BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.96

BLEACH El fuego no se apaga.96

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒崎 一護目覚める。

 

その報が護廷十三隊の主だった者達に伝わるのに、そう時間はかからなかった。

空座町での破面との戦闘とそれに伴う重度の霊圧汚染。精神と肉体への過度の負荷に起因すると思われる精神の深深度潜行と、突如現われた身体を内側から斬られるという謎の症例。

誰しもが彼の目覚めを祈り、しかし僅かにであるが最悪の事態を想定していた中で、その報は吉報として彼等の間を駆け巡ったことだろう。

一護に近しい者達は目覚めた彼を見舞うため四番隊綜合救護詰所の集中治療施設へと押しかけたが、彼らよりも先に到着していた四番隊隊長卯ノ花 烈(うのはな れつ )の笑顔と、それとは完全に不釣合いの霊圧では無い無言の圧力により引き下がる事を余儀なくされ解散。見舞いは卯ノ花による一護の精密検査が済む明日以降という事となった。

 

一方一護はといえば、卯ノ花、虎徹をはじめとした四番隊の腕利き救護班隊士に取り囲まれ、なんなら救護詰所へと運び込まれたとき以上に訳のわからない電極やら計器やらを身体中に取り付けられ、精密検査を延々受けることとなり。

僅かでも不満そうな態度や面倒だといった態度を見せれば、卯ノ花によるそれはいい笑顔の圧力を見舞われる始末。

その都度、卯ノ花の笑顔と圧力に顔を引きつらせた一護がこの何時終わるとも知れない検査から解放されたのは、日も沈み夜もふけた頃だった。

本来ならばこの検査は何日もかけて行われるものなのだろう。だが今の情勢を考えればたとえ一護相手だろうと救護班の腕利き、まして四番隊の隊長と副隊長を時間的に拘束する訳にもいかなかったのだろう。

結果として割を食ったのは一護だったわけだが、そんな事は瑣末なことだ。無論、彼以外にとってはだが。

 

 

「つ、疲れた…… 」

 

 

検査が終り寝台の横に足を投げ出し座っていた一護は、そんな言葉と共にバタンと横に倒れる。

寝台と枕は思いのほか柔らかく、倒れても痛みは無くそっと一護を包み込んだ。

その感触に若干癒されながらも、ハァと大きく溜息をついてしまうほど、一護にとって丸一日続いた精密検査は重労働だったという事なのだろう。

幾分ゲッソリとした感も見受けられるその顔、それは数日間眠ったままだったせいというよりも、むしろこの数時間の心労が顔に出ているかのようだった。

 

なかでも一番彼の精神をすり減らしたのは、卯ノ花による問診という名の詰問だった事だろう。

身体の調子はどうか、目を覚ます前と身体や感覚に変わりのあるところは無いか、といった事務的なものから始まったそれ。一通り現状の身体に異常が無いことがわかると、卯ノ花は身体の面ではなく精神面に依る部分へと移る。

眠っていた間意識はあったのか、意識があったならどういう状態だったのか、これはおそらく当時の一護の状況を知ることが半分と、もう半分は後学、もう一度そういった症例を発祥した死神が居た場合の対処法の確立、というものが念頭に置かれていたのだろう。

一護の状況はどう考えても外的な要因というより内面、更にいえば精神的なものが起因していると予想していた卯ノ花たち四番隊、しかしそれが一体どういったものなのかまでは掴む事ができず、おそらく当事者として一番状況を理解しているであろう一護にそれを問うたのだ。

情報はなるべく詳細に、ただ個人の感覚や感性に由来するであろうそれをなるべく客観的に把握し、多くの者のそれに当て嵌まる形へと落とし込む。

何も出来ない、という事は事の外怖ろしいことで、ただただ見ている事しか出来ないことほど医術の心得がある者にとって歯痒いことは無いのだ。

 

 

だが一護はその問いに口を鎖した。

 

 

