BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.50

 

 

 

 

最初に砂漠に響いたのは、グキリという嫌な音だった。

 

音の発生源は金色の髪をした青年の左腕、見れば青年の腕は肘から下が本来捻る事が出来る範囲の限界を超え、親指が逆を向いているのではないかというほど捻り上げられていた。

なんとも不可解な光景、敵を前にし何の前触れも無くいきなり自分の腕を捻りあげる、そんな事をする必要が今どこにあろうか。

あるはずが無い。

しかも自らの五体を凶器として使用するこの青年からすれば尚の事、現に青年の顔にも僅かばかりであるが疑問の色が浮かんでいた。

 

 

そう、疑問が浮かんでいるのだ。

自分の五体という名の凶器、それが自分の意思に反旗を翻した(・・・・・・・・・・・・)ということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鎮まれ 『 呪眼僧伽(ブルヘリア)』!!」

 

 

叫ばれた銘はその声の主に、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーに劇的な変化を齎した。

大きく足を開き掌を胸の前で叩き合わせるゾマリ。

その間彼の斬魄刀は彼の腹の前、中空に横たわるようにして留まり続ける。

手を叩き合わせたと同時にゾマリの首は耳障りな音を立てながら真横に倒れ、そして黄色い瞳が暗い光を放った。

すると腹の前に留まっていた斬魄刀はベキベキと音を立てながら(ひしゃ)げ、菱形に折れ曲がると次の瞬間そこから白い粘液のようなものが噴出しゾマリの身体を包み込む。

見る間に全身を包み込まれたゾマリ、彼の体に纏わり付くようにして流れる白い液体は必要以上な分だけが彼の身体を伝い砂漠へと零れ、気泡を弾けさせるようにして白い水溜りを作った。

 

後の現われたもの、それは異形。

上半身は今だ人の面影を残してはいたが、下半身に至っては既にそれは人の域を出ており、足は無く端的に最も近いもので表現するならば桃色の南瓜(カボチャ)の様。

褐色の肌が見えるのは顔と掌程度で、上半身は残り全てが白い外皮に覆われそして異形となった彼の身体には眼が、首、胸、腹、腕、そして人ならざる下半身、その全てを目が多い尽くしていた。

瞼無く見開かれた眼、彼の回り全てを睨むでもなくただ写す様な眼があったのだ。

 

憮然とした表情のゾマリ、対するフェルナンドはその顔を喜色に染める。

フェルナンドからすればここからが本番、全力の相手、全力の喧嘩、だからこそ価値がある。

求めるものはきっと戦いの先、それも命削る戦いの先、その先を見るためにはより高い次元の戦いが必要なのだ。

 

だがフェルナンドの喜色を他所に、激怒に染まっていたその顔を無表情へと戻したゾマリは胸の前で合わせていた手を離し、その右腕をフェルナンドへと向けられた。

開かれた掌にもやはり眼は存在し、それがフェルナンドへと向けられ彼を視界へと収めんとする。

 

 

 

そしてその瞳は、収縮するように暗い光を帯びた。

 

 

 

直感は即断の行動へと移る。

“来る”、そう感じたフェルナンドは直感とほぼ同時に動き出し、その場から飛び退いた。

何かは判らないがそうするべきであるという直感に従い、動いたフェルナンド。

ゾマリの左側に回りこむようにして移動した彼、しかしフェルナンドが目にしたのはただ右腕を前へと突き出すゾマリの姿。

別段何かが変わった訳ではない、それ故に不可解な光景。

向けられた右腕には確かに攻撃の意思が宿っていた、故に避わした、何の不思議もない行動の結果は何も起らなかったという不可思議な光景を生んでいるのだ。

 

 

「避けましたか。 意外と臆病な反応ですね…… 」

 

「別に普通だろうが、ならアンタは俺の拳を避けないとでも?」

 

「えぇ避けませんよ。 何故なら既に…… 避ける必要が無い(・・・・・・・・)のですから」

 

 

自らの腕の前から移動したフェルナンドへ、ゾマリは冷ややかな声を掛けた。

それは何処までも見下すような、侮蔑するような響きを宿し、そしてその行動すらも愚かさの証といわんばかりの声色。

そして彼は言うのだ、避けるという事は臆病の現われであり、自分は避けないと。

 

 

いや、避ける必要が無いのだと。

 

 

その言葉にフェルナンドの眉がほんの少ししかめられる。

怪訝な表情、何を言っているのか判らないがそう言うからには、何かしら理由があるのだと。

その理由とは一体何かという疑問、しかし浮かんだ疑問は即座に解決される。

彼に起こった違和感によって。

 

 

「っ! 何……だと……?」

 

 

零れた呟きが全てを物語る。

フェルナンドにそう呟かせるほどその出来事は不可解だった。

動かないのだ、彼の左腕が。

見れば左腕にはなにやら奇妙な文様、黒い円の周りに八枚の葉をあしらった様な文様が浮かび上がっていた。

そしてその文様が浮かんだ左腕はまるで彼の意思から離れたような、左腕から伝わる感覚はそのままにただ動かすという命令だけが伝わらないかの様な、まるで自分の左腕が反旗を翻した(・・・・・・)ような感覚。

それが今、フェルナンドを襲っていた。

 

 

