BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.14

 

 

 

 

「ハハハハハハハ!!!」

 

 

狂ったような笑い声が響く。

声の主はフェルナンド、放った数々の攻撃はその殆どが防がれまた避けられ、その中で相手を確実に捉えた一撃も彼を倒すには至らない。

フェルなどにとってそれは困難な状況、だが彼は笑う。

それは虚勢等ではなく、まして打破出来ぬ状況に彼が狂ってしまった訳でもない。

いや正確には狂っているのだろうか、彼はただ単純に嬉しくて仕方がないのだ、この状況が嬉しくて仕方が無い、故に彼は笑っているのだ。

 

 

フェルナンドは先の一撃を放った瞬間、完璧に“入ったと”確信していた。

グリムジョーに対して放った蹴りは彼の視界から外れ、そして”戻る蹴り”はその意識からも外れた正に奇襲と言えるものだった。

自らの命を晒す事で相手の意識の全てを自分へと向けさせ、蹴りへの注意を完全に外させる。

一歩間違えばそのまま自分が殺されるという状況にありながら、彼の顔に浮かんでいたのはニィという牙を剥くような笑み。

自分が死ぬか相手が倒れるか、その紙一重を通すフェルナンドの蹴り。

しかしグリムジョーはその完璧な奇襲を避けてみせた。

それはフェルナンドにとって想定外の出来事であったが、同時に想定外である事自体が彼の中で狂気を孕んだ喜びへと変わる。

 

己の確信を覆す相手、それが目の前にいる。

 

フェルナンドにはそれが嬉しくてたまらなかった、ザックリと抉られたコメカミの痛みなどとうの昔にに感じない程の興奮と高揚。

想定通りの戦いなどつまらない、予定調和の戦いに意味など無い、戦いとは常に己の想像を裏切り続いていくものでありそれを超えて相手を打ち倒してこそ戦いは真に意味を持ち、なによりそうでなければ面白くないと。

 

 

「テメェ…… 今のは何だ。 蹴りが戻って来る、だと?ふざけやがって……」

 

 

一人歓喜の高笑いを続けるフェルナンドに、グリムジョーは憎憎しげな視線をぶつける。

グリムジョーが先程の攻撃を避けられたのは、彼の無意識の産物でしかなかった。

ほんの一瞬感じた感覚、それに頭で考える前に身体が反応し、瞬時に自らの攻撃を中断するとその場から全力で跳び退くという反射行動、それが結果としてフェルナンドの意識外からの攻撃を避ける事に繋がったのだ。

 

だが、グリムジョーにとってそれは信じられない事。

自らが感じた感覚、その場から跳び退く事を即決させた感覚、それは間違いなく“恐怖”だったのだ。

幼い容姿、愚かにも自分との戦いを愉しむと謳った大言荘厳の小さな破面、その幼く小さな姿の破面に彼は一瞬とはいえ恐怖した。

屈辱的な感覚、だがグリムジョーはその身に滾る怒りと同時にフェルナンドという奇妙な破面を量りかねていた。

 

 

「ハッ! 別にふざけてる心算は無ぇよ。 コッチは不本意ながらもこんな(なり)だ、周りに比べてどうにも力は落ちる。まぁただ馬鹿みたいな殴り合いも嫌いじゃないが、非力な俺が手っ取り早く相手を殺るにはどうすればいいか…… それを考えた結果って訳さ。 お気に召したかよ、グリムジョー?」

 

 

グリムジョーの問にあっけなく答えるのはフェルナンド。

そう、少年の姿をしているフェルナンドにとって戦闘の中で最も相手との差が生まれるのは、純粋な“力”の部分であった。

例外も居るには居るが大抵が成人した人間と同じような容姿をしている破面、その大抵の破面と少年の姿をしたフェルナンドではどうしてもその筋力量、骨格などから振るえる力に差が生まれる。

 

破面達の戦闘とは基本的に己の霊圧と膂力に頼った力押しである。

力と力のぶつけ合い、人の姿をしていたとしても大虚という獣であった時の方が圧倒的に長い彼らにとって、戦闘の根本とはそういうものなのだろう。

例え知性を持ったとしても長い年月で染み付いたその本能というべきものは、そう簡単に身の内から消え去りはしない。

 

それはフェルナンドとて同じであった。

ハリベルから言い渡された数字持ち(ヌメロス)を全員倒すという試練を始めた頃は、真正面からの力押しで応する事以外の戦闘をしなかったのもいい例だろう。

しかし、相手の数が小さくなるにつれ“差”が明確になっていった。

決してフェルナンドが弱い訳ではない、むしろ霊圧などはフェルナンドの方が勝っているような相手に苦戦を強いられる事が多くなっていったのだ。

その理由は単純な力負け、フェルナンドのゆうに3倍はありそうな体躯の破面、その体躯に見合った猛烈な力を振り回すだけの相手にフェルナンドは苦戦したのだ。

 

