BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.29

 

 

 

 

 

幕を開けた戦いは大方の予想を覆す展開を見せていた。

振るわれる刀、おおよそ正しい構えや理に叶った足運び、刀の軌道とは一目見て違うとい言えるそれが砂漠に鈍く光る。

ゆらりゆらりとまるで刀の重さに任せて腕を振るっているようなその姿、一見何の力も篭っていないようなそれが一太刀、また一太刀と繰り出され攻め立てるように振るわれ続ける。

 

対して振るわれる刃に曝されている方といえば、ただ不規則に襲い来るその刃を避わして避わしてを続けるのみ。

あまりに不規則、そして変則的なその刃の軌道に戸惑っているのか反撃らしい反撃を見せていなかった。

彼の身体の直ぐ傍を通り過ぎていく切っ先、振るわれる方は無表情にそれを眺め、振るう方は嬉々として刃を振るい続ける。

 

No.12 グリムジョー・ジャガージャックと、番外位イドロ・エイリアスの戦いは大方の予想を覆しイドロが攻め立て、グリムジョーが反撃もなく避け続けるというある意味異常な光景を作り出していた。

 

 

「これは…… どうにも理解できんな……」

 

「 野郎……」

 

 

そんな不可解な光景を、フェルナンドとハリベルは先程と同じテラスから眺めていた。

己が好敵手と定めた相手の名が呼ばれ、フェルナンドはその戦いを見るべくテラスの端へと移動し、ハリベルもそれに続く形で眼下の砂漠を見据える。

だが戦いが始まってからというものフェルナンドの目当てであるグリムジョーは、一切反撃らしい反撃をせずただ相手の攻撃を避け続けるのみ。

そのあまりに不可解な光景にハリベルは困惑を浮かべ、フェルナンドの方はなんとも言いがたい怪訝な表情をしていた。

 

 

「……どう思う? フェルナンド 」

 

「知るかよ 」

 

 

ハリベルからフェルナンドに投げ掛けられる問、しかしフェルナンドは素っ気無く答えるのみ。

問うたハリベルからしても理解できないのだ、フェルナンドとてそれは同じ事なのだろう、だが問わずにいれなかった彼女を責める事は出来ない、それほど彼らの眼下で繰り広げられる光景は不可解だったのだ。

 

その光景は端的に、そして簡潔に言ってしまえばグリムジョーが格下であるイドロに圧されている、というもの。

これがただの数字持ち同士の強奪決闘(デュエロ・デスポハール)だというのならばいい、だが今戦っているのは明らかに他と一線を隔す実力を持ったグリムジョーであり、それが元No.20であるといっても格下のイドロに攻め立てられるような様はある種異様なのだ。

 

 

そうして攻め立てられるグリムジョーを見下ろす二人、その二人に背後から声がかけられる。

 

 

「これはこれは美しい淑女(セニョリータ)、こんな血生臭い場所で出会えるとは吾輩なんたる幸運。こうしてお目にかかれるだけで吾輩今日一日、いや今週の間は天にも上らん程の上機嫌で過ごせる事でしょう。なにせ美しい淑女はこの虚夜宮、さらに外の砂漠を含めた虚圏随一の美貌の持ち主、吾輩の『嗚呼、美しき女性破面番付』では既に殿堂入りでありますからな!」

 

 

ハリベルとフェルナンドの二人の背後から現われたのは、短い黒髪に丁寧に整えられた口髭と顎鬚の屈強な壮年の男、第6十刃(セスタ・エスパーダ)ドルドーニであった。

その声に振り向く二人、だがドルドーニはといえば振り向いた二人にお構い無しにハリベルへ歯の浮くような台詞をこれでもかと繰り出していた。

とうのハリベルはそのドルドーニの言葉に特に反応も見せず、そしてフェルナンドはといえば何か奇妙な生物でも見つけたかのような顔で眉をひそめ、目の前の生物を見ていた。

 

 

「おいハリベル。 “コレ”は何だ……?」

 

 

そう言って目の前の生物、ドルドーニを指差しながらハリベルに問いかけるフェルナンド。

指を指されたドルドーニは「吾輩を指差すとは何事か!」と両腕をばたばたと動かし、地団駄を踏みながら怒るがフェルナンドはその姿を一切意に介さなかった。

それはハリベルも同じ事で、しかし問われたハリベルはあぁと何事か納得し、フェルナンドの問に答える。

 