いや、正確には答えはするのだがどうにも要領を得ないというか、何かをはぐらかす様な歯切れの悪い答えしか返さないのだ。

普段の一護の性格を考えればこういった返答はしない筈だが、今回に限って一護はその歯切れの悪さを貫き通した。それも卯ノ花を相手にだ。

卯ノ花 烈の怖ろしいところは、文字通り有無を言わさぬ圧力にある。

霊圧でもなく、威圧や怒気でも殺気でもなく、ただ彼女から発せられる圧倒的な何かに、皆どこか怯んでしまう。

四番隊という救護専門の死神の長であり、常に微笑を絶やさぬたおやか風貌、そこに不釣合いな“何か”が彼女には確かにあり、それが他者に有無を言わせぬ圧力へと変わるのだろう。

 

それを前にして一護はそれでも答えなかったのだ。

 

まるでそうしなければいけないと心に決めているかのように頑なに。

まるで戦場の最前線に立つかのように懸命に。

 

まるで誰かを“護ろうとするかのように”一心に。

 

 

折れたのは卯ノ花だった。

どれだけ問いを重ねても、意識的に圧力を放ってみても、一護は決して真実を語ろうとはしない。

そしてその態度に“言えない”のではなく“言わない”という確固たる意思が見えた時、卯ノ花は問うことを止めた。

もっとも、彼女には大方の予想はついていたのだ。

欲しかったのは確信。 九割方そうであろうという予想を裏付ける何か、それを一護から得られれば彼女はそれでよかった。

そして彼女にとってこの一護の有言の沈黙は、その予想を裏付けるに足るものでもあったのだろう。

 

死神にとって自身の精神の奥深くというのは、決して立ち入る事が出来ない場所“では無い”。

寧ろ死神として生きる者は、必ずといっていいほどその場所に立ち入る事になる。そして出会う事になる。

外的要因ではなく内的要因、しかも精神に起因するそれが起こる理由。

主の危機、肉体もそうだが主の精神が崩壊するかもしれない瀬戸際で、“彼ら”が何もせずそれをよしとする訳が無いのだ。

 

一護の身体に現れた傷もおそらくは不可抗力の類。精神と霊体は密接に関係しており、精神の奥深くで受けた傷は表層に当たる霊体にまで影響を及ぼしたのだろうと、卯ノ花たちは既に結論付けていた。

そしてその傷に悪意やまして殺意が無かったことも彼女等は理解している。

一護がその症例を発症し治療にあたった救護班員は、はじめこそ突如現われる傷に動揺したがその傷がどれも肉体的、または霊的重要部など“致命的な部分を避けて”いる事。そしてそれが偶然ではなく故意である事を確信し、その考えに至っていた。

考えてみれば当たり前の話だろう。 どういった経緯があってその状況に至ったかまでは流石に卯ノ花たちにも知る事はできない。だがそれでも、例えどんな状況にあろうとも“彼ら”が死神を、いや“自分の主でありと友であり半身を”裏切ることなどある筈が無いのだ。

 

 

 

 

(ハァ…… なんか卯ノ花さんには悪ぃ事しちまったなぁ…… 心配してもらってんのに )

 

 

寝台で横になりながらぼんやりと考える一護。

自分でも卯ノ花の問いに対しての受け答えが、必ずしも褒められたものでは無いという自覚があるからこそ、罪悪感のようなものが胸にシコリとして残るのか。

何とも深い溜息が漏れるが、そうすると決めたからには譲る心算も一護には無いのだろう。

尸魂界の自分の身体に何が起こったのか、それが何故で何が原因なのか、その全てを一護は把握しており、その上でこの対応をすると決めたのだ。

後悔は無い、元の元を辿れば自分の未熟さ、愚かさが招いたこと。自分に非はあれど“彼”に非は無いという一護の気持ちがそうさせたのだろう。

器用に立ち回ることが出来ないのは若さゆえかそれとも生き様か、だがそんな擦れた器用さが無いからこそ、一護の周りには自然と人が集まるのかもしれない。

 

 

 

「ど~も~。 夜分失礼致します~ 」

 

 

 

疲れからうとうととまどろんでいた一護に、突如として聞こえたのは何処か間延びした声。

バッと起き上がり見回せば、寝台のある部屋の拓けた場所から音も無く現れたのは、甚平に黒い羽織り、手には杖というお決まりの格好をした男だった。

どうやら何処かとこの部屋を空間を歪めて繋げた様子で、その境目から大仰によっこいしょ等と声を漏らしながら一護の居る病室へと入ってくる。

 

