BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.51

 

 

 

 

 

暴威なる咆哮は天へと降り注ぎ、地を削らんとする。

虚閃、それも数条、数十条にも及ぶ虚閃が地を削ったたった一つの理由は、命を奪う事に他ならず。

それもただ自分の視界に入ったという理由に満たないような理由でそれは降ったのだ。

 

根絶やしに、消し去るために、細くはあるが大量の虚閃はたった二つの命を奪うためだけに放たれ、その緋色の破滅の光を身に受ければその者は自分が死んだという事を認識する前に息絶える事だろう。

過分、あまりにも過分なその威力、それを何の躊躇いもなく放つネロ・マリグノ・クリーメン。

彼にとって真理ともいえるこの行動、目に付く命を殺さずにはいられない、ただ等しく命を殺す為に行き、殺すための理由を探しているかのようなこの男は”神”を自称し、制裁と鉄槌の名を持って命を殺す。

 

そう、全ては奪い、殺す為に。

 

だが今、その暴慢な理に抗おうとする者が空を駆ける。

コヨーテ・スターク。

彼が駆けるたった一つにして何よりも重い理由、それは降り注ぐ破光の先に何よりも大切な者がいるため。

自分を孤独の砂漠から掬い上げてくれたたった一人の他人、別け合い、分かち合い、支え、共に歩いてきた存在がいるため。

失えるはずは無く、失う事など考えたくも無い存在がその先にはいたのだ。

 

故に彼は駆けた。

ただ護るために、大切な者を護るために。

自分などどうなっても構わない、だから、だからアイツだけはどうか助けてくれとその内側で叫びながら。

自己を省みず、ただ護るという一念のままに駆ける彼、その尊さ、その悲しさ。

 

 

 

そして、爆音が辺りを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲハハハハ! 死んだか? 死んだのか? 死んだんだろうが!死んだに決まってんだろうがよ!!ゲハハハハヒハハ!塵共が! オレ様の視界を汚した罪は重いんだよ!それにしてもあの新入りも馬鹿なこった、自分からオレ様の吼虚閃(セロ・グリタール)の餌食になりに行くたぁな!いや、馬鹿だから喰らいに行ったのか?ゲヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 

爆音の後に響いたのは、大音量で笑うネロの下品な声だった。

一面を爆煙が包んだ天蓋の大地、それを上空から見下ろすようにして笑うネロ。

その狂い笑う姿は大きく膨らんだ腹を抑えるように、まさしく腹を抱えて笑うといった風で、ただただその光景が愉快で仕方が無いと物語っていた。

奪い去ったのは二つの命、いや、三つの命か。

一つは見た事も無い小さな子供、彼にとって見る事すら値しない小さな命であったがそれでも、視界に入ったという罪とも言えぬ罪で殺したと。

もう一つは見た事がある優男、藍染惣右介が連れてきた彼の腹心であるという男『市丸ギン』。

それでもネロにそんな肩書きなど一切の効果を持たず、小さな子供諸共吹き飛ばし殺したと。

そして最後はつい先程までその手で握る斬魄刀で殺そうとしていた、自分に傷を負わせた許し難い新入り。

理由はネロには想像もつかないが、それでも何故かその新入りは自ら彼自身が放った吼虚閃へとその身を投げたしたのだと。

 

彼の中で間違いなく奪われた命たち、それを愉快だと笑うネロ。

命の価値、その重さ、こうと決める事など叶わないそれを彼はまるで埃以下のように扱い、踏み潰し、その様を見て笑う。

明らかな異常性、しかしその異常性もこの男にとっては至極全うで正常な思考。

それに則ってネロは殺したと叫び、そして笑っていた。

 

 

「いやぁ~吃驚したなぁ。 上がってきた途端コレや、ホンマ物騒でアカンなぁ虚夜宮(ここ)は」

 

 

爆煙が晴れ始めた隙間、そこから漏れるように聞こえたのはどこか間延びしたような、至極ゆったりとした口調の声だった。

まるで日常の会話のように紡がれる言葉たちはその光景にはとても不釣合いで、しかしその不釣合いも日常にしてしまえるほどその男の持つ雰囲気は独特だった。

銀に近い色の髪は揺れ、糸のように細い眼とつり上がったような口元はその場に似つかわしくない笑顔、顔の前の煙を片手を振って払うようにして現われたのは、ネロが殺したと思っていた者達の内の一人、市丸ギンだった。

 

 

「なんだ市丸! テメェ生きてやがったのか。大人しくオレ様に殺されてりゃいいものを…… だがまあいい、お前程度いつでも殺せる。 今回は運よく生き延びたテメェを生かしてやる。神の慈悲だ、ありがたく思え死神」

 

「はぁ、そらどうも。 でもええんか2番サン、そんな事言うて。」

 

「あぁん? 塵滓のテメェらが神である俺に出来る返事は“ハイ”と“ありがとう御座います”だけだ。よぉ~く覚えとけ!それに塵二匹は始末したんだ、テメェは生き延びた慈悲に縋ってればいいんだよ!だが、一撃で殺しちまったのは失敗だったがなぁ、まったく、強すぎるオレ様の力は罪だぜ!ゲハハハハ!!」

 

 

降り注ぐ虚閃から生き延びた市丸。

その姿を確認すると、ネロは死んでいればよかったと口にしながらも今回は見逃すといってその場を収めた。

だがそれはなんとも彼らしくない行動、生きていた事すら罪だといって殺そうとする方が余程彼らしく、あっさりと引き下がる事に違和感すらある。

市丸もそう感じたのか、驚きながらも気の抜けたような返事を返した。

言ってしまえばそれは気まぐれに過ぎなかった。

 

