BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.43

 

 

 

 

黒い十字架。

 

白い砂漠に白い壁、白を基調とする虚夜宮においてその十字架は浮かび上がるように鮮烈で、見る者の惹きつける。

だが目を引くのはその異色によるものだけでなく、十字架そのものがもつ美しさ故なのか。

細身の身体に纏った漆黒のドレス、それが映える青白いほど透き通った肌、それがまた漆黒を引き立てるかの様な相乗の美。

黒い絹糸のように皇かな髪は風に揺れ、さらさらと音を立てるかのよう。

目元を隔す黒のヴェール、唇には薄紫のルージュ、均整の取れた顔立ちと漂う妖しさは例え目元が見えずともその者の美しさを密かに語る。

 

そう、それは十字架。

 

天界や、神といった西洋の思想から言えばこの場所は万魔殿、しかしそこに舞い降りたのは神の御印たる十字架。

しかしそれは漆黒の逆十字、天から堕ちた翼持つ女神の肖像、人に仇成す存在である破面、十刃が一。

十刃第5位、アベル・ライネスという名の十字架が降臨したのだった。

 

 

「こうして解放したのは何時ぶりだろうか…… 全てが鮮明だ。 視える全てが、風景が、世界が、そして……貴様もな、第8十刃(オクターバ)……」

 

闘技場へと降る言葉には、紛れもない感情の色が見えていた。

おおよそ、アベル・ライネスという存在から感じられることなど無かった色。

ある種の満足感、高揚といった正の感情が、その色が言葉から感じられる。

 

 

「私は貴様を見誤っていた。 私に解放させた事は評価に値する。 ……その無意味な驚愕の顔さえ視せていなければ……な」

 

 

アベルの言葉通りノイトラの顔は驚きに染まっていた。

ただ解放しただけならば彼はこれほど驚かなかっただろう。

解放した姿が如何に特異であれ、彼はこれほど驚く事は無かっただろう。

だが、だがどうしても、彼は冷静を保てる境界線の際までその理性を振ってしまった。

そのたった一つの事柄が、只の記号だと割り切れば済むものが、彼の顔に驚愕を映し出したのだ。

 

 

 

アベル・ライネスが女性である(・・・・・)というたった一つの事柄が。

 

 

 

「どいつも…… どいつもこいつも、俺の邪魔をしやがるのは皆、“女”ばかり…… 見下し、哀れみ、慈悲という名の自己満足で俺の牙に泥を塗りやがる…… 」

 

 

低く、地の底から搾り出したようなノイトラの声が響く。

アベルの姿を見上げるのではなく、俯く様にして放たれる言葉。

それはノイトラ・ジルガという破面の逆鱗、メスに劣るという事は彼にとって禁忌に等しく、決して許容出来るものではなかった。

数年前の彼ならばこのまま理性の鎖は脆くも千切れ、“愚”を曝すだけの獣以下の存在へと成り果てていただろう。

そう、数年前(・・・)の彼ならば。

 

 

「だがなぁ…… だが、そんなもんはどうだっていい(・・・・・・・・・・・・・)。俺は、テメェさえ殺せれば充分なんだよ第5十刃(クイント)。テメェが女だろうが男だろうが、もう俺には関係無ぇ」

 

 

その手に持った黒い羽を握りつぶすようにして、再び顔を上げるノイトラ。

再びアベルと対峙したその顔に最早驚愕は、そして怒り狂った気配は無かった。

あるのは純粋な“青い怒り”

敵と自分の区別すらなく諸共に焼き尽くし、触れる全てを消炭にするような怒りではなく、ただ己の敵と定めた相手だけを殺す為、理性を保ちながら完全に燃焼する怒りがノイトラに浮かんでいた。

 

 

「ほぅ…… 放つ霊子の揺らぎを見る限りその言葉、偽ではなさそうだ…… だが判らんな、メスだからという無意味な理由で前第3十刃を付狙った貴様がどうしてそう言える?数年の間に宗旨変えでもしたか? 」

 

「テメェに話して聞かせる心算は無ぇ。 それに…… これから死ぬヤツが聞いたところで、そんなもんは無意味だろうが(・・・・・・・)

 

「……確かに。 これから死ぬ者(・・・・・・・)が語る過去など無意味だ、今貴様が語るべきは、遺言より他あるまい」

 

 

