BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.17

 

 

 

 

 

アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンといったハリベルの従属官三人がいなくなった部屋に残されたフェルナンドとハリベル。

若干影がかかったようなハリベルの背中、自分の従属官に邪険にされたのがよほどショックだったのか、心なしか肩も少し落ちているような気がする。

普段の毅然とした態度でいる彼女からはなかなか想像し辛いその姿、こと“戦い”という部分に関しては何処までも厳しく勇ましい彼女だが、一歩そこから離れると突発的な出来事や感情の触れ幅が多少大きくなるのかも知れない。

 

生きるため戦うしかなかった彼女にとって今手にしているこの環境は、初めての事も少なくないのだろう。

戦士として完成されている故にそれ以外の部分が追いついていないような、そんな印象を受けるどこか人間くさい(・・・・・)彼女の姿、しかしそれも次第に霧散し常の彼女の纏う雰囲気へと戻っていった。

 

 

「フェルナンド。 その身体、未だ全快には程遠いだろう?今はもう少し休め…… どうした?そんな顔をして…… 」

 

 

起き上がってはいるものの、未だフェルナンドの身体がボロボロであることをハリベルは理解していた。

故にもうしばらく休めと言うハリベル、しかし見ればフェルナンドは奇妙な表情をしていた。

常に自信に満ち、皮肉気に歪めた口元をした表情ではなく、半眼でやや視線を落としたようにしているフェルナンド。

苛烈な彼の雰囲気はそこには無く、ただ何事か考え込むような表情は日頃の彼と明らかに違うものだった。

寝台に腰掛け、立てていた片膝に肘を乗せ頬杖をつきどうしたと問うハリベルのほうへ視線を向けずそっぽを向いたままフェルナンドが、ハリベルの問いにポツリと答える。

 

 

「別に大した事じゃねェよ…… ただ、俺はグリムジョーの野郎に負けちまった(・・・・・・)んだな、と思っただけさ」

 

 

ハリベルの方に視線も向けず答えたフェルナンド、その言葉にハリベルは驚いた。

“負けた”

フェルナンドの口から出たその言葉、結果だけを見れば相討ちによる“引き分け”と言える先の死合、しかしフェルナンドはそれを自らの負けと言い切った。

彼が負けたと口に出した事もそうだが、ハリベルを驚かせたのはそのあまりにあっさりとした言い様。

 

負けるとは死ぬ事。

 

それがフェルナンドの戦いの哲学。

その彼が3度も負け、そして生き延びたのだ。

ハリベルの知る、いやハリベルが考えるフェルナンド・アルディエンデという破面の性格から考えれば、今“負けた”などという事をそう簡単に口走る筈も無く。

そしてなによりそれを口に出したときの表情はもっと憤怒や屈辱に歪み、大きな感情の爆発を伴うものであるはずだった。

 

だがしかし、今目の前であっさりと負けたと口にする彼の表情は、憤怒も屈辱も一切窺うことは出来ない。

強いてその表情を表現するならば“惚けている”、簡単に言えばぼーっとしているという状態。

あまりにハリベルの想像と違うフェルナンドの態度、しかしその口から負けたという言葉が出た事もまた事実、故にハリベルは問う、その問の答えも全て判った上でそれでもフェルナンドの口からそれを聴く為に。

 

 

「ほう…… 両者同時に攻撃し、両者同時に地に倒れ両者同時に気絶した。見事なまでの引き分けの様に見えたが、お前はそれを負けと言う…… 何故だ? “勝ち”では無いにしろ“負け”より”引き分け”の方がマシだと思うがな…… 」

 

 

それはどこか甘い言葉、負けではなく引き分けでもいいのではないか、傍から見れば結果は引き分けに見えた、ならばそれでいいではないか、と。

あえてそう口にするハリベル、これでその言葉に乗ってしまうようでは自分の見込み違い、すぐさま此処から放り出して以降一切の関りを持たない、そんな考えを内に抱きつつしかしフェルナンドがそんな愚か者ではないとどこか確信めいた予感を持っての言葉。

