BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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Arcadia様にて投稿している作品です。
加筆修正を加えています。


BLEACH El fuego no se apaga.1

 

 

夜の闇が世界を覆い尽くしている。

 

 

 

暗い暗い闇色の空、星の瞬き一つ無いその空にはまるで薄笑いを浮かべたような三日月だけが爛々と輝き、その空の黒に相反するような荒涼とした白い砂漠だけがその世界を形成する全てだった。

黒と白、たった二色だけで彩られそれ以外が排除されてしまったような世界は、それ以外何も無いが故に美しさすら感じる。

その生命というものがまるで感じられない世界は、生きた人間が住まう世界ではなかった。

そして人間が住む世界を現世と呼ぶのならば、この世界はその反存在とさえ言えるだろう。

 

この世界は堕ちた魂の行き着く先、死して人から人ならざる化生となり人の魂を喰らう異形へと変じた者達の巣窟。

人としての心を失いその胸に喪失の証たる孔を空け、その堕落した本性を白い髑髏の仮面で隠した者達の名を『(ホロウ)

 

そして虚と呼ばれる生きる者にとっての災厄の具現達が住まう永遠の夜がこの世界。

虚圏(ウェコムンド)』それが永遠の夜が支配するこの世界の名だった。 

 

 

 

 

 

その虚圏の漆黒の空を一直線に横切るものがある。

それは異形の怪物 虚ではなくかといって漂う雲でもなく、それは間違いなく“人の形”をしていた。

人影は旋風の如く空を駆け抜けていく。

そう、その人影は間違いなく空を駆けている(・・・・・・・)のだ。

足を踏み出したそこに本当は地面があるのではないかと思わせるほどしっかりと空を踏みしめ、その足の一蹴りで前へと進む。

空を踏みしめる一歩は爆発的な推進力となり、一歩、また一歩と人とは思えぬ速さで空を駆け抜けていく。

いや、それは空を駆けるというよりむしろ空を飛んでいると見る者に思わせる様な姿だった。

 

空を駆けるその人影は女性の形をしていた。

その身体には白い衣を纏い、背中には幅の広い鞘に収まった刀らしき物を背負い、金色の髪は風に翻り月の燐光を浴びて淡く輝く。

腹部から胸の下半分までもが顕になった白い衣から覗く褐色の肌は、皇かでそして煌めくように。

顔の下半分がその衣の大きな襟で隠されてはいるが、金色の睫に縁取られた翡翠色の瞳からは凛として強靭な意志が見て取れた。

総じて美しいと表現していいであろう成熟した女性の姿をした人影は、見た目とは裏腹にその実余りにも危険な存在。

 

それは現世に住まう人間にとっては言うまでも無く、そしてこの虚圏に住まう虚にとっても同義だった。

彼女が悠々とこの夜空を駆けているのがその証拠と言えるだろう。

虚にとって人間とは捕食の対象でしかない、獅子が兎を刈るが如く絶対的な力をもって一方的に捕食する対象、それが虚にとっての人間という存在。

捕食する者とされる者、殺す側と殺される側、力ある者とそうで無い者の間に存在するその関係性は覆ることの無い摂理なのだろう。

 

しかし、おおよそ人の形をし、空を駆けている時点で普通ではないがそれでも人型をした彼女は殺されること無く夜空を駆ける。

では何故彼女は虚に襲われないのか、人の形をした彼女が何故殺されないのか、その答えは簡単だ。

絶対的な力を持ったものが捕食者、殺す側と定義するのならば、今この場所で最もそれに当てはまる存在はこの空を駆ける彼女なのだ。

それは見た目の話ではなく内側の話、人の形をしているが空を掛ける彼女の中身は人とはかけ離れている存在。

此処は虚園、異形の化け物たちが跋扈する夜の世界でありそれは彼女とて例外ではない。

 

そう、彼女も等しく虚と同じ化け物なのである。

 

 

 

 

空を駆ける女性、名を『ティア・ハリベル』

彼女は人では無くそして虚でも無かった。

 

いや、その“どちらでもあったモノ”とも言えるのかも知れない。

 

破面(アランカル)』それが今の彼女を表す言葉。

虚となり心を失い剥き出しとなった自らの本性を隠すための仮面を剥ぎ取り、その奥に隠した本性を晒し自らの魂の限界を超える事で更なる力を求めた異常なる集団。

それが破面である。

 

 

 

 

人の魂が墜ち虚が生まれる、そして生まれた虚の胸には例外なく孔が穿たれている。

それは魂が墜ちた際に失われた心の跡だと言われ、虚はその喪失した心を埋めるために生きた人間の魂を喰らうのだ。

初めに最も親しかった者、最も愛していた者の魂を喰らいそれでも喪失の孔を埋めるには足りずにそこから虚は手当たり次第人間の魂を欲するようになる。

しかし、そうして魂を喰らい続けても喪失した心を埋めることは出来ず、失った渇きだけが虚を支配していく。

そしてその衝動が著しく強い虚は、遂には自らの同胞たる虚すら襲い喰らいはじめるのだ。

同胞を殺し、喰らい、共食いを続けていった虚はいつしか折り重なり、混ざり合って一体の巨大な虚へとその姿を孵る。

 

