BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

101 / 106
BLEACH El fuego no se apaga.91

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりに照らされた人影。

長い白髪は月光を浴び、淡く煌いているようにも見えた。

 

朽木(くちき) 銀嶺(ぎんれい)

 

ルキアがそう呼んだその老人は、先代の朽木家当主であり、更には先の六番隊隊長を務めた人物。

なによりルキアの兄である白哉、そしてルキアにとっては血縁は無いにしても祖父にあたる人だった。

木の影から現われた銀嶺は両の袖に腕を通すようにして腕を組み、身に纏っているのは黒くはあるが、死覇装では無い普通の着物。

隠居、という銀嶺の言葉からも察しが付く通り、彼は既に朽木家の家督と言ったものすべてを白哉に譲り、更には死神としても一線を退いていた。

故に死神の証たる死覇装ではなく、普通の着物という事なのだろうが、やはりそこは朽木の家に名を連ねる者、見る者が見ればそれが普通と呼ぶには少々語弊があるほど高価なものだと判るだろう。

それを苦も無く着こなすあたり、流石は朽木本家の前当主といったところか。

 

 

「も、申し訳ありませぬ! 知らぬ事とはいえ銀嶺様に刃を向ける無礼、平にご容赦を!」

 

「気に病む事もない。 気配を消して後ろから声をかけたワシが悪い。暇を持て余した老人の戯れ、許してやってくれ」

 

「そんなッ。 滅相も御座いません 」

 

 

人影が銀嶺だと判り、ルキアは慌てて刀を納めると深く頭を下げる。

ルキアからすれば系図上祖父にあたる銀嶺ではあるが、その存在は雲の上にも等しい。

更に白哉以上に接点が無い彼を前にすれば、ルキアがこうして堅くなるのも無理はないだろう。

だが、銀嶺はそんなルキアの様子に僅かに眼を細め、良い良いと頷くと、逆に自分が悪かったと謝った。

相手の謝意に対して自らの落ち度もあった、と認め許す度量の大きさが銀嶺の言葉に伺える。

年の功、と言ってしまえば簡単だが、流石は長く朽木家の当主としてその重責を担ってきただけの事はある、と言ったところもあるのだろう。

 

 

「それにしても随分と久方ぶりに()うたのぉルキア。以前見た時より随分と大きくなった…… 死神として、何より人として……のぉ」

 

「勿体無い御言葉に御座います…… 」

 

 

銀嶺に深く下げた頭を上げていたルキアは、そんな銀嶺の言葉に気恥ずかしいのか今度は軽く頭を下げる。

眼を細め感慨深げにルキアを見る銀嶺。

大きくなった、そう口にした彼の脳裏には何年か前に見たルキアの姿が思い出されていた。

見た目は孫である白哉の妻であった緋真と瓜二つ、それは緋真とルキアが実の姉妹なのだから当然なのだが、纏う雰囲気まで同じように銀嶺には感じられていた。

 

しかし、同じような雰囲気もその方向性は違う。

緋真の纏う雰囲気は儚げで、触れようとすればそれすら叶わず消えてしまうようなもの。

対してルキアの纏う雰囲気は儚くはあるが、触れれば消えるのではなく砕け壊れてしまうような、張り詰めたもの。

その理由も銀嶺には判っていた。

ルキアからすれば何故自分が朽木の家に拾われたのか理解出来ず、表向きの理由として才能を見込まれた、という尤もらしいものはあったが死神としてそれに見合う席次も、実績も残せていなかったという状況。

期待への裏切り、負い目、完璧を体現するかのような兄への劣等感、そんな彼を失望させているのではという不安、そして興味を示されていないかのような孤独感。

それらに苛まれ続け、それでも現状を打破しようともがき、しかしそれも叶わない。

張り詰めるだけ張り詰めた糸、銀嶺から見たルキアの印象は正にそれだった。

 

しかし、今の彼女にそれは見えない。

無論生来の気質か或いは白哉の影響を受けたのか、生真面目すぎる帰来は今も色濃くあると見抜いた銀嶺。

だが触れただけで砕け散ってしまいそうだったあの儚さは今はもう無いと。

それは彼が知らない年月、そして彼の耳にも聞き及んでいるあの動乱が関係しているのだろうと。

ともかく銀嶺からすればルキアは人として、そして死神として大きく成長した、そう感じられるだけのものを見せているのだろう。

 

だがそれ故に銀嶺はそれを口にする。

 

 

 

「しかし、剣には(・・・)迷いが見える…… 」

 

「ッ! 」

 

 

 

そう、ルキアが銀嶺に向けて構えた刀、僅かの間だけ抜き放たれ構えられた刀を一目見ただけで、銀嶺はルキアの内のそれを見抜いていた。

僅かではある、だが鈍い。

銀嶺が感じたそれは刃に乗る意思のようなもの、剣とは構えたその瞬間から既に“モノ”ではなく“己の一部”である。

そして己の一部たる剣、その刃には神経が通りそして意思が乗るのだ。

無論それは現実ではなく精神的なもの、気構えの領域ではあるがそれがあるかないかで、剣とは輝きすら変える代物。

銀嶺はその輝きを見咎め、そこに迷いがあると看破したのだ。

 

 

「覚悟はある。 意気もある。 しかし行方に迷うて(・・・・・・)おる…… 剣、己の力、その向かう先、向かうべき場所(・・・・・・・)に…… のぉ…… 」

 

「………… 」

 

 

覚悟はある、もう戦場に向かう友を見送る事はしないという覚悟はある。

意気もある、その為に自分は強くあろうとする事を諦めないという意気はある。

しかし、しかしそのための力の、己の力をどう振るえば(・・・・・・)自分の望む覚悟と意気を満たせるのかが判らない。

ルキアのうちにある霧、濃霧のように彼女の前に立ちはだかるそれを、銀嶺はこの僅かの間に捉えていた。

 

強くなるための方法、それは個々に在るだろう。

それは根本的な霊圧の上昇であったり、或いは鍛錬による剣術の向上、肉体面の強化といった方法だが、ルキアにとってそれらは今あまりに現実的では無い。

何故ならまずもって時間が限られており、その時間もどれだけ残されているか判らない。

そんな状況にあって爆発的な霊圧上昇や地道な鍛錬による技能、肉体の上昇は望めるものでは無いだろう。

 

ではどうするか?

ルキアにとって現実的な方法は、今出来ることをより(・・・・・・・・・)昇華させる(・・・・・)事に他ならないのではないだろうか。

今己に扱える技能、鬼道であり斬魄刀戦術、それらを今以上に磨くこと以外残された道などないのではないか?

