BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.37

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不可逆にして不可侵。

 

 

流れる川の如く、高きから低きへ流れるそれ。

 

 

決して止まる事も、ましてや戻る事などありえず。

 

 

逆らう事も叶わず、その抗いすらも易々と呑み込み押し流す奔流。

 

 

 

それは“時間”。

 

 

 

過ぎ去るは早く、思い返せど届かず、そして見果てぬは流れの先。

 

 

時間とは誰にも支配される事なく、しかし我等を支配し続ける。

 

 

 

そして歳月は、瞬きの幻想として過ぎ去るのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンだと!? テメェぶっ殺されてぇのか!?」

 

「調子くれてんじゃねぇぞ!あぁ!? テメェこそ殺されてぇか!」

 

 

何の事はない喧騒、“力”が支配するこの世界ではそれこそが正義であり、その正義を持って敵対者を滅するのは道理だ。

そしてこの虚圏、虚夜宮においてもその道理は至極当然のものとされ、“力”による支配と正義が用いられていた。

 

しかし、虚夜宮においてこういった小さな小競り合いは最近とくに頻繁に起こっている。

些細な切欠から相手の命を奪い去る結果に、または両者が死亡する結果にまで繋がる彼等にとっては小さな小競り合い。

常時ならばそれほど頻繁には起こらないその小競り合いが、今の虚夜宮では頻繁に発生する。

それが起こる理由は、今の彼等にその身に持った衝動と“力”の捌け口が無いという事に帰結するだろう。

簡単に言ってしまえば、現在『強奪決闘(デュエロ・デスポハール)』と呼ばれる“力”を示し、“号”を奪い合うという決闘は開催されていない(・・・・・・・・)

 

公然と行われる筈の殺し合い。

“力”を示す高揚と“号”を得る栄光、そして“命”を奪う快楽と愉悦、破面(アランカル)にとって内に渦巻く快感のほぼ全てを満たせる場所である強奪決闘。

それが行われていないと言う事は、即ち衝動は逝き場を失い膨れ上がるという事。

膨れ上がった衝動は些細な切欠で容易に溢れ出し、一度抱える衝動をとどめ押さえ込んでいたという事実は小さな火種でも大きな爆発を産み出すのだ。

結果、小さな小競り合いはそのまま流血沙汰、そして命が潰えるまでの結果を生む。

 

では何故強奪決闘が開催されないのか。

それは開催する者が、正確にはそれを許可する者との連絡が取れない、という事。

 

 

彼等の創造主、藍染惣右介がある日を境にこの虚夜宮へと一切の姿を見せなくなったという事だった。

 

 

ある程度定期的に行われている強奪決闘、しかしそれの開催と許可を出すのは最高権力者たる藍染惣右介、その人物がいなければ強奪決闘など開くことは出来ず、破面が勝手に行ったとしてもそこで得た“号”は何の意味もないただの数字に成り下がってしまう。

故に強奪決闘は行われない。

決闘のための闘技場の門は硬く閉ざされたまま、破面達の殺戮衝動を溜め込むための器は硬く閉ざされたままなのだ。

 

 

そう、藍染惣右介、市丸ギン、東仙要の三人はその姿の一切を見せず、時たま送られてくる命令だけが彼等の存在を示すのみだった。

そして藍染惣右介らを欠いたまま時は流れる。

 

 

 

 

紅い鬼童子フェルナンド・アルディエンデが、第3十刃(トレス・エスパーダ)ティア・ハリベルにこの虚夜宮へと導かれ、“力”と“好敵手”、そして自らの“求めるもの”の為に己を磨いていたあの日々から、既に数年の歳月が流れていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BLEACH El fuego no se apaga.37

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処にいたか、フェルナンド。 何をしている?招集がかかっているのだぞ」

 

 

其処はいつかの屋上だった。

空はあの時と同じ晴天、其処にいる人物も、そして其処にその人物を探しに来た人物もまた同じ。

違うのはただあの時の語らいから、歳月が流れたという事だけだった。

 

