BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.30

 

 

 

 

地響きのような歓声が鳴り止まぬ闘技場。

それは強者だけに送られる賛辞であり、その声の内容が賞賛であれ罵声であれそれは関係なく、それを一身に浴びているという事が既に強者、そして勝者である事の証明に他ならなかった。

 

そんな強者のための賛美歌が鳴り響く会場の廊下を、フェルナンドは一人歩いていた。

硬く握られた拳、口元に浮かべた笑み、そして鋭さを増した眼光が彼の昂ぶりを如実に示している。

 

それもその筈だ、フェルナンド・アルディエンデという破面が自身に深く刻み込んだ者のうちの一人、一度は対等と思いしかしその実互いに持つ“力”は大きく隔たり、それ故戦いの中で落胆を与え、自分という存在を刻み付ける事が出来なかったと思っていた男。

その男、グリムジョー・ジャガージャックが自分と同じようにその身に、フェルナンド・アルディエンデという存在を刻み付けていたという事実。

 

相手の斬魄刀に自ら踏み込み、わざと紙一重で交わして見せるその度胸と技量。

そしてそれが出来るという事は即ち、相手の攻撃の全てに後の先が取れるという事に他ならず、それを自分の拳に見立てたと言う彼の言葉がフェルナンドには自身への挑戦状に聞こえていた。

 

 

これ位ならば避わせると、自分に掠るどころか逆に殺すと、そしてお前はこの程度ではないだろうな?と。

 

 

グリムジョーに本当にその意思があったかは定かではない。

しかしフェルナンドがそう受け取った以上それが彼にとっての真実であり、その事実に彼の血潮は沸き立っているのだ。

 

 

(いいぜ、グリムジョー…… こいつは喧嘩だ。気取ったもんは何一つ無ぇ。ただの喧嘩をしようじゃねぇか…… )

 

 

フェルナンドの口元の笑みが一層深くなる。

彼にとって戦いに大儀や正義、そもそも理由も必要ではないのだ。

強者が目の前にいる、どうしようもない強者が目の前にいる、そうなれば彼の持つ選択肢は一つしかない。

彼が求める“生きている実感”は彼にとって戦いの中にしかなく、それを感じるにはより強い者と戦う他に彼は術を知らないのだ。

 

望むのは最高の舞台、いや正確には場所など何処でもいい。

向かい合った両者がいれば、そこが最高の舞台となる。

それに臨むにはもっと、もっともっと強くなるのだと、そしてグリムジョーに更にはあの女にも勝つのだと決意も新たに廊下を歩くフェルナンド。

だがその歩みを遮る者が現れる。

 

 

「少々待ってもらいましょう、フェルナンド・アルディエンデ。」

 

 

唐突に掛けられた声は、フェルナンドの行く手を遮るようにして現れた男から発せられたものだった。

東仙要と同じ褐色の肌、しかしこちらの方が明らかに強靭そうな身体つきをしており、前掛けが垂れ下がったような上着はその隆起した肉体を協調するように肌に沿ったもの。

耳には髑髏を模した飾りがあり眉はなく厚めの唇、後ろ手に組んだ手には斬魄刀が握られていた。

その体躯ゆえかそれとも別のものなのか、眼前のフェルナンドを見下ろすようにして立つ男、その男に行くてを遮られたフェルナンドは歩を止め、必然的に男と対峙する事となる。

 

「なんか用かよ。 ……それよりまずテメェは誰だ?俺は今機嫌が良い…… だからくだらねぇ事(・・・・・・)で呼び止めてくれるなよ」

 

 

およそ初対面の相手にとるべきものではないフェルナンドのその態度、明らかに相手にすることが面倒だという事を隠そうともしない彼。

だがそれも仕方が無い、フェルナンドが言うとおり彼は今機嫌がいいのだ、それも最高に昂ぶった状態でありそれが削がれてしまうのは誰だって気分のいいものではないだろう。

 

 

「なるほど…… やはり貴方は礼儀を知らぬ“獣”のようですね…… 」

 

 