フェルナンドにとってそれは屈辱だった。

明らかに格下の相手に苦戦を強いられる自分、それも総ては単純に力が弱いと言うただそれだけの事で。

だがだからと言って不平不満を漏らすことをフェルナンドはしなかった。

奥歯を噛締め拳を握り締めその屈辱に耐え、考えたのだ。

他と比べ力が弱いという現状をを今直ぐに変える事は出来ない、ならばどうするか、どうすればこの身体で奴等を倒す事が出来るのか、どうすればこの“差”を埋める事が出来るのか。

考えた末にフェルナンドがたどり着いた答えのうちのひとつが研鑽(・・)だった。

 

ただ力をぶつけるのではなく、ぶつけるならどのように力をぶつけるのか、相手の何処その力をぶつければ効果的なのか、それらを行うのに最も適した動きとはどんなものか、その動きは戦いの中のどの瞬間に起こすのが最適なのか。

数字持ち達との戦闘の中でフェルナンドは少しずつそれらを試し、吟味し、付け足し、または削ぎ落としてそれを創り上げていった。

 

いかに効率良く相手を壊すか、それだけを追求して。

 

そして生み出されていったのが先ほどみせた体術。

五体を駆使し、いかにして相手を打倒し屈服させそして絶命たらしめるか。

それだけを念頭に置いて編み出されていった業は未だ完成には遠く数もそう多くないがしかし、それこそがフェルナンドが研鑽の後に得た“力”と言えた。

 

 

「チッ、まぁいい…… テメェがどんな攻め方をしようが関係な無ぇ。俺がテメェを殺す結果は変わらねぇ。強いのは…… 俺だ! 」

 

 

フェルナンドをしっかりと見据え、グリムジョーは宣言する。

フェルナンドの放つ攻撃は確かに脅威ではある、自分の意識の外や思いもしない場所から襲ってくる攻撃はどうしても対応に遅れが出る。

だがグリムジョーにとってそれは二の次となっていた、身に滾る怒りのままに殺そうとした相手に感じた一瞬の恐怖、格下だと思っていた相手が急に自らと同等の位置にまで上がってきたような錯覚、それを振り払うように自分の方が強いとグリムジョーは宣言したのだ。

こんなヤツが自分と同じ場所に立っている筈が無い、と。

 

 

「あぁそうさ、それで良いグリムジョー…… アンタはホンモノ(・・・・)だ。 アノ女には『殺すな』と言われたがそんなものは関係ねぇ…… そんな加減をして勝てるほどアンタは弱くない。本気のアンタを倒してこそ意味があるんだ…… アンタを倒して、俺は更に強くなってやる」

 

「俺を倒す…… だと? 相変わらずこの俺に勝てる気でいやがる…… クソ生意気なガキが! その態度が! 眼が! 気に入らねぇんだ!!」

 

 

グリムジョーの叫びと共に彼の霊圧が開放される。

今までの比ではないその水浅葱色の奔流、あまりの圧力に乱立する柱には勝手に罅が入りパキパキと音を立てて割れていく。

フェルナンドの肌を突き刺すような殺気と共に放たれるその霊圧の凄まじさは、グリムジョーが何にもまして本気であるという事を如実にものがたっていた。

 

 

「ハッ! 勝てる気か……だと? そんなもんは当たり前だろうが!何処に始めから敗ける気で戦うヤツがいるものかよ!必勝の覚悟もなしに戦いに挑む馬鹿野郎は、どんな世界でも真っ先に死んで逝くって決まってんだ!はじめようぜグリムジョー! こっからは…… 殺し合いだァァア!!」

 

 

霊圧を開放し、その身体から放つ圧力を何倍にも膨れ上がらせたグリムジョーにフェルナンドはまるで怯む様子など見せず、それどころか今で以上にその顔に笑みを刻み付けてグリムジョーに迫る。

そのフェルナンドに対し、グリムジョーは先程までの余裕の態度とはまるで違う隙などまるで無い体勢でそれを正面から迎え撃った。

 

霊圧を更に開放したグリムジョーに対し、フェルナンドは先程のままの状態。

普通に考えたのならばフェルナンドの攻撃は霊圧を増したグリムジョーに然したるダメージを与えることは出来ないだろう。

グリムジョーとてそれは分かっている、どう足掻こうと目の前の小さな破面の攻撃は自身に届くことなどありはしないと、しかしグリムジョーにその事実から来る侮りは無かった。

