太陽は永遠に   作:ウェスト3世

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八人の行方

 学院長室に再び女生徒が訪れる。

 

「結局、みんなと会ってきたのね……。」

 

 学院長の言葉に少女は無言で頷いた。先ほどは苛立ちを募らせていた少女だったが、今は沈鬱そうな表情だった。

 

「本当はね、穂乃果ちゃんが私たちにμ'sを続けて欲しいこと、知ってた。海未ちゃんの言葉が正しいこと知ってた。」

 

脳内では自分が間違っていたと理解していた。友人の言葉が正しいことを知っていた。

 

「それでも、穂乃果ちゃんが居なきゃ……意味ないんだよ…!穂乃果ちゃんが言ったんだよ?μ'sは9人って…。誰一人欠けちゃいけないって…。なのに、自分が死んで…。」

 

 自分が間違っていると知りながら、許せないと思った。 誰よりも慕った少女であり、誰よりも幸福であって欲しいと願った少女。彼女が何も言わず去ってしまったことが許せない。

 きっと彼女を許す日は永遠に来ないだろう。

 それでも、奇跡があるのなら―――。

 

「また、あの笑顔を見たかった………。」

 

 少女の肩は震えていた。

 学院長は少女をそっと抱き寄せる。本来ならば、学校にいる間は学院長でなければならない。しかし、今の彼女は学院長ではなく、我が子を思う母親としてそこに居た。

 

「貴女は……どうしたいの……?」

「私は………。」

 

 逡巡と葛藤。

 せめぎ合う思いと向き合い、少女は決断する。

 

 ☆

 

 九人を写した写真は過去の栄華そのものだった。それほど昔というわけではないのに遥か昔に感じてしまうあの頃。九人で最後に笑いあったのはいつだろうか?そう思わせるほどに時間が隔たっている。

 何故、未だにこの写真を待ち受けに保存しているか分からない。実情、解散し、未練もない。そう思っていた筈なのに少女は捨てきることが出来なかった。

 

 校門を出ると中学生くらいの少女が立っていた。辺りを見回しながら誰かを待っているようだった。

 

「お姉ちゃん」

「亜里沙……」

 

 メンバー内の会話も愚か、姉妹同士の会話すら途絶えていた。故に偶然出くわしても、交わす言葉がない。二人は無言のまま帰路に就く。

 

 頬を撫でる風は冷たく、木々から枯葉が舞う。

 絵里は舞い落ちる枯葉を凝視し、ふと疑問に思う。夏はあんなに生命力ある猛々しい色をしているのに、何故、秋になると、色褪せたように散るのだろう、と。単純に季節が影響しているのか、それとも気温の変化が起因しているのか?

 しかし、答えはきっとそんな単純なもんじゃない。何故なら秋冬においても、猛々しい色をしている草木は多々存在するのだ。気温と季節だけで草木が枯渇するなら、全ての植物は全滅している。

 

 ならば何故、葉は枯れるのか。

 夏という栄光から冬という飢饉に失墜するのか。

 

「ねえ、お姉ちゃん。」

「何、亜里沙?」

「この動画見てくれる?」

 

 亜里沙は自分のスマートフォンを絵里に手渡す。再生している動画はμ’sのファーストライブだった。

 

「ねえ、お姉ちゃん。気付いてる?」

「何が?」

「穂乃果さんの顔、よく見て。」

 

 ファーストライブ。

 確講堂に誰も集まらない何とも虚しいライブであった。大抵の者ならば、そこで挫折する。

 しかし、この動画に映るのは笑顔。目の淵に涙が溜まっているが、口元はそれを許そうとしなかった。ただ、誰かを楽しませたいという想いが一心に伝わってくる。

 

「ね、お姉ちゃん!笑顔だよ!」

 

 亜里沙はにこやかに微笑んだ。

 

「……笑顔……。」

 

 あのファーストライブの反響は形容するなら冬のように寒々しかった。誰も見ても聴いてもいないのだから。

 だが、彼女だけは違った。他の葉が枯渇しても、彼女だけは緑葉であろうと奮闘した。

 

 何故、葉は枯れるのかと問うた。

 これらは恐らく人が創造した幻想である。「ああ、だめだ」といった挫折感情を自己で認識するが故に、枯れていくのをただ待つだけの存在と化す。

 だが、彼女のように枯渇に抗うならば、きっと枯れるという現象は生じないのだろう。

 そう彼女が教えてくれた。

 

 ―――嘗て氷のように冷たい生徒会長がいました。

 ―――会長の心は枯葉のように(すさ)んでいました

 ―――そんな会長の手を彼女は優しく握ってくれました。

 

 あの時、あの瞬間。

 絢瀬絵里は彼女の手によって救われたのである。

 

  ☆

 

「ねえ、かよちん。」

「どうしたの、凛ちゃん?」

「かよちんから見て凛ってどんな感じ?」

 

 唐突な質問に花陽はたじろぐ。

 星空凛という少女を単純に述べるならば―――。

 

「元気で明るい女の子……かな?」

「そっか……。」

 

