BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.17.5

 

 

 

 

 

 

彼が目を覚ますと、其処に見えたのは偽りの青空ではなく白い天井だった。

予想とは違う光景、しかし彼はそのことを然程気にするでもなくその視線はただ天井を見ていた。

恐らく彼が今視ているのは天井などではなく彼の意識が失われる直前の風景、前後不覚、意識を失う前に自分が何をしていたのか、それを彼は思い出そうとしていた。

 

誰かが笑う声、金色の髪、激しい怒り、それらが少しずつ彼の記憶の奥から浮かび上がる。

浮かび上がるそれは次第に鮮明になり、ぼやけていた出来事の輪郭もその形を取り戻すように再度形作られていく。

痛みと驚愕、強烈な意思、そこで彼は自分が戦っていた事を思い出す。

そしてその相手を思い出そうと更に記憶の奥に踏み込もうとした瞬間、見えたソレによって彼は全てを思い出した。

 

彼が見たそれは”瞳”

彼を射抜かんばかりに見据えるその瞳、それは血を湛えたかの様に色濃くしかし一方で何処までも澄んでいる瞳、その者の意思を何よりも強く感じさせるその瞳。

 

紅い紅いその瞳を彼は思い出したのだ。

 

 

「ッ! クッ……あのクソガキ……」

 

 

全てを思い出し、急激に身体を起こした彼だがその身体の痛みに顔を歪ませる。

襲う痛みは戦いのそれ、紛れも無くあの少年との戦いによって生まれた傷による痛みだった。

動けないという訳ではない、しかしその身体に確実に違和感を残すほど少年の拳は彼にダメージを与えていた。

 

一つ少年に対して悪態をついた彼は、自分の置かれた状況を確認する。

彼が今まで眠っていた場所は少年と戦った青い天蓋の下ではなくどこか屋内の一室、白い壁に囲まれた部屋には小さな四角い窓が一つあるだけだった。

痛みは残っているもののその身体は確実に回復しており、この状況下それが何者かの手によるものであることは明白。

見れば彼が着ているのは少年との戦いで破れ、ボロボロになった彼の白い死覇装ではなく、多少趣向は違うものの一般的な白い死覇装に変えられていた。

 

何故自分がこんな場所にいるのか、此処が何処であるのかすら分からない状況、その状況を打開するため彼が自身の探査回路(ペスキス)を奔らせようとした瞬間、彼の耳が何者かの声を捉える。

 

 

「待っておくれ吾輩の美しいお花さん(フロール)、そんな仕事など抛って置いて吾輩と午後のお茶など愉しまないかい?なぁに心配は要らない、何せ此処は我輩の城!何人たりとも吾輩達の甘い時間(チョコラテタイム)を邪魔など出来ないさ」

 

「こ、困ります第6十刃(セスタ・エスパーダ)様…… 」

 

「おぉ、これは何たる悲劇。 第6十刃等と堅苦しい…… そんな呼び名などやめて『ドルドーニ』と吾輩に優しくささやいておくれ美しいお花さん(フロール)。十刃と下官、階級と立場に隔てられた二人の恋…… まさに現世の文学に記されていた『ロミオとジュリエット』なる物語そのまま!隔てられた二人の恋は障害があるからこそ今まさに燃え上がる!さぁ! 今こそ愛のくちづけを…… 」

 

「ヒッ! い、いい加減にしてください!!」

 

「ンボハ!!!」

 

 

おそらく彼のいる部屋の入り口の前で行われていたであろうその会話。

どうやら男が女に言い寄り、迫ったところを返り討ちにされたようだ。

 

なにせ彼の部屋にその言い寄っていたであろう男が物凄い勢いで転がり込んできたのだがら。

 

部屋の床で小刻みに動く男、その男を入り口の辺りで見ていた女はどうやら下官である様だが、その女は床に転がる男を一瞥すると「フン」と鼻を鳴らしそっぽを向きそのまま歩き去ってしまった。

 

「ぬおぉ…… この角度、的確に顎を捉える慧眼、表面ではなく芯を貫くこの威力、申し分ない…… 美しいお花さん(フロール)、吾輩と共にその平手で十刃の星を目指さないか?ひいてはその為に吾輩とお茶でも………… ま、待っておくれ!吾輩の美しいお花さん(フロール)~~! 」

