BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.31

 

 

 

 

「せやぁぁぁああ!!」

 

 

気合充分に振り下ろされる一撃。

高く跳び上がり、大上段から一息に振り下ろされたそれは、狙い違わず標的の脳天目掛け叩き付けられる。

しかし、それは標的の脳天を割るに至らない。

刃の腹を手の甲で叩かれた事でその軌道はずれ、刃は標的の足元の砂を割り吹き飛ばしながら深々と突き刺さった。

そして深く刺さった刃は一瞬の硬直を意味し、その一瞬は今という瞬間をもっては致命的、刀を振り下ろした方はその体勢のまま横合いから蹴り飛ばされてしまう。

 

 

「シッ!」

 

 

大上段からの攻撃は防がれたが、今だ標的を狙う手は絶えない。

次の攻撃は正面からではなく標的の死角から。

(さい)』と呼ばれる斬る事よりも突く事を主眼に置いた三叉の剣、それが死角から標的を襲う。

迫るそれを標的は慌てる事無く蹴り上げていた足を素早く戻し、二度三度と連続して繰り出される死角からの突きを上体を振って避わすと、最後にしゃがむ事でそれを避け、通り過ぎた釵を握る腕をとるとそのまま背負い、投げの途中で手を離すことで遠方へと投げ飛ばす。

 

 

「だっしゃぁぁああ!! もらったぜ!フェルナンド!!」

 

 

叫びと共に現われるのは三人目、攻撃は二段ではなく三段構えだった。

正面から注意を引き、その隙と死角をつくことで体勢を崩し、そこにとどめの攻撃を見舞う。

三人目はその両手に持った奇怪な刃を振り被ると、そのまま体勢の崩れた標的、フェルナンド目掛けて投げつけた。

投げをうった直後の体勢、崩れたそれに奇怪な刃が高速回転しながら、狂い無くフェルナンドへと迫る。

だが当たる、と仕掛ける三人が思った瞬間フェルナンドはその崩れた体勢から上へと跳び上がり、回転し迫る刃を避けてしまう。

 

準備も、順序も、拍子もその全てがほぼ完璧だった三人の攻撃、しかし間違いがあったとするならばそれは一般的な敵を前にした完璧であり、三人が相対しているのはその尺度には納まらない人物だったという事だろう。

 

 

先程までフェルナンドがいた位置を回転する刃が通過し、そして弧を描くようにそれは投げた者の下へ舞い戻る。

見れば別々、順々に襲い掛かってきた三人が一箇所に纏まっていた。

それは彼女等が意図した事ではなくフェルナンドがそうなるように蹴り、投げ、避けた結果であり、戦いの最中それだけの余裕が彼にあるということを示していた。

 

 

「だぁ~~!! 今のはイケると思ったのに! 避けんじゃないよ!フェルナンド! 」

 

 

自分に迫る刃を避けるな、というなんとも無茶な事を叫ぶのはアパッチ。

地団駄を踏みながら悔しがる彼女にしてみれば最高のタイミングで放った刃が、どうにもあっさりと避けられた事が気に入らないらしくそんな文句をフェルナンドへとぶつけているようだ。

 

 

「普通は避けるだろうが。 それにお前、不意打ちする相手に態々叫んで攻撃の瞬間を教えてどうする?まぁ、おかげで俺は避けやすかったが……な 」

 

「なッ! ……き、気合だよ! 気合!ここぞって所で気合入れんのは当然だろ! 」

 

 

フェルナンドはそんなアパッチの理不尽な怒りに、ごく普通に対応する。

無視しても良かったがそうなるとそれはそれで五月蝿いと最近では学んだ彼、しかししっかりと皮肉を返す事は忘れない。

その皮肉も一見皮肉ではあるが聞き様によっては彼なりの助言、なのだがアパッチの性格上それを素直に受け入れられるはずも無く、苦しい言い訳を口走る事となった。

そんな彼女の姿に残った二人、ミラ・ローズとスンスンは揃って「馬鹿だねぇ・・・」、「おバカさんですわ・・・」と呟く。

だがそんな呟きを零す二人にも、フェルナンドはしっかりと意識を向けている。

 

