BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
飛び散った鮮血は白い砂漠に赤い染みを生んだ。
シャウロンを降したフェルナンドは、最後に残った標的であるグリムジョーに振り返る。
結局のところハリベルの言ってよこした課題は、フェルナンドにとって思った以上に有意義なものだった。
確かに
口では全員ハズレだったと言うフェルナンドではあるが、数字が小さくなるにつれ中には苦戦を強いられる者、解放されて梃子摺る事もあった。
そしてその総ての経験が糧となり今フェルナンドの内にある、それを存分に振るえる相手も目の前にいる、待ち焦がれた再会とこれから始まる至高の時間にフェルナンドは歓喜していた。
「で? アンタはどうするよグリムジョー・ジャガージャック…… 一応、力は見せた心算なんだが……な。というよりアンタがハズレの場合全滅だ、それだけは俺も避けたッ!?」
」
グリムジョーに話しかけながら振り向くフェルナンド。
半ばまで振り返り視線だけを先にグリムジョーへと向けた彼の視界に入ったのは、まさに眼前まで迫ったグリムジョーの指先だった。
ほんの数瞬の後にはその指先はフェルナンドの眼球に達し、それを楽々と突き破り恐らくそれでも止まらず頭蓋を貫き、そしてその中身をあたり一面へと撒き散らす事だろう。
考えるよりも早く反応したのはフェルナンドの身体。
正しく眼前に迫った危機にフェルナンドは瞬時に頭をずらして回避を試みる。
しかし高速で繰り出されるその突きを完全に避けきる事は出来ず、グリムジョーの貫き手によってザックリとそのコメカミ辺りを抉り取られてしまうフェルナンド。
抉られた傷口から血が飛び散りフェルナンドの顔や死覇装が赤く染まる。
それでもこの奇襲が避けられるだけの身体操作を見せたフェルナンド、それは彼が己が身体を完全に掌握したという事を感じさせるに充分だった。
頭をずらして攻撃を避け、その場で軽く屈みながらグリムジョーを見上げるフェルナンド。
グリムジョーの方も右腕を伸ばした状態でそれでも貫き手を避けたフェルナンドを見失う事無く、しっかりとフェルナンドを見据えていた。
刹那の交錯、見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー、絡み合う視線に見える闘気と殺意。
しかしそれも一瞬、フェルナンドは弾かれる様に後方へと跳びグリムジョーと距離をとる。
「人が話してる最中に攻撃……かよ。 随分とまぁ手癖が悪いんだな、グリムジョーさんよォ」
距離をとったグリムジョーを見据えながらも口の端を少し上げ皮肉を零すフェルナンド。
その口ぶりはまだ余裕を感じさせ、口元に浮かぶ笑みも虚勢の類ではなく彼の本心だと伺える。
対するグリムジョーはそれに言葉を返すでもなく、多少腰を落とした低い体勢を保ったまま濃厚な殺気を漂わせ無言でフェルナンドを睨みつけていた。
皮肉げな笑みを浮かべたフェルナンドとただ無言で睨みつけるグリムジョー、それが両者の最初の邂逅であった。
グリムジョーが最初に件の襲撃者の姿を確認した時に抱いた感情は
何故なら襲撃犯を名乗るソレは明らかに子供の姿をしていたのだ。
グリムジョーを前にして遊んでくれと、暗に自分と戦えとそう発したその声はどこかまだ高い印象を与える音で、その顔の作りも未だ幼いという言葉が適当である襲撃者。
唯一違ったのは幼さとは無縁と思えるその瞳、鋭い刃物のようなその瞳は触れるもの総てを切裂き、その血を湛えたかのような紅い瞳。