 

 

男は入り口に背を向けたままゆっくりと膝立ちになり、何事か呟くと後ろを振り返る。

しかし言葉をかけていたであろう女の姿は既にそこには無く、慌てて床を這うようにして入り口に近付くが女の姿は遥か遠くとなっているようで、四つん這いの体勢で伸ばされた片手は空を掴み、その姿は哀れとしか言いようが無いものだった。

そのままガックリとうな垂れる男、全体的に影を背負うようにしているその男の姿はどこか薄く、希薄にも見えた。

 

 

「嗚呼…… また一つ吾輩の恋が散っていった…… 吾輩が欲しいものは何時だって吾輩の手から滑り落ちていくのか、なんという無情…… その辺り、欲しいもの(・・・・・)を手に入れた君はどう思うかね?破面No.12(アランカル・ドセ) グリムジョー・ジャガージャック君?」

 

「ッ!」

 

 

完璧に女性にフラれたであろう男が、四つん這いの体勢からゆっくりと立ち上がり振り返る。

先程までの軽薄な振る舞いではなく、洗練された立ち居振る舞いを見せるその男、両手でその口髭を整えながら向き直る男の姿は紳士然とし見る者に男の品位を伺わせる。

 

 

がしかし、その男の頬に付いた真っ赤な紅葉の葉(・・・・・・・・)のおかげでその全ては台無しとなっていた。

 

 

グリムジョー・ジャガージャックは驚いていた。

いきなり彼のいる部屋に転がり込んできた男、ただ騒々しいだけならばグリムジョーとてこれほど驚きはしなかった。

グリムジョーが驚いているのはもちろん目の前の男の顔に刻まれた紅葉の葉などではなく、その男の存在自体。

ただの破面ならば問題はなかった、数字持ちの実質的一位であるグリムジョーを知らぬ破面はそうはいなかったからだ。

しかし先程の女の発言がグリムジョーに驚きを齎していた。

 

“第6十刃”

 

確かにあの下官の女はそう口にしたのをグリムジョーは聞き漏らさなかった。

あの場所にいたのはあの女と目の前の男のみ、必然的に誰が第6十刃なのかは分かるというものだ。

目の前の男こそ自分より遥か上、別次元の実力を持ちこの宮殿『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』の主、藍染惣右介の十の剣の一角を担う者なのだとグリムジョーは理解した。

そしてその十刃が自分の名を知っている、それは異常な事だった。

何よりグリムジョーを驚かせたのはその破面の最高位たる十刃が、彼を助けたという事実だった。

 

 

「テメェ…… なにが目的だ……」

 

 

目の前の十刃に対してグリムジョーが訝しく思う感情を隠しもせず問う。

それも当然と言えるだろう、そもそも十刃が一介の数字持ちを助け治療する理由が彼には見つからなかった。

彼らが住む世界は慈悲や情け、助け合いなどという感情とは隔離された世界。

目の前で死に掛けている者がいても視線を向ける事も無く、助けを求められればその声が耳障りだと頭を踏み潰される、そんな殺伐とした世界なのだ。

その中にあって自分が助けられたという事実、漏れなくその世界の理の中で生きてきたグリムジョーにとってそれは理解不能な行いだった。

 

 

「おやおや、命の恩人に対してなんと言う口の聞き方。まだまだ“若い”な、そんな事では吾輩のような立派な紳士にはなれんぞ青年(ホーベン)。目的かね? そんなものありはせんよ…… 強いて言うならば目的ではなく対価と言うべきか。な~に、人の城の庭先で殴り合っていた君達の戦いを観戦させて貰ったのでね、その対価として傷を治してあげたまでさ」

 

 

グリムジョーの問に人差し指を立てて、チッチッチッと横に揺らしながら軽く彼を窘める男。

男の窘める様な言葉などグリムジョーに届く筈も無く、重要な部分だけが彼の耳に届いた。

男は見ていたという、グリムジョーとあの少年フェルナンド・アルディエンデとの戦いを、そしてそれを見た対価として自分を治したのだと。

グリムジョーの中にフェルナンドとの戦いの記憶が蘇る、そしてその表情は苦々しいものへと変わっていった。

しかし、そんなグリムジョーに構わず男は話し続けていた。

 