 

「お前等も他人事じゃねぇぞ。 ミラ・ローズ、一撃で仕留められる威力はいいが、避けられた後に追撃の一つも入れられねぇようじゃいくら陽動でもお粗末だぜ?スンスン、テメェも死角から突きの連続は結構だが、もう少し変化を入れろ。死角から単調に攻めたんじゃ意味が無ぇだろうが」

 

 

残った二人にも同様の助言をするフェルナンド。

最近では漸く『三バカ』から個々の名前を呼ぶようになっている様子だ。

彼の言葉にミラ・ローズ、そしてスンスンも痛いところを突かれたといった表情を見せる。

結局三人がかりで彼に傷一つ負わせる事が出来なかった、という事に変りはなく、それはとどめを担当したアパッチの責任というよりも、それまでに関わった三人すべての総合力で彼に劣っていた、という証なのだ。

 

そうして苦い顔をしているミラ・ローズとスンスンに、それ見たことかとアパッチが食って掛かる。

しかしそれは彼女にも同じ事であり、結局いつもと同じ三人寄らば姦しい、という状態へと移行していく。

三人の喧騒、誰が悪いというわけでもなく罵りあう三人。

そんな彼女達の姿にフェルナンドは溜息を零す。

 

 

「頼むぜお前等。 いつまでもそのままじゃぁ何時まで経っても俺の相手にはならねぇだろうが」

 

 

溜息に続いてフェルナンドが零した言葉、それが今、彼が彼女等に彼らしくもない助言までして戦っている理由だった。

先頃行われた強奪決闘(デュエロ・デスポハール)、そこで見た一つの戦いがフェルナンドの闘志に火をつけていた。

交わしたわけでもない一方的な約束、いつか必ずまみえると決めている相手の力、そしてそれに呼応するように彼自身もまた更なる力を求めているのだ。

そのためには何が必要か、答えは簡単で強くなるには戦うしかないというものだった。

一つでも多く戦う事、それだけが彼にとって強くなるための方法であり、その為に彼はハリベルの従属官である三人と戦っていたのだ。

戦っていたのだが、三対一の状況でもフェルナンドは戦いを優位に進める。

三人が“連携”しているようで、結局のところフェルナンドにとってこの戦いは一対一を三回(・・・・・・)しているのと同じであり、それならば彼に負けはありえないのだった。

 

 

「ハリベル。 なんならお前もコイツ等と一緒に戦うか?コイツ等ならそれぐらいで丁度だろう?」

 

 

フェルナンドは振り返るようにしてその場にいるもう一人、彼女等従属官の主であるハリベルに話しかける。

ハリベルは少し離れた位置の、砂漠に突き刺さって折れたような柱の上に立ちフェルナンド達を見ていた。

 

 

「それは少々この娘達を侮り過ぎているな、フェルナンド。確かに連携としては褒められたものではなかったが、この娘達は私の“最強”の従属官だ。私には、この娘達が他のどの十刃の従属官(・・・・・・・・・・)にも劣らぬという自負(・・・・・・・・・・)がある。」

 

 

フェルナンドの軽口にも似た言葉に、ハリベルはしっかりと、そして明確に言い放つ。

 

 

彼女等は私の”最強”の従属官である、と。

 

 

その言葉はハリベルの過大評価でも、彼女自身の自尊心から来るものでもなく、ただ純然とした事実として彼女の口から放たれた言葉だった。

それはハリベルから従属官であるミラ・ローズ、アパッチ、スンスンへと向けられた全幅の信頼の証。

例え今目の前でフェルナンドに軽々とあしらわれ様とも、それは些かの揺るぎもみせてはいないという証なのだろう。

 

 

「“最強”ねぇ…… 悪くない響きではあるな。それに…… どうやらお前のおかげで、少しはマシ(・・・・・)になった……かよ」

 

 