ルキアの中にも漠然としたものとして、この解はあった。

 

しかしその先が見えない。

どうすれば自分の力をより磨くことが出来るのか、どうすれば自分はより自分の能力を昇華できるのか。

それが見えぬためにルキアは白哉に剣の教えを請い、その中で自らの力の行く先を見出す事を考えていたのだ。

だが結局のところそれは叶わず、霊廟へと謹慎を命じられ、数年ぶりに出会った銀嶺にすら僅かの間にその迷いを見抜かれる始末。

白哉への、銀嶺への、朽木家への恩、それを返す事すら出来ずただただ不様を晒す自分に、ルキアは俯きそうになった。

 

だが、不様此処に極まったのならばいっそ、更に不様に振舞ってしまえと。

 

不躾、不遜、厚顔無恥、そんな言葉が頭を過ぎりながらもルキアは声に出す。

最早形振り構う状況ではなく、そんな余裕も猶予も無い自分に出来る精一杯を成すために。

 

己が魂への誓いの為に。

 

 

「銀嶺様、恥を承知でお願いがございます…… 私が向かうべき行方、それを見出す為に銀嶺様の御力を…… お貸し頂けないでしょうか 」

 

 

恥ではある。

本来自らが見出すべき己の力の行く先を見出せず、それを見出す為に他者に頭を垂れる事は恥ではある。

しかし尊くもある。

人とは年を重ね、自尊心を身に付ければ付ける程、素直に頭を下げる事が出来なくなるものだ。

自分にとって大切な事は何か、優先するべきものは何か。

自らの自尊心を守り誓いを蔑ろとして再び後悔することか、それともどれだけ恥だと感じようとも誓いに背かぬため邁進することか。

ルキアの答えなど問う必要も無くひとつであり、その為に彼女は頭を垂れる。

 

そんな彼女に銀嶺は先程までと同じ調子で声をかけた。

 

 

「成程。 さしずめお前を此処に寄越したのは白哉の奴じゃろう?」

 

「ハイ。 その通りで御座います。 当主として霊廟での謹慎を命じる、と」

 

「フフ。 実に彼奴(あやつ)らしい物言いじゃ。そこでもう少し器用に立ち回れれば、また一皮剥けるというものじゃが…… 彼奴にしては、まぁ上手く立ち回った方じゃて」

 

「銀嶺様、それは一体どういう? 」

 

 

ルキアとのやり取りの中、何故か嬉しそうに笑う銀嶺。

特に白哉が当主として命じた、と言ったあたりでは本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。

ルキアにとっては何とも要領を得ない、というか何故笑うのか判らないといった状況だが、銀嶺からすればこれが笑わずに居られるか、といったところだろう。

生来熱くなりやすい帰来があった孫、それが父の急逝を切欠に『自分が当主にならなくては』と自らを律し、苛烈なまでの鍛錬と戒律で己を縛りつけ、自らの熱を冷たい湖の底に追いやっていった姿。

僅かに波立つ事もなく、水滴が落ちても波紋すら起さず、揺れぬ水面だけを湛えた湖。

己を律する術を手にした反面、己を消し去っていく(・・・・・・・・・)かの様な孫の姿というものは、銀嶺にとって見ていて決して気持ちのよいものではなかった。

そんな孫、白哉が流魂街出身の女性を妻として娶り、悲劇的にもあまりに早く死別し、その妹を自分の妹として朽木家に迎える。

妹を迎える理由も亡き妻の最後の願いを叶える為だと、それを聞いた銀嶺は掟を破る孫を窘める事よりも、まず安心したのだ。

孫が冷たい湖の底に追いやった熱は、しかし暖かさ(・・・)となって彼のうちに残っていたのだと。

 

自分の孫は己を消し去っていたのではなく、人として不器用ながらに成長(・・・・・・・・・)していたのだと。

 

そんな不器用な孫が、今またその不器用なりに自分の妹を此処へ寄越した。

おそらくルキアには何一つ説明らしい説明はしていないことだろう。

誤解を多分に含んだやり取りの末、それでも不器用なりに妹を此処へ寄越した孫、白哉の優しさ。

 

それを知って笑わずに居られようか、祖父として頬が緩まずに居られようか、言葉の足らぬ孫の言葉無き頼み(・・・・・・)を聴かずにいられようか。

 

妹を何卒よろしく(・・・・・・・・)お願い致します(・・・・・・・)、という言葉無き頼みを。

 

そして何より、新たに出来た孫(・・・・・・・)の悩みに、力を貸さずにいられようか。

 

 

「なに、孫というのは何時まで経っても可愛いもの、ということじゃよ」

 

「は、はぁ…… 」

 

 

ルキアにニコリと笑う銀嶺。

しかし銀嶺からすれば可愛い孫、と言い切られる相手はルキアからすればあの(・・)白哉である。

普段の白哉の雰囲気と銀嶺の言葉にあるそれはもう大層な違和感、ルキアの頭の中には憮然とした表情の白哉を後ろからうむうむと柔和な顔で眺める銀嶺の幻視が過ぎり、そんな混沌とした幻想にただ生返事を返すだけのルキア。

そんなルキアの内心を知ってか知らずか、銀嶺はクルリと踵を返すとルキアに背を向けて声をかける。

 

 

「付いてくるが良いルキア。 この先にワシの(いおり)がある。まずはそこで話を聞こう 」

 

「ッ! そ、それは真で御座いますか!? 」

 

「無論じゃ。 可愛い孫二人(・・・・・・)から頼られて、断れる爺なぞいるものかよ」

 

 

銀嶺の言葉にバッと顔を上げるルキア。

その輝くような瞳にまたニコリと笑う銀嶺は、孫に頼られて断れる爺などいないと答えた。

何時まで経っても、いや時が経つからこそ孫とは可愛いものだと。

そこに古いも新しいも無く、血の繋がりの有無も関係は無いのだと。

 

 

「現十番隊隊長が頭角を現すまで氷雪系最強(・・・・・)の名を冠しておったワシの力、まだ錆びておらねばお前の力にもなれるじゃろうて」

 

 

ルキアへ僅かに振り返りそう口にした銀嶺。

その言葉にルキアは一瞬驚き、しかし強い覚悟で受け止める。

ルキアの様子に満足そうに一度頷いた銀嶺は、ルキアに背を向けて歩き出し、ルキアもその後を追った。

 

朽木 銀嶺。

名が示すとおり、雪が降り積もる雄大な山脈の様な翁。

その力、その真髄をルキアがどれだけ自らのモノとし、自らの力の行方を見出せるかどうか。

全ては彼女自身に、彼女自身の覚悟の強さにかかっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ! ここまで力の差がっ )

