BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.27

 

 

 

 

荘厳、そして重苦しい雰囲気がその場を支配していた。

それを醸し出すのは豪奢な椅子にどっしりと座った一人の老人。

老人といってもその腕は太く屈強な筋肉に覆われ胸板も厚く、老人であると判断できるのは年輪の如き年経た皺と、白い髪と蓄えた髭、そして重みのあるその言葉があればこそだろう。

 

 

「なんぞ、言いたい事はあるか……フィンドール」

 

 

響く声に鷹揚はない。

その言葉からは何の感情も読み取る事は出来なかった。

座したまま肘掛に寄り掛かるようにして頬杖をつき、第1十刃(プリメーラ・エスパーダ) “大帝” バラガン・ルイゼンバーンはその腰掛ける椅子より数段下がった場所で傅く、男に問う。

 

 

傅く男、頭頂部から顎に至るまで顔の殆どを仮面で隠した長い金髪の破面、名をフィンドール・キャリアス、第1十刃バラガンの従属官の一人にして、此度バラガン直々の勅命を受けその任に就いていた男である。

その任務とはたった一人の破面をこの場に連れてくる、という傍から見れば至極簡単なもの。

だがその破面、彼の仕える王が興味を示すだけあって非常に厄介な存在であった。

 

名をフェルナンド・アルディエンデ、半年ほど前に現第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルが、直々に虚圏の白砂漠より連れ帰った大虚。

 

曰く、第3十刃を大虚でありながら追い詰めた。

曰く、その霊圧は上位十刃を凌駕する。

曰く、数字持ちの全てを一人で倒した。

 

 

挙げればそれこそ限が無いほどその破面、フェルナンド・アルディエンデにまつわる噂が飛び交っていた。

良くも悪くも注目の的、と言う事なのだろう。

だが噂とはえてして尾ヒレがつくもの、飛び交うそれを全て鵜呑みにできる訳もなく、往々にして誇張されて伝播される為当てになるものなどどれ程もないのが世の常だが、しかしその全てが嘘という訳でもないのだろう。

現に彼等の王はその噂の主に興味を示している、そして彼等の王は見たというのだ、その破面が第2十刃を叩き伏せる様を。

 

故にフィンドールへとその命は下った。

 

 

『件の破面の実力を見定めよ。 そして儂の前に連れて来い』

 

 

フィンドールへと下ったのはその一言のみ、しかしそれは王の勅命、それを拝命したフィンドールは最下級の破面というよりは破面モドキとも呼ぶべき者達を掻き集め、フェルナンドの力を見定め多少手荒なまねをしてでも彼が頂く王の御前へ連れて行こうとしたのだ。

しかし、結果的にそれは見事に失敗し冒頭の場面へと帰結する。

 

 

「早よう答えんか。 何故、あの(わっぱ)が此処に居らん…… 」

 

 

重い言葉、それが傅くフィンドールの背中に圧し掛かるように降る。

フィンドールの頬を一筋の汗が流れる、唯目の前にいるというだけで圧しかかる重圧は相当のものだった。

王の御前、その前に傅くのは彼一人、それが何を意味するのかなど明白であり、しかしバラガンはあえてフィンドールに問う。

そしてフィンドールは意を決したかのように早口に捲くし立てた。

 

「申し訳御座いません陛下! 奴めが一人となるのを待ち、モドキ共を使って奴めを囲み一体一体ぶつけ奴めの力を見ましたところ、はっきり申し上げて想像以上で御座いました…… モドキ共では手も足も出ず、まるで弄ばれるかのように次々と倒されそれもほぼ全てのモドキを殺さずに無力化するというふッ!!」

 

 

捲くし立てるフィンドール、しかしそれは突如遮られる。

誰かが口を挟んだ訳ではなく、唯一つの出来事がそれを遮ったのだ。

彼が傅くその直ぐ隣の床に深々と刺さった、巨大な戦斧の一撃によって。

 

 

「戯けめが…… 儂が何時、言い訳をしろといった。それ、早よう答えろ…… 童が居らんのに、何故、貴様だけ戻った(・・・・・・・)

 

 

