BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
今、月だけがその二人を見ていた。
白い天蓋を群青の輝きは容易く突き破り、それを追うようにして飛び出してきた一つの塊は宙で弾け二つに分かれる。
大きな塊と小さな塊に分かれたそれ、片方は滑る様に、もう片方は削るようにして着地し、群青の光が穿った穴を中心に止まった。
袴に付いた砂埃を面倒そうに手で払うのは分かれた小さい方の塊、コヨーテ・スターク。
ぞんざいに払われた埃は幾分残ってはいたがその程度なら気にならないのか、スタークは視線を今だ砂煙に埋もれる大きな塊へとその視線を向けた。
その瞳、灰色がかった青い瞳は射抜くような鋭さは感じられないが、どこか見透かすような雰囲気を感じさせる。
「クソ塵の新入りがぁ! このオレ様の呼吸を一瞬でも止めただと?お前みたいな塵が生きていられるのは、このオレ様の存在あってこそだと知らねぇのか!こいつは神殺しに等しい原罪だ! 死に続けて詫びろ!塵めが!!」
自らが削り取った天蓋から生まれた砂煙を割るようにして、叫びながら姿を現したのは
巨体を揺らすようにして歩を進める姿は、まるで壁が迫るような威圧感を見るものに与える。
巨大な身体、そして其処から迸る膨大な霊圧がそう感じさせるのか、一回りも二回りも大きく錯視するようなネロの姿を前に、しかしスタークはなんら怯んだ様子を見せなかった。
声高に叫ぶネロ、その叫びの内容はやはり暴慢で自己中心的。
いや“的”ではない。
彼にとって世界の中心こそは自分、その中心を脅かす、神を脅かす事が罪でなくてなんだと言うのだと。
それ故の発言、それゆえの咆哮が月下の白い地平に響き渡る。
「…………」
「何だぁ新入り! 今頃オレ様に恐れをなしたか?オレ様に背いた罪を今頃自覚したのか? 今更遅いんだよ塵め! テメェの死は確定事項だ、オレ様が決めた、だから確定。それが世界の理である“神”の意思だ! ゲハハハハ!!」
スタークはただ黙っていた、目の前で下卑な笑い声を上げるネロ、目の前で自らを神と称するネロ、そのネロの姿をスタークはただ、黙って見ていた。
言っている事は理解出来なかった、何が面白いのかも彼には判らなかった、ネロという破面が何を目指し何処へ向かっているのか、何を求め何を成そうとしているのか、その全てがスタークには理解どころか想像すら出来なかった。
だからスタークは知りたかった、たった一つの事を、スタークにとっては何よりも重要である事が、この破面には一体どういったものであるのかということを。
「……一つ、アンタに訊きたい…… 」
「ゲハハハハ! あぁん? なんだ? 今更、神である俺に縋ろうってぇのか?塵が…… まぁいいだろう。 神の慈悲だ、死ぬ前に慈悲を受ける事を泣いて喜べ、新入り」
スタークが発した言葉、ネロはその問に答えるという。
特に考えがある訳ではない、強いて言えば虫の居所がよかった、と言う程度だろうがスタークにとっては良い方に事は転んだ。
灰色がかった青の瞳はしっかりとネロを捉え、真っ直ぐに見据える。
「アンタにとって…… アンタにとって俺達は…… アンタと同じ破面は一体どういう存在なんだ?」
その問は何の変哲もなく、何の捻りもなく、ただ真っ直ぐな問だった。
ネロという破面、その彼にとって彼以外の破面とは一体なんなのか、他者を卑下するようなこの破面にとって、彼以外の破面はその瞳にどう映っているのか、スタークは知りたかったのだ。
彼にとってはその存在、それ自体が“特別”であるが故に。