ハリベルへと振り返っていたフェルナンドが、再び三人の方へと向き直る。

振り返る前から背中にそれを感じていたフェルナンドは、口元に笑みを浮かべ振り返った。

浮かべた笑みは嘲笑ではなく喜び、背中に感じていたそれは振り向き、眼前にしたことでフェルナンドはより強くそれを感じ取る。

振り向けばそこには姦しく騒ぐ彼女等の姿は無かった。

その眼は今まさに振り向いたフェルナンドだけに向けられ、そしてそれには強い意志が見て取れた。

 

姦しく騒いでいた彼女等に届いたハリベルの言葉。

たった一言のそれが、彼女等を今、劇的に変えているのだ。

 

彼女等の主は言った、“私の最強の従属官”と。

 

彼女等の主は言った、“他のどの従属官にも劣っていないという自負がある”と。

 

その言葉は彼女等にとって至高の言葉であり、そして決して裏切る事の出来ない言葉。

故に彼女等の瞳のは力が宿る。

その言葉を賜ったこの場で、これ以上主に不様を曝すわけには行かないと。

 

 

“信”とは受ける為にあるのではなく、応える為にあるのだからと。

 

 

「悪いね、フェルナンド。 勝たせてもらうよ 」

 

「えぇ…… ハリベル様にあれ程の言葉を頂いて、これ以上の失態は許されませんもの」

 

「あぁそうさ。 アタシらの“本気”を魅せてやるよ!」

 

 

ミラ・ローズ、スンスン、アパッチ、それぞれの決意、それぞれの意地、それは唯一へ集約しそれを言葉に乗せフェルナンドへとぶつける。

フェルナンドはそれを黙って受け止め、そしてニィと口角を上げた笑みを浮かべたまま拳を構える。

場の空気は完全に変わり明らかに温度を上げていた。

気勢、覚悟、そういったものが三人から噴き出しそれによってこの場が熱を持つかのように。

 

拳を構えたフェルナンドに呼応するように三人もそれぞれに刀を構え直す。

そして彼女等はそれを解き放った。

 

 

「喰い散らせ!『金獅子将(レオーナ)』!!!」

 

「突き上げろ!『碧鹿闘女(シェルバ)』!!!」

 

「絞め殺せ・・・『白蛇姫(アナコンダ)』」

 

 

それは自らの()であり解き放つ為の言葉、それによってフェルナンドの眼前では三つの霊圧の爆発が起こった。

巻き上げられた砂は砂煙を起し、そしてそれが晴れるとその隙間から現われる三つの影。

 

 

正しく獅子の(たてがみ)の如く足元の砂漠に届くまでに伸びた黒髪、身体を覆うのは正しく必要最低限の鎧のみであり、それ以外は肌が顕になった格好で、右手に握られた両刃の刀は巨大で分厚く、大きく、刀剣の種類でいえば日本刀というより西洋の剣といった方が適切なその刀を携えていた。

口元から覗くのはこちらも獅子の如く長く伸びた犬歯、そして眉間にはバツを描く仮面紋(エスティグマ)が刻まれたフランチェスカ・ミラ・ローズ。

 

 

額の中心には短い角、そして額の両端から後方へ、中ほどから三本に別れ弧を描く様にして伸びた鹿を思わせる長い角が生え、身に纏うのは白の死覇装ではなく、茶色い毛皮のツナギのような服。

両手の爪は鋭く伸び、左目を縁取るように刻まれていた仮面紋は右目にも刻まれ、その目じりに稲妻のような文様が加わったエミルー・アパッチ。

 

 

上半身には見た目大きな変化は見られなかったが、その下半身は最早人型のそれではなく蛇そのもの、まさしく半人半蛇のその姿身の丈は三人の誰よりも大きくなり、そして見た目変化の無い上半身の相変わらず長い袖は、時折不自然に蠢いている。

髪飾りのようだった仮面はそのまま大きくなり、右目の下にあった三点の仮面紋が左目の下にも同じく刻まれているシィアン・スンスン。

 

 

 

それが彼女等、第3十刃 ティア・ハリベルの従属官達の帰刃(レスレクシオン)状態の姿だった。

彼女等の虚という“化物”としての本来の姿と力を回帰させたその姿、明らかに殺傷能力を増した姿と跳ね上がった霊圧は、まさしく殺戮のための力。

 