その言葉にフェルナンドは顔を背け、頬杖をついたまま答える。

 

「その口ぶり、見てやがったかよ。 なら何が引き分けだ…… コッチは出せる全力を出し切ってボロクソになったが、アノ野郎は解放どころか斬魄刀すら(・・・・・)抜いて無ぇ…… それでも野郎を倒したから引き分けだ、なんて恥知らずな事口が裂けても言えるものかよ。あれは俺の”負け”だ 」

 

 

発する声にもあまり鷹揚は無く、ただ淡々と事実のみを口にするようなフェルナンド。

しかし、その口から発せられた言葉はハリベルの考えた通りのものだった。

 

確かに結果だけを見ればフェルナンドとグリムジョーの死合は引き分けで幕を下ろした、だがその内容を今一度良く見ればその評価は確実に変わってくる。

(ワザ)をもって戦うフェルナンドと霊圧による肉体強化で戦うグリムジョー、両者の戦いは霊圧で勝るグリムジョーが勝つかと思われたが、業を巧みに用いたフェルナンドが一矢を報いフェルナンドの捨身の霊圧解放により戦いは五分へ、そして両者相討ちでの引き分けとなった。

客観的に先の戦いを見ればこんなところだろう。

 

しかしこの戦いには大きく欠けた部分がある。

 

肉体、あくまで人型としての戦闘(・・・・・・・・)ならばそれもいいだろう、だが『破面』という存在の戦いでの真骨頂はそれではない(・・・・・・)のだ。

破面化と共に別れたもう一つの姿、斬魄刀という刀の姿に押さえ込んだその本性、破面化で高位への昇華した肉体に更に己が力の本性を回帰させる『帰刃(レスレクシオン)』こそが破面の戦いの真骨頂なのだ。

 

もう一度戦いを振り返る。

フェルナンドとグリムジョーは互いの拳足をもって(・・・・・・)戦った、最後まで、力尽き倒れるその時まで殴り合って(・・・・・)戦ったのだ。

刀を持たないフェルナンドならばそれは当然、己の武器はその拳と足のみ。

しかしグリムジョーは違う、その腰にはしっかりと己の分身たる斬魄刀を挿しているのだ。

フェルナンドは拳足をもって全力で戦った、だがグリムジョーからすれば斬魄刀を使わずに(・・・・・・・・)戦ったのがあの死合なのだ。

 

出せるギリギリの力をもって戦ったフェルナンドと、ある意味余力を残していたグリムジョー。

だがグリムジョーも決して無意味な余裕から斬魄刀を抜かなかったわけではないのだろう。

グリムジョーからすれば自分を舐めた態度で挑んでくるフェルナンド。

そのフェルナンドが斬魄刀を持たず、使わない状況で自分だけがそれを抜き放ちあまつさえ解放して戦うなどという事を、グリムジョーのプライドが許さなかったのか。

あくまで同じ土俵の上に立ち、同じ条件下でフェルナンドを殺す事で自分が上であると証明して見せようとしたのかそれは定かではない。

 

結果、余力を残す形となったグリムジョーと相討ちとなったフェルナンド。

全力は出し切った、しかし相手に全力を出させる事ができず倒れた、そんなものは負けだろうとフェルナンドは言っているのだ。

 

 

 

そんな言葉を零すその姿はやはり常の彼とはあまりに懸離れていた。

戦いの結末に、勝敗にこだわるフェルナンドが、どこか自分が負けたことなどどうでもいいような態度をとっている。

ハリベルにしてもそれは不可解ではあった。

 

 

「ならばどうする? その傷が癒え、グリムジョーの傷も癒えればまた直ぐにでもお前はヤツに挑むのか?」

 

 

ハリベルは更にフェルナンドの奥深く、その考えを覗こうと質問する。

一体彼が今何を思い、考えているのか、それを知らねばハリベルがこの場所に来た本当の(・・・)目的を果たす事などできなくなっていた。

 