そんなフェルナンドの態度に、その男はあからさまな侮蔑の態度を示す。

目を伏せ、軽く頭を左右に振りそう口にする男、それは挑発の類ではなくその男が心底そう感じているような態度。

明らかに見下し蔑む態度だった。

 

 

「ハッ! 言ってくれるぜ。 ならテメェはどうなんだ?初対面の相手に名も名乗らねぇ…… それとも名乗らねぇのがテメェの礼儀か?」

 

 

自分を馬鹿にしたような態度をとるその男に、しかしフェルナンドは怒りを見せる事無く逆に皮肉気な笑みを浮かべて言葉を返す。

名前も名乗らず相手の礼儀知らずを嘆く、そんなお前こそ礼儀知らずではないのかと、そんなお前に礼儀を語る資格があるのかと。

フェルナンドの言葉に男は若干の驚きを見せ、しかしそれは直ぐに霧散し表情から消えていた。

 

 

「確かに…… 一応考えるだけの頭脳は持っているようですね。 ……いいでしょう。 私の名はゾマリ、崇高なる絶対支配者藍染惣右介様より恐れ多くも『7』の数字を下賜されし愛の忠臣、『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』ゾマリ・ルルーです。本来ならば貴方のような獣が言葉を交わすことすら出来ない存在ですよ」

 

「チッ、十刃、十刃、十刃……か。どいつもこいつもうるせぇ事だ…… それで?その偉い第7十刃サマが俺みたいなはみ出し者(・・・・・)に何の御用でございますかねぇ、と」

 

 

その男、第7十刃 ゾマリ・ルルーは高らかに宣言した。

半分はフェルナンドに指摘された礼儀としての名乗り、そしてもう半分はその自身が発する言葉に酔いしれながら。

彼にとって『7』という数字は何より特別なものであり、彼にとっての絶対者である藍染から下賜されたその数字は、誇るべき称号であり同時に藍染への忠節の証であった。

 

対して、フェルナンドはそれをウンザリした表情で見ていた。

階級、位階、順番、上下、ここにいる者は二言目にはそれを語る、フェルナンドにはそう感じてならなかった。

それは今まで強奪決闘(デュエロ・デスポハール)という戦いを見ていた、というせいもあるのだろう。

上だという証明である番号、フェルナンドにはひどく曖昧で無意味に見えるそれをさも誇らしげに、そして絶対のものとして謳う目の前の男に彼はあっという間に辟易していた。

 

最高だった気分に水を刺した男、気落ちしたそれをこれ以上落したくないのか、フェルナンドは適当に相手が好くであろう態度であしらいその場を去ろうとしている。

それにどうにも嫌味が込められてしまったのは、仕方が無いことなのだろうがフェルナンドの態度にゾマリは表面上特に反応した様子を見せず、そして宣言した。

 

 

「はみ出し者…… 言いえて妙ですね。 その自覚があるのならば話は早いでしょう…… フェルナンド・アルディエンデ、私と強奪決闘の舞台で戦いなさい。言っておきますがこれは要望ではなく命令です。罪人は断罪せねばならない、そして衆目の下で首を刎ね曝す事でしか罪を償う術はないのです」

 

 

一方的であり高圧的に語られたその言葉、フェルナンドを罪人とし、その処刑を見せ付けるためだけに強奪決闘の舞台に上がれというその言葉。

それは即ち、自分に殺されるために(・・・・・・・)戦えと言っているのに等しく、しかしゾマリの言葉に戯れの感情は微塵も挟まれておらず、彼が本気で、その余人が聞けば戯言と笑われるような事をフェルナンドに命じているということを伺わせた。

 

だがゾマリはフェルナンドという破面を知らない。

そもそも誰かに命ぜられればそれが何であれ、否と答えるのがフェルナンドなのだ。

誰にもそして何にも縛られない彼、おそらくこの虚夜宮で藍染に次いで権力と実力を持つ第1十刃、“大帝”バラガンの言葉すら意に介さず、逆に命ずるほどの豪胆さを持つフェルナンドに対し、真っ向から“命令”だと言い放てば彼がなんと答えるか、彼を知る者ならば想像に難くないものといえるだろう。