 

あの時と同じように屋上に寝転がり、空を眺めているであろう人物を探しに来たのはティア・ハリベル。

相変わらず顔の下半分を隠し、煌きを帯びたような金色の髪は少しだけ伸びて、そしてあの時と同じように風に靡く。

金色の睫毛に縁取られた翠の瞳は、変らぬ強さとそして美しさをもっていた。

そしてハリベルが探しに来た人物はハリベルの言葉に面倒くさそうに上半身を起すと、彼女と同じ金色の髪を片手でガシガシと掻きながら彼女の方へと視線を向ける。

 

 

「別に俺一人いなくてもいいだろうが…… 今は空を眺めてぇ気分なんだよ」

 

 

そう至極面倒そうに答えたのはフェルナンド・アルディエンデ。

ハリベルを見上げるその紅い瞳には、苛烈さというより今は面倒くさいといった感情の方が強く浮かんでいる

どうにも天邪鬼のきらいがある彼、呼び出し(・・・・)というものにはどうしても抗いたくなるのが性分のようだ。

だがそんなフェルナンドの態度など関係ないとばかりに、ハリベルは言葉を続けた。

 

「普段ならそれも許そう…… だが今日は駄目だ。数年ぶり(・・・・)の招集、それも『全員必ず』という厳命付きだからな」

 

「何ならこのまま抛って置いてくれりゃいいものを…… 」

 

 

ハリベルが告げた言葉にフェルナンドは小さく悪態をつくが、ハリベルの視線が強くなったのを察すると一つ舌打ちをして立ち上がる。

立ち上がったフェルナンドは、あのときより幾分大きくなっていた。

それは身長が伸びたということではなく言うなれば厚みが増したといったところか、身体つきがしっかりとし、身体を覆う筋肉はより鍛えられ、量を増したそれが彼を大きく見せる。

そしてフェルナンドがハリベルの横まで移動すると、ハリベルも踵を返しそのまま二人は並んで歩き出した。

 

 

「だが一体藍染の野郎は今の今まで何してやがったんだ?あのやたら胸糞悪い顔を見ないで済むんだ、俺はこのままでも充分良かったんだが……な」

 

 

並んで歩きながらフェルナンドは、隣にいるハリベルにそんな質問を投げかけた。

別にフェルナンドにしてみれば藍染が居ようが居まいが特に関係も問題もなく済んでいる。

彼の目的は彼にとってあくまで“戦いの先”にあるモノであり、藍染の存在は別段必要ではないからだ。

他の破面にしてみれば何を今更と言った質問ではあるが、ハリベルはそれにもキッチリと対応する。

 

 

「それは私にも判らん。 ネロを解放した後、私達に『結実の時が近い』とだけ言い残し、以後は虚夜宮どころか虚圏にすら来られていない御様子だ。 “大帝”あたりならば何か知っているかもしれないがな」

 

 

問に答えたハリベルの答え、しかしそれもどこか要領を得ないものであった。

藍染ら死神達は、第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)ネロ・マリグノ・クリーメンを幽閉から解放するとネロを除く十刃を招集し、こう告げたのだ。

 

 

 

 

『皆、聞いてくれ。 遂に私が待ち望んだ結実の時が来た。だがそのために私達は、当分の間此方に来ることが出来なくなってしまう。だが約束しよう。次に私達が君達の前に現れたその時は、君達全員が “最も望むモノ” を与える、と 』

 

 

 

 

それだけを言い残すと藍染達は尸魂界へと戻り、以降今日まで一切のその姿を見せることはなかった。

そしてその言葉はすべての破面が知るところとなり、“最も望むモノ”とはいったい何なのかと破面達は色めきたったものだ。

結実とは一体何を指すのか、そして自分達が“最も望むモノ”とは一体なんなのか、だがハリベルにそれを知る術はなくしかしそれを知らぬからと言って、彼女はその場で藍染にそれを問うようなことはしなかった。

