BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.95

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは突然の出来事だった。

 

現在、尸魂界(ソウルソサエティ)は藍染惣右介他二名の隊長格の離反、及び破面を従えた彼らとの敵対状態にあり。

瀞霊廷は元より尸魂界全体がピリピリとした緊張感と、僅かばかりの不安に包まれていた。

本来ならば尸魂界全体を飛び回っているはずの隊長格は、藍染が起した乱の後もその全てが瀞霊廷守護の名の下に廷内に残され、来る戦に備えている。

そしてそんな状態だからこそ普段より頻繁に行われるのが隊首会である。

各隊の隊長全10名が一堂に会するこの隊首会、藍染によって中央四十六室の賢者、裁判官達全てが斬殺された結果、尸魂界の最高決定権は実質彼らが握っているといえるだろう。

総隊長 山本 元柳斎 重國を筆頭に10名、一癖も二癖もある人物揃いではあるが、元柳斎が纏め上げる事でその癖は突出した有能性へと姿を変えていた。

 

この日も有事にあって通常より頻度が増した隊首会の風景。

何も変わらず淡々としてはいるが、それぞれがやるべき事を全てこなしている会議などこの程度だろう。

あえて普段と違う点を上げるとするならば、この場に隊長格が全員(・・)揃っているという事。

如何に瀞霊廷内に全ての隊長格がいるといっても、その全てが隊首会に出られるほど彼等の職務に空きは無い。

その空きを作るのもまた隊長格に求められる技能ではあるのだが、今は平常時とは些か状況が異なる。

結果として一人か二人は常に隊首会に出席できない者が出るのだが、今日に限って言えば普段はサボる十一番隊の更木剣八も、身体が弱い十三番隊の浮竹 十四郎も隊首会に出席していた。

 

思えばこれもまた、彼が“天の座”にある事の証明なのかもしれない。

 

他者を思い通りに動かす事に長ける彼ではあるが、これは偶然の産物だっただろう。

だが、その偶然すら手繰り寄せる力(・・・・・・・・・・・)がこの男にはあるのだ。

 

“偶然を必然とする何か”がこの男にはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

「やぁ、死神諸君 」

 

 

 

 

 

 

静かに響いた声に全員が瞬時にそちらへと顔を向ける。

一番隊隊舎隊長室の入り口、鎖されたその扉の内側。何の前触れも無く、気配すら、霊圧すら感じさせず、その男はそこに立っていた。

掻き上げたように後ろに流された茶色の髪、同じ色の瞳はしかし暗く。身を包む白い装束は死神の黒い死覇装と趣を同じにしながらしかし別であると主張し、口元には薄い笑みが浮かぶ。

 

藍染 惣右介。

 

護廷十三隊、いや瀞霊廷をかつての十一番隊隊長痣城 剣八以上に混乱の坩堝へと変えた男。 その男が今、護廷十三隊の中枢へと現れたのだ。

 

隊長格の行動は早かった。

僅かな動揺は確かにあっただろう。 あまりにも思考の外、深慮遠謀をしてこの状況は想像においてすら外の出来事のはず。

だがその動揺に溺れる者はこの場に立つことは出来ない。

藍染の姿を確認し、思考と反射の極地にあって数名の隊長格は即座に抜刀し藍染に斬りかかり、また数名は総隊長である元柳斎を庇うように彼の前に立った。

しかしこの一瞬、まばたきの出来事にあって藍染は笑みを崩さず、そして刀に手を掛けることもしなかった。

 

 

 

「止めぃ!! 」

 

 

 

短く響いた声に全員の動きが止まる。

いや、正確には藍染に斬りかかった数名、日番谷、更木、砕蜂の刃が止まった。

三方から振り下ろされた刃はその全てが藍染の首を刈ろうとする直前で止まり、その状態にあっても藍染の顔には涼しさすら感じられる余裕の笑みが浮かぶ。

 

 

「流石、と言ったところかな? 山本元柳斎 」

 

 

首筋に刃を突きつけられ、それでもこの男は言葉遣いで、纏う雰囲気で己の圧倒的優位を主張する。

まるで意に介する必要が無いかのように、まるで突きつけられた刃がその実ただの棒切れだとでも言わんばかりに。

 

 

「何故止められる! 総隊長! 」

 

