BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.15

 

 

 

 

フェルナンドとグリムジョーの激突、壮絶な殴り合いの果て二人は同時に倒れた。

そこに敗者はおらず勝者もまたいない。

霊圧同士が衝突し渦を巻くようだった辺り一体も今は嘘のように静かだった。

 

そんな二人の傍へと上空から降り立つ人影がある。

その人影はふわりと降り立つと、倒れるフェルナンドを見ながら一つ小さな溜息をついた。

 

 

「まったく見事にボロボロだな…… だから奴は別格だ、と言っただろう。 それを馬鹿正直に真正面から挑めばどうなるかなどお前とて判っていたろうに…… 」

 

 

倒れているフェルナンドにそう語りかけるのはハリベルだった。

 

少しの間時間を戻そう。

自身が下した『数字持ち(ヌメロス)を総て打ち倒せ』という試練をこなすフェルナンドをハリベルは影から見張っていた。

虚夜宮のそこかしこで数字持ち達と戦うフェルナンド、ハリベルはその光景を遠く離れた場所から自身の探査回路《ペスキス》を用いる等して見続けていたのだ。

彼女が見ていたフェルナンドは初めこそ力押しだけの下級破面のような戦い方をしていたが、そのままですべてを打倒せるほど数字持ちも弱くはない。

幼く不完全な身体は圧倒的な膂力の前に軽々と吹き飛ばされ、押していた戦況も単純な腕力の差で覆されることもしばしば。

しかしそんな状況の中でもフェルナンドにあきらめた様子はなく、彼は戦いの経験を積む中で劣る力を補おうと戦う方法を考え始めた。

それは無骨な拳技ではあったが時をおくにつれ次第に洗練されていき、無手によって相手を如何に倒すべきかを追求するかの様なその動きは、ハリベルすら時に感嘆するほどのものがあった。

 

順当に数字持ちを倒していくフェルナンド、だがハリベルが感じるその戦いは次第に熱を失っていく。

それもその筈、相手はフェルナンドの容姿のみを見て侮り油断する者も多く、、それは彼にとってこの上なくつまらない感覚。。

そんな戦いが続けば自然とその気勢も萎えていくのが必定、それはフェルナンド本人にすら判らない僅かな感情の下り坂、しかしハリベルから見ればそのまま試練の先に居るであろうグリムジョーに挑むのは、あまりにも愚かな行為だった。

 

グリムジョーとの一戦を前にし、ハリベルは常の通り探査回路を用いるのではなくその眼でフェルナンドの戦いを確かめようと密かに上空で待機していた。

そんなハリベルの眼下に現れたフェルナンドは、案の定下り坂の感情を抱えたままグリムジョーとNo.11の破面と対峙する。

 

危うい、そんな思いがハリベルの内に浮かぶ中、No.11の破面を軽くあしらうとそのままグリムジョーへと向き直ろうとするフェルナンド。

しかしハリベルから見ればその仕草もまたあまりにも迂闊で気の抜けたもの。

あの苛烈な炎の大虚だった頃の彼ならばこんな隙など曝す訳が無い、というほど無警戒にグリムジョーに背を見せるフェルナンド。

数字持ち達との戦いは確かに彼に強さをもたらしたが、弱者との戦いが続いた結果彼の中に僅かな、ほんの僅かな慢心が生まれていた事をハリベルは悟った。

 

結果としてフェルナンドはグリムジョーの背後からの攻撃をからくも回避したものの、傷を負う事となる。

ハリベルからしてみればそれは当然の結果、なんら驚く事などありはしない当然の結果だった。

その後も不用意な攻撃をグリムジョーに捕まり、あわや頭を踏み抜かれそうになるフェルナンドをハリベルはただ見下ろす。

慢心により自ら招いた危機、今後の糧となるであろうそれ、しかしこの危機を乗り越えられねば総ては無意味である。

 

 

(どうしたフェルナンド、お前の力はその程度ではあるまい…… この程度の危機、乗り越えてみせろ )

 

 