藍染が話さないと言う事は、自分達が知る必要のないことだと彼女は理解していたからだ。

故に彼女は藍染の意図も、この行動の真意も知らない。

それを素直にフェルナンドへと打ち明けるハリベル。

フェルナンドの方もそれほど興味があった訳でもなく、ただ何と無く訊いた程度の質問であった為それ以上追求をすることはなかった。

 

二人はそのまま屋上の縁辺りまで来ると、躊躇いなく飛び降りる。

彼等のいた屋上はハリベルの居城である第3宮の頂上ともいえる場所、それなりの高さではあるが彼等にとってそれは脅威ではない。

そのまま宙を蹴るようにして二人は空を駆けた。

追いすがる自らの影すら断ち切る速度で駆ける二人、二人が向かう先は先程まで彼らが居た宮殿を軽々と超える巨大な構造物。

おそらくこの虚夜宮の天蓋が覆う場所からならば、何処からでも見ることが出来るであろうそれは、名を『奉王宮』。

王を奉じる宮殿、いや、自らを王として奉じろ(・・・)と云わんばかりの威容を誇るその宮殿は、正しくこの虚夜宮の王の為の宮殿だった。

 

その宮殿にあるのは今は空の玉座。

彼等破面の主だけが座る事の許された、荘厳な玉座があるのだ。

そして、フェルナンドとハリベルが、その玉座のある奉王宮へと向かう理由は唯一つ。

2年の間、座る者の居なかった玉座へと帰還するのだ、彼等の“王”が、藍染惣右介という名の黒き王が。

 

 

 

 

 

フェルナンドとハリベルが奉王宮の中にある玉座の間へと入ると、其処には既に多くの破面達が集まっていた。

十刃(エスパーダ)数字持ち(ヌメロス)十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)、そしてその他の破面が玉座の間へと一堂に会する。

周りを見やるフェルナンドの瞳に映った彼等の表情はそれぞれの思惑の数だけあり、藍染の帰還を喜ぶ者、逆に忌々しく思う者、興味がなといった者や興味はあるが表には出さぬようにしている者、それぞれがそれぞれの思惑を抱えこの場に集っている様子。

だが、フェルナンドが見たのはそんな彼等に共通する一つの感情。

 

それは畏怖(・・)

 

“王”の帰還は象徴の復活であると同時に、力による絶対支配の再臨でもあるのだ。

ある者はそれを畏れ、またある者は王の力に恐怖する。

それは即ち、彼等の王が破面という力ある存在達が一様に恐れおののく感情を見せるだけの力を持った者である、という証明。

それが藍染惣右介だという事の証明だろう。

 

 

そんな畏怖を浮かべる一団を横目にフェルナンドはハリベルと共に玉座の間の一角へと向かう。

玉座の間には彼等の居る床よりも、かなり高い位置に据えられた玉座以外に椅子などはなく、代わりに様々な形の柱や角張った構造物などが点々と配置され、それぞれの破面が思い思いの場所に座っている。

そして誰が決めた訳でもなく玉座に近付くに連れ破面の強さは増し、扉から玉座までを一般の破面、数字持ち、十刃落ち、十刃とその従属官といった順で並んでいた。

 

それらの破面に目もくれず歩くハリベルとフェルナンド。

だが、フェルナンドはその視線の端にある破面を捉えていた。

水浅葱色の髪をした野性味溢れる男の破面、グリムジョー・ジャガージャック。

捕らえた視線の先のグリムジョーはフェルナンドが戦った時の彼よりも幾分落ち着いた雰囲気であり、しかし放つ霊圧はあの時のまま触れる者を容赦なく噛み殺す獣の雰囲気を残していた。

そんな彼の姿を見ると、フェルナンドは小さく笑う。

隣にいるハリベルがちらりと彼に視線を送るが、彼の表情を見ると此方は小さく溜息をついて何も言わずに歩を進めた。

 