言葉と意地の応酬、そしてアベルの言葉が契機となった。

ノイトラは握りつぶした羽を投げ捨て、砂漠に突き刺した大鎌をその手に握る。

四本の大鎌は振り被られ、その大きさと相まってノイトラ自身の存在感自体を巨大化させるかの様。

対してアベルは中空に留まったまま微動だにしなかった。

その様子は一見して、ノイトラの攻撃を受けて立つ余裕の現われに見える。

強者たる余裕、上位者として下位の者の攻撃を受けてたつという度量の大きさなのか。

 

しかし、そうではない。

アベルの攻撃は既に始まろうとしているのだ。

 

アベルの留まる中空、そこで丁度彼女が背にしている空間が渦を巻くようにして収束する。

否、収束しているのは空間ではなく霊子、収束する渦の数は四つ、そのどれもが掻き集められる様にして中心へと集まり、そしてその収束は何時しかアベルの霊圧と同じ、灰色の破滅呼ぶ砲弾を造り出した。

 

「啄ばめ…… 収虚閃(セロ・レウニールセ)

 

 

アベルがゆっくりと片手を挙げ、ノイトラを指差すように向ける。

するとその令を待っていたかのように四条の灰光はノイトラ目掛け襲い掛かった。

撃ち下ろされる様なそれは狂いなくノイトラを捉え呑み込むべく迫り、対するノイトラは迫り来る灰色の光をそれぞれその手に持つ大鎌をもって受け止めた。

前へと突き出されるようにされた大鎌、腕を伸ばし、渾身の力でもってその光を受け止めるノイトラ。

弾かれそうになる大鎌をその膂力にものを言わせて押さえ込み、アベルの放った四条の虚閃と拮抗させる。

いや、それだけではない。

ノイトラの足が一歩、また一歩と前に出る。

そう、ノイトラはアベルの放つ収虚閃をその大鎌で受け止めながら、前進しているのだ。

倒すべき、殺すべき相手へと向かい一歩ずつ。

 

拮抗する灰光と大鎌、その拮抗は進歩だった。

5番と8番、数字でみれば如何程の差も無いそれは、しかし十刃に置き換えれば大いなる隔たりだ。

それが今、紛い形にも均衡を保ち、それだけで終わらず大鎌の男はその歩を進める。

アベルが全力を出していないのか、それともノイトラが力をつけたのか、理由はどうあれ現実としてノイトラは攻撃を受けながらも退かず、アベルに対抗しているのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

アベルの灰光を受け止めるノイトラ、それを高みより見下ろす藍染の顔にはやはり黒い笑みが浮かぶ。

 

 

「あら~。 5番サンが女の子やったのも驚いたけど、8番サンもやるもんやなぁ。……藍染隊長、一体、彼に何しはったんです?」

 

 

感嘆の声を上げたのは、藍染の隣に控えていた市丸ギンだった。

彼からしてみれば眼下に広がる光景は想像以上のものであり、彼が言ったとおりアベルが女性であった事は当然の事ながら、そのアベルに対抗するノイトラの姿もまた驚きの対象だった様だ。

その市丸の疑問に、藍染は「そうだね……」と小さく前置きし、語り始める。

 

 

「ギン。 君は“蟲毒(こどく)”というものを知っているかい?」

 

「はぁ、蟲毒……ですか?」

 

「そう、蟲毒だ。 現世において古代では、一つの壺の中で様々な毒虫、更には蜘蛛、蜥蜴や蛙といった生物を閉じ込め、互いに互いを喰らい合わせ、最後に残った一匹を呪物として用いたそうだ。その思想、私には非常に興味深かった…… だから創ったのだよ、私も 」

 

 

蟲毒という耳慣れぬ言葉に、市丸は聞き返すようにして藍染の言葉を待った。

藍染が語るところ、蟲毒と呼ばれるものは一種の儀式であるという事、“呪い”という非科学、超常の産物を体現させると信じられていた時代において、その蟲毒という手法は用いられていたと。

空腹の中、殺し、喰らい合う。

喰らうのはその血肉だけではなく、その者の持つ毒までも、そしてなにより殺された者の怨念をその身に取り込み、最後に残った一匹を蟲毒と称し完成とする。

藍染はその蟲毒といった呪詛的手法に興味を示し、それを創ったというのだ。

それを聞く市丸は、無言のまま一体何処にそれを、といった視線を藍染に送る。

藍染もその無言の問に答えるように語りだした。

 

