BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.23

 

 

 

 

 

「陛下、何か良い事でも御座いましたか?」

 

 

玉座での一件の後、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)バラガン・ルイゼンバーンは自身の宮殿へと戻り、数多の骨が組み合わさって出来た豪奢な椅子に腰掛けていた。

その後ろには装飾なのか赤い布が幾重にも重なるように天井から下がり、入り口からその椅子まで一直線に真っ赤な絨毯が敷かれ、その絨毯の両脇に膝を折り、頭を深く下げて居並ぶのは彼の従属官達。

その中で最もバラガンの座る椅子に近い場所にいた、剣歯虎の頭蓋の仮面を被った三つ編みの従属官がバラガンへ話しかける。

そして数瞬の沈黙の後、バラガンがその鋭い視線を件の従属官へと向ける。

 

「……わかるか…… 」

 

 

バラガンの口から紡がれたのは肯定の意。

従属官の語った事に対してやはりわかるか、とその口元を僅かに緩め答えた。

 

 

「はい、衆議より御戻りになられてからの雰囲気が幾分、和らいでおられました故」

 

「フン、大した事でわないわ。 ネロの阿呆(アホウ)がボスに灸をすえられただけじゃい…… 」

 

「はぁ…… 第2十刃(ゼグンダ)が、ですか…… では”良い事”というのは一体…… 」

 

 

従属官の雰囲気が和らいだという言葉を鼻で笑いながら、バラガンはネロが藍染によって幽閉された事を明かした。

虚夜宮全体で見ればある意味大事件であるそれを大した事ではないと切り捨てるバラガン、そんなバラガンの態度に幾分困惑しながらも従属官は、彼の雰囲気を和らげた“良い事”というのは何かと訪ねる。

その従属官の言葉にバラガンはまたも数瞬沈黙し、そして小さくククッと笑ったかと思うとそれを話しはじめた。

 

 

「なに…… ネロの馬鹿垂れが金髪の(わっぱ)に良い様に叩き伏せられよったのだ。 “力”の何たるかを解さずただ“暴”として振り回す事しか出来ん彼奴(あやつ)にはいい薬よ…… それにしてもあの童…… ハリベルの奴が随分気にしていたようじゃが何者か…… 」

 

 

従属官に己の機嫌のいい理由を話すバラガン。

それはネロがあまりにもいい様に叩き伏せられたことが理由だった。

“叔父貴”とバラガンを呼ぶネロ、初対面でネロはバラガンが第1十刃だと知るといきなり彼へと襲い掛かった。

虚夜宮で一番強い第1十刃、それを殺せば自分が最強だと証明できる、実に短絡的で単純な思考だがしかしそれは戦う事しか知らぬ彼等にとって真理に近いものだった。

結果、なす総べなくバラガンに返り討ちにあったネロ、真っ向から力で捻じ伏せられたネロにとって初めての経験(敗北)、そして自分より強いとバラガンを認めた彼はバラガンの事を叔父貴と呼ぶようになっていた。

そうしてバラガンに対し一応の敬意を払うネロをバラガンも気には掛けていた、しかしその後もネロの振る舞いは癇癪を起した子供とさして変わらない。

その認識はバラガン以外の十刃、そしておそらくは彼らの創造主藍染も同じであろう。

しかしそれでもネロが第2十刃の地位でい続けられる、それは彼がそのどうしようもない性格を補って余りある“力”と、真なる力(・・・・)を持っているが故でも在った。

 

 

しかしそのネロが叩き伏せられる、それも子供の外見をした小さな破面にだ。

それは意思無く、ただ感情の赴くまま暴れるだけのネロに訪れた転機であると、バラガンは考えていた。

振り回すだけでは駄目だという事を知る転機、“暴”を“理”によって制し戦う事こそが本来の力のあり方であることを知る転機であると。

しかしその転機を生かすも殺すも結局はネロ次第、幽閉された閉次元の中で少しでもネロが考えるという事を学べば、と思うバラガン。

 

そしてもう一つ、そもそもネロを叩き伏せたあの小さな破面は一体何者なのかという事。

一瞬、それこそ燃え尽きる前の蝋燭の火の如き一瞬の力、おそらく命と引き換えであろう力でもってネロを叩き伏せた少年、第3十刃であるハリベルがやけに気にしていたが一体何者か、バラガンの内に残る疑問、しかしそれはあっさりと解決する。