そしてその瞳に浮かんでいたのは間違いなく“喜色”だった。
それは命を刈り取る事を愉しむものではなくただ純粋に戦う事への喜びを滲ませ、戦いへの衝動、どちらが強いかという単純な解を得る為だけに持てる力の総てをぶつけ合える事が楽しくて仕方がないという喜びの色、それがその紅い瞳に満ち満ちている。
グリムジョーはそれが気に入らない。
自分を前にして、自分という王を前にしてそれに楯突き、更には自分との戦いを愉しもうとするその瞳が気に入らない。
グリムジョーにとって自分こそが
相手はただ悲鳴をあげ、肉を裂かれ臓腑を撒き散らし無残に屍を曝すだけ存在なのだ。
それが喜色を浮かべた瞳で自分を見ている、自分を格上ではなく明らかに対等として見ている。
許されない事なのだ、まるで弱肉強食という自然の連鎖摂理を捻じ曲げるかの如きその行為は。
その瞳を向けられていること自体がグリムジョーの怒りを加速させる。
自分との戦いを愉しもう等というふざけた思考が許せない、その木石のように脆そうな手足で自分に挑もうとする事が許せない、愉しむなどと考えた事を後悔させてその息の根を止めてやる。
必ず縊り殺してやる。
グリムジョーの頭の中をその考えが占めていった。
そう考えていたグリムジョーの目の前で襲撃犯の霊圧が一瞬膨れ上がり、直後シャウロンが殴り飛ばされる。
しかしグリムジョーにとってそんなことはどうでも良い事だった、身体は既に駆け出し、引き絞られた右腕は渾身の力と速度でもって襲撃犯の頭を貫かんと打ち出されている。
必殺の拍子、殺すという意思で満ちていた彼の身体はその瞬間を絶好の機会と捉え、奔っていた。
打ち放った貫き手は寸前で襲撃犯に避けられ、相手の命を奪うまでには至らなかったがしかし全く当たらなかったという訳ではなく、襲撃犯の側頭部を切り裂く。
自分の右手の先から液体が伝いポタポタと流れ落ちる感覚、それは実感、相手の命を傷つけたという殺意の証明。
息の根を止めるには至らなかった、しかしこれで良いともグリムジョーは思っていた。
自分との戦いを愉しもうとしたその考えを完膚なきまでに折り、四肢の総てを千切って切り刻み、許しを請うその口を踏み潰し、心臓を引き摺り出して眼前で握り潰す様を見せ付けると。
彼に満ちる怒りが叫ぶ、絶命するその瞬間まで後悔させてやると、このグリムジョー・ジャガージャックを舐めたという事を。
(ブッ殺してやる…… クソガキィ!!)
渦巻く感情のまま、グリムジョーは怒りを湛えたその瞳で襲撃犯を睨み続けていた。
一瞬の交錯はそのまま静かに戦いの火蓋は切って落とされた。
片やそのコメカミ辺りから血を流しながらも、どこか愉しげにその顔に獰猛な笑みを貼り付けるフェルナンド。
片や体制を低くし、獲物を狙う肉食獣の如き雰囲気を漂わせ、獲物たるフェルナンドを睨み続けるグリムジョー。
静かな睨み合い、二人の戦いは双方の気性に似合わぬ静かな立ち上がりを見せていた。
「ハッ! ダンマリかよ…… まぁいいさ、コッチも別に御喋りに来た訳じゃ無ぇ。俺はフェルナンド、フェルナンド・アルディエンデだ。つい最近破面化したばかりでねぇ…… よろしく頼むぜ?先輩」
「ッ……」
辺りがグリムーの猛烈な殺気に呑み込まれている中で、その殺気を一身に受け止めているであろうフェルナンドはそれを意に介さぬ様な素振りでグリムジョーに自らの名を名乗った。
気安い態度、敵を敵とも思わないかのようなその態度は彼の地なのか或いは何かしらの策なのか、未だ量りかねるフェルナンドの本性。
