BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
それは彼等に多大な衝撃と、しかしそれ以上の好機を告げる言葉だった。
より高みへと昇るための手段、更なる殺戮を成しえる“力”を得るための手段が彼等の前に明示されたのだ。
それを前に心踊らぬ破面など居ない、誰しもが己が更なる力の脈動をその身に感じずにはいられない。
しかし、世界はそれほど容易く何かを得られるようには出来ていない。
「皆…… 強き力を前に高揚している所悪いが、一つだけ言わなければならない事がある。この『
自分が得られるかもしれない力を前に、どこか興奮した様子だった破面達に告げられたのは、彼等にとって残念な知らせ。
彼等の王、藍染惣右介がその手に持つ崩玉と呼ばれる物質、彼が語るにはそれは今だ休眠状態であり、本来の覚醒状態には至っていないということ。
その状態でも瞬間的に覚醒状態にする事は可能で、完全な破面化を行うことは出来るが。
しかし、その瞬間的覚醒ではこの場に居る破面の全てを再破面化するのは、困難だということだった。
「瞬間的な覚醒と休眠の繰り返しは崩玉に多大な負荷を与え、悪戯に衰弱させてしまう。それは私の望むところではないんだ、無論君達にとっても同じことだろう?衰弱し、弱った崩玉による再破面化など……ね」
藍染が語る言葉は王としての命令というよりも、どこか諭すような言葉に聞こえた。
もしも仮に全員を破面化しようとすればどうなるか、次第に力を失っていくその黒い球、それによって再破面化される自分達は本当に“完全”な破面となれるのだろうか、と。
疑心、己の利害、それらが彼等の脳裏にちらつき、そして次第に絡めとられる。
藍染惣右介の詐術の糸に。
「よって今回は、現
藍染にははじめから全ての破面を崩玉によって再破面化する心算など無い。
そもそもこの崩玉と呼ばれる物質の
藍染がこの崩玉に求めているのは、無論この物質の本当の力の方。
彼にとって破面化などは崩玉が真に目覚めるまでの座興でしかない。
そしてその座興に崩玉を使うのは、十刃クラスの強力な破面のみと決めていた。
故に彼は全ての破面に崩玉は休眠状態であり、過度の使用は衰弱とそれによる再破面化失敗を匂わせた。
失敗するとも、出来ないとも藍染は言っていない。
しかし、衰弱した崩玉を使用する事を藍染が懸念している、という雰囲気だけで破面達は不安に陥る。
そして彼等は言葉により誘導されるのだ、君達も同じだろうと、言外に再破面化は失敗の可能性を孕んでおり、君達はそれを望まないだろうと。
そうして嵌められた枷、その後に十刃のみの再破面化の提案。
枷によって動かぬ思考、いや動けぬ思考への提案。
そもそも提案といっても彼等にとって藍染が口にしたのならばそれは決定事項だ。
あくまで皆が納得した、という形をとっているだけで全ては藍染の思うまま。
絶対王政による統治、それに逆らうものなどありはしないのだから。
その後粛々と事は進んだ。
今この場にいた十刃達は藍染が言ったとおり一人一名、破面の名を指定していく。
「そうさのぅ…… ならば儂は
そう言って自分の従属官から一人を選んだのはバラガン。
選ばれた従属官は、堪えきれぬのかその顔に笑みを浮かべてバラガンへと傅くと、より一層の忠誠を叫んだ。
再破面化をするのはあくまで藍染なのだが、まるで自分がそうさせているかのような態度のバラガン。
王者の風格、というよりもある種の隠れた意思表示なのかもしれなかった。
「……申し訳ありません、藍染様。 私は誰も指名する心算は御座いません。この
次に答えたのはハリベルだった。
当然のように第2十刃たるネロがこの場に来ている筈もなく、バラガンに続く形で答えたハリベル。
しかしハリベルは誰も指名することは無かった。
彼女の従属官は三人、大虚時代から従える彼女等の誰か一人を優遇し、再破面化するなど彼女には考えられなかったのだろう。