言うまでも無くその床に戦斧を投げつけ、深々と突き刺したのはバラガンだった。

豪奢な椅子に座したまま、そして頬杖をついたまま空いた片手の力のみで投げつけられたその戦斧、だがそうして投げつけられた斧は明らかにフィンドールを一撃の下に両断する威力を有していた。

問に答えず、ただ言い訳を捲くし立てるフィンドールの言葉を止めるのにそれ以上効果的なものは無かっただろう。

そしてバラガンは改めてフィンドールへと問う。

何故フェルナンドがいないのかと、何故彼がいないのにお前だけが此処に戻ってきたのか、と。

 

「大方あの童にいい様にあしらわれたんじゃろうて…… 不様よのぅ、フィンドール。 敵わず、殺されず、死ねず、不様を曝すしか出来ん………… それでも儂の従属官(フラシオン)か!馬鹿垂れめが!!」

 

 

広間をバラガンの怒声が満たす。

ビリビリと大気が震え、そのまま柱に罅が入るのではないかと思わせるほどの大音量。

任を果たせず、ただ手勢を失い負けて戻った従属官。

彼から見ればあまりにも不様であるその姿、それに声を荒げる事をバラガンは押さえ切れなかった。

 

 

「よいか! 二度と儂の前で不様を曝すな! 曝せば次はその斧が貴様を叩き割るぞ!」

 

「…………御意に。 しかしこのフィンドール、その時は陛下の御手を煩わせる事は御座いません。自らこの首、刎ねて御覧に入れます 」

 

 

怒声を上げ己が従属官の失態を責めるバラガンであったが、その怒りに任せフィンドールを殺してしまう、等という事は無かった。

その場の感情に流される者は上に立つ資格などない、いくら荒ぶろうとも大局を見据えるものこそ王足りえるのだ。

その点で言えばバラガンは間違いなく王であろう。

不様を曝した部下、しかしそれを曝したのは数多くいる従属官の中でも上に属する者、そういった実力者がそう簡単に配下に加わる可能性は低い。

故にバラガンは許しを与える、上に属するが故に誅さねばならない場合もあるが、バラガンにとって今回の出来事はある意味予定調和の下の結果、とも言えたのだ。

 

そしてフィンドールもそのバラガンの言葉に更に深く頭を下げ、そしてもしもの時は自ら首を刎ねると宣言した。

それは彼なりの気概だったのだろう、忠誠を誓う王に不様を曝すという屈辱、そして二度もそれに耐えられるほど彼は厚顔ではないようだった。

 

 

「フン! 多少の気概は残っておるようじゃのう。まぁ()いわ…… してフィンドール。あの童、どれ程のものであった……?」

 

 

フィンドールが見せた気概に多少バラガンの怒気も納まる。

そしてフィンドールに対して、件の破面フェルナンドの事を問うバラガン。

フィンドールが先程矢継ぎ早に述べた言葉の中にあった、彼が今回投入したというモドキ達の全てをフェルナンドが無力化したという言葉、しかしそれはバラガンからしてみればフェルナンドの強さを測る目安には程遠かった。

 

バラガンは一度、フェルナンドの“力”を目にしている、はっきり言ってモドキ程度で相手が務まるとは到底思えはしなかったのだ。

しかし、例え務まらずとも今回はぶつける事にこそ意味があった。

ぶつけたモドキ全てが打ち伏せられ、殺されようともバラガンの戦力に毛先程の揺るぎも出ない。

バラガンが見たかったのはそのモドキ相手に、フェルナンドがどうするのか、という事だった。

 

いなすのか、逃げるのか、倒すのか、それとも殺すのか、明らかに実力が下の者をぶつけてこそその者の戦いに於ける本質は見えてくる。

バラガンが見たかったのは“力”ではなく“本質”。

故に従属官の中でも上位に位置するフィンドールにその任を任せたのだ、フェルナンドの本質を見極めさせるために。

そしてフェルナンドが、自らの配下(・・・・・)足りえるか否かという事を試すために。

 

 

そう、第1十刃バラガンは、未だ番号すら持たないフェルナンド・アルディエンデという破面を、自らの“戦力”としようとしていたのだ。

 

 