 

「なかなか良い戦いだったのでね。 いいものを見せてもらっておきながら、それを創り上げた者をそのまま抛って置くのは吾輩の紳士道に反する。故に君を吾輩の城、第6宮(セスタ・パラシオ)まで招待したという訳だよ。あぁ、吾輩とした事が名を名乗るのを忘れていた、吾輩の名はドルドーニ。藍染様より『6』の数字を賜りし嵐を呼ぶ男!ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオであ~る! ……ヨシ!」

 

 

自分の名を言い終えた後に何故か小さくガッツポーズをする男。

第6十刃 ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、それがグリムジョーを助けた男の名だった。

グリムジョーにとって今はまだ雲の上の存在である十刃、それが何故自分とフェルナンドの戦いに興味を持ったのかは定かではないがグリムジョーにとってそれはあまり好ましいものではなかった。

 

それは要するに見られていたという事だ、あの戦いの一部始終を、グリムジョーからしてみればあまりに無様なあの戦いを。

 

 

「いやはや少年(ニーニョ)もなかなか頑張ってはいたが、やはりまだ君の方が強いようだ。斬魄刀も抜かずにあの少年の猛攻を防ぎきり、倒してしまったのだからね…… あの戦い、両者共に倒れはしたが内容を見るに君の“勝ち”、といったところかな?」

 

 

そんなグリムジョーの感情を他所にドルドーニが先の戦いを振り返る。

結果的に両者相討ちとなりはしたがその内容、そしてなによりグリムジョーが斬魄刀を抜かず拳足のみを持ってフェルナンドを打倒したという点をドルドーニは評価し、あの戦いの勝者はグリムジョーだったという私見を述べた。

おそらくある程度の実力者が見れば先の戦いはそう評価されるであろう、勝ったのはグリムジョーである、と。

 

しかし、その評価は他ならぬ勝者の言によって否定される。

 

 

「俺の“勝ち”だと? フン、十刃の眼ってのはとんだ節穴だな…… 」

 

「……ほぅ、あれが“勝ち”ではない、と…… では一体なんだというのかね? 斬魄刀を抜かず、解放もせず、あえて少年と同じ舞台で戦う事で己との力の差を少年に思い知らせようとしたのだろう?今頃少年も分かったのではないかな、君との差を、それも含めて君の勝ちなのではないかね?」

 

 

勝者による勝利の否定、勝者に似つかわしくない苦渋の表情それは何故の事か。

グリムジョーのその言葉にドルドーニが問いかける、その顔は偽りの仮面(ひょうじょう)を脱ぎ捨てた戦士の顔となっていた。

そのドルドーニが問う、グリムジョーが自らの勝利を否定する理由は何なのかと。

 

グリムジョーはフェルナンドとの戦いの中で斬魄刀を抜こうとしなかった。

それは一重に彼の自尊心がそれをよしとしなかったのだろう、無手で挑んでくる相手、自分を舐めたような態度で挑んでくる相手、その相手に自らの愚かさと無力さを判らせる為にグリムジョーはあえて斬魄刀を抜かずに戦っていた。

拳によって、相手の最も得意とするであろう戦い方において勝利し、絶望を与えた後に殺す、グリムジョーはそう考えていたのだ。

 

 

「“勝ち”じゃなきゃもう一つは“負け”に決まってるだろうが…… 斬魄刀を使って無ぇ? 解放して無ぇ?そんなものは後から取ってつけた言い訳だ。あのクソガキに俺は全てにおいて勝っていた…… 力も、体躯も、経験も、全てだ。 ……だが俺は倒れた、俺より弱いヤツと戦って倒れた、その時点で俺の“負け”だろうがよ」

 

 

二人の人間がいるとしよう。

片方は一流の格闘家、もう片方はただの一般人、その二人が戦ったとしてはたしてどちらが勝つだろうか?

結果は簡単だ、格闘家が勝つだろう。

だがもしも何らかの要因で、自分が倒れるのと引き換えにただの一般人が格闘家に膝を着かせたとしよう、それでも格闘家は自身の勝利を叫ぶ事ができるだろうか?