そう内で呟くハリベルの言葉が届いたかのようにフェルナンドが攻勢に出た。

変則的な回転蹴り、さらには倒立からの二段蹴りによって流れを掴むフェルナンド、しかしそれらは惜しくもグリムジョーを討つには至らない。

だがその直後フェルナンドに劇的な変化が現われる。

上空のハリベルにすら判るほど明らかに変化したフェルナンドの気配、戦いに打ち震える歓喜、そして溢れる必殺の気概、それは彼女が知るフェルナンド・アルディエンデ本来の気配。

 

 

(ようやく、だな…… 燻っていようと一度でも風が吹けば炎は再び燃え上がる……か。らしい事だ…… )

 

 

そんなハリベルの思考を他所に戦いは加速していく。

先程以上の霊圧を放つグリムジョーが猛攻、それに為すすべなく曝されるフェルナンドではあったがその気配は死んでいない。

そして刹那のタイミングで放たれるのはカウンター、深々と鳩尾に突き刺さるフェルナンドの肘によってグリムジョーが苦悶の声を上げる、かと思われたがそれは間違い。

グリムジョーはそれでも倒れず、苦悶ではなく意地を見せるとフェルナンドに虚閃を撃ち込んだ。

 

 

(あれは少々マズイ、か。 死にはしないだろうが今のフェルナンドではもうまともに動けるかどうかッ!!あの馬鹿者! あんな状態で霊圧を開放にするだと!?本当に死ぬぞ!)

 

 

眼下でグリムジョーの虚閃を何とか耐えたフェルナンドは、己の持つ霊圧を全開で開放していた。

それに驚愕するハリベル、それもそのはず彼女は知っているのだ、その危険性を。

フェルナンドにとって全開での霊圧の開放は自らの肉体を崩壊させ、命を削っているのと同義であるという事を。

その状態のままグリムジョーと殴り合いを始めるフェルナンドを止めるべきか、ハリベルは一瞬迷うが首を横に振りその考えを否定する。

 

 

(……あれは安易な選択ではない。 今までの戦いでも苦戦する場面はいくつもあった。だが、ただの一度もお前は霊圧を開放しなかった。この戦い、グリムジョーという破面が相手だからこそお前は開放を選択したのだな…… そうまでして勝ちたいかフェルナンド…… それを止めると? フッ、無粋だな…… 私は止めん。戦士としての(・・・・・・)お前の戦い、決着の瞬間まで見とどけさせて貰おう)

 

 

眼下では既にボロボロになった二人が未だ殴りあっていた。

一発殴っては一発殴り返され、一発殴られては一発殴り返す。

そんな殴り合いはあまりに無骨で、粗野で、華麗さなど欠片も無いがなぜか美しいとハリベルは思っていた。

互いに最後の一撃が両者同時に入り、崩れ落ちるのもまた同時。

 

 

(決着……だな。 見事だ、お前の戦い確かに見せてもらったぞ、フェルナンド)

 

 

倒れ臥すフェルナンドへの賞賛の言葉と共に、ハリベルはゆっくりとそのフェルナンドの傍へと降りていった。

 

 

 

 

 

砂漠へと降り立ったハリベルは二人へと近付くと、フェルナンドの袴の帯に手をかけ軽々と持ち上げる。

気絶し全身の力が抜けているフェルナンドは、両手両足をだらりと下げたままピクリとも動かなかった。

そのフェルナンドをハリベルは軽く上へと持ち上げ、一瞬帯から手を離すと、そのままフェルナンドの腹部の辺りを脇に抱えるようにして持ち直す。

そしてフェルナンドを確保したハリベルの視線は、地に臥すもう一人に注がれた。

 

 

「さて、コレは回収したが問題はもう一人の方をどうするかだな…… 連れのNo.11の方も直ぐには回復すまい、どうしたものか…… 」

 

 

悩むハリベル、本来ならば彼女がグリムジョーを気にかける必要は無い。

数字持ちのトップといえど上位十刃のハリベルとでは立場が違いすぎる、このまま放置されても文句など言えるものではないのだ。

だがハリベルはそうしようとはしなかった、フェルナンドの死闘、あれはこの破面だったからこそ実現したものでありこの戦いはフェルナンドにとって欠かせないものであったと考えるハリベル。