目の前に迫る破面、フェルナンド・アルディエンデはそんな事実など軽々と乗り越えてくる・

グリムジョーの第六感が、彼を救った野生の勘がそう強く叫んでいたのだ。

 

 

フェルナンドの拳がグリムジョーに迫る。

大きく振り被るのではなく、小さな動きで突き刺すように鋭く放たれるその拳、しかしその拳は当然のようにグリムジョーによって防がのみ。

しかしそれは始まりの一撃、針のように鋭く、速い拳が幾度もグリムジョーを襲い続ける。

決して一撃で相手を打倒するための拳ではないフェルナンドのそれ、しかしこの一撃一撃の積み重ねがグリムジョーの精神を削り、ほんの少しの隙を生み、その隙を逃さず捉える事で相手を沈める。

フェルナンドが行っているのはそういう作業だった、燃え盛る己の感情の中にあって恐ろしく冷静な一部分が、相手を打倒する最も効率的な動きをフェルナンドに取らせていた。

 

 

「チッ!」

 

 

数十に及ぶフェルナンドの拳の連打、それによってグリムジョーの体勢が一瞬崩れる。

それはほんの僅かなものであるがフェルナンドはその一瞬を見逃さず、大地を強く蹴って跳ぶと体勢の崩れたグリムジョーの顔面へとその拳を奔らせた。

電光を思わせる速さで奔る拳、しかしフェルナンドの拳はグリムジョーの顔を捉える事は無く、またしても頬を掠るのみに終わってしまう。

 

その一瞬、フェルナンドは何かに気が付いた様にハッとした表情を浮かべるがそれは既に遅い。

交錯の瞬間を逃さず仕掛けたのはグリムジョー。

フェルナンドの拳を避わしたグリムジョーは構わず前に出る。

見れば彼の腰辺りには既に霊圧を纏い五指を開き爪を突き立てるかのような掌が構えられ、次の瞬間猛烈な勢いでフェルナンドへと襲い掛かった。

本来のフェルナンドならばその攻撃を受ける瞬間自らその力の方向へと跳び、威力を半減させるだろう。

しかし今彼の身体は大地にその足を着けていない。

身長差のある相手への攻撃のためフェルナンドはどうしても跳び上がる必要があった、故にその身体は中空にあり霊子で足場を作ろうともこの距離では跳ぶ前に攻撃はとどいてしまう。

結果としてフェルナンドはグリムジョーの一撃をモロにその身で受ける事となってしまった。

 

 

「クソッ!」

 

「ッ!」

 

 

呟く言葉と共にフェルナンドの首筋の辺りにグリムジョーの一撃が叩き込まれる。

鈍い衝撃音と共にフェルナンドの身体が吹き飛ばされ、二回ほど砂漠を跳ねて止まった。

砂埃に隠れるフェルナンドの身体、だがそれをグリムジョーは油断無く睨みつける。

 

 

「さっさと立てクソガキ。 あれぐらいで死んでないのは分かってる…… そうやって地に這い蹲ってるのは似合いだがなぁ」

 

 

大地に臥すフェルナンドにグリムジョーはまるで立ち上がるのが当たり前といった風で挑発する。

その言葉にはフェルナンドは確実に立ってくるという確信が満ちていた。

この程度で死ぬ訳が無い、という確信が。

 

 

「誰が、地に這い蹲るのが好きなものか……よ!っと!」

 

 

そんなグリムジョーの言葉に軽口を叩きながらフェルナンドは軽々と立ち上がる。

パンパンと服についた砂を軽く叩いて落としている姿は、先程の攻撃など全く効いていないようにも見えたが、しかしその口元には確かに血が滲んでいるのが伺えた。

ふぅと息を吐きグリムジョーを見据えるフェルナンド、その口元に皮肉気な笑みが浮かぶ。

 

 

「隙はワザと…… かよ。 さっきの御返しの心算か?やってくれるねぇ…… 」

 

「フン、テメェこそ完全じゃないにしろあの状態でよくアレを防げたもんだ。キッチリ土産まで(・・・・)置いていきやがる…… 」

 

 

グリムジョーの腹部には、フェルナンドの蹴りの痕がくっきりと残されていた。

 

先程グリムジョーが見せた一瞬の隙、それはフェルナンドがしたのと同じように相手を誘い込む罠だったのだ。

連撃を受ける中でグリムジョーは僅かに怯んだようにみせフェルナンドの攻撃を自分の頭部へと向けさせる、フェルナンドとグリムジョーの身長差ではどうしても跳び上がらなければフェルナンドの拳はグリムジョーの頭にとどかない。