「……ブフッ。 ゲハッ…… ゲハ、ゲハハハハハハ!!褒めてやるよ新入り!随分と笑わせるじゃねぇか、えぇ? 他の破面?いや、それ以上に
スタークの真っ直ぐな問に帰ってきたのは嘲笑、それも特大の嘲笑、いっそ爆笑しているとも言えるのものだった。
何一つ笑える部分などないその問い、しかしネロは笑う。
この上なく可笑しいと、その問があまりにずれていると言わんばかりに笑うのだ。
「テメェら塵とオレ様が同じ筈無ェじゃねぇか!判るか?オレ様は“神”、至高の存在。 お前達は塵、一吹きで消え去る哀れな塵屑と同じ。どういう存在も何も無いんだよ!しいて言えば娯楽だ、オレ様が殺して愉しむ為に産まれる娯楽人形だ。 ……そうだな、今度からお前等は娯楽人形に格上げしてやろう。派手に弾けて死んだヤツは特別褒めてやっても良い。ゲハハハハ!!」
これがこの男の理論。
独善的、自己中心で自尊心に溺れ、見下す事にのみ価値を見出す。
そもそも見下しているという感覚があるかすら怪しい、何故なら彼にとってそれは当然だから、神が人を見下ろすのを当然としているかのように彼にとってそれは当然なのだ。
自分以外の他者を塵と呼ばわり、殺すための娯楽人形と呼ばわり、そう呼ぶことすら慈悲のように考える思考。
破綻している、破滅的で狂気に溢れしかしその狂気すら正気と疑わない男、ネロ・マリグノ・クリーメン。
悪の結晶ともいえる破面達の中において、その結晶を絞り生まれた最後の一滴かのような男。
悪だけがそこにはあり、悪だけがある故にそれが悪だと知る事ができない、そしてそれを知る必要すら感じない、そんな男の理論がそこにはあった。
スタークはそうして笑うネロの笑い声を、瞳を閉じて聞いていた。
その言葉、自らが問うた故に返ってきたその言葉はやはり、彼に理解出来るものではなかった。
彼にとって自分達以外の存在、自分達と共にいることができる存在、他者という存在はそれだけで特別なのだ。
強すぎる霊圧、それによって魂が削れ死んでいく虚や大虚を彼等はそれこそ山のように見てきた。
彼等が何をしたわけでもない、ただ皆が死んでいく光景、それをただ見ていることしか出来ない自分達、空しく、遣る瀬無く、そして悲しい光景。
故に彼等は此処に来て漸く見つけられた、自分達以外と呼べる他者という存在を。
だから”特別”、他者というだけで彼と彼の連れにとっては何よりも特別。
その特別の名は“仲間”。
他者を、仲間を何よりも欲した彼等にとっての特別。
だがその特別な存在をネロは笑い飛ばす、塵だと、人形だと笑い飛ばす。
価値観は個人のもの、誰もが共有できるものではなく共有するべきでもない。
だがしかし、相容れない価値観は時に
それが今なのだ。
ネロは知らない、だがスタークは知った。
この巨大な破面と自分は相容れない、いや、相容れてはいけないのだと。
「さぁて、最後にオレ様を愉しませた事は褒めてやるよ。だから次は…… 派手に汚ぇ血を撒き散らして弾けてみせろ!新入りィィ!!」
一頻り侮辱に満ちた笑い声を上げたネロ。
それが治まるとネロは一息にその拳を振りかぶり、それをスタークに向けて突き出した。
風を巻き込み、その風すら蹴散らすようなその拳。
その拳の加速と共に収束し、圧縮された霊圧の塊はそのまま拳の狙う先、スタークを目掛けて飛び出していた。
それが、その緋色の弾丸がスタークを目掛け夜空を駆ける。
虚閃の20倍とも言われる速度で迫るそれ、視認など到底不可能であるそれがスタークを捉えようとしていた。
だがそれは叶わない。
振り上げられた一本の腕。
自分の目の前を払うようにして動かされたそれによって、緋色の弾丸は砕けながらあらぬ方向へと弾かれてしまった。