「逸るでない。 これが本物の(・・・)藍染ならば、お主等が刀に手をかけるより早く儂自ら斬り伏せておる。じゃが、幻を斬ったとて何の意味もありわせん」

 

 

藍染の首筋に刃を突きつけたまま叫ぶのは砕蜂。

彼女の言ももっともだろう。 ある意味これは好機だ。敵の首領、それが無防備にもこちらに首を晒している。

一対十の状況、如何に藍染の斬魄刀が全てを惑わすとしても、この一騎当千の戦力が束になった状況の前には無力だと。

討ち取れる首をみすみす逃すその意図を尋ねる砕蜂に、元柳斎は言うのだ。それは幻であると。

 

 

「その通り。 この場にいる私はキミ達に直接は何一つ手出し出来ない。だがよかった、コレは意外と繊細でね。 如何に幻と言えど斬られれば霧散してしまうところだ」

 

 

スッと両手を広げる藍染。

ことさら無防備に見えるその仕草は、彼と、そして元柳斎の言葉が真実であると告げるかのよう。

それと元柳斎を交互に見やる砕蜂が刃を納め、更木が斬れないなら意味は無いと興味を失ったようにその場を離れ、最後に残った日番谷が何かを堪えるように振り向いて刃を納めたことで、藍染はようやく刃の檻から解放された。

 

 

「いや~驚いたねぇ。 これも君の斬魄刀、『鏡花水月』の能力かい?」

 

「いいや。 これは純粋に技術による投影だよ、京楽隊長。おそらく涅隊長ならばもう判っているだろう?」

 

「フン。 もう、ではなく初めから判っていたがネ。まったく、この程度の虚像に斬りかかるなんテ、これだから無能な脳筋はキライだヨ」

 

 

嫌がおうにも張り詰める空気の中、京楽だけはいつもの調子で藍染に話しかける。

だがその瞳は常よりも鋭く、僅かでも何か見落とさぬよう注視している様で、その実油断の欠片もない。

そんな京楽の質問にも藍染は僅かな笑みを浮かべたまま答えた。彼からすれば死神側が何らかの探りを入れてくることなど、考えるまでもないこと。何より探られたところで彼らに状況を打破する手段が無い以上無意味でしかないからだ。

今の自分は鏡花水月によってこの場にいる(・・・・・・)と誤認させているのではなく、ただ純粋に技術としてこの場に虚像を投影していると答える藍染。

その証明にと涅に同意を求める彼に、涅は心外だといった雰囲気と、自分以外の特に藍染に斬りかかった面々への嫌味を零すことで藍染の言葉が真実であると証明して見せた。

 

 

「枝葉末節などよい。 この場この時を選んで姿を顕した目的はなんじゃ」

 

 

涅の言葉に数名が反応したのを窘める様に、元柳斎が声を発する。

些細な事、関係の無いことなど語る必要は無いと。簡潔にこの場に現われた目的を問う元柳斎に、藍染は小さく笑う。

 

 

「フフ。 私と語らう事が怖ろしいかい? 私の言葉に惑わされてしまうことが…… だがそれは些か臆病が過ぎるぞ山本 元柳斎。 私は所詮虚像、触れることも叶わぬ無力な影、怯えを覚える相手には程遠い」

 

「小童めが 」

 

「キミの様に無駄に年月を重ねていないだけだよ」

 

 

言葉の応酬、どちらも静かではあるがそれだけに怖ろしい。

霊圧が昂ぶるわけでもなく、怒気が零れるわけでもなく、ただ二人の間の空気だけが張り詰める。

 

 

「だが確かに語らいが無意味であることも事実だ。早々に要件は済ませよう。 その方がキミ達にとっても利はある」

 

 

座したままの元柳斎を僅か見下ろすようにして、一度小さく笑った藍染。

余裕の表情は自分が虚像であるが故に命に危険がない優位性からくるのではなく、例えこの場に実体として立ったとて変わることは無いだろう。

それが判っているからこそ元柳斎は多くを語らず、ただ藍染の腹の底を探ることに注力する。

もし実体でこの場に立っていれば、その余裕の表情を浮かべた首と胴を斬り離してやるものを、と己の腹の底では思いながら。

 

そんな元柳斎を前に藍染は語らいを無意味とし、この場に現われた理由を口にする。

謳うように滑らかに、気負いや熱の類も無く、ただ純然とした事実だけを。

 

