BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.22

 

 

 

 

 

「いやぁ~、ホンマに無茶しよる(ぼん)やなぁ~。2番サンに君が勝てる訳ないやんか 」

 

 

気を失ったかのようなフェルナンド、血だらけの彼の身体をその両肩を掴んで支えるようにしながら、まるで世間話でもしているかのような気軽さでその男は喋っていた。

目を引くのはやはりその髪の色、若者の外見にそぐわない白色の髪、いや白色というより寧ろ銀色に近いそれは目元を多少隠す程度の長さで整えられ、光の反射によって一層際立って見えた。

その身を包むのは黒の着物、刀ではなく何故か脇差のみをその腰に挿しており、袖は無いが藍染と同じ白い羽織の背中には『三』の文字が染め上げられていた。

糸の様に細められた目と持ち上げられた口角、男が現れてから常に浮かべているのは藍染と同じような笑み、しかしこの男の笑みは藍染の笑み(ソレ)とは違い意図的に作られたというよりは、もっと別のような。

覆い隠すのではなくそれ以外を知らない、というような印象を見る者に与える。

 

彼の名は『市丸 ギン』

 

破面ではなく『死神』であり、藍染と同じ『護廷十三隊』においてその『三番隊隊長』を務めなにより藍染自身がその“才能”を見出し部下とした麒麟児、言うなれば藍染の右腕、矛盾と誤解を承知で言うのならば藍染惣右介がもっとも“信”を置いている人物であった。

 

 

「すんません藍染隊長、勝手に割って入ってもうて。チラっとしか見てへんけど、な~んやオモロそうな坊やったもんですから、このまま死なすんはどうにも惜ゅうなってしまって…… 」

 

 

フェルナンドの肩を支えたまま玉座から自分を見下ろす藍染にダラリと頭を下げるギン。

“面白そう”、ギンがフェルナンドの自身の命を無視した凶行を止めた理由はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

藍染より一足先に玉座の間へと着いていたギンは、玉座の後ろにある通路の出入り口に寄り掛かりながら出来事の一部始終を見ていたのだ。

三体の破面が圧倒的な暴力の前になす術なく曝され続ける、それを見ていたギンが何を思ったのかは定かではない。

ただその圧倒的な暴力を振るう破面、第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンが振り上げた拳を見たギンは唯「終わりやな……」と小さく呟いた。

それが振り下ろされるのは時間の問題、そしてそう間を置かずして三体全てが死ぬだろうと予想しギンはその場を去ろうと踵を返す。

 

しかし、今まさに振り返らんとしたギンの視界の端が捉えた光景は、彼の想像の斜め上をいっていた。

拳を振り上げたネロの顔目掛けて、小さな破面が蹴りを叩き込んだのだ。

 

 

「ハ?」

 

 

思わず零れた呟きはギンの心境を如実に物語っていた。

仮にもネロは第2十刃、それに単身挑みかかるその小さな破面、そして何よりその行動が、ギンには今まさに死に瀕していた三体の破面を救おうとしているかのようにも見えた。

破面同士の繋がりとは力の上下のみなのだと考えていたギンにとって、その光景はあまりに予想外だった。

力無き者は淘汰される、そんな破面の世界にあってその小さな破面がとった行動はあまりに異常。

それ故ギンは通路の奥に向いていた足を止め、広間の方へと向き直る。

 

そして広場でネロの顔を蹴った小さな破面は高らかに、そして明らかに挑発するように言葉を紡いでいた。

見上げるほど大きな相手を見下すように、上下の別など自分には何の関係もないと宣言するように。

 

 

「なんやオモロそうな坊やなぁ~ 」

 

 

その姿を見たギンの口角が常よりも更につりあがる。

それ以外知らない貌に更に喜色の度合いを増した笑みを浮かべ、眼下の小さな破面を見つめるギンの姿が其処にあったのだ。

 

 

 

 

 

そうして小さな破面フェルナンドに興味を持ったギンは、フェルナンドの命の危機とも呼べる状況に割って入った。

彼が誰よりも早くフェルナンドの下に駆け付けたのは、彼自身が速かったという事も然ることながら、フェルナンドから目を離していなかったという事が大きい。

誰もがハリベルとネロの激突に意識が向く中で、ギンだけはそれよりもフェルナンドを見ていたのだ。

だがそれは心配というよりは寧ろ期待、あれで終わりか?もっとないのか?というギンの興味の視線が結果誰よりも早くフェルナンドの動きを気付かせ、誰よりも速く動き出す事が出来た理由だった。