 

そしてフェルナンドの口元が皮肉気に歪んだ。

 

 

「いいぜ。 やってやるよ、テメェと……な 」

 

 

予想とはえてして覆されるために在るというのだろうか。

フェルナンドが口にしたのは“否定”ではなく“肯定”だった。

それは気落ちしたにせよ昂ぶっていた精神によるものか、それともただ目の前の男が気に入らないのか、はたまた純粋に戦いたいのかそれは定かではない。

だが今重要なのはフェルナンドがゾマリの言葉を受けたという事であり、それは即ち十刃という虚夜宮の一角に挑むという事に他ならないということだった。

 

「……解せませんね。 殺す、と言われている事が理解出来ていないのですか?それとも罪を償うつもりになりましたか?」

 

 

あまりにもアッサリとその勝負を受けたフェルナンドに、言い出した本人であるゾマリも若干眉を顰め怪訝な表情を浮かべる。

それもその筈、首を刎ねると、殺すと、そう言われているにも拘らず彼の目に映るフェルナンドは笑みを浮かべているのだ。

獰猛な笑み、正しく獣の笑みであるそれを浮かべるフェルナンド、そのフェルナンドはそんなゾマリの言葉を鼻で笑う。

 

 

「ハッ! そもそもその罪とやらに思い当たるもんが無ぇよ…… だがな、売られた喧嘩(・・・・・・)は買うさ。大層なお題目で飾っちゃいるが要するに俺が気に喰わねぇんだろ?だから殺したいんだろうがよ。 なんなら俺は今すぐでも構わねぇ……がな」

 

「なるほど…… この崇高なる私の使命を、喧嘩などという低俗なものでしか捉えられないとは…… 下賎な獣めがッ 」

 

 

何の事はない、フェルナンドはただ売られた喧嘩を買っただけだとそう言い切った。

相手が誰だろうと関係は無い、それが十刃だろうが、数字持ちだろうが死神だろうが、それ以外の誰だろうが彼には関係ない。

“覚悟”を持って自分と相対した者がいる、己の意思でもって決断し自分と相対した者がいる、それは既に彼にとって敵でありそれならば彼が取る選択肢は一つ、叩き伏せる事だけなのだ。

 

そんなフェルナンドの“喧嘩”という言葉にゾマリは隠す事無く侮蔑と嫌悪の視線を向ける。

崇高な使命、それが犯されたような感覚を味わうゾマリ、常の丁寧な口調から地金が覗いたかのような呪いめいた言葉が漏れる。

だがそれすらも押さえ込み、またしても丁寧な口調に戻し語りだすゾマリだが、心中は穏やかではなかった。

 

 

「いいでしょう。 その思い上がった態度とその命を代価として粛清してあげます。ですが先程のNo.12の戦いで今回の強奪決闘は終了、それを曲げてまで貴方を断罪して差し上げる(・・・・・)程、私は暇ではありません。この次まで生まれた事を後悔しながら死の時を待っていなさい」

 

 

それだけ言い残すとゾマリは響転でその場から消え去っていた。

最早一秒たりともその場に、フェルナンドと同じ場所に居たくなかったのだろう、そしてその場に残されたフェルナンドは誰もいなくなった廊下で一人呟く。

 

「そうさ、こいつは喧嘩だ。 それに…… アイツ等と()る前の肩慣らしには丁度よさそうだ…… 」

 

 

ゾマリが去った廊下、そこには彼が言ったとおり一匹の“獣”が、その牙を覗かせていたのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

強奪決闘が行われている闘技場は轟音に満たされていた。

しかし、その会場の中心に一人立つグリムジョーにそれは聞こえない。

ポケットに手を突っ込んだまま、眉間に深い皺を刻みつけ立ち尽くす彼。

 