フェルナンドの成長を望む彼女にとって、それを齎したグリムジョーをこのまま放置するというのは、例え相手が格下であろうとも礼を失する行為に他ならず。

かといってさすがにフェルナンドを抱えたままグリムジョーほどの体躯の破面を抱えてるのは多少無理がある。

いっその事引き摺って行くか? などという考えがハリベルの中に浮かび始めた頃、それは現れた。

 

 

「ジャ――ン!ジャンジャジャンジャジャンジャーン…… ハ――ン……ヘイッ! 美しい淑女(セニョリータ)なにかお困りですかな?それならば吾輩! 破面No.6 第6十刃(セスタ・エスパーダ)!ドルド~~ニ・アレッサンドロ・デル・ソカヂッ!!ッ~~~~~!!!」

 

 

聳える円柱の上から飛び降りながら自らから奏でるリズムに乗って現れた男は、自分の名前を名乗りながら盛大に舌を噛んだようでその場でのた打ち回っていた。

 

目の前で繰り広げられる混沌とした光景、人間で言えば40歳後半程の男性が自分の名前を言えずその舌を噛み、砂漠の上を痛みにのた打ち回り砂埃を立てながらゴロゴロと転がる様はハッキリ言って見るに耐えない、いや、見るのを避け目を逸らしたくなる光景だろう。

それをただ見据えるハリベル、その光景を見ても特に動じた様子もないが彼女の視線は正に氷のように冷え切っていた。

そんなハリベルの視線に気付いたのか、男が砂埃を払いながら立ち上がる。

 

「(な、何のリアクションも無い方が吾輩傷付くのだが……)ウォッホン! 改めまして美しい淑女(セニョリータ)、吾輩は第6十刃、ドルドーニと申します。美しい淑女におかれましてはご機嫌麗しゅう…… 第3十刃 ティア・ハリベル殿とお見受けいたしますが、何事かお困りですかな?」

 

 

ハリベルのあまりの冷たい視線と無反応さに一瞬たじろぐ男、『ドルドーニ』とフルネームを言う事を諦めたその男は、ハリベルの前に向き直ると手を胸元に持っていきながら恭しくその頭を下げハリベルに対して一礼した。

その仕草は先程まで砂漠をのた打ち回っていた男とは思えないほど洗練された動きであり、この男にとってこういった仕草はこの場限りではなくおそらく日常のものだと感じさせるほど自然なものではあったが、その優美さも先程までの残念な光景が全てを台無しにしていると言える。

 

 

「第6十刃…… ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオか、貴様……ここで何をしている」

 

「おぉ! 吾輩の名を覚えて頂けているとは感激の極み、美しい女性とは外面だけでなく内面から輝くものだとは知ってはおりましたが正に溢れ出る知性の輝きとでも申しま…… オ、オホン! 失礼、此処は吾輩の居城 第6宮(セスタ・パラシオ)の敷地内でして、そこで大きな霊圧の衝突が起こりましたゆえ何事かと向かってみれば、この少年(ニーニョ)青年(ホーベン)が闘っているではありませんか。止めようかとも思いましたがこの二人なかなかどうして熱い戦い(・・・・)をしている…… 止めるのは無粋、と吾輩観戦する事にした次第です」

 

 

ドルドーニの歯の浮くような世辞をハリベルが一睨みで黙らせる。

この視線に危ういものを感じたのか、ドルドーニは一つ咳払いをすると一度襟を正し自分がこの場に居る理由をハリベルに語って見せた。

 

ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、破面No.6であり第6十刃、人間で言えば40歳ほどの男性で190cm程はあろうかという長身、白い死覇装(しはくしょう)の袖辺りにフリンジを付けて着飾り、そしてその死覇装を破らんばかりに隆起した鍛え上げられた筋肉と相まって、その身体は更に一回り大きく見える。

額当てのように残された仮面の名残、髪の色は黒く短めに切り揃えられており、綺麗に手入れされた口髭と顎鬚を生やし紳士然とした態度を好む、破面としては古株であるが未だ十刃の地位に座している。

 