 

「そういえばお前はまともに(・・・・)彼に会うのは初めてだったか…… 彼はドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ、私と同じ十刃の一人にして『第6』の席に座す男だ」

 

 

ハリベルの言葉にフェルナンドが多少の驚きを見せる。

フェルナンドとドルドーニ、すでに邂逅を果たしているはず両者ではあるがそれには明確な違いがあった。

それはフェルナンドがドルドーニを知らない理由と直結する、なぜならドルドーニが彼の前に現れるときフェルナンドはいつも意識を失っていたのだ。

それは最初のグリムジョーとの戦いの後であったり、第2十刃ネロとの戦いの後であったりといった具合に。

意識を失っているのだから当然その間のやり取りや、その場にいた人物の事など憶えている筈もなく、結果フェルナンドにとって今回の邂逅がドルドーニとの初対面という事となった。

 

 

「お初にお目にかかるねぇ少年(ニーニョ)。吾輩が第6十刃 ドルドーニであ~る。 敬意を込めて紳士(セニョール)ドルドーニと呼び給え」

 

 

対してドルドーニといえばハリベルの言葉に胸を張り、なにやら数回ポーズを決めながらフェルナンドに挨拶するが、自ら自称する“紳士”としてその行動が適切かどうかは疑問だった。

 

 

「ハッ! 少年……かよ。 それで? 十刃のオッサンが一体何のようだ?」

 

 

なんとも面倒臭そうなものが表れたといった表情でドルドーニを見るフェルナンド、そしてぞんざいな態度で何故ドルドーニが来たのかを尋ねるが、当然『紳士ドルドーニ』とは呼ばない。

その態度は確かにドルドーニという未知の存在によるものもあるだろう、しかしその実はもっと別、具体的には眼下で繰り広げられる戦いが気になり、相手をするのが面倒であるという部分が大きかった。

 

 

「むぅ…… 少年まで吾輩をオッサン呼ばわりとは…… 青年(ホーベン)といいまったく最近の若者というのは敬う事を知らんようだ。嘆かわしい事であるな。 そもそも今の君らが在るのも吾輩達、先達の破面がいればこそだという事を考えて貰っても吾輩、何の罰も当たらないと思うのだが?」

 

「……ドルドーニ。 貴様本当に何をしに来たのだ……?」

 

 

フェルナンドの自身の扱いに不満なのか、ドルドーニが愚痴を零し始める。

しかしそれすらももう一人、ハリベルによって無残にも流されドルドーニは盛大に肩を落とし、わざとらしく溜息をついて見せるがそれに対する反応はやはり無かった。

 

 

「……うおっほん! あ~吾輩もこの戦いには少々興味があってね。何せあそこにいる青年(・・・・・・・・)とは何分浅からぬ仲、というやつさ」

 

 

気を取り直したドルドーニは一つ咳払いをすると、フェルナンドとハリベルのいるテラスの端まで歩み寄り、二人同様眼下の戦いを見据える。

その視線に捉えられているのは黒い幽鬼 イドロではなく、水浅葱色の髪の男グリムジョーであった。

 

 

「ほぅ、では貴様にあのグリムジョーが師事している、という話は本当だったのか」

 

「師事、と言えるかどうかは判りませんが…… 手合わせをしているのは間違いでは在りませんよ、美しい淑女」

 

 

ハリベルの言葉、それは風の噂で聞いた話。

第6十刃にNo.12が師事している、というものだった。

グリムジョーという男を知っている者からすればそれは明らかに眉唾物の話、あれほど自尊心の高い男が誰かに師事する、誰かの下につくなどということはありえない、と。

だが現実ハリベルはドルドーニの言葉と、彼の視線からそれがただの噂ではなく真実であると確信した。

それに対しドルドーニは曖昧ではあるがそれを認める。

その曖昧さは自分が師として認められているかどうかという部分も然ることながら、それが事実であった時、グリムジョーという男の今後を彼なりに考えたものだったのだろう。

 

 

「師匠……ねぇ…… じゃぁアレ(・・)もオッサンの指示かよ」

 