「気が付きましたか。 愚鈍なる貴方にしては早く気が付いた方……と言えるでしょう。貴方は私の右腕、正確にはこの“眼”に脅威を感じた、それは間違いではありませんよ。そして避けた心算でいたようですがそれは間違い。何故なら既にその左腕は私のモノ(・・・・)だからです……」

 

「そいつは一体…… どういう意味だ?」

 

 

フェルナンドの方へと向き直りながら、ゾマリはその口元をニヤリと歪ませる。

さしずめ自分の仕掛けた罠に嵌った、愚かな獣を見るかのように。

フェルナンドが自分の右腕が向けられた事でその場から飛び退いた事を、臆病だと言いながらもゾマリはそれが正しかったと言う。

脅威を感じた事に間違いは無いと、しかしその脅威からフェルナンドが逃れる事は出来ていないと。

 

そしてそのニヤついた笑みを深めながら、ゾマリは言うのだ。

フェルナンドの左腕は、もう自分のモノであると。

 

 

「“支配権”…… ものには全て支配権が存在します。上司は部下、民衆は王、雲は風、破面で言えば十刃と従属官だと言えばアナタにでも理解出来ますか?我が呪眼僧伽の能力…… それはこの眼で見つめたものの支配権を奪う(・・・・・・・・・・・・・)能力。私はこの能力を『(アモール)』と呼んでいます」

 

 

それぞれの手で上と下を指差しながらそう語るゾマリ。

彼の能力、それは彼の身体を覆う眼が見つめた存在の支配権を奪い、自分の支配下に強制的に加えるというもの。

自らの能力を愛と呼ぶゾマリ、彼にとってその能力はまさしく愛そのものなのだろう。

無能な者、無用な者、そういった意味を成さぬ者達を彼は自らが与える愛によって縛り、支配する。

意味成さぬ者に意味を持たせるように、支配してやる事で初めて意味を持つかのように、その支配こそ正統な行いであり誰もが望むものであると疑わないから。

 

 

「まぁ、アナタに言葉で説明したところで理解出来る筈もありません。故にその身をもって知りなさい。アナタの左腕が私の支配下にあり、私の思う通りに動くという事を!」

 

 

言葉と同時にフェルナンドの左腕は彼の意思を無視して動き出す。

掌を返すようにして動く彼の腕、下げられた腕は外側へとひらかれ関節の動く限界を迎えた。

しかし彼の左腕は止まらない。

間接の存在など無視するかのように、フェルナンドが鍛え上げた腕の筋肉の力に任せてギチギチと尚も腕を捻り続ける。

そして訪れる耳に残る不快音。

発せられたその音は、フェルナンドの左腕が断末魔であり、彼の左腕が使い物にならなくなったであろう事を示していた。

 

 

「ク……クククク……フハハハハハ! 無力! 私の前ではアナタのような愚かな獣はあまりにも無力!捻じ切ってしまってもよかったのですがそれではあまりにも滑稽すぎる(・・・・・)。骨もおそらく折れてはいないでしょう?何せそう加減したのですから! そうしてその左腕がただぶら下がっているだけの棒になるように加減したのですからねぇ…… 」

 

 

ゾマリの顔に浮かぶ明らかな嘲笑。

フェルナンドの左腕をいとも簡単に破壊した彼、それもただ破壊したのではない、筋力にものをいわせ千切る事も出来た、骨を折る事も容易かった、しかし彼はそれぞせずに通常腕を動かす事など出来ない程度に破壊を留めたのだ。

それは手加減ではなく一重に屈辱のため。

フェルナンドという破面にただただ屈辱を与えるための行為。

拳脚による打撃に特化した破面フェルナンド、その彼の戦う手段を奪う、攻撃手段である拳という形を残した上でしかし使えないという屈辱を味あわせる、そこにあったのはそれだけの為の行為だった。

 

 

「ハハハはハハ! どうです? その使い物にならない左腕で私を殴れますか?私を倒せますか? 出来はしない! 故に避ける必要は無い、と言ったのですよ!フハハハハ!不様! 滑稽! やはりアナタは私の足元にも及ばぬ存在なのです!」

 

 

笑うゾマリは言う。

だから言っただろうと、だから避ける必要はないと言っただろうと。

見ればフェルナンドの左腕に浮かんでいた文様は既に消えていた、おそらくそれもゾマリの意思、もう使えない腕を支配しても仕方がないという意思の表れか。

そしてゾマリの言葉は確かに真実だった、使えぬ拳、普通に考えて折れていないにしろ腕全体を挫いたような腕で満足な攻撃など出来よう筈もない。

まんまと自分の術中に嵌ったフェルナンドをゾマリは言葉でも責め立てた。

対するフェルナンドは痛みなのか、それとも悔しさなのかその顔を伏せておりゾマリに表情を窺うことはできなかったが、そんな事は彼に必要ではなかった。

決まっているのだ、彼にはあの伏せられた顔は屈辱に歪んでいると、解放を許した自分の愚かさを呪っているのだと決まっているのだから。

 

 

そうして重大な誤解を孕んだまま、ゾマリはただ笑い続けていた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「左、だな……」

 

「左ですね 」

 

「そうですわね、左でしょう 」

 

「絶対ェ左に決まってる!」

 

 

観覧席、砂漠にいるフェルナンドとゾマリを見下ろす形でハリベル達は口々にそう言った。

その眼には呆れと確信が満ち、誰一人それに異を唱える事はしない。

まるで彼女等の中でそれが常識であるかのように。

 