「……奴めの戦闘方法は徒手空拳、無手によるもの。霊圧による攻撃を積極的には用いず、斬魄刀すら抜かず己の肉体強化のみで相手を打倒する事を主眼に置いた戦い方をする破面で御座いました。自ら攻め打倒する事、また相手の攻撃を逆手に取り倒す事、そして霊圧ではなく己の“気”のみでその場を制する気迫、霊圧自体は定かではありませんが近接格闘という部分では抜きん出ていると考えられます……」

 

 

バラガンの問にほんの一瞬間を置き、フィンドールが語りだす。

その間は彼の苛立つ感情を押さえ込むための間だった、語らねばならないのは忌々しき者の事であり、しかし忌々しくも自らの王への報告に私情を挟み、捻じ曲げる事は彼には出来なかった。

 

 

「モドキ共は一体を除いて生存、しかしその全てに甚大なダメージを負わせておりました…… 奴めに何故殺さないのかと問えば、覚悟も無く…… ッ覚悟も無く、命ぜられ戦う者を殺しても意味が無い……と」

 

 

一度言葉を詰まらせながらも話し続けるフィンドール。

それはフェルナンドが彼に示して見せた屈辱の記憶、ただ命令されたから戦う、そんな事では死ぬぞというフェルナンドの顔が忌々しくもフィンドールの脳裏をよぎる。

しかし現にフィンドールがこの場に未だ生きていられるのは、一重にフェルナンドが彼を見逃した(・・・・)という事の証明だろう。

いや、見逃したという言葉すら温い。

“死”とは背負うもの、そして命ぜられたまま戦う彼、フィンドールを殺しその“死”を背負う事をフェルナンドは良しとしなかった。

そう、見逃したという言葉は温い、フェルナンドにとって彼は背負うに値しない存在、今彼が生きているという事はそう言われているのと同義なのだ。

 

 

「ほぅ・・・ あの童、なかなか言いよるわ…… それで? あの童、儂の誘いをなんと言って断りよった?」

 

「ッ! ……そ、それは………… 」

 

 

フィンドールが語るフェルナンドの言葉を聞き、バラガンは蓄えた立派な髭を撫でながらククッと笑った。

そして、バラガンは遂に核心部分へと足を踏み入れようとする。

フィンドールにとって此処からがある意味で、一番の山場であろう。

王に、この絶対王にあの言葉を伝えなければならないのかと、不様を曝した自分に見せたあの怒気、身震いする程のそれを発した王にあの言葉を告げなければならないのかと、その後の王の反応、最早フィンドールにそれは想像すら出来なかった。

 

「何じゃい。 言うてみせぃ…… 」

 

「畏れながら陛下! 奴めが申した事は陛下の御耳に入れるのが憚られるほど無礼極まりない言葉、御耳汚しとなりましょう。それに奴めは“力”こそあれその気質は決して陛下の御為にはなりえませぬ!寧ろこの第1宮に不和と不興を招く事は必定!どうか! どうかお考え直しを!」

 

 

フィンドールは必死に訴える、あの者は危険だと、フェルナンド・アルディエンデという破面は彼の王をしても決して御せる者ではないと。

それは敗北による僻みなどではなく、ただ純粋に彼が感じたフェルナンドという男の在り方から導き出された答えなのだろう。

取り方によっては王への反逆とも言える出過ぎた物言い、それをしても尚フィンドールはバラガンに思いとどまるよう進言したのだった。

しかしその懸命ともいえる進言も、バラガンに意味を成すことはなかった。

 

 

「違えるでないわ、フィンドール。 儂は貴様に意見など求めておらん。貴様は唯、童の言葉をその口で語るカラクリよ…… この場で貴様の価値は、それ以外残っておらんと知れぃ…… 」

 

 

まさに両断、そもフィンドールの言葉などバラガンに届くはずもなく、バラガンはその言葉に込めた圧力を増すようにしてフィンドールに語る。

おそらく次にフィンドールが口を開く時、バラガンの望む事を口にしなかったのならいかなバラガンとて彼を殺すだろう。

 

 

忠節を尽くせぬ従属官など、彼にとって何の価値も無いのだから。

 

 