 

ハリベルの師匠という発言、それを聞いたフェルナンドはそちらを向く事すら惜しいと下を見据えたまま、ドルドーニの方に視線は向けずに彼へと問う。

その視線の先では相変わらず圧されている様に見えるグリムジョーの姿。

揺らめく切っ先は、もう少しでグリムジョーの鼻先を掠めるのではないかというほどの距離を通り過ぎていき、斬魄刀を振るうイドロの方はわざと当てない様にしているのか、そうしてギリギリで避けるグリムジョーの姿を愉しんでいるのか、嬉々として刃を振るい続けていた。

 

ドルドーニはそんな眼下の様子を見やると、ほんの少し口元に笑みを浮かべフェルナンドに答える。

 

 

「少年は、どうであって欲しい(・・・・・・・・・)のだね?」

 

「あぁ? そいつは一体どういう意味だよ…… 」

 

 

悪戯っぽい笑いを浮かべながらフェルナンドにそう問いかけるドルドーニ。

その視線は先程までのふざけた態度を感じさせず、どこかフェルナンドを品定めしているかのようなそれだった。

対してフェルナンドはその言葉に眼下へと向けていた視線をきり、ドルドーニの方を見据える。

訊いて答えが返ってくるとも思っていなかったが、質問で返されるのは予想外だったのだろうか、フェルナンドの方もドルドーニの真意を探ろうと瞳は逸らさない。

 

 

「言葉通りの意味なのだが……ね。 ……まぁアレは吾輩がッ…… おや、どうやら動きがあったようだね 」

 

 

ドルドーニは話しかけた言葉を切り、視線を眼下へと戻す。

フェルナンドの方もドルドーニを見ていたが、眼下での霊圧の変化を感じ取り視線を戻していた。

ほんの一時目を逸らしただけで眼下の状況は一変していた、そこには爆ぜた霊圧によって弾かれたのかやや壁際まで後退したグリムジョーと、そして中央には黒髪のイドロ。

 

ではなく、うねる白い異形が陣取っていた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「ひはっ! ひはひゃひゃ。 どう、した~ 12番。当たるぞ~ もう少し、で当たるぞ~ひひゃひゃにゃひゃ!」

 

 

狂った笑い声を上げながら斬魄刀を振るうのはイドロ・エイリアス。

対してその標的となっているグリムジョー・ジャガージャックは、己の腰に挿す斬魄刀を抜く事すらなくただひたすら自らに襲い掛かる刃を避け続けていた。

彼へと襲い来る刃は一言で言えば“蛇”。

ゆらゆらとその牙に乗る真意を隠しながら獲物に近付き、虚を突くかのような一撃で丸呑みにする。

逃げる獲物を執拗に追い決して逃がす事無く、獲物がどんなに離れようとも何時しか追い着く粘着質の殺意、それがイドロの刃にはこびり付きそれ故にその刀は蛇を思わせるのだろう。

 

袈裟懸けに放たれた斬撃は、半ばで刺突に変化しさらにそれが刃を返して首を薙ぎに来る。

身体が大きく沈んだかと思えばその実沈んだのは身体だけ、長い手に逆手で握られた刃は上からグリムジョーを襲い、避けられれば躊躇いなく斬魄刀を手放し、持ち替えて追撃をする。

そしてその全ては相手の死角からの斬撃だった。

 

それは虚実という戦いの機微を無視した“虚”のみの剣技、それを態とグリムジョーに当てない(・・・・)ようにして放つイドロ。

刃がその身の直ぐ傍を通り抜ける、ほんの少しでも踏み込んでいれば肉は裂け、血潮が弾けるであろうギリギリの距離を狙い澄まして放つイドロの行為は、相手を仕留める為のものでなく、ただ相手の恐怖を煽る為の行為だった。

彼がその“号”を剥奪されたときに感じた感情はやはり恐怖であり、イドロはグリムジョーを座から堕とす事よりも、まずはそのグリムジョーの顔が恐怖に歪む顔が見たいという欲求に駆られ斬魄刀を奔らせる。

 

正直なところ“号”などもはやイドロにとって何の意味もなく、目的は奪う事(・・・)のみであり、得る事(・・・)などはじめから眼中にないのだ。

 