というのがハリベルがこのドルドーニという破面に対して持つ情報の総てであり、それも外見と所作からの推測の上に成り立つ部分も多くあった。

だが、なんともこれほど饒舌に話すタイプとは考えていなかったのか、想像を越える展開にハリベルも多少面食った状態と言えるだろう。

 

黙っていれば何時まででもしゃべり続けそうなドルドーニを黙らせ、その場にいた理由を問いただしたハリベル。

聴けばこの場所は彼の居城たる第6宮の敷地であり、そこで霊圧の衝突を感知、確認に来ればフェルナンドとグリムジョーが戦っていたというのだった。

 

 

(ほぅ、この男もしや…… )

 

 

そしてその言葉の最後を締め括った台詞がハリベルの琴線に触れた。

曰く、止めようかとも思ったがあまりに”熱い”戦いゆえ止めるのは無粋とその場で見ていた、と。

大方の反応として己の居城の庭先で暴れる者を見つければ問答無用で止めようとするのが普通である、しかしこのドルドーニという男はその暴れている者の暴れっぷりが気に入ったからとそれをただ見ていたと言うのだ。

 

普通の対応とは明らかに違うそれ、しかしハリベルには少しその気持ちがわかった。

フェルナンドとグリムジョーの戦いはそう思ってしまえるほど見る者を惹きつける力があったのだ。

殴り合う二人の破面、たったそれだけの光景、しかし実力の伯仲し合う者同士がそれぞれ今もてる全力をして相手を踏み越えようとする様は見るものを放さない凄まじさがあった。

それを“熱い”と表現したドルドーニ、二人の戦いぶりから感じ取った凄まじさ、魂に訴えかけるようなそれを表現するのにその言葉は的を射たものだったと言えるだろう。

そしてそれを感じ取れるこの男も、内にその”熱さ”を秘めた戦士なのではないかとハリベルは考えていた。

 

 

 

「なるほど、貴様がここに居る理由は判った…… だが貴様に手を貸してもらう理由が私にはない。コレは私の弟子のようなもの、そしてそこに転がっている男はコレが戦った相手、弟子の後始末ぐらいは師がつけてやらねばな」

 

 

コレ、と脇に抱えたフェルナンドに視線を向けながらハリベルはドルドーニの提案を断ろうとする。

フェルナンドは認めないだろうがハリベルにとって自分の弟子のようなものであり、転がっているグリムジョーはその弟子の成長を促した者、そして弟子の不始末は師の不始末として、自分が何とかしなければいけないしと踵を返しグリムジョーを拾い上げようと手を伸ばしたハリベルに、ドルドーニが物凄い勢いで迫った。

 

 

「い、いけません!美しい淑女! 貴方のようなうら若き女性がこのような野獣の如き若造(ホベンズエロ)に触るなんていけません!断じていけません! 美女と野獣より美女と紳士の方が画になります!いやそれは関係ないですが、なんと言うかもう断じて駄目(マール)!嗚呼、この男のむさ苦しい臭いが貴方の死覇装に移り貴方の天上の花の如き芳しき香りが失われたとあってはこのドルドーニ死んでも死にきれません!そもそも!その吾輩が変わりたいほど羨まし過ぎる格好(・・・・・・・・)で抱えられている少年も、貴方の弟子だと言うから泣く泣く見逃しているというのに…… その上この若造まで貴方に触れられる栄誉に預かれると言うのなら、もういっそ私が少年と殴り合えばよかった!!!」

 

 

地団駄を踏みながらブンブンとまるで子供が駄々をこねるように腕を振り一息に捲くし立てるドルドーニ。

最早その姿に紳士たる優雅さの欠片も無く、その目から血の涙でも流しそうなほど必死な姿は滑稽と言うより寧ろお近づきになりたくない人に分類されるだろう。

後半は最早何を言っているのか判らない支離滅裂な事を口走ってはいたが、要するにハリベルがグリムジョーを運ぶのが気に入らないという事だけはかろうじて伝わっただろうか。

 

途中ハリベルの脇に抱えられているフェルナンドが羨ましいという発言もあったが、この男の冗談だという事にしておく。

 

 

「……ならばどうしろと言うのだ。 貴様がこの男を運ぶとでも?」

 

 

