BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.21

 

 

 

 

放たれる圧倒的な霊圧、ただそこに立っているだけでその場は彼に支配され、誰も彼から視線を外す事が出来なくなっていた。

 

集う視線の先にいる男、暗めの茶色い髪、黒い淵の眼鏡の奥にある髪と同じ茶の瞳にこの上ない暗黒を宿し、一見柔和そうに見える笑みをその貌に貼り付け、しかしその笑みは優しさからくるものとは真逆の性質を持っていた。

破面達が纏う白い衣とは違う黒い着物、『死覇装』をその身に纏い、その上から白く裾の辺りに文様をあしらった羽織を着た男。

その姿は『人』、虚圏に住む虚のような化け物でなくそれでいて破面でもなく、だが現世の脆弱な人間でもなかった。

その男は『死神』、魂の調整者でありそして虚と破面と敵対する者、しかしその男は破面にとって敵対する相手ではなかった。

何故なら彼こそが破面という存在を生み出した張本人、彼らに破面化という更なる力を与えた彼らの創造主。

計り知れぬ霊圧と、底知れぬ野望と智謀をもって全てをその掌に納めんとする男。

 

藍染(あいぜん) 惣右介(そうすけ)

 

尸魂界(ソウルソサエティ)と呼ばれる善なる霊が住まう世界においてその中心、瀞霊廷を守護する『護廷十三隊』の『五番隊隊長』である死神。

しかしその一方で己が目的のため破面を組織し、その頂点に君臨する彼らの創造主である彼。

破面達を、それも彼らの頂点たる『十刃』をその眼下に納め藍染は泰然とその場に立っていた。

そしてその中心で藍染の放った『鬼道』によって組み伏せられているネロへ、藍染が声を掛ける。

 

 

「本当に久しいね、ネロ。 君は第2宮から出てこないから顔を見れて嬉しいよ」

 

 

そう口にした藍染の顔は依然として笑顔、傍から見たその笑顔は実に優しく本当にネロに合えた事がうれしいといった風に見えた。

しかし、この藍染惣右介という男の本質からすればそれは明らかに上辺だけのもの、ネロという破面の組み伏せられた姿か、はたまた未だその拘束を外そうともがこうとする彼の姿に向けられたものか、もしかするとそれすら違うのかもしれない。

藍染の浮かべる笑み、それには圧倒的に感情というものが欠落していた。

そう、彼の浮かべる笑みは感情からくるものではなく、あくまでそういう貌の形を造っている(・・・・・・・・・)というだけなのだろう。

 

この男、藍染惣右介にとって笑顔とは実に有効な手段の一つでしかない。

この貌の形を作っていれば大抵の相手はそれだけで自分との距離が近付いたと誤認し簡単に手の内を曝す、そして曝させる事も容易であるという事、親しさから来る彼からすれば理解不能な“無条件の信頼”というものを得やすく、またその信頼という不確かな関係に答えてやる事で相手は彼を更に深く信頼し、そして心酔していくのだ。

心酔、そしてそれは力無き者達にとっての『憧れ』へと姿を変える。

そうなれば後は簡単、ほんの少しの言葉の誘導と、彼に都合のいい情報だけを渡してやれば『憧れの隊長』を疑うものなど居はしない。

あとは藍染の思うまま、まるで道化のように彼の掌で踊り、哀れにも壊れ消えていくのだ。

 

藍染惣右介にとって最も理解から遠い『憧れ』という感情を抱いたまま。

 

 

そうして藍染の偽笑と言葉を向けられた破面、ネロは藍染の言葉など関係なく吼える。

 

 

「テメェ藍染! 邪魔すんじゃネェよ! こいつを解け!俺にあの女を殺させろ!!」

 

 

己の感情と衝動のみを完遂させるため、何とかもがこうとしながらも藍染に吼えるネロ。

彼を拘束する術、もがく事すら間々成らないそれは『鬼道(きどう)』という死神の術、主に攻撃に用いる『破道(はどう)』と、防御、捕縛等に用いる『縛道(ばくどう)』の二種の術体系から成るものの総称である。

そして破道、縛道とも一から九十九番までの術があり、数字が大きくなる毎にその威力は大きくなる。

ネロを拘束する術は『縛道の九十九“禁”』、縛道の最高位の術であり、『封殺型』と呼ばれる捕縛した相手をそのまま攻撃する事ができる縛道のなかでも珍しい“攻撃する縛道”である。