 

「なるほど……な。 それがお前達の本当の姿、本当の力って訳だ…… 」

 

 

だがフェルナンドはその殺戮の力を前にして笑っていた。

彼女等が解き放ったその力は、まず間違いなく彼自身に向けられるというのに彼は笑っているのだ。

別に気がふれた訳ではない、ただ彼は喜んでいるだけ。

漸く自分も“戦う”事が出来る、という事に。

 

 

 

 

睨みあう四者、交わす言葉は無くそして砂漠は弾けた。

 

それまで三人の攻撃を待っていたフェルナンドが、初めて自ら攻める。

アパッチを目掛けて走るフェルナンドは瞬く間にその距離を詰め、加速と共に拳を打ち出す。

大きく振り被られた腕はその腕で殴ると相手に教えているようなもの、しかし今はそれでいいのだろう。

その腕を目にしても相手が避けないのを彼は知っている、その腕から打ち出される拳を知っていても尚、相手はそれを真正面から受けると彼は知っているのだ。

対するアパッチもフェルナンド目掛け突進し、上半身と首を大きく使いその角を振り被るとフェルナンドの拳目掛けて叩き付けた。

 

 

「ハッ!」

 

「ヘヘッ!」

 

 

衝突と衝撃、そして拮抗する角と拳、れを見て両者から小さな笑いが零れる。

だがそれはほんの束の間、彼を狙うのは一振りではなく三振りの刃なのだ。

 

アパッチと拮抗するフェルナンドに影かかかる。

上、日差しを遮ったのは上空から振り上げた巨大な剣を振り下ろそうとするミラ・ローズ。

振り上げられたのはその細腕の何処にそれを振り回す力があるのか、と思わせるほどの巨大な剣。

その重量と落下、増した霊圧と膂力によって先程と比べ物にならない威力の一撃がフェルナンドへ振り下ろされる。

先程フェルンドは避けられる事を考慮し、二の太刀も考えろと言ったがそんなものは必要ないと、初太刀で両断すれば済む話だと言わんばかりのその刃。

 

フェルナンドは拮抗していたアパッチの角を押し弾くと拳を開いて掴み、そのまま自分の方に引き寄せ彼女の顔面に膝を叩き込む。

だがミラ・ローズの剣は今まさに振り下ろされようとしており、如何にフェルナンドでもそれを完全に避けきる事は出来ない状況。

 

 

「チッ!」

 

 

フェルナンドから舌打ちが零れる。

最早避ける事は不可能、流石にこの刃をただ受ければ腕の一本を持っていかれても不思議ではない。

そう直感した彼はしかし、そこで迷う事無くミラ・ローズ目掛けて跳んだ。

 

 

「なに!?」

 

 

跳び上がる事で距離を潰しに来たフェルナンドに驚くミラ・ローズ。

しかし驚いたとはいえ彼女もその剣を止める心算はなく、来るなら来いとそのまま振り下ろした。

振り下ろされる刃、だがフェルナンドは尚もミラ・ローズに迫る。

 

そして次の瞬間彼は刃を避けるのではなくその身に受けたのだ。

 

受けた、といってもそれはミラ・ローズの剣の鍔元を無理矢理肩辺りに当てて威力を殺し、その身に刃は食い込んだものの両断までには至らないという馬鹿げた受け方。

 

 

「なんて出鱈目ッ! 」

 

 

それを目の前にしたミラ・ローズが思わず声を漏らす。

おそらくは本心、この馬鹿げた攻撃の潰し方に対する彼女の偽りなき本心が零れる。

しかしフェルナンドがその一瞬の隙を逃す事はなく、刃を肩に受けなかった方の腕を突き上げ驚きに止まったミラ・ローズの顎に掌底を打ち込み、その掌底の勢いのまま彼女と共に落下し、砂漠に叩きつけようとする。

 

そしてミラ・ローズの身体を砂漠に叩きつけようという瞬間、最後の一人が狙い済ましたかのようにフェルナンドへと迫ったのだ。

まさしく地を這うようにして彼へと迫るのはスンスン。

下半身を波打ち、くねらせ、音も無くフェルナンドへと近付き彼が攻撃をする瞬間を狙い攻撃を仕掛けたのだ。

 