 

 

「私の配下である破面は今日より三日後、現世空座町へと侵攻しこれを制圧する」

 

 

 

それは紛れも無い宣戦布告。

 

先の破面現世侵攻より二日経った現在、そこで示された最終侵攻の期限。

あまりにも唐突なそれに、居並ぶ隊長格からも驚きの感情が漏れたのは言うまでもない。

何より本格的な破面侵攻は、崩玉の覚醒を待っての事と睨んでいた死神側は完全に後手に回る形。

時期的に早まる事はあると誰もが思いながらも、まさかこれほどまで速いと誰が予想していただろうか。

そしてそんな彼等の様子を笑みを浮かべながら見やり、藍染は語る。

 

 

「驚く事は無い。 崩玉の覚醒期間、破面の精製、現世侵攻の計画、そのどれも私がキミ達の想定(・・・・・・)に合わせてやる必要などないだろう?いや、キミ達の計画と言うべきか。 敵の戦力が整う前に討つのは戦の常道。 ……だが、残念ながらキミ達でははじめから私の敵足り得ない(・・・・・・)かな?」

 

 

見透かしている。 どこまでも見透かしている、そう思えてならないほどに。

藍染の言葉にさしもの元柳斎も一瞬眉間に皺を寄せた。それもそうだろう、全ては己の見通しの甘さが招いたことだ。

警戒は重々、準備も着々、だが“まさか”という虚を突かれた。

決戦は冬としながらそれに余裕をもって対応できるだけの準備はほぼ整いつつあり、それも今日より後五日のこと。それさえ済めば後はこちらから仕掛けるも吝かでは無いと、そう考えていた元柳斎の更に上を藍染はいったのだ。

死神側の猶予、余裕の一切を無にし逆に窮地へと追い込む一手。ただ言葉にしただけでこれだけ効果がある一手が他にあるだろうか。

無論これが策であることも、または虚言であることも可能性としては捨てきれない。

だが現状でこれを可能性、策や虚言の類として断じ、対応を見送る事は死神側には出来ない。藍染の底知れぬ不気味さ、人、もの、場所、その全てを完璧に操り崩玉を難なく手にした手腕を、彼らはその身を持って実感しているのだ。

 

侮れば取り返しなどつかない相手、侮らずとも一筋縄でいかぬ手合い、それが藍染惣右介。

 

何もせぬまま、とは到底いくわけも無い。

計画を前倒しにし、また戦力も早急に整え、空座町のみならず尸魂界、とくに瀞霊廷の守護にも眼を光らせる必要がある。

元柳斎のみならずその場に居並ぶ全ての隊長格が即座にそれらに思考をまわす中、藍染は余裕。たった一言、それだけで全ての流れは藍染の掌中へと収まってしまったのだ。

 

 

「何を企んでおる。 藍染 」

 

「それを訊くか山本 元柳斎。 ならばあえて言おうか…… “象が蟻を踏み潰すのに、策を弄する必要など無い”と」

 

 

そう、絶対的な強者に策は必要ない。

強者は強者のまま、そのあるがままを振るうことで勝利を得るからこそ強者足りえるのだ。

持てる戦力、己の、或いは己が率いる軍団の戦力、その全てを用い、進軍し、侵略し、制圧する。

これだけ、これだけで事は済む。 藍染惣右介が保有する圧倒的なまでの戦力、目的のための手段、それを遺憾なく発揮すれば。

 

藍染の言葉に隊長格達の表情は一様に険しいものとなった。

彼らとて負ける気など毛頭ない。 だが精神的な余裕を剥ぎ取られたこの状況、圧迫された状況下では表情の変化も致し方ないといったところか。

藍染 惣右介は策を巡らせ、思考を縛り、選択肢を奪い、全てを操る。それを知るからこその彼等の表情。

 

要は彼が何の策略も無く(・・・・・・・)ただ力に頼って攻める、という事への不信感、懐疑がそこにはある。

 

だが怖ろしいのはこの男にはそれが出来てしまう(・・・・・・)という事だ。

圧倒的な力、底を見せない力、それを存分に有するこの男には出来てしまう。力押しも策略謀略の類も両方が。

だからこそ、元柳斎をはじめとした隊長格は迂闊に動けない。

これが罠である可能性、そしてその裏、更には裏の裏と。まるでもがけば深みにはまる泥、先の見えぬ濃霧。

百年以上にわたる裏切り、背信が彼等の疑いを深くする。彼等の中にある藍染 惣右介という像が揺らぐが故に、揺らぎ形を崩したが故に、その内にある怖ろしいまでの闇を見たが故に。