グリムジョーはそんなフェルナンドの言葉にもやはり何一つ言葉を返さなかったが、フェルナンドに叩きつけられる殺気は先程よりも更に強いものになっていた。
フェルナンドは両の拳を軽く握り目線よりも少し低い位置で構える。
そしてその口元に浮かぶ笑みが皮肉を込めたそれから変わった。
全身に叩きつけられる殺気、まるで刃で斬り付けられている様な錯覚すら覚えるそれ受ながらもフェルナンドの身体の内から湧き上がるものがあった、それは純粋な歓喜。
強い者と戦えるという事、命を削りあうような戦いが出来るという事、その末に得られる筈の実感、それ以上に求めるものなどフェルナンドの中には在りはしない。
フェルナンドの口角が上がる、ニィと白い歯が覗く口元と相手を射抜く瞳が作る笑顔は何とも凶悪なものだった。
拳を構えたフェルナンドと、両手を大きく開いたまま少し腰を落とし、腕をだらりと下ろしたままのグリムジョー。
次の瞬間睨みあう両者から霊圧が吹き上がり、突如両者の足下の砂が爆ぜる。
爆ぜた砂と一瞬遅れて巻き起こった烈風を後に一瞬の内に互いに手の届く領域の中まで移動した両者、最初に動いたのはグリムジョーだった。
「ウラァ!! 」
手を大きく開き、まるで大型の獣が爪を立てる様に力を込めたそれをフェルナンドの首を横凪にするように振り抜く。
フェルナンドはそれをしっかりと確認して紙一重で避けると、更にグリムジョーの懐に大きく左足を一歩踏み込みその腹部を目掛けて右の拳を打ち込もうとした。
フェルナンドとグリムジョーの身長差では頭部を狙うことは難しい、シャウロンの時のように相手に油断があれば別だが今のグリムジョーにそれは無い、故に的としても大きい腹部を狙うフェルナンド。
充分な体勢で打ち出されたそれは、或いは先程シャウロンを一撃の下に沈めたそれと同等かそれ以上の威力を有していた。
しかしグリムジョーはその拳を左の掌で受け止めると、がっしりとその拳を掴みそのまま腕一本で力任せにフェルナンドの身体を頭上へと持ち上げ、そのまま一気に振り下ろす。
拳を掴まれたまま今まさに地面へと叩き付けられようとしているフェルナンド、地面と言っても砂地であるため例え叩き付けられようとも重大なダメージを負う事は無いだろう。
だが態々叩きつけられてやる必要は無いと、自分の拳を掴んでいるグリムジョーへ拳を叩き込む。
「オラ!」
狙いは“手”、正確に言えばフェルナンドの拳を掴んでいる”指”、そこへ強烈な一撃を叩き込むフェルナンド。
掌全体から腕でなら受け止められる衝撃も、ただ指だけを目掛けた同じ威力の一撃など受けきれる筈も無くグリムジョーはほんの少し顔を歪め、拳を掴んでいた手を離した。
拳から解放され、本来叩き付けられる筈だったフェルナンドの身体は宙へと抛り出される。
そのまま宙空で一回転しながら砂漠へと着地するフェルナンドは片手を着きながら地面を擦り、砂煙を立てながら着地するとグリムジョーを確認しようと顔を上げた。
だがその直後、強烈な爆発音と共にグリムジョーの足下の砂漠が爆ぜ、数秒後そこには砂が抉られ陥没した痕が残されていた。。
それはグリムジョーが砂漠をその足で強かに踏みつけた衝撃で生まれた痕。
グリムジョーが踏みつけた場所は、本当ならば叩きつけられたフェルナンドの頭部があったであろう場所だったのだ。
もしフェルナンドがあのまま拳を掴まれ、その状態から脱出できなかったとしたら今頃彼の頭は砂漠を穿ったその力を一身に受け、グリムジョーの足の下で無残に弾けていた事だろう。