 

「お、オレを『番外』と呼んだ、のに~。 手も、足も、出ないのか?ふふひゃ! も、しかして、避けるのがうまくて…… 12番になれたのか? あはひゃひゃふひゃぁぁ~!!」

 

「………… 」

 

 

気勢を増すイドロと無言のグリムジョーという構図は、それを見ている数字持ちの誰しもが予想していないものだった。

いくら変則的な刀捌きだとしても、それのみでグリムジョーがあそこまで圧し込まれるというのはおかしいと、ならばそれは刀捌き云々ではなく、純粋にグリムジョーよりイドロの方が強いのではないかと、そう疑念を抱かざるを得ない光景、彼らの前で繰り広げられるのはそれが真実なのではないかと錯覚してしまうほどの出来事。

一度抱いた疑念は急速に膨らみ、もしかすればグリムジョーは腰に挿した斬魄刀を抜かないのではなく、抜けないのではないか、その隙すら見つけられぬほど二人の力は隔たっているのではないかという妄想すら生み出していた。

 

 

そうした多くの疑念の目が見守る中で、しかしイドロはそれに流される事なく、ただ自分の目的と愉悦の為だけにその“蛇”を振るい続ける。

鎌首を持ち上げ身を縮ませ、一息に飛び出し喰らいつく、それを避け続ける相手の姿、暗い暗い虚ろな瞳が今や爛々と輝きしかしその輝きは暗さを増したが故の狂気の輝き。

 

彼の瞳に映るのは目の前のグリムジョーの顔が恐怖に歪む一瞬の顔、だがそれは彼の夢想であり現実のグリムジョーは一切の表情というものを見せていなかったが、それすらイドロには関係ない。

彼が見ている夢想は彼の中の現実であり、彼がこの場に立っているのはその夢想を己以外の現実とするためなのだから。

 

 

「感じるか?グリム、ジョー…… 背後に近付く、オレの、気配を…… 聞こえるか?お前に迫る、足音が…… 俺が、引き摺り落としてやる。脚を掴んで、一息に引きづり、落としてやる…… 全部だぁ、全部無く、なるぞぉふひゃ! 落ちるぞ、堕ちるぞ、墜ちるぞぉ。一息に地の底まで…… 真っ、逆さまだ、あひゃひゃふひゃひゃひゃ!!」

 

「………… 」

 

己の夢想と高まる感情、捲くし立てる言葉に酔いしれる様なイドロ。

見えるのは奈落へと落ちるグリムジョーの姿、かつての自分の姿、それを今度は自分が上から眺める姿。

なんという愉悦、なんという歓喜、なんという快楽、それが彼の内側を掻き毟る。

はやく見せろと掻き毟るのだ。

 

対してグリムジョーは無言、イロドの異常性に隠れてはいるがこれもまた異様な雰囲気を醸しだす。

無言であり無表情、おおよそ感情というものを表に出さないそれは戦士としては一流なのかもしれないが、それだけに彼らしさという部分では違和感を拭えなかった。

グリムジョーという男の本質はある意味剥き出しである(・・・・・・・)事故に。

 

 

「どう、した? 声も出ないか? ひゃ! ……ならもっともっと、もっともっと!声が出ないように……してやる!『(なじ)れ!七頭蛇(キリム)!』」

 

 

グリムジョーの沈黙を恐怖の気配と受け取ったイドロ。

そのイドロは更なる“力”を解放しようと動き出す。

手にした斬魄刀を逆手に持ち、それを自らの左胸へ突き立てた(・・・・・・・・)のだ。

明らかな凶行、だが吹き出るべき血潮は見て取れず破れた服の下にあるのは空洞であり、斬魄刀は胸の孔を通過しただけ。

だがその直後訪れる変化、()を呼ばれそして突き立てられた彼の分身はその力を肉体へと回帰させる。

 

爆発する霊圧の余波なのか弾かれるように壁際あたりに追いやられるグリムジョー。

それでも彼の表情に変化はない、そして爆ぜた霊圧とそれに巻き上げられた砂がたち込める中その砂に映るうねるような影、それが晴れるとそこには背中から六つの蛇の頭を生やしたイドロの姿があった。