一度自らの攻撃を後方に跳ぶことで無力化されたグリムジョーは、ワザとフェルナンドを跳ばせ、足場の無い中空へと誘い出しさらに霊子を足場にする隙も与えず仕留め様としたのだ

その思惑は見事的中しフェルナンドがそれを罠だと気が付いた時には既に遅く、グリムジョーの一撃はフェルナンドを捉えることに成功した。

 

しかしフェルナンドも然る者、間一髪片腕をグリムジョーの攻撃と己の頭部の間へと捻じ込んでこれを防ぎ、大地という足場が無くまた霊子を集める隙も無いのならば別の物を使うまでだといわんばかりに、最も近くにあるグリムジョーの身体を蹴る(・・・・・)事でその身に受けるであろう彼の攻撃の威力を可能な限り削いだのだ。

 

そしてその蹴りはグリムジョーの腹部にその痕を残すほどの威力であった。

これは一つの事実を示す、『フェルナンドの攻撃は霊圧を増したグリムジョーにとどく』という事実、それは本来ならばあり得ない事、だがそれを可能としたフェルナンド。

それは一重に彼の決意、“覚悟”の差と言えた。

 

元々フェルナンドの数字持ち狩りには一つだけルールと呼べるものがあった。

それは彼がハリベルから言い渡された『殺すな』というたった一つの縛り、フェルナンドはそれを律儀にも守っていた。

いや、守っていたというよりはそれに値する相手が居なかったというべきか、殺す価値が無い、自らの命を賭して打ち倒すべき相手ではない、数字持ちとはフェルナンドにとって大別すればその程度の相手だった。

故に“倒す”という選択、言い換えれば“殺さないようにする”という事、それはフェルナンドにとって“手加減して戦う”という事と同義だった。

もちろんあからさまに手を抜いていた訳ではない、どちらかといえばそれは内面的な話、ほんの少しの気構えの違いというそれだけだ。

 

だが今、フェルナンドの目の前にいる数字持ちは違う。

他の者とは明らかに隔絶した力を持つ者、そんな相手を前に“倒す”などという気構えで勝利を得られるほど彼らの住む世界は優しくはない。

 

 

故に殺す(・・・・)

 

 

“倒す”心算で繰り出した技と、“殺す”つもりで繰り出した技、全く同じ技だとしてもそれは別物だ。

気構えの差、決意の差、覚悟の差でありそしてその“差”は明確な威力の差として現れる。

そうして放たれたフェルナンドの攻撃は、グリムジョーの霊圧の鎧を穿ちそしてその身体に傷痕を残したのだった。

 

 

「フン、まぁテメェの蹴りがとどいた事は正直それ程驚く事じゃねぇ。この程度の蹴りたいして効いてもいない…… だが何故霊圧を開放し無ぇ、この上まだ俺を舐めていやがるのか?」

 

 

霊圧の鎧を破られた事にグリムジョーはなんら動揺していなかった。

いってみればそれは当然、この破面ならばこの程度の事はやりかねない、故に驚くほどの事でもないと。

しかしそれ以上に彼が気になったのはやはり霊圧を開放しないフェルナンドだった、纏った霊圧とその体術のみで自身の身体を傷つけたことは脅威ではあるが、霊圧を開放すればそれはもっと容易に行える筈。

だがフェルナンドはそれをしない、あくまで今の霊圧で戦い続けているのだ、或いは意識的に(・・・・)そうしているかのように。

 

 

「ハッ! 別にアンタを舐めてる訳じゃねェよ。今の状態でもアンタに俺の攻撃はとどく…… それにアンタは相手に霊圧を開放しろと言われたら素直に従うのか? 違うだろうがよ。だが悪くないぜ、このゾクゾクする感覚…… この先だけに俺の求めるものがある。 そう確信出来る感覚だ…… さて、俺の力がこの程度かどうかは、アンタ自身で確かめな!」

 

「吹いたな…… この…… クソガキがぁぁああ!!」

 

 

叫ぶグリムジョーがフェルナンドへと向けて走り出す。

倒れるのではないかというほど低い前傾姿勢、ジグザグに地を走り獣の如く疾走するグリムジョーが瞬く間にフェルナンドへと迫る。

対してフェルナンドはその場で構えたまま動かず、グリムジョーを迎え撃つ模様。

その射程へとフェルナンドを捕らえたグリムジョーは、その速度を生かしたまま腕を振り被りフェルナンドを殴りつけた。

グリムジョーの鉄槌の如き一撃をフェルナンドは避けようとも迎え撃とうともせずその腕を交差させて防ぐが、そのあまりの威力に易々と後方へと吹き飛ばされる。

あたりの空気すら弾き飛ばし衝撃が後ろへと抜けるような凄まじい一撃、だがグリムジョーの攻めはその一撃では終わらず吹き飛ばされたフェルナンドにすぐさま追い付くと更に振り被った腕で殴りつけ、別の方向へと吹き飛ばした。