「……フン 」
少し顎を上げてフェルナンドを見下ろすようにしたグリムジョーが、嘲笑うかのようにフェルナンドを見て鼻で笑う。
グリムジョーが態々砂漠を踏みつけたのは、一種の意思表示の為。
お前など一撃で殺せるのだという事、お前はそうやって必死に逃げなければ直ぐに殺されるという事、大地に臥しているお前とそれを見下ろす自分、それこそが本来のあるべき姿であり覆る事のない事実であると。
どちらが上でどちらが下か、それを明示するような意思表示。
しかし、そんなグリムジョーの姿を見ながらフェルナンドは己の昂りを感じていた。
(チッ、判っちゃいたがこれはなかなか…… 簡単にオレの拳を受け止める……かよ。だがまだ始まったばっかりだ、愉しもうぜ?グリムジョー)
五秒にも満たない最初の交錯は、完全にグリムジョーに歩があったと言える。
フェルナンドはグリムジョーの最初の一撃を容易に避けたものの、返しの一撃を容易く受け止められ更にそのまま捕らえられてしまっていた。
そして拳を掴まれたまま片腕で掴み上げられ、その手を外す事が出来ていなければ勝負は既についていたかもしれなかったのだ。
先の一瞬で単純に肉体的な力という部分に関して、フェルナンドは現状グリムジョーに遠く及ばないという事が証明された。
だがそれも当然と言えば当然、多くの数持ちを倒してきたフェルナンドではあるがその身体は少年そのもの、対してグリムジョーは細身ではあるがその身体にはしなやかな筋肉の鎧を纏わせている。
身長、体重、筋肉量、骨格に膂力、あまりにも違う二人の肉体、フェルナンドがグリムジョーに対して力負けしてしまうのはある意味道理とも言えた。
だが、だからといってフェルナンドが容易く勝ちを諦めるかといえばそれは否だ。
そもそもフェルナンド自身グリムジョーや他の破面等の成熟した身体と比べ、自分の身体に肉体的な力で有利な点が無い事は判っていた。
小さく、細く、凡そ成熟とは程遠いその身体は、どう足掻こうとも力負けしてしまう。
ではフェルナンドはどのようにして数多くの数字持ち達を打ち倒してきたのか?
肉体的な力が足りない、ならばどうするか。
答えは単純である、足りないのならばそれを
依然、余裕の態度を崩さずに居るグリムジョーにフェルナンドが奔る。
その場から動かないグリムジョー、フェルナンドは真正面からグリムジョーへと突っ込みその拳を打ち出すがそれはグリムジョーの右腕に難無く阻まれてしまう。
しかしフェルナンドの攻撃は一撃だけで終わらない。
拳の連打、それはまるで拳の弾幕とでも言う様に打つごとに回転を上げるかのようなその連打をしかし、グリムジョーはその右腕一本で防ぎ続ける。
「チッ!」
舌打ちと共に今まで拳を受け続けていたグリムジョーが動いた。
力任せに右腕を薙ぎ、フェルナンドの攻撃をはじき返すとそのままフェルナンド目掛けて前蹴りを放つ。
その蹴りはフェルナンドの腹に見事に突き刺さり、フェルナンドの身体はくの字に折れ曲がると蹴りの勢いそのままに弾き飛ばされてしまった。
普通に考えればそれで終わり、体格差に力の差、それは攻撃の威力に直結し脆さを孕む少年の身体がその威力に耐えられる筈も無い。
だが、見事に蹴り飛ばされた筈のフェルナンドは、にもかかわらずふわりと砂漠に着地した。
(蹴りの感触が軽い。 あのガキ…… 俺の蹴りが当たる寸前に自分で
グリムジョーは放った蹴りの感触からフェルナンドに然したるダメージが無い事が判っていた。
