BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.28

 

 

 

 

 

 

轟音が世界を揺らしている。

 

それは幾重にも折り重なり、共鳴したかの如く増した声の津波だった。

喧騒、そして数多の感情の坩堝と化したその場所で二体の破面が激しく戦っている。

その姿は人間というより寧ろ獣に近く、その姿から二体の破面が刀剣解放“帰刃(レスレクシオン)”状態で戦っているのは明白だった。

 

本来ならばそれは許されない。

虚夜宮、彼ら破面が住まう尋常ならざる巨大構造物、その天蓋の下での平時の刀剣解放は禁じられているのだ。

それは破面全てに対しての禁であり、十刃(エスパーダ)数字持ち(ヌメロス)に対してもそれは同様。

だが禁じられてはいるがかといって彼等がそれを律儀に守っているのか、と問われれば言葉を濁すより他ないだろう。

 

集団として形を成しているだけでも奇跡じみている彼等破面。

その個々の行動まで完全に縛る事など不可能であり、なにより“力”を誇示したがる者達にそれを見せるなと言って素直に従う筈もないのだ。

流石に十刃ともなればその様な示威行為など必要もないのだろうが、階位が下がるにつれその傾向は顕著であった。

 

しかし今、互いに本来の(さが)を回帰させた姿で戦う二体の破面は、禁を無視しているという訳ではない。

今日この場、この時に措いてはその禁は解かれ、彼等はその身の内にある全てをもって敵対者に挑む事が出来るのだ。

 

そう、この場で行われているのは解き放たれた魔獣達の宴、栄光を手にする為だけに、そして栄光を手放さぬ為に敵対者を血の海へと沈めるその儀式。

 

 

強奪決闘(デュエロ・デスポハール)

この血に塗れ滴る宴はそう呼ばれていた。

 

 

 

一際大きな歓声が上がる。

二対の破面が戦う砂漠、円形でその直径はおおよそ300m程、それを囲むようにせり上がった高い壁がありその上部、円形の壁を一周する形で多くの観覧席が並んでいた。

だがその席に座しているものは少なく、皆一様に立ち上がり声を張り上げていた。

歓喜、賞賛、妬み、僻み、嘲笑、怒声、罵声、あらゆる感情が混ざり合ったそれは一つとなり轟音と化す。

その轟音は闘技場に立つ者達を戦闘高揚状態へと加速させ、加速した戦いは更なる轟音を生み闘技場全体が高まっていく一種の異界を形成していた。

 

 

「勝負あり。 勝者No.75(セテンタ・イ・シンコ)マーズ・マーズ。 これによりNo.71(セテンタ・イ・ウーノ)バルロ・スーサイダルの号をNo.75が強奪、以降彼の者をNo.71とする」

 

 

轟音の中にあってよく透る声が宣言する。

戦う二体以外にもう一人、誰よりも近くで二体の激しい戦いぶりを見続けていた褐色の肌の男、その男が片手を高く掲げそう宣言したのだ。

片方は血を流しながらもその足で砂漠に立ち、もう片方は相手とそしてそれ以上に自らが湛えた血の海に沈んでいる。

それは決着の光景であり、どちらが勝者で敗者なのかを何よりも如実に語る光景でもあった。

 

それゆえの宣言。

決着を告げたその言葉にまた一際大きな音の津波が押し寄せる。

その音の波の中で勝者たる破面はその足で、敗者たる破面は下官達に引き摺られるようにその場を後にした。

後に残った血の海も、そう時を置かずして白い砂漠に吸われて跡形もなく消えてしまう事だろう。

だがそれを待つ事はこの場ではありえない。

餓えた魔獣達はまだ、続々とこの場で戦い互いの“号”を奪い合うのだ。

 

彼ら破面に与えられた番号とは単純に生まれた順番である。

しかしNo.1からNo.10の番号だけはそうではない。

それは特別な数字、抜きん出た殺戮能力を持つ者のみに与えられるその称号、破面全ての羨望の的でありそれ故力を示したい者は少しでもその番号へと近付こうと上を目指す。

数字の小ささは十刃のように力ある者の証、そう信じて疑わない破面達は己の力を示すために他者を殺しその番号を奪う事によって、自らの力とその番号に相応しいのが自分であると証を立てる。

 

それが強奪決闘。

『強奪決闘』とは読んで字の如く、強奪する為(・・・・・)の戦い。

それは勝者が敗者の全てを強奪するという単純な決闘、下位の者が勝てば“号”とを奪い上位の者が勝てば“命”を奪うのだ。

 