 

 

「私が今日この場に来たのは、私からのせめてもの慈悲だと思ってもらいたい。キミ達の悠長な見通しと緩慢な対応では、彼ら破面の侵攻を防ぐ事は到底出来ないだろう?ならばせめて、出来うる備えをする期限くらいは知らせておく必要がある、と思ってね」

 

「随分と儂等を低く見積もってくれるのぉ…… 」

 

「残念ながらキミ達を百年以上観察した結果が、この評価と思ってもらおうか」

 

 

慈悲と、藍染はこの宣戦布告をそう自ら評した。

悠長であり緩慢、そんな対応ではただでさえ防げない侵略に気付く事すら出来ず終わってしまうと。

だからこその慈悲、せめて、せめて僅かな生の期間をもって充分に備えろというのだ。告げられた終りのその時までにせめてもと。

これには流石の元柳斎からも僅かばかりの怒気が漏れる。ここで彼が怒り狂うことはそのまま尸魂界崩壊にすら繋がると彼自身判っていながら、ここまで死神を、彼の人生の集大成を虚仮にされる事に対し、強靭な自制心から漏れる憤怒の業火。

その業火の片鱗を前に藍染はそれでも余裕。 長きに渡り死神という存在を、己とは別の存在として彼らを観察した結果がこれなのだと憚らない。

所詮は平行線、はじめから交わる事を拒んだもの同士の会話がそこにはある。

 

 

「フフ。 ならば敢えて言おうか。 “戦争”とは異なる主義主張がぶつかるが故に生じる事象だが、そこには唯の一つも“平等”は存在しない。 “等しい戦力”が用意されたそれなど遊戯の類でしかないだろう?そう、戦争とは常に圧倒的強者の一方的な侵略によって始まり、過程には蹂躙を、結果には死と灰しか残さないものだけをそう呼ぶのだ。キミ達が備え、身構え、出来うる全てを…… 万全を喫して初めて、キミ達はようやく私の戦争(・・・・)という舞台の敗者になれる」

 

 

傲慢なる自負。 己を疑わぬ高慢。

ただの人がそれを口にすれば鼻で笑われるそれを、この男は平然と口にし、そして易々と実行する。

居並ぶ隊長達から漏れる感情は様々。 傲慢なるその物言いに怒りを顕にする者、怒りの代わりに痛恨の苦悶を浮かべる者、どちらでもなくただあるがままを受け止めることでその裏の真意を探る者、ただ戦争という言葉に高揚する者。

様々な感情が混ざり合う隊首室の中で、ただ一人藍染だけが涼やかな笑みを浮かべている。

 

 

「……藍染。 (けい)は我等がこの宣戦によって兄の言う戦争とやらの敗者になれると言った。だが兄の言う戦争がその言葉通りであるならば、この宣戦は無用でしかない。我等の虚を突き、一方的に侵略し、蹂躙し、死と灰だけを残すは容易いのだろう?」

 

 

そんな中、居並ぶ隊長格の中でも静かな雰囲気だった朽木白哉が口を開く。

眼を閉じ、藍染の方へと顔すら向ける事無く語る白哉。

藍染の言う戦争が圧倒的強者の一方的侵略によって始まるのならば、この宣戦は無意味だと。

一方的侵略とはただ昨日と同じ様に続く平穏な今日を突然崩壊させるものを言い、攻める事を宣言する事も、またその期日を明らかにする事も必要では無いと。

ならばその真意はどこか?