 

 

冷たく硬質な床、広い部屋には半地下なのか芝生と空が見える大きな窓が一つと、床と同じ材質であろう大小様々な直方体。

おおよそ生活感の無いその部屋はまさに生活のための部屋ではなく、力を磨くための部屋。

その床に突っ伏し、一人悔しさに歯噛みするのは一人の青年。

同年代の者達に比べても至極平均的な背格好、黒いズボンに白いシャツ、黒髪で真ん中別け、縁のないメガネが位が唯一特徴的なその青年の名は石田雨竜(うりゅう)

空座第一高校に通い、一護や織姫とは同じクラス、手芸部では一年生にして部長であり、学力は学年トップの秀才である彼にはしかし、別の顔がある。

 

 

滅却師(クインシー)

 

 

死神とは別に霊力を持った人間達が発足し、虚と戦う術を見出した集団。

自らの内に存在する霊力を力の源として戦う死神とは違い、彼等滅却師は大気中に存在する霊子を自らの霊力によって集めて操る事に長け、それを戦闘技術にまで昇華させた。

そして死神が刀剣、斬魄刀を用いて戦うように、滅却師は自らの霊力と周囲から集めた霊子によって、『霊弓』と呼ばれる霊子兵装を形成し戦う。

接近戦を旨とする死神と、虚に近付く事無く遠距離から仕留める事を旨とする滅却師。

彼等 滅却師と死神、霊力の用い方が根本から違う二つの存在は、虚から人間を守るという同じ理念を持ちながらしかし、決定的に異なる思想、そして力を持っていた。

 

死神は斬魄刀によって虚を斬り、その魂を浄化し尸魂界に送るのに対し、滅却師達は虚の魂をその矢で射る事で完全に消滅させる(・・・・・・・・)術を求め手に入れたのだ。

人間を虚から守ることを旨として発足した彼等滅却師は、虚を悪とし、その魂を尸魂界に送るのではなく消滅させる事を目的として世界に散らばり、虚を狩り続けた。

 

それが、いやそれこそが正義だと信じて。

 

しかし、魂を完全に消滅させてしまう滅却師の力は、尸魂界と現世の魂の総量と均衡を著しく乱してしまった。

それでも己の正義を信じ虚を消滅(ころ)していく滅却師に対し、尸魂界は世界の崩壊を危惧し、苦渋の決断として滅却師の討伐を敢行、結果200年前に滅却師の大半は死神の手によって滅ぼされたのだ。

 

彼、石田 雨竜はこの死神の討伐の後、生かされた数少ない系譜の末裔である。

冷静沈着で頭がよく、教養もあり、理性的な性格だが理性的であるが故に頑なでもある彼。

幼い頃より滅却師である自分に誇りを持ち、それを否定する父親に反発しながらも滅却師として修行を積んだ雨竜。

しかし自らの師である祖父を失ってからはその遺恨から死神を憎み自らの、そして滅却師の力を誇示するために一護と対立したこともあった。

だがその対立の中、自らの考えが如何に矮小であったかを知り、一護達との間にも奇妙な縁が芽生える。

藍染の計略により朽木 ルキアが尸魂界で処刑されるとなった折には、一護と共に処刑を阻止すべく護廷十三隊と戦った彼。

 

滅却師として死神に必ずしも良い感情を持っていないながら、死神代行である一護の傍に立ち、死神である朽木ルキアを救うため戦う。

矛盾を抱えそれを理性、いや理屈によって無理矢理にでも解消する雨竜は、もしかすれば誰よりも人間味に溢れているのかもしれない。

 

 

閑話休題。

では何故そんな彼、石田 雨竜はこんな殺風景な部屋で床に突っ伏しているのか。

それには当然理由がある。

 

 

滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)

 

 

朽木 ルキアを救うため尸魂界へと乗り込んだ折、雨竜は戦いの中それを使用した。

相手は尸魂界において狂気の代名詞たる男、護廷十三隊十二番隊隊長(くろつち) マユリ。

涅がただの死神だったのなら、ただの隊長格だったなら、雨竜はそれを使うことは無かっただろう。

だが涅だからこそ、涅だったから(・・・・・)こそ彼はそれを使うことを決断した。

 

 

涅 マユリが自らの師であり祖父である、石田 宗弦(そうげん)仇だったから(・・・・・・)こそ。

 

 

滅却師最終形態とは滅却師が持つ霊子収束能力を極限にまで昇華した状態。

大気中のみならず、霊子で構成された物質の結合すら分解する様は、最早霊子の隷属(・・・・・)に他ならない。

その力を持って涅を圧倒した雨竜。

だが、まるで人間に許された力の範疇を超えるような能力は、結果として術者に大きな代償を求める。

そして滅却師最終形態が雨竜に求めた代償とは、滅却師の力を失う事(・・・・・・・・・)だった。

 

滅却師の力を失った雨竜、現世へと戻った彼はそんな状態で虚に襲われた。

大半が失われた力、その残滓で何とか対抗するも窮地に立たされる彼。

だがそんな彼の窮地を救ったのは、滅却師を否定した彼の父、石田竜弦(りゅうげん)だったのだ。

 

 

雨竜の窮地を救った竜弦は言う、滅却師の力を戻してやる(・・・・・)と。

だが変わりにもう二度と、死神に関わるな(・・・・・・・)と。

 

 

そして雨竜はその条件を飲んだ。

 

今こうしてこの部屋で汗だくで突っ伏す彼は、既に滅却師としての力を取り戻している。

方法は雨竜にもよく判らないが、どうやら父である竜弦が放った矢に射抜かれた事が、その切欠であった事は彼にも判っていた。

だが力を取り戻してからも、雨竜がこの部屋から解放されることはなかった。

 

 

“才能が無いお前をこのまま放り出しても、また簡単に力を失うのがオチだ ”

 

 

解放を要求する雨竜に対し、竜弦が放ったのはそんな一言。

無論反発した雨竜だったがそれも全て竜弦が黙らせた。

 

ただ純粋な“力の差”をもって。

 

滅却師の力を取り戻して後も続いた修行。

その始まりから今に至るまで、雨竜の矢はただの一度も(・・・・・・)竜弦を捉える事無く、それどころか掠らせる事すら(・・・・・・・)出来ないでいるのだ。

雨竜の肉親の情が彼の矢を鈍らせている、という事は僅かにあるのかもしれない。

どれだけ反発しようと親は親、口で感情で否定しながらその命を前にした時、なんの躊躇いも無くそれを射抜ける子が居るとは思えず、また思いたくも無い。

だがその僅かな鈍りを差し引いたとしても、雨竜と竜弦の間にある“差”は大きかった。

 