 

答えは否だ。

 

周りがいくら“勝ちだ”と言っても関係ない、本人のプライドがそれを許さない。

その勝利に手を伸ばせばそれは二流、自身の戦いに正面から向き合わず目先に栄光に囚われる愚行、一流と二流の境界線がそこにはある。

 

閑話休題、グリムジョーが言う負けとは後からいくら状況を整理し、客観的にその戦いを分析して勝敗を決しようともそれは無意味だという事。

どちらが強かった、どちらが優れていたなどという事はまったく関係ない瑣末な話だという事。

戦いの決するその瞬間に立っていた者こそ勝者であり、それ以外は皆敗者だという事なのだ。

故にグリムジョーはドルドーニの言葉を否定し、自身が“負けた”と言ったのだった。

 

 

(なるほど…… この青年、ただの(ベスティア)かとも思ったが吾輩の思い違いのようだ。後々の楽しみがまた一つ増えたな…… )

 

 

そんなグリムジョーの言葉を黙って聴いていたドルドーニは、密かにグリムジョーへの評価を改めていた。

“獣”それがドルドーニのグリムジョーへの評価、理性ではなく本能でその牙と爪を振るい、その本能の赴くまま眼前の敵を殺しつくす獣、それがドルドーニが見たグリムジョーという存在の核だった。

しかし、グリムジョーの勝者と敗者についての考え方を聞いたドルドーニはそれを改める。

勝者と敗者、つまり勝ちと負けという概念、獣には“負ける”という概念などない、“勝つ”以外に生き残る術などないのだから。

故にどのような勝利にも喰らいつく貪欲さがある、しかしグリムジョーは己の負けという概念を持つ。

己の敗北を認める精神、己にとって傷としかならないそれを曲げられない自身のプライドに対する高潔さ、それは獣ではなく戦う者に共通する勝負への向き合い方だった。

獣の性を律する戦士の片鱗を、ドルドーニはそこに見ていた。

 

 

「ならば君はどうするのかね? もう一度少年と戦い、次こそは完膚なきまでに叩き潰し完璧な勝利を得ようというのかい?」

 

「あぁ? そんなもん当然だろ。 あのクソガキは俺が殺す!……だがそれは今じゃねぇ」

 

「なぜだね? 今ならば確実に君が勝つではないか」

 

 

グリムジョーという破面に興味を持ったのか、ドルドーニは更に彼に問いかける。

彼にとって負けである戦い、フェルナンドとの戦いをどう決着させるのか、という問にグリムジョーは至極当たり前といった風で答えた。

歯向かう者、立ち塞がる者の全てを殺して進むかのようなグリムジョー、当然フェルナンドとの決着はつけなければならないと、しかしその彼がフェルナンドとの戦いは今すぐではないと言った。

 

何故今ではないのか、今戦えばグリムジョーは確実に勝てるだろう。

先の戦いを見ればフェルナンドとグリムジョーの相打ちという形で決着たが、それはフェルナンドが薄氷の上を進み掴んだ奇跡の結果。

油断も驕りもない万全の状態のグリムジョーが初めから全力で戦っていれば、今のフェルナンドでは勝ち目はほぼない。

それは誰しもが分かりきっている事でもあった。

確実な勝利を目の前にそれに手を伸ばさないグリムジョー、それが何故なのかが彼の口から語られる。

 

 

「あのクソガキは癪だが強い。 あのクソガキが今より強くなってあの忌々しい業が完成し、斬魄刀を持ち、解放し、そして最も強くなった時…… その時こそ俺がヤツを殺すのに相応しい瞬間だ。あのクソガキの全力の全力をこの俺が破壊してこそ、俺の強さが証明される…… 」

 

 

そう、グリムジョーはフェルナンドとの戦いに臆した訳ではない。

むしろその逆、フェルナンドとの戦いを、フェルナンドという破面を殺すその瞬間に今から奮い立っているのだった。

故に今すぐ決着をつけることはしない、グリムジョーはフェルナンドという破面が更に成長し力を付け、万全で最高の戦力を持ったその時、その最高の戦力の全てを凌駕して勝つと、そうする事で自身の強さを、より高みに昇るのが自分であると証明しようとしているのだ。

 

 