「……畏まりました…… 奴めは畏れ多くも、陛下の招致の御言葉を一笑に伏し、不遜にも陛下の事など知る必要はなく、この様にモドキ共をあてがって力を測る事は命じた者の底が知れる、と…… そして…… そして、自分に会いたいのならば呼び寄せるのではなく、陛下に自ら足を運ぶように伝えろ……と。そう、申しておりました……」

 

バラガンの言葉に、ついにフィンドールはそれを口にした。

偽証は許されない、内容は包み隠さずしかし出来る限り丁寧な言葉へと置き換えて、フェルナンドの言葉をバラガンへと伝える彼。

 

そしてフィンドールは彼以外の従属官が、驚愕する雰囲気を肌で感じていた。

それはそうだろう、とフィンドールはその雰囲気に一人納得する。

この虚夜宮のどこに第1十刃 “大帝”バラガン·ルイゼンバーンの言葉を一笑に付し、あまつさえバラガンに命ずるかの如く振る舞う破面がいるだろうか。

 

いる筈がない、それが彼らバラガンの従属官達の共通した認識であり、数多いる破面のほぼ全ての認識でもあった。

しかし今、例外が生まれたのだ、破面の頂点たる階級である十刃でもない、それどころか数字すら持たない一介の破面がそれをしたという事実、それを知った彼らに驚くな、と言う方が無理な話であった。

 

傅くフィンドールと、驚きに染まる従属官達、そんな彼らに何かが割れたような、そして崩れるような音が届く。

音の発生源は当然彼等から見て上段に位置する場所、正確にはそれは肘掛の先端が砕ける音であり、その肘掛は腰掛ける者によって粉々に握り潰されていた(・・・・・・・・)

 

それを見た全員がその身を固くする。

肘掛けの先を握り潰し、背を丸めて俯いているのは彼らの主たるバラガン、見ればその肩はワナワナと震えそれが彼等には今にも爆発する火山の鳴動にすら見えた。

最早この先何が起こるのか、今だ傅くフィンドールにも、そして周りに控える他の従属官達にも予想がつかない状況。

だが、一つだけわかる事はこの火山が噴火する事だけは必定である、という事だけだった。

 

「…………クッ……」

 

 

そして彼等が恐れていた瞬間が訪れようとしている。

だがその場から逃げ出す事は許されるはずも無く、ただその瞬間を待つ事しかできない彼等、訪れる噴火の最前線でそのマグマを浴びる事だけが、彼等にできる唯一の事だった。

そして時は訪れる。

 

「……ククッ…… フハハ…… フハハハハハハハハ!!あの童めが! この儂に向かってよう言いよったわ!その物言い、儂に自ら来いという気骨!フハハハハ!儂に対して欠片の物怖じも見せん態度、やはりあの童は面白いわい!」

 

 

訪れたのは、物みな焼き尽くす灼熱のマグマではなく、豪胆で高らかな笑い声だった。

笑っているのだ、バラガン・ルイゼンバーンは笑っているのだ、自らの呼び声に応えず無視するどころか逆にお前が来いと、そう伝えられたその言葉に彼の王は笑っているのだ。

 

それに困惑するのは彼の従属官達だった。

おそらく物理的な破壊すら伴うであろう怒りが顕われるであろう、と思っていた矢先に響くのは高らかな笑い声、肩透かし、というよりは最早何が起こったのかの理解すら彼等は追い着いていなかった。

何故笑っているのか、自分が侮られているというのに何故それを笑うのか、困惑する彼等、だがバラガンは一人ご満悦の様子だった。

 

 

「愉快、愉快。 解るか?貴様達…… あの童はこの儂に喧嘩を売っておるのよ。それもハッタリでのうて本気で儂に勝てる気でおる。 ……なんとも愉快、こんな事をしよった輩はネロの阿呆(アホゥ)以来じゃ。まっこと愉快よのぅ……」

 

 

一頻り笑った後、バラガンはその意味を従属官達に明かした。

バラガン・ルイゼンバーンは王である、今やその地位こそおわれているがその精神と纏う威厳に些かの蔭りも見せてはいなかった。

立場が、生まれが王を決めるのではない、王足らんとするその気概のみがその者を王たらしめ、臣下はその者を王として尽くすのだ。

その点で言えばバラガンは正しく今も王であった。

 