現在のネロはその封殺型の最終段階まで至った状態で拘束されていた、本来彼の頭上に出現した石柱により相手を圧殺、消滅させる術ではあるが使用者である藍染の意思により、押し留める状態で待機させている。

しかし使用者の霊圧により威力を大きく左右される鬼道、そして今回ネロを拘束する縛道を使っているのは超絶的な霊圧を持った藍染、死神の使う最高位の術に藍染の霊圧が加わったそれは、ネロが独力で抜け出せるほど軟ではなかった。

 

「それは困るな、ハリベルは大事な十刃だ。もちろん君もだよ、ネロ。 そして今、十刃に欠けは許されない…… 時が来たのだよ。 長い間あの死神達の児戯に付き合ってきたがそれも終わりだ。天の時、地の利、人の輪、その全てが今私に揃いつつある。もう少しで全てが私の手に落ちてくるのだよ……」

 

 

掌を上にし、前へと差し出すように伸ばす藍染。

それはもはや自分が動かずともその伸ばした掌に欲するものは落ちてくる、全ては綿密な計画の下、時を費やし舞台を整え、欺き利用し育てた道化達によってその掌へと運ばれてくる結実を、自分は摘み取れば済むだけという絶対の自信、それがその掌からは伺えた。

 

 

「そんなもの関係あるか! オレ様は! 今!あの女を殺したいんだよ!!俺の指を斬り落としたあの女を!」

 

「困ったな…… どうにか気を納めてはくれないかい?バラガン、君からもネロに落ち着くよう言ってくれ」

 

 

時が来た、という藍染の言葉、しかしネロはそんなものに興味はないとハリベルを殺させろと喚き散らす。

そんなネロの姿に困ったと口にしながらも、実際そんな様子など微塵も見せない藍染。

そうして喚くネロを落ち着かせるようにと、藍染はバラガンという名の破面に話を振るった。

 

バラガンと呼ばれた老人の破面、彼こそ十刃の頂点である『第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)』”大帝”バラガン・ルイゼンバーンであった。

白い髪に髭、皺の刻まれた顔など見た目は確かに老人だがしかし大きくどっしりとした体躯とそれに見合った強靭そうな筋肉に覆われた身体は、彼を唯の老人という区分に納めるのを躊躇わせるのに充分なものだった。

頭部にはまるで王冠を模したかのような仮面の名残と、白地に黒い毛皮をあしらったコートを纏い、腕輪、そして腰に付けた飾りは豪奢で位の高さを伺わせ、眼光は非常に鋭く、左の顎と額から右目を潰すように奔った傷は数々の戦いの経験を物語り、強大な体躯と放たれる存在感と重みはまさに老将かはたまたそれ以上、“王たる者”の風格を存分に宿したその姿はまさに十刃の頂点に相応しき者であった。

 

 

「なんじゃい。 ボスの霊圧で黙らせれば済む話じゃァないか、まったく…… ネロ! お前もいい加減黙らんか! 駄々をこねる餓鬼じゃァあるまい!指程度でギャァギャァ騒ぐな!!」

 

「叔父貴は黙っててくれって言っただろ! あの女を殺さないと俺の気はおさまらネェ!!」

 

 

話を振られた方のバラガンは、藍染がまったく困っていない事などお見通しではあった。

しかし一応(・・)は自分達のボスという事になっている藍染の言葉と、何より目の前で喚き散らすネロに業を煮やしたのかネロを黙らせようとする。

しかしそのバラガンの言葉も興奮した様子のネロには届かず、ネロはバラガンの言葉を聞き届けなかった。

そのネロの反論、それを聞いたバラガンの額やコメカミに幾本もの青筋が走り、直後玉座の間が揺れるほどの大音量が発生した。

 

「この……馬鹿垂れがぁぁぁあああ!!!いいか! これは儂の“命令”じゃ! 反論は許さん!大人しくしろ悪餓鬼めが!!!」

 

 