黒く、軽い癖毛の様に波打った髪が揺れる。
その揺れる髪の毛から覗くのは開かれた双瞳、眉間には皺がより眉が幾分しかめられたせいかその表情は厳しさを増していた。
「よく、判った…… アンタは何れ全てを殺す…… 俺の欲しかったものも、俺の大切なヤツも。だから…… 俺はアンタを殺さなくちゃならねぇ…… 」
静かに響いたスタークの声。
深い群青色の霊圧が静かに広がり、その場を支配していく。
帯から鞘を少し引き出し、添えた左手で鍔を弾くと右腕は滑るようにしてその刃を引き抜いた。
鈍く光る刀身に彼の霊圧の光が映りこみ、その刃は蒼を纏うかのように光る。
それを引き抜くという事、それが彼にとってどれほど重い決断か。
出来れば殺したくない、どんなに救い様がなく、どんなに傲慢な者だろうと殺したくは無い。
何故ならそれは”仲間”だから、彼にとって、スタークにとって破面とは等しく仲間であり、上も下もありはしないのだ。
だが彼は刀を引き抜く。
殺したくは無い、しかしそうしなければ護れない。
大切な人、大切な仲間、大切な日々というものを。
「俺の“仲間”を護るため、“仲間”のアンタを、俺は…… 斬るぜ……」
その言葉は何処までも矛盾を孕み、しかしその矛盾を抱えてでも成さねばならないという想いに溢れていた。
決断、冷静さと悲しさと遣る瀬無さが綯交ぜになったようなスタークの心情、矛盾を感じる決断が彼に与えるのはそんな想いだけ。
引き抜いた刀の切っ先を斜め下にして構えるスタークの姿は、口にした決意に比べ何処か揺らいで見えた。
「オレ様を斬る……だと? ゲハハハ! 塵が!オレ様の虚弾を弾いた位で随分デカく出たじゃねぇか。まぁいい、テメェは精々オレ様を斬れる様に足掻け、まぁ…… 無駄だとは思うがなぁ!!」
スタークの言葉を一笑にふしたネロは、そのまま両手から虚弾を打ち出す。
弾幕のようにして打ち出されるそれは忽ちスタークの前を覆い尽くし、緋色の壁を作り出した。
込められた霊圧は先ほど以上、より硬質化した虚弾は速度を伴い全てを圧殺するかのような威圧感を生む。
だがスタークには慌てた様子も恐怖した様子もなかった。
下を向いていた切っ先はそのまま上へと向かい、片手で振り上げられた刀は上段へ、そして振り下ろされた刃は硬い緋色の壁を一刀の下に切裂いてしまった。
容易く、あまりにも容易くそれを成したスターク。
硬くとも薄い虚弾の壁など彼にとっては紙も同然、己が技量で持って両断するのは容易いと、そしてその行為は言外に
その様子を苦々しい表情でネロは見据える。
所詮は塵、雑魚であると断じた相手に本気ではないとはいえ、自分の虚弾を二度に渡って防がれては面白くはないと。
既に殺すと決めた相手、だがそのイラつきはその相手に更なる死を上乗せする事を彼に決定させる。
だがネロがその傲慢な決定を下している最中、既にスタークは動いていた。
瞬間移動にすら感じるそれをもって間合いを一瞬で潰したスターク、そして下段に構えられた刀は弧を描いて奔り、もう一つ。
赤い血潮の弧を描く月を宙に作り出していた。
「なん…… だ、と?」
呟きを零したのはネロ、目の前、振り上げられた刀に映りこんだ自分の顔は驚愕に染まり、そしてその刀とそれに映る自分の顔の間には、宙を舞う赤いしぶきが舞っていた。
それは一体何か、何処から流れ何処へ行き何故生まれたのか、一瞬理解する事を拒んだ彼の頭脳はしかしむき出しの腹部に走る痛みで否応なしに理解する。
自分が、斬られたのだという事を。
「悪いな…… 斬っちまえそうだ……」