 

「あ~美しい淑女(セニョリータ)にお嬢さん方、一体何のお話ですかな?吾輩、まったく内容が掴めないのですが……」

 

 

そんな彼女等の中で唯一人、同意しかねる存在はドルドーニ。

彼女等が口々に零す“ 左 ”という単語、その意味を彼は図りかねていたのだ。

 

 

「もしや少年(ニーニョ)が壊された左腕の事ですかな?まぁ切り落とされた訳ではありませんし、養生すれば問題はないでしょう。少年が生きて戻れば……ですがな」

 

 

彼女等が言う“ 左 ”という単語がどうやらフェルナンドの左腕だという当たりをつけたドルドーニ、おそらくは心配しているのだろうと踏んで彼はハリベル等を気遣うようにそう口にした。

そうした優しさは年の功、年長者たる所以と言えるだろう。

 

が、そんなドルドーニに帰ってきたのは随分と冷ややかな視線と溜息と、コイツ何言ってんだ?という疑問の視線だった。

 

 

「おい、オッサン。何ズレた事(・・・・)言ってんだよ!」

 

「そうさね。 あたし等は何一つ心配なんかしちゃいないさ。」

 

「…………無能?」

 

 

まず帰ってきたのは従属官三人の言葉。

三者三様の返答ではあるが共通しているのはどうやら彼女等は何一つ、欠片もフェルナンドを心配しているわけでは無いという事だった。

心配ないという心遣いを“ズレている”とまで言い放つ彼女等、ドルドーニの困惑は深まるばかりだったが、その困惑はハリベルの返事で更に深まっていく。

 

 

「違うのだ、ドルドーニ。 貴様は私達がフェルナンドを心配していると思ったようだがそれは違う。私達が言っていた“ 左 ”とは、これからの戦いでフェルナンドの初撃は、間違いなく左腕での打撃(・・・・・・)だ、という意味なのだ」

 

「…………は?」

 

 

ハリベルの言葉に続き、充分な間を空けてドルドーニはなんとも間の抜けた声を上げた。

ドルドーニの耳がおかしくなったのでなければ、彼の耳には間違いなくこう届いたのだ。

 

フェルナンドは必ず左腕でゾマリを殴る、と。

 

しかしそれは現実的ではない。

というよりもありえないのだ、あの左腕は使えない、元十刃であるドルドーニの目に狂いは無い。

あれを動かす事は容易ではなく、もし動かせたとしてもそれであの腕は完全に死ぬ可能性すらあると。

彼等破面は人間と体構造はほぼ同じ、いかに強度が並外れているといっても無理をすれば動かなくなるのは道理というものだった。

 

 

「いや、いやいやいやいや、あの腕で……ですかな?しかし、それはなんとも無謀というものでは……」

 

「そう思うのも無理は無い。 ……だがフェルナンド(アレ)は往く。いや、アレだからこそ(・・・・・)往くだろう……な」

 

 

確認するようなドルドーニにハリベルは確信に満ちた瞳と声で応える。

フェルナンドとはそういう男だと、あの程度であの男が止まる等ありえない。

左腕は挫いた、左腕は使えない、相手がそう思っている、だからこそあえて往くと。

そう思っている相手を思い切り殴り飛ばすのだろうと。

 

 

「そうだぜオッサン。 腕を挫いた位でアイツが止まるかよ。寧ろ燃えてんじゃねぇか?」

 

「だろうね。 本当にフェルナンドのヤツを止めたきゃ折るしかない。いや、折っても止まらないかもな」

 

「あら、やっぱりおバカさん同士、仲がよろしいわね。……まぁ、(わたくし)もあれでは甘いと思いますが……」

 

「「うっせぇぞ! スンスン!!」」

 

 

続いてアパッチ、ミラ・ローズもハリベルに同意するように声を上げる。

彼女等の場合は予想というよりも経験なのだろう。

幾度と無くフェルナンドにそういった思考の外からの攻撃を見舞われ続けた彼女等、だからこそ判る。

フェルナンドはあの程度では止まらないと。

 

 

「・・・…なんとも ……不思議な間柄ですな、少年と美しい淑女達は」

 

「そうなのか? 私達にはもう日常なのでな。 ……さて、それでも信じられないのならその眼で確かめるといい。 ……そろそろ、戦場が動きそうだ……」

 

 

奇妙な信頼、ドルドーニには彼女等とフェルナンドの関係はそう見えた。

自分とグリムジョーとはまた違う、どこか通じ合っているかのようなその間柄。

今まで見た事が無いその在り様に、ドルドーニは不思議な感覚を味わいながらも、今だ信じられずにいた。

そうなればもう方法は一つしかない。

ドルドーニは黙って見据える事にした。

見るしかない、確かめるしかないのだ、自分自身のその瞳で。

 

フェルナンド・アルディエンデが自分の想像を超える存在であるという証明を。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「クハハハハハハ!! どうしました愚かなる獣よ!その腕、その腕ではもう戦えないでしょう?ハハハハ!それは貴方が招いたもの、傲慢にも私に解放させてしまったが故の代償!まったくもって愚か!救済に値しない愚かさの爪痕ですよ!ハハ! ハハハハッハハハ!」

 

 