 

もう一撃、更に一撃と何度も防御の上から殴りつけら弾かれる様にその都度派手に吹き飛ばされるフェルナンド。

実際にはグリムジョーの攻撃が当たる前にやはり半ば自ら跳んでいるため、派手に吹き飛ばされてはいるが見た目ほどのダメージは無い。

だが完全に威力を殺しきれている訳ではなく跳ぶ事も段々と追いつかなくなりダメージは少しずつ蓄積、何れはその防御自体も崩されてしまうだろう事は目に見えていた。

 

 

(チッ! さっきの野郎の一撃…… 何とか防ぎはしたが未だにダメージが抜けやしねぇ。コッチは不抜けた蹴り一発を返した程度、単純な力は向こうの方が上……かよ。 ……だが、これが戦いってもんだ。 自分から死地に一歩踏み込まなけりゃ先が無ぇこの感覚、悪くないぜ…… )

 

 

そう、フェルナンドは今、避わさず(・・・・)に受けているのではなく、避わせず(・・・・)に受けているのだ。

 

先程グリムジョーがフェルナンドの頭を狙った一撃、フェルナンドは腕でかろうじて直撃を防ぎ相手を蹴る事で跳び、その衝撃を可能な限り削る事には成功していた。

だがフェルナンドの身体は元々耐久力が高くはない、頭部へと抜けた衝撃と防御に使用した片腕は未だ回復には至っておらず、結果としてフェルナンドはただ防御を固めるしかなかったのだ。

しかしこれは袋小路、耐久力の低い身体は防御にはむかずダメージは蓄積し続け、更に挽回の機会は失われていく。

 

だがそれでもそんなジリ貧の状況の中、フェルナンドは自分の口元が緩むのを押さえ切れなかった。

危機的状況に追い込まれているにも拘らず、それがフェルナンドには愉しくてたまらないのだ。

まるでこの命の危機こそ求めていたかのように。

まるでこうして追い詰められる事を望んでいたかのように。

 

 

「ウオラぁぁァァァアアアア!!」

 

 

フェルナンドに迫るグリムジョー。

迸る霊圧と叫び、この一撃でフェルナンドを仕留めんとばかりに更に加速して迫る。

振り上げられた右腕に滾る霊圧、それが振り下ろされればフェルナンドとて無事では済まないかもしれない。

それを見てフェルナンドは何を思ったか交差させていた腕の防御を解き、何時も通りの構えへと戻した。

 

無謀とも取れるその行為、今まで防御を固めていたが故に耐えていられた攻撃もそれを解いてしまえば耐えられる訳が無い、更にフェルナンドの身体は未だ回復も不完全、そんな身体でいったい何が出来るというのか。

それは対峙するグリムジョーも同様で、この状態で防御を解く意味を彼は見出せずにいた。

 

 

(防御を解いただと? 諦めでもしたか?……いや、奴に限ってそれは無ぇ。何か仕掛けてくる気か…… フン、関係無ぇ!テメェが何をしようと勝つのは…… この俺だ!)

 

 

防御を解いたフェルナンドに一瞬困惑するグリムジョー、しかし次の瞬間にはその思考を捨てその右腕に込める力を、そして霊圧を更に強める。

何を仕掛けてくるかなど考えるだけ無駄であると、何をされても総て力で捻じ伏せてやると、勝つのは自分であると奴に、そして自身に証明するためにと。

迷いの無さとは力、相手の考えを読むことも確かに戦いには必要だがこの二人はそういったものに向く気性ではない。

相手に応ずるのではなくあくまで自分がどうしたいか(・・・・・・・・・)という己を通す“我”と“本能”に生きる者。

故にこの場でぶつかるのは彼等二人の我と本能なのだ。

 

 

「オオオォォォォォォ!!」

 

「ハァァァァアアアア!!」

 

 

互いの気合と気勢が叫びとなって放たれる。

迫り来るグリムジョー、待ち構えるフェルナンド、そして激突は瞬く間に訪れた。

二人の霊圧の衝突はほんの一瞬の閃光と鈍い激突音を生む。

そして閃光が晴れた後、二人は未だその足で虚圏の砂漠にに立っていた。

 