彼の眼下から聞こえたそんな呟き、それが契機となった。
理解を拒んだ現実は一息に理解され、そして業火は、怒りの業火は瞬時に燃え上がる。
傷は深くない、彼がその暴慢と怠惰によって身につけた肉が斬られただけで、生命になんら支障は無い。
だがそんな事は問題ではなかった、問題なのは斬られたという事、いや、斬ったという事、愚かなる塵、自身が殺すための娯楽人形風情が自身を逆に傷つけたという事実、それだけあれば彼を激怒らせるには充分だった。
「この…… ゴぉぉぉぉミぃぃがァァァアアアア!!!!」
拳を振り上げそして叩き落す。
スタークはそれを素早く避け距離をとったが、拳はそのままネロの足元の天蓋へと埋まった。
直後足元の天蓋は大きく陥没し、亀裂が四方八方へと長く伸びる。
吹き上がり暴れまわる緋色の霊圧、渦を巻き地を叩き、それそのものが怒りという感情が形を持ったものかのように荒れ狂う。
彼、ネロ・マリグノ・クリーメンが怒りを顕にするのはこれで何度目か、だが今回は今までの怒りとは次元が違う。
足蹴にされた、指を切られた、そんなものは些細な事とすら感じる怒りが辺りを包み渦巻く。
「塵が塵が塵が塵がァァあぁ!! オレ様を斬りやがって!斬りやがて斬りやがって!血が流れたじゃねぇか! “神”の血だぞ?テメェら塵虫を生かしてやってる神が血を流したんだぞ!お前が流させた!ぶっ殺してやる! 殺して殺して殺して!霊子の欠片すら残さねぇほど殺してやるぞ! 塵ぃぃぃぃぃいいいいぃぃ!!!」
その形相はまさしく怒り一色といった様子、相手を見下すのではなく、睨みつけるようにしているネロ。
鼻筋には幾本もの皺がより、眉間にも深い皺が刻まれ、浅い呼吸と剥き出しになった歯は食い縛られギリギリと音を立てるかのよう。
緋色の髪の毛は逆立つように持ち上がり、その怒気と霊圧によって大気は震え、締め上げられたかのような悲痛な鳴き声を上げる。
ネロ・マリグノ・クリーメン、神を自称して憚らない男、その振る舞いは暴虐無人であるが忘れてはいけない。
この男は第2十刃、虚夜宮最強の十刃第2位の実力を持つ魔人である、という事を。
腰に挿した斬魄刀をネロは荒々しく抜き放つ。
その斬魄刀もその巨体に似合う巨大なもの、ネロが持つゆえ普通に見えるという代物であり、刀というより大剣に近い代物だった。
それを抜き放ったネロ、その斬魄刀を振り被ると次の瞬間には距離を置いていたスタークの目の前へと移動し、そして振り下ろしていた。
その光景にスタークの眼が若干見開かれるが、ネロにとってそれは知った事ではない。
何の躊躇いも無くそれどころか逸るように振り下ろされた刃、天蓋にまで達したそれはまるで爆発を伴ったかのように其処を消し飛ばす。
その煙の中から飛び出すスターク、驚きは下がそれでもその攻撃を避けるのは彼の実力ゆえか、だがネロの攻撃はそれだけに留まらない。
スタークが飛び出したのを見るとそれを追って響転によって移動し、大上段から叩き下ろすように再び剣を振るう。
巨大な身体、贅肉に覆われたとてその下には他を圧倒するほどの筋肉が隠れ、それが生み出す力はまさしく強力無双、その一太刀をも交わしたスタークだったが、鉄槌にも似た斬撃はスタークを執拗に追い続ける。
「死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ねぇぇ! 塵ぃぃぃいいぃい!!」
(こいつは…… 甘く見すぎたか、出鱈目だが強い。 暴れてるだけだってぇのに…… いや、違うな。 こいつは確かに強いが、問題は其処じゃねぇ。問題は俺、か…… )
互いに宙に浮いたまま攻防を続ける二人。