狂い笑う声は自らの絶対優位に酔う。

片腕は奪った、だがこれで彼が受けた数々の屈辱と脇腹の痛みを帳消しに出来たか、といえば否だろう。

まったくもって釣り合わない、受けた屈辱、そして何にも増して彼の“王”へ対する不遜はこの破面が、自身の死をもってのみ贖える罪であると。

王の御使い、代行者、その下賜された使命の始まりにゾマリは酔っていた。

 

陶酔。

己の絶対的支配力と下賜された王命の遂行、これ以上に彼を満たすものは無く、恍惚の境地に立った彼はやはり狂ったように笑うのだ。

見える光景は未だ砂漠に立つ大罪人ではなく、その大罪人が穢れを孕んだ血を流しつくし地に這い、許しを請うようにして頭を垂れる姿。

垂れた頭を稲穂を刈り取るようにして斬り飛ばす光景。

それが今ゾマリの中にある全てだった。

 

 

対するフェルナンドは左腕をダラリと下げ、そして顔は俯いていた。

右手だけを上げた構えはしかし、彼の意思がまだ折れていないという事を知らしめるのには充分だっただろう。

高笑いを上げるゾマリなど眼中に無いのか、フェルナンドは無言のまま立ち尽くす。

 

 

「さぁ、どうしました愚かなる獣よ。はやくその残った四肢で私を倒して御覧なさい。 ……まぁ、私に近付く事が出来なければそれも叶いませんがね。幾ら近接戦闘に長けているといっても、アナタの間合いに入らなければどうという事も無い。私の支配は絶対! その前にアナタは屈するのです!」

 

 

ゾマリの言う事はまさしく正論だ。

近接戦闘に長けるフェルナンド、その分野ならばゾマリは彼に勝つことは出来ないだろう。

だが、勝てないのならば態々それで勝負をする必要は無いのだ、勝つ事、断罪が目的であるゾマリにとって自らを危険におく必要など無い。

彼の能力ならば相手の手の届かぬ間合いから一方的に此方は攻撃を仕掛ける事が出来る、ならばそれを選択する事になんら不思議は無い。

一芸に長けたフェルナンド、そしてゾマリもまた一芸に長けてはいるがその相性はゾマリに歩があると言えるだろう。

 

声高に自身の有利を叫ぶゾマリに、フェルナンドはただただ無言だった。

その無言は一体何故なのか、常の彼なら皮肉の一つも返しそうなものだがその口は閉ざされている。

ゾマリの眼には屈辱と後悔に沈んでいるように見えるフェルナンドの姿、しかしその実は違う。

彼の顔は今、喜色を浮かべているのだ。

 

それは壮絶な笑み、痛みを紛らわすわけではない、自棄になったなどもっての他、彼は今愉しいのだ。

置かれた自分の状況は打破するに容易ではなく身体は十全ではない。

しかし、しかしそれでも彼は愉しい。

いかにしてこの状況を突破するのか、この状況この状態の自分は一体何処まで戦えるのか、それを考えると彼は喜びで背が震える。

それは狂った思考だ、しかし彼にとってこれ以上ない正常な思考であり、それ故に彼の顔には喜色が浮かぶ。

 

只の笑みではない、壮絶な修羅の笑みが。

 

 

フェルナンドの影が消える。

小さな砂煙を立て、フェルナンドは立ち尽くしていた場所からその姿を消した。

響転による移動、影を絶つ速度で動き回るフェルナンドは今、他者に視認出来る状態ではない。

それは即ちゾマリの支配、「愛」を受けないということなのだが、それではあまりにも決め手に欠ける。

 

 

「なんと! 不様にも逃げ回りますか!だがそれでいい、それがアナタには似合いというものでしょう。ですが、ただ逃げ回るだけでは勝てませんよ!私に、この私に近付いてこなければ……ねぇ 」

 

 

対するゾマリは動かなかった。

フェルナンドの行動を嘲いながらも彼は動かない。

それは解放状態の彼はその能力と形状ゆえ十刃最速とは言い難い状態であるためと、なによりも今の彼には動く必要が無いのだ。

相手は嫌でも自分の傍に、傍にこなくてはならない。

そして傍に来る、ということは彼の視界に入るという事、そしてそれはゾマリにとって勝利の瞬間と同義だったからだ。

 

 

(さぁ、いつまで不様に逃げ回る気が知りませんが早く来なさい。直ぐに殺して…… いいえ、まだです。もっともっと、更なる屈辱を味あわせて差し上げましょう…… )

 

 

歪に変る顔をゾマリは抑えられない。

優位と陶酔、その中にいる彼にそれを抑える事など不可能だった。

早く、早く来い、そして自分の支配を受けろ、受けて更なる屈辱に沈め。

そんな思考がゾマリを駆け巡る。

 

 

そして期待に胸膨らませるゾマリに、待望の瞬間が訪れた。

 

 

影を絶ったままフェルナンドが消えて後数分、時たま起こる砂煙と空を切る音だけが彼がその場にいる証明だった。

ゾマリを中心とし、おそらくその周りを回るようにして動いていたであろうフェルナンド、その姿が遂に顕となる。

ゾマリの背後、そこに突如現われた人影。

中空に飛びゾマリの頭目掛け蹴りを放つ寸前の体勢のフェルナンドが、そこに現われたのだ。

背後からの奇襲、完全なタイミング、只の戦闘ならばこれで決着といえる場面。

 