「この闘技場、これこそが私の蟲毒の壺(・・・・)そのものさ。互いに命を懸けて殺しあった者達、勝利者の歓喜、だがそれに倍する敗者の怨念がこの場には満ちている。血肉を撒き散らす戦いの末、死した者の怨念、勝者を嫉む嫉妬、この場に立つことすら許されない自らの弱さへの蔑視と裏返された鬱屈、まさしく怨毒の壺に相応しいと思わないかい?」

 

「……なんやあんまり愉しそうな話とちゃいますね」

 

「座興とはそういうものさ。 しかしね、ギン…… これではまだ足りない(・・・・)のさ。いかに怨念があれどその器が、肉体が無ければ蟲毒は成立しない。だから私はこの闘技場を選んだ…… ここならば、器を見つけるのに事欠く事はないからね」

 

 

藍染の語る蟲毒の内容に、市丸は若干の不快感を滲ませる。

おおよそ趣味が良いとは言いがたいその内容、しかし藍染はそんなことは気にせずに自らの蟲毒を語る。

闘技場という場所、本来ならば命ががけで戦うその場に藍染は、自らの思惑を持ち込んだ。

いや、そうではない。

 

その藍染の思惑のためだけに、この闘技場は造られたのだ。

 

 

「この闘技場の地下にはね、ギン。 特別な結界が構築してあるんだ、魂魄の輪廻を阻害する結界(・・・・・・・・・・・・)が……ね」

 

 

藍染がいとも簡単に口にしたその言葉は、世界に対する反逆の言葉だった。

魂は輪廻する。

世界に満ちる魂、現世、そして死後の世界である尸魂界(ソウルソサエティ)、まるで天秤のような関係性である二つの世界の魂の均衡は常に保たれているのだ。

それはこの虚圏でも同じ事、死した魂は霊子へと還り、そして長い年月をかけて現世へと輪廻する。

 

だが藍染はその輪廻すら掌中に納めんとした。

まさしく大逆、それ以外の言葉で形容できぬほどの罪をこの男は、平然とやってのけているのだ。

 

 

「ギン、君はどう思う? 生まれ、生き、そして死にまた生まれる…… その全てを誰かに管理されているかのように(・・・・・・・・・・・・)生きる…… 産声をあげ、再びそれを上げる瞬間に至るまで、私達は支配されている(・・・・・・・)…… とは思わないかい?」

 

「それは……」

 

「誰に許されてそれを行うのか、誰がそれを望んだのか、誰にも答えることは出来ず、そして私はそれを望まない(・・・・・・・・・)。 もしそれに、誰の許しも必要ないと言うのなら私も支配しようじゃないか、その魂の輪廻と言うものを…… この闘技場で死んだ破面達は一体何処に行くと思う? 皆諸共にその地下の結界に突き落とされるのさ。そして霊子に還り輪廻する事を許されず、其処に満ちた怨念に獲り憑かれ、互いの肉と怨念を喰らい合う…… 」

 

 

瞳の暗さを増したかのような藍染。

その言葉には、彼の真意が、本当が見え隠れしているようだった。

太古よりそう決められていた、均衡を崩すことは許されないと。

だが何故自分がそれに従わねばならないのか、なぜその支配を自分は受け入れなければいけないのかと。

 

 

「ノイトラはね、この数年の間その結界の内側で亡者と怨念を相手に殺し合い、そして喰らっていたのだよ。濃縮された怨念、それを取り込み己の力としたんだろうね。本当にそれが可能なのかは判らない…… だが力とはそういうもの(・・・・・・)さ、自分がそれを“得た”と思った瞬間から、それはもうその手のうちに“在る”という事なのだろうね…… 」

 

 

そう言うと藍染は肘掛に肘をつくようにして座りなおす。

もう語ることはないといった雰囲気で、再び眼下で行われる戦いに興じるために。

それを見る市丸もまた、その雰囲気を察したのか声をかけることはしなかった。

只一つ、この男の哀れさを感じながら。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

一歩一歩、アベルへと近付くノイトラ。

近付くにつれ、その大鎌で受け止める灰色の光は威力を増していく。

それでもノイトラが歩みを止めることは無かった。

彼がアベルを殺すにはその大鎌のとどく距離まで近付かねばならず、直接攻撃以外に戦闘方法を持たない彼には、愚直な前進より他に選択肢は無かったのだ。

 