「わからねぇ…… それがわからねぇんだよ、ハリベル。いつもの俺なら今すぐにでも飛び出して野郎に殴りかかってるはずだ。だが、今の俺にその気は無ぇ…… 俺はどっかおかしくなっちまったのかもな。アンタとやり合った時みたいにビビッて退いた訳でもねぇ…… じゃぁコイツは何だ? すっきりしねぇこの感じは何だ?空虚とは違うこの重てぇ感情は一体なんだってんだよ……」

 

 

ハリベルの問にフェルナンドから言葉が零れる。

グリムジョーに挑むのかと問われたフェルナンドの答えはなんと“否”だった。

負けたという屈辱、彼ならば耐えられないであろうそれをして尚フェルナンドは挑まない、挑む気がないと言う。

そうしてハリベルの問に答えるにつれ、フェルナンドの表情に変化が現れる。

半眼で惚けていたような表情から徐々にだがその顔に別の表情が形作られていく。

頬杖をやめ、しかしその視線は落としたままでその手を胸の前へと持ってくると、純白の衣を片手で強く握り締めるフェルナンド。

 

そして胸の中心を掴むようにしている彼に浮かぶ表情は”困惑”だった。

自分が何故グリムジョーに挑もうとしないのか、それは一体何故なのか、そして掴んだ胸の更に奥にこびり付くようにしてある重い重い感情の正体は一体なんなのか、その全てをフェルナンドは計りかねている様だった。

 

ハリベルはそんなフェルナンドを黙って見つめる。

フェルナンドの抱える感情、その正体、グリムジョーという破面と戦った事で生まれたソレ、その理解しきれない感情の荒波をハリベルは見抜き、どこか嬉しくもありまたどこか寂しさも感じていた。

 

 

「ハリベル、アンタならコイツが何なのか分かるのか?アンタとの戦いで感じた“恐怖”とは違うこの感情がなんなのかを…… 」

 

 

顔を上げたフェルナンドがハリベルに問う、この不可解な感情はなんなのかと。

彼がはじめてハリベルと戦い、そして初めて負けたときに感じた感情、命削る戦いの中でハリベルの一撃にその身を曝した瞬間に感じた初めての感情

 

“恐怖”

 

フェルナンドは今自分の内にあるこの不可解な感情がその恐怖に近しく、だがしかし非なるものではないかと感じていた。

故にフェルナンドはハリベルに問う、自分にはじめて恐怖を齎した彼女ならばこの似て非なる感情を知っているかもしれないと考えた故に。

そんなフェルナンドの問にハリベルは静かに答えた。

 

 

「……ソレは“畏れ”だ。 フェルナンド、お前はグリムジョーを畏れているのだ……」

 

「ッ! ふざけんな! 俺はアイツにビビッてなんかいねぇ!!」

 

 

ハリベルの答えはフェルナンドの考えを否定した。

 

“畏れている”

 

ハリベルの口にしたその言葉、“恐怖”と“畏れ”

言葉は違えどその意味はほぼ同じ、それ故にフェルナンドはその言葉を否定する。

自分はグリムジョーを恐れていないと、それは恐らくフェルナンドの本心からの言葉であるしハリベル自身もそれは分かっていた。

あの戦い、グリムジョーはどうか定かではないがフェルナンド自身は心底愉しくて仕方がなかったのだろう、己と同等の力を持ち己の全力を持ってして打倒しきれるかわからない相手、伯仲した実力の者同士の戦いは格別のものがある。

 

だがそれ故に、そんな戦いであったが故にハリベルは確信していた、フェルナンドが“畏れ”ていると。

 

恐怖と畏れ、言葉は違えどその言葉の(・・・)意味はほぼ同じ、ならばこの場でその言葉それぞれが示す内容(・・・・)こそが重要であり、ハリベルの言う畏れと、フェルナンドの言う恐怖には明確な差が存在していた。

 

「確かにお前はグリムジョーとの戦いの中で“命を失う恐怖”を感じながらも、それに屈する事無く戦い抜いた…… だが戦いが終わり、こうして目を覚まして冷静にその戦いを振り返った時、お前は気付いてしまったのだろう。自分とグリムジョーの“差”に、グリムジョーに手加減されていたかもしれない(・・・・・・・・・・・・・・)という現実に…… 」