まずもってその言葉に興味が無かった、それは賞賛でありこの場においてはそれに酔う事はなんら不思議でない筈だが、彼にあるのは胸に支える消化不良の思いだけ。

歯向かって来た相手はグリムジョーにとって彼をイラつかせる事だけに終始し、結果として彼が思うよりも更に呆気なく、そして脆くもその屍の半ばを消し飛ばされ、断末魔の叫びのまま固まった顔を貼り付けた首を彼の足元に転がしていた。

 

それは何一つ得る事のない戦い、得たものがあるとするならばそれは不快感のみであり、苛烈な炎の記憶を霞ませ、濁らせるという愚かしい結末だった。

 

「チッ……!」

 

 

グリムジョーから舌打ちが零れる。

最早自分より弱い者と戦う事に彼は意味を見出せていなかった。

対等な相手、そして上で彼を見下ろす者達、自分が戦うべき者はそちらであり、自分の持っている力のすべてはその者達と戦う事で己の強さを証明し、“王”として君臨するためだけに用いられるべきだとグリムジョーは考えていたのだ。

 

(つまらねぇ…… もっとだ、もっと…… 俺が求めてるのはこんな雑魚との遊びじゃ無ぇ。こんな雑魚をいくら殺しても意味が無ぇ…… 証明するんだ、 俺こそが“王”だと。 誰も寄せ付けねぇ圧倒的な“王”だとな…… )

 

 

ポケットに入れられた彼の手が強く握り締められる。

戦いは終わったというのにグリムジョーの目は今だ獲物を捉えているかのように鋭いまま。

いや、それは捉えているのではなく求めているのかもしれない、彼の野望、“王”となるために通らねばならぬ戦いの相手を、全力で戦い、雄叫びを上げるような勝利が訪れるような相手を。

 

血が沸き立つような、意思とは関係なく肉体が歓喜し、魂が叫ぶような戦い、それに勝利する事で“王”へと至る階をまた一歩登る事を目指す彼。

全ては通過点であり、しかしそれなくして彼の求めるものは決して手に入らない。

彼の求める王とは玉座に座して見下ろす王ではなく、全ての戦いに誰よりも先んじてその身を投じ、その全てを微塵に薙ぎ払う“戦の王”なのだ。

 

ならばそれに至るには戦うしかなく、戦って戦って戦い抜く事が唯一の方法。

 

 

(そうだ…… 俺は“王”になる。立ち止まる事は在り得ねぇ、立ちはだかる者全てを薙ぎ払って進むのが“王”だ。牙は研いだ、柱は突き立てた、なら…… その喉笛、喰い千切らせてもらうぜオッサン)

 

 

決意、決心、そして覚悟、気は満ち、また期は満ちたという思いがグリムジョーを満たす。

彼の中で成されたそれ、彼の視線と共にその意思と不完全燃焼の矛先は、最近嫌というほど覚えた霊圧の持ち主へと向けられる。

そう、彼の中では最初にその鍛え上げた牙を、爪を突き立てる相手は決まっていたのだ。

突然現われては自分を打ち倒し地に這わせ去って行くその男、高らかな笑い声を上げながら余裕を見せ付けるその男、そしてその男と戦い、立ち上がるごとに自分が強くなっていく事を実感する日々。

そうして磨き上げた強さは、その男に全て叩きつけるために磨き上げたものなのだ。

 

その人物は彼が立つ砂漠よりもずっと上から彼を見下ろしていた。

顔に張り付いた笑みは壮絶でグリムジョーを品定めするように、そして矛が向けられた事が愉しくて仕方が無いという顔をしていた。

グリムジョーは唯その人物を、『第6十刃』ドルドーニを見据えるのみであり、ドルドーニもまたグリムジョーを唯見下ろす。

見下ろすドルドーニの顔から伺えるのはたった一つ。

 

『待っていた』という一念のみ。

 

だがその間には語る言葉は存在せず、また必要でもなかった。

それは二人が求めたものであり、いつか来る筈のもの、避ける必要は無く、寧ろそうなる事を望みその時のために研鑽を積んだもの。

どちらかは確実に倒れるだろう、だかそれがどうしたと、それこそが自分達の望だと言わんばかりに両者の気が静かにぶつかる。

 