 

 

「金髪の童…… おそれながら陛下、それはおそらく『フェルナンド・アルディエンデ』という名の破面で御座いましょう。番号は未だ与えられておりませんが、先頃起こった『数字持ち(ヌメロス)狩り』を行った張本人である、という噂が虚夜宮全体でまことしやかに囁かれております」

 

「ほぅ…… あの童が、のう……」

 

 

バラガンの疑問に答えたのは跪いている従属官の中の一体、頭頂部から目元、鼻先にかけてと、顎の線に沿うように顔のほとんどを仮面で覆われている長髪の従属官だった。

その従属官が語るのはその金髪の童の名はフェルナンド・アルディエンデ、数ヶ月ほど前に起こった『数字持ち狩り』なる事件を起こした張本人である、というのだ。

それを聞いたバラガンはその言葉に多少驚いた様子だった。

バラガンもその事件事態は知っていた、だが所詮数字持ちの諍いであり、十刃、それもその頂にいる自分には関係の無い事と深く知ろうとはしなかったのだ。

だが、彼の従属官が言う事が本当であればあの少年はたった一人で数字持ち全てを倒した、という事になる。

数字持ちといっても人数は多い、与えられる数字の最大がNo.99、現在その数字を持つ者は居ないがその中から従属官を差し引こうとも、少なく見積もっても数十名近くいることに変わりは無い。

それをあの少年がたった一人で全て倒したという、俄かには信じられない事ではあるが実際その片鱗を見ているバラガンにとってその事実は素直に受け入れられるものであった。

 

 

「フハハハハ。 なるほど、あの童がそうか! 確かに光るものは持っておったわ…… ならば、一つ試してみるか……のぉ 」

 

 

バラガンは一つ大きく笑うと何事か納得したように頷く。

そして玉座のまでの一件を思い起こし、その記憶の中のフェルナンドの中に煌く“力”の片鱗を確かに見ていた。

そうしてバラガンは手を自分の顎に持っていき、二、三度その顎に蓄えた髭を撫でると口元を歪ませ、鋭い目付きで何事か思案するのであった……

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

第4十刃(クアトロ・エスパーダ) ウルキオラ・シファーは彼にあてがわれた宮殿の一室にて瞳を閉じ、佇んでいた。

部屋というものはその部屋の主の内側を映し出す鏡だ。

几帳面な者はその隅々までが整理され、逆に大雑把な者は乱雑に、精神が充実している者の部屋は明るく病んでいる者は暗く淀んだそれとなる。

そして今、ウルキオラが佇むその部屋は殆ど何も無い、装飾というものをまったく排した部屋だった。

それほど大きいという部屋ではない、しかしあまりにも何も無いゆえその部屋は実際よりも大きく見えた。

在るのは一脚の椅子と、切れ込みのように縦長に空いた採光用の窓だけ。

 

その部屋がもし彼の内面を写しているとするならば、彼の内側は“空《から》”なのだろう。

何を求めるでもなくただ淡々と、そして粛々と与えられたものだけを完遂する。

そこに自己の考えなどというものを挟むことすら彼には思いつかない、ただ粛々と主たる藍染の命だけを実行する、それが彼の存在する理由の全てなのだ。

 

瞳を閉じ佇むウルキオラ、その瞼に映る景色、それは玉座での出来事。

ネロとフェルナンドという二人の破面が起した事の顛末、実際にはネロが原因であるのだが今更何を言ったとて何かが変わる訳でもない。

そして争う二体の片割れの姿を見るのは二度目、正確には三度目ではあるが彼にとってそんな事はどうでもいい。

 

そう、どうでもいい事なのだ。

 

ウルキオラにとって玉座で起こった一件は所詮どうでもいい、瑣末な出来事に他ならなかった。

第2十刃と塵の諍い、周りはどうあれ彼、ウルキオラのこの事柄に対する認識などその程度。

どちらが有利だった、どちらが優勢で結果どちらが勝利者と言えた、などという安い評論じみた事を彼はしない。

結果も、それに至る過程も知る必要など無い。

瑣末、瑣末の極み、ウルキオラにとって必要なのは藍染の命令を完遂する事でありその他の出来事、それこそ他者の生き死に等は瑣末過ぎる出来事にほかならないのだ。

 