唯一つ、違う事があったとするならば、グリムジョーの鳩尾にフェルナンドの肘が深々と突き刺さっている(・・・・・・・・・・・・・)事だけだった。

 

 

「ゴフッ!」

 

 

グリムジョーの口から血の塊が吐き出される。

霊圧の守りと鋼皮の守り、その二つの守りを突き抜けてもたらされた衝撃、半ば意識が飛ぶほどのそれを受けて尚グリムジョーが立っている理由は、最早意地だけだった。

 

衝突の瞬間、最大限に引き絞られたその右腕を解放し、フェルナンドをその拳で射殺さんとするグリムジョー。

彼の拳を迎撃するようにそれに合わせてフェルナンドも左の拳で応戦する。

奔る二人の拳が互いの間でぶつかり合うがその力が拮抗したのはほんの一瞬だった、体格、膂力、纏う霊圧、その総てにおいて勝っているのはグリムジョー、そのグリムジョーの拳がこの競り合いに勝つのは自明の理であったろう。

 

当然のように撃ち負けるフェルナンド、しかしフェルナンドは渾身の力でもってグリムジョーの拳を弾く(・・・・)事には成功した。

受けることが出来ない拳を弾いた、今のフェルナンドの状態ならばそれでさえ充分。

普通に考えれば此処から仕切り直し、新たな活路を開く切欠を掴んだと言えるだろう。

 

だがフェルナンドにそんな思考は存在しない。

 

グリムジョーの拳を弾いたフェルナンドは、そのままガラ空きになったグリムジョーの胴へと踏み込む。

そしてグリムジョーの拳を弾いた左腕の肘を突き出すと迫るグリムジョーの胴の中心、鳩尾へと下から打ち上げるようにその肘を叩き込んだのだ。

グリムジョー自身の突進力を利用し、カウンターで入ったフェルナンドの鳩尾への肘打ちは、間違いなくグリムジョーの命を奪おうとする一撃。

そのまま肘が背中から突き抜けなかったのは、一重にグリムジョーが一介の破面とは隔絶した存在だったためだろう。

 

 

「くそが…… クソがぁぁアアあああああああ!!!」

 

 

朦朧とする意識、撃たれた瞬間全身を駆け抜けた電光を伴うような爆発的衝撃に呼吸すら間々なら無かったグリムジョー。

何をされたのかも判らないがしかし、そのまま倒れてしまう事だけは認められないとしたグリムジョーは、意地と自尊心のみでその掌に霊圧を集中させる。

爆ぜるそれは大虚、破面の持つ霊圧砲撃『虚閃(セロ)』グリムジョーはそれをこの至近距離で炸裂させようというのだ。

込められた霊圧も少なく、かろうじて虚閃といえなくも無いその砲撃は本来の戦いならば意味を成さないほどの威力、しかし今のフェルナンドには充分な威力であり、更に疲弊したフェルナンドにはそれを避ける術はない。

グリムジョーの虚閃に呑まれフェルナンドはまともな抵抗など出来る筈も無く、爆発と共に大きく後ろへと吹き飛ばされた。

 

吹き飛ばされたフェルナンドは、砂漠に着地すると同時によろけて倒れそうになるのを必死に堪える。

見ればそれはグリムジョーも同じのようなもので、互いにふらつきながらもその眼光の鋭さだけは失ってはいなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…… ハッ、もろにアレ(・・)を喰らって、反撃してくる……かよ…… まったく、アンタは最高だな。ハハッ! 正直、アレで仕留めたと、思ったんだが……な。 ……チッ、しょうがねぇ。 どうやらアンタを殺すには、俺ももう一歩死地に(・・・・・・・)踏みこまなけりゃいけないらしい…… 」

 

「……何言ってやがる、テメェのそのふざけた言い草は…… その、一歩とやらを踏みこめば、俺に勝てると言ってるのと同じだ…… ふざけやがって 」

 

 

互いに傷だらけの二人、しかし実際にはグリムジョーよりもフェルナンドのほうが遥かに負っているダメージは大きい。

元々耐久力のそれほど高くない身体に加え度重なるグリムジョーの攻撃と虚閃を受けた結果、そしてなにより相手を殺すつもりで放つ技は、同時にフェルナンド自身も傷つけていた。

グリムジョーの纏う霊圧を突き破るという事は実際容易な事ではない。

それこそ先程の肘の一撃も、グリムジョーの突進力を逆手に取ることで漸く実現したものだった。

 