だが王とは同時に孤独なものだ。

尽くされ、崇められ、祀られ、何時しか神が如く昇華する存在、それが王である。

本人とは無関係に、上へ上へと祀り上げられ、何時しか対等と言える存在は何処にもいなくなってしまう。

バラガン自身はそれに微塵も違和感を感じる事はなかった、自分は王であり、そうあることが当然だと考える彼にとって祀り上げられる事は、極自然な事であった。

だが、同時に退屈である、ともバラガンは考えていた。

天上に座す事が当然である自分、だが誰一人いないその場所は退屈で、いつしか飽いてしまうのだ。

 

 

 

そんなバラガンの座す天上に、ある時扉を打ち破り土足で踏み入ろうとする者が現れる。

その者は彼を前にしてこう言い放ったのだ、「お前の席をオレ様に寄こせ」と。

バラガンにある種の衝撃が奔っていた、退屈に喘いでいた精神は一息にマグマの熱さを取り戻し、眠りについていた力が歓喜の叫びを上げるのを彼は聞いた。

その後の戦いはバラガンにとって愉快この上ないものとなった。

そしてそれを齎したのは現第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンであり、バラガンがネロを多少なりとも気にかけるのには、その事が少なからず影響しているのだろう。

自分の退屈を消して見せた、という事が。

 

 

そして今日また一人天上の扉を、だがこちらは扉を蹴破るだけ蹴破って、お前など知らないとその場から去っていくという、方法でバラガンに火をつけようとしていた。

どちらも不遜極まりない態度、だがそれ故にバラガンにとっては稀有な者であった。

かたや座を寄こせと言い放ったネロと、かたやお前の都合など知った事か、会いたければ自分で来いと言い放ったフェルナンド。

バラガンを格上として扱うどころか片方は歯牙にもかけぬ物言い、そして両者に共通する溢れ出る自身の力への絶対の自負、それを自分へと向けられた矛から見て取ったバラガンには愉快でたまらなかった。

 

 

「そ、それでは陛下、奴めに会う為に奴めの陛下自らが赴かれるのですか?」

 

 

予想外のバラガンの反応に、多少面食らった様子のフィンドールがバラガンへと問う。

これほど興味を示しているバラガンの様子、今すぐフェルナンドの下へと向かうと言い出しても決して不思議ではなかったろう。

しかしフィンドールへと返された言葉は、やはり王たるバラガンらしいものであった。

 

 

「戯けめが…… 何故儂が童相手に出向かねばならん。王とは座してこそ王(・・・・・・・・・)よ…… 王とは例えれば樹だ。流され、揺られ、グラつく樹に何が実る? 張る根を持たぬ樹は大樹にはなれぬ。王とは頂点であり、樹の幹であり、そして根よ。儂という幹に茂る枝葉である貴様達ならばわかるであろう、そのしなやかな頑強さが……のぉ」

 

 

王とは座してこそ王、王という存在の一つの本質、誰にも揺るがされる事がないその様、頂点であり中心であるその王の様こそが強固な国家を形成する一つの要因である。

故にバラガンは動かない。

自分から会いに行ってしまえばそれはバラガンの敗北であり、王の敗北は没落への第一歩でしかないのだから。

 

 

「それに、もう少し童の“力”も見てみたい。御誂え向きにそろそろアレ(・・)の時期じゃろうて、問題はどうやって童を引っ張り出すか・・・じゃがな」

(もっとも、あの童は傍に置かぬ方が面白いかもしれんが……のぉ……)

 

 

バラガンが言葉を零す。

顎を摩るようにして眼光鋭く何事か思案し始めるバラガン。

その瞳は老人でも戦士でも、そして王ですらなく、ただ血を好む獣のそれであった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「さて…… 今日こそは吐いてもらうぞ?フェルナンド……」

 

 

ちょっとした(・・・・・・)厄介事の後、第3宮へと戻ったフェルナンド。

しかし戻った矢先、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人に取り囲まれ、そのまま腕を組んで仁王立ちするハリベルの前へと連れてこられていた。

 

 

「吐け…… と言われても、吐く事が無ぇから吐きようが無ぇな」

 

 