発せられたその大音量、怒気を存分に含んだそれが辺りにビリビリと木霊し、玉座の間を満たす。

それを直接に向けられたネロはもとより周りにいた十刃達すら顔をしかめ、中には大げさに耳を塞ぐ仕草をする者までいたが藍染だけは以前その貌の形を崩さなかった。

明らかなバラガンの怒りを見せられ、さすがのネロも自分の置かれた状況がまずいとものだと漸く判断したのか、もがこうとするのを止め大人しくなる。

 

 

「チッ! ……わかった、悪かったよ叔父貴。叔父貴の顔に免じて暴れるのは止めてやる、感謝しろ藍染」

 

「あぁ。 わかっているよ、ネロ 」

 

 

バラガンに一喝され遂に暴れるのは止めるというネロ。

しかしその藍染に対する物言いは未だ上から、あくまで傲岸不遜であり自らの創造主ともいえる藍染に礼をとらぬその態度は不敬とも言えるものだったが、藍染はそれすら許容しているかのようにネロに対して礼を言う。

 

バラガンの言葉には従い、藍染には不遜な態度をとる、それはネロの中では藍染よりもバラガンの方が強いという思いがあるからだった。

ネロはバラガンのその圧倒的なまでの殺戮能力を知っている、如何な最強たる自分の力をもってしても敵わないほど圧倒的な力、バラガンがそれを有しているが故にネロはバラガンだけには従うのだ。

 

彼が、ネロが信じるものが”殺戮の力”であるが故に。

 

しかし少なくともネロの中での藍染は違った。

戦闘、殺戮の能力よりも目を引くのはその言葉、相手を唆し、操り、陥れて斃すような詐術の類、そればかりがネロの目には映る。

それは彼にしてみれば裏でこそこそと動く鼠の様で、それが自分達の創造主であり頂点に立つ者であると彼は認められなかったのだ。

故にネロは例え藍染の術で地に這い蹲らされようとも、その傲岸不遜な態度を崩さなかった。

 

 

 

 

 

ネロが藍染によって拘束され、バラガンにより一喝されている後ろでハリベルは、手に持った斬魄刀を鞘へと戻し抱えていたフェルナンドを両手で床へとそっと下ろしていた。

見れば床へと横たえたフェルナンドの身体は傷だらけ、そして幾度も打ち付けられた頭部からは大量の出血が見て取れた。

 

(すまなかったフェルナンド…… 本来ならば私がしなければいけない事を、お前は代わりにしてくれたのだな。本当ならばこんなにボロボロになる必要もなかったろうに…… )

 

 

意識を失い横たわるフェルナンドの姿は本来ならば自分がなっていたかも知れない姿、いや、なっていなければいけない姿であるとしてハリベルはその白い死覇装と仮面によって隠された唇を強く噛む。

フェルナンドの出血は確かに多く、己の霊圧によって傷ついてはいるが幸い、と言っていいのか命の危機とまで至っていないのがハリベルの唯一の救いだった。

そんな彼女に正面から近寄ってきた人影が声を掛ける。

 

 

少年(ニーニョ)は……無事、なようですな美しい淑女(セニョリータ)。まったくもって少年も無茶をする…… よりによって彼に手を出すとは…… だが女性を助けるために身体を張るとは、やはり見所がありますな…… 」

 

「貴様か、ドルドーニ…… 」

 

 

正面から近付いて来たのは、何時ぞやフェルナンドとグリムジョーの戦いの折に現れた第6十刃、ドルドーニであった。

彼は横たわるフェルナンドの姿を確認し、一応無事であると確認するとどこか安堵の表情を浮かべハリベルに話しかける。

十刃クラスともなれば得手不得手はあるにしても、離れた戦場の戦いを大まかにではあるがその探査回路を用いて知る事ができる。

ドルドーニはそれほど探査回路の扱いは得意ではないが、掴んだ霊圧の揺れは一つは明らかにネロのものと判り、それに三つの覚えのない霊圧がぶつかり更にその後つい最近見知ったばかりの霊圧、フェルナンドの霊圧がぶつかったのは判っていた。

そして玉座の間に入った瞬間、壁際に投げ出されるようにして倒れる三体の女性と傷つきハリベルに抱えられるフェルナンドの姿を見てドルドーニは全てを悟ったのだ。

 

 

「理由はわかりませんが、少年のとった行動は無謀、であると同時に尊いものだと吾輩は思いますぞ。師として誇っていい 」

 