フェルナンドはそんなグリムジョーの姿を見られただけで、ある意味此処に来た甲斐はあったと思っていた。

面倒な呼び出し、別に従う理由もないのだがそれでも此処にこなければ見られなかったと、自分と同じように己が目的のため研鑽を積み、明らかに強くなっているグリムジョーの姿を。

ハリベルはそんなフェルナンドの姿を見て思う。

これが、先程まで面倒だ何だと言ってゴネていた男のする顔かと、金色の髪の間から覗く紅い瞳は爛々と輝きを増し、今直にも戦いたくて仕方がないといった顔。

最近などは戦う事も然ることながら空や月を眺めることが多い彼だが、やはりその根底にはどうしようもなく戦いを求める性があるのだと、そう確信させるようなフェルナンドの顔が、そんなハリベルからは何故か嬉しくもあり、普段からもう少し此方の顔を見せてくれればといった思いも伺えた。

 

 

 

 

玉座に近付くに連れ、破面の数は減る。

それは当然の事であり、玉座の最も近くにいるのは十刃とその従属官。

『全員必ず』という厳命が出ているにも拘らず、何名かの姿は今だ見えずおそらくこれから現われる事も無いのだろう。

 

ハリベルとフェルナンドも先にその場へと赴いていたアパッチ等と合流し、今回の命令を出した張本人の帰還を待つ。

本来ならばフェルナンドがこの位置にまで来ることはありえない。

彼は破面化の後も番号を持たず、そしてハリベルと共にいるからといって彼女の従属官という訳でもない。

藍染の命により彼女の客分として扱われているだけ、破面としての立場は非常に曖昧なのだ。

 

だが、誰もそれを声高に叫んだりはしなかった。

そもそも十刃達にとってすれば、たかが破面の一人がその場にいたからといってとやかく言うことでもなく、そしてそれは十刃落ちにしても同じこと。

そしてその後方を取り巻く数字持ち、彼等は苦々しげな視線をフェルナンドに送りながらも、決して叫びはしなかった。

言うなれば彼等は敗者なのだ。

今とは違う、見た目子供のフェルナンドに彼等は悉く敗北を喫している。

そして敗者が勝者に向かって何を叫ぼうとも、それはただの遠吠えであり、叫べば己が惨めさと愚かさを喧伝するだけの事。

故に彼等は叫ばない、それ以上己の自尊心を傷つけないために。

 

 

そうして十刃たちがまばらに座る中、フェルナンドはハリベル達から少し離れた位置で一人石柱に腰掛けた。

別に彼女等から離れた事に意味はない。

しかし其処にはもしかすれば彼なりの矜持があるのかもしれなかった。

 

彼なりの線引き、彼の中に引かれた線、その先を踏み越える事、それ以上の馴れ合う事はしないという彼なりの矜持が。

 

 

そうして一人座るフェルナンドに、いくつかの視線が向けられる。

一つは 第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルー、 そしてもう一つが第1十刃(プリメーラ・エスパーダ) “大帝” バラガン・ルイゼンバーン。

 

バラガンの方はなにやら値踏みするような視線で、口元にニンマリと笑みを浮かべながらフェルナンドを見ていた。

その視線からもなにやら愉しげな雰囲気が伺われ、しかしバラガンの後ろに控える従属官の一人からは危惧と敵意がフェルナンドに送られていた。

バラガンの視線の理由、それは彼がフェルナンドに対し興味を持っている為。

彼の従属官と末端の兵をフェルナンドにぶつけたバラガンは、その従属官達を軽々と倒したフェルナンドに興味を持った。

そして何より彼の琴線に触れたのは、フェルナンドが彼の従属官に向かってはいた言葉。

 

 

自分に会いたいのならば、呼びつけるのではなく自分の足で俺の前に来い。

 

 