 

「う、浦原さん!? 何やってんだよこんなとこで!?」

 

 

思いもよらない人物の登場に思わず驚きを見せる一護。

そんな一護に浦原は口元を隠していた扇子をヒラヒラと振りながら答える。

 

 

「何してると言われましても、そんなものお見舞いに決まってるじゃないッスか黒崎さん」

 

 

何をおかしなことを、とでも言わんばかりの浦原の態度。

夜もふけたこんな時間に見舞いといわれても、それはもう嘘にしか聞こえないのだが、嘘と判る嘘をつくのがこの男だ。

そんな浦原の様子に若干引きつった笑いを浮かべる一護だったが、浦原はお構い無しに話し始める。

 

 

「いや~ それにしても目覚めてくれてよかったッスよ黒崎さん。この|猫<夜一さん>の手も借りたい忙しいときに一人だけ暢気に寝たままってのは、どうにも締まらない話ですもんねぇ」

 

「うっ…… 」

 

 

懐から取り出した扇子をバサッと開き、あっけらかんと話す浦原。

言葉に若干の棘と言うか嫌味のようなものが見えはするが、この状況では仕方ない。

第一言われた方の一護が何ともバツの悪そうな顔をするのだから、ここでは浦原の方に正義はありそうだ。

 

 

「まぁまぁ黒崎さん、そんな“私は緊急事態にも拘らず独り惰眠を貪っていた能無しでスイマセン”みたいな顔しないで。元気出してください 」

 

「そんな顔して無ぇよ! 」

 

「あ、そんな大声出していいんッスか? 四番隊の皆さんが慌てて飛んできますよ? アタシ一応ここにはお忍びなんで見つかるのは困るんッス」

 

「なっ、そうなのかよ!? すまねぇ 」

 

 

まるで落ち込む一護をなぐさめるような浦原だが、その言葉のないようは真逆。

明らかに一護を煽る目的で発せられたそれに、一護は一護で律儀なほど浦原の思惑通りの反応を返すから始末に終えない。

途端焦ったように声を抑えるよう一護に促す浦原に、その反応を見てこれはマズイと慌てる一護だったが、この浦原喜助という男がそんな初歩的なミスを犯すわけが無い事などは、最早周知のことだった。

 

 

「な~んちゃって。 この病室にはアタシが来たと同時に縛道で消音の結界を張りましたから、外に音が漏れるなんて事ないんですけどねぇ~。ちなみに外からの音は聞こえる優れものッスよ」

 

「帰れッ!! 」

 

 

瞬間、額にビキッと青筋を浮かべ、握り締めた枕を全力で投げ付けた一護はきっと悪くない。

思えば今まで一護が浦原に手玉に取られなかったことなどないのだ。相手を自分の流れに引き込む術が一護と彼では桁違いなのだから仕方ないのだが、いざ目の前でそれをやられると何度でも頭にくるのだろう。

当然投げ付けた枕はヒラリと避わされ、壁にベチンと激突するとそのまま床に転がった。

 

 

「行儀が悪いッスねぇ。 でもお元気そうで本当に何よりッス」

 

「……で、ホント何しに来たんだよ浦原さん。見舞いならわざわざこんな遅くに来る必要無ぇって。明日からは見舞いも大丈夫だって卯ノ花さんも言ってたぜ?」

 

「まぁお見舞いは用件の半分ってとこッス。もう半分は、黒崎さん…… 貴方に“現状を知ってもらう必要がある”と思ったからッス」

 

「現状? どういうことだよ。 まさかまた破面が空座町に!?」

 

「いいえ。 空座町に現在虚圏から黒腔(ガルガンタ)が開く様な徴候は見られません…… いや、それの方がまだマシだった、と言うべきッスかね」

 

 

 

 

 

 

そして語られるのは一護が意識を失ってからの出来事。

詳細を掻い摘んでだがそれでも、重要なことは漏らさずに。

だが一護にとって殊更重要なのはひとつ。

 

井上 織姫が破面によって虚圏に連れ去られた。この一点。

 

 

「井上…… 」

 

 

ポツリと織姫の名を零す一護。

俯き加減で寝台の上に胡坐をかいた一護の顔色は、浦原からは伺う事は出来ない。

ただ、グッと握り締められた両手だけが、浦原の眼にはしっかり映っていた。

 