しかし、これは只の戦闘でなくそしてそこは背後ですらなかった(・・・・・・・・・)

 

 

「捉えましたよ」

 

 

彼の背、そこにも眼はあるのだ。

背中にある眼が複数、暗い輝きを放ち収束する。

そしてフェルナンドの身体に刻まれる多くの文様、脚に、肩に、胸にと刻まれるそれは支配と敗北の烙印。

逃れられぬ支配の中、命ぜられるまま彼の身体は彼の意思を裏切り、そして彼に反逆するだろう。

ニヤリと口を歪ませるゾマリ、勝ったという確信、断罪の瞬間の夢想、しかしその歪んだ口は驚愕の形へと変る。

何故ならそれはありえない光景をその眼達が見たから。

 

 

 

フェルナンドの身体、文様を刻まれた彼の身体がゆらゆらと歪み、そして霧散した(・・・・)のだ。

 

 

 

 

双児(ヘルメス)…… 双児響転(ヘルメス・ソニード)……だと!?」

 

 

 

一目見てゾマリは理解した。

何故ならそれは彼が、彼だけが持つ技術だったはずのもの。

彼が編み出した独自のステップを織り交ぜた、彼だけの響転。

それを使ったのだ。

彼の敵であるフェルナンドが。

 

 

ゾマリの『愛』を受けて後霧散するフェルナンドの分裂体。

その霊圧を纏った残像が消えるのと時を同じくし、もう一人のフェルナンドがゾマリの正面に現われる。

動揺駆け抜けるゾマリ、しかし彼とて十刃である。

駆け抜けるそれをして尚、彼の身体は顕われたフェルナンドの姿に反応し、右腕を突き出しその掌の眼による支配を試みていた。

視界に入れば、意識して見つめさえすればそれでお終い。

何より早い意思の雷撃、脳から掌までを貫くそれをしかしフェルナンドは読んでいたかのように超人的反応で回避する。

神速の踏み込み、退いて避けるのではなく踏み込んで避わすという彼らしさ、そして踏み込んだそこは彼の間合い(・・・・・)

 

再度の密着状態。

当然構えられるのは右の拳、フェルナンドがゾマリに対し多大なダメージを与えた一撃への布石。

それを見た誰もがまたあの一撃が来ると感じ、そしてゾマリもまた同じだった。

この拳は危険だという意識、なまじあの強力無比な一撃を無防備に喰らっていたためその意識は極度に高まっていたのだ。

 

そして彼はその脅威であり危険な拳の無力化を執行した。

 

 

「貰いますよ! その右腕も!!」

 

 

そう、彼の身体の眼は掌だけではない、腕にも、胸にも、そして腹にもそれは存在するのだ。

構えられるフェルナンドの右の拳、しかしその動作は見られていた、多くの眼達に。

捉えられた右腕、ゾマリがそうと思えばその右腕は瞬時に彼に支配されるだろう。

そしてそれが成った暁には勝利が、ゾマリの勝利がほぼ確定する。

如何にフェルナンドといえど両腕を失えばその戦闘力は格段に下がり、勝利は夢と消えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそれは、その支配が、本当に成れば(・・・・・・)の話ではある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾマリ・ルルーの失敗は止めてしまった事。

 

左腕は奪った、左腕は壊した、左腕は使えない、だから左腕からの攻撃は無い(・・・・・・・・・・・・・)、ある筈が無いと。

更に言えば彼自身が今もって右腕を前に伸ばしていた事も大きかった。

腹部ならば別ではあるが、もしフェルナンドがゾマリの頭部を狙うのならばゾマリの伸ばした右腕は障害となる。

腕を避け内側からの打撃は不可能、かといって腕の外側からではフェルナンドのリーチでは届かないと。

だがその仮定も全てはフェルナンドの左腕が使える、という前提での話であり、実際その場でそれを考える事の方が難しかったのかもしれない。

何故ならゾマリの中でその可能性は完全に排除されてしまっていたのだから。

 

それ故の停止、思考の停止であり決め付けた結論。

戦いという数多の可能性の集合に身を置きながら、そのうちの一つを完全に切り捨てた忌むべき自己完結。

ありえない、ありえる筈が無い、そんな思考と状況の中でフェルナンドの右腕からは恐るべき威力の大砲がその放火を放とうとしている。

ゾマリの中に生まれた彼も気付かぬ程小さな恐怖、蘇るような激痛の再来は彼に当然のようにそちらへの注視を選択させる。

 

故に気が付かない。

 

その眼の群れ達はそれを捉えていたというのに気が付かない、いや、気付けない。

 

 

 

 

 

フェルナンド・アルディエンデの左の拳が(・・・・)固く握られている、という事に。

 

 

 

 

 

「グッェ!」

 

 

漏れたのは不恰好な声。

声が漏れ、そしてゾマリ・ルルーが次の瞬間に感じたのは激痛だった。

今まさに脅威となる敵の右腕を支配しようとした瞬間に走ったその痛み。

しかしその右腕は未だ放たれること無く彼の視界に収まっており、そして痛みが訪れたのは相手の拳が構えられた自身の左側ではなく、右側から(・・・・)だった。

その痛みと衝撃はゾマリの顎を的確に貫き、彼の身体をそのままいとも簡単に吹き飛ばす。

転がるようにして砂漠を跳ねる彼の身体、理解出来ない痛みと理解できない状況はそのまま動揺へとつながる。

 

 

(い、一体何が…… 何が起こったのです!)