 

二人の間に言葉は無い、しかし、決戦は今此処に約束されたのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「なんじゃと……? ガハハ! そいつはよいわ、手間が省けたわい」

 

 

いくつかある十刃専用の観覧席でも一等豪華な席で、バラガンは繰り広げられる強奪決闘を見物していた。

本来この場は数字持ち達にとって“号”を上げるための場所であるのだが、十刃から見れば芽のある数字持ちを従属官とする見本市の側面も持っていた。

無論、十刃達もこの強奪決闘の対象ではある。

しかし十刃に挑む数字持ちなど早々現われる訳もなく、現われたとしても勝てる者などまずい無い。

バラガンが記憶している中で最も最近十刃になったのは第8十刃ノイトラ・ジルガであり、数字持ちでありながら第8の“号”を奪った数少ない例外の一人でもあった。

だがそれも随分と前の話であり、結局のところノイトラの様な例は稀で、数字持ちの中では“号”を上げる事も然ることながらこの場で活躍し、従属官として取上げられる事を目的とするものも居る始末。

 

バラガンは多くの従属官を抱え、その中でも序列を設け一つの王国、または軍としての機能を持たせていた。

そのバラガンにとってこの強奪決闘は部下を増やす機会でもあり、必ず足を運び、自らの目でそれを見物している。

だが今回の強奪決闘は特に目を引くものも無く、最も見たかったあの金色の童も自ら出る様子は無く、数字を持たない彼を指名するものも居らず、舞台に引っ張り出す方策も浮かばぬ故に今回は見送り、次回自身の従属官の誰かしらをあてがおう考えていたバラガンに、ある意味吉報が齎された。

 

それは端的にいえば第7十刃 ゾマリ・ルルーが、フェルナンド・アルディエンデと戦うという報告だった。

 

バラガンにとってそれは僥倖だった。

十刃の一角、それがあの童 フェルナンドと戦う、自分の従属官より明らかに強いであろう十刃ゾマリならば、フェルナンドの実力を確かめるのになんら問題はないだろうと。

決してバラガン自身の従属官が弱いという訳ではない、だが十刃を前にしては些か見劣りしてしまうのは仕方がない事であり、彼の目的の為にはより強者をぶつける事の方が都合がいい、というだけの事。

 

 

「ゾマリの奴もうまい事動いてくれたもんじゃな…… さてあの(わっぱ)、奴を前にしてどう戦うか…… ククク 」

 

 

自然とバラガンから笑みが零れる。

それは優しさではなく獰猛な獣の笑み、繰り広げられる戦いはおそらく最高の見世物となるだろうという直感。

いや、直感というよりそもそも自分が興味を持った童、フェルナンドが絡んでいる時点で最高の見世物である事は確定している、と言ってもいいとさえバラガンは思っていた。

あとはそれがどういった見世物になるのか、舞劇か、喜劇か、それとも悲劇か、それはまだ誰にもわからない。

 

だができるなら、とバラガンは思う。

見たいのは美しい舞ではない、見たいのは涙を誘う三文芝居ではないと。

彼が見たいのは刃から赤が滴る狂乱の殺劇なのだ、刃が肉を裂き、骨を断ち、血潮を舞い上げ空を染める。

流れた血は憎しみを加速させ、憎しみは更なる惨劇を呼び、その末に立つのは血塗れの勝者、“大帝”バラガン・ルイゼンバーンが望むのは何時だって血に濡れた舞台であり、逆に言えばそれ以外の全ては彼が望んでいない三流の結末でしかないのだ。

 

「さて童、 お前は儂になにを魅せる?……ククク、ぐははははははは!!」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

強奪決闘は、グリムジョーの戦いを最後に幕を閉じた。

数字持ちの中から此度の強奪決闘において十刃に挑戦するという者は出ず、十刃の中でも“号”を奪い合うという事は起きなかった。

多くの破面に比較的に何事も無く終わった、とされた今回の強奪決闘。

だがこの何事も無く(・・・・・)という一言の中にはこの強奪決闘で死んでいった者達が含まれており、彼ら破面にとっては亡き者、死者の存在は語るべきものに在らず、語るべきはどうやって殺したかという事であり、それはやはり彼等が血を好む存在であるという証明であった。

