―――このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。
―――応援なんて、全然もらえないかもしれない。
―――でも、一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って届けたい!
―――今、私達がここにいる、この想いを!
誰かの為に歌いたいと願った少女がいた。
しかし、彼女は誰も振り向かずとも、それで良いと思っていた。彼女は最初から後悔をしたくなかっただけなのだから。この道は決して間違ってなかったと、そう思いたかっただけなのだから。
誰も振り返らずとも―――。
「九人で叶える物語」と説いたことから分かるように、彼女は9人で目標に向かっていく過程が重要だった。
そして、その過程こそ、彼女の「夢」だったのだ。
☆
天候は一向に優れず、今日も太陽が見えない。雨天でなく、曇天なのが幸いである。だが、いつ降り出してもおかしくない天候なのは確かである。
この日、学校は少しざわついていた。というのも、校内に張られた宣伝ポスターが起因している。
『明日の16時、講堂でライブを行います。是非、見に来てください』
ポスターというより、行書体で書かれた筆文字のため、宣伝の印象は薄弱だったが生徒達をざわつかせるには十分だった。
尚、下方にはこう書かれている。
『μ'sのメンバーは本日15時に講堂に集合すること』
この宣伝ポスターを見た生徒は嬉々とした表情を見せる者が半分、複雑そうな表情を見せる者が半分を占めていた。その中でただ一人、あからさまに憤怒を顕わにしている生徒がいた。
「………どういうつもりかしら………。」
アイスブルーの瞳は炎のように揺らめいていた。
☆
この広告ポスターは生徒だけではなく職員達にも知れ渡った。
「この文字…。行内で行書体でポスターを制作しそうな生徒って……。」
「あの子くらいしか居ないわよね。」
「でも、これってμ’sのライブ宣伝よね。何で今更……。高坂さんはもう……。」
職員一同は困惑した表情を浮かべていた。やはり生徒だけに限らず、教員達の視点に置いても高坂穂乃果は輝いた存在であることが会話内から理解できる。
故に象徴的存在である彼女なしにライブを行うことに疑念を抱いているのだろう。
「あら?そのポスター、見せて貰ってもいいかしら?」
一般教員の声にしてはあまりにも達観した響きだった。どんな状況下でも焦燥に駆られることのない、冷静さがあった。
教員達は驚いて声の主を探る。視線はただ一人に集中する。
「「「が、学院長っっ!!」」」
一同が驚愕しながらもその女性はフフと優雅に笑う。
「このポスター、少し借りてもいいかしら?」
―――
「これは何?」
「どうもこうも。宣伝ポスターよ。」
学院長室には学院長、そして一人の女生徒が対面していた。
女生徒の瞳は鋭利な刃物を連想させる。対して学院長はそれを受け止めるような眼差しで彼女を見ていた。
「……なんで今更ライブの宣伝なんて……」
女生徒は訳がわからないという風に宣伝ポスターを睨んだ。
「もう、何もかも終わってしまったのに………。」
終焉を迎えたものに意味などない。意味を成したとしても、それは過去でしかない。
「私は行かないよ。」
女生徒は断言する。
「本当に?」
「嘘はつかないよ」
暫く二人は互いを凝視し合う。凪いだ水面のような瞳の学院長と炎のように燃える女生徒の瞳。しかし、炎は何処か水面を避けるように揺れていた。
「貴女がそう言うなら、そういうことにしましょう。」
あくまでも学院長は穏やかに笑う。
「けど、後悔だけはないようにね?」
「……うん。」
女生徒は逃げるようにその場を立ち去った。
☆
宣伝ポスターの効果は私から言わせれば絶大だったといえる。それは良い意味でも捉えられるが、逆もまた然りである。
少なくともμ'sのメンバーは後者であることは間違いない。だが、終わらせないで欲しいと願った少女が居た。そして、私は彼女の願いに応えたいと思った。ならば、やることは限られる。
随分と苦悩した。何をするのが最適なのか?どうすれば彼女は喜んでくれるのか?
