―――μ'sは穂乃果が死んだあの日に、なくなったのよ!
絵里の言う通りだ。
私達を繋ぎ止めていたピースがあったからμ'sは機能していた。ピースがなければバラバラになるのは必然だ。
私自身、μ'sは終わってない、μ'sは続いていると思いたかったのだろう。誰1人集まらない中、ただ一人躍起になっていた。
馬鹿な話だ。そんなこと、言われなくても分かることなのに。都合の良いことを信じていただけだ。
私では現状をどうすることも出来ない。このまま八人の心がすれ違って行くのを諦観するほかない。
―――こんな結末を望んだわけじゃないよ。
先日の夢の記憶がよぎる。
この現状を穂乃果は当然望んでいない。それは分かっている。けれど、分からないのだ。夢の中にいた彼女が一体何を望んでいるのか。
彼女の願う「夢」とは何だったのだろう。少し前まで分かっていたことが、今は全く分からない。
「考えても……分かりませんね」
ちょうど、その時だった。
その少女はノックもせず無遠慮に保健室に入室する。
「海未…。」
「……真姫…。」
真姫は私から視線を逸らす。何か言いづらいことでもあるのだろうか?
逡巡の末に私の方に向き直る。
「海未は、今でもμ'sを続けたいと思ってる?」
「………。」
私はどうしたいのだろう?
今日までμ'sを存続させようと努力はした。そうすれば彼女が喜ぶのではないかと思ったから。
しかし、本音のところ私はμ'sのことをどう思っているのだろう?思い返せば、今までの行動に私の意志はない。
長い沈黙が続く。
最初に沈黙を破ったのは真姫だった。
「私ね、いつも恥ずかしくて、本音はあまり言わないんだけど……。私、μ'sが好き。」
恥じらいながらも彼女は胸中に秘めた思いを吐露する。
「穂乃果が、みんながいるμ'sが好きなの。もう、みんな見向きもしないけど……」
彼女の瞳には溜まりに溜まった想いが溢れていた。誰にも言えずに想いだけが積み重なるったのだろう。けれど、その想いは現状を変えられるわけではない。そのことを彼女は知っている。
それでも―――。
彼女は変えたいと思ったのだろう。あの頃に戻ることは不可能でも、九人共に過ごしたいと願った。
今だから思う。あの日々は私達の理想であり、夢だった。高坂穂乃果という少女に出会わなければ、成しえなかった奇跡なのだ。
黄昏時の光よりも美しく尊い日々―――。
そんな目映い光を浴びながら、彼女は何を夢見たのだろうか?
「もう、無理かもしれないけど、もう一度穂乃果の夢を追いかけたい。」
真姫の濡れた双眸には確固たる意志があった。彼女なりに煩悶しながら導き出した答えなのだろう。
伝えるべきことは伝えたのか、真姫は保健室を去る。
絢瀬絵里は言った。μ'sは穂乃果が死んだ日に解散したも同然であると。
対して西木野真姫はそれでも続けたいと願った。
終わりを受け入れる少女と否定する少女。二人の考えには相違が生じるが、根本の部分では変わりない。元凶は同一のものである。
悪夢を見ているのだと思いたかった。現実じゃなく、悪夢ならば、こんなに胸が痛むこともなかった。
私達の心の傷痕は、私達の行く先まで変えてしまった。
☆
「海未ちゃん、ことりちゃん。私達、ず〜っと一緒だよ!」
燃えるような夕日を背景に交わした約束。永遠なんてものはないけれど、そうでありたいと願った。繋いだ手の温もりを忘れたくなかった。
いつの間にか手が冷えていた。冬が近づいている証なのだろう。春夏に茂っていた草木は枯れ、剥き出しとなった木々は震えているように見えた。
そっと近くの木に触れる。伝わるのは温もりではなく、冷気。氷に触れるようだった。
「……海未ちゃん……?」
背後から私を呼ぶ声がする。
「……雪穂。」
「あ、もしかして今帰り?うちに寄ってく?」
「え?」
「少し、話しない?」
―――
「すみません。お邪魔するつもりはなかったんですが……。」
「いいの、いいの。私が無理矢理誘ったんだし。それに、聞きたいこともあるし……。」
「聞きたいこと……?」