 

ドルドーニがハリベルに言葉をかけるが、その言葉に彼女は首を横に振る。

 

 

「誇れるものか…… 私の愚かさをコレは見抜き、その犠牲となるところだったのだ。私はコレに教えられてばかりだ…… 」

 

「……ならば尚のこと誇るべきでしょう。 少年がそうなったのもまた、貴方が師であったからなのだから…… 」

 

 

ドルドーニはフェルナンドの行動は無謀であるが、尊くもあるとハリベルに語る。

どう足掻こうとも勝てる相手ではない、しかしその相手を前に己を、己の意思を貫くために挑む事は尊くもあり、同時にそれは彼の師として誇ってもいいことではないか、と。

だがそれを否定するハリベルにしかしドルドーニはそれすらも誇れと、フェルナンドが起こした行動、ハリベルの言う愚かさを見抜いた事実、それは彼の成長の証でも在りそれは師であるハリベルが彼に齎した変化、彼の師であるのならば彼の成長は誇ってやるべきだ、と。

 

だがそのドルドーニの言葉を否定する言葉が、ドルドーニの後ろから放たれる。

 

 

 

「無意味な…… あまりにも無意味だ、その少年は……」

 

 

 

「……どういう事ですかな? 第5十刃(クイント・エスパーダ)アベル・ライネス殿…… 」

 

 

ドルドーニの背後から放たれた言葉は、傷つき倒れるフェルナンドを全否定する言葉だった。

それにドルドーニが振り返り言葉を返す、その声は常の彼に似合わずどこか硬い響きを宿していた。

 

 

「第3十刃の従属官達が第2十刃に殺されるであろう状況を、その少年は無意味にも助けようとした。勝てぬ相手に挑むのは無意味だ、戦いは勝てなければ無意味。意思、誇り、他が為の戦い…… そんな言葉で着飾るだけ(・・・・・・・・)の不確かなものの為に戦うのは無意味極まりない。あの状況での正しい選択は従属官達を諦める(・・・・・・・・)事だ。そうすればその少年は無意味に傷を負う事などなかった」

 

 

あまりにも冷徹にそして冷淡に言い放たれる言葉、それを言い放った人物こそは第5十刃『アベル・ライネス』。

アベル・ライネスという破面を一目見た時、まず目に付くのはその仮面だろう。

両の目を隠し、鼻先へ向かって鳥の嘴の如く尖る様に前へと伸びたその仮面には、抽象的に描かれた”目”が仮面の先端を基点に四つ放射状に並んでいる。

目が隠れているためアベルからこちらを見る事は出来ない、出来ない筈なのだが何故か見透かされたような、或いは仮面に描かれた文様に過ぎない四つの”目”がこちらを見ているかのような錯覚に陥る、そんな不快感を見るものに与えるアベルの存在。

髪は黒く短めで先端が跳ね上がり襟足だけが長く伸びており、背丈はそれほど高くないがしかし足元までを覆い隠す袖付きの外套の様な白い死覇装を着込んでいる為、その身体つきまでは定かではなかった。

 

「ほ~う。 あのお嬢さん(エッラーダ)方は美しい淑女(セニョリータ)の従属官でしたか…… さすがは“千里眼”ですな、私等とは比べものにならないほど良く“視えて”いらっしゃる。しかし無意味、ですか…… しかし現に少年(ニーニョ)は傷つきながらもお嬢さん方を救っている。貴殿はそれすらも無意味と仰るか?」

 

「それは結果論に過ぎない、第6十刃。 私はその少年の行動自体が無意味(・・・・・・・・)だと言っている」

 

「あの娘達を救ったフェルナンドの行動の何処が無意味だというのだ!」

 

 

自分と同じように衆議に烈していたにも拘らず、まるでこの事態を眼前で目撃したかのように詳細を知っている風のアベルに、ドルドーニは感心したといった様子で二、三度手を叩く。

だがアベルの無意味という発言が彼の中で引っ掛かったのか、フェルナンドは自らがネロの前に立つ事でアパッチ等ハリベルの従属官を救った事になるのではないか、とアベルに問うドルドーニ。

 