この修行が始まってから後、雨竜もまた竜弦の放つ矢によって傷は負っていない。

しかしそれは雨竜にもありありと感じられるだけの、竜弦による手加減(・・・・・・・・)に依るもの。

それに不快感と腹立たしさを感じ、その余裕を剥ぎ取るべく挑む雨竜を前にしても、竜弦の圧倒的な余裕が失われる事は無かった。

雨竜自身、滅却師としての力を取り戻し、こうして図らずも修行という形式となった今と過去を比べ、自分の力が増した事は理解出来ている。

だがそれでも、この石田 竜弦という男と自分の間にある差は大きいとも感じていた。

 

“金にならない”

 

過去、たったその一言で雨竜の理想を斬り捨てた竜弦。

しかし望む望まざるに関係なく、竜弦の才は抜きん出ていた。

滅却師を否定した父、しかし自分より遥かに滅却師として完成している父、相反するふたつ。

それを前に雨竜はただ圧倒されたのだ。

 

 

「……限界か? 」

 

「ハァ、ハァ、ハァ。 ふざけるな…… 僕はまだまだ平気だッ…… 」

 

「口ばかりは一人前だ。 ……少し間を置いてやろう。俺が戻るまでにはもう少しマシな状態に回復しておけ」

 

「クッ! 僕は平気だと言っているだろう! 」

 

「うるさいやつだ…… 勘違いしているようだがお前の為じゃない。貴重な時間を削ってやっているんだ、タバコぐらい自由に吸わせろ」

 

 

トントンとシャツの胸ポケットに入ったタバコのケースを叩き、竜弦はそれだけを言い残し部屋の壁に触れる。

すると壁の一部に切れ込みが走り、四角い扉となって外向きに開いた。

竜弦が扉から外へと出ると扉は直に閉まり、切れ込みは無くなりただ一面の壁へと戻ると、雨竜だけが部屋に残される。

こうして場面は冒頭へと戻り、雨竜は疲労と苛立ち、何より悔しさを感じながら、その熱とは別にどうすればそれを埋められるかを頭の冷えた部分で考える。

戦いに身を置く者には二種類あり、ひとつは黒崎一護の様に理屈ではなく本能によって自らの力を振るう者と、それとは対照的に理詰め、計算と戦術によって戦う者がある。

雨竜は後者、自らに出来る事出来ない事、その出来ることをどう駆使すれば勝利を手に出来るかを、冷静な思考によって導き出すのだ。

 

 

 

 

「ど~も~。 夜分失礼致します~ 」

 

 

 

 

床に突っ伏しならがも、どうすれば竜弦の鼻を明かしてやれるかを考えていた雨竜に突如、声がかかる。

どこか芝居がかったような間延びした声、慌てて飛び起きそちらに顔を向けた雨竜の眼に映ったのは、見覚えのある人物だった。

 

 

「なっ!? 浦原さん? 一体どうやって此処に…… 」

 

「どうやってと言われましても、こうやって、としか言いようが無いんですが…… おや? 親御さんは不在でしたか。 ヨカッタヨカッタ 」

 

 

目深に被られた帽子と甚平に黒い羽織り、片手には細く柄の先が曲った杖にもう片方の手には扇子を。

中空に円が描かれたかと思うとその端をまるで缶詰のように捲って開け、空間を歪ませるようにして出来た穴から現われたのは、浦原(うらはら)喜助(きすけ)だった。

突如としてこの閉鎖された部屋に現われた侵入者に、雨竜は驚きの表情を見せる。

だが浦原はといえば雨竜の質問にもどこかのらりくらりと答え、十中八九居ないと判っていたであろう竜弦の不在に、わざとらしく運が良かったといった口ぶりでホッとした様に胸をなでてみせる。

 

雨竜からすれば浦原の登場はまったく予期していないもの。

彼が居る部屋は外部の霊圧を遮断し、内の様子を外に漏らさず、また外の様子を内に伝えない。

故にこうして竜弦の居ない瞬間を、図った様にして現われた浦原に驚くのも無理は無いだろう。

 

 

「いや~石田サン、まさかこんな所に居るとは思いませんでしたよ。おかげで捜すのにちょ~っと手間がかかっちゃったじゃないですか」

 

「ちょっと、ですか。 らしいですね…… でも何故此処に?捜した、という事は何かあったんですか? 」

 

 

内外を遮断する部屋に居た雨竜を捜すのに、ちょっとだけ手間取ったと言った浦原。

その言葉に雨竜は内心、ちょっとしか手間取らなかったのか、とも思いつつ、それを竜弦が訊けば大層嫌な顔をしただろうとも思いフッと笑う。

だがそれも一瞬の事、浦原が“ちょっと手間をかけて”まで此処に現れた、という事は“それをするに足りる”出来事が何か起った、という事でありそちらが本題だろうと。

雨竜の目は先程までの疲労など嘘のように鋭く、浦原を見据える。

 

 

「えぇまぁ。 石田サンは尸魂界から戻ってから、ずっと此処に居たから知らないでしょうが…… そうッスね、順を追って話しましょうか 」

 

 

そして語られる雨竜の知らない外の出来事。

藍染惣右介と破面の関係、度重なる破面の襲撃、尸魂界からの援軍、戦場と化した空座町と藍染の真の目的、一護の負傷、そして。

 

 

「井上さんが…… 破面に拉致された……!? 」

 

 

今に至るまでの状況と推移、それが進むにつれて険しくなっていった雨龍の表情。

そして一護が深く傷つき今もまだ目覚めていない、という部分で彼の表情の険しさは頂点となり、更に語られたのは仲間である織姫の拉致。

仲間としての彼女もそうだが、彼女が持つ特異な能力、それが破面側にある事がどれだけ現世と尸魂界にとってよくない状況であるか、それが判っているからこそ雨竜の表情は硬い。

 

 

「正確には拉致された可能性がある(・・・・・・)、という事らしいッス。考えたくはありませんが既に殺されている可能性も、またはもっと別の可能性…… 井上サンの裏切り、なんてのも尸魂界側は視野に入れているようッスね。結果 尸魂界側の決定は“保留”、これ以上の捜索も無しッス」

 

「裏切りに保留だって!? 馬鹿げてる! 可能性なんて不確定なものを一々気にしていたら何も出来やしないじゃないか」

 

「まぁ落ち着いてください。 彼等も判ってはいる筈ッス。でも相手はあの(・・)藍染 惣右介だ…… 慎重にならざるを得ない、というのが正直なところでしょう」

 