藍染はその武力以上に言葉を武器とする。だからこそその言葉には常に一定の真実があり、無駄などありえない。

 

 

「……なるほど。 確かに私の言う戦争はキミの言う通りだ、朽木隊長。敵と定めたものには一方的な蹂躙によってこれを殲滅するだろう。 ……だがそれは最低限の要綱(・・・・・・)を満たした相手に対してだよ。私はこうも言ったはずだ。 キミ達では私の敵足り得ない、と」

 

「………… 」

 

 

藍染はやはり笑みを崩す事無く言葉を発する。

白哉の言葉を受けその通りだと言いながらも、それでも殻の余裕はその笑み同様崩れない。

自分を見極めようという白哉の真意を理解しながら、それを真っ向から受け止めるかのように。

そして言外に言うのだ、真意を探りたければ探ればいいと、本当にそれが見極められるのならば、と。

 

 

「そして私はこうも言った。 これは“慈悲”だと。キミは“象が蟻を踏み潰すことを戦争と言う”者が居ると思うかい?答えは否だ。 そう、私はせめてキミ達死神諸君には蟻以外の何か(・・・・・・)にはなってもらいたいと思っただけだよ。そうでなければあまりにも見るに耐えない 」

 

「藍染ッ!! 」

 

 

誰しもが、その場にいる誰しもが驚きを見せた。

この藍染惣右介という男は言い放ったのだ、せめて蟻以外の何かであってくれと。

敵足りえる存在である事は始めから期待していない。だがせめて、ただ踏み潰されるのを待つ蟻ではなく“抵抗できる何か”くらいではあってくれと。

何よりその言葉は同時に彼が今、居並ぶ隊長格をも自分からすれば蟻以下であると言っているのと同義。

そして藍染がその驚愕の言葉を言い放つと同時に声を荒げた一人の隊長が、彼の幻影の前へと進み出た。

 

 

「やぁ、日番谷君。 元気そうで何よりだ 」

 

 

銀髪の少年、十番隊隊長日番谷 冬獅郎、目の前に進み出てきた彼に藍染は何とも気安い風で話しかける。

まるで自分の裏切りなど無かったように、過ぎ去った日々を巻き戻したかのように。

 

 

「黙れ藍染。 てめぇの御託はもう充分だ…… てめぇがどんな手を使おうと、どんな策を巡らせようとそんなもんは関係無ぇ。てめぇの企みは何があっても必ず潰す、その為に俺たちが…… 護廷十三隊が居る 」

 

 

冬獅郎にとって藍染の言葉はすべて幻だった。

もう彼の知る藍染惣右介はここには居らず、また彼の知る藍染惣右介という人物ははじめから居なかったのだ。

全ては虚構、そしてその虚構を創り上げた存在こそ今、彼の目の前に立つ暗い瞳に薄笑いを浮かべる男。

それでもこの男を裏切り者だと思ってしまう彼は、きっと隊長という職責には優しすぎる類の人物なのだろう。

だがだからこそ、優しすぎるからこそ許せないのだ。全てを踏み躙った目の前の男が、裏切り、欺き、操り、謀り、そして冬獅郎の大切な人のこころからの信頼を、憧れを“理解から最も遠い感情だ”と吐き捨てたこの男が。

 

 

「殊勝な事だね日番谷君。 道徳、責任、信義、誇り、そんなものに囚われ、振り回される…… それがどこまでも愚かだと気付かず、故にキミの刃は決して私にはとどかない」

 

「言ったはずだぜ、藍染。 てめぇの御託は充分だと。俺の刃がてめぇにとどくかどうかは、戦場で判らせてやる。てめぇは俺が、必ず斬る 」

 

「言ったはずだよ日番谷君。 あまり強い言葉を遣うなよ…… 弱く見えるぞ、と。 キミが隊長という枠に収まろうとする限り、私を斬ることなど不可能だ。 ……さて、告げるべきは告げた。 私はそろそろお暇しようじゃないか」

 

 

見上げながらも睨む視線と、睨まれながらも見下ろし薄笑いを浮かべる視線。

ぶつかり交わる筈のそれはしかし平行線でもある。

いや、そもそも藍染惣右介という男は誰とも交わる事などない。この男は常に独りなのだ。

傍らに立つ存在があろうとも、多くの配下を引き連れようとも、それでも彼は独り。故に孤高、故に彼は天の座に君臨する。

 

言い放つだけ言い放ち、藍染はその場でくるりと踵を返すと、隊長達に背を向けた。

一歩二歩と歩を進めるその姿は、まるで木漏れ日の中を散歩をするような無防備さを感じさせる。

だがそれは彼が投影された幻影の姿だからでは無い。

きっと彼がこの場に実体として現われていたとしても、その足取りに何ら変わりはなかっただろう。

傲慢、慢心とさえ取れる絶対的な自負。 己の力を欠片も疑わずまた疑う余地など無い力を持っている事への自負。それがこの男の根幹、圧倒的なまでの存在感。

 