 

「うるせぇ!! 俺はそんな事考えちゃいねぇ!勝手に俺の事を分かった風な口を効くんじゃねぇよ!!」

 

 

“命を失う恐怖”

戦いに身を置くものにとって決して切り離す事のできない感情、そして切り離してはいけない感情。

戦士と獣を別ける境界線、分水嶺であるその感情こそフェルナンドの言う恐怖。

その感情を胸に抱きながらもフェルナンドは戦ったのだ、グリムジョーという強き破面と、同等の力を持つと思った相手だからこそその全てを出し切り勝利しようとしたのだ。

しかし、それ故にフェルナンドに芽生えた新たなる感情、ハリベルはフェルナンドの再度の否定を無視して言葉を続ける。

 

 

「いや、お前は畏れているんだフェルナンド…… グリムジョーという破面を、この虚夜宮(ラス・ノーチェス)に来て初めて“対等”な戦いが出来た相手が更なる力を持っていたという現実、自分が対等だと認めた相手が自分以上の力を持っていたという現実…… 」

 

「止めろ…… 黙れ、ハリベル…… 」

 

 

ハリベルが紡ぐ言葉の一つ一つがフェルナンドの内面を暴いていく。

他者が安易に踏み込むべきではない領域、それを暴かれる不快感がフェルナンドの内にじわじわと広がっていく。

だがそれに不快感を感じるという事実、それこそハリベルの言葉が真実であるという証明。

 

ハリベルは言葉を紡ぐ、彼女とて不快感を感じている。

己が内を他者に暴かれるという不快感と同等のそれ、他者の内に土足で入り込み暴き立てるという非道。

しかしそれをして尚ハリベルは言葉を止めない。

フェルナンドという破面が向き合わなければならない現実を伝えるために。

 

 

「お前は”畏れ”ているのだ。 自分が対等だと認めた相手に、自分が全力で挑み戦った相手に、“力”を使うに値しない…… その価値が無い存在(・・・・・・・)だと、そうグリムジョーに失望されているのではないかという事に対する畏れ…… それがお前が抱えた感情の正体だ 」

 

「ッ…… 」

 

 

ハリベルの告げた言葉に押し黙るフェルナンド。

それはハリベルが語る言葉によって己の感情の正体に気付き、それを認めたが故の沈黙。

 

価値が無い存在、それは必要とされず在っても無くても同じである存在、故に無価値、故に存在しない存在(・・・・・・・)

対等の存在である、それだけの力が自分にはある、その自負の裏で相手にその価値なしと、それに足る存在ではないと思われそして失望される悲しさ。

そしてそう思われているかもしれないという恐怖、フェルナンドの中にあるのは“命を失う恐怖”ではなく、自身が“取るに足らない存在という恐怖”、グリムジョーに失望されたのではという“畏れ”だとハリベルは言った。

 

『好敵手』という言葉がある。

同等の実力の者同士、戦えばどちらに勝利が訪れるかなど分からず、ほんの小さな切欠、瞬間がそれを左右するほど実力の伯仲した者同士のことを指さす言葉である。

フェルナンドはグリムジョーと戦う中で、無意識に彼の事を好敵手であると、この者だけには簡単に負ける事は出来ないと感じていた。

それは互いの戦いに向かう姿勢がどこか似通っている様に感じたからなのかもしれない。

互いに目指すものの為にそれを妨げるモノ、立ちはだかるモノの全てを悉く粉砕しその身が朽ち様とも決してそれを諦める事が出来ないという不器用さ。

似通っているからこそ、だからこそこの者だけには負けられない、その思いがフェルナンドに強く根付いていた。

 