しかし、それと同時にフェルナンドの左腕は使い物にならなくなっていた。

グリムジョーの拳を弾く為にぶつけた拳はその瞬間に砕けないまでも骨に罅が入り、鳩尾へと叩きつけた肘もグリムジョーの霊圧と鋼皮の壁にぶつかりその中身は無残な状況。

それでもグリムジョーを殺すまでには至らなかったフェルナンド、自らの左腕を犠牲として放った攻撃でも彼を殺すに足りないという事実。

 

故にフェルナンドは更に力を求める、だがそれは諸刃の剣でもあった。

それは彼の体質に起因する事象、耐久力の低いその身体は外的な要因による破壊に脆弱であるのと同時に、内部的な破壊(・・・・・・)にも脆弱であった。

 

 

『霊圧の開放』

 

 

破面のみならず、虚、大虚、死神に至るまで霊的生物が自然と行うその行為、内なる霊力を外部へと発するという極自然なそれすらもフェルナンドの身体を傷つけるのだ。

 

無論全くそれが出来ないという訳ではない、だがある一定以上の霊圧を開放するとその霊圧はフェルナンド自身に牙を向く様に身体を蝕み、結果緩やかにフェルナンドの身体は自壊していく(・・・・・・)のだ。

普通ならば開放をその一定以下に収めれば良いと考えるだろう。

だが、彼らのいる世界は普通ではない、戦う事、命のやり取りが日常であり当たり前の世界で力に制限がかかっているという事はそれだけで不利。

自らの死を案じるばかりに殺されるのでは本末転倒、それは逃げの思考でありフェルナンドの中にそんな思考は微塵もありはしない。

 

目の前にいるのは間違いなく強敵、それは即ち“求める先”が見えるかもしれない敵、フェルナンドの中にハリベルとの闘いで感じた感覚が蘇る。

ならば何を迷う事があると、いやそもそもフェルナンドに迷いなどないのだ。

単純に敵を打ち倒す為の、殺す為の手段として他の破面と同じように霊圧を開放する、彼の場合そこに自らが自壊していくという事象が追加されるだけなのだと。

 

故にフェルナンドが取る選択肢は唯一つ。

 

 

「だったら魅せてやろうか、俺の“力”を! 俺の本気の霊圧ってヤツを!グリムジョー! アンタのその眼に…… 焼き付けてやるぜぇぇええ!!」

 

 

天に向かってフェルナンドが吼える。

その咆哮に呼応するようにフェルナンドの奥底から膨れ上がっていく霊圧、尚も膨れ上がるそれはフェルナンドという人型の器に収まりきらず、極限まで押し留められた霊圧は、遂に外側へと爆ぜるように溢れ出す。

 

その奔流はまるで業火の様だった。

暴れ狂う紅い霊圧、大気はその霊圧に焼かれ焦がされているかのように震え啼く、その紅い濃密な霊圧の中心に立つフェルナンド。

その紅い業火は、まるでその主たるフェルナンド自身すらも焼き尽くさんとするかのように狂い猛る。

 

そんなフェルナンドの姿を見つめるグリムジョー。

その眼に映るのは先ほどと同じ小さな破面、しかしその破面が纏う霊圧は尋常ならざるものだった。

放つ霊圧だけを見るならば、明らかに彼の全力の霊圧と同等のそれを纏う破面、先程まで自分を殺す等というふざけた事を言い放っていたその破面は今正にそれを実行出来るという事を、自分が同じ次元に立っているという事をその霊圧を持って彼に証明してみせたのだ。

 

グリムジョーは恥じた、舐めていたのは自分の方だったと。

そしてグリムジョーは認めた、王たる自分とこの目の前の破面は同等の力を有していると。

姿形で侮り、怒りに目を曇らせた事への後悔の念の中、ふとグリムジョーは自分の表情の変化に気付く。

 

 

「フ、フハハハ」

 

 

顔へと持っていった手が触れたのはニィと歪む自分の口元。

グリムジョーは嗤っていた、それはもう獰猛な笑みを浮かべていた。

その理由は決まっている、彼の目の前の破面、その破面が魅せた凄まじき力がグリムジョーを奮い立たせる。

 

グリムジョーもフェルナンドと同じなのだ、強くなりたい、何者よりも強くなりたい、その先に己の求めるものがあるのだから、と。

 

 

方や”王”を目指し、方や”生”を求める。

 

 

互いが求めるものを手に入れるには強者の存在が欠かせない、それを打ち倒し乗り越えなければ求めるものは永遠に手に入らない。

そしてそれは今互いの目の前に居た。

互いが互いを強者であると認識し、乗り越えるべき対称だと認識したのだ。

 

即ち目の前の者はどうしようもなく敵である(・・・・・・・・・・・・)と。

 

 

 

 

 