 

「正直なところ、状況証拠だけ見れば疑う予知はあります。井上さんが破面側…… 藍染側に寝返った、と疑う余地は充分に」

 

 

残酷な言葉が浦原から発せられた。

余地はある。 確かにそうだろう。

織姫が居なくなったタイミング、現場を目撃した隊士の証言、上げれば疑わしい余地は多々ある。

ここで浦原が“そんな事は無い”と一護に言う事は簡単だった。

そんなことはないと、それはあくまで疑いでそうだと断定する証拠もまたないのだと。だから織姫は無理矢理連れ去られ今も我々の助けを待っているのだと。

 

それもまた真実であるがしかし、ここでのそれはただ“縋りつくための希望”でしかない。

 

目の前にぶら下がった疑いを、纏わり付く疑念という蜘蛛の巣を、ただ振り払うため誰かの言葉に縋り、自らの答えではなく与えられたそれにしがみ付く様な。思考を停止し、しかし甘美な“希望”という夢想に浸り眼を背ける様な、そんな甘い考え、希望と言う名の毒。

浦原喜助は飄々として意外と厳しい人物だ。下手な希望がどれだけの絶望に繋がるかを彼はよく知っている。

だからこそ言わない。 一護に甘い言葉を、縋りつける希望を示さない。

 

 

「浦原さん…… 」

 

 

静かに、一護は浦原に話しかける。

浦原はその一護の言葉をただ黙って聞いていた。

 

 

「虚圏への行き方、教えてくれ 」

 

 

顔を上げ、浦原を真っ直ぐ見つめる一護の言葉は、やはり誰もが思った通りのもの。

言葉に焦りはなかった、震えも無い、ただ真っ直ぐな意思だけがその言葉には感じられた。

 

 

「いいんですか? 行けばつらい現実を見る事だってある。それこそ井上さんに謗られ罵られることだってあるかもしれない」

 

「関係ねぇよ。 井上が裏切ったとか、そうじゃねぇとか、そんな事関係ねぇ。俺が井上を助けてぇ、重要なのはきっとそこだと思うんだ。ルキアのときもそうだった、井上にとって迷惑だろうとなんだろうと、俺は井上を助ける。そこはもう…… 絶対曲げ無ぇ 」

 

「………… 」

 

 

何かが変わっていた。

そう浦原に思わせる何かが今の一護には見て取れた。

グリムジョーに敗れ、生死の境を彷徨い、その淵から生きて戻ったからなのか。その淵で何かを得たからなのか、強硬な姿勢ではなくしかし、強い芯の様なものが今の一護からは感じられる。

あえて厳しく、最悪の場合織姫は裏切っていて、助けると息巻いて虚圏に乗り込んだお前を|詰<なじ>るかも知れないと言った浦原に、一護は僅かの逡巡も無く答えてみせた。

 

もう決めたのだと。 だからもう、もう迷わないと。

 

その瞳に気負いは無く、ただ自分のすべき事を見つめている。そういう“こころの強さ”が浮かんでいた。

 

 

「……わかりました。 ただ今すぐに、という訳には行きません。先程も話したとおり藍染は現世侵攻の期日を断言したッス。それがアタシらを混乱させる策である場合も否定は出来ませんが、あの人にそんな策を弄する必要性は無い。間違いなく三日後、破面の軍勢は空座町へ侵攻を開始します」

 

 

一護の変化を感じた浦原は、一護の願いを聞きながらも直ぐには無理だと答えた。

それもそうだろう。 藍染 惣右介は現世侵攻の期日を明言したのだ。それも隊首会に乗り込んでという死神側にとって屈辱にも似た舞台を整えて。

浦原の言う通りこれが何らかの囮、という線がないわけでは無い。だがそれは限りなくゼロに近い可能性だろう。

藍染はその手に圧倒的な武力をおさめている。彼個人のそれは言うまでもなく、市丸、東仙といった元隊長、何より破面という規格外の化生。それだけの軍勢、それをもって更に策を弄する必要など彼には無い。

 

王者の軍勢は真正面から敵を蹂躙し、大地を焦土とし屍で山を築いた後、血塗れの手で全てを王へと捧げるだろう。

 