そして間違ってはならない事がひとつ、この戦いは入替ではなく強奪である(・・・・・・・・・・・)、という点。

負けて“号”が下がるのではなく、“号”は奪われ、奪われた者に残るものは何もない(・・・・)

例え運よく生き残ったとしても既に今まで築いた地位は奪われた後、残っているのは惨めな敗北という結果のみ。

仕掛ける側も、そして受けて立つ側も必死の覚悟無しにいられない、まさにこの強奪決闘とは全てを賭けた奪い合いなのだ。

 

 

 

 

 

「……これが『強奪決闘』だ。 下位の者が上位の者を指名し、上位の“号”を賭けて戦う。勝敗はどちらかの死亡か戦闘不能、もっとも戦闘不能はめったにないがな…… そして途中で降参する事は認められない。上位者は“号”を、下位者は“命”を賭けて争うのだ…… どうだ、 理解したか? フェルナンド 」

 

 

他の破面、数字持ちやそれ以下の破面達より高い位置に設けられた各十刃専用のテラス席、そこから戦いを見下ろしハリベルが呟く。

その瞳に映るのはかつての自分が居た場所、駆け上がるために戦い、力を示し続けた場所だった。

 

 

「まぁ……な。 要するにただの喧嘩だろうが、それならこんな盛大にやる必要も無ぇよ」

 

 

ハリベルの言葉に素っ気無く答えるフェルナンド。

彼にとってこの強奪決闘は特に意味を見出せないものであった。

彼は立場に拘りを持たない、誰かが決めた順番、上だ下だと階級に拘ることを彼はしない。

戦いたいのならば戦えばいい、他人が決めたルールに従う事などない、それがフェルナンドの考え方なのだ。

 

 

「それに番号に何の意味があるってんだ? 番号をひけらかして自分が上だ、なんて言うのは三下だけだ。俺達の中で上か下かが分かるのは、相手を殺したときかテメェが死んだ時だけだろうがよ」

 

 

そうしていつかの台詞を再び口にするフェルナンド。

半年をかけて成長した彼だが、根底に流れるものはやはり変化していないという事だろう。

戦いに、そして己の目的の為に全てを賭ける熱さと、戦うという事にかけてのある種の冷酷さという部分は彼を構成する重要な因子。

そして、そう言いきったフェルナンドにハリベルは困った奴だ、といった風の視線を送った後またその視線を会場の方へと戻す。

そこではまた新たな戦いが始まっていた。

 

 

「そう言ってやるなフェルナンド。 皆がお前の様ではないのだ、現に私も高みの地位を目指した。そうしなければ手に入らないもの、そうならなければ出来ない事、というものもあるのだ…… 狭い価値観は早々に捨てる事だ 」

 

 

そうして地位を否定するフェルナンドを軽く窘めるハリベル。

たしかにただ戦うという点で言えば地位など不要なものだ、しかしそれ以外の事ではそれも不要とは言い切れない。

ハリベルで言えば彼女の目的、理想は『仲間を守る事』であり、その為には自分がただ強いだけでは駄目なのだ。

自身の強さはもちろんの事、いざという時に仲間を守ってやる事のできる強さ以外の“力”、地位という誰にも解りやすい記号とその地位の庇護下に居る彼女の仲間に手を出せばどうなるか、という抑止力としての地位。

理想を求めた彼女には地位とはやはり必要なものだったのだろう。

 

そうしてハリベルに窘められたフェルナンドは「そうかい。」と気のない返事を返しただけで、彼女の言に納得している様子はなかった。

フェルナンドにも、そしてハリベルにも譲れない部分であろうそれ、故にその話は此処まで。

それ以上続ければ下の決闘とは無関係の戦いが始まる可能性を多分孕んでおり、それはフェルナンドそしてハリベルが望むかたちでの始まり(・・・)ではなかった。

 

 

「おい、ハリベル。そういえばさっきからあそこで審判気取りの野郎は誰だ?破面には見えねぇ 」

 

「うん?あぁ、あれは東仙統括官だ。 審判ではなく立会人といったところか。市丸ギン同様、“死神”としての藍染様の部下にあたる」

 

 

