太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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今回の話は過去に遡りまする


燃えるような夢

 しばらく、雨の日が続いていた。

 台風の時期なのか、一週間ずっと雨の予報が出ている。普段、子供たちで賑わっている通り道も雨天のせいで、無邪気な姿は何処にもない。

 

 微かに息切れの音がした。

 呼吸のリズムは整っていたが、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

 よく見ると雨天の中でただ一人、傘も差さずに走行する少女がいた。ジャージを着服しているところから、自主的にランニングでもしているのだろう。

 人通りのない道をひたすら走っていた。どこか体調が悪いのか、走るというには(のろ)かったが、瞳はただ真っ直ぐ前を見据えていた。

 

「ゲホッ………!ゴホッ!」

 

 突然、胸から何かがせり上がってくる。「それ」を少女は手で押さえた。「それ」は多量だったせいか、口元から零れ落ちる。

 

 鮮やかな赤色だった。

 

 「それ」を目にした途端、少女の瞳は焦点を失ったように左右する。「それ」は少女にとって予想外の出来事だったのだろう。

 しかし、何か思うものがあったのか、瞳に生気が甦ってくる。炎のような意志があったのだろう。拳を強く握った。

 

「諦めちゃ駄目なんだ……。その日が絶対来る。」

 

 少女がこの時、何を思ったのかは誰も知らない。彼女の考えは彼女にしか分からない。けれど、瞳には確固たる意志があった。

 

 

 ☆

 

 

 学園祭ライブ当日―――。

 この日もやはり雨天だった。この状態ではお客さんが来ないかもしれないという懸念から、私は「今回は中止にした方が良いのでは」と提案する。

 しかし、穂乃果は私の提案を否定する。

 

「何言ってるの!?私達せっかく此処まで頑張ったんだよ!やめることなんて出来ないよ!今までの努力を此処で見せつけないと!」

 

 その言葉に不安そうにしていたメンバーの表情が自信へと変わった。

 

「そうね。その為に今まで私達は頑張ってたんだものね。」

「エリーの言う通りよ!にこの可愛さを~、此処で見せつけるニコ!」

「キモチワルイ」

「何よ!」

 

 異論はなかった。

皆が彼女の意見ならばと、安堵したのだ。彼女ならばやってくれる。私たちの希望だった。

 

「これで、本当に……。」

 

 しかし、この日の彼女の背は異様に小さく見えた。彼女の表情は私の位置から確認出来なかったが、きっと笑ってはいなかった。

 彼女の異変に気付いているのは恐らく私だけ。メンバーの誰もがライブに緊張しながらも、楽しそうに賑わっていた。

 私の勘違いかもしれないが放っても置けない。念のため彼女に聞いておく。

 

「穂乃果、もしかして体調が優れませんか?」

 

 瞬間、彼女の肩がブルリと震える。僅かに逡巡した後、彼女は私の方を向く。

 

「海未ちゃん、今日のライブ頑張ろうね!」

「……穂乃果」

 

 彼女は笑っていた。単純に表情だけを見ればいつもと変わりない姿だ。だが、心底では何を思っていたのだろう。僅かに眼が赤くなっているのは気のせいたろうか。

 

「……そうですね。」

 

 どう返答しようか迷った末、私も笑うことにした。それ以外の答えが思いつかなかった。

 

 

 観客の数は屋上を満たしていた、。時間は刻々と迫り、何かを運命づけるようだった。

 

 そして、定刻。

 歌う曲は『No brand girls 』。

 

 始まった途端、聴衆から喝采を浴びる。不意にファーストライブが脳裏によぎる。あの時は私達の声以外、閑散としていたのに、今は応援してくれる人がいる。ファーストライブを経験したからこそ分かる。これだけの人が集まるのは、当たり前じゃない。

 此処まで来たのだ。彼女が私達を此処まで連れてきた。これからもずっとついて行こう。

 

 ―――ずっと……。

 

 その時だった。

 バタリと、何かが倒れた。

 曲が止まり、静けさに包まれる。

雨が強くなった気がした。

 

「……え?」

 

 誰かが惚けた声を出す。或いは己の心の声だったのかもしれない。

 

「穂乃果?」

 

 返事はなかった。代わりに呻き声が聞こえる。

 

「穂乃果⁉︎」

「穂乃果さん!」

「お姉ちゃん…!」

 