しかし、相討ちの末気絶し目覚めたフェルナンドが冷静にあの戦いを思い返すと、其処にあるのは無様な負けという結果だけ。

戦う事に、グリムジョーという対等の存在と戦う事に夢中だったフェルナンドが気付けていなかった現実が其処にはあった。

そして同時にこみ上げてきた感情、自分は加減されて戦い、いい様にあしらわれそして負けたのだと。

更なる力をその身に持ちながらそれを使うに値しない、その価値が無い存在であると、そう思われているかもしれないという現実が其処にあり、それはフェルナンドにとってあまりに悔しく、そして怖ろしい事だったのだ。

 

ハリベル程の実力者に挑み加減される事と、グリムジョーという恐らく対等であろう者に挑み加減され負けるという事。

その違い、フェルナンドとて口では『アンタを殺す』と言っているが、実際今のままでそれを成す事が非常に困難であるとも分かっていた。

それ故に己を鍛え、ハリベルの誘いにも乗った上でこうして力を付け様としているのだ。

 

しかし、グリムジョーはおおよそ今の自分と同等であるとフェルナンドは考えていた。

同等の実力者、虚夜宮で出会う初めての好敵手、その相手に手を抜かれていたかもしれないという現実。

それがフェルナンドを苦しめる、手加減された事もそうであるし何より自分が好敵手だと思った相手に、自分の存在を認めさせる事が(・・・・・・・)出来なかった己の“弱さ”。

自分が心底認めた相手であるが故に、その相手に失望され蔑するモノとして見られる事を、フェルナンドは奥底で畏れたのだ。

 

 

「…………そうさ…… 俺は野郎を倒す事も、認めさせる事も、刻み付けてやる事も出来なかった…… なら俺はどうすればいい? グリムジョーの野郎は俺にその力を残したまま戦いやがった。なら俺はどうすればいい…… 野郎に俺という存在を刻み付けるにはどうすればいい…… 今のまま(・・・・)じゃぁダメだ。 今のままじゃ野郎の前に俺は…… 立てねぇ…… 」

 

 

長い沈黙の後にフェルナンドから言葉が零れる。

それはグリムジョーを恨む言葉ではなく、己の力不足を、不甲斐なさを、己の弱さを嘆く言葉。

畏れることは己の弱さで相手を失望させてしまった事、それを拭い去るには今のままでは不可能だと、今のままでは先の二の舞、いやそれ以下の結果となるのは目に見えている。

故に今のままではグリムジョーの前に立つことは出来ないとフェルナンドは苦々しく言葉を紡ぐ、そしてその悔しさのあまり強く握られた拳からは、赤い雫が滴っていた。

 

そんなフェルナンドの姿を黙って見ていたハリベルが、フェルナンドの腰掛ける寝台に近付く。

その瞳は何を思うのか、真っ直ぐにフェルナンドを見据えていた。

 

 

「悔しいか、フェルナンド…… 自分の力が奴にとどかない事が、自分の力を奴に示せなかった事が、自分の弱さ故に相手を落胆させてしまったかもしれない事が…… 」

 

「あぁ、悔しいね…… ハリベル、アンタに負けた時よりも…… いや、今迄で一番悔しい。 アノ野郎にだけは負けられねぇ、グリムジョーの野郎にだけは…… このままじゃ終われる訳がねぇ…… 」

 

 

ハリベルの言葉に悔しさを滲ませながら答えるフェルナンド。

惚けた様な、どこか他人事のように自分を語っていた彼の姿は其処にはなかった。

負けたことへの屈辱や怒りはやはり無い、しかし今、彼にあるのは悔しさと不甲斐なさ、そして絶えぬ闘志だった。

 

 

「そうか…… ならば“コレ”を取れフェルナンド。この一振りをもって己の内の“畏れ”を断ち切るがいい」

 

 

絶えない闘志、失われていなかったそれを確認したハリベル。

そして彼女はその手に先程から握っていたモノをフェルナンドの眼前へと示した。

それを見たフェルナンドの瞳が大きく開かれる。

 

 

「そいつは俺の…… だがハリベル、俺はまだそいつを受け取る訳にはいかねぇ、俺はまだ……」

 

 