曰く『大虚(メノスグランデ)

 

通常の虚の何倍もの体躯と何十倍もの霊力を持つ大虚と呼ばれる巨大な虚。

彼等には三つの位階が存在し、最も下の位階が『最下級大虚(ギリアン)』と呼ばれ個体全てが同じ外見となり、黒い外套に身を包んだ巨躯の大虚。

多くの虚が混ざり合ったため思考すらままならず、理性と呼べるものも無くただ本能のみで行動する赤子のような存在

しかし、希にその大虚の中に『個』を持った固体が存在した。

その固体は同じ最下級大虚すら捕食し、力を増大させ遂にはその上位存在へ姿を変える。

中級大虚(アジューカス)』、身体は最下級大虚より一回りほど小さく個々に違う姿を持つ最下級大虚を統率する存在、最下級大虚以上に強力な力を手にした彼等ではあるがそれでも“渇き”だけは癒える事は無く、そして彼らもまた更なる共食いを続けその連鎖は更なる強大な存在へと昇華していく。

その名は『最上大虚(ヴァストローデ)』、殺戮と共食いの螺旋、その負の連鎖は下へ下へと続く螺旋の塔となり、そしてその螺旋の先端から零れ落ちた一滴の結晶こそが、この広大な見果てぬ夜の世界虚圏にも数体しか存在しないとされている闇の結晶、最上大虚へと至るのだ。

 

 

 

 

彼女、ティア・ハリベルはかつて人であり、人として死を迎え虚として再びの生を受けた。

虚として生きた彼女は多くの魂と、また多くの同胞達を食み大虚へと至る。

彼女は長い時間をかけ、殺し、喰らい、最下級の証たる黒い外套を脱ぎ捨て白い『鋼皮(イエロ)』に身を包んだ中級大虚へとその姿を変えた。

そこからまた更に更に長い時間を掛け、肥大した肉体は洗練されるかのように次第に小さくなり、遂にハリベルの肉体は人間と変わらないまでに小さくなるが、しかしその力は中級大虚とは比べ物にならないほど強大なものとなった。

 

そう、彼女は至ったのだ、『最上大虚』へと。

 

 

最上大虚へと至った彼女は同じメスの大虚を仲間とし、虚園で生きた。

ハリベルは無闇に他の大虚を殺める事はしなかった。

『誰かを殺める事で力を得ようとは思わん。犠牲を強いれば、いずれ自分達も犠牲を強いられる。』

そう考えたハリベルは命知らずにも襲いかかってきた大虚は撃退し、しかし命を奪う事はせずそれが逃げれば追わず、殺さず、喰らうこともしなかった。

ただ仲間と共に生きる時間、それだけがあれば彼女は満足だったのだ。

 

かけがえの無い時間、しかし、それは永遠には続かない幻の時でもあった。

 

突如として現れた異常な大虚、仮面が割れたその大虚は圧倒的な力をもってハリベルの世界を破壊した。

その大虚は以前ハリベル達を襲い、撃退して見逃した大虚だった。

成すすべなく敗れた仲間は無残に大地に倒れ、ハリベル自身もまた満身創痍。

ハリベルは自分の考えを呪った、自分があんな考えを持たなければ仲間達をこんな目に合わせることは無かったと、自らが犠牲を避けようと犠牲は否応無く強いられるのだと。

悔やむハリベルに無情にも敵の終焉の一撃が迫る。

 

しかしその一撃はハリベルを捉えることは無かった。

 

ハリベルの目の前でその仮面の割れた大虚は身体を両断され絶命していた。

驚くハリベル、自分が手も足も出なかった相手が一瞬にして殺された事実、それも驚きだが更に彼女を驚かせたのはそれを行った者達の姿だった。

 

その男達はこの常闇の世界である虚圏にいるはずの無い存在。

人の形をしたそれは現世に生きる人間ではなく、現世とも虚圏とも違う第三の世界『(プラス)』と呼ばれる善の霊魂、虚からして見れば餌としての価値しかない者達が住む世界『尸魂界(ソウルソサエティ)』を守護し整を襲う虚を打ち祓う者、そして現世の霊を死後尸魂界へと導く魂の調停者。

 

『死神』それが彼女の前に現れたのだ。

 