雪穂は顔を俯かせ、逡巡してるように見えた。一間の静寂の後、雪穂は私の方に向き直る。
「μ'sはどうなっちゃうの?」
ドクンと、心臓の鼓動が跳ね上がる。μ'sの今後―――それは私自身が持つ疑問でもある。
「なくなったりしないよね……?」
ああ、彼女はμ'sの存続を望んでいるのだろう。私は彼女の気持ちに応えるべきなのか、それとも期待を打ち砕くべきなのか。
しかし、仮に応えるとしよう。μ'sはこれからも存続すると言ったとして、今の私に何ができるというのだろう?何もできない。存続できるなんて
ならば、彼女の期待を打ち砕くしかない。
「いいえ。穂乃果が居なくなった時点でμ'sは終わりです。彼女がμ'sの原動力であり、起源だった。彼女なしでは今のμ'sは機能しない。」
絵里の言葉を引用するように、実情を語る。
リーダーがいないグループ。これを一つの国家に例えてみると、王がいない国家が想像できる。そんな国家の内政、外交が成り立つとは思えない。苛烈な暴君であれ、王が居れば国は形成される。王が存在しないならば、その国は終わりを迎える他ない。
故に、解散は至極当然である。何も間違ってはいない。何も―――。
雪穂は暫く黙り込んでいた。
しかし、何か決心がついたのか拳を握り締める。瞳には先ほどの迷いはない。
ジリジリと私の方に歩み寄り、腕を掲げる。
「雪穂……?」
刹那。
頬に衝撃が加わる。
衝撃に耐えられず、私は体勢を崩す。
これが雪穂の平手打ちだと理解するのに時間がかかった。
「最低だよ………。海未ちゃんならお姉ちゃんの気持ち、わかってくれてると思ったのに……。」
「……気持ち?」
「そう、気持ち。わからないの?」
まるで分からない。何度も考え、これが最適だと思っても、夢の中で現れた彼女は私を否定した。
何を望み、願ったのか。そんなもの彼女以外に知る由も無い。以前の私ならば、恐らく理解できたかもしれない。彼女の見る「夢」を可視化できたのかもしれない。
「そんなの、単純だよ。お姉ちゃんはμ'sのみんなと一緒にに居たかっただけ。みんなと一緒に歌いたかったの。たとえ、死んで一緒に居られなくなってもμ'sの存続を願ってた!」
「それは穂乃果の言葉ではなく、貴女の言葉でしょう。貴女の願いを私に押し付けないでください。」
彼女の願いは彼女にしか分からないものだ。誰かが勝手に決め付けて良いものではない。
「確かにお姉ちゃんから直接聞いたわけじゃない。でも、お姉ちゃんのライブの姿を見れば分かるよ。ラブライブ優勝もお姉ちゃんの大事な「夢」かもしれない。でも、それには条件がある。」
「……条件……?」
「μ's全員で優勝することだよ。お姉ちゃんはそこにいることはできないけど、その「夢」を海未ちゃん達に託したの…。
……そんなこと海未ちゃんの方が分かってるでしょ?」
―――私達、ず〜っと一緒だよ。
不意にあの言葉を思い出す。
何をするにもずっと一緒。それはアイドル活動においても言えることだった。
μ'sがラブライブ優勝までの過程を、穂乃果は「みんなで叶える物語」と説いた。この物語は9人だからこそ成し得るものだと言った。
「お願いだから、お姉ちゃんが愛したμ'sを……壊さないでよ……。」
雪穂の瞳から一雫、また一雫と涙が溢れる。
私達は穂乃果が居ないことを理由にラブライブ出場を心のどこかで断念していた。穂乃果が居なければ意味がないとそう思っていた。
けれど、雪穂の言うことが正しいのならば、穂乃果は今尚、私達が活動することを望んでいる。
だが、今の状況を打破出来るのだろうか?
結束していたメンバー全員の心はちりぢりになっている。μ'sを忘却するほどに―――。
「私は―――。」
その時―――。
純白の光芒が天井から降下する。ふわふわと蝶のように舞っていた。光芒はやがて私の耳元に触れ、囁く。
―――大丈夫、きっとできるよ。
「……え?」
幻聴だろうか?光が囁くなと、非現実的だ。きっと、疲れているのかもしれない。
ああ、それでも。
あの光は確かにほのかな熱を放っていた。
その温もりにずっと触れていたいと思った。