「俺はまだ強くなる…… 血肉を切裂き、喰らい、浴び、より高みへ駆け上る…… あのクソガキが追い着けない高みまでなぁ。 ……その時はオッサン、アンタの喉笛も俺の牙で喰い千切ってやるよ」

 

 

グリムジョーの中にある確信、自身の更なる成長の気配、皮肉にもフェルナンドとの戦いの中でグリムジョーは自身の内に本来自分で操れる以上の霊力の存在を自覚していた。

己の内に未だ眠っていた更なる力、フェルナンドを殺す事だけを考えた純粋な願いに反応したかのように呼び覚まされたそれ。

それを自覚したとき、自身の更なる成長をグリムジョーは確信したのだ。

それは高みへと昇るための力、誰にも追い着かせずに力によって駆け上る階への切符、それを手にしたグリムジョーは何時かその階を上った先にいるであろうドルドーニに宣戦を布告する。

未だ見上げる存在であるドルドーニと同じ高さに立ち、その牙を持って打倒してやると。

 

そのグリムジョーの言葉を受けたドルドーニの顔に笑みが浮かぶ。

それは壮絶な笑み、口角は釣り上がりだが瞳は鋭くグリムジョーを射抜く。

ドルドーニからすれば今はまだ取るに足らない数字持ちの一人、その数字持ちが自分と同じ“力の高み”まで這い上がり、そして彼の喉笛を食い破りその座を奪い取ると宣言しているのだ。

 

ドルドーニにとってこれほど愉しみで待ち遠しいものなどなかった。

戦士として戦う事、そしてより高みを目指す事、ドルドーニとて第6の座で満足している訳ではない。

誰にも見せぬその内には、未だ頂点である第1位を狙う野心が渦巻いていた。

グリムジョーの宣言はドルドーニの抱える野心と同じだ、己の限界を区切らない、より高みを目指す者に最も必要な事がそれなのだ。

 

高みを目指す者の心意気、ドルドーニはグリムジョーからそれを感じていた、そして何時か本当に彼が目の前まで迫るであろう確信とその時に行われるであろう戦いが待ち遠しくあった。

 

 

「大きく出るじゃないか若造(ホベンズエロ)が…… いいだろう。吾輩の前に立つまでに精々その牙を研ぎ澄ませておきたまえ」

 

 

グリムジョーの宣戦に対してドルドーニはそれを真正面から受ける。

紳士然としていても所詮彼もグリムジョーやフェルナンドと同じ、戦いの中を進む事しか出来ない化物なのだ。

何れ来る戦いを前にそれに思いを馳せるドルドーニ、対してグリムジョーはそのドルドーニの態度を余裕と受け取ったのか小さく舌打ちをして立ち上がると、壁に四角く穴が開いただけの窓の方へと歩いていく。

 

「余裕かよ…… クソ忌々しいオッサンだぜ。必ず吠え面かかせてやる……」

 

「おやおや気を悪くしたかね? まぁそれも仕方がない、吾輩の力の前では君もそしてあの少年も霞んでしまうのは仕方のないことさ。いやそもそも力以前にその存在感が違う! 見給え!このオーラを! 吾輩の城の者達はおそらく余りに恐れ多いのだろう誰も吾輩を直視できない有様だ。だがしかし!いくら吾輩が万能でもこの溢れ出るオーラだけは止められないのだ!嗚呼、なんと罪深い吾輩! 吾輩を見られない女性(フェメニーノ)達が不憫でたまらないよ」

 

 

グリムジョーが零した呟きに反応したドルドーニだが、なぜかその言葉は段々と違う方向へと向いていく。

自信ありげに胸を反らし、様々なポーズを取りながらグリムジョーへと言葉をかけるドルドーニ、しかし当のグリムジョーは小さな窓の前で袴のポケットに両手を突っ込んだまま、外を見続けていた。

グリムジョーにお構いなしに動くドルドーニ、ほんの先程までの戦士の表情はなりを潜め女性に張り倒されていた彼が表に出ている様子だった。

 

そんなドルドーニを完全に無視していたグリムジョーが何事か思い出したように振り返り、ドルドーニに話しかける。

 

 

「おいオッサン。」

 