 

 

「いいんだ。 そんな事で君を咎めはしないよ、ギン。寧ろ止めてくれた事を感謝するよ、その彼はいろいろと特別だからね…… 」

 

 

謝罪するギンに対し藍染はそんなものは必要ないと答え、それよりもそのギンの行動に感謝するぐらいだと言った。

特別、藍染の口から零れたその言葉の意味とは何かそれはまだ定かではなく、それすらもこの藍染惣右介という男の詐術という可能性を多分に含んでいる。

真実を語ろうとも疑念を孕み、虚言を語ろうともそれすら真実へと姿を変える。

それが藍染 惣右介の言葉、故に真意を探る事すら無意味。

 

 

「そんなら良かった。 そしたら坊は治療……って、危ないなぁいきなり。」

 

 

藍染の許しの言葉にギンは下げていた頭を勢い良く上げ、そんな事などあったかといった雰囲気で飄々と振舞っていた。

そしてボロボロのまま気を失っているフェルナンドを治療させようとしたギンだが、その彼の首目掛けて閃光が奔る。

それは刀による一撃、ギンはそれを避けるとその一撃を放った者に先程と同じ飄々とした雰囲気のまま、今まさに首と胴が離れたかもしれないことなど気にも留めていない様子でしかし、わざとらしく斬りかかってきた相手を非難する。

咄嗟の事でフェルナンドの肩を放してしまったギン、そのまま床へと崩れるかと思われたフェルナンドの身体はその刀の一撃を放った者にしっかりと抱き止められていた。

 

 

「貴様…… 市丸、 フェルナンドに一体何をした……」

 

 

フェルナンドを抱きとめているのはハリベルだった。

刀を構え、その切っ先をギンへと向けたまま語る彼女の言葉には明らかな怒気が含まれている。

それもそうだろう、目の前で失われるはずだった彼女の『仲間』、解放によって死ぬ事はなかったがギンの行動によってまるで死んだかのように倒れたのだ。

そんなフェルナンドの姿を目の当たりにすれば、流石のハリベルも平静ではいられなかったのだ。

 

 

「なにすんねや4番サ…… あぁそうやった、今は3番サンやったね。昇位しはったんやろ? 僕も三番なんや、同じ三番同士仲良うしような?」

 

「そんな事はどうでもいい。 何をしたと聞いている…… 」

 

 

隠すことなく怒りを向けるハリベルに、ギンはやはり飄々として向けられた感情に気が付かないような素振り。

掴み所の無いギンを前にしかしハリベルはその雰囲気に流される事なく、彼がフェルナンドに、自分の『仲間』に何をしたのかと問いただした。

 

 

「つれへんなぁ~。 ま、ええわ。 何をした言われても坊が大分危なそうやったからこの薬(・・・)を使こうたんや。『穿点(がてん)』言う死神の薬でな、ホンマなら一滴で充分なんやけど君ら破面にちゃんと効くか判らへんかったから、一瓶まるごと使こたんや。効果は…… まぁ見ての通りやな 」

 

 

硬く、警戒を解かないハリベル、そんな彼女の様子を見て残念そうに肩を落とすギン。

しかしそれも束の間、未だ刀を向けるハリベルにギンはその懐から、彼の掌に収まるほど小さな薬瓶を取り出しハリベルへと見せる。

 

『穿点』

そう呼ばれたその薬瓶の中身、それは死神が用いる薬だと説明するギン。

穿点と呼ばれる薬は本来は一種の麻酔薬であり、液状でなく揮発させ気体として吸入させる事で手術などの治療の際の麻酔として使用する薬である。

しかし皮膚などから液体のまま吸収した場合その者の体内での霊子運動に過度に作用し、霊子の運動は急激に低下、その霊子の急激な変化に伴い大抵の者は一滴皮膚に付着しただけで、卒倒してしまうほど強力で取り扱いの難しい薬でもあった。