だからこそ浦原は急がねばならなかった。

残り三日を切った期間でどこまで準備を整えられるか、それをどこまで完璧に行えるか、それが浦原喜助の戦いなのだから。

 

 

「正直今回は藍染にしてやられたッスね。 万全を期す心算が途端コッチは火の車だ、機を読む事に関して今、尸魂界にあの人に敵う者は居ないでしょう」

 

 

悔しさ、なのだろうか。

浦原の言葉にはどこかそんな感情が浮かんでいるように一護には受け取れた。

あまり表立って本当の感情を見せない浦原にしては珍しいが、それだけ切羽詰った状況だと一護に感じさせるには、それだけで充分すぎるものがあったことだろう。

 

 

「でもまぁ安心してください。 “こんな事もあろうかと”、この台詞が言えないようじゃぁアタシが居る意味が無いッスよ」

 

 

だがそんな薄く浮かんだ感情は一瞬。

浦原は自信を感じさせるような台詞を口にする。

目元は見えずとも口元には笑みを浮かべ、何ともあっけらかんと。まるで自分に不可能など無いとでも言うように。

きっとそれは鼓舞だ。 自分に出来る事と出来ない事、それを彼はよく理解している。だからこそ浦原は口にするのだ。

吐いた言葉は呑めず、だからこそ成すしかないと、そう自分に言い聞かせる為に。

 

 

「わかった。 よろしく頼む、浦原さん 」

 

 

浦原の言葉に一護はそう即答した。

それに対して浦原は何とも驚いたように眼を見開き、口元を開いた扇子で隠しながらギョッとしたような仕草を見せる。

 

 

「……どうしたんです? 黒崎さん。 何時もなら、『そんな悠長にしてる時間は無ぇよ!』とか 『直ぐに虚圏へ行かねぇと!』 とかそんなボクは周り一切見えてない直情猪です的な台詞言う場面なのに」

 

「……あんたが俺を普段どう思ってるかよく判ったぜ」

 

 

そう、ここへ来て浦原が感じていた一護の変化は如実に現われた。

普段、いや今までの彼ならば一刻も早く虚圏へと向かい、織姫を救出するために動きたいと言うはず。

それはルキアが過去藍染の策略によって罪人とされ、現世から尸魂界に強制送還され処刑されるといった際の彼の行動を見れば明らかだ。

当時は浦原に現実を突きつけられ未遂に終わったが、人の思考はそう簡単に変るはずも無い。見知らぬ土地、それも敵の勢力圏に捕らえられているであろう仲間の存在に気が逸らない筈は無い。

だが、今の一護はそんな気の逸りなど一切感じさせることなく、こう言うのだ。

 

 

「俺には一人で虚圏へ行く手段は思いつかない。どんだけ焦っても、どんだけ急いても、どうしようも無ぇよ。でも、浦原さんがなんとかするって言ってんだ。だったら何にも心配する事無ぇだろ? それに…… 」

 

 

一護の言葉に浦原はまたしても驚かされる。

当然だと、何の疑いも無いのだと、一護は言うのだ。

自分にはどうすることも出来ないがしかし、浦原喜助が何とかすると言った以上、自分がそれを疑う事に意味は無いと。

浦原 喜助が何とかすると言った以上、彼はどんな問題も困難も必ず解決するのだからと。

そんな思い、信頼が一護には浮かんでいた。 故に疑いなど無く、故に焦りも無いのだと。

数日、ただ眠っていたわけでは無いであろう数日の間に、一護は変わった。大きく、そして強く、そう感じさせるほどに。

そして一護は言うのだ、自らの決意を、覚悟を、自らの言葉に載せて。

 

 

 

「浦原さんが道を開いてくれりゃ、必ず井上は助けてみせる。必ずだ 」

 

 

 

グッと右手を握り、一護は言った。

揺らぐような弱さはそこには無く、ただ決意だけが溢れていた。

意思、何よりも強い鉄の意思、折れず曲らずの鉄の意思が、その言葉には溢れていた。

 

 

「……黒崎さん。 昔アタシが言った言葉、覚えてますか?」

 

「あぁ。 そんな心算は無ぇし、そうなら無ぇだけの力は…… つけてきた心算だぜ 」

 