あまりにも軽い感触、本来ならば骨の二本や三本ならば折れても可笑しくない威力だったそれの感触とは、あまりにそれはかけ離れている。
不釣合いな感触の原因はやはりフェルナンド、彼はグリムジョーの蹴りが腹部に突き刺さる寸前自分から後ろへ跳び、グリムジョーの蹴りの威力を可能な限り減らしていたのだ。
だがその事実もあっさりと見抜くグリムジョー、それ故に相手が戦闘を続行するのになんら支障が無い事も彼は判っていた。
「オイ、クソガキ。 それがテメェの全力か?随分デカイ口叩いた割には情けねェ…… 地べたに這い蹲ってみっともなく謝るなら今のうちだぜ?」
嘲笑うかのようにフェルナンドを挑発するグリムジョー、実際此処までの戦いでグリムジョーにとってフェルナンドは脅威にはなりえていない。
発する霊圧こそそれなりのものだが、あくまで
それ故の余裕、身のこなしこそ目を見張るものがあるがそれだけ、故に余裕、グリムジョーの口元が愉悦の笑みで歪む。
「ハッ! まぁそう焦んじゃねぇよグリムジョー。どうにも俺は寝てたみたいだ…… アンタのお陰で漸く目が醒めた、こっからはちょっとばかり本気で行こうか!」
そんなグリムジョーの挑発を鼻で笑い飛ばしたフェルナンド。
今までの自分を眠っていたと証する彼の言葉はにはしかし虚勢や強がりの類は感じられず、それが真実であると言わんばかりに彼は再びグリムジョーへと突撃する。
またしても正面から挑みかかるフェルナンドのそれはあまりにも愚直、あくまでも正面から打倒する事のみを目的としているかのようなその行動は、大虚だった頃の彼からしてみれば考えられないものだったろう。
正面から斬りかかろうと後ろから突き刺そうと結果は同じ、卑怯だと罵られようが勝利した方が正しいというフェルナンドの根本的な考えは恐らく変わってはいない。
だがハリベルとの真正面からのぶつかり合いが、フェルナンドに小さな変化をもたらしたのだろう。
取るに足らない相手ならばそれでもいいだろう、しかし己の目的、”生の実感”というものを得られるような戦いに、フェルナンドは後ろから突き刺すような戦い方を無意識に選ばなくなっていた。
己の目的に真摯に向き合った時、それにたどり着くための手段は恐らくはそれではないとフェルナンドの奥底の部分が感じたのだろう。
故にフェルナンドは真正面からグリムジョーへと挑む。
再びその拳でグリムジョーを攻撃するフェルナンドだが、今までと同じように右腕がそれを阻む。
しかし今回はそのまま拳の連打が始まるのではなかった。
拳を防いだグリムジョーの左膝がガクリと落ちたのだ。
それはフェルナンドの左足の蹴りが内股側からグリムジョーの膝の裏を突き刺し、無理矢理に膝を曲げた為。
突然の出来事に驚くグリムジョーを他所にフェルナンドの攻撃は止まらない。
左膝を打ち抜いた蹴りは地面へと着地する事無くそのまま弧を描くように跳ね上がり、体勢を崩したグリムジョーの顔を目掛けて襲い掛かったのだ。
フェルナンドの蹴りがグリムジョーへ迫る、太刀の一撃にも似たその蹴りをからくも避けるグリムジョー、まるで鼻先を暴風が掠めたような感覚を覚えるような蹴りは、その容姿からは想像もつかないほど怖ろしく、鋭く、冷静に命を刈り取る一撃だった。
しかしフェルナンドは
フェルナンドは振り抜いた左足の勢いを利用し、更に身体を支えていた右足を踏み切ると体幹を軸に独楽の様にくるりと
踏み切りと最初の蹴りの勢いを利用し、一撃目の蹴りより深い部分を抉る右の足刀が再びグリムジョーへと迫る。
(もう一発、だと!?)