そしてこの時もう一人、彼女の思考をよぎった破面はフェルナンド・アルディエンデ。
だが彼女は彼の名を指名する事はしなかった。
彼が自分から求めたのならばいざ知らず、勝手に自分の思いだけを押し付けたところで彼が首を縦に振るとも、ましてやそれに応えるとも思えなかったからだ。
(アレが私の言った通りに動くなどありえん。 ……まぁ、そうであればこそアレらしい、とも言えるか)
そんなどこか満足そうなハリベルの答えに藍染はほんの一瞬間を置くと、それを承知する。
「指名しません 」
「同じく。 誰を指そうと無意味です 」
続いて答えたのは
互いに言葉は簡潔であり、それ以上語る事など無いといった雰囲気を纏った二人。
両者共に従属官を持たず、誰とも関りを持とうとしない二人にとっては、そもそも指名する対象自体がいない様子だ。
「それでは吾輩は、
その言葉に広間がどよめく。
そしてこのドルドーニの言葉に広間がどよめいた最たる理由は、グリムジョーは次の強奪決闘で第6十刃に対し『十刃超え』を挑む、という噂のため。
数字持ちが十刃へと挑戦し、その座を奪う事を指す十刃超え。
第6十刃が自らに挑んで来るであろう者に対し、力を得る機会を与える。
そのある種奇行じみた宣言に広間はどよめいていた。
そして、そのどよめきは次の
「では私は、
どよめきは大きさを増し広間を満たした。
ゾマリが指名したのは、ある意味この虚夜宮で一時期語り草となった破面の名、フェルナンド・アルディエンデだった。
そして此方も強奪決闘による『十刃超え』が行われると噂される二人だったのだ。
もっとも此方は事情が違い、ゾマリの方が戦う事を望んでいるという事だったが、それを知る者は少ない。
「私だけが藍染様より更なる“力”を賜り、無力な彼の者を処断するのは容易い事です。しかし、彼の者には私と同じ力を得るための機会を与え、同じ地平へと立たせた後、絶望と、そして懺悔の言葉を叫ばせねばなりません」
ゾマリの思考はフェルナンドをどれだけ完全に罰するか、という事に傾注していた。
同じ地平、同じ機会を得ても自分の方が上であるのは当然であり、どれだけ足掻こうとも超えられぬ存在と、それを生み出した“神”に対する不敬を懺悔させた後首を刎ねる事。
ゾマリがフェルナンドを指名したのはその為、その為だけに指名したのだ。
彼にとっての大罪人を断罪するその為だけに。
だが問題なのは指名したゾマリではなく、指名された方のフェルナンドである。
元来彼はこうして誰かに指図されることを嫌う。
そして何より誰かに“与えられる”ことを嫌う。
“力”とは己で磨き、高め、身に付けるものであり、誰かに与えられるべきものではないのだ。
フェルナンドは己の名を指名したゾマリには一瞥もくれず、高みにいる男、藍染へと視線を向けるとこう問いかけた。
「藍染…… 再破面化、ってぇのは誰も皆、同じだけ強くなるのかよ」
「……いいや、そんなことはないよフェルナンド。あくまで境界を取り払うのが崩玉の力、その先にある個々の力がどれ程かまでは判らない。微々たるものか、強大かはね…… だが力が増すことに変りはないよ。……もっとも、君にそれだけの力があり、そしてそれを扱えるかもまた、キミ次第だがね」
フェルナンドの問に一拍置き、そしてどこか挑発的な答えを返す藍染。
浮かんだ笑みとその言葉は、フェルナンドにこう言っていたのだ。
お前に崩玉によって引き出された力が扱えるのか、そもそもそれだけの力があるのかと。
そんな藍染の言葉をフェルナンドは鼻で小さく笑うと、「上等」とだけ答え、それ以上何も語らなかった。
その沈黙は即ち了承、ゾマリの指名というよりは藍染の挑発に対し、眼にもの見せてやるといったその態度は藍染にとっては
「ボクハ…… どうでもいい」
これで
ヤミーの方は単純に外に出ているだけ、しかしノイトラの方は違う。