そんな背中を隊長達に晒す藍染が突然立ち止まる。

怪訝な表情を浮かべる隊長達を背に、藍染は何事か思い出したように呟いた。

 

 

「あぁそうだ。 ただ自ら消えるだけというのは少々味気ない。ここはひとつ餞別でも残していこうか…… 」

 

 

まるで今思いついたように語る藍染。

餞別、彼はそう口にした。 だがその言葉だけで幾人かの隊長が僅か身構える。

どう転んだところで藍染のいう餞別が彼ら死神にとって良いものである筈も無く、そう考えれば身を固くするのも頷けるだろう。

 

しかし藍染の餞別とは予想に反してただの言葉だった。

 

何の変哲も無い、ある種特異ではあるがそういった場面ならば何の変哲も無い言葉だった。

人が人に向けて発しても、何ら違和感など無く。どちらかと言えば気遣いといった情愛を感じさせる言葉だった。

 

だが本来は相手を慮り発する言葉はしかし、今この場で、そしてある人物にとってはこころを抉るためだけの言葉にその姿を変えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「日番谷君、雛森君は息災かな(・・・・・・・・)?」

 

 

 

 

 

 

僅かに振り返り、口元には常よりも僅か深く笑みを刻み放たれる言葉。

暗い視線が見据えるのは銀髪の少年。 そして少年の耳に言葉が届き、鼓膜を揺らし電光を奔らせ、脳がそれを理解した瞬間、冬獅郎は背負っていた斬魄刀を抜き放ち藍染の幻影を背中から袈裟懸けに切り裂いていた。

 

冬獅郎の顔に浮かぶのは憤怒。

お前が、お前がそれを口にするのかと。

あいつのこころからの信頼を真正面から刃で貫き、お前の様になりたいという憧れを利用するだけして理解出来ないと吐き捨て、自分が誰に斬られたのかを理解していながらそれでも…… それでも憧れを捨てきれずお前を庇おうとさえしたあいつに、お前がそれを言うのかと。

 

怒りに震える冬獅郎の姿、それを見ながら霧散する藍染。

荒く息をする冬獅郎に向き直りながら、消えゆく藍染は言う。

 

 

「そう、その姿こそ本当のキミだ。 己が怒りを虚飾の責任などで押し固めたところで、こんなにも容易くそれは剥れ砕ける。ならばいっそ、そんなものは放り出してしまえばいい。キミが本当に望むものはなんだい日番谷君?人間の街一つを護る事かい? 魂の調整者の責務を果す事かい?願わくば次に遭ったキミの刃が、その“黒い感情”で彩られている事を切に願っているよ…… フフッ 」

 

 

霧散する藍染は言葉を言い終えると共に完全に消え去った。

残された静寂は重く、そして僅かに痛い。

突如として迫った期限。 猶予、と呼ぶにはあまりに短く、講じられる策も限られているだろう。

だがこの宣戦布告を受けるより他、彼ら護廷十三隊に道は無い。

もとより避けられぬ戦ではあった。 万全では無い、しかし戦いとは常にそういうものだと、そう己を納得させるより他出来ることはないだろう。

 

沈黙の中、口火を切ったのは元柳斎だった。

場を引き締め、僅かに散った各自の意識を一つに束ねる手腕は見事だといえただろう。

隊長それぞれに指示を出し、また全員を鼓舞するその姿は、藍染とはまた種類の違う存在感、カリスマ性を感じさせる。

 

そうして元柳斎の言葉が続く中、冬獅郎の柄を握る手には力が篭っていた。

怒りに身を任せ藍染を斬った。 それが例え幻影であると判っていても、いや幻影だと判っていようがいまいが彼には関係は無いのだろう。

重要なのは“私情で”刃を抜いたこと。 隊長格とは常に隊士の規範として振る舞い、その刃には重い責任が乗り、冬獅郎もそれを理解している。

だがそれを振り抜いたのだ、責任ではなくただ己の怒りだけで。

いや、ふり抜かされたとでも言うべきなのか。そうなる、そう出来る、そういった確信が彼の、藍染の笑みには間違いなく見えていた。

故に、相手の能力ではなく自分がいとも容易く感情を操られ、ほんの一瞬でも我を忘れた事を自覚するからこそ、冬獅郎の耳の奥には藍染の言葉が木霊するように残る。

 

言葉とはこころに刺さる棘のようなものだ。

本当に小さく、気に留めることもなかったのに、不意に痛み存在を主張する。

徐々にこころを抉る言葉の棘、冬獅郎のこころに刺さった小さな棘。

 

 

キミが本当に望むものはなんだ?