ドルドーニの勢いに若干押され気味のハリベル、というよりこの勢いで捲くし立てられて押されない方がそれはそれで問題である。

妙な圧力を感じながらも、ならばお前が運ぶのかとハリベルが問えばドルドーニはあっさりと答えた。

 

 

「もちろんです美しい淑女。 そもそも女性の荷物を持つのは紳士の務め、このような若造の一人や二人や十人や十三人運ぶのは吾輩にとって造作もない事…… それに吾輩の宮殿の方が此処からは近い。 この若造も瓦礫の下の若造もこのドルドーニが責任を持って介抱いたしましょう」

 

 

腰に手を当てながら胸を反らし、もう片方の手を胸の前に持って来るようにしてポーズをとりながらドルドーニが高らかに宣言する。

ハリベルに運ばせるぐらいならばグリムジョーも、そして瓦礫の下敷きとなっているシャウロンも自身が面倒を診る、と。

そう言うやドルドーニは「失礼、美しい淑女」と一言ハリベルに頭を下げると、グリムジョーへとピョンピョンと軽くステップを踏みながら近付き、そしてグリムジョーの死覇装の首の辺りを猫を持ち上げるように親指と人差し指でつまむ。

 

 

「ハッハッハ~。 残念だったな若造、美しい淑女の変わりにこの吾輩がお前を診てやろうではないか!その光栄さに打ち震えるがいい 」

 

 

何故か勝ち誇ったように気絶しているグリムジョーに話しかけるドルドーニ。

そうしてドルドーニは自然に、ごく自然にまるで床に落としたモノを拾うかのように自然な仕草で、グリムジョーの身体を腕を伸ばしたまま自身の頭上高くまで持ち上げたのだ。

 

 

(あの男…… 自分とそう背丈の変わらない男をああも簡単に持ち上げるとは…… 伊達に十刃の座にいる訳ではない、ということ…… )

 

 

ハリベルが驚くのも無理はなかった。

ドルドーニとグリムジョー、身体の大きさで言えばドルドーニの方に歩があるが身長はさほど変わらない。

その者を片手で持ち上げる膂力、しかも無理をしている様子はまったく見られずまるでグリムジョーの体重が失われたのかと錯覚させられるほどの気安さ、それを感じさせるという事はドルドーニが纏う筋肉の鎧が見せかけではなく鍛え上げられた実戦の為のモノだということをものがたっていた。

 

ハリベルはふと思う。

今まで自分は上だけを見ていたと、自分より下にいる者は身内以外には目もくれずただ上を、力を求めていたと。

己の理想のためには力が要る、二度と仲間が犠牲になる事が無いよう、それを実現するための力をただ求め続け下を見ることを怠っていたと。

 

だが今、目の前にいる男は下位の十刃であろうとも充分に力を持っている。

それがどれほどのものかは判らない、しかしそれは天賦の才ではなく、己に満足せず鍛錬を重ねた末の強さである事がハリベルには判った。

男の持つ“厚み”がそれをものがたっていたのだ、多くの苦汁を舐め、敗北を経験しながらも諦めず強者へと挑み続けた生き様の”厚み”。

軽薄な言動の裏に確かに存在するそれをハリベルは見ていた。

 

 

(この男もグリムジョーも、そしてフェルナンドもそうだ、下を見ればこのような者達がまだまだいるのだろう。フェルナンドという存在を目にしていながらも私は気がつかなかった…… 私も存外余裕の無いことだ…… 理想を追うばかりに囚われ周りが見えていないとは……な。こんな私がフェルナンドの挑戦を“受けてたつ”だと?フッ、笑わせる…… コレはもう一度、己に更なる磨きをかけなけねばなるまい…… )

 

 

気が付かなかった、いや気付こうとしていなかった現実。

下から頂きを目指し(きざはし)を上る者達、力と才を持ちハリベルの居る場所を、そして更にその上を目指す者達がいるということ。

それに気付いたハリベルは今一度その気を引き締める。

もう一度己を鍛えなおし、下から昇る者達の壁たらんがために、と。

 

 

「礼を言おうドルドーニ、貴様のおかげで私は気が付くことが出来た」

 

 