そうして近付くノイトラに対し、アベルはその灰色の虚閃を緩めなかった。

アベルの収虚閃は自らの霊圧の余剰分を収束して放つ技、余りを掻き集めただけの虚閃ではあるが、それ故に霊圧消費は少なく、何よりその照射時間の長さが最大の武器である。

虚閃として放った霊圧すら還元率は大分低いながらも回収し、再びの砲撃とする。

通常の十刃が放つ虚閃に比べ、その時間は倍にも達する長さなのだ。

 

 

(遅くはあるが、確実な一歩を選択したか…… 全身の霊圧といい、予想以上の成長を遂げている。 ……評価には値する……か )

 

 

虚閃を放ちながらも、ノイトラを観察する余裕を見せるアベル。

自分の虚閃を受け止め続け、尚且つその足を進める。

無理に弾き返すのではなく、受け止め、更には流す事でその身にかかる負担を軽減している様がアベルには良く視えていた。

その姿は数年前と同じ男とは似ても似つかないほど、確実な成長、そしてなにより精神的な強さが今アベルが視るノイトラにはあった。

 

 

「グッ…… ウルラァァァアアァアアア!!

 

 

アベルへと近付いていたノイトラ。

ノイトラはその歩みを止めやや大きめに足を開き、しっかりと砂漠を掴むようにして立つ。

そして大鎌を持つ腕の筋肉が一回り隆起したかと思うと、大鎌に受けていた四条の光を文字通り四方へと弾き飛ばした。

四本のうち二本は砂漠へ突き刺さり爆塵をあげ、もう二本は斜め上に弾き飛ばされ闘技場と観覧席を隔てる結界へ衝突し、猛烈な光を発する。

中空に留まるアベルにまで届くほどの爆塵、アベルから視ればまるで眼下に雲海を視るかの如きそれ、そしてその中から砂煙の尾を引くように勢い良く飛び出してきたのはノイトラだった。

アベルよりも更に上、そこから大鎌を振り被った格好でアベル目掛けて急降下するノイトラ。

四本の凶月の欠片が鈍く光り、アベルにその刃を突き立てんと襲い掛かる。

 

がしかし、飛来する月光の刃を前にアベルはなんら動く様子を見せない。

それどころか上空から落下するノイトラに対し、一瞥すらくれる様子もなかった。

何故ならそれはアベルにとってなんら問題ではなく、そもそも今のアベルに視線を向けるといった動作すらそれ程必要ではないのだ。

それを行わずとも、アベルには全てが視えている。

 

そう、全てが。

 

ノイトラの刃が数瞬の後にはアベルを捉えるか、というその時、ついにアベルが動いた。

動いたと言っても彼女がしたのはその翼で羽ばたいた、という只それだけの事。

だがそのそれだけの事が、状況に劇的な変化を齎す。

突如ノイトラの身体が、アベル目掛けて急降下していたノイトラの身体が再び上空へと昇ったのだ、まるで何かに弾かれるように。

 

 

(なに!? なんだ、こいつは! クソッ!圧し、戻されるッ!)

 

 

そのまま体勢を崩したノイトラは、砂漠へと落下したが激突寸前で体勢を立て直すと砂漠に突き刺さるように着地する。

不快な事象が自分の身体を襲ったことにノイトラは困惑していた。

確かに自分はアベルに対しその刃を向け、数瞬の後には打ち込んでいたはずなのにそれが叶わなかったと。

なにか巨大なものに圧し戻されるようにして弾かれた、それは一体なんなのかと。

目の前にいたはずの敵はまた上空へと、そしてその敵がした事と言えばただその黒い翼を羽ばたいただけだと言うのに、と。

 

 

「解せないか? 何故自分が圧し戻されたのかが。簡単な事だ、お前が無意味に発した霊圧、私はそれを流れに乗せて圧し返したのだ。たったそれだけ、しかし効果は絶大。 お前の霊圧が強力になったが故に……な」

 

 

簡単な事、アベルはそれをそう言い切った。

ノイトラの発する霊圧、それをアベルはその羽ばたきによって作った霊子の流れに乗せ、そのままノイトラにぶつけたのだ。

言うは易し、行うは難し、相手が無意識に発する霊圧を全て把握し、その流れを予測し、その流れを自分の霊圧、霊子を持って誘導し一つの大きな流れとして相手にぶつける。

精密すぎる霊圧操作、全てを視る“千里眼”を持つアベルだからこそ出来る技であることは言うまでもない事だった。

 