しかしその瑣末に過ぎない出来事がウルキオラの内から消えなかった。

思い返すウルキオラの瞼に移るフェルナンドの姿、何故か血塗れの彼、そして何故かその血塗れの彼は強大な力で第2十刃を叩き伏せる。

叩き伏せたネロを前に何事か叫ぶ彼、ウルキオラの理解の外に在るそれは感情の発露だろう、理性で押えつける事ができないその叫び、それはフェルナンドという破面の奥の奥、その更に奥である彼の最奥にある存在。

(かたち)無く、触れる事も見ることもできないが確かに存在するであろうそれが引き起こす叫びと“力”。

 

『心』

 

情報としては知っている、そういうものが存在するのだという知識をウルキオラは持っていた。

頭を割っても見えず、胸を裂いても見つからないそれ。

その現実としてその目で視る事も、その手で触る事もできない存在、あまりにも不確かなそれをウルキオラは理解できなかった。

 

瑣末な出来事の中に潜む小さな疑問。

フェルナンドという破面が見せた不可解な力、そしておそらくそれを引き出したであろう『心』という不確かな存在。

その疑問はウルキオラの内に小さな棘となり刺さった、命令のみを遂行する機械に近かったウルキオラの内側に芽生えた興味という感情。

 

 

『心(こころ)』とはなにか?

 

 

瞳を閉じ佇むウルキオラ、その“解”を求め思考に埋没する彼がその解にたどり着くのは、まだずっと先の事だった……

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

「生き延びた……か……」

 

 

第5宮、その中でも一際高い塔の最上階でその宮殿の主、第5十刃(クイント・エスパーダ)『アベル・ライネス』は小さくそう呟く。

アベルは自身の持つ“千里眼”によって、玉座の間を去った後、藍染によって連れて行かれたフェルナンドの状況、そして変化と再誕の全てを”視て”いた。

 

『諦観』

アベルが象徴する死の形、諦めというそれは肉体ではなく精神の緩やかな死を意味していた。

諦めとは何事にも期待しないという事、期待というものには何の根拠も無く不確定であると同義であり、不確定とは即ち事象の揺らぎであるとするアベル。

個人の利己的な感情が多分に含まれたそれは往々にして裏切られ、その揺らぎにり生まれた不必要な事柄は結果として、更に必要以上の無駄な労力を生む。

 

アベル・ライネスはそれを好まない。

 

期待、希望、安易にそして安直に信じたくなるそれは不確定であり参考に値せず、それにより生まれる揺らぎ、更にそれを解消する為の必要以上の労力、必要以上という事は即ち不必要、余剰であり過分であるそれは無駄でしかなく故に無意味である。

ならば初めから何事にも期待せず、いや、初めから余剰など無いとするならば残るのは必然性のみであり、完全である。

 

アベルの根底に流れるのはそういった思考、歪な考え、しかし本人が強く信じれば他者はどうあれそれが本人にとっての真理なのだ。

 

 

そして今日、そんな考えを持つアベルの前に一体の破面が姿を現す。

『フェルナンド・アルディエンデ』、直接会う事は初めてであったが、アベルは随分と前からフェルナンドの事を知っていた。

虚夜宮の其処彼処で起こる戦闘霊圧の衝突、あまりにも頻発するそれをアベルは無視していた。

理由は簡単、必要ないからだ、それを態々調べる事も、ましてや止める事も、アベルにとってはあまりにも無意味で不必要極まりないもの、余剰の行為に他ならない。

 

しかしここでアベルの“千里眼”が災いする。

あまりにも”視えすぎて”しまうそれにより、アベルは嫌がおうにもその衝突を”視て”しまうのだ。

結果、各所で起こる霊圧の衝突に必ず居合わせる小さな破面の存在をアベルは知る事となった。

 

その小さな破面が各所で起した衝突、そして今日愚かにも第2十刃へと挑みかかったという愚行も、アベルにとってあまりに理解できないものだった。

戦う事で強くなる、他者を助けるため戦い傷つく、アベルにとって無意味極まりない行為達。

多くの敵と戦を経験し、力を付けたとてそれに如何程の意味があるのか、破面も、そして死神達も持てる力の最大は決まっている。

上限が決まったもの同士の戦いにおいて勝利するのはより力の大きいものだ、力無い者がいくら努力という自己満足を重ねたとて結果は見えている、なのに何故その無意味な行為に時を費やすのか、と。