上半身の死覇装はなくなり、代わりにその身体は鱗に覆われ足と指の爪は鋭く尖って曲り、見れば彼の顔自体も人と蛇が半分ずつ混ざり合ったように変化していた。

爬虫類独特の鋭く、縦に裂けた瞳は相変わらず暗さを色濃く宿し、シュルシュルと時折見える先が割れた舌が不気味さに拍車をかける。

背の六つの蛇は一つ目で、それぞれがうねりながら獲物であるグリムジョーを見つめ、舌なめずりを繰り返していた。

 

帰刃状態となったイドロ・エイリアスは、その不気味さを更に増した姿でグリムジョーの前に再び現われたのだ。

 

 

「どう、だぁ? 感じるか? 恐怖を…… これか、ら思う存分味わうんだ、ふひゃ!殺さない(・・・・)、ぞ…… どんなに、喚いても、殺さない。生きたまま、お前の全、てを奪ってやるんだ~ひゃひゃ!」

 

 

刀剣解放し強大となった自身の霊圧と身体、それに酔いしれながら夢想を加速させるイドロ。

最早彼にとって自分の勝利は疑うべきものではなくなっていた。

この姿を見ても一向に動こうとしないグリムジョーの姿、それにかつての自分を重ねるイドロ、恐怖し怖気て動けなくなる身体、精神は既に屈し断命の一振りを待つのみの自分、それが今のグリムジョーの姿だと彼は疑わなかった。

 

 

「オレの、刀一本避け、るのに、精一杯だったお前が、この、六頭の蛇を…… 避けられる、はずもない。 ふひゃ!弄ってやるぞ、弄ってやるぞ。四肢に噛み付き、胴を締め上げ、折れ、ないギリギリで…… 首も、締め上げるんだぁ~骨が軋む音、を聞かせろぉふひゃひゃひゃ!!」

 

 

そう宣言しグリムジョー目掛けてイドロの背に生えた蛇達がその身を伸ばし、一斉に襲い掛かる。

イドロに狂気の笑みが浮かぶ、奪う瞬間の愉悦、相手の命を掌握し生かすも殺すも全てをその掌に納め転がすような快感、イドロに溢れるのはそういった感情だった。

挫折と屈辱、虚無と絶望、その果てにあったのは羨望と嫉妬、そして復讐だけだったのだ。

しかし狂った精神による復讐、自分と同じもの全てを味あわせるためだけの復讐、その先などイドロにはない。

目的が復讐であってその後など考えもしないのだ。

ただただ、その為だけにイドロはこの日まで生きてきたと言っても過言ではなく、その成就を前に夢想に浸るのは致し方ない事だとも言えた。

 

グリムジョーへと迫る彼、背中で鎌首を持ち上げた蛇達はその身を引き絞り、そして一息にグリムジョー目掛けてその牙を奔らせる。

イドロが指摘したとおり、刀一本を避ける事に終始していたグリムジョーが六匹の蛇を避けられるとは思えず、それを見ている数字持ち達も認めたくはないが自分達の最強の象徴が敗北する様を想像する。

 

 

 

しかし、夢想も想像も等しくはその者だけが見る幻であり、現実は何時だってそんなものを越えていくものなのだ。

 

 

 

グリムジョーへと迫るイドロの蛇、四方、いや六方から迫るそれはまるでグリムジョーに覆い被さるかの如くうねり来る。

それぞれに一つ、計六つの目がグリムジョーを捉えていた、しかし彼等蛇達がグリムジョーを捉えようとした瞬間、彼等の目を眩い蒼の閃光が覆いそしてそれが彼等の見た最後の光景となった。

 

 

「この程度か…… つまらねぇ…… 所詮は『番外』だな 」

 

 

そんな呟きが会場全てに聞こえた気がした。

それだけ辺りは静まり返っているのだ、目の前で起こった光景に、グリムジョーが放った極光によって。

それは単純な虚閃であり、しかしその威力は絶大、ポケットから出した手に集まった凶悪なまでの霊圧は瞬時に砲弾を形成し、グリムジョーはただ掌を返し迫り来る蛇に向けてそれを放っただけで、イドロの蛇達はその頭を消し飛ばされたのだった。

 

 