 

「さて…… 私の収虚閃を受け止め、更には弾き反撃にまで至った事は評価に値する。だが無意味だ…… 宣言しよう、次の収虚閃の数は“六”だ。どうする? いい加減出したらどうだ、無意味に隠すその残り二本の腕(・・・・・・)を」

 

 

見通す、何処までも。

アベルは宣言する、次の収虚閃は六条となると、そしてそれを防ぐにはノイトラが隠しているという腕を出さねばならないと。

外見からそれを判断する事は不可能、それはある種ノイトラにとっての切り札、勝利するために手段の一切を選ばぬノイトラ。

それが奇襲であろうが不意打ちであろうが、彼が求めるのは勝利であり過程ではないのだ。

重要なのは結果、勝利したという結果、敵を殺し、自分の方が強いという事を証明したという結果だけ。

故にノイトラは隠していた、ここぞという時の為のまさしく奥の手(・・・)を。

 

 

「……チッ! どこまでも見透かしやがって…… 何でも知ってるって顔して俺を見下しやがる。俺の方が弱ェと決め付けやがる…… 満足か? 俺をコケにしてよぉ…… えぇ? 満足かって…… 訊いてんだよ!!」

 

「……無意味な問いだな、第8十刃。 満足する、しないという問題ではない。それが私にとって、そして貴様にとっての純然たる事実だ」

 

 

何処までも噛み合わない二人、それは平行線、何処までも、そして何時までも交わる事のない二本の線。

だがその線には“差”がある。

灰色の線は、常に黄色い線の一歩先を往くのだ。

黄色の線が如何に必死に喰らいつこうとすれども、その牙が届く事はなく、牙は空を噛むにとどまるのみ。

追いつけない、追い越せない、故に腹が立つ、故に気に入らない、故に。

 

 

「うるせぇ!! 事実が何だってんだ! なら俺が捻じ曲げてやる!テメェが謳うクソ以下の事実を!!見やがれ!コイツが俺の、全力だァァァああ!!!」

 

 

それはノイトラの魂の叫びだった。

突きつけられた事実、そしてそれはおそらく真実なのだろう。

客観的にみてノイトラに勝機は無く、死肉と怨念を糧として身につけた“力”をもってしてもそれは覆らない。

だが、だからと言ってそれで納得する訳がない、出来る訳が無いのだ、彼が、ノイトラ・ジルガが男であるが故に。

 

彼の目的、それは戦いに生きる事。

呼吸一つとってもそれは常に戦場、戦いの中においてするものであると、そして戦いは更なる戦いを引き寄せ、その連鎖の中自分は死ぬのだと。

戦いを求めるための最強、そして何より死を求めるための最強。

戦いの中で死ぬ事、それ以外の死は彼にとって恥を曝すことに他ならず、その恥を忍んでまで立ったこの戦場で勝てぬからといって退くことなど、彼に出来よう筈もない。

 

 

ノイトラの脇の下、両の(あばら)の辺りから四腕と同じ外骨格を纏ったような腕が生える。

それを含め六腕となったノイトラは、更にその増えた腕の手首を返すように動かす。

すると手首の付根から黒い棒状の物体が飛び出し、そしてその棒から跳ね上がるようにして鈍い色の刃が現われ、大鎌となった。

六本の腕、六振りの大鎌、そして先程よりも更に増して吹き上がる黄色に輝く霊圧。

雄々しき姿、まさにそれが彼の全力である、ということを示していた。

 

 

そしてそのノイトラに六条の灰光が降り注ぐ。

降り注いだ光はその全てをノイトラの大鎌によって防がれるが、アベルはそれに構う事無く照射を続ける。

 

 

「叫び、罵り、上辺では粗暴に振舞いながらその実、霊圧は多くを語る…… 無意味にもまだ私に挑み、そして勝つと、そう考えているのがその研がれた霊圧から良くわかる。無意味だ…… 何故諦めない…… 」

 

「テメェには一生判りゃしねぇよ。 何でもかんでもテメェで決め付けて、始めっから諦めてる(・・・・・・・・・)テメェにはなァ!!」

 

 