「ならば結構 」

 

 

“死ににいく理由に他人を使うなよ。”

かつて、無謀にも尸魂界へルキアを助けに行こうとした一護に、浦原が突きつけた言葉。

力なく、ただ敵地に乗り込む事は、勇気ではなく自殺であると。そして蛮勇と勇気を違えた代償としての死に他人を使うなと言うその言葉を、浦原はもう一度一護へと問う。

その決意は、その意思は、罪悪感や使命感の裏返しでは無いのかと。助けなければならないから助けるのか、助けたいから助けるのか、その二つを大きく分ける違いを、お前は理解しているのかと。

 

問いに一護は気負い無い声で答える。

それだけで、浦原は全てを察した。

彼は強くなった。 死神としては勿論、内なる虚の力を得て更に。だがそれは“武”としての強さ。戦闘力の類に限っての事だった。

それを扱うための“人”としての彼は力強く誠実ではあるがあまりに不安定で脆く、そして同時に儚い印象さえ浦原にはあったのだ。

だが、その印象はこと今日に限っては別。

不安定さは形を潜め、何より怯えは毛頭感じられない。かといって自惚れている様でもない。

自らのやりたいこと、それをやるため力の有無、その力を己がどれだけ御し振るえるか、今の一護はそれをよく判っているのだと浦原は感じていた。

 

 

(精神の潜行、具象化による現実での隷属ではなく、剥き出しの精神同士での対話で自分を見つめ直す切欠を得た様ッスね。男子三日会わざれば、なんて言葉もありますが…… 若さなんですかねぇ、コレが )

 

 

帽子を深く被りなおしながら、浦原は小さくフゥと息を吐く。

何かを乗り越えるたび、一護は本当に強くなる。何より聳え立つ壁に挑む事に躊躇いがない。

例え壁を前にして歩みを止めても、もう一度一歩を踏み出す力はそう誰にでもあるものではなく。越えられるかどうか以前にその一歩を踏み出すことが出来るかどうかが、全てを分ける分水嶺にも等しいと浦原は知っている。

だからこそ一護の成長は目覚しく、同時に自分の力を知りながら限界を超えられるこころの強さは、若者特有のそれだと感じられた。

もっとも、死神である浦原と人間である一護の間で若い若くないの議論など意味を成さないものではあるのだが。

 

 

「では、アタシはこれで失礼します。あぁそうだ、連絡用にアタシ特製の伝令神機を渡しとくッスね。何かあれば今度はコレで連絡しますんでなくさないで下さいね」

 

「あぁ。 ありがとう浦原さん。 ッ!と、アレ?おっかしいな 」

 

 

話が終わり、元来た空間の境目に足をかけた浦原は、思い出したように懐から携帯電話型の伝令神機を取り出すと、寝台に居る一護に放って寄こす。

何ともぞんざいなやり取りだが、別段重要なものでも無し、巷に溢れる様なものの扱いなどこの程度だろう。

 

 

そして何の他意もなく放って寄こされたソレを、一護は“取り損なった”。

 

 

放物線を描き、軽く、なんなら受け取り易い様に投げられたソレを、一護は取り損なったのだ。

たまたまそんな事もあるだろう。 時にはそんな事もあるだろう。偶然そんな事もありえるだろう。

片付けてしまうにはあまりに容易く、日常的にありえるだろうただ流されるだけの一場面に、浦原は言いようの無い違和感を覚えてしまった。

ありえるだろうか、数日間眠ったままと言う事を差し引いてもありえるだろうか。黒崎一護、いや死神という卓越した戦闘技術と身体操作を行う者が、こんな何の変哲もないモノを取り損ねるだろうか、と。

 

当の一護はと言えば浦原が感じた違和感を何ら感じることも無く、手を握っては開いてを何度か繰り返し、口をへの字にしている。

彼にとっては然して気に留めることも無い、そんな程度の事なのはその様子から見て取れた。

 

 

「あれ? いいのかよ浦原さん、そこから帰らないで。お忍びなんだろ? 」

 

 

寝台の上で浦原から貰った伝令神機を握り、弄ぶように軽く上に投げては掴むを繰り返す一護は、境目にかけた足を外して部屋の出入り口へと向かった浦原に声を掛ける。不思議と今度は伝令神機を取りこぼすような事は無いようだ。