半ば強引ではあったがフェルナンドが話題をかえる。

フェルナンドに問われた人物へと眼をやり、ハリベルはそういえば初めて見るのか、と思い出したようにその男をフェルナンドに説明した。

そこには砂漠と同じ白い羽織と、砂漠に映える黒い着物を着た人物が立っていた。

 

ハリベルが東仙統括官と呼んだその男。

名を『東仙要』、褐色の肌をし細身の身体つき、髪型が特徴的で髪をある程度の量で小分けにし、それを頭皮に添って三つ編みのようにして編みこんでおり、最後は後頭部で一つに纏めている。

首には襟巻き、手には指が見える形の黒皮の手袋と目元には眼鏡というよりゴーグルに近いものを掛けており、その視線は伺えなかった。

白い羽織には背中に『九』の一文字が染め抜かれており、藍染の『五』、市丸の『三』同様、彼が尸魂界(ソウルソサエティ)に措いてそれを守護する護廷十三隊の九番隊隊長である、という事を示していた。

 

 

「“死神”……か。 しかし、随分と変わった足運び(・・・・・・・)をするもんだな、アイツ」

 

 

そうして眼下で激しい破面同士の戦いに、着かず離れずの距離で動く東仙を見るフェルナンド。

彼が見た東仙という男の動きはどこか不思議なものだった。

安い表現だがまるで後ろに目がある(・・・・・・・)かのように動くのだ。

数字持ち同士の戦闘によって発生する余波、ときに後ろから襲うそれを東仙は顔を向けることもなく避わす。

 

まるで何処に何が在るのか判っている(・・・・・)かのように。

 

 

「気付いたか、フェルナンド。 東仙統括官は生来盲目であるそうだ、それ故気配を感じる事に長けている。おかしな言い方だが、彼には自分の回り全てが“視えて”いるのだろう」

 

「なるほど……ねぇ。 なら……こんなの(・・・・)はどうだ?」

 

 

ハリベルの『東仙が生来盲目である』という言葉を聞き、フェルナンドは彼の足運びと所作に納得した様子だった。

そしてなにか思いついたように笑みを浮かべ、テラスの淵まで進むと眼下にいる東仙に視線を向ける。

次の瞬間、今まで目の前の破面達に注視していた様子だった東仙が、フェルナンドの方を振り向いたのだ。

目の前の戦いを見る事を放棄し突如振り向いた東仙の視線の先に居るのは、どこか不敵な笑みを浮かべたフェルナンド。

彼にそのフェルナンドの笑みまでが”視えた”かは定かではない、しかしその光なき(まなこ)で東仙はフェルナンドを見据えると、眉をしかめそしてまた目の前の戦いへと意識と視線を戻したのだった。

 

 

「あまりふざけるなよ、フェルナンド。 彼は冗談が通じるような人柄ではないぞ」

 

「別にふざけちゃいねぇさ。 ただあの死神が“ホンモノ”か、って事を確認したかっただけだ」

 

 

呆れたようなハリベルの声、しかしフェルナンドはそれに対しても不敵な笑みを崩さずに答える。

彼がしたのは単純な事だった、気配を感じる事に長けているという死神東仙、それを試すかのごとくほんの一瞬絞りに絞った“殺気”をフェルナンドは東仙に向けて放ったたのだ。

声の波と渦巻く感情が荒れ狂うこの場において極僅かな自分へと向けられた殺気、隣にいたハリベルならばまだしもはたして東仙がそれに気付く事が出来るか否か、フェルナンドはそれを見ようとしたのだ。

結果として東仙は見事にその殺気に気が付いて見せた、それも迷う事無くこの大勢の破面の中から彼だけを“視た”のだ。

それは気配を感じるという事以上に、東仙要という死神の能力の高さをフェルナンドが知るのに充分なものだった。

そしてその強さはフェルナンドにとって好ましいものであり、彼は笑みを深める。

 

 

 

 

一方フェルナンド達の眼下に広がる壁に囲まれた砂漠ではまた一つ戦いが終わり、そして先程とは違う破面達の戦いが既に始まっている。

そのどちらもが既に帰刃状態、砂漠には巨大な一本角をもった海象(セイウチ)を模した姿、上空には翼を広げた長く鋭い嘴の巨大な啄木鳥(キツツキ)の姿があった。

人と獣が半々というより獣の割合がかなり多いその姿、獣性を色濃く戻した姿は本能の形であろうか。

睨みあう両者、どちらが仕掛けたのか、どちらがその“号”を奪うために挑み“号”を守るために受けてたったのか、今やそれを知る事に幾許の意味も無い。

 