それを一瓶まるごとフェルナンドに使ったというギン。

本来一滴で卒倒するほど強力な薬を一瓶使い切る、という行為は危険な行為ではあった。

しかし死神と似通っているといっても元は虚である破面達、本当に穿点が、死神の薬が効くという保障は無く、急を要する状態であったフェルナンドを止める為止む無くギンは一瓶全てを使用したのだと言う。

 

 

「……無事、なのだな?」

 

「心配せんでエエよ、ただ気を失ってるだけや。どっちか言うたらそのボロボロの身体の方が危ないわ、早う治療せんと僕が助けた意味なくなってまうで」

 

 

ギンに対しフェルナンドは無事なのかと確認するハリベル。

ギンが使った薬や、その効果などハリベルにとっては本当はどうでもいい事だった。

本当に彼女がその感情を顕にしてまで知りたかった事、気がかりだった事はフェルナンドが無事なのかどうか唯それだけ。

『仲間』というものを再確認した彼女にとって、今一度目の前でそれを失うのは耐えられない事であった。

そうしてフェルナンドの無事を確認するハリベルに対しギンが返した答えは肯定。

それを聞いたハリベルは、ギンに向けていた斬魄刀を下ろし背に背負った鞘へと器用に納めた。

 

 

「そうか…… 刀を向けた事は詫びよう。コレが世話になった」

 

 

意識の無いフェルナンドを支えるようにしながら、ハリベルがギンへと頭を下げる。

ギンの方はそのハリベルの姿を見てどこか謙遜したような風で軽く手を振ってそれを止めさせた。

 

 

「ええって、僕がすきでやった事やから。 その坊オモロそうやんか、こんなしょうもない事で死なれたらつまらんやろ?」

 

 

そう言ってハリベルに笑顔で語りかけるギン、本当にただ面白そうだから助けたというだけの理由で彼はフェルナンドの命を救ったのだった。

フェルナンドが、そしてギンが割って入った事によってネロとハリベルの戦いは回避された、かのように見えた。

ハリベルに最早戦う気はなく、フェルナンドは意識を失い、もとよりギンは二人の戦いなどどうでも良かった。

 

 

だが一人、屈辱と怒りとその傲慢なまでの自尊心によって今にも爆発してしまいそうな男がいた。

 

 

「しょうもない事だと? オレ様を蹴ったならいざ知らず、オレ様の指を斬ったならいざ知らず、この”神”たるオレ様の頭を二度も足蹴にしたその小蠅の行為がしょうもない事だと……?ゲハハ、そうか…… お前等全員、よっぽど死にたいらしい…… なら死ね、今死ね、直ぐに死ね…… 今、此処で、死に絶えやがれ!ゴミ共がぁあアァァあアア!!ウオォォォオァァアアァアァアアアア!!!」

 

 

床に叩きつけられた、というあまりに予想外の出来事によって今まで沈黙していたネロが一気に起き上がり、喚き散らし咆哮した。

彼にとってそれはありえない事、”神”たる自分の上からその頭を踏みつけるかのごとき攻撃が降ってきたのだ。

目の前の獲物であるハリベルへと集中していたネロは、その振ってきた二対の踵に気付く事ができず結果その頭頂部に直撃を許してしまった。

 

そしてそれは彼に理性を放棄させるのに充分たる出来事であった。

神たる己が地に這う姿、頭を踏みつけられ無理矢理床を舐めさせられるような屈辱、冒涜。

その耐え難いそして許し難い行為と結果を前に、ネロにとって最早フェルナンドがハリベルがという問題ではなくなっていた、目に映る全てが彼にとって殺すべき愚者にしか映らなくなっていたのだ。

このネロという破面に“抑制”という言葉は無い、ただ感情のあるがままに突き進み続ける存在、それが彼なのだ。

その感情の行方すら定めず、ただその瞬間瞬間の感情に流され己自身翻弄される、そこに躊躇いは無く後悔もない、故にこの男が冠するのは『暴走』なのだろう。

 

そうして最も手近にいるギンへと拳を奔らせるネロ。

しかしギンの方はそれを避ける素振りすら見せず、相変わらずの笑顔のまま一言、小さく呟いた。

 

 

「あんまり”身勝手(おいた)”が過ぎると怒られてまうで?」

 

 