「い、一体、何が…… 何故だ…… オレの…… オレの、刀を、避けるだけしかで、きなかったのに…… そんな、 そんな、馬鹿な…… 」

 

 

狼狽するのはイドロ。

当然だろう、今まで自分が圧していると思っていた彼、もう少しで自分の描いた夢想の極地に至るはずだった彼、しかし目の前の現実は刀剣解放した自分の最たる攻撃手段が、一瞬にして消し飛ばされるというものだったのだから。

彼にあるのは疑問だけ、自分の刀を避けるだけしかできなかった男が反撃を、しかも圧倒的な反撃を繰り出したのだ。

そんな彼の疑問、そしてそれに答えられるのはこの場では唯一人だった。

 

「あぁ? 誰が避けて(・・・)たって? クズが…… 俺が何をしていた(・・・・・・)かも判らねぇ様じゃ話にもならねぇ。テメェの攻撃があのクソガキに少しばかり似てるかと付き合ってやった(・・・・・・・・)が、胸糞悪ぃ…… テメェのはクズの戦い方(・・・・・・)だ、正面から勝てないから裏をかくクズの戦い方…… 真正面から殺す事だけを考えてやがるあのクソガキとは似ても似つかねぇ…… 」

 

 

イドロの疑問にあっさりと答えるグリムジョー。

彼は言うのだ、避けるしか出来なかったのではなく、ただお前に付き合ってやっただけだと、そうでなくては誰がお前のような者の相手などするものか、と。

そして自分が何をしていたのかすら気付かないようでは話にもならないと。

グリムジョーが最初にイドロの剣技を見たときに思った事は、“似ている”だった。

その奇抜な動き、自分の意識の外から襲い来る攻撃、流れの中で変化する一撃一撃が似ていると、自分に刻み込んだあの忌まわしい少年のそれに。

それ故に彼はあえて(・・・)刃を避け続けるという選択をしたのだった。

 

 

「う…… うぁ、あぁ…… 」

 

 

グリムジョーがその身から殺気を放つ。

濃密なそれはまるで物質になったかのようにイドロに圧し掛かりそれだけで彼の気概は呆気なく折れた。。

一歩一歩イドロへと近付くグリムジョーの姿を、イドロはただ呻き、見ていることしか出来ない。

彼には判ってしまったのだ、どちらが強者で弱者なのか、引き摺り下ろすと息巻いていた自分のなんと愚かしい事か、と。

そしてもう、自分は目の前の死から逃れる事はできないのだと。

 

グリムジョーは怒っていた、忌まわしき少年と重なって見えたその刃、それは来るべき決着のための試金石になるはずだった。

だがそれは失敗。

避け続ける事を選択したグリムジョーがその刃に見たのは、その刃に重ねた拳から感じたものとは似ても似つかないものだったのだ。

フェルナンドの拳から感じるのは“熱さ”、ただ相手を打倒し真正面から殺す事だけを純粋に貫く“熱さ”だった。

しかし、先程まで目の前で振るわれていた刃から感じるのは“熱さ”とは違うもの、相手の裏をかき欺いて落しいれてやろうというフェルナンドとは似ても似つかない”卑屈さ”。

同じように機先を制し、同じように相手の思いもよらない攻めを見せた二人。

しかしその同じような攻撃に見えた意思、それを振るう者が持つ本質の部分でフェルナンドとイドロは違いすぎた。

そしてそのどちらがグリムジョーにとって全力を持って打倒しうる価値(・・・・・・・)があるかなど言う必要すらない。

 

あまりにも不快、そしてそれは重なったあの少年の“熱さ”を濁らせ、自分とあの少年との戦いに泥を塗るものに彼は感じた。

ならばもう必要ないと、見せられるものがそれだけなのならばもう死ねと、グリムジョーは無理矢理に押さえていた自身の獣性を解放する。

無表情は消え去り、殺気の滲むその顔はイドロの狂気など霞むほどの凶気が浮かんでいた。

ただ目の前の不快を破壊する、刀など必要ない、この爪で引き裂き、侮辱した事を後悔しながら死んでいけ、そんな思いを存分に滾らせてグリムジョーはその歩を進める。

 

 

「テメェの刀は俺を激しくイラつかせた…… 楽に死ねると思うなよ?『番外』がぁ 」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「やはり……か 」