結局のところこの強奪決闘の場に立った時点でどちらかは全てを失うのだ。

今現在どちらが上位でありどちらが下位なのか、それは数字の上での優劣だけを示すのみであり、これより繰り広げられるであろう戦いの表面的な優劣に等しい。

挑んだ者は勝てるという確信のもと挑むのであり、受ける者は拒否は許されずとも負ける気などありはしない。

強奪決闘の場において数字、“号”は奪う為のものであり上下を示すものでは既に無いのだ。

 

勝った者が強いという純粋な闘争のみがその場所にはあり、他は霞む、いや欲望だけがその場で更に輝きを増すのだろう。

 

 

「ギギャァァァアアア!!」

 

「グオォォオオォオオ!!」

 

 

両者が同時に咆哮する。

それは威嚇であり同時に自身への鼓舞、全てを賭けたこの場でそもそも戦場において気圧されるという事は敗北を意味する。

互いに勝つと、それ以上に殺すという一念の下火蓋は切って落とされた。

 

両者の攻撃方法は奇しくも似通っていた。

海象はその力強い一本角で、啄木鳥は鋭いその嘴で攻撃を仕掛ける。

両者とも相手を刺し貫く事に特化した武器を持ち、刺突から薙ぐような動きで相手を仕留めにかかる戦法。

だが攻撃が似通っていても互いが得意とする戦場が違っていた。

上空の啄木鳥と砂漠の海象、空と陸にそれぞれ陣取った両者、それ故戦闘は刹那的な交錯となり互いに相手を傷つけはするものの、それは決め手を欠くものであった。

 

決定打を欠いた戦い、それはどちらにとっても不本意であり間延びした戦場はそれだけで気勢を削ぐ。

故に互いに示し合わせたかのように両者が動く、啄木鳥は今まで滞空していた位置より更に上へと上昇し、海象は上半身を大きく持ち上げるとその勢いで砂漠の砂へと潜っていった。

上空という開けた空間で啄木鳥は加速をつけた一撃を放とうと速度を上げ旋回し、海象は砂漠を海としてその中を泳ぐ事で勢いを増して飛び出し貫こうというのだろう。

 

充分に加速を増した両者、急降下した啄木鳥を砂漠の海からまるで示し合わせたように飛び出した海象が迎え撃つ。

共にその攻撃を避ける事はしない、自身を一つの弾丸とし避けるくらいならばこの一撃で仕留める方を選んだ両者、そして交錯する二つの流弾。

衝撃の後にあるのは互いに貫き、貫かれた両者の姿だった。

鏡合わせの様に互いを貫きあった両者、そして片方にとってそれは攻撃を加えたのと同時に相手を捉えた(・・・・)瞬間でもあった。

 

 

捉えたのは海象、結局のところ武器としたものの差が勝敗を別けたのだろう。

嘴で貫いた啄木鳥はその後の攻撃手段を持たなかった、しかし海象は違う。

突き刺したのはあくまで角であり、それで仕留められずとも二の矢を海象は用意していたのだ。

開かれた口には禍々しい光を放つ光球があった、それに気付く啄木鳥だがもう遅い、放たれた極光は啄木鳥の身体を腹から上下に分断し、動から離れ最早肉塊となった下半身(それ)は無残に砂漠へと落下するのみ。

 

角に残った上半身を首の一振りで地へと投げ捨て、一瞥すると帰刃状態を解く海象、砂漠へと着地する頃には最早そこにいるのは海象ではなく人型の大男だった。

 

 

「勝負あり。 勝者No.57(シンクエンダ・イ・シエテ) ネトラ・クエルノ。挑戦者No.69(セセンタ・イ・ヌエベ)トレイト・トーバーを退け強奪を阻止、現状在位とする」

 

 

判り安すぎる勝敗、その結果を東仙が片手を掲げ決着を宣言する。

それにより大きく揺れる会場、勝者は何を語るでもなく片腕を天へと突き上げ、それにより音の波はより一層大きくなる。

勝者はその場を後にし、何も語れなくなった敗者は下官達によって肉片として処理された。

この虚圏において命とは育むものではなく殺すものであり、日常的にそれを繰り返したこの場にいるほぼ全ての破面においてそれは娯楽に等しかった。

広義の意味では同じ存在、仲間と呼んでいいものが一体また一体と目の前で、それも同じ同胞によって殺される様を嬉々として歓声を上げる彼ら破面は、やはりどこか決定的ななにかを失い、そして壊れてしまった存在なのかもしれない。