 

尸魂界側の決定、それに憤りを隠せない雨竜。

今となっては死神ともある程度のつながりを持った雨竜ではあるが、元々死神をよく思っていない彼にとって、この決定はあまりに中途半端。

明確な指針を示す事のない保留という名の現状維持は、状況を好転させる事など出来はしない。

雨竜がそこに見たのは保留、とは言ったが実際は切捨て(・・・)に近い決定。

彼等 死神は常に世界の安定を優先し、その為に行動する。

今危ぶまれているのは藍染惣右介の動向、それによる更なる動乱とそれが現世へと、そして尸魂界にまで及ぶ事だろうと。

世界を危ぶませる男と、特別な力を持ちはするが人間の少女一人、どちらを優先しまたどちらが重要か、死神の考えなど決まっていると雨竜は内心毒づく。

 

同じなのだ、結局。

織姫が切り捨てられるのも、200年前滅却師が滅ぼされたのも。

魂の調整者を称する死神の都合、それが全て。

 

 

「浦原さん。 お願いがあります 」

 

 

己が内に沸いた黒い感情、それを奥底に押し込め雨竜は浦原を見据える。

今すべき事は何か、それを考えたとき死神のことを思考する事すら今は必要ないと。

すべき事など決まっていると、雨竜は視線にそれを乗せた。

 

 

「言いたい事は判ってますよ。 でも事はそう簡単じゃぁ無い。アタシにだって軽々出来る事と、そう簡単には出来ない事くらいあるッス。残念ながら石田サンが言いたい事は“後者”ッス…… 」

 

 

雨竜の言葉に浦原はみなまで言うなと言葉を返す。

だがその答えは決して色好いものではなかった。

目深く被った帽子を更に押えて視線を隠した浦原、その仕草と声色だけで雨竜の望みがそう易々と叶うものでは無いと伺える。

 

そう、雨竜の願いとは虚圏へと赴く事(・・・・・・・)

 

織姫が拉致されたというのならば、まず間違いなく彼女は虚圏へと連れ去られたと見て間違いない。

何故なら虚圏への道は虚にしか(・・・・)開けないのだ。

虚圏から尸魂界、そして現世にも自由に行き来できるのは虚、そして破面だけであり、死神の術を持ってしても今まで誰一人、自らの力で虚圏への道を開いた者は居ない。

故に拉致、或いは人質として織姫を閉じ込めるなら虚圏がもっとも最適であり、更に言えば藍染の本拠は虚圏にあるのだ、わざわざ別の場所に閉じ込める必要も無いだろう。

だがそうだと仮定したとき、雨竜の願いはこうも言い換えられる。

 

敵の本拠地に乗り込む(・・・・・・・・・・)と。

 

それもおそらくは一人で。

死神に対して良い感情を持たず、また竜弦との契約により死神に関わる事が出来ない雨竜の選択肢はそれしかない。

契約を破ってしまえばいい、そう思うかもしれないがおそらく雨竜はそれをしない。

もしこの契約を破ったならば、それは彼にとって父に永遠に敗北した(・・・・・・・・・)のと同じなのだ。

条件を提示されそれを呑み、見返りとして戻った自分の力。

しかしそれが戻ったからと掌返しで契約を破れば、そこにあるのは“約束を違えた自分”であり、“目先の力に飛びついた自分”、そして“消えること無い竜弦への負い目”だ。

それは敗北に他ならない。

反目する相手だからこそ、だからこそ契約は守る。

自分は愚かでは無いと、自分はお前が思うほど幼くも未熟でもないと示す為に。

 

 

 

「……判りました。 では何日後(・・・)ですか?」

 

「いやぁ。 相変わらず理解が早いッスねぇ 」

 

 

 

浦原の答えに僅かに考え込んだ雨竜が口にしたのは、何日後かという問い。

それに対して浦原は理解が早い、と答えた。

この主語を欠いたやり取りの裏にあるもの、それはそう難しいことでは無い。

浦原は雨竜の願いにこう答えたのだ、“そう簡単には出来ない”、と。

 

そしてそれは、決して不可能だとは言っていない(・・・・・・)のだ。

 

簡単では無いが出来る、浦原が言外に言って見せたそれを、雨竜は聞き逃さない。

不可能なら不可能だと、雨竜の知る浦原という人物はそう言う人だと。

そんな人が簡単では無いが、と前置きはしたがそれでも不可能だと言わなかった以上、それは“可能”なのだろうと。

ならば今無理にそれを頼んでも意味は無い。

織姫の事は無論心配ではあるが、向かう手段が無ければ助ける事は出来ないのだ、今自分に出来るのは彼女の無事を祈る、いや信じることだけとした雨竜は、より現実的な方向に思考を切り替えた。

 

 

七日(・・)ッス 」

 

(七日……!? 思っていたよりも長い…… 浦原さんでもやはり前例が無い事は厳しいのか)

 

 

浦原が示したのは七日、一週間後だった。

その期間の長さに内心驚く雨竜。

浦原をしてもそれだけの時間を要する作業、それが虚圏への侵入という事なのだろう。

 

 

「前々から山元総隊長の依頼で準備はしていたんです。しかしどれだけ早くても最低限、隊長格クラスの霊圧を持つ人物を安定した状態で送るには、これだけの期間が必要ッス。それに…… 」

 

「まだ何かあるんですか? 」

 

 

虚圏への道、黒腔(ガルガンタ)を安定させるのに必要な期間。

更にはそこを隊長格クラスの霊圧を持った者が、渡れる状況にするための期間。

天才である浦原を持ってしても必要な期間は七日、だが逆に言えばこれだけの準備がなされなければ、虚圏へ侵入出来たとしてその先は無い。

彼等の目的はあくまで“虚圏へ渡る事”ではなく、“虚圏へと渡り織姫を助ける事”なのだ。

目的を違えれば意味は無い。虚圏へただ渡るだけでは何の意味も無い、虚圏へと渡り尚且つ万全の状態を維持していてこそ、意味はあるのだ。

そして浦原は付け足すように言葉を残す。

雨竜はそれが何か良くない事を思わせるようで、若干心配そうな表情を見せていた。

 

 

「えぇ。 おそらく黒崎サンが戻ってこれる(・・・・・・)ギリギリの期間、それも刻々と迫っているッス。一度深深度まで沈んだ精神が再び浮上する、それが出来るギリギリの期間…… 過去の文献や事例らから推測するにこちらはおおよそ五日(・・・・・・)。それを越えてしまえば幾ら黒崎サンでも、目覚める事は厳しいですし、例え戻ったとしても戦うには無理がある…… 」