広間で第6十刃ドルドーニに語ったように、他が為に戦い結果として自身に深い傷と死を招くような行為は無意味である、と。

 

アベルにとってあまりにも理解不能な行為を繰り返す破面、フェルナンド。

そして玉座の間で最後にアベルが見たのは、箍が外れたかのように荒ぶり、遂には己が霊圧の定められた限界を遥かに超えて放出し死を迎えるであろうフェルナンドの姿だった。

それは他者にとっては美談と成るかもしれない、しかしアベルにとってそれは無為、談するに値しない無意味な結末。

 

藍染直下の市丸ギンによって運ばれるフェルナンドの身体、治療すると藍染は語ったがそれが本当に為されるのか、それとも死してしまうのか、アベルはその結末を見届けるべく千里眼によってフェルナンドを追う。

それは自らが無為とした結末の行く末を確認するための作業、このまま小さな破面フェルナンドが死すならばやはり自分の考えは正しいと、そしてもしもフェルナンドが生き延びたとしても、アベルの中で行為自体の無意味さが消えたわけではなく結果、一体の破面が生き延びたというだけの事なのだ。

 

そして確認の結果は後者だった。

アベルが視たのは死の淵より舞い戻った、いや死して尚蘇ったフェルナンド・アルディエンデの成長した姿だった。

 

 

「あの少年…… いや、今は青年と言った方が適切か。彼は命を繋いだ…… しかしそれに意味はあるのか? 強く、そして雄々しく変わったその姿、彼はまた戦いに身を投じそして傷つき倒れる。何処までいってもそれは変わらない、無意味な死だ…… そんな結末に意味などあるのか…… 」

 

 

アベルの呟き、自問を続けるかのようなそれを繰り返す。

フェルナンドは生き残った、無為の死を迎えるはずだった彼が生き残った事実。

彼の行為の無意味さは消えずアベルの心理は未だ揺るがない、しかし思慮深いアベルはその生き残ったという事実の意味を考える。

死す筈だった者が生き残った、それに意味はあるのかと、この後もこの生き残った破面は同じ事を繰り返すかもしれない、それに意味はあるのかと、変らぬ行い変らぬ結末を迎えるであろう命に意味はあるのか、と。

 

 

「いや、それを論ずるならば、そもそも私たち破面という存在に意味はあるのか……」

 

 

アベルの自問は続く、ただ一人、塔の最上階で呟かれるそれに答えるものは、誰もいなかった……

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

第6十刃(セスタ・エスパーダ)であるドルドーニは自身の宮殿である第6宮へと戻るため、玉座の間がある建物の廊下を歩いていた。

その道中、思い返されるのはやはり鮮烈に記憶へと刻まれたフェルナンドの姿。

 

傷つき、意識を失い倒れた彼が突如としてネロを叩き伏せるという出来事。

ドルドーニにとって第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンとは、あまり好きにはなれない部類の男だった。

粗野である、粗暴である、粗雑である、そんなことはまだ我慢できる話だ。

しかし戦いにおいて、そして常においても他者に対する敬意というものを欠片も見せないネロ。

他者、特に女性の意思を第一に尊重するドルドーニにとって、そのあまりに身勝手で相手を見下し蔑むようなネロの態度は目に余るものがあった。

 

しかし、現実としてドルドーニにそのネロの蛮行を止める術はない。

第2と第6の間にあるのは三つの数字のみ、だがそれは果てしなく広く、遠く、そして深い渓谷のようにドルドーニとネロの間に横たわっていた。

ドルドーニとて今のままで終わるつもりなど毛頭ない、彼の司る死の形は『野心』、己の身が引裂かれようとも上を目指す事をやめない貪欲なまでの欲望を指すそれなのだ。

 

だが今日、ドルドーニの前で彼以上にネロを止める術を持たないはずの破面が叩き伏せた。

傍若無人の極致たるネロ・マリグノ・クリーメンをだ。

その光景は鮮烈、そしてその鮮烈さは同時にドルドーニの内に火を灯す。

 

 

少年(ニーニョ)…… 君は強い、力ではなくその精神が。君が生きるのか、それともこのまま死んでしまうのか吾輩にはまだ分かりはしないがもし、もし君が生きていたならば吾輩は…… やはり君とも戦ってみたい。 ただ純粋に戦士として君と……)

 

 