対して浦原は、いやいやお気になさらずと言った様子で軽く手を振る。

 

 

「そういえばちょっと野暮用があるのを思い出しまして。いや~最近どうにも忘れっぽくて困ったもんッス」

 

「? そうなのか? まぁいいや。 じゃぁ連絡待ってる。頼むぜ、浦原さん 」

 

「ハイハ~イ。 それじゃぁお大事に~ 」

 

 

言い終わるや否や浦原はそそくさと部屋を後にした。

残された一護は小さくフゥと息を吐くと、そのまま仰向けに寝台に倒れこんだ。

見上げた天井は清潔感のある白一色。 見慣れないそれをぼぉっと眺めながら、一護は片手を天井へと伸ばし、そして力強くグッと握る。

強く握れば握るほど、一護には自分の決意が固まっていくような気がしていた。

 

 

(恐怖を捨てろ。 前を見ろ。 進め。 決して立ち止まるな。退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ。 ……俺はもう立ち止まらない。立ち止まってなんかいられない。 だからゼッテェ助ける!待ってろよ井上! )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな夜更けに何用です? 」

 

「いやぁ、ちょっと友人のお見舞いに 」

 

「面会時間は当に過ぎていますよ? それに貴方の言う御友人は明日まで面会謝絶です」

 

「あぁそうでしたか。 しかしアタシが通ってきた道には、そういった文言が何も書かれていなかったもので」

 

「……そうですか。 ではもうお帰りになられてはどうです?お見舞いはもう済まされたのでしょう? 消音の上に人避けの鬼道まで使って」

 

「えぇまぁ。 何分アタシは日陰者ですから…… ただそっちの用は済みましたが別の用事が出来まして」

 

「別件とは、わざわざ私だけに見つかるよう鬼道を緩めた事に関係がある、と言う事ですか?浦原 喜助元十二番隊隊長 」

 

「えぇ。 貴方に聞いておきたい事があるんッスよ。卯ノ花隊長 」

 

 

綜合救護詰所集中治療施設、その誰もいない廊下で二人は向かい合っていた。

剣呑な雰囲気は無い。 ただどちらもこういう口の聞き方、言葉の選び方なのだろう。

綜合救護詰所を取り仕切る四番隊の隊長 卯ノ花烈と、浦原 喜助。示し合わせたようにこの誰もいない通路で二人が出会ったのは、当然偶然などでは無い。

卯ノ花の言ったとおり、浦原は鬼道で自分の存在を消しながらあえてそこに綻びを作り、卯ノ花のような隊長格にだけ判る様自分の存在を感知させたのだ。

最もそれは非常に微々たるもので、綜合救護つめ所内にいる卯ノ花しか感じ取れ無い様なもの。

だからこそ卯ノ花は一人この浦原が用意した舞台に訪れた。

 

 

「それにしても驚かないんッスね。 アタシがここに居ること」

 

綜合救護詰所(この中)は私の身体の中も同じ。私に知らぬことなどありません。 無論、貴方が何時からどこに居たかも存じ上げています」

 

 

自分から呼び出しておいて浦原はそんな事を口にする。

今は別として一護の病室に張った鬼道の結界は綻びなど無いモノ。存在を感知されるというのはあまり考えられるものでは無い。

だが卯ノ花はさも当然といった風で浦原の問いに答えた。ことこの場所において自分に知らないことは無いと。

それを聞いた浦原は一人肩をすくめ、恐れ入ったといった風。

 

 

「それで私に聞きたい事とは何でしょう? 私に答えられ、また答えることが出来るものならば、お教えするのも吝かではありませんが」

 

 

ニコリと笑いながら言う卯ノ花。

柔和な笑顔とは逆に、普通の者ならばどこか気圧されるようなそれを前にしても、浦原にその様子はない。

 

 

「聞きたいこと、というか厳密には見せてもらいたいものがあるんッス。自分で調べてもいいんッスが、生憎と別件でそれどころじゃぁないもので。 ……見せて頂けますよね? 黒崎さんの診療記録」

 

「…… 」

 

 