 

「ハッ! 当然だろ。 あんなふざけた戦い方(・・・・・・・)しといて圧されてる、って方が無理がある」

 

 

テラスからグリムジョーの虚閃を見ていたハリベルとフェルナンド、互いに口にするのは“意外”ではなく“当然”という感情が篭った言葉。

彼等は始めからグリムジョーが本気でない事はわかっていた。

二人に見えた困惑は他の数字持ち達とは違った意味での困惑、どうして圧されているのかではなく、何故無理矢理あの程度の相手に付き合うのか、という事。

そして何より二人に不自然さを覚えさせた事柄が一つあったのだ。

 

 

「ほぅ…… 美しいはともかく、少年も気付いていたのかい?青年のあの(・・)戦い方に」

 

「ハッ! あんなもん誰が見たって判るに決まってる。わざと相手の刀に踏み込む(・・・・)……なんてふざけた戦い方して圧されてる筈があるかよ」

 

 

ドルドーニが揶揄するようにフェルナンドに話しかけるが、それをフェルナンドは当然知っていたと答えた。

師であるドルドーニはともかくとして、ハリベルとフェルナンドの二人がグリムジョーの戦い方を見て明らかに不自然さを感じた最たる理由。

それは、グリムジョーが迫り来るイドロの刃に退いて避ける(・・・・・・)のではなく、逆に踏み込んでいる(・・・・・・・)、という事だった。

 

 

イドロがグリムジョーの身体のギリギリを狙い繰り出していた刃、だがグリムジョーはそれの上をいき、自ら踏み込んで更にその身の際まで刃を近づけていたのだ。

そんな事をする理由など見ている者に判る筈もなく、しかしそれが出来るという事はグリムジョーにはイドロの刃が完全に見えている、見切っている(・・・・・・)という事に他ならず、そうしてグリムジョーが踏み込んでいることにイドロが気付いていない時点でこの二人の“差”は明確であり絶望的、勝敗など考えるだけ無駄な事だったのだ。

 

 

「さて…… もう見るものはねぇな。 俺は先に帰るぜ、ハリベル」

 

「おや? いいのかい? 結末を見なくても」

 

 

グリムジョーが虚閃を放ち、その力を見せ始めるとフェルナンドはテラスからはなれその場を後にしようとする。

それにドルドーニはこの先を見なくてもいいのかと訊くが、フェルナンドは背を向けたままヒラヒラと手を振り「見なくても判る」と一言残してその場から出て行ってしまった。

残されたドルドーニはなんとも不思議なものを見ている気がした様だが、それにハリベルが小さく笑って答える。

 

 

「なに、滾っている(・・・・・)のだろうさ。自分の好敵手と定めた者が自分を意識している、それはアレにとって何よりも嬉しいのだろう…… 一度は落胆させたかもしれないと思った相手が、その実自分の事を刻み付けていた…… ならば自分は更に強くならねば……とな…… 」

 

「なるほど…… 見なくても判るのではなくその実このまま見ていれば今、死合いたくなってしまう……と。それは両者ともまだ望むべきものではない……と。いやはやなんとも“熱い”ですな、少年は 」

 

 

ハリベルが語るフェルナンドの本当の理由、それは結果が判るから見ないのではなく、それ以上に今やるべき事が出来てしまったからだという事だった。

それはただ力を求め更なる強さを手に入れること、自分が定めた好敵手、一度は相手にとって自分は価値がないと思い、そしてそう思わせてしまった自分を悔いた彼にその相手が見せた爪痕。

自分は刻み込んでいたのだと、そして自分も深く刻み込んでいると、そう確信し彼は、それならばやる事はひとつだとその場を後にしたのだ。

ただ来たるべき時、恥じぬ戦いをするために、と。

 

 

一人その場を後にし廊下を歩くフェルナンド、その耳に届くのは世界を揺らす歓声の轟音、それは決着の知らせでありどちらが勝者なのかなど想像の必要すらなかった。

それを背にしながら歩く彼の拳は強く、強く、そして硬く握り締められているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの思惑

 

望ましい結果

 

叶わぬ使命

 

臨む舞台

 

相容れぬ者よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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