降り注ぐ光を受けながらも、ノイトラは一歩たりとも退かなかった。

負けられない、いや負けない、それも違う、勝つのだと、その気概によって降り注ぐうちの一本を掻き消す。

しかしアベルは慌てる事無く次の砲弾を用意し、即座に照射を再開する。

それすら無意味だと言わんばかりに。

 

 

「違うな。 私は決め付けているのではなく、理解しているのだ。私に、そして他人に可能な事、不可能な事というものを」

 

「それが決め付けてるって言ってんだよ! 霊子が見えるご大層な眼だか知らねぇが、その眼で俺の上っ面と内臓が視えりゃ俺の全てを判ったとでも言う心算かよ!クソ5番! 」

 

「……そうだ。 それさえ視えれば事足りる。判断材料としては過分とも言えるな」

 

 

冷淡な声が響く。

感情の色を見せたかと思えたその声、しかし今はその色はなりを潜め無色に、そして無機質に変化していた。

怒りと、そして勝つという意気を噴き上げるノイトラに対し、アベルは余りにも平坦。

起伏を見せないその声でノイトラの言葉を肯定する。

霊圧と、霊子の流れと、そして肉体を構成する霊子構造、これだけを視れば全ては済むものと、それ以上何がいるのかと彼女の声は彼女が、真実そう思っていることをその冷淡さで表す。

余りにも歪で、しかし彼女にとっての真実を。

 

 

「ふざけんじゃねぇ!! 俺をテメェが計るだと?俺は“最強”だ! 俺は俺の“最強”を!俺自身の手で示す! テメェが端から諦めて、一生出来ねぇ事を!この俺が示してやる! 最初(ハナ)から逃げ腰の腰抜けが…… 俺の…… 邪魔を、すんじゃねぇェェエエエエ!!」

 

 

叫びと共にノイトラは更に霊圧を解放した。

放たれるそれはアベルの灰光を押し退け、瞬時に形を成せぬ程切り刻んだ。

ノイトラのそれは限界を超えるような行い。

自分の身体、自身の今後、その全てを度外視しただ一瞬、目の前に浮かぶ十字架を叩き折る力を自らの内から呼び起さんと。

死肉を喰らい、怨念に蝕まれ、出会い、失い、それでも失わなかった己。

その己という証を打ち立てるためにノイトラは今を駆ける、今こそが駆け抜ける時だと。

 

ノイトラは砂漠を駆けると一息に跳び、アベルの眼前へと瞬時に移動する。

振り被られた大鎌は先程よりも増えた六本、必殺を誓った六撃を前に、アベルはやはり動かない。

 

一振り目の斬撃が振り下ろされる。

だがやはりそれはアベルの霊圧誘導によって途中で阻まれてしまうが、しかし弾かれる事はなかった。

 

 

(想定以上の霊圧……!? 全てを弾くのは不可能か…… ならば!)

 

 

ノイトラの必殺を誓った一撃は、アベルの想定以上の霊圧を纏い彼女に襲い掛かっていた。

本来ならこの一撃だけでノイトラの身体ごと弾き返そうとしていたアベルだが、彼女に視えているもの以上の力をノイトラは発揮している。

それに若干の困惑を内心で浮かべながら、アベルは即座に別の方法に出た。

 

アベルの眼前で彼女の霊圧と、いや、己と彼女の霊圧と拮抗していたノイトラの腕が、グシャリと音を立ててあらぬ方向へと曲がる。

それはアベルが面としてノイトラを押し返すのではなく、方向性を持たせて霊子を流し、ノイトラの腕を捻るようにした為。

ノイトラを激痛が襲う。

しかしその程度で今のノイトラが止まることはなかった。

二本目、三本目と攻撃するノイトラの腕は、しかしその全てを捻折り曲げられる。

 

それでもノイトラは止まらない。

彼の矜持、彼の決意がそれを許さないが故に。

 

 

(気でも触れたか、第8十刃? このままでは貴様の十刃としての…… いや、破面としての未来が終わるぞ。 無意味な戦闘によって無意味な傷跡を残すのは愚かしいにも程があるというのに…… 貴様は一体何がしたいと言うのだ…… )

 

 

思考するアベル。

だがその思考に明確な答えは出ない。

いや出るはずが無いのだ、如何に素晴らしい眼を持とうと、如何に相手の霊子を視、如何に相手の動きを高い精度で予想できようと、その答えは出ない。

それは彼女の眼でも視る事が出来ないから、そして誰しもがその眼にすることが出来ないから、故に触れ合い、互いに確かめ合うことでしか存在できない存在の為。

 