 

 

耳元で囁かれるようなその棘に、冬獅郎は再び柄を強く握る。

あの暗い笑みに呑まれぬ様に、強く己を律するために。

 

 

 

それでも、例え目を逸らそうとも棘はそこにあるのだ。

 

徐々に徐々に、ゆっくりとだが確実に、こころの深きへ潜りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そろそろ経過観察の時間ですね」

 

 

藍染が隊首会に姿を現したのと時を同じくし、ひとりの女性隊士がそんな独り言を漏らしていた。

場所は四番隊綜合救護詰所、集中治療施設の看護詰所。常に数人の隊士と上級医療班が常駐しているその場所は、ある意味で医療の最前線だ。

といってもそれは緊急時でのことであり、現状この集中治療施設に収容されているのは唯一人。

それも死神ではなく死神代行、言ってしまえば人間の青年一人だけだった。

 

 

「あら、いいわねぇ~。 役得よねぇ~ 」

 

「そうよねぇ~。 あの子、結構可愛い顔してるものねぇ~」

 

 

最初に独り言を零した女性の隊士に続き、何人かの女性隊士が揶揄するように件の女性隊士に声を掛ける。

この場にいる以上彼女等もまた四番隊の隊士であり、先の女性も同様四番隊の隊士である。

だがその任務は主に施術や治療といった分野ではなく、霊圧回復や患者の身の回りの世話といった分野であり、前者を医者とするならば彼女等は看護師のようなもの。

今回は患者の定期的な容態確認。 脈拍や呼吸、血圧や体温、霊圧や魄動をはじめとした経過観察だろう。

 

 

「もう! やめてください。 患者さんをそんな風な眼で見るのは不謹慎ですよッ」

 

 

経過記録用のバインダーを手を交差させて薄い胸元に抱えるようにして頬を膨らませる件の女性隊士。

おそらく先輩であろう他の女性隊士にからかわれていると判っていながら、それでも真面目な性格なのか反論を試みるのは何とも新人らしい。

それでも一枚も二枚も上手なのが先輩というものであり、体よくからかわれ続けるのがオチ、というものだろう。

 

 

「先生も何とか言ってくださいよ! 悪ふざけが過ぎます」

 

 

旗色が悪いと判断した件の女性隊士は、その場に居る唯一の男性隊士に助けを求めた。

長椅子に横になり、顔に雑誌のようなものを被せて寝たフリを決め込んでいた男性隊士は、一瞬無視を決め込もうとするも件の女性隊士の「先生!」という催促の声に観念したのか、雑誌をどけて面倒そうに身体を起こす。

ポリポリと頭を掻き、大きく欠伸をした男性隊士に自然と周りの視線が集まったが、男性隊士は別段それを気にする様子も見せなかった。

 

 

「……まぁ何だ。 あのガキ今は安定したが、つい最近まで何とも“面倒な症例”抱えてやがったからなぁ…… 突然止まったとはいえ、こうして俺が常駐してんのが面倒さ加減をよく物語ってやがる。 ……だからまぁ、“ナニカするにしても”俺の面倒にならない程度にしとけよ?」

 

 

たっぷり三秒の後、笑いに包まれた看護詰所。

結果的にこの場に彼女の味方は居なかった、ということだろう。

新人いじめ、というのは言い過ぎではあるが、世の厳しさを知るにはいい例。まぁ端的に現すなら擦れていない真面目さが可愛らしく、いじらしいが故の大人の戯れのようなものだ。

それでも件の女性隊士は、頬を先程よりも膨らませると。

 

 

「もう知りませんッ 」

 

 

と捨て台詞を残して詰所を出て行く。

馬鹿にされているというわけでは無いのは、彼女もちゃんと判っている。

判っているのだが、それに一々反応してしまう辺り、まだまだ青さが残るといったところか。

 