体勢を崩されたところを更に無理矢理に蹴りを避けたグリムジョー、最早そのフェルナンドの右足を避ける事は出来なかった。
吸い込まれるようにフェルナンドの右足がグリムジョーの顔に直撃し、衝撃が彼の脳を揺らす。
受けた衝撃は軽いものではないがしかし、グリムジョーの自尊心と怒りはその一撃で意識を飛ばす事を断固として拒否した。
こんなもので倒れられる筈が無い、こんな奴の蹴りでこの俺が倒れる筈が無い、いや倒れていい筈がないと。
意識を繋いだグリムジョーは受けた衝撃に怯む事無く、返す刀で右腕を振りかぶるとその右腕をフェルナンド目掛けて叩きつける。。
(チッ! 入りが浅いか! )
仕留めたと思った蹴りはその実相手の意思を刈り取るには至らず、フェルナンドは内心舌打ちを零す。
しかしそんな思考の隙など与えないとでも言うかのように直後放たれたグリムジョーの拳。
二連続の蹴りを放ったフェルナンドの身体は未だ宙にあり体勢としては不利、霊子で足場を構築し先程のように跳ぶ事が出来ればよかったが、蹴りを打ち込むため深く踏み込んだ体勢は攻撃に傾注する変わりに回避には一歩遅い。
結果自らを襲うグリムジョーの腕を両腕を十字に交差させ、一身に受け止めるしかないフェルナンドは容易く吹き飛ばされるが、かろうじて砂漠に着地する。
しかしそこでフェルナンドを不運が襲った。
それは殊更な不運だったのか或いはグリムジョーの一撃による不意の脱力か。
着地と同時に砂に足を取られた彼は、体勢を崩すどころか後ろに倒れ込みそうになってしまったのだ。
「ッ!!」
倒れそうになる身体を咄嗟に右手で支えるフェルナンド。
これを見たグリムジョーはそれを好機と捉え、フェルナンドとの間合いを一気に詰めると覆いかぶさるように上体を屈め、右腕を振り上げた。
そこには今正に振り下ろさんとされる手刀、自分と対等な立場だと勘違いした狩られる者にその本分を理解させるための、どちらが強者でどちらが狩る者なのかを知らしめようと言う意思と殺気がグリムジョーの腕に漲る。
「死ね! クソガキィ!!」
怨嗟と共に振り下ろされるグリムジョーの手刀。
或いはそれは当然の行動ではあった。
戦いの最中に体勢を崩し倒れこむという本来ありえてはならない出来事、その致命的な隙を見逃さずに己の好機として活かし、戦いを決する。
本来ならばそれは正しい行動だった。
しかし今この場においてそれは正しい行動とは
眼を曇らせたのはその殺意かそれとも人一倍高い自尊心か、目の前の勝利、愚かなる者へ死を与える瞬間を前にしてグリムジョーはあろう事かそれに酔ってしまったのだ。
それが罠であると疑いもせずに。
「ハァァア!!!」
裂帛の気合と共にフェルナンドが仕掛ける。
倒れたと
自らの失態を装う事で再び自分の射程圏内へと収めたグリムジョーの頭部目掛けて奔しる蹴り、本来ありえない角度から正確に顎を打ち抜かんと奔る蹴りはまさしく意外の一言。
打ち上げられた蹴りは寸分違わずグリムジョーの頭部へと、再び吸い込まれるように迫る。
(何……だと!? )
驚愕の表情で迫り来るそれを見るグリムジョー、彼からしてみればそれは予期せぬ反撃。
相手は体勢を崩し最早死に体、それに自分が止めを刺すというまさにその瞬間に自分の下から蹴りが伸びて来ようなどと誰が思うだろうか。
自分の想像を越える形で放たれたその蹴り、攻撃の態勢に入っているグリムジョーはその一撃を大きく避ける事が出来ず、故に首だけを動かし何とかそれを避けようと。
「ウォォオオオオ!」
グリムジョーから自然と零れる叫び、彼からは想像も出来ない必死さを感じさせるそれは、自らが敗けることを認められないが故のものだったのだろうか。
ふざけるな、認められるものかと、自ら罠に嵌り敗けるような事が、それもこんな奴に敗ける事が許される筈が無いと。
力への絶対の自負、それを支える自尊心、グリムジョー・ジャガージャックの定義する自身の存在意義とは勝利であり、勝利し続けることそが自らを王と成す絶対の条件。
故に例え不意を撃たれた攻撃であってもそれに敗北は許されないと、その思いが彼を叫ばせるのだ。