太刀筋も何も無い、ただ獲物目掛けて振られるだけの剣、だがそのどれもが必殺の威力を十二分に有し、暴れまわる故の不規則さが困惑を生む。
それはスタークの読みの甘さなのか、いや、誰にでも予想を上回る事などいくらでも起こる。
ネロ、筋肉とそれを覆い隠す贅肉の鎧を纏った巨大な破面、だが誰が予想しただろう、この破面がここまで速く動けるということを。
スタークを追い越すわけではない、だが最低限追従し続けられる体力と速力、それがこの巨体には備わっている。
刀による全力の攻撃を延延続けられるほどの持久力も備わっている。
その外見から防御、または虚閃などを使用した砲撃を得意とする破面と判断されやすく、現にスタークも虚弾の使用頻度からそう判断したが実際は違う。
神を自称するだけあってネロは大抵の事をこなす、近距離、中距離、遠距離、その全てに対応する能力を有している。
何が得意で何が不得意と言うわけでもない、あえてネロの長所を言うなれば
それも技能ではなく本能的な部分での長所、故にそれは型に嵌らず命を奪う事を知っている。
だが問題はもっと別、スタークが攻め立てられ続ける理由はもっと別のところにあった。
それは“迷い”だ。
斬る、と口にしながら、このままこのネロという存在を許せば何れ大事なものを失うと理解しながら、それでもスタークには迷いがあった。
決意を持った、決断を下した、そうしたと思っていた、思いたかったというスタークの内面。
その決意が、決断がホンモノならば、斬るという意思が真実ならば先ほどの一太刀で決着は付いていたかもしれない。
腹部という中途半端すぎる場所でなく、首を刎ねてしまえば決着は容易だったのかもしれない。
だがスタークにそれは出来なかった、理由を彼に問うたとて判らないと言うだけだろう。
判らないがそれでも殺せなかったという現実が彼の迷いの証明、この期に及んで彼は逡巡している、口にした決意は偽物ではないが真実ホンモノでもなく、彼にとってはやはりネロとて未だ“仲間”の内側という事なのだろう。
「逃げんじゃねぇよ! 塵新入りがぁ! 威勢がいいのは最初だけか!!さっさと死にやがれ!死ね死ね死ね死ね死ね!!塵屑ぅぅう!! グアラァァァァァアアァァアァァ!!」
喚き散らすように、しかしその手に握った斬魄刀の攻撃を止める事無くネロは叫ぶ。
スタークの最初の一太刀から幾分時間は過ぎたが、その攻撃に衰えは無い。
刀を振るう、と言うよりは寧ろもう振り回すと言った風の攻撃であるにも拘らず、その威力は未だ絶大だった。
対するスタークは最初の一太刀以降その手に握った刀を振るう事はなく、ただ眉間に皺を寄せた表情でネロの攻撃を捌き、避け続ける。
迷いは刃を鈍らせ鈍った刃は決意を揺るがせる、揺らいだ決意は更なる迷いを生みまた、刃は鈍る。
そんな連鎖の最中にいるスタークと、対してネロはその逆、燃え上がるという事は天井を知らずに際限なく、怒りの贄に怒りをくべるかのようにして激しく燃え上がり敵を燃やし尽くさんとする。
迷い抱かぬ殺意と迷い彷徨う決意、その行方など知れている。
(面倒くせぇ事になっちまったな…… ガラじゃねぇ事した俺が悪いのか?まったくよぉ…… リリネットのヤツ、怒ってるだろうな。置いてけぼりをくらわせちまった。 ……だがまぁいいか、アイツが生きてりゃそれで…… )
そう、知れた行方とはそういう事。
このまま行けばスタークは死ぬ、という事。
何の反撃もしないのならばその先は死、戦いにおいて相手を殺す事を躊躇うならば死、迷いを孕んだ刃を握るならその刃は何れ自身の喉を貫く、その先は死あるのみなのだから。