そうしてこの事実に気がつかせてくれた張本人、ドルドーニに感謝の言葉を述べるハリベル。

感謝されたほうのドルドーニといえば、そんな言葉が自分に向けて飛んでくるとは露も思っていなかったのだろう、ハリベルの言葉に目は点となりポカ~ンと口をあけたまま放心状態となっていた。

 

 

「……ッハ! な、なんともったいないお言葉!こんな襤褸切れが如き若造を運ぶだけの事に礼など不要です美しい淑女!」

 

 

放心状態から復旧したドルドーニが慌ててハリベルに答える。

ハリベルの礼をグリムジョーを運ぶ事に対してと勘違いしたのか、滅相もないとどこか恐縮した様子のドルドーニ。

片手に持ったグリムジョーを振り回しながら世辞を繰り返す姿もまた紳士とは懸離れているが今は仕方が無いだろう。

 

そんな世辞がひと段落し、ドルドーニが瓦礫に埋まるシャウロンの元に向かおうとする前、彼がハリベルに向き直り話しかける。

 

 

「それにしても美しい淑女は良い弟子をお持ちですな。少年のあの戦いぶり…… まだまだ荒削りにも程がありますが見ている者を熱くさせる、ただ愚直に進むその様は見ていて実に面白かった…… 吾輩も久しぶりに血が滾る思いでしたな 」

 

 

そう言ってハリベルに抱えられているフェルナンドへと視線を落とすドルドーニ。

その視線、瞳の奥には紳士然とした振る舞いとは別の、嵐のように激しい戦士の姿が映っていた。

ドルドーニの戦士の部分がフェルナンドとグリムジョー、二人の死闘によって奮い立っていたのだろう。

そしてその顔は今までのようなおどけた様な表情ではなく、戦う男のそれ(・・・・・・)だった。

 

 

「……おっと、コレは失敬。 このような顔は女性の前で見せるものではありませんな」

 

「いや、そのふざけた顔より先程の方が幾分かマシだった」

 

「ハッハッハこれは手厳しい…… しかしその少年は本当に面白い。いつか戦ってみたいものですな、あぁ無論吾輩が勝ちますが」

 

 

自分の顔が戦士のそれになっている事に気付いたドルドーニがハッとして慌てておどけてみせる。

そんなドルドーニの慌てぶりにハリベルは、先程の戦士としての表情の方が今よりはまだマシだったと皮肉気に答えた。

互いに小さな笑いが漏れ、ドルドーニがおどけたように空いているほうの手を上げ、降参のポーズをとる。

そうして放たれた最後の言葉、何気ないその言葉に、いつか戦ってみたいというその言葉に、ドルドーニの本心が隠れているであろうことにハリベルは気がついた。

 

所詮戦いに生きる者はそれでしか互いを計れず、知る事も出来ないのだから。

 

 

「その言葉、コレが聴けば直ぐにでも貴様の下に飛んでいくだろうな」

 

「ハハ、残念ながら今の少年では吾輩の相手にはなりませんよ。……強く御育てなさい。その少年は伸びる…… 育て方次第で際限なく、何処までも……ね。ではそろそろお暇いたしましょうか。 ではアディオス、美しい淑女」

 

 

去り際におどけた顔ではなく、戦士としての顔で真剣にハリベルに言葉を伝えるドルドーニ。

『強く御育てなさい』と、それはフェルナンドのためを思っての言葉であるのと同時に、いつかこの先自分がフェルナンドとまみえることがあった時の事を幻視した言葉だったのかもしれない。

そう言って片手でグリムジョーを掴んだまま恭しく頭を下げたドルドーニは、円柱から飛び降りてきたときと同じリズムを口ずさみ、ステップを踏みながらシャウロンの埋まる瓦礫の方へと跳んでいった。

その後姿を見ながらハリベルは小さく呟く。

 

「ドルドーニか…… 喰えん男だ…… 」

 

 

そう一言呟き、踵を返すハリベル。

フェルナンドを脇に抱えたままふわりと砂煙も立てずに跳び上がると、一路自らの居城たる第3宮へとその歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姦しい

 

嗚呼姦しい

 

姦しい

 

女三人

 

寄らば姦し

 

 

 

 

 

 

 

 


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