医療施設独特の白く、微かに消毒の香りがする廊下を進む件の女性隊士。

向かう病室は死神代行である青年の部屋。

彼女が彼に対して知っている事はそう多くは無い。

死神代行であること、先の内乱のおり旅禍でありながら瀞霊廷を護る活躍をしたこと、霊圧汚染によってここに収容された事、つい最近まで特殊症例を患っていたこと、などだ。

声を聞いたこともなければ当然話したことなどあるはずも無く、人となりも知らない。患者と看護師、それ以外の関係性は無く、その中でただ人間にしては傷だらけの身体と橙色の髪が目を引く青年だという印象くらいしか彼女にはなかった。

 

 

「黒崎さん、経過観察を行いますよ~ 」

 

 

病室の前に着き、声を掛けながらコンコンと扉を叩き、開ける。

声が返ってくるとは思っていないが、声は務めて明るく。何か特別なことではなくそれが当然の事として。

 

 

だがだからこそ彼女は驚いた。

 

 

 

 

 

「あ、丁度よかった。 すんません、水一杯貰えますか?寝起きのせいか、なんか喉渇いちまって 」

 

 

 

 

 

普段とは違った光景に、思わずバインダーを床に落とす女性隊士。

扉を開けたその先、本来眼をつぶって寝台に横たわり眠っているはずの青年。

 

それが何事も無かった(・・・・・・・)かのように平然として身体を起こしているのだ。

 

初めて見る茶色の瞳、思っていたより少しだけ高い声、その容貌や聞き及ぶ活躍からどこか怖ろしい人柄を想像していたが、思いの外普通のどこにでもいそうな青年がそこには居り。

驚き、呆気にとられ、その後女性隊士はこの目の前の光景が“とんでもない事だ”という事に思い至ると。

 

 

 

 

「せ、せ、先生!! た、たたたた大変ですぅぅ!!黒崎さんが! 黒崎さんがぁぁ!!!?? 」

 

 

「え? いや、あのぉ…… 」

 

 

狼狽である。

それはもうものの見事に。

処理しきれない状況に、とりあえず叫んで助けを求めたというのが最も状況を端的に表した言葉だろう。

そんな女性隊士の状況に今度は一護が呆気にとられる始末。

目覚めていきなりこの状況、こちらはこちらで処理しきれないことだろう。別の意味でではあるが。

 

 

「なんだ! なにがあった! って…… オイオイ、マジかよ…… 」

 

 

女性隊士の叫び声に、詰所にいた男性隊士が瞬歩でその場に現われた。

何事かと女性隊士に問いかけ、そして寝台へと視線を向けた彼はそれで全てを悟ったのだろう。

緊張の面持ちは一息に崩れ、驚き、最後は呆れに変わる男性隊士の顔。目の前の出来事はとんでもなく突飛で稀有なものではあるが、彼の長年の経験上、隊長格やそれに類する輩というのは往々にしてこういう突飛で稀有で馬鹿げたものだと知っているのだろう。

 

 

(重度の霊圧汚染と深深度潜行した精神に、突如身体の内側から斬られるっつう謎の症例、どれかひとつでも死神として終わっても仕方ない事例の三重苦だ。それをついさっきまで抱えてたってのに何なんだ?このガキは…… ハァ~ぁ、これだから隊長格クラスの輩は苦手なんだよ。アホみてぇな霊力にまかせて常にこっちの常識の斜め上を行きやがるんだからなぁ…… 面倒なこったぜ )

 

未だ狼狽する女性隊士。

ハァ、とひとり溜息をつく男性隊士。

 

 

そして何故こんな扱いを受けているのか判っていない死神代行。

 

 

 

だがそれでも。 ここに、死神代行 黒崎 一護は現実への帰還を果したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな事もあろうかと」

 

この台詞が言えないようじゃぁ

 

アタシが居る意味が無いッスよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




5ヶ月ぶりです。 申し訳ない。
短いです。 申し訳ない。

藍染さんはあいも変わらず傲岸不遜であらせられるw
そしてちゃっかり目覚めた原作主人公。
次回はその辺詳しく書こうかなぁ、と思ったり思わなかったり。

しかし、もういよいよザックリした感じで書き進めるのに限界を感じ始めた今日この頃。
プロットって偉大なんですね。
ザックリではなくもう少し綿密に考えた方が良いのだろうか?

上手いやり方ってどんなだろ。
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