多少うんざりした声でハリベルに答えるフェルナンド。

確かに彼からすれば今日あった事は別段大した事ではなく、しかしある意味では大した事であったが彼にそれを言う気は毛頭なかった。

そんなフェルナンドの様子に堪りかねたのか、ハリベルではなくアパッチとミラ・ローズが声を上げる。

 

 

「おいコラ!フェルナンド! アンタ何時もふらふら何処ほっつき歩いてんのさ!」

 

「そうだよ…… あんた一体何やってんだい?」

 

 

そうして問い詰めようとする二人にフェルナンドは素っ気無く「関係ねぇよ」と一言返すだけ。

しかし尚も食い下がろうとする二人にスンスンが手で制し、替わりに彼女が質問をぶつけてきた。

 

「フェルナンドさん。(わたくし)別に貴方が何処で何をしていようと特に気にはなりませんの。でも今日は別ですわ…… だって貴方…… 」

 

 

そうして何時も癖で隠している口元を更に隠すような仕草を見せるスンスン、見れば眉間にも多少の皺がよっていた。

それが何故なのか、理由は最後の一人の口から明かされた。

 

 

血の臭い(・・・・)がする……な。 今までこんな事はなかった、誰を殺した…… フェルナンド……」

 

 

血の臭い、ハリベルがそう口にすると三人も一様に顔をしかめる。

ハリベルからしても今回は状況が違っていた、いつも2,3日居なくなることはあったがフェルナンドが血の臭いをさせて帰ってきたのは今回が初めてだった。

理由は解らない、だが最近の彼は無闇に誰かを殺すような者ではないとハリベルは感じていた。

大虚の頃のような毒気は抜け、頓に最近はどこか達観しているかのような、飄々とした雲の如く振舞うフェルナンドを見ていただけに、今回のそれは際立って見えたのだ。

 

 

「殺した事前提……かよ。 まぁ間違っちゃぁいねぇか。なに、ちょっくら加減をしくじった…… それだけの話だ」

 

「いいから詳しく話せ…… 言って置くが今日は逃がさんぞ?」

 

「……チッ、まぁしょうがねぇ。血生臭い俺が悪い…… か」

 

自分が誰かを殺した事前提で話が進んでいる事が、なんとも面白そうに軽く笑うフェルナンド。

そして内容は(ぼか)しに暈したが、理由を話した彼の言葉をだがハリベルはそれだけでは許さず全て話せと言い切った。

そして念を押すように言葉を紡ぐハリベルに、遂に観念したのかフェルナンドは今日あった厄介な出来事の方を話して聞かせる。

 

 

「……とまぁそんな所だ 」

 

「いだろう…… だがあまり大事は避けろ、フェルナンド。 時期が時期(・・・・・)だ…… 要らぬ恨みは買わない方がいい」

 

 

厄介事の仔細を聞いたハリベルは、その血臭の理由に納得する。

言うなれば正当防衛、彼の場合ある意味過剰防衛気味ではあるが、それならば仕方が無いと納得するハリベル。

しかし同時にフェルナンドに多少の注意もした彼女、当然フェルナンドは彼女のその言葉が気になった。

 

 

「恨みは買うな、時期が時期……か。 何かよっぽどの事でもあるのかよ、ハリベル」

 

 

ハリベルの放った言葉、その全てが今後に何かが起こる事を示唆していた。

だがそれにフェルナンドは心当たりがない、故にハリベルに何が起こるのかフェルナンドは聞いたのだ。

 

「そうか、お前は今回が初めてだったな。虚夜宮では定期的にある事(・・・)が行われているのだ。それこそ今日お前が纏っているソレよりももっと血生臭いものがな」

 

 

ハリベルがフェルナンド語るある事とはフェルナンドが初めて目にする行事、数多いる破面達が己の欲望のみを原動力とし血で血を洗う虐滅の渦、勝利者には栄光を、そして敗者には挫折と死を齎す二極の宴。

剥き出しの欲望をぶつけ合うその宴の名。

 

 

 

強奪決闘(デュエロ・デスポハール)。それがもう直ぐ始まるのだ…… 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咆哮と血の海

 

血の海に沈む贄

 

贄の上に立つ栄光

 

栄光の産声

 

産声は全て自分だけの為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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