しかしアベルはそれを一刀の下に斬り捨てた。

確かにそうかもしれない、フェルナンドの介入で彼女等は救われはした。

しかしそれはあくまでも結果的にそうなった、というだけの話でありそもそもアベル自身はそのフェルナンドがとった行動そのものが無意味だとドルドーニに答えるが、その発言に噛み付いたのはドルドーニではなくハリベルだった。

 

 

「らしくないな、第3十刃。 激昂か…… 自分に向けるべきそれを私に向けないで貰いたい。そもそもその少年が無意味に傷ついた原因は貴方だろう?」

 

「クッ……」

 

 

無意味であると、これほどまでに傷ついたフェルナンドの行為が無意味であると、そう言われてハリベルは黙っている事が出来なかった。

常の彼女らしからぬ感情の昂ぶり、自分でもそれを押さえ切れなかったのだろうかそれとも自分に対する怒りすらその昂ぶりに乗せて吐き出してしまいたかったのか、アベルへとハリベルは声を荒げる。

しかしアベルはまるでハリベルの感情すら見透かしたように淡々と、まるでハリベルの激昴など気にも留めない様子で返す。

そして返された言葉はあまりにも客観的、それを受けたハリベルは己の拳を握り、黙るしかなかった。

 

 

「私が無意味だ、と言ったのはそもそも格上である第2十刃に挑んだその少年の浅はかさだ。偶々運よく攻撃が当たっただけ、運よく第2十刃の霊圧解放で従属官等が吹き飛び結果運よく離脱したというだけ、俯瞰で見れば先の一件はそんなものだ。偶然の産物、勝機もそれに至る道筋もなにもかもがないまま戦いに挑む事を、無意味と言わずになんと言えというのだ?貴様達は 」

 

 

淡々と告げられる事実、危うい中繋いだ命、それがアベルが認識する現状のフェルナンドの姿だった。

最初の一撃は避けられたかもしれない、ネロの霊圧解放でそのまま死んでいたかもしれない、弾かれた先が安全だとは限らない。

そのどれもがありえたかも知れない“もしも”の可能性、ただ助けると飛び出したフェルナンドの行いはアベルから見れば無意味で無謀なだけだった、と言う事なのだろう。

 

 

「言いたい事はわかりましたよアベル殿。 ……まぁ少年もお嬢さん方も助かったのだから良いではありませんか。それよりもやはりすごいものですなぁその“千里眼”は」

 

 

アベルの言はドルドーニにも理解出来た、そのあまりに事実と事象を客観的に分析したそれは相手に否応無しでその無謀さを突きつけるのだ。

そうして暗くなりそうだった場をなんとか持ち直そうとドルドーニが矢継ぎ早に話し続ける。

それは彼なりのハリベル気遣いだったのだろう。

そうして話しながらもドルドーニは思う、確かに客観的な事実だけを見ればフェルナンドの行為は無駄だったのかもしれない、しかし、その行動に至ったまでの感情と、その感情を持つまでの成長は決して間違いではないと、無意味ではないとも彼は感じていたのであった。

 

 

 

 

 

 

バラガンの一喝によりネロは渋々といった様子で暴れるのを止める。

そしてそれを確認した藍染が下げていた手を軽く振る、するとネロの上に鎮座していた巨大な石柱や彼を拘束していた布や帯は、その霊子の結合が解かれ、はらはらと霧散し消えていった。

そうして拘束具から抜け出したネロは立ち上がると、肩を回すようにしながら首をゴキゴキと鳴らしながら藍染を見上げる。

 

 

「大事無いかい? ネロ。 急だったものだからあまり加減して(・・・・)あげる事が出来なかった、悪かったね。」

 

加減出来なくて(・・・・・・・)この程度だぁ?テメェはやっぱりゴミだぜ藍染よぉ…… ゲヒャヒャ )

 

 

自身の術による拘束から抜け出したネロを気遣う素振りを見せる藍染。

相変わらずの形を保った貌とその見え透いた言葉に、ネロは一つ舌打ちをした。

藍染の加減してやる事が出来なかった、という言葉を加減出来ずに全力で(・・・)術を放ってしまった、という意味だと解釈した彼は内心で侮蔑を惜しまず、やはり藍染に頭を垂れる必要は無いと改めて確信するネロ。