彼は藍染が長きに渡り虚夜宮を空ける少し前から、虚圏の砂漠へとその姿を消していた。
理由は誰にも判らない、ただ彼が前回の強奪決闘の後消えたことだけは事実であり、しかし藍染はそれを追求せず十刃のまま在位とし、虚夜宮を離れていた。
彼が何故消えたのか、何時戻るのかは誰にも判らず、しかし藍染は笑みを崩さず言い放つ。
「心配は無いよ。 全ては私の下に集まる様に出来ているからね」と。
こうして王の帰還は終了した。
そして最後に王の口から放たれたのは、破面達が待ち望んだ言葉だった。
「皆、長きに渡り内に留めていたであろうその殺戮の衝動を、私が解放しよう。一週間後、強奪決闘を開催する。 皆、存分に殺しあってくれ」
その言葉と共に広間は轟音の歓喜に満たされた。
歓喜、歓喜以外の何者でもないその叫び、欲した殺戮の許可が今下りたのだ。
その轟音の歓喜は、暫くの間鳴り止む事はなかった……
――――――――――
王たる者、藍染惣右介の帰還より数日。
フェルナンドは虚夜宮の天蓋の上、まるで見果てぬ白い大地のようなその場所で一人夜空と、三日月を眺めていた。
此処もまた、フェルナンドのお気に入りの場所だった。
天蓋に映る青空ではなく、全てを飲み込み、星すらない闇色の空を彼は眺める。
本来ならばこの天蓋の上よりも更に上、天蓋から突き出した五本の塔、通称『第5の塔』と呼ばれる場所の上の方がより空に近い場所ではある。
しかし、その場所には常に先約、というよりも先客がおり、その先客はフェルナンドの存在を疎む者であったため、フェルナンドも態々自分からそれに近付くのも馬鹿らしいと、広い天蓋の上に両手を頭の後ろで組み横になって空を眺めていた。
あれから再破面化は滞りなく終了した。
一人ずつ別々に、藍染によって再破面化された十刃とその他の破面達。
再破面化後、己の霊圧を確かめるようにそれを解放する者、再破面化後も何事も無かったかのように去る者、なにやら考え込んだ風でその場を去って行く者など、その反応は様々であった。
フェルナンドはといえば、再破面化の術式が行われた部屋から出ると、掌を見つめ握ってはひらいてを数度繰り返すと、一度その掌を強く握って拳をつくり、そしてポケットへと両手を突っ込むと何事も無い様子でその場を後にした。
「隣、あいてるかい?」
寝転ぶフェルナンド、そんな彼に唐突に言葉がかけられる。
フェルナンドの瞳が一瞬大きく開かれる。
それもそうだろう、その言葉が自分に掛けられるまで、フェルナンドはその人物の存在をまったく感知していなかったのだから。
横を見やるフェルナンド、其処には長身で癖毛の黒髪に顎の先に鬚を生やした男が立っていた。
男は声をかけた相手であるフェルナンドの答えを待たずに、「よっこらしょ」などと大仰に声を出しながら彼の隣に座る。
「……あいてる、と言った覚えは無ぇんだが……な」
そうして隣に腰掛けた黒髪の男に、フェルナンドは上体を起して座りなおすとそう零す。
フェルナンドが今まで見かけたことがないその男、フェルナンド自身破面全てを知っているかと言われれば否と答えるが、彼にとってその男は確実にはじめてみる男だった。
気が付いてしまえば、その男の存在は異様だった。
フェルナンドとて自分を過大評価している訳ではない。
ないのだがこれほどの距離に、それこそ自分の隣にまで他者が接近し、それに気がつかないという事はありえない、と。
そしてそれほどの事が出来る存在に、今の今まで気がつかない筈がない、と。
隣に座る、たったそれだけの事、それだけの事で隣に座るこの男が尋常ならざる存在であるとフェルナンドは確信していた。
「まぁいいじゃねぇか、お互い暇そうだ…… それにこの場所はお前さんの場所だ、って訳じゃないだろ?」
フェルナンドの隣に座った男は、フェルナンドの言葉にそう答えると後ろに倒れるように寝転がる。
その男は隣にいるフェルナンドをまったく警戒する事無く、無防備に仰向けになり両手を頭の後へ、そして足を組むとなんともリラックスした姿勢で寝転がっていた。