フェルナンドへと迫る彼女の長い袖が不気味に蠢き、次の瞬間その中から巨大な蛇の頭が勢い良く飛び出す。

口を大きく開きその牙を覗かせフェルナンドへと飛び出すスンスンの蛇。

 

さすがにそのタイミングでの攻撃を捌く事はフェルナンドにも出来ない。

ミラ・ローズに打ち込んだ掌底で砂漠に叩きつけそれとは逆の腕で、迫る蛇を受け止める。

蛇はフェルナンドの腕に瞬時に絡みつくとそのまま噛み付き、その牙を深く彼の前腕に突き立てた。

 

 

捕まえました(・・・・・・)わ、フェルナンドさん」

 

 

蛇を放ったスンスンが小さく呟く。

捕まえた、と確かに彼女はそう言った。

しかしフェルナンドからすれば捕らえたという言葉は意味を成さず、また適切でもない。

 

だが、その捕らえたという言葉の意味を彼は直ぐに理解した。

 

スンスンがその身を沈めると彼の眼に映る赤い霊圧、彼女の影に隠れていたそれは砲弾となり彼目掛け既に放たれていた。

放ったのは最初に倒したアパッチ。

赤い霊圧の砲弾、それは額から血を流しながらも立ち上がり、強い意志の篭った瞳でフェルナンドを見据え放った虚閃(セロ)だった。

 

捕らえた、とはこういう事だった。

この虚閃から彼を逃さぬという意味での捕らえたという言葉。

此処に至るまでの流れは先程と同じ、囮を用いた陽動、しかし今回は一度倒した相手がとどめ役という虚を突いたものだった。

一対多の強みとは意識を外させる(・・・・)事が出来る、という事。

注意を逸らし、分散させ意識から外れ、相手の予想外から決定的な状況を作り出す。

たった一人の相手を倒す、という一点のみを追求するのならばその状況を作り出すため自分はどの役割に徹するべきかを判断出来なくてはならない。

その末にあるのがこの光景、そして個々の能力の上昇と、ハリベルからの気合がこの状況を作り出したのだろう。

 

腕の蛇を振り払うには些か時が足りないフェルナンド。

迫る砲撃は数瞬の後に彼に着弾する、だというのに彼の顔にはニィと笑みが浮かんでいた。

そしてその笑みを浮かべたまま彼は赤い光に呑まれていく。

 

 

 

 

 

 

「ざまぁみろ…… やってやったぜ 」

 

 

虚閃の着弾による爆発、砂煙が立ちこめる中そう零すのはアパッチ。

彼の膝が顔面に入った瞬間、意識が飛びそうになるところを気合だけで耐えた彼女は、いや彼女達は見事彼に一矢報いた。

そんな彼女に近付くスンスンと後頭部をさする様にしているミラ・ローズ。

ミラ・ローズの方は掌底と叩きつけられた衝撃によるダメージがまだ残っている様子、スンスンの方はアパッチの虚閃でフェルナンド諸共蛇が消滅してしまったが、それは“一匹のみ”の話でそれほど深刻という事ではない様子だった。

 

 

「イタタ…… まったく、あんな剣の受け方した奴なんてあたしは初めて見たよ……」

 

「本当に出鱈目な殿方ですわね…… でも、漸く借りは返せましたわ」

 

 

そんなスンスンの呟きに三人はそれぞれ頷いた。

さすがに解放までして無傷でいられたのでは、彼女等の沽券に関わるといった所なのだろう。

 

 

「それにしてもアパッチ。 あんたちょっとあの虚閃は強すぎやしないかい?いくらなんでも殺したりでもすればマズイだろ……」

 

「あぁ? 可笑しな事言ってんじゃねぇよミラ・ローズ。アレくらいでアイツが死ぬ訳ねぇだろ」

 

 