 

 

浦原が示した期間は黒腔の開通もそうだが、一護が再び戻ってくることを視野に入れたものでもあったのだ。

一護の精神は今、精神の奥深くその深深度まで潜行した状態にある。

そこで彼は今、自らの斬魄刀である斬月と再び戦っているのだが、それを浦原や他の死神に知る術はない。

だが周りから見れば今の一護は肉体面こそ回復したが、精神はそれ以上にひどく不安定な状態に他ならず、たとえ戻ってこれたとしても戦える状態とは限らない。

 

故に浦原が引いた線引きは五日。

それを超えれば例え戻ったとしても、戦える状態にまで全てを戻す事は間に合わないと。

まして敵地へと赴き、連戦が続くと思われる戦場に立たせるには無理がありすぎると浦原は考えていた。

 

だがそんな心配は雨竜からすれば、心配にすらなっていないのと同じだった。

 

 

「何だ、そんな事(・・・・)ですか。そんな事は心配するだけ無駄ですよ、浦原さん。何故なら、残念ながら黒崎は、仲間の危機に(・・・・・・)一人寝ていられるほど気の長い男じゃありませんから」

 

 

中指でメガネのブリッジをクイと上げ、さも当然といった表情で語る雨竜。

雨竜の言葉に浦原は、これは驚いたといった風で眼を見開いた。

その声や言葉に強がりや皮肉といったものは浮かんでいない。

あるのはただ、自分の知る黒崎 一護という男の真実。

 

 

“俺は俺の同類を作りたくねぇんだ”

 

“虚に おふくろが殺されて、ウチの親父も妹達もキツい目に遭った。そんなのはもう、要らねぇって思うんだ ”

 

“そんなのは、もう見たくねぇ…… そう思うんだ ”

 

 

嘗て雨竜が聞いた一護の言葉。

そこにあるのは優しさだった。 そして強さだった。

死神を恨み、恨む事で自分を偽っていた頃の雨竜にはなかった強さ、それが一護には今も昔も溢れているのだ。

 

 

“人でも死神でも、悲しむ顔を見るのはわしゃつらい…… ”

 

 

雨竜の心に深く刻まれた祖父の言葉。

そして一護の優しさと強さは、彼が敬愛してやまない師である祖父と同じ。

過去の死神と滅却師の歴史を知りながら、それでも死神を憎まず、死神と力を合わせることを望んだ祖父と同じ。

ただ愛する者達を守りたいという願いが、それこそが全てだった祖父と同じだと、雨竜は知っている。

 

だから疑わない。

一護が戻ってくることも、一護が必ず織姫を助けようとする事も。そして必ず助け出すことも。

 

それが友情かと問われれば、雨竜はそれを否定するだろう。

だが同時にそれは“信頼”だとも答えるだろう。

微妙な違いではあるが譲れない一線、石田 雨竜という青年の譲れない線がそこに見えるのだ。

 

 

「いや~これは一本とられましたねぇ。 考えてみればそれもそうだ、あの黒崎サンがこの状況で大人しくしていられる訳が無いッス。きっと戻って来る。 流石は石田サン、黒崎サンの事をよく理解してらっしゃる」

 

「気味の悪い言い回しは止めて下さい浦原さん。正直 反吐が出ます 」

 

「いや~これは辛辣ッスねぇ 」

 

 

バサっと音を立てて閉じていた扇子を開いた浦原は、あっけらかんとした声で語る。

それもそうだと、心配などきっと必要ないと、あの一護に限ってそんな心配はきっと必要ないと。

頭の片隅、その冷たい部分でそれでも捨てきれない可能性を感じながら、今は雨竜の言葉に乗ることが正しいと、浦原は考えたのだ。

そんな浦原の言葉に雨竜は心底嫌そうな顔をして答える。

別に理解などしていないと、ただ一護という人間はひどく単純で、だからこそ容易に想像できるに過ぎない、と言った風で。

感情に理性的な理由を求めたがる雨竜らしい思考、だがそれこそ単純に考えれば信頼の証であり、その信頼とは雨竜の否定する友情から生まれているのかもしれない。

 

 

「では七日後、お迎えに上がります 」

 

「よろしくお願いします。 僕はそれまであいつを利用して力を付けます。 それに、あいつに一矢くらいは報いてやらないと気が済みそうにない」

 

「そういう頑ななところは そっくりッスねぇ…… 」

 

 

その後浦原は雨竜との僅かな会話の後、自分が此処へと入ってきた丸い空間の穴へと戻った。

雨竜に残されたのは七日の猶予。

浦原から聞いた破面の戦闘力、隊長格すら限定解除無しには戦えないレベル、しかもそれが最低ラインであるという現状。

自分の力が死神に劣っているとは雨竜には思えない。

だがそれでも今のままでは、最前線で戦えるかどうかは疑問が残る。

 

ならばする事はひとつ。

都合よく滅却師として自分を再び鍛えるのに、今この状況はもってこいだと。

祖父を亡くして後、修業は祖父や先人たちが残した文献や我流によるものばかりであり、それだけでもある程度の力は付いた。

だが、今目の前には癪ではあるが自分よりも高次元で完成した(・・・・・・・・)滅却師が居る。

それこそ雨竜にとって望ましい状況。

この状況を上手く利用し、自分は更に滅却師として上の次元に到達してみせる。そう意気込む雨竜の目に迷いは無い。

 

何より雨竜自身が言ったとおり、ただただやられっぱなしというのは彼の自尊心が許しはしないのだろう。

竜弦に一泡吹かせる、それも奇策や戦術ではなく、単純な力をもって。

目標はあくまで浦原の到着を待つのではなく、自分の力で“竜弦を倒して”此処を出ること。

 

そう定めた雨竜は瞑目し待つ。

再びこの一面の壁の一部が開き、竜弦が現われるのを。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「それはどういう事だ、サラマ 」

 

 

自分に刺さる視線がこの上なく痛い。

そう感じながらもその女性の前に立つのは、黒髪で巨躯の破面サラマ・R・アルゴス。

彼の前に立ち、見上げるようにしながらしかし、彼を威圧感を持って見下ろすのは、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベル。

ハリベルとは視線を合わせず、というか合わせられずまぁまぁと彼女を宥めるサラマは内心、損な役回りに割に合わないと呟いていた。

 

 

「どう、って言われても今言ったとおりですよ。破面No.106(アランカル・シエントセスタ)フェルナンド・アルディエンデは“藍染様への反逆によって処分”された…… これ以上無く簡潔明瞭に伝えた心算なんですがねぇ」