 

 

転がりながらも起き上がるゾマリ、自身に走った再びの激痛、その理由も判らぬまま痛みは思考すら鈍らせ続ける。

しかし痛みは思考を鈍らせながらも自身の存在を叫ぶもの、そしてゾマリが感じるのは顎の痛みだけではないのだ。

ゾマリが自身の身体を確認しようと奔らせた視線、そこには明らかな異常があった、どうしてそうなったのかは判らない、しかし確実にそれは起こり、視認し認識したが故に痛みは更なる叫びを上げる。

 

 

痛みを上げるのは彼の右腕。

ダラリと下がりそして関節の稼動方向とは逆に折れ曲がったその腕は、激痛をもって存在を叫ぶ。

そう、折れている(・・・・・)のだ、ゾマリ・ルルーの右腕が。

 

 

右腕を庇うように左腕を添えるゾマリ。

ありえない、顎に奔る鋭い痛みも右腕の鈍く熱い痛みも、その全てが本来ありえてはいけないものの筈。

だが彼が今その眼の群れで捉える人影が、そのありえない出来事の理由である事だけは彼にも判った。

 

左腕を(・・・)振りぬき、鋭い眼光でゾマリを睨みならがもその口元にニィと笑みを浮かべる男。

フェルナンド・アルディエンデこそがこの出来事の原因であるという事が。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「まさか本当に左腕で殴るとは…… それもあれは只の打撃ではない(・・・・・・・・)。一体なんなのだ……」

 

 

観覧席からその一部始終を見ていたドルドーニからはその全てがよく見えた。

しかし見ていたという事と理解出来たとでは違う。

双児響転と呼ばれる第7十刃独自の技術をフェルナンドが使った事も驚きだったが、それ以上に彼を驚かせたのはフェルナンドの左腕が放った攻撃。

先程来からハリベル等が言っていた通りフェルナンドは左腕でゾマリを殴った。

なんとも無茶であり無謀であり、驚嘆に値する行動。

そしてその左腕の攻撃が放たれた後、ゾマリは顎を打ち抜かれただけではなくその右腕をも折られていたのだ。

 

 

それも左腕の打撃と同時(・・・・・)に。

 

 

 

「……どうやら相手の伸ばした腕の関節を自身の攻撃時に逆に極め打撃の瞬間にそのまま無理やりに折り、本来外からは届かないはずの拳を顎に叩き込んだ様だな。まったく…… 左だとは思っていたが、その上更に折にいった……か」

 

 

ドルドーニの戸惑いを伺わせる声に、ハリベルはそう応えた。

ハリベル自身初めて見るその一撃、おそらく本来は相手の打撃に合わせる様にして用いる技と思われ、相手の腕の外側からでは打ち込む事が出来ない打撃を相手の腕を折る事で無理やりに叩き込む攻撃なのだろうと推測するハリベル。

まさしくフェルナンドがやったのはそういう事、今回は偶々ゾマリが腕を伸ばしていたのがフェルナンドには幸いし、ゾマリには災いした形となったのだ。

 

 

「……はは。 恐れ入りましたな、少年には……」

 

「第7十刃は相手が悪かった。 アレ相手でなくともああも手加減を加えては何れ大きな代償を払うのは見え透いている。絶対の自負、自身の力に酔って見誤ったな…… 相手の力量、本質というものを 」

 

 

脱帽、といった風のドルドーニ。

捻られ、挫かれ、本来ならば使う事叶わぬはずの左腕。

それを意志の力だけで動かし戦うフェルナンド、下手をすればその腕は動かなくなる可能性もある。

しかしドルドーニはそれでも彼は同じ場面で躊躇無くそれを使うと確信した。

それがあの破面の本質だと、勝利、その先の求めるもののためならば己が犠牲など厭わないという事を。

 

そしてハリベルはそれを理解した上でゾマリの失策を感じていた。

“陶酔”、司る死に違わず彼は酔いしれていた、自らの絶対的支配力に、その前には何者も無力であるという事に。

屈辱と不敬を断ずるためにと、そして屈辱を与えようと自ら戦いを長引かせる事を選択したと言う事に。

戦いとは刹那、そして決着など瞬きだ。

長引くのは互いの力が拮抗しているが故であり、それ以外は自己満足。

そして長引けば長引くほど勝利と敗北の距離は近付き、そしていつしか背中合わせとなりどちらにもその顔を覗かせていくのだ。

 

眼下の戦闘はその類。

ゾマリ・ルルーに勝機は多々あった、しかしその全てを彼は力に酔うことで逃し続け、そしてその度に多大な傷を負い続けている。

対してフェルナンドは傷を負いながらもその気勢は留まるを知らず、それどころか傷を負い、追い詰められるほどに彼の纏う気配は鋭く、研ぎ澄まされ、そして燃え上がる。

 

ハリベルが見る眼下の戦場。

傷は五分、能力はゾマリに優位がありしかし、ハリベルにとって既にフェルナンドの勝利は疑うべきものではなくなっていた。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「貴様…… 何故私の双児響転を…… いや、それ以上に何故その、その左腕が使えるッ!その腕は、私が、破壊、したはずだ。何故、何故だ! 答えろ!!」

 

 

 