フェルナンドの眼前にハリベルが差し出したもの、それは“刀”だった。

ただの刀ではない、それはもう一人のフェルナンド・アルディエンデといっても過言ではないモノ、フェルナンドという破面の本性、本質、本能を詰め込んだ一振り、ただ一振りだけの彼だけの斬魄刀だった。

しかしフェルナンドはそれを取る事に躊躇いを見せた、それもその筈その刀を受け取る為の条件を彼は満たせていないのだ。

 

『数字持ちを全て倒す』

それがこの刀を手にする条件、しかしフェルナンドはそれを満たしていない。

グリムジョーとの戦いを彼本人が“負け”であると認識している以上、それを取る事は彼の矜持が許さないのだ。

刀を前に躊躇うフェルナンド、しかしそんな彼にハリベルは辛辣な言葉を浴びせる。

 

 

「フェルナンド…… お前のその意地と誇り高い姿勢は賞賛に値する。しかしその意地が、誇りが今お前の枷となっている。何故躊躇う、あの者に己を認めさせようとするお前が、私に悔しいと言ったお前が何故躊躇う。誇りを護る事は尊い事だ、だが誇りに縛られ(・・・・・・)道を誤るのは愚かな事だ」

 

 

誇りとは魂の尊さ、魂の気高さだ。

それに従い護る事は自分という確固たる意志を貫くことと同義。

だがハリベルは言う、誇りを護る事は尊いがしかし、誇りに縛られる事は愚かな事だと。

己の誇り高き姿を護る為に頑として譲らず、己の考えに固執する事は誇りを護る(・・・・・)事ではなく誇り高い自分(・・・・・・)という虚像を護る事。

そんな愚かな行為はお前には似合わないと、そう告げるハリベルは更に言葉を続ける。

 

 

「目の前に、お前の目の前に強くなれる可能性があるというのにそれを取らない事は、誇りを護る事ではない。お前の求めるものは何だ? その為に必要なものは何だ?その意地を通すことか? 頑なにこの刀を取らない事か?本当にそうなのか?」

 

 

ハリベルの言葉に彼女らしからぬ熱が篭る。

躊躇いを見せるフェルナンド、何処か覇気のないフェルナンド、そんな彼をハリベルは知らない。

ハリベルの知るフェルナンドは烈火の如き戦士なのだ、その彼が今見せる姿をハリベルは好ましいものと思えなかった。

そんな彼女の思いが更に言葉によって紡がれる。

 

「私はお前がこの刀を持つに相応しい者となったと、ただ力という“刃”を振り回すだけの愚か者ではなく、それを制する“鞘”を持った戦士となれると感じた…… 故にコレを渡す事に決めた、私がそう決めたのだ。どうしても自分の意思でコレを取れないというのなら私に押し付けられたと思えばいい。仕方なく受け取ったに過ぎないとでも思えばいい。だがらコレを取れフェルナンド…… 私に、これ以上そんな姿を見せてくれるな……」

 

 

フェルナンドへと紡がれるハリベルの思い。

それはフェルナンドの成長を認める言葉、刀を取るに足りると、私に挑むに足るであろう資質を見せたと、そうフェルナンドに言っているようにも聞えた。

故に刀を取れと、一時の意地に流され可能性を閉ざしてくれるなと、ハリベルは諭す様に語り掛ける。

どうしてもダメならば自分が押し付けた事にしてもいいと、そうまでしてハリベルはフェルナンドのこの状態を解消しようとする。

それは彼の為でもあるし何より彼女自身のため、烈火の戦士の消沈を彼女は見ている事が出来なかった。

 

そんなハリベルの言葉を黙って聴いていたフェルナンド。

瞳を閉じ、考え込むようにしてその言葉を聴いていたフェルナンドがゆっくりとその瞳を開き、真っ直ぐハリベルを見つめそしてバツが悪そうに小さく舌打ちをすると、ハリベルに言葉を返す。

 

 

「……いいか、これは俺の意思(・・・・)だ。決してアンタに押し付けられた訳でも仕方なくでもねぇ。俺が俺の為に決めた事だ。 だからハリベル…… アンタこそ、俺の前でそんな顔するんじゃねェよ……」