 

 

場所はハリベルの居城たる第3宮(トレス・パラシオ)、突如現われたサラマはハリベルに向けてそう口にした。

 

フェルナンドが処分された、藍染の手によって、と。

 

あまりの内容に驚きから眼を見開いたハリベルは、怒気を顕にしてサラマに詰め寄る。

どういう事だと、何故そんな事になったのだと。

 

 

「それだけで納得出来る訳が無い。 それともお前はそんな言葉だけで私が全て納得する、とでも思っているのか?」

 

「いやまぁ…… そりゃ無理、でしょうね 」

 

「ならば説明しろ。 全て、包み隠す事無く 」

 

 

当然ながらサラマの言葉はハリベルの怒りに油を注ぐのみ。

彼とて十中八九この展開は判っていただろうが、それでも僅かばかりの可能性、これでハリベルが退く可能性に賭けたくなってしまうほど、この話題は面倒ごとだらけなのだ。

現にハリベルの言葉に対し、サラマが渇いた笑いを存分に浮かべているのがいい証拠だろう。

全てを放り出して逃げを打つ、なんて事が出来たらどれだけ楽か、というサラマの思考を他所にハリベルの発する圧力は強くなる一方だった。

だがサラマにも言い分はある。

本来こうした相手を言葉で丸め込むやり口は、彼の十八番。

そんなサラマがあまりにも直球過ぎる物言い、絡め手も何も無くただありのままを語るなどありえるだろうか?

 

まずありえない。

どんな時でもベェと舌を出しながら、相手を煙に巻くのがこのサラマであり、だからこそ一部からは藍染にそっくりだ(・・・・・・・・)という名誉あるお言葉を頂戴しているのだ。

では何故、彼はここまでありのままを語るのか?

 

それはワザと、ではなくそうするしかない(・・・・・・・・)からだった。

 

 

「アネサン。 真面目な話、今のが俺の知ってる全部(・・・・・・・・)なんですよ。ニイサンが3ケタの巣に居ないもんだから、方々捜しては見たんですが結局見つからず仕舞い。こいつはヤバいって事で藍染様に報告したら、さっきの返事が返ってきた、って寸法なもんで」

 

 

そう、サラマとて知っている事は高が知れている。それが答え。

フェルナンドを処分した、藍染がサラマに言って聞かせたのはとどのつまりその程度の内容。

他にも言葉自体はあったが、それらは所詮尾ヒレでありとってつけた蛇足なのは判りきっていた。

結果、サラマがハリベルに言えるのはこの程度の内容でしかなく、それでもそれを彼女に自分の意思で(・・・・・・)伝えに来たあたり、やはり律儀な男と言えるだろう。

 

 

「それで? お前はその言葉に何もかも納得して戻った、と?」

 

「正直なところ五分五分、ってとこですかねぇ。キナ臭い感じはそりゃもう充分、でもそれは何時もの事ですし、それにあの(・・)ニイサンならそれ位の事仕出かしそうでいけない」

 

 

瞳を閉じて肩をすくめながら語るサラマ。

そんな何とも淡白なサラマの物言いに、苛立ちを見せるのはハリベル。

フェルナンドとサラマ、二人の関係がどういったものかまでは彼女とて全て知っている訳では無い。

だがそれでも、共にあった相手、従属官ではなくとも下についた男が死んだと、そう言われたにも拘らずあまりに動揺が見えないと。

破面や虚にそんな感傷的なものを期待する方が間違っている。そう言う者は多いだろう。

だがそれでも、少なくともハリベルは自分にとって従属官の死は大きい事だと、そう考えていた。

それを彼等二人に押し付けるわけでは無いが、それでもあまりに淡々とし、普段と変わらないサラマの態度は彼女の感情を逆撫でるのかもしれない。

 

 

「馬鹿な。 確かに藍染様に対し反抗的ではあったが、アレがそれ以上の暴挙に出るほど愚かではないと私は知ってる。お前とてそれは同じだろう 」

 

「そこなんですよねぇ。 あの御人は愚か(・・)じゃないが、それに大量のお釣りが来るくらい馬鹿野郎(・・・・)だ、ってのが玉にキズですから。そういうニイサンの量れない部分と、藍染様の口から吐かれた言葉。それが合わさった日には、俺達じゃどう転んでも“真実”なんて見通せる訳が無い、とは思いませんかい?」

 

 

フェルナンドは愚かでは無い、少なくともこんな暴挙に出るほどでは。

お前もそう思うだろうと同意を求めたハリベルだったが、サラマの答えの方がどちらかと言えば客観的なものだった。

ハリベルの言葉はあくまで“彼女の中のフェルナンド”を語ったものであり、それはサラマも同じことだが、彼の方がハリベルよりも遠くからフェルナンドを見ている分、正しくはある。

だがそのサラマの答えも、結局は“真実は闇の中”といった内容であり、ハリベルには歯痒さだけが残るものだった。

 

 

 

「ならいっそ捜しに(・・・)行きますかい?ニイサンを 」

 

「………… 」

 

 

僅かに見える目元から、襟で隠れた奥の顔は苦虫を噛み潰したようなそれだろうハリベル。

そんな彼女にサラマは唐突にそう口にした。

先程までのおどけたような表情ではなく、その眼はどこか真剣みを帯びているようにも見える。

 

捜しに行くか、と。

フェルナンドを、何処とも知れぬ場所へと彼を捜しにいくかと。

処分という言葉に、彼の死に疑いがあるのならば、信じられないと言うのならば捜し、確かめに行くのかと。

 

サラマ(自分)では無く、ハリベル(貴方)自身が。

 

サラマの言葉に苦虫の顔から一瞬驚きの表情を浮かべたハリベルは、暫し無言を貫いた。

逡巡、深慮、責務、感情、理性、それらが彼女の頭を雷光のように駆け巡り、解を導き出さんとする。

そうして僅かに惑う彼女、だがその最中ふと、彼女の頭にこんな言葉が浮かんだ。

 

 

 

 

 

“死なねぇよ…… 約束は果すさ。 だから待ってろ、ハリベル…… あの場所で……な ”

 

 

 

 

 

浮かんだその言葉に、声に、ハッとするハリベル。

そう、既に“誓い”は果されていた。

向かうべき場所も、辿り着くべき結末も、全ては既にあった。

 

ならば迷わない、ならば惑わない。

逡巡など必要なく、ただ己は己の責務を全うし、約束の地に向かうのみ。

 

そしてそこには必ずアイツが現われると。

 

 

「いや、捜す必要など無い。 私には私の、私が全うすべき責務がある。それらを投げ出すことは出来ない 」

 