それはそう易々と口に出来る言葉ではない。

言い放った相手はこの虚夜宮に居るどの破面よりも強力な者、一度はこの虚圏を統べた“王”なのだ。

その人物に対して、喩えそうだと知らずともその言葉を言い放つ気概、それがバラガンには愉しくて仕方が無かった。

 

だが、バラガンとて王である。

来いと言われたからといって、はいそうですかと行く筈もなく、決して自らフェルナンドに近付こうとはしなかった。

それはバラガンの王としての矜持、いや、王としてのあり方そのもの。

王は揺るがない、王は流されない、そして王とは決して屈さない、と。

行けば一度発した己が言葉を曲げることに、そして何より唯の破面一人に王たる自分が屈した事になる、と。

故にバラガンは決してフェルナンドの元にいくことはなかった。

 

まぁ、彼が行かないというだけで、色々とちょっかいは出していたようではあるが。

 

 

 

 

そしてもう一人、バラガンの値踏みする愉しげな視線とはまさに逆、明らかな敵意と侮蔑の視線を送るものが居る。

それはゾマリ・ルルー、自らを藍染の忠臣と宣言する狂信者。

ゾマリにとってフェルナンドという存在は、そもそも存在していること自体が罪だった。

自らの創造主にして絶対的なる支配者、藍染に対して礼節も、敬意もなく無礼な態度をとる。

それだけでゾマリにとっては万死に値する蛮行。

 

それ故にゾマリは決意したのだ。

罪とは罰せねばならぬと、そして罰とは須らく首を刎ねる以外ありえないと。

その結論に達したゾマリはすぐさまそのための行動に移った。

フェルナンドに対し、強奪決闘において自分と戦うよう命じたのだ。

そしてその命にフェルナンドは応えた、その当時の彼の精神の昂ぶりもあったろうが、何より売られた喧嘩ならば買うとフェルナンドはそう宣言したのだ。

 

だが、ゾマリを不幸が襲う。

藍染惣右介がこの虚夜宮を長きに渡り空けると言うのだ。

それは即ち、強奪決闘が実質行われないということ、それは衆人環視の中愚か者を断罪する場を奪われることを意味していた。

しかし、ゾマリが何より不幸に思ったのは藍染惣右介がこの虚夜宮をあけるという事実。

“神”とすら崇拝する藍染の不在は、彼にある種の絶望を与えた。

そしてその絶望は更なる“祈り”と“崇拝”へと姿を変え、長い歳月によって熟成されたそれらと、それらから来るフェルナンドに対する“憎悪”は留まるを知らなかった。

 

 

 

 

そんな視線にもフェルナンドは何処吹く風、なんらそれらを気にする様子はない。

気にしたところで仕方が無いのだ、他人が自分をどう思っていようが知ったことではなく、それが戦いたい相手ならばいざ知らず、どうでもいい(・・・・・・)様な相手ならば尚のこと。

故に彼はそちらを気にする事無く、唯石柱に腰掛けていた。

 

 

 

だが、そんな彼の視線は、たった一つの霊圧によって玉座へと向けられた。

 

 

 

「オォ…… オオオオオオオオオ!」

 

 

そんな言葉にもならぬ歓喜を顕にするゾマリの声がする。

それは玉座の裏から近付いてくる一つの霊圧に向けられた歓喜。

 

 

 

そう、彼等の前に今、再臨するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼等の“王”が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、久しいね……」

 

 

そんな気安い言葉と、浮かべた笑みは以前の“王”そのままだった。

だが今は死神達の着る“黒い死覇装”ではなく、破面達が着るのと同じ“白い死覇装”に袖を通し、黒縁の眼鏡はなく、そして髪を掻き揚げて後ろへと流した姿。

見た目は確かに変った、しかしその瞳は眼鏡という薄い硝子が無くなったが故によりはっきりと、見えるその瞳に湛えられた暗黒の意思は、2年前を遥かに凌ぐ邪悪を浮かべている。

 

 

そう、今“王”は再臨したのだ、藍染惣右介という名の“王”が。

 