 それを聞いた凛の表情には陰りがあった。その表情は曇天の空と重なって見える。

 彼女の態度に花陽は困惑する。

 

「あの、ごめん。別に傷つけたつもりじゃ……。」

「ううん、違うの。かよちんのせいじゃない。私が勝手に思い込んでる問題なの。」

「勝手に……思い込んでる問題?」

 

 天真爛漫な凛がこのような表情をするのは滅多にない。幼い頃から凛と共に過ごした花陽だから分かってしまうのだ。今の彼女は危うい、と。

 

「凛はね、別に皆が言うほど元気で明るい女の子じゃないよ。小さなことで(つまづ)いて、いつも自分に自信を持つことができない。」

「……凛ちゃん」

 

 そんなことないよ、と否定したかった。

 だが、彼女の瞳はそれを許そうとはしなかった。

 

「だって、そうでしょ?穂乃果ちゃんと比べたら凛の持つ元気と明るさなんて大したことないもん。」

 

 どんな逆境でも笑顔を忘れない少女。苦境の最中では泣き崩れてしまう少女。凛はその後者に該当すると自己判定している。

 

「凛ちゃんはきっと穂乃果ちゃんに憧れてたんだね。」

 

 憧憬を抱くほどに嫉妬した。

 似たような性格を持ちながら、全てをプラスに稼働させる前者と、どうしようもない欠点を持つ後者。確かに前者には絶大なカリスマ性があり人々を魅了させるに十分な素質があるだろう。

 

「でもね、私は凛ちゃんは凛ちゃんのままでいいと思うんだ。」

 

 確かにどうしようもない欠点というのは、主観的に見ると惨めに思う。花陽も自己の消極的な部分をひどく嫌悪している。故に正反対の穂乃果を羨望する気持ちは理解できるのだ。

 しかし、客観的に見たとき、不思議と惨めに感じないのだ。欠点が存在する人ほど、愛おしいと。

 

「私ね、こんな性格だから中々、友達できなかったけど……。凛ちゃんだけはずっと一緒にいてくれた。そんな欠点の一つ二つ関係ないよ!」

「かよちん……。」

 

 完全無欠といった概念もこの世には存在するのだろう。

 しかし、二人は欠点を共有できる友人を望んだ。

 

 ☆

 

「なぁ、にこっち。」

「何よ、希。辛気臭い顔して。」

「それ、人のこと言えるん?にこっち。」

「……わかってるわよ。」

「これから、どうなるんやろか?」

「さぁね。」

 

 μ’sを続けるか否か。

 もちろん穂乃果の気持ちを汲み取った海未の言葉が正しいと理解していても、穂乃果がいないμ’sはμ’sではないと言う絵里とことり。

 どちらも正しくて間違っているわけではない。

 

「でもさ、海未の言葉で1つ気付いたことがある。」

「気付いたこと?」

 

 希は首を傾げた。

 

「穂乃果ってさ、きっと死んでも『アイドルやります!』って言いそうじゃない?」

 

 にこの言葉に希は呆気を取られたような顔をする。

 やがて笑みを零す。

 

「ふふっ。そう言われるとそんな気するなぁ」

「でしょ?」

 

 希につられて、にこも微笑む。

 

「考えれば簡単なことだったのにね」

「そやなぁ」

 

 低気温の中、僅かに生温い風が吹いた気がした。

 

「アイツがやりたいって言いだして、つられるように私も追いかけた。それが次第に私のやりたいことになった。今もその心は変わらない。」

「ウチも同じや。今でもその心は変わらないはずなのに、その気持ちを受け入れようとしなかった。」

 

 本当に欲しかったものは探すまでもなく、此処にあった。なのに、気付かないふりをした。

 しかし、ふりは終わり。もう逃げない。

 

 ☆

 

 八人で話し合った結果ライブするかしないかの件は持ち越しとなった。

 一人、残された私は講堂のステージをじっと見つめた。

 

 思えば、このステージこそμ’sの原点だったと言える。今、思い出しても虚しさが溢れるばかりだが、あのライブなしにμ’sが進歩することはなかったと思う。

 

「海未……。」

 

 背後から呼ぶ声に振り向く。

 

「真姫。まだ帰ってなかったのですか。」

「まぁね。その、お礼を言おうと思って」

「お礼?」

「μ’sをまた、集めてくれたことよ。」

「はぁ…、しかし、明日のライブで集まらないと無意味ですよ。その言葉は。」

 

 確かに、久方ぶりにμ’sを講堂に集めたが、本題は明日のライブである。そこで全員集まらなければ意味がない。

 

「無意味じゃないわ。皆、口にはしないけど、μ’sが好きだもの。」

「ええ、まあ。真姫の口から聞けるとは……意外です。」

「っっ……!いいでしょ!」

「ふふっ、冗談です。」

 

 頬がほんのりと熱くなる。先ほどまでの冷たい空気が溶解するようだった。

 

「真姫、明日は良いライブにしましょう。」

「もちろんよ。」

 

 再び駆け出すのか、それとも本当に解散するのかは未明だ。

 けれど、私は駆け出せると信じている。

 

 窓から僅かだが、光が射し込む。

 

 

 

 

 

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