いくら沽券に関わるといっても解放状態での虚閃の直撃は大丈夫なのか、と心配するミラ・ローズにアパッチはさも当然といった風で答えた。

それは撃った本人が一番わかっていると、それほど加減したつもりもないが全力ではない虚閃、だがそれを受けたのはあのフェルナンドなのだ、まずもって死ぬ訳がないと。

それは奇妙な信頼、ある意味確信と言ってもいいアパッチの直感。

彼女は、いや彼女等は決して彼を過小評価しない。

何故ならすれば馬鹿を見るのは自分の方だと身をもって実感しているから。

ミラ・ローズも口ではそう言いつつもアパッチの言葉に内心では、だろうね、と納得している事だろう。

そしてそれは直ぐに証明される。

 

 

「ハッ! 悪くねぇ……な。 久しぶりだ、この感覚は」

 

 

砂煙がはれたその先に居た彼はやはり健在だった。

腕を盾にしたのだろう、片腕は焼け焦げたような痕が残りその腕には蛇に噛まれ締め上げられた傷、肩には剣を受け止めた刀傷があり、傷口の周りの死覇装は赤色に染まっている。

満身創痍とはいはなくとも傷だらけのフェルナンドがそこに立っていた。

その姿を見たアパッチはホラ見ろと何故か得意げな様子だったが、それは今関係ないだろう。

 

 

「どうだ? フェルナンド…… 私の従属官は強かろう?いい加減お前も本気を出して(・・・・・・)やってはどうだ?」

 

 

柱の上から彼女等の近くまで移動していたハリベル。

その口ぶりはどこか自慢気で、しかし彼女から放たれた言葉は従属官の三人からしてみれば予想だにしない言葉だった。

簡単に言ってしまえばハリベルはこう言っているのだ、フェルナンドはまだ本気など出していない(・・・・・・・・・・)と。

 

 

「確かに……な。 これ位なら俺も本気で(・・・)やってやってもいい……かよ」

 

 

フェルナンドがそう零した直後、彼から霊圧が吹き上がる。

紅い紅い霊圧の波濤、吹き上がるそれは明らかに強者の霊圧。

それを見て彼女等は漸く理解した、このフェルナンドという破面は馬鹿げた事に解放した自分達を相手に最低限の霊圧(・・・・・・)のみで戦っていたのだと。

そして自分達が彼に傷を負わせた事により、彼は自分達に対して本当の力で臨もうとしているのだ、と。

三人の目が自然と鋭くなる。

それは臆しているのではなく、真正面からその霊圧に対するため、そしてどうすればそれに勝てるかを考えるためだった。

本気を出していなかった、それが侮られていたと考える余裕は彼女等には無い。

そして侮られていたのではなく、自分達がそうするに値しなかっただけの事だと。

相手を責めることは容易いがしかし、本当に責めるべきは己の弱さなのだと彼女等は知っている。

 

知っているからこそ、ここで退く事などしない。

 

そして誰が提案した訳でも相談した訳でもなく、眼すらあわせる事無く三人は同じ結論に至った。

 

 

「ハリベル様…… 使います(・・・・)

 

 

ハリベルにそう告げたのはミラ・ローズだった。

“使う”とただ一言だけ告げる彼女。

他の二人は何も言わない、そしてハリベルも“何を”とは問わない。

何をしたいのか、何を使うのか、フェルナンド以外の四人は判っているのだ。

ハリベルから言葉は無い、しかし無言を肯定ととった三人は行動を起す。

 

右手を左腕に添えるアパッチ、その巨剣を左脇に当てるミラ・ローズ、そして左腕を前に突き出すスンスン。

フェルナンドはそれを黙って見つめる、何かするのは目に見えている、しかしそれを止めるような無粋を彼は好まない。

 

そして彼の目の前で行われたのは奇行、ある者は自らの腕を引き千切り、ある者は自ら腕を斬り落し、そしてある者は自らの腕を捻じ切る。

千切られ、斬られ、捻られ、身体から離れただの肉塊へと変ったそれを三人は躊躇いすら見せず上へと放り投げた。

そして叫ぶ、誕生の謳を。

 

 

 

「「「 混獣神(キメラ・パルカ)!! 」」」

 

 

 