不可解と痛み、激痛の中ゾマリは右腕を庇いフェルナンドを睨みつける。

どうして双児響転が使えたかはこの際彼にとってどうでもよくなっていた、ただ、破壊したはずの左腕がその攻撃を放ったことだけが、ゾマリには理解できなかったのだ。

確かに骨は折れていない、しかしそれだけ。

筋は伸び、筋肉は断裂をおこし、とても動かせるものではない左腕。

それが攻撃をするというありえない出来事は、ゾマリを動揺と困惑に陥れていた。

 

 

「……温いんだよ、テメェは……」

 

「温い……だと?」

 

 

 

困惑のゾマリに帰ってきたのはフェルナンドのそんな言葉。

何を指しているのか理解できないゾマリは、ただ同じ言葉を繰り返すだけ。

しかしフェルナンドはそんなゾマリの様子など構わず、思うとおり言葉を紡ぎ続ける。

 

 

「あの時、俺の左腕を奪ったあの時…… テメェは最低でも俺の腕を折るべきだった。捻じ切れたんなら捻じ切るべきだった。俺なら間違いなく折る、折れる時に折る。与えられる最大の攻撃をぶち込むのが戦場の理。だがテメェはダメだ…… ただ俺を笑うために加減しやがった、使えないと決め付けやがった……」

 

 

静かに語るフェルナンドの言葉、それは戦場の理だった。

ただ相手に屈辱を与えるためとゾマリは加減していた。

もっと大きなダメージを与えられる機会を作りながら、それを生かす事をせずに戦いを続ける愚。

ただ己が愉悦にためにそうしたという取るに足らない愚かな選択。

フェルナンドはそれをして “温い ”と言う。

自分ならば折ると、折れる時に確実に折ると、それが戦い、それが戦場の理だと。

 

 

「だから俺は決めた。 テメェの顔面を殴るのは“左”だと、テメェが使えねぇと決め付けたこの拳をぶち込んでやると。御誂え向きに眼晦ましには重宝するもんがあったからな…… あんだけ見たんだ、足の運びくらい覚えるだろ?見せ過ぎ(・・・・)なんだよ切り札を、それも含めてテメェは“ 温い ”んだ 」

 

 

 

温い、フェルナンドはゾマリの全てをその一言に尽きるかのように断じた。

双児響転も、『愛』というなの支配の眼も、確かに驚異的ではあるがその脅威を曇らせているのは他でもないゾマリ自身。

屈辱を、断罪を、誅殺を下す為にと決着を先延ばし、鹿を追い立てる獅子にでもなったかのように振舞い続けたゾマリ。

しかしそれは間違いでしかないとフェルナンドは言う。

そしてフェルナンドの言葉どおりゾマリは手痛い反撃を受けた、双児響転という彼独自の響転もこの至近距離で見続けたフェルナンドはその脚運びを体得し、利用した。

右腕から放たれるであろうあの一撃(・・・・)に恐怖し、意識を逸らした。

 

その結果、鹿を追い立てた獅子たるゾマリは、鹿の放った予想外の咆哮の前に重大な傷を負ったのだ。

 

 

「ふざけた事を…… ふざけた事を言うな! 私が温いだと!?まるで私が戦場を理解していないような口ぶりで!私のかけた慈悲を踏みつけにして!ならば死ね!我が『愛』を破った訳でもない愚か獣めが!」

 

 

コメカミに額にと青筋を幾本も浮かべ激怒するゾマリ。

フェルナンドの放つ温いと言う言葉に侮蔑の色を見つけたのか、その激昂は留まるを知らなかった。

だがそれでもゾマリの言う事にもいまだ真実はある。

そう、フェルナンドはゾマリにダメージを与えはしたが、彼の『愛』を破ったわけではないのだ。

その支配の力は今だ健在、先程は予想外の痛みに意識は乱れ、右腕を奪うには至らなかったがそれも時間の問題であるのは自明の理である。

 

 

「死ね!死ね!死ね! 我が支配の前に死ッ!!な、何だこの霊圧は……!!」

 

 

ただ怒りに任せ、全身の眼を見開きフェルナンドを睨む。

冷静で礼節な振る舞いを見せたゾマリの姿はもうそこには無い。

あるのは仮面の下に隠れていた本性なのか、それをしてフェルナンドの死を望む彼、しかし彼の眼がフェルナンドを見つめようとした瞬間、彼を感じた事もない霊圧が負った。

その発生源は上、観覧席ではなく、上空の空でもなく更にその上、天蓋の上から圧し掛かるような霊圧。

 

それが二つ(・・)、ゾマリにははっきりと感じ取れた。

 

 

「第2十刃が解放? 馬鹿な…… いや、それ以上にもう一つの霊圧は何だ……?第2十刃と同等だと? 一体誰が、誰なのだ!?」

 

 

激昂する精神を冷やすかのような霊圧の波濤。

一つは第2十刃ネロ・マリグノ・クリーメンの霊圧、しかしそれは只の霊圧ではなく莫大なそれ。

そしてその莫大な霊圧が示すのは一つ、第2十刃が刀剣解放を行った、という事実。

ただでさえ化物じみたネロ、それが解放するという事はそれだけで驚異的な出来事であり、しかしゾマリを更に驚かせたのはそれと同じ大きさの霊圧がもう一つある(・・・・・・)ということだった。

 