隣で寝転がるあまりにも無防備なその男、フェルナンドは若干困惑気味であったが、皮肉気に口元を歪ませるとこう言い放った。
「なら此処が俺の場所だ、って言ったらアンタはどうするんだ?」
相手の言葉の虚を突く発言、所詮揚げ足取りではあるがフェルナンドは構わずそれを口にした。
此処が本当にフェルナンドの場所だ、という訳などなく、それでもおおよそ初対面であろう自分に此処まで無防備に対する男が、その問に一体なんと答えるのかフェルナンドは知りたかったのだ。
強硬に居座るのか、悪かったとその場を去るのか、それとも自分の方を力づくでも退ける心算なのか、別段答えを期待している訳でもないが何となく口にしたフェルナンドのその問い。
だが寝転がった男はそんなフェルナンドの問に、なんともアッサリと答える。
「だったらちょっと間借りさせてくれよ。これだけ広いんだ、男一人寝転がる場所くらい余ってるだろ?」
返された言葉にフェルナンドは一瞬、彼らしからぬ呆気にとられた表情を浮かべる。
今の彼の顔は、いつもならばハリベルや彼女の従属官である、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンがする顔であり、フェルナンドの唯我独尊な言動や、彼の戦い方を見た時の彼女等のと同じだった。
周りは見渡す限りの白い地平、これが屋根の上だという事を忘れさせるようなその場所にいる彼等二人。
そんな場所を自分の場所だと言い放ったフェルナンドに、寝転がった男はその広さの中で男が一人寝転がれる分だけを間借りさせてくれと言ったのだ。
この広さを前にたったそれだけで良いと言うその男、そしてなによりフェルナンドの皮肉に真正面から答えた言葉。
その男の態度はまるで柳のようだった、強い雨にも吹きすさぶ風にもそのしなやかさで全てを受け流してしまうような、そんな雰囲気をその男は持っていたのだ。
「ハッ! そりゃそうだ、こんだけ広い場所で男一人寝転がる場所を貸せないようじゃぁ“狭量”もいいとこだぜ」
呆気にとられた表情だったフェルナンドが、途端に笑う。
この広い屋根の上と、その上でたった一人分の場所だけを求める男、そして嘘ではあるがその場所の持ち主である自分。
これだけの広さの中で一人分しかいらないという男の言葉に、それを拒否したのならば自分はどれほど“狭い”男か。
狭い場所だけで良いと言う男を拒否する狭い自分、その姿を想像したフェルナンドはそれが面白くて仕方がない様子だった。
それ故に彼は笑ったのだ、なんとも他人とはズレた笑いのツボかもしれない。
「お前さん、随分と 変わってるな…… 」
隣で笑っているフェルナンドに寝転がった男は、少し驚いたような表情を浮かべた。
彼がこの虚夜宮と呼ばれる場所に来たのはほんの数日前、だがそれでもこの場所がどういう場所かはわかっていた。
同じ種族、いわば同胞たちが集う場所、しかしその同胞たちはお互いにいがみ合い、“力”の優劣によって相手を支配し、また支配された者が転じて支配した者の命を奪う。
彼にとってそれはなんとも物悲しい事だった。
彼にとって、いや、彼と彼の連れにとって、自分以外の“他者”というものはそれだけで“特別”なのだ。
その特別をいとも簡単に自分で壊してしまうこの虚夜宮の住人達、“唯、傍にいる”というそのなにものにも変えがたい特別を自ら手放していく同胞たちの姿は、彼にとっては悲しいものでしかなかった。
それでも彼にとって此処にいる者達は同胞であり、そして特別なのだ。
だが、今彼の隣で笑っている青年はどこか違っていた。
この数日で彼が見てきた同胞達、彼等ならばこんな自分の態度を見れば怒りこそすれ、こんな風に笑いはしないだろうと。
何かが違う、思えばこうして声を掛けたのもこの場所で一人寝転がっていた彼の姿に、どこか近しいものを感じた自分がいたような気がすると、その男は思っていた。