「なんだね? ツッコミも無しにこの吾輩を完全スルーしておいてしかも先程からオッサンとは心外な。吾輩のことはオッサンではなく紳士(セニョール)と呼びたまえ!紳士(セニョール)と!」

 

「チッ、うるせぇオッサンだな…… テメェほんとに十刃だろうな?……まぁいい、アンタ最初に俺が『欲しいものを手に入れた』とか言いやがったな、あれはどういう意味だ?」

 

 

ドルドーニの発言の事如くを無視し、グリムジョーは自分が聞きたかった事だけを口にした。

 

『欲しいものを手に入れた』

 

ドルドーニは確かにグリムジョーに最初に話しかけたときそう言った。

だがグリムジョーにはそれの見当が付かなかった、自分が一体何を欲し何を手にしたというのか、それがグリムジョーにはわらかなかったのだ。

故にグリムジョーはドルドーニにその意味を問うた。

一体彼が何を欲し何を手にしたのか、その答えを持つドルドーニはグリムジョーのその言葉に一瞬虚を衝かれた固まると、笑みを浮かべる。

先程のような獰猛な笑みではなく、自分だけが答えを知っているという愉悦の笑み、そしてその笑みが消え真剣な表情となったドルドーニはその問に答えた。

 

 

「君は欲し、そして手に入れたではないか…… その力を存分に振るっても尚立ち上がり、君の命を脅かすかもしれない存在を。吾輩のように上ではなく、君以外の数字持ちのように下でもなく、対等の力(・・・・)を持ち、鎬を削る事ができる相手を。あの少年という好敵手(・・・)を……ねぇ」

 

 

ドルドーニが言ったグリムジョーが欲し、手に入れたもの、それはフェルナンドという破面の存在だった。

グリムジョーは強い、数字持ちに並び立つものはなくその力は圧倒的だった。

しかしそれ故に力を存分に発揮できる相手がいなかった、いくら強いといってもそれはあくまで数字持ちの中での話し、十刃クラスは次元が違う。

そして一人で強くなる(・・・・・・・)には限界がある、一人で到達できる場所では彼が目指す高みには届かない、もう一人、同じく高みを目指し伯仲した実力を持った者が必要なのだ。

他の誰でもなく、ただ一人この者だけには負けられない(・・・・・・・・・・・・・)という存在、それこそが今、力を求めるグリムジョーには必要だった。

 

最高の力を持ったフェルナンドを倒すといった事もそれを裏付ける。

それはグリムジョーの中でフェルナンドが、自分の全力を出して打倒するに相応しい存在だということ。

フェルナンドという破面がその領域にまで到達するという確信が、彼の中にあるということ。

それは即ち、グリムジョー・ジャガージャックは、フェルナンド・アルディエンデという破面を“対等の存在”と認めているという事に他ならなかった。

故にそれは“好敵手”足りえる存在であるとドルドーニは考えたのだ。

 

 

「あァ? 何を言うかと思えばとんだ思い違いだぜ、オッサン。俺があのクソガキと対等? 寝言は寝て言いやがれ」

 

「おっとこれは辛辣だ。 まぁ吾輩がそう思っただけの事、認めたくないならば構わんよ。……難儀なものだね、君のその生き方は」

 

 

ドルドーニの考えをグリムジョーは否定する。

彼にとってフェルナンドとは殺すべき存在で、それが対等な好敵手などという事はありえない事、さらに自身がそれを認めているなどという事はそれこそ認められない事だった。

多少の殺気を滲ませるグリムジョーにドルドーニはわざとらしく両手を上げ、降参のポーズをとる。

 

グリムジョーとフェルナンド

本人たちの知らぬところで互いが互いを好敵手としている。

フェルナンドは言わずもかなグリムジョー自身はそれを認めていないが、フェルナンドという破面の存在を強く意識している事は間違いないだろう。

互いが互いを乗り越え、更に上を、力の高みを目指す。

片方がその終わりなき階を一歩上に踏み出せば、もう片方は更に上へとその歩を進める。

螺旋を描くその階を一歩でも、一瞬でも先へと。

 

 

「チッ、訊くだけ無駄だったな…… 帰るぜ。」

 

「まだ休んでいた方が懸命だと思うがね。 少年ニーニョの拳は効いた(・・・)だろうに…… まぁ吾輩ならまったくもって平気だろうがね!」

 