 名前を呼ぶが返事はない。代わりに荒い吐息だけが聞こえてくる。急いで救急車を呼ぶが、この日は交通が渋滞していたせいか遅延が生じていた。

 ライブは当然中止になり、生徒の大半が病院へ押しかけることになる。

 しかし、当然、病院側から拒まれ、立ち入るのは家族とμ'sメンバーの代表のみとされた。メンバー代表は私が抜擢され、高坂家と共に同行する。

 そこで、高坂家から諸々の事情を聞き、茫然とした。彼女は末期の癌であること、癌が体中に転移していること。医師には入院するようすすめられていたらしい。しかし、彼女は今、この時間を無駄にしたくないと、断ったそうだ。

 

 彼女の口から一度も聞いたことない真実だった。どうせ、お人好しの彼女だから、心配掛けたくないと思ったのだろう。昔からそうだ。自分が危機に瀕しているというのに他者の幸福を願っている。

 だから、不安に押し潰されそうになりながらも、笑顔で―――。

 

 ―――

 

 恐らく二日ほど経過したのだろう。本来家族しか入室できないが、特別入室許可を得た私は彼女に付きっきりだった。

 寝食も忘れ、ただ、彼女の顔を眺めていた。サイドテールをほどいた彼女からは普段の快活さなど微塵も感じられない。

 手を握ると、ひんやりと冷たかった。此処に彼女がいるはずなのに、彼女の存在が遠ざかっていく。

 

 何故―――?

 あの日、幼い頃に約束したはずだった。

 

「私達はずっと一緒だよ。離れるなんて絶対嫌だよ?」

 

 そう貴女は言った。

 人生の何処かで別れるのは必然だ。別れがない人生などない。それでも私は貴女の言葉をずっと信じていた。信じていたのだ。

 貴女と共にいる世界が奈落の底であっても良かった。貴女がいない世界なんて私は要らない。なのに―――。

 

 不意に、穂乃果の指がピクリと動く。

 

「ごめんね」

 

 私の気持ちに気付いていたのだろうか?彼女は弱々しく謝罪する。

 

「貴女は……最低です」

「えへへ……」

 

 恐らく彼女の五感は鈍っている。今こうして笑顔を作るのにも一苦労なはずだ。

 

「私ね、幸せだったよ」

 

 彼女に話したいことは山程あった。しかし、今は…今だけは彼女の話を聞こう。後悔がないように。

 

「私ね、海未ちゃんとことりちゃんみたいに取り柄がないから、スクールアイドルとして活動できたことホントに嬉しかったんだ…。初めて私の中で誇れるものが出来たって、思った。」

 

 きっと、彼女は取り柄を特技と同義として見ているのだろう。確かに私は弓道が得意でことりは裁縫が得意だ。でも、穂乃果にしかないものを私は知っている。

 

「ファーストライブは観に来る人なんてほんの僅かだったのに、この前のライブなんて、屋上いっぱいだったのも嬉しかったなぁ」

 

 貴女が私達を引っ張ってくれたから、あれだけの観客を呼び寄せることができたのだ。

 

「何より、この9人で良かった。」

「……穂乃果。」

 

 煩悶(はんもん)があり、葛藤(かっとう)があった。それでも、9人こうして、めぐり会ったことが彼女にとって誇りだったのだろう。

 

「きっと、私は夢を見てたんだね。」

「ええ、そうかもしれません。」

 

 きっと、何か一つでも欠けていれば、叶うはずのなかった夢だ。―――本当に心地の良い夢だった。

 

「もう少しだけ、夢のままでいて欲しかった。」

 

 それが彼女の切なる願いだと悟る。

 だが、現実が彼女の夢を容赦なく遮る。彼女の夢は、願いは傲慢なわけでも、我欲にまみれてるわけでもない。崇高されるべきものなのだ。誰かを楽しませたいという想いが悪なわけがない。

 

 だから、私はこう言う。

 

「安心してください。夢は必ず叶えてみせます。」

 

 すると、彼女は―――。

 

「そっか。叶えてくれるんだね。」

 

 五感が薄れ、筋肉も弱っているというのに―――。浮かべた表情は咲き誇るような笑顔だった。

 

「約束だよ?」

「ええ、約束です。」

 

 再度、夢を見るのだろう。静かに瞳を閉ざす。 

 

 もう、彼女の瞼が開くことはない。彼女の瞳が私を映すことはない。彼女が私に喋りかけることもない。

 窓硝子には、安らかに眠る少女と涙に濡れた少女が映っていた。

 

 

 

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