 

“こころ”という破面にとって何よりも近く、そして遠い存在故に。

 

 

一瞬の思考はしかしアベルに一瞬の隙を生んだ。

振り下ろされたのは一本ではなく三本。

ノイトラの持つ残り全ての大鎌が、アベルを突き刺し、切裂かんと振り下ろされたのだ。

 

アベルは弾き返す事が不可能だと瞬時に判断すると、その翼を渾身羽ばたき、響転によってその場を逃れる。

黒い髪は波打つように揺れ、ドレスもその裾を僅かに揺らした。

それは彼女が移動したため、そしてそれは回避行動、そう避けたのだ、ノイトラの一撃を、全てを有利に運んでいたはずのアベルが。

ノイトラはその必殺の一振りが避けられると、襲い来る激痛に耐えながら砂漠へと下りた。

そのまま留まってもよかったが、今は足場に割く霊圧すら惜しいと、そうするくらいならば全てを手に握った大鎌へ送るためにと。

 

対してアベルは自分の現状に戸惑っていた。

何故自分が避けなければいけないのか、解放前ならばいざ知らず、帰刃状態での回避など今までした事が無かったと。

そしてふと、アベルがその手を視れば、赤が、赤い液体が流れていた。

それはほんの少しではあるが、彼女がノイトラによって傷を負ったということ、傷を負わされたという事の証明。

その傷を視て、アベルは己の一瞬を悔いた。

只の一瞬、思考が挟まれたせいで自分は状況を悪くした。

それはあまりにも非効率的、言ってしまえば無意味な行為でしかないとアベルは結論付ける。

無意味な思考、ならばその思考した内容自体が無意味だと。

そうして悲しくも結論付けてしまった。

 

そしてアベルは決断する。

これ以上戦闘を長引かせるのは得策ではないと、長引けば先程のような状況が、そしてまたあの無意味な思考が浮かび上がるのではないかと。

故にアベルは勝負を決するために動き出す。

 

 

「貴様の無意味な特攻に付き合わされるのは不快だ…… 故に早々に決着とさせてもらおう、第8十刃 」

 

「なに…… 言ってやがる。 それはテメェが決めることじゃねぇだろうが…… 」

 

「いいや、私が決めること(・・・・・・・)だ。見えるか? 貴様の周りにあるモノが…… 」

 

 

アベルの言葉に視線を奔らせるノイトラ。

彼の周りにある物、白い壁、白い砂、それだけの筈だった、ただノイトラの目にはもう一つ、異彩を放つモノが映ってしまった。

そう、それは“黒”。

白い砂漠のそこかしこに、黒い羽が落ちているのだ。

敷き詰められるほどではないにしろ、闘技場の円形の砂漠に満遍なく配された黒い羽、それはノイトラの周りでも同じ事だった。

 

 

「私が…… 無意味に羽を撒き散らしていたと、そう思っていたのか?ならば稀に見る浅慮だな、第8十刃。 知るがいい…… その黒い羽の全て(・・・・・・)が、貴様を啄ばむという事を」

 

 

ノイトラが直感で跳び上がろうとするのと、アベルがその翼をはためかせるのは同時だった。

強い風がノイトラを圧し戻し、砂漠へと釘付けにする。

そしてその風は砂と無数の黒い羽を舞い上がらせ、その風に乗せ運んでいった。

乱気流、乱れる風のうねりと視界を覆う砂と黒。

最早ノイトラからアベルの姿を見ることは叶わず、彼はその檻に閉じ込められてしまった。

アベルの創り出した黒い檻に。

 

 

(チッ! なんだ!? コイツは…… 何も、見えねぇ!)

 

 

捻られ、折り曲げられた腕はダラリと垂れ下がり、健在である腕の一本を目の前に翳すノイトラ。

しかし視界は砂と、それ以上の黒い羽に遮られまったく無いといった状態。

この状況を生んだのは間違いなくアベルであり、いったい自分をここに閉じ込めてどうする心算なのかと怪しむノイトラだったが、それは後手。

既にアベルは体勢を整え、攻撃は始まろうとしていた。

 

 

(ッ!……なに!? 斬られている……だと?あの女ァ、一体何しやがった!)