放り投げられたそれぞれの腕が空中で一つになる。

混ざり合う三つの腕、次第に原形を止めなくなるそれは次に新たな形を創り出す。

そして僅かなときを置き産み出されたのは、形容しがたい異形の怪物だった。

 

人とも獣ともつかないその外見、楕円の穴が二つ、眼のように開いただけの白い仮面とそこから生える二本の角。

黒い髪、というよりは鬣の方が表現として近しい大量のそれが背から腰まで生え、上半身を強靭そうな筋肉で覆ったその異形。

下半身にはびっしりと体毛が生え、足は人のそれではなく動物の蹄をし、尾の部分には蛇を生やしている。

腕を捧げた三人の特徴を残しつつも、それはなお異形の怪物。

そう思わせるのはその異形がまとう雰囲気によるものか、意思を感じさせないその気配、ただただそこに居るだけで気味が悪いその気配、深く暗い目のくらむ大穴を覗いたかのような、そこに自分が落ちていくような錯覚を覚えさえるその気配がその怪物を異常と認識させるのだろう。

 

 

「『混獣神』、アタシ等の左腕から創ったアタシ等のペット。名前は『アヨン』。 ……言っとくぜ、フェルナンド…… アヨンは死ぬほど強い(・・・・・・)ぜ?」

 

 

静かに語るアパッチ。

その怪物の名をアヨン、彼女等が自らの左腕から創り出した異形。

そしてアパッチは自らの前で紅い霊圧を吹き上げるフェルナンドに、明確に言い放った

『アヨンは強い』と。

そう語る彼女の瞳に誇張や自惚れは一切無かった。

それは彼女の語った言葉が真実であるという事を示し、彼女、いや彼女等がこのアヨンという異形の力に絶大な自信を持っている、という事に他ならなかった。

 

「強い……か。 イイじゃねぇかよ、強けりゃ強いだけイイに決まってる。求める先を得るための強さ、あの野郎に勝つための強さ、そしてハリベル…… お前に勝つための強さを俺は求め続ける。 戦い抜いたその先に、強さを得たその先にお前が居るなら俺は全てを薙ぎ倒して進んでやるよ……」

 

 

アヨンは強い、その発言にフェルナンドは笑みを深める。

身体に傷を負いながら放つ霊圧に一分の陰りも無く、それどころか霊圧は増しているかのように吹き上がり続ける。

それは彼の決意、彼の誓い、必ずお前の前にたどり着くと、そして戦い抜いたその先にあるだろう求めるものを手に入れてみせるという表れなのか。

そしてその霊圧を前に異形は叫んだ。

 

 

「グオオオオおオオオオガガオオオオオオゴオオオオォォォォオオオオオオオオォオオオオ!!!」

 

 

大地を揺らすほどの叫び、その叫びは異形を更に異形たらしめていた。

鬣の中から血走った目玉のようなものが現われ、そして首から鎖骨までが裂けそこに巨大な歯が並んだ口が現われる。

大きく開かれた口から吐き出される大音量。

その叫びが何を意味するのか、そんなものは誰にもわからない。

だが、その叫びが何かしらの感情から来るものであり、それがフェルナンドに対するものであろう事だけは判っていた。

 

異形の怪物、アヨンがフェルナンドへ襲い掛かる。

アパッチ等三人の誰が命じた訳でもなく、ただ目の前にいたフェルナンドへアヨンは襲い掛かった。

その巨躯に似合わぬ異常な俊敏さ、大木のような腕が振り被られ大振りでフェルナンド目掛けて放たれる。

だが、傷を負っているといってもその腕を振り下ろした相手はフェルナンド、いくら速かろうとも何の細工もない正面からの大振りが彼を捉えられる筈など無い。

迫ったそれを左手で受け流すように外へと払うフェルナンド、しかし異常はそこで現れた。

 

フェルナンドは突如左側から悪寒を感じる。

理由は判らない、ただ危険だと彼の直感がそう告げていた。

アヨンを払った腕で防御を固めるフェルナンド、こうしなければいけないという彼の本能的な部分がそうさせたのか、そしてそれは正解であった。

 