そしてその必死さは実る。
フェルナンドの間隙の一撃はグリムジョーの顎ではなく頬を掠めるにとどまり、彼の頬を切り裂きながら吹き抜ける。
不意を撃ちありえぬ軌道からの攻撃を用いても上をいったのはグリムジョー、彼は未だ健在だった。
「フン、惜しかったなクソガキ。だが…… これで終いだぁ!」
相手の一撃が不発に終わり最早その体勢からの反撃などありはしないと、グリムジョーは勝ち誇ったような笑みを浮かべてフェルナンドを見下ろしその手刀を振り下ろす。
死に体から放たれた一撃は確かに凄まじいものではあったが、不発となれば最早それまで。
只でさえ無理な体勢から更に無理をして攻撃を放ったその後に残るのは、どうしようもないほど大きな隙のみ。
逆転の芽などもうどこにもないと。
しかし今まさに手刀を振り下ろさんとするその瞬間、グリムジョーは自分の頬を一陣の
野生の勘、とでも言えばいいのだろうか、彼はそれを感じそして敵を殺す間際の愉悦に浸りきる直前の瞬間に見たのだ。
今まさに殺されるであろうフェルナンドの口元に、未だ笑みが浮かんでいる様子を。
直感、考えるよりも尚早くグリムジョーは自らのそれに従い攻撃を止め全力でその場から跳び退く。
あのまま攻撃していれば何かが起こる、明確な光景が浮かんだ訳ではない、だがそれでも背筋に薄ら寒いものを彼は感じたのだ。
そして直後に響いたのは轟音、見ればフェルナンドの右足の踵が砂漠に突き刺さりその周りは先程の自分がした事と同じように砂が抉れて陥没した痕がくっきりと刻みつけられていた。
(クソがッ! 一度抜けた蹴りが戻ってくる…… だと!?)
目を見開き、驚愕の表情を浮かべるグリムジョー。
そう、その表情こそ今グリムジョーの目に映る光景を説明するもっとも適切なもの。
フェルナンドは最初に打ち上げた蹴りが避けられると、支えにしていた右腕に力を込め蹴りと身体の勢いを止め、更に身体の重心を後方に抜くことで身体ごと飛び出した右脚の蹴りを、再び自らの方へと
先程の独楽を模した蹴りと今回、傍から見れば同じ変則的な二段蹴りであるがしかし、その威力は確実に違ってくる。
グリムジョーにとって先程の回転蹴りは予想外だったとはいえその目で捉え、来る事が
来る事が分かっているという事はそれに対して対応出来るという事、避けるなり耐えるなりの選択が出来るということであり、グリムジョーの場合耐えるという選択と気構えが出来た結果、反撃に出る事ができた。
では今回の蹴りはどうだろうか。
同じ二連続の蹴りではあるが、後頭部を狙ったその二撃目をグリムジョーは捉えていなかった。
来ると分かっていないのだから避けるという選択は無く、さらに耐えるという選択も無い、それは自らに迫る攻撃に対しそれを全くの
今回は自身の“野生の勘”によって救われたが、もしあのまま戻ってきた二撃目を喰らっていたのなら一瞬ではあるがグリムジョーの意識は飛んでいたかもしれない。
間一髪、九死に一生、どちらにせよこの攻防で上をいったのはグリムジョーではなくフェルナンドだった。
「ハッ!
そんなグリムジョーを他所にフェルナンドは狂ったように笑う。
純粋な喜び、攻撃を避けられたというのにそれが嬉しくてたまらないといった風のフェルナンド。
それもそうだ、彼にとってこれで決まったと感じた攻撃の悉くが避わされる現状は、同等か或いは自分以上の力の持ち主と対峙しているという事に他ならない。
それならばきっと感じられる筈だと、フェルナンドは打ち震えているのだ。
「さぁもっとだ! もっと! もっと! もっと!アンタの力はそんなもんじゃ無い筈だ! 魅せてくれよ!焦げ付くような魂の咆哮をよぉぉおお!! 」
叫ぶフェルナンド。
その表情は最早少年のそれではなく、ただ戦いに餓えた獣の様な顔だった。
砂漠に立つ二体の獣
知りたい事は唯一つ
どちらが強いか
唯それだけ
分かる人には分かるであろう技の数々。
今後も随所に登場します。
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