「…………ウゼェ 」

 

 

ドルドーニの言葉の意味を確かめたグリムジョー。

その言葉の意味は彼にとってあまり意味をなすものではなかった、最早何も訊くことはないとグリムジョーはその場から去るとドルドーニに告げる。

対してドルドーニはグリムジョーの身体を気に掛けていた、重症ではないにしろその身体は未だ休息を必要としているのは明白、それゆえ気に掛けるような言葉を掛けていたのだがいつの間にか自慢にすり替わっている辺りがある意味彼らしい。

そしてドルドーニはあえてグリムジョーに背を向けるようにして立つと、改めてグリムジョーに話しかける。

 

 

「フッフッフ…… 青年《ホーベン》よ。 君は力を求めているのだろう?今以上の更なる力をその手にし、そしてあの少年(ニーニョ)を、更にはこの吾輩をも打倒しようとするその心意気!吾輩感動した! 見ればあの少年にはそれはそれは美しい師匠(マエストゥロ)がいる様子。そこで吾輩は考えた…… あの少年の好敵手たる青年にも、師匠たる存在が居てもいいのではないか!そしてその役目はこの吾輩ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ以外ありえないと!さぁ青年よ! より高みを吾輩と共に目指そうではないか!!!」

 

 

グリムジョーに背を向けたままドルドーニが熱く語り始める。

その内容は奇しくもフェルナンドとハリベルのそれと同じ、というよりそのままであった。

フェルナンドとハリベルの関係を見たドルドーニは、密かにそれをうらやましく思っていた。

本来の破面にはありえないその関係性、そのなかで師が弟子を鍛えそして師もまたその弟子の姿に新たな発見をする。

ドルドーニにはそれがとても美しく見えた。

 

そして今目の前には、力を求め、高みを目指す一人の破面がいる。

その青年のひめたる力、心意気、それを見抜いたドルドーニはグリムジョーの師になることを宣言したのだ。

しかしドルドーニの熱い宣言が終わっても一向にグリムジョーから返事は返ってこない。

 

 

(あれ? リアクションが無い…… あぁなるほど、青年め吾輩のあまりに熱い言葉に胸をうたれているのだな?いいだろういいだろう、吾輩そういうのは嫌いではない方だぞ?さぁ青年よ吾輩の胸に飛び込んでくるがいい…… 「ってなんとぉぉ!!?? 」

 

 

グリムジョーの返事がいつまで経っても返ってこない事を随分と都合よく解釈するドルドーニ。

そうして勢いよく振り返ったドルドーニはそれはもう盛大に声を上げた。

もはや眼が飛出るのではないかというほどの驚き、そこには既にグリムジョーの姿などなく、彼の眼に映るのは無残にも破壊されとても見通しの良くなった壁だけが残されていた。

 

それはドルドーニが熱くその思いを語っている間にさっさと窓のある壁を蹴破って(・・・・)、外へと出て行ってしまったグリムジョー特製の出口(・・・・・)だった。

 

それを半ば呆然として見ているドルドーニ、彼のグリムジョーの師匠になる計画は彼の城の壁諸共無残に崩れ去ったのだった。

しばらくして放心状態から復旧したドルドーニ、見通しの良くなった壁の際まで進むと外の景色を眺めながら呟く。

 

 

「フラれてしまったな…… やはり吾輩の欲しいものはこの手から滑り落ちるようだ。……まぁフラれてしまったものは仕方がない、吾輩はただ待つのみ。青年(ホーベン)が吾輩の前に立つその時を……な」

 

 

師としてグリムジョーを導き、強くする事は叶わなかったがもう一つの楽しみ、何時か来る戦いの時を思いドルドーニは小さな笑みを浮かべる。

その時は持てる全力でグリムジョーを叩き潰そうとその胸に誓うドルドーニ。

そして彼は「さてと」と一言呟いて、砕けた壁の欠片を拾い集め、壁を修理し始めた。

 

 

自らの城を自分で修理するその後姿は、どこか哀れなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手を裂くための力

 

 

しかし己をも裂く力

 

才無くば鈍

 

才有らば煌

 

戦士よ

 

貫け

 

 

 

 

 

 

 


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