「変わってる……かよ。 アンタには言われたか無ぇな。それだけ
一頻り笑い終えたフェルナンドは、男の呟きにそう答えた。
口元に浮かんだ笑みは皮肉なそれではなく、もっと純粋な感情を見せるものに変わり、紅い瞳には彼らしい強烈な意思が浮かぶ。
それを見た男は一つ溜息をつくと、二、三度頭を掻く。
「別に見せびらかす為に強く
「言ってくれるねぇ。 俺とじゃ戦っても意味がない……ってか」
どこかはき捨てるように紡がれた男の言葉。
それは自らの力がどこか疎ましい、とすら思っているような印象を与える言葉だった。
そしてフェルナンドを制する様な言葉を続けた男に、フェルナンドは強い意志を残したままの瞳で言葉を続ける。
そう言いながらフェルナンドは座ったまま腰をほんの少し浮かす。
男の言葉がフェルナンドには、お前では相手にならないと言っているように聞こえたのだ。
しかし、男はそれを知ってか知らずか話を続けた。
「違う。
答えた男の声には先程までにはなかった、明確な意思が篭っていた。
その意思はフェルナンドの瞳に篭ったそれと同じ、決して譲る心算のないその男の“生き方”そのものだった。
それを見たフェルナンドは一つ息を吐くと、浮かしていた腰を落し座りなおす。
別にフェルナンドにこの男へ襲いかかろうという意思はなかった、だがこれほどの強者がこの些細な動作を見逃すとも思えず、故にその反応によって見定めようとしたのだ、この男の芯なる部分を。
結果それは予想以上のモノをフェルナンドに見せる。
戦いに移行するかもしれない場面、相手が体勢を整えようとするその瞬間にも男は一切動こうとはしなかった。
そして語られた言葉はその男の行動によって裏打ちされた、真実の言葉としてフェルナンドへと届く。
この男の“曲げられない生き方”として。
「仲間、ねぇ…… アイツ等といいアンタといい。まったく、皆揃ってお優しいことだ…… 」
「殺伐としたのよりよっぽどイイだろ。 俺は、静かにダラダラ生きられたらそれで良いんだよ」
ほんの一瞬訪れそうだった戦いの気配は最早霧散し、静かな夜空の下で二人はその後もまったく身の無い会話を続けた。
二人の会話は弾んでいるとは到底言えないものだったが、それも彼等には丁度良いものだったようだ。
この広い虚夜宮の中でこの日、この場所を選んだ彼等二人、どこか気の合う部分もあったのだろうか、互いに月しかない夜空を眺め語り合う。
そうして暫く語り合ったのち、男の方が何かに気が付いたように身体を起し、立ち上がる。
「っと、どうにも“連れ”が俺を探してるみたいだ、いい暇潰しになった…… 」
男はそれだけ言い残すとそのまま歩き去ろうとする。
だが、数歩進むとあぁ、と何かを思い出したようにフェルナンドの方へと振り向く。
「そういえば、まだ聞いてなかったな。 お前さんの名前…… 」
振り返った男は至極当たり前のようにそれを口にした。
初対面の相手、そしてその初対面の相手と何故か長い間語り合っていたにも拘らず、男も、そしてフェルナンドも互いの名前を教えていなかったのだ。
名前とはその人物を表す記号、別段それを知っているからといってその人物を深く知っている、という事にはならない。
だがそれは通過儀礼、他者と他者の関わりの最初の一歩、それを飛ばして語り合いそれを気にもしていなかった二人、やはりどこか似ている部分がある様子だった。
「……フェルナンド、フェルナンド・アルディエンデだ。そういうアンタはなんて名だ?」
名を答えたフェルナンド、そして男の方は小さく「フェルナンド……ね」と呟き、踵を返す。
そして二、三歩進んだ後に片手を上げて後ろ手に振りながら、自分の名を口にした。
「スターク…… コヨーテ・スターク、だ 」
越えた先に見えるのは
”王”たる己に続く道
今この場で
手塩にかけた”待望”の士
さぁ今こそ
殺し合いをはじめよう