その灯った火の熱さを感じながら歩くドルドーニ。

そして少し進むと彼の眼に廊下の壁に寄りかかるようにして佇む一体の破面の姿が見えた。

 

「どうしたね? 我が弟子(アプレンディス)。まさか吾輩を待っていたのかい? それは殊勝なことだ、褒めてつかわそう」

 

 

壁に寄り掛かるのは水浅葱色の髪をした野獣の気配を纏った男、グリムジョー・ジャガージャック。

ドルドーニの言葉に何も返さず、ただ一つ舌打ちをするグリムジョー。

そしておどけた様子だったドルドーニは、グリムジョーの前を通り過ぎた辺りで足を止め背中を向けたまま彼に再び話しかける。

 

 

「……心配かね? 」

 

 

主語を欠いたその問、それにピクリと反応するのはグリムジョー。

何を指す問いかを明確にしないまま、それでも彼はそれを大きく否定する。

 

 

「遂に頭がおかしくなったな、オッサン。 何で俺があんなクソガキの心配をしなくちゃならねぇ」

 

 

ドルドーニの言葉を否定し、その言葉が的外れだと言わんばかりに笑うグリムジョー。

しかし、背を向けたままのドルドーニは「ふむ」と小さく零し、顎を摩るような仕草をしながら言葉を続ける。

 

 

「吾輩、少年が(・・・)心配か、と訊いた覚えは無いのだが……ね」

 

 

ドルドーニの言葉に目を見開き、直後苦々しく顔を歪ませるグリムジョー。

それは言葉遊びの類であるがそれでもある意味での証明、口では心配していないと言うグリムジョー、しかし心配していないと言いつつもその内では心配、とまではいかずともやはりその存在を強く意識しているという証明にほかならなかった。

 

それもそうだろう、グリムジョーの身体に何発もの拳と蹴りを叩き込み、自身もグリムジョーの攻撃をその身に受けて尚立ち上がり打倒しようと向かってくる小さな破面、最後は両者共に倒れ決着が着かなかった相手フェルナンド。

格下であるフェルナンドに意識を失わされた、という屈辱がその戦いを自身の“負け”であるとしたグリムジョーが、その負けを刻んだ相手を意識しない訳が無い。

何時の日か更に強くなったフェルナンドを打倒し、完膚なきまでの勝利を手にすると誓ったグリムジョーがフェルナンドを意識しないわけが無いのだ。

そうして苦々しい顔のままのグリムジョーを他所に、ドルドーニが話題を帰る。

 

 

「そういえば何故こんな所に? まさか本当に吾輩を待っていたのかい?」

 

 

そう、ドルドーニの疑問は其処だった。

何故グリムジョーがこの場所にいたのか、それもまるで自分が来るのを待ち構えていたかのように、だ。

初めはそんな事はありえないとも考えたドルドーニだが、何時までもその場から去らずにいるグリムジョーを背に、或いはの可能性を口にしていた。

 

 

「……一つ訊きてぇ事がある 」

 

 

ドルドーニの問にグリムジョーは更なる問で返した。

訊きたい事がある、その言葉にドルドーニは言葉では答えず沈黙でその先を促す。

 

 

「今の俺と、さっきのクソガキ、戦ったらどっちが勝つ…… 」

 

 

その質問は単純で、しかしグリムジョーにとって何よりも重要なものだった。

グリムジョーはあの場残っていたのだ、ネロの叫びに多くの破面が逃げ出し、霊圧吹き荒れたあの広間に残った十刃以外の数少ない破面の内の一体として。

そうしてその場に残ったグリムジョーが目撃したのは、自分との戦い以上にボロボロになったフェルナンドがあの第2十刃ネロをその攻撃をもって叩き伏せる、という場面だった。

 

衝撃、それはその場にいる全ての破面に共通する衝撃ではあった、しかしグリムジョーにとってその衝撃は計り知れないものだっただろう。

ほんの数ヶ月前、自分より格下でありながらグリムジョーに迫る実力を見せたあの小さな破面が。

互いにボロボロになりながら戦ったあの小さな破面が、第2十刃を叩き伏せるという現実、今日まで過ごした時間は同じ、その中で自身が成長し、更なる力を付けたという自負があったグリムジョーに、それはあまりに衝撃的な光景だった。

 

故に知りたい。

 

自分とフェルナンド、今戦って強いのはどちらなのかと、シャウロン達に聞いたとてまともな答えは返ってこない、故にグリムジョーとて癪ではあるが上位の実力者であるドルドーニにその問の答えを求めたのだった。