 

 

「随分と嬉しそうだな、ドルドーニ…… 」

 

 

観覧席を共に後にしたドルドーニに、ハリベルが話しかける。

彼女の隣を歩く男、ドルドーニの顔は彼女が指摘したとおり、随分と嬉しそうだった。

 

 

「いやなに、美しい淑女と道中を共に出来れば、どんな男とてこのような顔になりましょう。まっこと光栄な事ですなぁ 」

 

 

そんなハリベルの言葉にドルドーニはいつも通りのおどけた風で答えるが、ハリベルはそれを見て小さく笑う。

 

 

「フッ、そう判りやすい嘘をつくものではない。あの破面、グリムジョーの挑戦がよほど嬉しかったのだろう?」

 

 

小さく笑ったハリベルが口にした言葉は、おそらく真実だろう。

ドルドーニがその顔に喜色を滲ませる理由、それは一重にグリムジョーからの無言の挑戦状ゆえ。

それは彼の望んだ戦い、いくら隠そうとしても隠し切れない猛々しい戦士としての彼が望んだ戦い、それがもう直ぐ実現するというのだから。

 

 

「はは、お見通し……ですかな。  青年は強い、彼は私と手合わせをすればするほど強くなっていきます。それが吾輩には愉しみで仕方が無かったのですよ。いつかこの青年と“全力”で戦う時が来ると思うと身震いさえした…… 互いに全力を出す事無く戦っていましたがそれも終わりです。次にこの強奪決闘の舞台でまみえる時は吾輩の全力をもって応じる所存ですよ」

 

 

なんとも嬉しそうに語るドルドーニ。

最初はハリベルとフェルナンドを羨み、無理矢理彼の元に押しかけては師を気取っていた。

しかし、そうして彼と戦うにつれ日毎に強くなっていく彼の姿に、ドルドーニは本当に師として彼に接するようになっていったのだ。

彼、グリムジョーが自分をどう思っていたかは判らない、だがそれがどうしたとドルドーニは思う。

師として敬われようが、怨敵として恨まれようが、結果として彼が強くなれば構いわしないと、その先にある戦いが在るのならば他は何もいらないのだと。

常に貪欲に、己の欲望のために、抱く野心のためにドルドーニは動く。

グリムジョーにとってドルドーニが壁であるのと同時に、ドルドーニにとってもグリムジョーは壁なのだ。

自ら創り上げた強大で強固な壁、それを乗り越えてこそ自分の野心の先、第1位の座に至るのだと。

自らの力を高めるためにはより強大な障害が必要なのだと、そのためにドルドーニは自らの首筋に牙を突きたてると明言したグリムジョーを鍛えたのだ。

 

見込んだ才の先を見たいという欲と、自らの野望を試すために。

 

 

「そうか…… その気持ち、判らんでもないがな……」

 

 

ふと零れたハリベルの呟き、ドルドーニがグリムジョーと相対する事を心待ちにするように、ハリベルもまたフェルナンドとの再戦を待っているのだ。

手合わせはする、手を抜くことはない、だがそれは殺し合いではない(・・・・・・・・)のだ。

破面全てに言えるのはその力は全て“殺す”事だけに特化しており、それ以外の戦いで全力など出る筈も無い。

ハリベルとフェルナンド、互いに全力で殺しあう事を決めている二人、おそらく相対せば最後に立っているのはどちらか一人だけだろう。

その時が何時来るかは今だ判らない、だが隣で昂ぶる男の気持ちはハリベルにはよく判り、そして羨ましいものでもあった。

 

 

だがそうして歩く二人に、一つ甲高く張り上げられた声が響く。

 

 

「おうおう第3十刃サマ! 今日はあの死に損ないのガキじゃなくて十刃の古狸を(はべ)らせてんのか?ケッ! 第3十刃サマともあろう御方が随分と尻軽で(・・・)いらっしゃる」