だがこの引き際はあまりに淡白すぎる。

暴虐極み、己の欲望のみを優先するネロの在り方から考えれば、これほどあっさりとした終わりもない。

それはある意味ありえない事、いくらバラガンの命令といえどこれほど簡単にネロは退き下がるだろうか、何者よりもその強さへの自負に溢れる彼が斬られてそう簡単に抜き放った暴刃を納められるだろうか、その一分の疑念、そしてやはりその疑念は現実のものとなる。

 

 

「まぁ叔父貴の命令だ、此処で暴れるのは止めてやる。だがなぁ…… あの女を殺すのは別なんだよ!!藍染!!」

 

 

上からの物言いで在りながら不承不承といった風でこの場で暴れるのは止めると言うネロ。

しかし間を置いて続けられた言葉は、彼がなんら諦めていない事を如実に物語っていた。

 

一直線にハリベルへと向かうネロ。

あくまでその場で暴れるのは止めたが、ハリベルを殺すという行為自体を止めるとは言っていないと、嬉々としてハリベルへと突撃する。

それが暴れているのと同じであるという事なのだが、彼にそれを考える理性が今はない。

そのネロの姿に誰もが一瞬対応に遅れる、驚き、呆れ、諦め、傍観、そういった感情が入り乱れる広間にあってハリベルだけはネロの暴走を捉えていた。

拘束されたからといって相手から注意を逸らす、などという愚行をハリベルがする筈もない。

予想外の感情の揺れはあったがギリギリ許容の範囲内、もとよりあの程度でネロを逃す心算などハリベルには欠片もなかった。

ネロが挑んでくるというのならばそれはハリベルにとって望むところなのだ。

ハリベルへと迫るネロ、迎え撃つハリベルは素早く斬魄刀を抜き放ちフェルナンドを背にして立つ、しかしその上位十刃同士の激突という前代未聞の状況は、思いもよらぬ一撃によって遮られた。

 

 

 

ネロを迎え撃とうと構えるハリベル、霊圧を高め激突の瞬間へと備える彼女の探査回路(ペスキス)を何かが掠めた。

刹那の出来事、それが何なのかとハリベルが思った瞬間、眼前から迫っていたはずのネロが轟音と共に頭から床へと叩きつけられる。

一瞬何が起こったのか判らなかったハリベル、しかし次の瞬間にはネロが叩きつけられている理由を彼女は驚愕と共に理解していた。

叩きつけられたネロの前に立つのはハリベルが良く見知った紅い霊圧、そして先程まで意識を失い自分の後ろに横たわっているはずの人物、フェルナンドだったのだ。

 

少年(ニーニョ)!? 一体何が起こったというのだ……」

 

 

ドルドーニは突然倒れたネロと、その前に立つフェルナンドの姿に驚きを隠せなかった。

つい先程までハリベルの後ろにいたはずの彼が彼女の前、ネロを叩き伏せて立っている。

そしてその瞬間も、どうやって其処に現れたのかもドルドーニは捉えきれていなかった。

 

 

(上空に跳び上がり落下と霊圧の解放の威力を乗せた踵落としの二連撃を第2十刃の頭頂部に叩き込んだ……か。 ……しかしこの霊圧…… あの少年、無意味にその命を散らす心算の様だ…… )

 

 

ドルドーニと違いアベルはその“特異性”によってフェルナンドの動きをほぼ完璧に捉えていた。

アベルの認識通りフェルナンドは上空へと跳び上がると、落下の勢いを乗せ左右の踵のタイミングを微妙にずらした踵落としをネロの頭部へと叩き込んでいたのだ。

アベルだからこそ捉えたその一撃、まったく予想だにしない強力な攻撃によってネロは床へと叩きつけられ、床に顔をめり込ませる。

そしてフェルナンドを捉え切ったアベルは、そのフェルナンドの放つ霊圧を“視て”彼の死を予見していた。

 

 

「クソデブが…… 好き放題殴りやがって…… それにこの女を殺すだぁ? …………ふざけんじゃねぇ…… ふざけんじゃねぇぞ…… 殺してやる……骨どころか肉の欠片一つすら残さ無ぇ。テメェの薄汚ねぇ存在そのものを消してやる……」

 

 