 

 

「少年のあれは命を捨てた特攻だよ。 一概にあれが少年の実力とも言えまい…… しかし、今の(・・)青年(ホーベン)先程の(・・・)少年が戦ったら……か。その問の答え、吾輩が答えねば解らない事かい(・・・・・・・・・・・)?」

 

「ッ!」

 

 

グリムジョーの問にドルドーニは答えた、冷静に先程のフェルナンドの力を分析しそれが常時発揮されるようなものではないと答える彼。

だがその答えは最後の明言を避ける、今と先程と言う言葉を強調したドルドーニは問いを発したグリムジョーに対して暗にこう告げているのだ。

 

この問に答える必要はあるのか、と。

 

この問の答えなど、もうその内にあるのではないの、と。

 

 

そのドルドーニの言葉に息を呑むグリムジョー。

そうなのだ、誰かに問うという行為、そしてそれが自身の行いや行く末に関わる場合、往々にしてその問の答えは既にその内に出ているのだ。

理解出来ないものを問うのではなく、どうしたらいいのか、どちらがいいのかといった選択を問う時、その答えは内にあるのだ。

問うというかたちでの確認作業、自信がない分を他者の意見で埋めその“解”の確実性を高めようとする、それが今グリムジョーが行った問の正体。

グリムジョーの中に在る答え、それが自身の勝利か、はたまた敗北かは断定できない。

だが苦々しく、その眉間に寄せた皺を一層深くし、ギリッと奥歯を強く噛締めるグリムジョーの姿が全てを物語っていると言えるだろう。

そしてそのグリムジョーに追い討ちをかけるかのように回答者、ドルドーニはその言葉を続ける。

 

 

「まぁいい。 あえて(・・・)答えるのならばやはり青年の負け(・・・・・)だろう。今の…… そうして自分の力に疑問を(・・・・・・・・)持っている青年では、先程の…… 唯一つだけを純粋に思う少年に及ぶ筈も無い 」

 

 

グリムジョーに背を向けたままのドルドーニ、その口から放たれるのは辛辣な言葉。

今、現在のグリムジョーではフェルナンドには勝てない、それは“力”が及ぶ及ばない以前の問題。

己の力が他者に勝っているのかそれとも負けているのか、そういう考え方をしている時点でその者は既に敗れている。

戦いに生きる者、生と死の境界に立ち続ける者が信じるべきは己の力、その己の力に疑問を持つ事、それは即ち核たる柱が揺らいでいるも同義である。

負けているかもしれない、負けるかもしれない、そんな気概で戦いに望めば結果は火を見るより明らかだ。

まして相手は唯一つのために己の命すら平気で燃やし尽くす事を厭わない相手、それにそのような気概で望む、あまりにも無謀、あまりにも愚かしい、ドルドーニの言葉にはそれが詰まっていた。

 

依然苦々しい表情のままのグリムジョー。

何一つ語らず、ただ拳を握り締める。

過去、フェルナンドがグリムジョーに語った言葉、必勝の覚悟も無しに戦うものは死ぬ。

それがグリムジョーのうちに甦っていた。

そのグリムジョーにドルドーニは背を向けたまま一歩踏み出し、そして言葉をかける。

 

 

「着いて来るがいい我が弟子よ。 今のままで勝てぬというのならば強くなればいい。疑問を感じるのならば、それを感じなくなるほど強くなればいい。己の内に揺るがぬ柱(・・・・・)を創れ、疑う余地の無い強固な柱を創れ。そうして少年に…… 吾輩に挑むがいい 」

 

 

そう言い残し歩き出すドルドーニ。

ドルドーニはそれから一度も振り返り、グリムジョーを見ることはなかった。

その背中、グリムジョーに見えるその背中は今彼が語ったもの以上の言葉をグリムジョーに語りかける。

広く、大きく、そして分厚いその背中、それは戦士の背中でありなにより“男の背中”。

その背を見るグリムジョー。

数瞬の後、彼は小さく舌打ちをするとポケットに手を突っ込み、その背中を追う。

 

 

 

そうして歩く二人の後姿は、本当に師と弟子の様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刻まれし記憶

 

残るは四

 

陶酔、絶望、欲望、憤怒

 

刻まれしそれに

 

何を思うか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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