 

 

ハリベルに不躾な言葉を浴びせるその男は、壁に寄り掛かり甲高い声で笑っていた。

肩ほどの長さの黒髪に左目には眼帯、細すぎる手足と顔に貼り付けるのは相手を見下し、嘲うかのような笑み。

おおよそ異形としかいえない三日月形の巨大な斬魄刀を携えたその男は、振り下ろしたその斬魄刀でもってハリベル達の行くてを遮る。

 

「ノイトラ…… 貴様、私に何の用だ…… 」

 

 

彼女に話しかけたのは『第8十刃(オクターバ・エスパーダ)』ノイトラ・ジルガ、釣りあがった瞳で見下すようにハリベルを射抜く。

ハリベルの声に硬いものが混じる。

それは不躾な物言いによるものか、それともいつかのネリエルを侮辱した事によるものなのかは定かではないが、彼女が不快感を顕にするのは珍しい事でもあった。

 

 

「別に? メスに用事なんかねぇんだよ。 た~だ~、随分と節操が無い(・・・・・)様子だから御注進を、と思っただけだ」

 

「貴様ッ…… 」

 

 

何処までもふざけ、不躾な態度をとるノイトラ。

彼がそうする理由はただ一つ、ハリベルが“メス”だからという一点のみ。

彼の持論は“メスがオスの上に立つな”であり、第3と第8という位階の差は彼にとって到底、認められるものではなかったのだ。

 

 

「まぁまぁ、美しい淑女。 そのような顔は貴方には似合いませんよ?……それにしても第8十刃クン。君の物言いはあまりに無礼ではないかね? ここは大人しく下がって隅で縮こまっていたまえよ」

 

 

不快感を顕にするハリベルの前に進み出るようにして、ドルドーニが前に立つ。

そうしてドルドーニはハリベルを見下しているノイトラを、わざと見下すような態度をとった。

彼は“女性は全て愛でるもの”という信念の元に行動する男であり、ノイトラの態度は些か彼の信念からは看過できないものであったのだろう。

 

 

「うるせぇ! 第1世代の骨董品がしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」

 

「これは面白い事を言う。 君は第8(・・)、私は第6(・・)、君は私を骨董品と言うがその骨董品より位階の低い君は、それ以下という事になるねぇ。相手を罵るならもう少し知恵を付けてからにしたまえよ」

 

「ッ! このクソ狸がぁ!」

 

 

ノイトラの言葉を冷静に受け流すドルドーニと、ドルドーニの言葉に激昂するノイトラ。

この辺りは長い時を生きているドルドーニに歩があるといえた、ドルドーニにとって今だ若造であるノイトラを手玉に取ることなど容易い事なのだ。

若さゆえの直情的な振る舞いと年経た老獪さ、この場においてはその老獪さが圧倒的に若さを上回った、といったところだろう。

 

正しく一触即発の空気、互いに十刃同士、私闘は禁じられているとはいえ若さはそれを容易く破る。

床に下ろしていた斬魄刀を肩に担ぎ、そしてノイトラの斬魄刀を握る手に力が篭る。

ドルドーニの方も自然体にみせて、若干腰を落し備えていた。

 

 

だが、その激突を止める新たな人物が現われる。

 

 

 

「止めておくといい。 それは無意味だ。」

 

 

 

響いた声に鷹揚はなかった。

ただ淡々とした事実だけを口にしている、といった風で放たれるその言葉はハリベル達の後方から歩いてくる人物から放たれていた。

袖付きの外套で身体を覆い隠し、鳥の嘴を思わせる仮面で顔すらも隠し、その姿は一種異様であり仮面に刻まれた“目”の文様がそれを一層際立たせていた。

その場に現われたのは 『第5十刃(クイント・エスパーダ)』アベル・ライネス。

 

 