フェルナンドはどこか様子がおかしかった。

常の彼以上の強い言葉を使い、なにより放たれている霊圧は異常極まりないほど強大なものだった。

全力の更に上、常軌を逸した量の霊圧を放つフェルナンド、しかしそれは彼にとって“死”を意味するほどの量だった。

流れ出ていた血はその霊圧の奔流によって蒸発し、傷は広がり、其処から流れる血もまた直ぐに蒸発してしまうほどの密度と熱を持ったその霊圧。

頭部に受けたダメージにより彼の肉体そして無意識の精神が致死に至らぬよう押さえていた霊圧解放の箍、それが外れた事により流れ出したフェルナンドの身体が受けきる事が出来ない程の爆発的霊圧によりフェルナンドは一時的(・・・)にネロを叩き伏せるだけの力を得たのだ。

 

例えそれが生命を燃やし尽くす所業であったとしても。

 

そうしてネロを叩き伏せたフェルナンド、しかしそれだけ彼は止まらなかった。

そのまま攻撃を仕掛けるのかと思いきやそうはせず、代わりにその腰の後ろに回した鉈のような斬魄刀に手をかけた。

 

 

「ッ! 止めろフェルナンド!! それはお前にはまだ早すぎる(・・・・)!!」

 

 

刀に手をかけるフェルナンドの姿を見て明らかに動揺するハリベル。

動揺と言うよりは焦りを色濃く見せるハリベルだったが、彼女は知っているのだ、フェルナンドがその斬魄刀に手をかける事の本当の意味を。

フェルナンドに刀を扱う“才”は無い、その彼が斬魄刀を抜こうとする理由など他には一つしかないのだ。

 

『刀剣解放』

 

刀の形に閉じ込めた己の力の核を再び肉体に宿す事による破面としての真の戦闘形態の解放、今フェルナンドが行おうとしているのはそれなのだ。

しかし現状傷つき、何より未だ不完全であるフェルナンドの肉体では己の力の核を受け止める事など出来ない。

もし今のまま解放すれば、逆に己の核の膨大な霊圧に肉体が耐え切れず肉体の方が消滅してしまうだろう。

それが判っているハリベルは必死にフェルナンドを止めるよう声を張り上げ、彼の元へと駆ける。

しかしフェルナンドは止まらない。

 

 

「この女はな! この俺が殺すんだよ!! 他の誰にもこの女は渡さねぇ(・・・・・・・・)!!ポッと出がぁ…… 横から出てきて邪魔すんじゃねぇ!テメェにこの女は殺させ無ぇ(・・・・・・・・・)!!」

 

 

精神の箍が外れたフェルナンドは叫びながら斬魄刀を抜き放ち、逆手に持ったそれを頭上高く掲げる。

ハリベルは間に合わない、彼女が止めるよりも早くフェルナンドはその終焉の力を解き放ってしまう。

それでもハリベルは駆ける、こんなことで失うにはあまりにも惜しい才能、そしてそれ以上に『仲間』を失いたくないという思いが彼女を走らせる。

だが無情にもそのときは訪れた。

 

 

「『(きざ)めぇぇぇええ!! ヘリォ……ゥ……ぁ…………?」

 

 

まさに今、フェルナンドがもう一人の自分の銘を呼ぼうとする瞬間、ハリベルより早くフェルナンドの下へ辿り着いた者が居た。

その何者かがフェルナンドに自分の懐から出した小瓶に入った液体をかける、するとフェルナンドは一瞬のうちに意識を失い、背後に立ったその男に受け止められるように倒れてしまった。

 

 

「あららぁ~。この(ぼん)ホンマぼろぼろや、無茶しよるなぁ」

 

 

倒れるフェルナンドを受け止める男、緊迫した雰囲気の中その男は飄々としその場の空気にそぐわない存在に見えた。

白よりも銀色に近い髪をしたその男、藍染と同じ黒い着物に此方は袖のない白い羽織を纏い、藍染とは違う種類の薄笑いを浮かべるその男。

 

『市丸ギン』という名のその男によって、この場は終着を見ようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇の毒が命を救う

 

匣は閉ざされた

 

罅は砕け

 

不死鳥が現れる

 

 

 

 

 

 

 




お気づきかとは思いますがネロ、アベルはオリジナル十刃です。
現状ヤミーとウルキオラっぽくはありますが、物語が進むにつれ
どちらも冠する死の形に突き抜けたキャラになっていきます。

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