小さく、けれど周りにいる者にしっかりと聞こえたその呟き、それはネロに宛てたものかそれとも彼が単に思った事を口にしただけなのか。

しかしその呟き程度でネロは止まるはずも無く、奔る拳はギンへと吸い込まれていく。

小さな呟きはそのまま彼の遺言となってしまうかに思えたが、しかし次の瞬間その呟きに答える者がいた。

 

 

 

「その通りだ。 少々目に余るな、ネロ」

 

 

 

静かながらも威厳に満ちたその声、それと同時に暴れまわるネロの胸の前、正確には彼の胸に空いた孔の前に指の先程の小さな正方形が現れた。

現れた正方形、そして変化は劇的に訪れる。

その小さな正方形が四方へと瞬時に弾けたのだ、弾け、膨大な光を発しながら広がるそれは光の帯となり、眩く発光する帯びの表と対照的にその裏側はその光を吸い込むかのごとき暗黒。

光と闇を裏と表に縫い合わせたような帯は四方八方へと分かれた後に方向性を見出し、ネロの方へと向かうと彼を幾重にも包み込むように覆い隠す。

光と闇の帯び、それに包まれていくネロ、そして包まれていく彼の姿は次第にその場の景色と同化していき、まるで断末魔のような叫びだけを残し最後にはネロの姿はなくなっていた。

 

静まり返る広間、その静けさは叫びが聞こえなくなったせいかそれともネロという暴虐の徒が消えてしまった事への驚きか、そうして静まり返る広間の破面たちの視線が注がれる先は、玉座に座りながら片腕を軽く前に出している藍染の姿だった。

 

 

「藍染様、アレは? 」

 

 

そうしてその場にいる全ての者の疑問を代弁するかのように、緑の瞳と雪の肌をもった破面、ウルキオラが藍染に問いかけた。

鷹揚のない声で発せられたその問に藍染は然も無い事のように答える。

 

 

「あぁ、アレは君たちも知っている『反膜の匪(カハ・ネガシオン)』だよ、ウルキオラ。 ……と言っても君達十刃に渡している物とは少し違う(・・・・)。通常の反膜の匪は一つの閉次元に対象を幽閉するものだが、アレは連続した(・・・・)閉次元に対象を幽閉するんだ。一つ閉次元を破った先にはまた違う閉次元が、その先にもまたといった具合に閉鎖された次元を意図的に捻り。連環状に並べ、更にそれ自体も閉じている、という事さ。言うなれば『連反膜の匪(カハ・ネガシオン・アタール)』と言ったところかな」

 

 

そうしてウルキオラの問に答える藍染。

『反膜の匪』というのは藍染が十刃それぞれに与えた物であり、その用途は部下の処罰に使用するための道具だ。

対象の霊体を永久的に閉次元に幽閉することが出来るこの匪、数字持ちクラスではその閉次元から抜け出す事はおそらく叶わず、かといって霊体である彼等は霊子の濃い場所では呼吸するだけで存在し続けられる、故に餓えて死ぬことも無く永遠に閉じ込め続けられるのだ。

しかし反膜の匪は部下の処罰用に造られた側面が大きく、それ以上の霊圧を持つ十刃クラスへの使用は考慮されていない、故に対象の霊圧如何では自力で抜け出す事も可能なのだ。

 

しかし今回藍染がネロに対して使った『連反膜の匪』は違う。

十刃クラスたるネロならば、2~3時間で通常の反膜の匪の閉次元を破り、抜け出してしまうだろう。

だがその抜け出した先がまた閉次元なら、それを抜けた先もまた同じ、その先も、その先も、その先も、と連続して続く閉次元に閉じ込められたとしたらどうだろう、その全てを破壊し抜け出すというのは、現実的に不可能に近いのではないだろうか。

それこそが連反膜の匪の特異性なのだ、そしてその特異性は同時に一つの事実を物語る。

 

藍染はその意思一つで、十刃を永遠に幽閉する事が可能(・・・・・・・・・・・)である、と。

 

「一つ宜しいでしょうか藍染様。 第2十刃殿は永遠に閉次元に囚われる、という事でしょうか。それでは十刃に空席が生まれるのでは?」

 

 

藍染の説明に対して一人の十刃が質問を投げかける。

髑髏の耳飾と首飾りのような仮面の名残を残した浅黒い肌の大男、角張った顎に黒い仮面紋が奔り眉は無く厚めの唇、服の上からでもわかる筋肉質な体形と、後ろ手に腕を組みその手に斬魄刀を握ったまま藍染へと正対するその男。