「それが致命的な結末を呼び込む可能性があるとしても、ですかい?」

 

「そうだ。 それに…… 」

 

「それに? 」

 

 

最早ハリベルの瞳には怒りも、動揺も、苛立ちも浮かんではいなかった。

翡翠色の瞳は澄み、静謐の湖となってサラマを見据える。

揺れず迷わず、ただ己の進むべき道と向かうべき場所を、それを確信している瞳。

そんなハリベルにサラマは、あえて口にした。

その決断が、決定的な間違いだったらどうするのかと。

答えはきっと決まっている、そう思いながらそれを口にしたサラマに返ってきたのは、やはり思ったとおりの言葉だった。

 

似ているのだ、ハリベルとフェルナンドは。

一度こうと決めたならもう迷わない。

そして何より、自分で決めた決定を“最後まで信じ貫く”事が出来る意志の強さ。

それこそがこの二人に共通した部分であり、故にもうハリベルが揺れないだろう事は、彼女ほどではないにしろフェルナンドの傍にあったサラマには、判り切った事だったのかもしれない。

そしてサラマの言葉に揺れず答えたハリベルは言葉を続ける。

 

 

「考えてみれば、アレが私と戦わずに(・・・・・・)死ぬ訳が無い。どうせ死んでも死に切れん(・・・・・・・・・)だろうし、よもや私が心配して捜しに来た、などと聞けばアレは私を笑うだろうさ」

 

「ケケ。 こいつは随分と 」

 

 

浮かぶのは絶対的な自信と信頼。

自分の力への自信とそれが死ねない理由になる、という自信であり、もし死ぬような目にあっていたとしても、あの“誓い”がある限り彼は死の淵からでも戻ってくるという信頼。

奇妙な関係性に思わず小さく笑うサラマ。

きっと立場が逆だったとしても、フェルナンドはハリベルを捜す事は無いし死んでいるとも思わないだろうと。

そして同じ様に、自分と戦わないで死ねば悔いが残る、だから死ぬ訳が無いと豪語することだろうと。

 

まったくもって似たもの同士、だからこそ惹かれ合い、故に戦うことによってしか通じ合えない。

 

 

「世話をかけたな、サラマ。 気を使わせたか 」

 

「ケケ。 何の事か判りませんねぇ。それにこれでもまだ良い子分の心算なもんで。それじゃぁ失礼しますよ、アネサン 」

 

 

自分に対して礼を言うハリベルに、サラマは何の事ですか、とニヤリと笑うと踵を返し第3宮を後にした。

別段この事実はハリベルに報告しろ、と言われていた訳では無い彼。

だが報告しろと言われていない、という事は逆に報告しても良い、ということであり彼は此処へ来た。

 

あまりにも素っ気無かった藍染の言葉。

しかもサラマが問わなければ、きっと藍染は今後の戦いの諸々に任せて全てを闇に葬ったかもしれない。

そして本来黙殺し、答えることも無いそれを問われて答えたのはきっと、藍染らしからぬ“緩み”だったのだろう。

ことの全てが順調に推移し、虎の子のワンダーワイスも上々の仕上がり、井上織姫拉致による尸魂界側の反応も予想通りであり、更に言えばフェルナンドの“お前には何もない”という言葉に感じたザラつきが、彼を斬った事で消えたかのような感覚が、ほんの僅かの緩みを生んだのだ。

 

良くも悪くもフェルナンドという破面は波紋を起し、波及する存在という事。

そしてサラマはその張本人たるフェルナンドが望む事を、彼の子分として望ましい事をしただけ。

 

フェルナンドの存在に最も影響される一人がハリベルだろうと。

彼の存在の有無、生死の有無、それが彼女に与える影響は大きい。

表面的にしろ内面的にしろ与える影響は、今後の尸魂界のと戦にとって良くも悪くも働くことだろうと。

そしてもし、フェルナンドの死が彼女に影響を与え、万一にもこの戦で命を落とす事があれば、フェルナンドは導を失う事になる。

ハリベルがフェルナンドとの戦いを誓いとし目指すように、フェルナンドもまたそれに向けて全てを歩んでいるのだ。

 

フェルナンドが生きているならば、最も望むものはきっとハリベルとの決着。

ならば彼女には死んでもらっては困る、というのが子分としてサラマが出来る唯一の心配。

 

そしてハリベルという存在こそ、フェルナンドが生きて再び現われる鍵なのだと。

 

命の心配は端からしていない、五分五分とは言いながら頭の何処かで生きているのが当然(・・・・・・・・・)と思っているのが実にサラマらしい事だ。

 

 

(“死にたがり”が普通に死んじまったら、面白くも何とも無いでしょう。アンタは戦いたいだけ戦って、それでも生き残って進むんでしょう?だからサッサと帰って来ちまって、アンタを殺したと思ってる藍染様の鼻を明かしちまえばいいんですよ、ニイサン)

 

 

ガシガシと頭をかき、偽りの空を見上げながら大きく溜息を零すサラマ。

嵌められて戦い、面を割られて仕方なし破面となり、なったらなったで面倒事の渦の真ん中に付けと言われ、付いたら付いたでやはり面倒事がこれでもかと振りかかった。

自分の力と労力、精神的な疲労などなど、加味すれば大半は手に余るような厄介なものばかり。

労いの言葉一つも無く、鍛錬という名の死線を潜らされる事数多。

性格破綻者である彼と見解の相違から殴りあい、結果ボロ雑巾になった事もあった。

 

だが不思議と居心地は悪くなかった。

 

上を見上げ、ヤレヤレだと肩をすくめるサラマ。

割に合わない、というよりも世話が焼けるといった風の彼はしかし、それがまんざらでも無い(・・・・・・・・)様な顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響き渡る蟲の足音

 

風は刃、光は炎

 

雷は背を掻き毟る

 

 

羚羊の少女

 

砂漠を駆ける

 

 

 

 




今回は早い更新。
といっても一月は開いている訳ですが……

さて内容的には銀嶺さんに更なる設定追加w
名前の意味合い的には、作者としてはそんなに違和感ないかなぁ、なんて思ってます。

そして問題なのは雨竜。
考えてみればほとんど登場していないし、語られてもいない拙作の不遇キャラ。
結果としてこの一話の中に詰め込み詰め込み、列記というか羅列して書く羽目に……
無計画で書いていくと、こういう事になるわけですね。
上手く絡めてやれなくてスマン雨竜。

最後はハリベル、というかサラマ?
最近はサラマがなんというか、いい奴になっていく気がしてならない。
これはある意味マズい流れか?


ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。