ああ、だけど、もう迷わない。道を違えない。真っ直ぐ前を見据える。貴女が夢見たその先へ私は何処までもついていこう。
☆
講堂は閑散としていた。久方ぶりにμ'sメンバーが集ったにもかかわらず、外見だけである。
嘗ての結束はない。四散したように互いを見向きもしない。
長い沈黙を最初に破ったのは絵里だった。
「海未、説明してもらえるかしら?」
「何をです?」
「私達をここに呼んだ理由よ。」
ギラギラとした威圧的な瞳。きっと現実に鬼が居たらこんな瞳をしていたのだろうと思う。
「ポスターは各自で確認したと思います。ここに集めた理由はあの広告通りですよ。」
重圧された空気に圧倒されそうだったが、毅然とした態度は崩さないよう心掛けた。
「だから、その意図が分からないって言っているの。」
「絵里ちゃんのいう通りだよ」
絵里に続き、口を開いたのはことりだった。
「穂乃果ちゃんが居ないのにライブって何なの?意味が分からないよ」
「そうね。どう考えても合理的じゃない。今の状況じゃメンバーを呼び出しても摩擦しか起きないのは目に見えてる。それを知らないほど馬鹿じゃないでしょ、貴女は。」
絵里とことりの言葉は私の考えを痛烈に批判している。他のメンバーも私の行動に納得いかないのか説明を要求しているようだった。
「話せば、明日のライブに参加してもらえますか?」
「そんな安易な気持ちで参加できる状況やないやろ。」
「そうね。で、話があるならさっさとしてもらえるかしら?チビたちの面倒も見なきゃだし。」
希とにこからも言葉に反発的なものを感じる。
しかし、この状況をこのまま終わらせるわけにはいかない。
「皆さん、穂乃果の夢をご存知ですか?」
「は?何よ急に。そんなのラブライブ優勝―――。」
「違います。」
にこが答えかけたものを私は切り捨てるように否定した。
「ラブライブ優勝じゃないの?」
「てっきりそう思ってたにゃ。」
今まで黙視していた凛と花陽が反応する。
「いえ、確かに結果的にはラブライブ優勝が夢と言えます。ですが、あくまでもそれは結果。穂乃果が望んでいたものはその過程にある。」
「過程?」
「分かりませんか?」
全員、心底分からないといった表情だった。気持ちが分からないでもない。昨日までの私も似たような反応をしたから。
だが、今なら答えられる。
「μ’s9人で活動している時間ですよ。」
永遠であってほしいと願った、胸に秘めた思い。
「それが、穂乃果の……夢?」
「けれど、この願いは私たちの願いでもあります。」
「どういうこと?」
「思い出してください。μ’sとして活動してきた日々を。
平凡と自認した人生がいつの間にか非凡になって……。この9人で一緒にいる時間を尊いと思った。この時間に代替するものはない、まるで夢のような時間であると。」
あの時は9人でいることを当たり前だと思った。だが、当たり前なんかではない。あのような至高な時間に代わりなんてない。彼女が居なくなってから、私は改めて気付かされたように思う。
「海未のいう通り、あの時間の代わりになるものなんてないわ。あの時だけは平凡な私たちも輝くことができる。それは認めるわ。」
絵里は相変わらず鬼のような形相でこちらを見る。
「けどね、そうさせてくれたのは穂乃果よ。彼女が居ない今、叶える夢なんてないわ。」
「何故、そんなことを……。」
「前にも言ったはずよ。μ’sの原動力は穂乃果よ。彼女のいない今、μ’sを再興するのは不可能よ。」
万物には原動力となるものがあって、稼働していく。μ’sの場合、それは穂乃果であることが理解できる。それは認めよう。
「ですが、μ’sが解散して良い理由にはならないでしょう。」
「………それは………。」
初めて絵里の表情に動揺が走る。
「一度でも穂乃果がμ’sを解散してほしいと言いましたか?」
徐々に胸の内に熱がこみ上げてくる。
「私たちに泣いてほしいと言いましたか?違いますよね?きっとどんなことがあっても、存続してほしいと思った筈です。」
徐々に反発的だったメンバーも私の話に聞き入り始める。
「皆さんも望んでいたのでしょう?無理だと思いながらも、μ’sを存続させたいと。」
大切だと、愛おしいと思ったから。
どうしようもない寂寞に暮れていたから分かるのだ。
「私も貴女達と同じなのです。もう戻ることはできないと思いながらも、あの時のようになれたらと、焦がれた。」
やがて胸にこみ上げてくる熱は頬を伝い溢れていく。
「……海未」
「……っ……ぐぅ……」
場は再度、閑散とした空気に呑まれる。
だが、集合した当初のような威圧的ではなかった。
この空気に耐えかねたのか、絵里は溜息をつく。
「……海未。私達に1日、時間をくれるかしら?そこで出した決断が貴女の意志に添うものなら、明日また講堂に集合。貴女の言う通りライブをしましょう。
けど、1人でも此処に集まらなかったらライブは中止。μ’sは正式に解散にするわ。」
「ちょ、ちょっと絵里ちゃん!?」
「どういうことにゃ!?」
ことりと凛は納得いかないといった表情だった。
「μ'sをどうするか………。今まで目を逸らしてきたけど、これは私達が向き合わなければ問題よ。」
「……それは………。」
絵里の言ったことに自覚があるのか2人は黙り込む。
「それで良いでしょ?海未?」
「……分かりました。」
ここで今日は解散となった。
今宵はそれぞれが己と向き合う時間となるだろう。
答え次第では―――。一つの道が八つに分岐する可能性も十分にあった。