 

 

そう言ってフェルナンドは眼前に差し出されていた刀を手に取る。

フェルナンドにしっかりと握られたその鞘、肌に吸い付くように自然にその手の内に収まるそれ、もう一人の自分と出会ったような、欠けていた一部が戻ったような奇妙な感覚をフェルナンドは覚えた。

彼が彼の意思で、彼自身の為に取ったその刀、それはフェルナンド・アルディエンデがまた一つ戦士として成長した証でもあった。

そして何よりそうさせたハリベルこそが彼の成長の重要な因子だったのだろう。

 

フェルナンドが見たハリベルの表情、それはフェルナンドに己の小さな意地を曲げさせるに足るものだったのだから。

 

 

刀を取ったフェルナンドをハリベルはどこかホッとしたような表情で見つめる。

しかしその柔和な雰囲気はまた直ぐに霧散し、戦士としての顔の奥に隠れてしまった。

 

 

「フェルナンド、少し刀を抜いてみろ 」

 

 

戦士ハリベルがフェルナンドに刀を抜いてみる様促す。

フェルナンドは言われた通りその紅い柄に手をかけると、鞘から刃を少し引き出した。

引き出された鈍色(にびいろ)の刃、何の変哲も無いその刃、フェルナンドはそれをじっと見つめ一頻り見つめ終わるとゆっくりと刃を鞘に戻した。

 

「何が見えた……」

 

「……俺だ、俺が見えた。 荒れ狂うような猛火、立ち昇る炎の渦。猛々しい炎の……海 」

 

 

ハリベルの問いかけにフェルナンドが答える。

その鈍色の刃に映るもの、他者が見てもそれは見えずその持ち主たるフェルナンド故見える光景。

それが見えたのは彼の成長の証なのだろうか、刃に映りこむ己の瞳の奥かそれとも刃自身にか、或いはその両方なのかは判らないが、しかしフェルナンドにはハッキリとその光景が見えていた。

 

猛々しい炎の海、火柱が立ち昇り紅い波がうねる雄々しき炎の姿が。

 

 

「それが…… それこそが本当のお前の姿だ。見失うなよ、フェルナンド…… 」

 

「あぁ、俺はもう見失ったりしねぇよ……俺は強くなる。強くなって奴にも、そしてお前にも俺を……刻み、付けて、やる…… ぜ…… 」

 

 

刃に映るその姿、それこそが本当の自分である。

ハリベルはそれをフェルナンドに告げた、そしてそれをもう見失うなとも。

己という存在の根幹、それさえ失わなければ例え迷い揺れようとも倒れる事はない、フェルナンド・アルディエンデという存在は常に在るとハリベルは伝えようとしたのだ。

そんなハリベルの言葉にしっかりとその瞳に意思を灯して答えたフェルナンドだが、ボロボロの身体とそして無理矢理覚醒していた意識は限界を迎えたのか、遂にそのまま寝台へと倒れてしまう。

 

あまりにも急に眠りに落ちてしまったフェルナンド。

それは無意識の緊張から解き放たれた故なのか、単純に肉体的に限界だったのか、だが今はそれを知る必要も無かった。

そんなフェルナンドの眠る寝台に、ハリベルが一歩ずつ近付く。

ゆっくりと小さな寝息を立てるフェルナンドを見るハリベル。

其処には己の弱さを悔いていた戦士も、また強き烈火の戦士もおらず、ただ一人の少年が眠るのみ。

 

フェルナンドの寝台にゆっくりと腰掛けるハリベル。

そしてフェルナンドの髪に指を掛けると、ゆっくりと、そしてやわらかくその手で(くしけず)る様に撫でる。

何を言うでもなく、ただフェルナンドの髪を梳くハリベル。

その瞳は戦士のそれではなく、ただ深い優しさを湛えている様にも見えた。

 

そして、ゆっくりとした時間だけが過ぎていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獣の王

 

目覚めるは混沌空間

 

嵐の男

 

眼に映る

 

未来の闘争

 

 

 

 

 

 

 


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