語る言葉はもうそこには存在しなかった。

互い一歩ずつ歩み寄るフェルナンドとグリムジョー。

最早二人の足に走る力は無い、いや、走ることに力を割くくらいならばその力を相手を打倒する事に使おうと歩み寄る。

フェルナンドから溢れ出る霊圧に呼応するかのように、グリムジョーの霊圧も大きくなりそしてフェルナンドのそれも強さを増す。

本来持つ霊圧を超えたその力、純粋に殺す事だけを目指す二人が互いの力を引き出しあうという妙。

迸る霊圧同士が触れ合い、弾け、それでも一歩ずつ近付く二人。

 

遂に互いの手がとどく距離まで近付いた瞬間、二人の拳が同時に奔った。

 

二人の拳が互いに突き刺さる。

そこに防御など一切無い、相手の一撃を防ぐくらいならば相手より一撃多く放り込むまでといった全力での殴り合い。

紅い霊圧を纏ったフェルナンドの拳はグリムジョーの霊圧を突き破りその鋼皮に叩き込まれる。

打ちつけた拳はその膨大な自身の霊圧に守られ、傷つく事は無かった。

対してグリムジョーも、己が水浅葱色の霊圧を纏わせた拳でフェルナンドを殴り続ける。

 

そこに華麗な技や、相手との駆け引きは存在しなかった。

唯両者共に足を止め、一歩も退かぬという気勢だけを滾らせ相手をその拳の射程におさめたまま殴りあうだけ。

 

 

「クククク」

 

「ハッハハハ」

 

 

互いの口から漏れるのは、苦悶のうめき声ではなく笑い声。

最早二人の間にあるのはこの瞬間のみ、唯この瞬間が愉しくて仕方が無いという感情のみ、強者との戦いに魂が震えることの歓喜のみだった。

 

 

「ゴホッ!クハッ!クハハハハハァ!」

 

「フハハッグハッ!ハッ!フハハはハは!」

 

 

辺りに響くのは拳が肉を撃つ鈍い音と、二人の嗤う声だけ。

互いに一歩も引く事無く、その場で殴り合いを続ける二人、それが永遠に続くかのように思えるほどの戦い。

しかし永遠とは幻想でしかない、互いの精神の高揚に対して肉体がそれに追いつかなくなっていく。

フェルナンドは積み重ねたダメージと、自身の開放した霊圧によって蝕まれながらの戦闘に身体は悲鳴を上げ、グリムジョーもまた先程の戦闘によるダメージと霊圧を纏ったフェルナンドの拳によるダメージは限界を超えようとしていた。

 

自身の限界を悟りながらも二人はそれを続ける。

朦朧とする意識の中、一発殴られた事に反応して一発殴り返す、互いに一度も倒れず殴り合いを続ける二人は最早ボロボロだった。

だが止める者は何処にもいない、例え居たとしてもこの二人は止まらないだろう。

求めるもののためならば自らの死すら厭わない、自分というものを通すためならば死しても構わない、死ねば求めたものを手には入れられないという矛盾を抱えながらもそれ以外を知らない。

 

どこか似ている二人だからこそ、目の前にいるもう一人の自分に負けることは許されないのだ。

 

 

 

顔は腫れ上がり、口も切れ血を流し、立っている事すら容易ではなくなった二人が動いたのはほぼ同時だった。

二人共何処にその力を残していたのかというほど、ボロボロの身体から想像もつかないほど強烈な一撃が奔る。

これが最後の一撃、必殺、必滅の一撃である事は誰が見ても明らかだった。

打ち下ろすように迫るグリムジョーの拳と、打ち上げるように伸びるフェルナンドの拳、互いを捉えた拳が同時に両者の顔面に突き刺さる。

首から先が吹き飛ぶのではないかという衝撃が二人を襲う、打ち下ろされ、または打ち上げられた衝撃を必死に堪える両者、互いに倒れまいとするのは意地のみだった。

 

見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー、その構図はくしくもこの戦いの始まりと同じものだった。

絡む視線、互いにボロボロになった相手を見やる。

 

「ハッ…… 」

 

「フン…… 」

 

 

嗤う、ただ相手を見て自然と零れたその笑みに互いが何を思ったのかは分からない。

だがその嗤う声と同時に二人は糸が切れた人形のように崩れ落ち、倒れた。

最早何処にも欠片ほどの力も残っていないというように、膝から砕け、同時に地に伏す二人。

 

だが倒れ方は、両者共に前のめりであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見下ろす女神

 

見届けた戦い

 

現れる嵐を呼ぶ男

 

混沌空間顕現

 

 

 

 

 

 

 


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