ありえない。

今日何度目になるかわからないそんな言葉が、ゾマリに浮かぶ。

第1十刃であるバラガンはこの場にいた、第3十刃も同様、第4十刃はこの場にはいないが感じる霊圧は彼のものではないと。

では誰が、第2十刃という虚夜宮のトップに相当する霊圧の持ち主と同等のそれを放つのは、一体誰なのかと。

激昂にも増す畏怖と脅威、ゾマリをそれが襲う。

 

 

しかしそんななか響いたのは笑い声だった。

 

 

「……クククッ! ……クハハ!ハハハハハハ!最高だ!!やっぱり俺の睨んだとおりアンタは強ぇよ、スターク!それもまだ全開じゃねぇんだろ?きっとそうだ!そうに決まってる! 俺には判るぜスターク!最高だ!最高に気分がいい!! 」

 

 

笑い声を上げるのはフェルナンドだった。

ゾマリ同様彼も感じ取った二つの霊圧、ゾマリが畏怖と脅威を感じたそれをフェルナンドは笑うのだ。

それも狂ったのではなく、歓喜の声を上げて。

 

 

「あぁそうだとも。 上がこれだけ派手にやってんだ、下の俺達がこんなチマチマした戦いなんてしてられねぇ!だったらやるしか無ぇだろう! えぇ! 派手にやるしかねぇだろうって…… 言ってんだよ!!」

 

 

ゾマリに語りかける様に、しかしその実ゾマリなど眼中に無く燃え上がるフェルナンド。

感じた霊圧はまさしく戦いの狼煙、これから始まるのは全力の殺し合いだと言う事を示す狼煙。

それがフェルナンドを熱く燃え滾らせる。

感じてしまったからには、触れてしてしまったからにはもう止まれないと。

 

 

そう叫びながらフェルナンドは勢いよく腕を腰の後ろに回し、斬魄刀を引き抜く。

フェルナンドからはまるで燃え滾るような紅い霊圧が吹き上がり、そして引き抜かれた斬魄刀もまたその紅に負けぬほどの煌きを放つ。

逆手に持たれた斬魄刀、それをまるで勝ち名乗りかのように天高く突き上げるフェルナンド。

渦巻く霊圧、内向きに収束する霊圧は臨界を超え、そして掲げた片割れの銘を呼ぶと同時に解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「刻めぇぇええ!! 『輝煌帝(ヘリオガバルス)』!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠には一本の巨大な火柱が産まれた。

膨大な炎の柱は天を衝かんと上へ伸び、膨大な炎に見合った熱を発し続ける。

荒れ狂うのではなくただ上へ上へと燃え上がる火柱、それは男の生き様を表しているのか。

ただ上へ、目指すものへと脇目も振らず邁進するかのような、そんな生き様に。

 

 

火柱は次第細くなり、中心へと向かっていく。

そして火柱の中腹辺り、火柱が細くなるに攣れ顕になるのは一つの影。

腕や脚から見え始めたその影は、次第その姿をはっきりと見せはじめ、そして火柱が消えるとその影の全身は顕となる。

 

身体つきに変化は無い。

筋肉質な身体、強靭でなにものをも弾くような鋼の身体、纏っていた死覇装は上着が無くなり上半身が顕と成っていた。

袴は前のように足首で絞られ、足は裸足のまま。

額に穿たれた紅い菱形の仮面紋(エスティグマ)は、その頂点が延び、何処か十字架を思わせる。

紅い瞳は爛々と輝き、その輝きが瞳の紅をより鮮烈にさせていた。

 

さほど変化の見えないその姿、身体つきから外見に至るまでを虚としての本質に戻す刀剣解放『帰刃(レスレクシオン)』、ある者は角を生やし、ある者は強固な外装をまとい、そしてある者は翼をはためかせと大きな変化を齎すそれは、フェルナンドにさほどの変化を齎してはいないかに見えた。

 

しかし、解放前と解放後では彼の姿は明らかに違っていた。

身体つきは変わっていない、眼光の鋭さはそのまま、しかし彼は燃えているのだ、轟々と。

そう、それは気概の話ではなく身体の話。

 

 

 

フェルナンド・アルディエンデの身体は今、炎となって燃えている(・・・・・・・・・・)のだ。

 

 

 

正確に言えば燃え盛っているのは彼の髪と、そして袴の下部。

袴は膝の上を過ぎたあたりから徐々に赤みを増し、そして脛まで来た頃にはそれは袴でなく完全な炎となって燃え盛る。

後ろでぞんざいに一纏めに縛られていた髪は解かれ、長く伸びた金髪は風に揺れながら。

髪は後ろへと流れ、逆立つように跳ねながら立ち上がり、そしてそれは次第金から色を変えていく。

首の後ろを過ぎた頃から徐々に金髪は赤髪へと、そして腰を通り過ぎればそれは最早赤い髪ではなく、轟々と燃え盛る紅い炎となっていた。

 

 

二度ほど首をかしげ、コキコキと骨を鳴らすフェルナンド。

そして彼は胸の前で両の拳を一度叩き合わせると、獰猛な笑みを浮かべて叫ぶ。

 

 

 

 

「やってやろうじゃねぇか! 派手な喧嘩をよぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜の咆哮地を穿つ

 

狼の咆哮天を衝く

 

竜の化身暴を成し

 

狼の化身誅を成す

 

群れなす怒り

 

降り注がん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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