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)『ゾマリ・ルルー』だ。

 

 

「心配は要らない。 “鍵”さえあればコチラからなら何時でも扉を開く事ができるようにしてあるからね。だがネロには当分は中に居てもらう。 少し頭を冷やしてもらおうと思ってね、あのままでは玉座の間(ここ)どころか城の一部まで崩壊してもおかしくなかった…… 私としても苦渋の決断だったよ 」

 

 

ゾマリの問にまるで他に手は無かったかのように話す藍染。

それこそ彼の実力を持ってすれば手などいくらでも在るのだ、ただ彼の中で単に効率的に事を進めるには連反膜の匪が一番良かった、というだけの話でありネロをこの場から離す事と、連反膜の匪自体の起動と実証実験も兼ねての運用情報の蓄積、常に彼の元には”利”のみが残る、そうなるように立ち回るのが藍染惣右介の習性とも言えるだろう。

 

そうして話が終わると、藍染は玉座から立ち上がり二回ほど手を打ち鳴らした。

響くその音が更に彼への注目を集めさせる。

 

 

「さて…… こうも誰もいないのでは私が話す意味も無いかな。今日はこれで解散とし、後日改めて集まってもらう事にしよう。では解散だ…… ハリベル、君もフェルナンドを置いて下がりたまえ。彼の治療は私がしよう」

 

「 お待ちください藍染様っ!ッ……!?」

 

 

ネロの暴走により閑散となった広間、数えるほどしか居なくなった破面達だけに話をしても意味は無いと、藍染はこの場は解散すると決した。

そしてハリベルを呼び止めると、フェルナンドを置いて下がるように云いつける、彼自身がフェルナンドを治療するから、と。

それに対しハリベルは難色を示した、それを伝えようと彼女が言葉を発した瞬間まるで天井が振って来たかのように彼女はその場で押しつぶされるような感覚を味わうことになる。

それは嫌というほど良く知るもの、藍染惣右介の放つ霊圧に他ならなかった。

それ自体が物理的に存在しているかのような圧倒的密度と量、それが彼女の上に今圧し掛かっていたのだ。

 

 

「私は下がれ、と言ったよハリベル。 今回の事は君にも責任がある、暫くは従属官と共に宮殿でゆっくり謹慎していてくれ。……心配は要らない、フェルナンドは必ず治すよ…… いいね?ハリベル」

 

 

有無を言わさぬ霊圧の波濤、自身の望む答え以外は必要無いとでも言うかのようにハリベルへとその霊圧を向ける藍染。

決して全力を出して、必死になってその霊圧を出している様子は彼には無い、それこそが彼の信の実力を物語っていた。

先の折ネロはその教唆と詐術にたけた頭脳に目がいってばかりだったが、ネロは見落としているのだ、藍染惣右介は“力”を持って破面を支配しているという事を。

それを今身を持って味わっているハリベル、彼女の中でも葛藤はあったろうがしかし確実に、そしてフェルナンドの身を案じるのならばその答えは自ずと導かれた。

 

 

「クッ…… 申し訳、ありません……でし、た。……出過ぎ、た申し出……お許しくだ、さい」

 

 

そうして彼女が折れた直後、その押し潰すかのごとき霊圧は嘘のように消え去った。

そして藍染は依然として笑顔のまま彼女を見下ろす。

 

 

「ありがとう、ハリベル。 わかってくれて私も嬉しいよ。では皆、後日会えるのを楽しみにしているよ。 ……ギン、彼を頼む」

 

 

そうしてハリベルに形ばかりの礼を告げた後、藍染はギンへとフェルナンドを連れてくるよう命じその玉座の裏に在る通路に消えていった。

藍染が居なくなった事により、ハリベル以外の十刃もそれぞれ自分の宮殿へと引き上げていく。

そして残ったハリベルにギンが近付き話しかけた。

 

「ほんなら坊は預からせてもらうわ。……心配いらへん、ちゃぁんと治して貰うよって」

 

「すまん…… 頼む…… 」

 

 