いつも通りのにへらとした笑顔。 だが最後だけはその眼に真剣さが浮かんでいた。

一護の診療記録。

浦原が卯ノ花に要求したのはそれの閲覧。

先程自分が感じた僅かな違和感、それが本当にただ違和感や杞憂の類で済ませられるならそれでよし。だがそれが杞憂ではなく本当に重篤な何かに繋がる可能性があるなら、それを捨て置くことは出来ないと。

自分は一護に虚圏への道を開くと約束した。だが自分に出来るのは道を開くまで。 その先で実際に命を懸けて戦うのは一護なのだ。

その一護の状態、それがもし万全でないと判っていて送り出すのは、自分が彼を殺すのと同義だと。そんなことが出来るはずも無いと。

だからこそ浦原は確かめたいのだ。 自分が感じた違和感の正体を。真相を。

 

 

「……いいでしょう。 此方へ 」

 

 

浦原の言葉に間を置き、卯ノ花は彼へ自分に付いて来る様促した。

それに黙って続く浦原。 どこへ行くのか大方予想は付いていたが、その道中四番隊の隊士の誰とも出くわさないのは、おそらく卯ノ花による配慮だろう。

数分の後到着したのは、特別診療記録保管室と銘打たれた部屋。その扉に卯ノ花が触れると扉はひとりでに開く。

 

 

「ここは患者の個人情報が納められた場所。それも特別な症例に限ったものが多く、本来四番隊でも一部の限られた者のみ入室を許可されている場所ですが、今回は特例として貴方の入室を許可します」

 

「それはどうもッス 」

 

「ちなみに許可無き者が立ち入った場合は捕縛の後、無力化されます」

 

「何かしらの安全装置が働く、ということッスか?」

 

「いいえ。 装置ではなく私が貴方を“無力化する”と言えば伝わりますか?」

 

「い、いや~それは是非とも遠慮願いたいッスねぇ」

 

 

ニコリ。

そんないい笑顔の卯ノ花。

先程は動じなかった浦原も、これにはたたらを踏んだ。

 

一連のやり取りの後、卯ノ花と共に保管室へと入った浦原。

そこには浦原が想像していたような診療記録がずらりと並んだ光景はなく、ただ部屋の中心に掌大の四角い石柱があるだけだった。

卯ノ花はその石柱へと近付き軽く触れた後、人差し指でスゥと上から下へと撫でる。

すると次の瞬間には二人の前に大きく投影される形で診療記録が浮かび上がった。

 

顔写真つきのその診療記録は一護のもの。 身長や体重と言った一般的なものから病歴、傷暦、更には霊力、霊圧強度、波形、斬魄刀との精神同調パターン等等、その情報は多岐にわたるのが一目で判る。

藍染の乱の後収集された情報、更には先日傷だらけの状態で収容された時、また目覚めた後の検査によって蓄積されたそれらは、黒崎一護という死神代行の現在の状態を赤裸々に現すもの。

そんな一護の診療記録を表示しながら卯ノ花は、再び石柱の上を指でなで、更に次々と情報を投影していく。

先程の投影情報の前に開かれていく新たな情報。整然と書き連ねられた文面、あるいは様々な図形を伴ったそれらを、浦原は余す事無く確認していく。

 

 

そしてその情報が開かれる度、浦原の眼が見開かれる。

 

 

 

「これは…… 」

 

「そう、これが今の黒崎さんです 」

 

思わず呟かれた浦原の声。

驚きとも困惑ともとれないそれ。そしてまるでその呟きに乗った意思を理解し、肯定するかのような卯ノ花。

 

浦原が感じた違和感。

卯ノ花もまたそれを感じ、そして確信を得ていた。

 

その確信と違和感の正体、それが何なのかはまだ、二人の頭の中だけにあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









1年ってあっという間ですね。
……はいスイマセン。更新しなくてスイマセン。
感想を読ませてもらうと、更新を待っていてくださった読者さんがいてありがたい思いです。

内容に関しては死神サイド。
主人公の姿など影も形もない……
そのうち登場します。仮にも主人公なんでw

1年も更新しないでおいてなんですが、ガチガチのバトルを書きたくなっている今日この頃。
そういう回は一体いつごろ書けるのか……
気長にお待ち頂けるとありがたいです。

12.06後書き

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