「この場で争う事にどんな意味がある? 矮小な自尊心を傷付けられた事への怒りか?矜持によって許せぬ者への粛清か?そんなものは無意味だ。 私たちの存在理由は藍染様の剣として外敵を討ち滅ぼす意外存在せず、そのように破面同士で争う事に意味などありはしない。無意味とは即ち不要だ、不要な事をするのは極めて愚かでしかないぞ?第6十刃、第8十刃 」

 

 

そう語りながらもアベルはその足を止めず歩き続ける。

足を止めて語る事に意味を見出せないのか、それともこの会話をすること自体本意ではないのかは定かではない。

そうして歩くアベルはハリベルの脇を何事も無いかのように通り過ぎようとしていた。

 

 

第5(クイント)! 邪魔すんじゃねぇよ!それともテメェから先に殺されてぇか!」

 

「無意味な…… それこそ止めておけ。 我等の数字が持つ意味を知らぬ訳ではないだろう?この序列は殺戮能力の高さ、そしてそれはどちらがより強いかを全ての破面に判りやすく見せ付けるものだ。 “5”と“8”、どちらが上かなど考えずとも判るだろう?無意味なことだ。 どう足掻こうとも貴様では私に勝てんよ…… 何故なら…… 」

 

 

威嚇するように声を上げるノイトラに、アベルは特に反応を見せず放たれた言葉のみに淡々と答えた。

ノイトラにいくら強い言葉を放たれようとも、アベルがそれに動じる事はない。

そもそも動じる必要が無いのである、アベルが語ったとおり二人の位階は差がある。

“5”と“8”という数字が示すそれは、しかしそれはあまりにも大きいのだ。

 

ハリベル、そしてその前に立つドルドーニの横を粛々と通り過ぎ、ついにノイトラの領域にまで歩を進めるアベル。

それはノイトラの斬魄刀の届く範囲であり、彼が一刀の下に叩き潰せるという範囲であった。

それでもアベルの歩みに些かの淀みも無かった、それはノイトラにこのアベルという破面が本当に自分がアベルに勝つことが出来ないと確信しているという事を理解させるのに充分だった。

 

一端言葉を切ったアベル、そしてノイトラの横を通り過ぎる瞬間ノイトラだけに聞こえる大きさで何事かを呟いた。

 

直後ノイトラの瞳が大きく見開かれる。

それは驚愕の表情と共に、そしてギリッと奥歯を噛締めるとその顔は瞬時に怒りへと変わっていた。

 

 

「グラァァアアアアァアアァァァァアアアアアアア!!!!」

 

 

叫び、腹の底からこみ上げた怒りは喉を伝い外界へその怨嗟をぶちまける。

担いだ斬魄刀を振り上げ、そして一息にアベルへと振り下ろすノイトラ。

衝撃で通路は崩れ、粉塵が辺りにたちこめた。

だが、その斬魄刀が振り下ろされた先にアベルの姿はなく、見えるのは床が大きく砕かれだいぶ下の階まで吹き抜けとなった穴だけだった。

怒りに燃え、肩で息をするようなノイトラがハリベルとドルドーニに向き直る。

 

 

「命拾いしたな…… 決めたぜ…… テメェ等の前にあのクソ忌々しい5番を殺す」

 

 

それだけ言い残すと、ノイトラは三日月の斬魄刀を引き摺るようにしてその場を後にした。

もはや彼の目にはハリベルも、ドルドーニも映っていない。

映るのは忌々しき外套の破面、ノイトラの内面を狙い済ましたかのように抉ったその破面アベルの事だけだった。

 

 

(殺す…… 殺す、殺す、殺す殺す殺す! オレを腰抜け扱いしたアイツをぶっ殺してやる!!)

 

 

ノイトラにあるのは最早その一念のみ。

それほどまでにノイトラを激昂させたのはアベルの去り際の一言。

それは自尊心を抉るには充分な一言だった。

誰も知らぬはずのそれ、しかしアベルはこう言ったのだ。

 

 

 

 

「何故なら…… 格上を倒すのならば、後ろから頭を割らねば(・・・・・・・・・・)勝てんのだろう?」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔獣

 

理は無く

 

情は無く

 

あるのは本能と

 

血を好む性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は番外篇です。

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