ハリベルが抱きとめるようにして支えていたフェルナンドの身体を、ギンはゆっくりと持ち上げた。

そうして持ち上げたフェルナンドの身体は想像以上に軽く、それを今まで支えていたハリベルが気付かないはずも無く、そのどこか不安さを感じさせる瞳を見たギンは、常の笑顔とはまた別の、笑顔では在るのだが真剣な雰囲気をその身に纏わせハリベルに心配ない、と言った。

対してハリベルは唯一言すまんと、そして頼む、と言うに留まった。

それだけで彼女の思いは伝わったろう、そしてギンはそれ以上彼女に声をかける事無く、藍染の消えた通路へと入っていった。

 

 

 

 

 

「あぁ、来たね、ギン」

 

 

振り返るようにして部屋へと入ってきたギンを迎える藍染。

その藍染の前には一つの装置、人一人がゆうに入れそうな円筒状の透明な筒、そしてそれに繋がる無数の管と、なにやら良くわからない装置の類がギンの目の前に広がっていた。

 

 

「は~、いったいコレなんですか? 藍染隊長 」

 

 

フェルナンドを抱えたままそう口にするギンに藍染はその装置を説明する。

要約すると円筒の中に対象者を入れ、意図的に霊子の濃度を増した薬液で満たす事で対象者の外傷また霊子的欠損の補完修復と、それに伴う霊圧の回復を行う装置という事のようだった。

研究者ではないギンにとって半分も理解できない内容だったが、フェルナンドの治療に使うという事はわかったようだった。

 

 

「では、始め様か……」

 

 

フェルナンドの身体を円筒に納め、装置を起動する藍染。

どこか嬉々とした様子なのはフェルナンドの破面化の際と変わらなかった。

治療はする、しかしその結果何が起こるのか、何も起こらないのか、起こるのならば何が起こるのかは彼にとってわからない事、予想のつかない事ほどの“娯楽”は無いのかもしれない。

全てにおいて誰よりも抜きんで、先んじて解ってしまう藍染にとって普段わからないという事に触れる機会は少ない。

故にこの状況は彼にとって久々に触れる不確かであり、やはり”娯楽”なのだ。

 

それが例え他者の命を弄ぶ行為であっても。

 

 

円筒の中が薬液で満たされる。

その中をたゆたう様に浮かぶフェルナンド、その身体は過度の霊圧解放により崩壊が始まっていた。

傷口が裂け、そして人体ではありえない罅がその傷口から奔っている。

肉体というよりは、朽ちていく石像の様な印象を受ける痛々しいフェルナンドの姿、それは代償の姿なのか、己の生命というものを省みずそれを火にくべ燃やし尽くしたが故の結末の姿、その一歩手前の状態が今のフェルナンドだった。

 

 

「藍染隊長、一つ聞いてもエエですか?」

 

「なんだい? ギン 」

 

 

嬉々として作業する藍染にギンは一つ疑問を投げかける。

 

 

「どうしてそこまで坊を気に掛けはるんです?」

 

 

ギンの言う事は至極的を射ていた。

そもそも何故藍染がコレほどまでフェルナンドに肩入れするのか、他の者にそれは理解できない事だろう。

彼よりも強い破面はいるだろう、それこそ十刃という最強の剣を携える藍染ならそれは尚の事だ。

しかしその問に藍染は特に考え込む事も無くすんなりと答える。

 

 

「君と同じだよ。 面白そう(・・・・)だからさ…… 彼は非常に興味深い個体だ、その存在自体が奇跡じみているんだよ。奇跡などという安い言葉を使いたくなるほどに、ね」

 

 

面白そうだから、藍染もギンと同じにフェルナンドに他とは違う何かを見出していた。

しかし藍染がギンと違うのはギンがフェルナンドの在り方(・・・)に興味を抱いているのに対し、藍染はその存在(・・)の方に重きを置いているような、内面や精神はどうでもいい、あくまでその外殻としての”存在”が彼に興味を抱かせているようだった。

 

 

「やっぱりそう思いはりますか。 いやぁ~一目見てピンと来たんです、オモロい子ぉやって。イヅルとはまた違う種類ですけどね 」

 

「あぁ、彼は非常に興味深いよ…… そして何より彼は私の“駒”として相応しい。重要な部分になりえる可能性がある。」

 

「重要な、ですか? そりゃまたいったい……って、なんやなんや?」

 

 