 

 

誰とも無く雄叫びを上げる破面。

それは歓喜なのか別の何かなのか、彼の湛える暗黒は彼等破面など軽々と飲み込むのだろう。

故に破面達は歓喜するのか、暗黒という彼等の根源をその男に見るが為に。

 

地鳴りの雄叫びを藍染は片手を上げて制した。

それだけの動作で雄叫びはピタリと止んでしまう。

圧倒的なカリスマ、それがこの男を”王”へと押上げる一つの要因でもあった。

 

 

「まずは長らく城を空けた事を詫びよう。 だが皆、喜んで欲しい…… 私は手にした、 世界を崩す為の(・・・・)鍵を」

 

 

そう言って藍染は手を懐にもっていき、そして其処から何かを取り出す。

それは掌に収まるほどの小さな球、彼の瞳に浮かぶのと同じ暗黒色の球だった。

手にとったそれを魅せるようにしながら、藍染は謳う様に言葉を紡ぐ。

 

 

「これが世界を崩す鍵、名を『崩玉(ほうぎょく)』。そしてコレこそ君達に私が約束した、君達が”最も望むモノ”だ」

 

 

崩玉、そう呼ばれた小さな球。

だが破面達からしてみればその掌に収まるほど小さな球が自分達が”最も望むモノ”とは到底思えず、、故にざわめきが広間を包む。

しかし、藍染はそれなど見越していたかのように貼り付けた笑みを強め、更に言葉を続けた。

 

 

「君達の言いたい事は判る。 だが聞いて欲しい、この崩玉は唯の飾りではない。この崩玉には“力”がある…… そう、虚と死神の境界を取り払う力(・・・・・・・・・・・・・・)がね…… 」

 

 

その言葉に広間は更にざわめきを増す。

虚と死神の境界を取り払う、それによって生まれるのが破面であり、今更その力を持ち出したとて今既に破面化している自分達に一体何の意味があるのかと。

自分達が“最も欲しいモノ”はそんなものではなく、もっと直接的なものであると。

 

 

「そう、今更な話かもしれない。 だが敢えて言おう。君達は今だ不完全な破面(・・・・・・)である……と」

 

 

ざわめきはどよめきに変った。

不完全、それは完全では無いという事、破面として不完全ということは即ち不良品と言われているのと同じ事。

一体それはどういうことか、知能の低いものはその藍染の言葉に怒りを顕にし、考えるだけの知能のある者もまた、その言葉の真意を測りかねていた。

 

 

「破面とは本来、完全な崩玉(・・・・・)をもってのみ完成する存在。しかし君達は私の創り出した不完全な崩玉によって産まれた謂わば『不完全な破面』なんだ。 ……だが安心して欲しい、私が手にしたこの崩玉と私の創ったもう一つの崩玉。この二つを合わせる事で崩玉は真に完成し、全てを崩す鍵へと変わるのだよ…… 」

 

 

どこか芝居がかったように語る藍染。

その言葉に出てきた二つの“崩玉”の存在、彼等破面は崩玉の能力によって産まれる。

藍染がそれを彼等に説明していたかは定かではないが、崩玉によって産まれる事は事実であり、藍染は百年以上前にその事実にたどり着いていた。

 

しかし、彼の崩玉は不完全。

 

彼は自らの崩玉の為に、多くの死神と、また多くの死神の才を持った者の魂を削り、その全てを崩玉に与えた。

しかしそれでも彼の崩玉は完成には至らず、結果彼が生み出した破面は不完全が産み出した不完全な存在になってしまったのだ。

不完全と言ってもほぼ完全に近い不完全、生まれる破面に問題などなくその力も充分なものではあった、しかしそれでも不完全は不完全なのだ、そしてその不完全と言う事実は破面達にとって大きな衝撃だった。

 

