表面化する。
未来に夢と希望はない。仮に存在するのだとしても、過去にしかない。