微妙にずれている二人の会話、その原因は見ているものがほんの少しずれているのだろう、そして藍染が口にした重要という部分を聞こうとギンが再び藍染に話しかけたときある変化が起こった。

フェルナンドの入った円筒に満たされた薬液から無数の気泡が上がり始めたのだ、それは加速度的に量を増していき、それは満たされた薬液が何らかの理由で沸騰しているという事を表している。

そしてその理由など一つしかない、フェルナンド、彼がこの事態を巻き起こした理由だった。

 

 

「どうやらフェルナンドの身体が大量の熱を発しているようだね。薬液に満たされた霊子で穿点の効果が弱まったようだ…… 更に霊子を吸収して霊圧が急上昇している。これは装置が持たないな…… ギン私の傍へ……」

 

 

藍染は冷静に状況を把握していた。

現状に至るでの経緯を瞬時に把握し、それを余す事無くその頭脳に記憶する。

そして熱源たるフェルナンドの身体は更に身体中に罅を刻み、今にも砕けんほどとなっていた。

肉体が砕ける、それは”死”以外の何者でもない、そしてそれはフェルナンドに迫りそしてその時は訪れた。

 

 

「縛道の八十一『断空(だんくう)』」

 

 

硝子が砕けて割れるような音と共に残酷にもフェルナンドの身体が砕けた。

終焉の音、生命の終わりとしてはあまりにも無機質な音が響き、そしてその直後、彼の身体に奔る無数の罅の奥から紅い紅い炎が大量に噴出した。

それは一瞬で円筒を満たし、更に溶かし尽くして外へと飛び出す。

部屋を満たさんとばかりに荒れ狂う炎の奔流、しかし藍染は縛道の術によって自身の前に出現させた薄い光の壁によってそれを完全に防いでいた。

その壁に阻まれながらも尚も荒れ狂う炎、そして荒れ狂うようだった炎は次第に弱まり、そして収束し、部屋の中心で2mほどの火球となり落ち着いた。

 

荒れ狂っていた炎が一点に集まったそれは、炎と霊圧の塊。

集まり、尚も燃え続けるその火球、まるで小さな太陽が其処に顕われたのかという程の熱量を放ちながら回転するそれ。

それを藍染は光の壁越しに見ていた。

 

 

「藍染隊長、あれは一体なんですか?」

 

 

火球を指差しながら訪ねるギン、それは当然の疑問だった。

フェルナンドの身体からあふれ出た炎、本来、破面として肉体を失ったフェルナンドは死んでいる。

しかし目の前の小さな太陽からは明らかにフェルナンドの霊圧を感じるのだ。

 

 

「あれ”も”フェルナンドさ。 ……ギン一つ聞くが、魂魄が最も安定する形(・・・・・・・)というのは知っているかい?」

 

「はぁ、そりゃもちろん”人型”です」

 

「その通り、人の魂が種として最も長くそして連綿として積み上げて来た形、それが“人型”だ。故に人間だろうと死神だろうと、そして虚だろうとそれが本当は一番安定する形なのだよ」

 

 

魂の形、それが最も安定する形、それは人型であると藍染は語る。

人間という種族が積み上げて来た年月、そして親から子へと受け継がれるように連なる遺伝によって、魂の最も安定する形は”人型”なのだ。

人間、死神はもとより破面も元を辿れば人間の魂魄である事に変わりは無い、それ故力あるは面達は破面化の際人型をとる。

霊力霊圧が上昇し魂が高位に押し上がる際、自然と無意識に魂が人型を形作る為に。

 

 

「彼、フェルナンドは少し変わっていてね…… 大虚だった頃は肉体が無かったんだ。 それ故自分の最も安定した形、というものも判らなかった。炎を収束すると馬の形になるそうだが、それはおそらく炎となる前の彼が馬の形をした虚だったのだろう。 しかしそれすらも忘れてしまうほど彼は不安定な存在だったのだよ 」

 

 

大虚だった頃のフェルナンドの状態を語る藍染。

炎とは即ち無形である、確たる形の無い“流動する力”の塊、それを自我を持って己が身体としていたのがフェルナンドだった。

そしてそれはひどく不安定なものだと藍染は言うのだ。

 

 