それは完璧な強さを手にしたと思っていた多くの破面にとっての衝撃。

自分達は虚、大虚、その上を行く優良種であり、負けることなどありえない完璧な存在だと言う夢想。

それが脆くも崩れ去った瞬間なのだから。

 

モドキや数字持ち達が何処かで持っていた幻想、しかしそれは十刃には存在せずそれほどの動揺は見えなかった。

だがそれでも疑問は残る。

 

 

「それで? ボス…… その石ころが儂等の“最も望むモノ”になる理由はなんじゃい」

 

 

その場にいる破面の中で最も位の高いバラガンが、全てを代表する形で藍染に問う。

彼がしきりに説明する崩玉という名の球、だがそれが“最も望むモノ”であると言う理由が今だ説明されていないという事を。

最もと言うからにはそれ相応のモノであるのだろう?と言外に問うバラガンの視線に、藍染は常通りの笑みで見返すとこう答えた。

 

 

「あぁ、そうだね。 では一つと問おうか、“不完全”とはなんだい?」

 

 

誰もがその禅問答のような藍染の問に言葉を噤む。

 

不完全とは何だ?

 

簡単に考えればそれは欠けているという事。

文字一つ、数字一つ欠けただけでその意味が大きく変ってしまう様に、あくまで完全に近くしかし決して届かないもの。

永遠に頂点に立つ事が出来ない、それが不完全。

だが今、それを問うことに意味などあるのか、殆どの破面がそう思い口を噤む中たった一人声を上げる者がいた。

 

 

余地(・・)がある、ってことだ…… 」

 

 

その言葉の発生源に、おそらくこの場にいるもののすべての視線が集まっていた。

視線の先に居るのは石柱に腰掛ける金髪と紅い瞳の破面、フェルナンド・アルディエンデだった。

その集まる視線など意に介さず、フェルナンドは自分より高い位置にいる藍染を見据えてそう答えた。

 

 

「不完全、って事は完全じゃ無ぇって事だ。そもそも完全なんてもんが在るとも思えねぇが、不完全ならまだまだ上にいける…… 俺達で言えば強くなる余地(・・・・・・)がある、そうだろう?藍染…… 」

 

 

フェルナンドの言葉に藍染はその笑みを深めた。

それがすべての破面に、フェルナンドの言葉が藍染の求める答えだと言う事を理解させる。

 

 

「そうだよ、フェルナンド。 不完全とは完全になれるという事。君達が求める完全とは一体なんだい? 君達が“最も望むモノ”とは一体なんだい?煌びやかな宝石かい? それとも褒章かい?いいや違う。 君達が望むのは“戦場”だ、その“戦場”で振るう“力”だ。誰よりも強く、雄々しく、何者をも寄せ付けない“強大な力”だ」

 

 

掌に乗せた崩玉を上へと差し出すようにしながら、藍染が語る。

その言葉は力強く、彼の語る言葉の全ては、まるで太古の昔より定められた法の様に厳粛で、聞くもの全てを引き付け離さない。

圧倒的なカリスマと、荘厳な言葉はまさしくこの男が“王”であることを示す。

 

 

「故に私が与えよう。 君達に、戦場で振るう為の“力”を!君達が最も望む“強き力”を!この崩玉によって君達の境界は打払われ、更なる力とそれによって更なる混沌を世界に満たすそのために!」

 

 

 

 

それは王の宣誓だった。

眼下に蠢く魔獣である破面、それらを統べる魔獣の王、藍染惣右介。

魔獣たちは更なる力の脈動に歓喜し、”王”はその姿に笑みを深める。

力を増した彼等は世界の脅威となり、そしてその脅威を打払おうと、愚かにも動く者達の姿を想像して。

 

“王”は一人笑みを深める。

 

彼だけは、知っているからだ。

 

 

すべては、彼のために捧げられる贄ということを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠吠えの残響

 

低く

 

遠く

 

空へと消える

 

 

お前はきっと

 

優しすぎる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前は2年としていましたが、数年として少し曖昧さを持たせてみました。

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