それでも彼等はそれを止める事はしない。

何故ならそれが彼らの日常だからであり、今重要なのは“号”を奪い“力”を示すほか無いのだから。

 

 

 

「決着だな。 にしてもアイツ等解放するとああいう(なり)になるかよ。アレなら俺も少しは楽しめた……か 」

 

「確かに……な。 だがそう侮るものではない。彼等は共に在位の者、しかし強奪決闘は“号を奪う”戦い…… そして“号”を奪われながらも生き残った者もいる…… そういった者は怖ろしいぞ、なまじ一度負けを知っている分もう二度と負けられないという狂気に駆られているからな」

 

 

啄木鳥と海象の戦い、それを眺めながら呟くフェルナンドはどこかつまらなそうな顔だった。

眼下で“号”を賭けて戦う者達はある意味で知った顔、自分が一度下した相手だったからだ。

帰刃状態で戦う彼等、フェルナンドとの戦いでその姿を見せられた(・・・・・)者は少ない、何せ小さな姿のフェルナンドを見た彼等が抱くのは一様に油断であり、フェルナンド自身相手に十全の力を出させる等という事をするはずも無く、苦戦を強いられる場合もあったが、今の体術を確立しはじめた頃からは勝負は早期に決する場合が多かった。

それをどこか悔やんでいるかのようなフェルナンドの物言い、それは全員と帰刃状態で戦っていたのならば、あるいはもう少し自分も戦う事を楽しめたかもしれないという欲なのかもしれない。

 

しかしそれはもうかなわぬ夢、彼等が今更解放してフェルナンドに挑んだところでフェルナンドに対抗できるかといえば難しいだろう。

彼等とて成長している筈ではある、であるのだがフェルナンドの成長はその比ではない。

そして彼等が刀剣解放という手段をとるように、フェルナンドにもあるのだ、彼等と同じ手段が既に……

 

 

そんなどこかつまらなそうにするフェルナンドに、ハリベルが一つ釘を刺す。

そのフェルナンドの様子も仕方が無いとしながらも、この強奪決闘のもう一つの顔と言うべき部分を語るハリベル。

それは奪われながらも生き残った者、という存在。

決して多くないその存在、しかしその彼等は全てを奪われたのだ。

今までいた場所からいとも簡単に転げ落ち、路傍の石に混じり見下していた者に見下されるという屈辱と絶望、それは焦燥を呼び恐怖となり、いつしか狂気を帯びるのだろう。

狂気を帯びた者とは怖ろしい、狂気の獣となった彼等、その狂気は時に想像以上の力をその者に齎し再び階を駆け上がってくるのだ、この舞台に。

そして一人、その狂気の獣がこの強奪決闘の場に姿を現した。

 

 

「続いて挑戦者、番外(エクセテシオン)イドロ・エイリアス。 そして強奪に指名したのは…… No.12(ドセ)グリムジョー・ジャガージャック 」

 

 

その男が円形の砂漠へと姿を表すと半数の者が笑い、もう半数が野次を飛ばした。

負け犬、恥曝し、生き恥、様々な罵声の嵐の中、しかし東仙がその男が指名した者の名を告げた瞬間、その全てはどよめきへと変わる。

その只中にいるその男は長身の割には背中を丸め、猫背になっているせいかそれほど大きさを感じさせず、黒く長い髪に隠れたその瞳は、どこか虚ろでありまるで幽鬼のように佇んでいた。

 

彼、イドロ・エイリアスは元々No.20(ベインテ)に在位していた破面だった。

しかし前回の強奪決闘、フェルナンドがまだこの虚夜宮に来る前に行われた決闘に措いて、彼は“号”を奪われたのだ。

奪った者の名は『ルピ・アンテノール』、そのときの戦いは上位であるイドロをルピが一方的に弄るという散々たる内容であり、見ている者の誰もがこのままイドロは殺されるものだと思っていた。

だが現実は違っていたのだ。

 

「ごめ~ん。 僕もう君で遊ぶのあきちゃった…… だ・か・ら~ちょっと寝ててくれる?」

 

 