「彼の破面化の際、私はいつもとは違う術式を試した。炎を用いて肉体を再構成する、という術式だったがしかしこの術式には欠点があった。それは現状の炎(・・・・)のみで肉体の再構成を行ってしまう点だ。彼はハリベルとの戦いで消耗していた…… そのまま破面化を行った為彼の肉体は不完全に、小さく脆い少年のそれになってしまったのだよ」

 

「はぁ~、それでこんなちっこい破面になってもうたんですか。」

 

 

フェルナンドという炎、その再構成と欠陥、ギンにそれを語る藍染だがその瞳はギンを見ておらず、未だ燃え盛る火球を見ていた。

消耗した炎による不完全な身体、それが現状のフェルナンドだった、そして藍染は更に言葉を続ける。

 

「先ほど言った魂の形、それはその魂魄が最も安定する形だ。だがもし、魂の形とそれが入る器の形が違っていたら…… 器は溢れる魂を受けきれず、その重さに耐えられず何時かは割れてしまうだろう。そして今フェルナンドに起こっているのはまさにそれさ。ネロによる肉体への過度な負荷、そして箍の外れた精神、回復を始めていた彼本来の霊圧が一気に噴出し結果、彼の(肉体)は崩壊してしまったのさ」

 

 

そう、魂と肉体の差、それがフェルナンドに起こった自称を全て説明する鍵だった。

肉体が魂を完全に受けきれていないという事実、小さな器に大量の水を入れれば零れるのは明白、そして魂という名の“重み”を持ったその水は何時か器を壊してしまう、霊圧を解放したフェルナンドが負傷するのはそのためだったのだ。

しかし破面化よりおよそ半年、霊圧も回復してきていたフェルナンドにネロという破面が加えた尋常ならざる肉体への負荷と、おそらく彼がこの虚夜宮に来た最たる目的を邪魔されるという精神的な負荷が相まって箍は外れ、魂の水は一気に器たる肉体へ降り注いだのだ。

そしてフェルナンドの肉体はその圧倒的な圧力によって崩壊してしまったのだ。

 

「ほんならあの火の玉が坊ゆうことですか?でも、あれやと破面いうより大虚に戻ってしまったみたいやなぁ」

 

「いや、そうでもないさ。 フェルナンドの魂は自身が最も安定する“人型”というものを知った。そして須らく魂は安定を望む、私の考えが正しいのならば…… フフ、始まったようだね……」

 

 

その藍染の言葉が契機となったかのように、火球に変化が起きる。

2m程だった火球は更に小さく、その円の中心へ向かって収縮していった。

そして火球が収縮するにつれ現れるのは人間の四肢、その末端である手であり足であった。

尚も収縮を続ける火球、そして見え始めたのは腕であり脚であり、そして頭部と続き、遂に火球はまるでその肉体の胸に空いた孔に吸い込まれるかのように消え去り、その場に残ったのは一人の”青年”だけだった。

 

細身の身体、身長は160~170cm前後か、線は細いがその身体はしなやかさと力強さを備えたような筋肉に覆われていた。

髪は金色、短めで後ろに跳ね上がるよう流れ、後ろ髪だけは他と比べ少し長めであった。

胸の中心には黒い孔が穿たれ、額の中心には紅い菱形の仮面紋、左の眉からコメカミ、左目の下を添うように残った仮面の名残は健在で、今は閉じられている瞳はきっと燃えるような紅だろうことを予見させた。

 

そこには成長した(・・・・)フェルナンド・アルディエンデという名の破面が確かにいた。

 

 

「あららぁ、一気に大きゅうなってもうた 」

 

 

ギンが眉を上げ、驚いたような素振りで呟く。

彼にしてみれば予想外の結末だろうそれ、しかしもう一人の男、藍染は少し違っていた。

ギンの前に居る藍染は驚き、というよりも寧ろ歓喜の色を濃くしたような雰囲気。

所詮彼にとって”娯楽”以外の何者でもない今回の出来事だが、その結果は上々のものと言えたのだろう。

喜色を浮かべ、藍染が小さく呟く。

 

 

「やはり君は面白い、フェルナンド・アルディエンデ…… 」

 

 

一層深い笑みをその貌に刻み付けた藍染が、フェルナンドの再誕を祝福していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘇りし紅

 

十の剣に刻まれし

 

童子の記憶

 

剣達よ

 

今何を思う

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公成長。
暴君は幽閉されました。

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