 

 

残された腕の一本に鋭い痛みが奔り、ノイトラはその腕を確認した。

するとそこには一筋の赤い傷跡、そうそれは間違いなく鋭利な刃物によって切裂かれたのと同じ傷跡だった。

何時斬られたのかすら判らぬほどの早業、一体誰が、そんなことを考えるノイトラだがそんな事は判り切っていたと再認する。

アベル・ライネス、今この場でこんな事をやってのけるのは、あの忌々しい女しかいないと確信したノイトラ。

しかし方法がわからない。

どうやって斬りつけたのかすら、だがその思考の余裕をアベルが与えるはずが無かった。

次々と、ノイトラの身体、それも身体のあちらこちらが鋭い何かで切裂かれていく。

刃物が近くにあるわけでもなく、在るのはアベルの黒い羽(・・・・・・・)のみであるというのに。

 

 

「羽……? 羽が啄ばむ……? ッ! クソがぁ!嵌めやがったな! 5番(クイント)ォォオオオ!!」

 

「嵌めたのではない。 貴様風に言うなら、布石(・・)だろう?第8十刃。 私は始めから用意していたのだよ、私の黒い刃達(・・・・)を…… 」

 

 

ノイトラの叫びに、黒い視界の向こうからアベルの声が答えた。

そう、ノイトラの周りを飛び交う黒い羽、その全てがアベルの“刃”なのだ。

彼女の霊圧を通す事で刃となる黒い羽、アベルはそれでノイトラを覆いまさしく刃の檻を創り出していたのだ。

 

それに気付いたノイトラは、それから抜け出すべく残った3本の大鎌を振るう。

しかし、振るった大鎌がアベルの刃達を捉えることはなかった。

まるでノイトラの大鎌を避けるようにして舞う刃達、そして避けたそれはノイトラを嘲うかのように彼に傷跡を刻んでいく。

 

 

「クソが…… クソッタレがぁぁぁぁああああ!!!!」

 

「無意味だよ、第8十刃。 こればかりは本当に無意味だ。今、私はもてる探査神経(ペスキス)のほぼ全てで貴様を完全に捕らえている。そしてその私が操る羽の檻から抜け出すことは不可能。貴様は既に詰んでいるのだ 」

 

 

アベルの刃は霊圧の流れに乗っている。

その流れをアベルは完全に制御し、また標的であるノイトラの全てをも捉えた彼女の前では彼は余りに無力。

刃を叩き落そうにも、刃はノイトラの放つその霊圧の大きさ故に避けてしまうのだ。

 

上空から落ちる一枚の紙を掴み取ろうと、また水中に漂うモノを掴もうとする時、早く、そして強く掴もうとすればするほどそれは逃げるようにして手をすり抜ける。

それと同じなのだ、空気中なら空気の流れが、水中なら水の流れが、見えぬそれはしかし確かに私達の動きによって生じ、それによって欲しいものはすり抜けていくのだ、その手から。

今、ノイトラに起こっているのはそういう事。

強い霊圧、強力な一撃は強いが為に流れを生み、それによって黒い羽はその一撃をすり抜け、そしてその流れに巻き込まれるようにしてノイトラを切裂くのだ。

 

これがアベルの必勝の構え。

その大量の刃で相手を包囲し、閉じ込め、そして屠る。

超精密な霊圧操作を要求するそれは、千里眼によって全てを把握できる彼女だからこそ出来る技、

 

 

短剣の軍勢(エヘルシト・ダーガ)。 黒翼の檻の中、啄ばまれ、潰えるがいい…… 」

 

 

その呟きはノイトラにとって死刑宣告に等しかった。

如何にその霊圧を増そうとも、如何に限界を超えようとも、それが逆に彼を追い詰める。

そして探査神経のほぼ全てを使って彼を捕らえているのはアベル。

手加減、慈悲といったものは今、この場に挟むはずのない人物、故に彼の死は最早確定事項。

別ったのはたった一瞬、一瞬でも早くノイトラが跳び上がっていれば結果は変ったのかもしれない。

だがそれも今は無意味な事。

現実として彼は捕らえられ、このまま切り刻まれるしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、誰もが思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁん? この“神”たるオレ様に、何の許可も無く飛んでんじゃねぇよ!塵雀がぁぁああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂乱の暴君が現れる、その瞬間までは・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男

 

暴を好むが性

 

その男

 

暴を振るうが性

 

その男

 

全てを殺すが性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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