イドロがその場で聞いたのはそんな台詞が最後だった。

そして次に目覚めた彼は全てを失っていた、地位を示す“号”は既に無く、残ったのは命と奪われながらも生き残った者に打たれる烙印『番外』だけ。

彼とて負けて生き残る気などなかったのだ、だが彼の意思など関係なく彼は生かされてしまった。

敗者、弱者の生死の選択権は常に勝者が持ち、その勝者たるルピは彼を生かす事を選んだ、だがそれは慈悲などという生易しく驕った感情ではなく、ただそうした方が相手にとって屈辱的だから(・・・・・・)というドス黒い悪意から来るものによって。

 

そしてその悪意は見事に実を結び、イドロは侮蔑と嘲笑の渦に突き落とされる。

それはおそらく地獄の日々、今まで下だった者は遥か上に座り、路傍の石同然だったものと同格、いやそれ以下の扱い。

嘲りと屈辱、恥辱と侮蔑に晒され続けたであろうイドロの精神が荒み、影を宿すのにそう多くの時は必要ではなかった。

 

その彼が再び強奪決闘の場に立つ、そして目指すのは自らの“号”を奪った者ではなく更にその上、実質的に数字持ちの頂点である男、グリムジョー・ジャガージャックだった。

何を思い彼がグリムジョーを選んだのかは判らない、しかしその虚ろで暗い瞳に浮かぶ感情は、地位や名誉を望む者のそれではなく寧ろそんなものに興味を示していないような、そんな印象を見る者に与えていた。

 

 

 

どよめきの中、座席が設けられた壁の上から一体の破面が飛び降り、砂漠へと降り立つ。

特徴的な水浅葱色の髪、それと同じ瞳は鋭くしかし静かに砂漠の中央に立つイドロへと向けられていた。

ポケットに両手を突っ込んだまま歩く男、グリムジョー。

幾分顎を上げ、同じ砂漠に立ちながらも相手を見下すようにしている彼に対し、イドロは目を合わさずやや前方の砂漠を見ていた。

歩みを止めるグリムジョーの前には猫背のイドロがいた。

グリムジョーより長身であろうイドロは、しかし背を丸めている為その背の高さはグリムジョーと同じか少し低く見え、その風貌からは弱々しさすら漂っている。

 

その二人の丁度中間のあたりに陣取った東仙、特に両者を見ることもなく片手を上へと持ち上げる。

東仙はあくまで立会人であって審判ではない、そもそもこの強奪決闘に明確なルールは一つしか存在せず、反則も何も存在しないこの戦いに審判は不要なのだ。

東仙はただ立ち会い、勝利者の名を告げそして明確に決められたルールを破ったものを粛清する、その為だけに彼はいるのだ。

 

 

「それでは…… 始め!」

 

 

東仙の号令と共に彼の手は下へと振るわれる。

それは戦いの火蓋を切って落とし、血の海と肉片を作り出すことの合図だった。

 

 

「フフ…… グ、グリムジョー・ジャガー、ジャック。お、お前をオレは殺さない…… 殺さな、いで、奪ってやるんだ…… 」

 

 

目の前にいるグリムジョーを見ようともせずにイドロが呟く。

それは彼の意思表示であり闇深い精神の顕現、だがグリムジョーはそんなイドロの言葉に何の反応も示さなかった。

だがイドロの方はそれすら意に介さず、一人口を動かす。

 

 

「お前、から奪っ、て…… 同じ、屈辱を味わっても……らうぞ…… あはぁ」

 

 

常軌を逸した笑みを浮かべてグリムジョーの顔を見るイドロ。

これがイドロの目的、数字持ち最強のグリムジョーをどん底に叩き落すためだけに、彼はこの場に立ったのだ。

日々の嘲笑、屈辱に彩られた精神は歪み、そのイドロの歪みは奪った者へではなくそれよりも上に座して自身を見下す男、グリムジョーへと向けられていた。

見下ろすならば奪う、上に立つのならば奪う、奪って奪って、そして屈辱を味わうがいい、と。

陰鬱な日々は精神を捻じ切り、あらぬものどうしを繋げ、瞳は暗く、異彩と狂気を放った。

 

だがグリムジョーはそんな狂気に彩られたイドロを前に顔色一つ変えず、ただ一言を明確に呟く。

 

 

 

「さっさと来い…… 『番外』 」

 

 

 

見下すすように放たれたその言葉、それがこの戦いの本当の幕開けを告げる言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぬめ)る泥の闇

 

湖の静謐

 

水底の獣

 

目覚めて振るえ

 

狂い裂け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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