刃を避わしながらも、スタークは一人そんな思考を浮かべ始める。
結局自分に仲間を斬る事は出来ないのだと、いつかこの天蓋の上で出会った破面フェルナンドに言ったように、自分の力は仲間同士で殺しあうためにあるのではないのだ、と。
その思考は全てを納得しようとしている。
その思考は死を前にした者の思考であり、何の悔いも残さず逝けるかどうかを考える思考。
敗北者の思考だった。
何一つ、思い残す事はないとして逝けるかどうか、大切な人が生きていてくれればそれで自分は満足なのだと。
「スターーーーーク!!! 真面目にやれぇぇぇ!!」
響いたのは今だ幼さを残す声の叫びだった。
振り下ろされるネロの刃、それを前にした瞬間スタークに届いたその声に、彼の眼は見開かれそして眠っていた刃は振り下ろされた刃を受け止め、そして弾き返していた。
自分でも何故そうしたのか判らないスターク、だが彼の身体は響いたその声に反応し、応えたのだ。
チラと上空から天蓋を見下ろせば其処には人影が二つ。
一つはよく判らないが、もう一つは遠目からでもしっかりと判るその姿。
頬の辺りに両手を添えるようにして叫ぶその姿、見間違うはずもないその姿は彼が何よりも、誰よりも大切な人の姿だったのだから。
「あの馬鹿ッ 」
小さく零れたのはそんな言葉。
大人しくしていろと言っておいた筈だと、其処に居ろと言っておいた筈だと、そんな想いを完全に無視してこの場に来てしまったもう一人の自分に対する呟き。
ちょっと位は言う事を訊けよ、と内心で零すスタークの姿が其処にあった。
強大な敵を前にしてもそちらが気になってしまう程、スタークにとって重要な者の登場はしかし彼の不の意思を取り払う兆しでもあった。
「なんだ? 塵が増えたか? クソがぁ!! オレ様は今機嫌が悪いんだよ!オレ様の視界に入った罪で死ね、塵餓鬼がぁぁぁ!!」
だがその兆しはこの男にとっては邪魔な存在でしかない。
怒りに燃え、その怒りの一太刀を防がれた、そこに新たに現われた彼にとって塵である存在。
言うなればそれは居合わせた不幸、避けられたのでなく防がれたという事がまた一つ、ネロの怒りの温度を上げ、あろう事かその怒りの矛先は現われた二つの人影に向けられた。
叫び終わるなりその口には緋色の砲弾が産まれ、そこから数条の虚閃がすべて天蓋へ、人影を飲み込まんと放たれた。
“
本人にも虚閃の行く先は制御できず、ただ多くを殺す事を目的としたそれをたった二人に向けて使用するネロ。
下の天蓋のことなど知った事ではない、考える必要も無い、あるのは殺すという行為、その正当性だけで充分だと。
「クッ! リリネット!!」
その光景を見たスタークに色濃く焦りが浮かぶ。
あんなものを喰らえば死んでしまう。
馬鹿げた霊圧、闘技場で使用したものに比べ明らかに強力な虚閃の群。
アレは駄目だ、アレはまずいと、あんなものを浴びせられれば死んでしまう、大切な人が死んでしまうとスタークは焦る。
届くかは微妙だ、今から間に入ることが出来るかは微妙。
だが行かねばならばい、出来る出来ないではなく、やらねばならない。
救えるのは自分、救いたいのも自分、ならばやる事はひとつだと。
例えこの身を盾にしても例え四肢を失う事となろうとも構わない、大事なのは自分ではなく他者、もう一人の自分、自分を孤独の砂漠から救ってくれた大事な大事な自分以外の存在。
その為ならば死すら厭わない。
「頼むッ……!」
スタークのそんな呟き、その呟きからそう間を置かずして緋色の雨は、天蓋を濡らす事無く、降り注いだ。
賭け事
絶対王と髑髏大帝
愛の瞳
映るのは
断罪の姿か