彼を衝撃が襲ったのだ。

今まで感じたどの衝撃よりも凄まじいかのようなそれ、それは彼の左側、固めた腕の防御の上から齎され防御はいとも簡単に破られ、衝撃波突き抜けていた。

その衝撃によりいとも簡単に吹き飛ばされるフェルナンド。

そして着地した先で彼が見たのは、腕の関節があらぬ方向に曲っているにもかかわらず、平然と立っているアヨンの姿だった。

折れている、通常ならば確実に折れている曲り方をしたその腕、だがアヨンは平然とそしてその腕は何事も無かったかのように元へと戻ってしまった。

 

そう、フェルナンドを襲った衝撃は払われた腕の間接を曲げ、繰り出されたアヨンの拳によるものだった。

おおよそ生物としてありえないその攻撃、防げたのは僥倖だったとしか言いようが無いだろう。

本当に防げた(・・・)と言えるのならば、だが。

 

 

(チッ! 左腕は死んだ(・・・)な…… 骨が砕けていやがる…… 肋骨も数本、拳一発でこれ……かよ。 成程こいつは出鱈目だ…… だが……)

 

 

アヨンの一撃、それだけでフェルナンドの左腕は使い物にならなくなっていた。

腕の骨は砕けているだろう、そしてそれだけにとどまらず肋骨ももっていかれ、もしかすれば内臓の損傷もありえるかもしれない。

技術でも、技でもなく、ただ純粋な膂力のみで成されたその傷跡、生物としてありえぬその異常性がフェルナンドに多大なダメージを与えていた。

 

 

「言ったろ? フェルナンド、アヨンは強いってな…… 早く止めねぇと死ぬぜ?」

 

「あぁ、悪いことは言わない。 止めるなら今のうちだよ。」

 

「フェルナンドさん。 今回ばかりは私も二人に同意ですわ。」

 

 

左腕を押さえるようにして立つフェルナンドに、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンがそれぞれ声をかける。

彼女等は誰よりもアヨンの強さを知っている、それを前にすればいかにフェルナンドといえど苦戦は避けられず、そして今、左腕を実質失った彼に最早勝ち目など無いと彼女等は考えたのだ。

だがそんな彼女達の純粋な心配も、今のフェルナンドには余計な世話でしかない。

 

 

「黙ってろお前等…… 今から、だろうが。アヨン、だったか? お前強いな…… 俺は…… ハハッ!俺は、笑いが止まらねぇよ。 お前なら…… お前なら、俺の本当の本気(・・・・・)を出してもよさそうだ」

 

 

彼は笑っていた。

左腕を砕かれ、肋骨を折られ、虚閃の熱傷と刀傷と噛み痕をその身体に刻みつけながら笑っていた。

力を得るための戦い、追い込まれている自分、そして追い込んだ相手、その存在が彼を震わせる。

笑みが深くなる、刻まれた笑み、口角はニィと上がり歯が覗く、しかし眼は鋭さだけを残して相手を射抜き、瞳にはこれ以上ない熱が篭る。

それはただの笑みでなく“獣の笑み”、獰猛な獣の笑みだった。

 

左腕を押さえていた手を離すフェルナンド。

左腕はただ肩からぶら下がっているだけで、だらりと垂れ下がる。

そして空いた右手を腰の後ろへ伸ばし、そしてそこに挿した斬魄刀に手を掛けフェルナンドはそれを一息に抜き放つ。

引き抜かれた鈍色(にびいろ)の刃、研ぎ澄まされたそれはやはり彼自身であり鋭さが際立って見えた。

 

逆手に持ったその刃を高く高く、掲げるように頭上へと伸ばすフェルナンド。

その場に居た誰もが、アヨンすらその姿に目を奪われたかのように動けなかった。

そして刀を一番高く掲げた姿で、まるで勝ち名乗りのような拳を突き上げたその姿で、彼はその()を呼ぶ。

 

 

 

 

「刻め…… 『輝煌帝(ヘリオガバルス)』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牙を研ぐ

 

爪を研ぐ

 

終着であり通過点

 

座すは暴風

 

その時の為

 

今はまだ

 

ただ師弟として

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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