本来居るはずの無い者がこの夜の砂漠に降り立っていた。

この虚圏は虚が跋扈する虚の世界、それ以外の者が侵入したのならばその存在はすぐさま駆逐され、白の砂漠に赤い染みを作るだけだろう。

しかし、その死神は彼女より少しだけ高い位置の砂丘から彼女を見下ろしていた。

その立ち姿からは虚に対する恐れや、自らが敵地とも呼べる場所の只中で唯一人だけという危機にあるという気配は微塵も無く、唯泰然とそこに立つ事が当然であるかの如く彼女を見下ろす。

黒い着物の上に白のコートのようなものを羽織ったその男、口元に浮かべた笑みが余裕から来るものか、それとも何らかの喜びから来るものかを推し量ることは、そのときの彼女には出来なかった。

 

 

何故なら彼女は見てしまったのだ、その男の瞳を。

 

 

この虚園の空、星は無くただ全てを呑み込んでしまうのではないかという深い闇色の空、この世で最も暗い色だと言えるそれよりも尚、男の瞳は暗かった。

只の一瞬目が合っただけでその暗い闇に囚われ、底無しの沼に沈み込むように這い出すことも逃げることも叶わず、ただ深く深く沈んでしまいそうな錯覚。

それは初めて感じる根源的恐怖、暗く重く恐ろしいほどの闇、ただの死神、いやたった一つの存在が抱えるにはあまりに大きすぎる闇をその男は有していた。

 

 

「もっと強い力が欲しいだろう? 君の仲間たちのためにも」

 

 

男は静かにハリベルに話し掛ける。

高圧的ではない、訴えかける様でもない、ただ自然な声。

周りの音は消え、その男の言葉だけが周囲に響いていた。

 

 

「力を持てば仲間に犠牲を強いることも無くなる。それが君の理想のはずだ。 ……自分自身の“理想の姿”を目にしたいとは思わないかい?」

 

「何なんだ…… 貴様は……」

 

「あの大虚に力を与えた者だよ。 我々と共に来るといい、君を…… 理想の下へと導こう…… 」

 

 

この男『藍染惣右介』との遭遇により、彼女ティア・ハリベルは大虚以上の力を得ることとなる。

それが破面化、虚としての魂の限界強度を突破し、敵対者である死神へとその魂の存在を近づけ更なる力を得る術。

そして彼女は虚の仮面を脱ぎ捨て、人間から化け物へと変わったその肉体を再び人と同じ姿に変え、しかし人とも虚とも隔絶された力を手にした。

 

 

 

 

 

ハリベルは空を駆ける。

彼ら破面には藍染から一つの指令が出されていた、曰く『最上大虚を探し出せ』

この余りに広大な虚圏の砂漠から、何処に居るとも知れない最上大虚を探し出す

余りにも困難な指令、まさしく砂漠の中から一粒のダイヤを見つけ出すような指令をそれでも彼ら破面は実行しなくてはならない、それが藍染からの命であるが故に。

だがそれだけで理由は十分なのだ、従わなければ待っているのは『死』

そう、彼らの殺生与奪はその全てが藍染の持つ圧倒的なまでの力によって握られているのだ。

 

しかし、本来これはハリベルが行う任務ではなかった。

ハリベルのように力を持つ破面は、本来このような探査任務にはつかず、藍染に従わない反乱分子のその中でも下位の破面の手の負えない強力な大虚を殲滅する事が担当なのだ。

このような探索任務は下級の破面が行うのだが、その任務に出た破面が何時までたっても戻らない。

その後何体かの破面を任務に出た破面が消息を絶った探索域の座標へと向かわせるも、その全てが戻ることは無かった。

件の座標へと向かわせた破面はどれも最下級の出来そこないだったが、唯の大虚に後れをとることはあり得ない。

同じ最下級大虚でも破面化した者とそうでない者の間には、明確なまでの力の差が生まれるのだ。

 

だがその悉くが戻らない。

離反したかあるいは殺されたか、前者ならばそれで良しハリベルクラスの破面から見れば、雑魚がいくらいなくなろうと問題ではない。

しかし後者ならば話は変わってくる。

破面化した最下級大虚を退けるだけの力、それを持った者が居るという事になる。

少なくとも中級大虚、もしかすれば最上大虚が居る可能性もある、そうなれば下級の破面をいくら送った所で無意味だ。

それゆえハリベルが探査任務に選ばれたのだ。

最上大虚であれば連れ帰り、反乱分子であれば即刻殲滅するために。

 

 

ハリベルが件の探査区域にさしかかると、彼女の視界に小さな変化が起こった。

それは虚圏にあっても奇妙な光景。

永遠の夜の暗闇が支配する虚園にほんの少し、明かりが見えるのだ。

 

 

「あれか……」

 

 

ハリベルはそう一言呟くと、その明かりを目指してより一層速く空を駆ける。

その先に何があるのか、今は何一つ分からない。

しかしハリベルの眼は臆することなく、唯真っ直ぐにその光を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界に灯る一色

 

聳えるそれは美しく

 

しかし禍々しく

 

紅と黄金

 

邂逅の時

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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