ネロという破面は刹那を生きる。

過去を振り返ることなど無く、未来を思い筋道を立てることもしない。

彼にあるのは今、今この瞬間どうしたいか、それだけなのだ。

今回の市丸に対する対応もそれに準じ、ただ生かしてやろうと思っただけの事に過ぎないという事。

それだけの事だった。

 

 

「まぁ生き延びて生かしてくれる言うんならエエけど…… それやったらこっちの二人も(・・・・・・・)生かしてあげる、いう事になるで?」

 

 

生意気な新入りを殺したということも然ることながら、何度も縊り殺す心算だった相手を一撃の下に沈めてしまうほどの自身の虚閃の威力に酔いしれていたネロ。

下卑な笑い声を上げながら死を笑う彼に、市丸はいたって普通の会話のようにそれを言い放つ。

顔の前で煙を払っていた手で自分の横の方を指差す市丸。

そして煙に隠れた天蓋の大地が見え始めるのと同時に、薄くなり始めた爆煙に影が浮かび上がる。

輪郭のぼやけた影は煙が晴れるにしたがって鮮明になり、そして人型をとっていく。

 

晴れた煙、そして顕になった人影は、ネロに背中を向けながらも自らの肩越しに彼を睨み、そしてしっかりとネロと小さな破面の間に隔たるようにして立つスタークの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

リリネットには最初何が起こったのか判らなかった。

市丸に連れられスタークの下へ、青空を映す天蓋の外へとやってきた彼女。

自分に置いてけぼりを食らわし、そしてまた一人全てを背負おうとする大切な片割れを追って此処まで来た彼女。

その眼に映った片割れは巨大な破面に押される一方で、しかしそれは一重に片割れの気概によるものだとリリネットには直ぐ見て取れた。

故に彼女は叫んだ。

ふざけるなと、どうせ自分がいなくなっても大丈夫程度に思っているんだろうと察し、リリネットは怒る。

良い訳が無いと、いなくなっても大丈夫なわけが無いと、だから彼女は叫んだ、自分に出来る精一杯の大きな声で。

 

その後の記憶はリリネットにはほんの少ししかない。

あるのは敵の剣を弾き返す片割れの姿、そして目の前を覆うかのような緋色の光り。

疑問の声が彼女から零れるよりもはやく光は彼女に迫り、そして彼女を爆音が包んだ。

 

迫る光と爆音に、リリネットは咄嗟に硬く眼を閉じた。

眼を閉じながらも彼女は緋色の光を感じ、しかしその光は何かに遮られたのかなにか自分に影が差したことを感じる彼女。

少し経ってリリネットが恐る恐るその閉じた目をあけると、そこにはもう緋色の光の群れは無く、替わりによく見知った人影がたっていた。

 

 

「……スター 「馬鹿野郎ッ!!」 ッ!」

 

 

そのよく見知った人影の名を呼ぼうとした瞬間、リリネットに言葉の雷が落ちる。

人影、スタークは彼らしくもなく怒りを顕にし、リリネットを叱りつけたのだ。

 

 

「大人しくしてろっつっただろうが!それがこんなところまで来ちまって…… 判ってんのか、 此処は戦場なんだぞ! お前が一人で来たってどうしようもない場所なんだ。危ねぇ場所なんだよ! わかったらさっさと下に戻ってろ!」

 

 

一息に捲くし立てるスターク。

ネロを睨んでいた視線を戻し、正面からリリネットを叱る姿は兄妹、というより親と子のような光景。

何故こんな危ないところに来た、来ては駄目だと言った筈だ、大人しくして居ろと言った筈だろうと。

間一髪で間に合い、失わずにすんだ安心感よりもスタークにはそれが重要だった。

何のために遠ざけて戦ったのか、その意味を失わせるようなリリネットの行動。

自分が一人で戦えば済む話、自分が一人で背負えばいい話、態々この苦しみを分け合う事など無い、ただ傍にいてくれるだけで自分はこれ以上ないほどのものを貰っているのだと。

だからせめて、辛い思いだけはさせまいとしたスターク、それ故に語気は強められてしまうのだろう。

 

「なっ! なんだよそれ! アタシはスタークが心配で…… だ、大体さっきのはなんだよ! スタークさっきもう面倒くさいとか、別に俺が死んでもいいとか思ってただろ!ふっざけんな!大体いつもはやる気無いくせにいきなりカッコつけんなよな!それであのデカイのにやられそうになるとかホント信じらんない!ベ~~だ!」

 

「なんだとこの野郎!人の気も知らねぇで…… コッチがどんだけ心配したと思ってんだ!まともに喰らってたら死んでんだぞ!」

 

 

スタークの一喝に対し、リリネットも負けじと応戦を開始する。

スタークがここは危ない場所だから近づけたくないと思っている事など、リリネットははじめから判っている。

それでも来ようと思ったのは、一重に彼を心配する気持ちがそうさせたのであり、自分ばかりが相手のことを考えているようなスタークの発言はリリネットには許容しかねるものだった。

そして一方的に叱られたまま彼女が追われるはずも無く、強がりのような言葉が口をついて出て行く。

最後には舌を出してしまう始末、なんとも反省の無い、というよりも素直ではない態度のリリネット。

そんなリリネットの態度にスタークも同じ温度で対応し、二人は段々と親子の光景から兄妹の光景へと様変わりしていく。

 

 

「だいたいアンタだアンタ。 リリネットを此処まで連れて来たんなら、最後までキッチリ面倒診てくれ、死神さん」

 

「いや~堪忍やで? 君がコッチに来ぇへんかったらこの子、守ったっても良かったんやけど…… 君が2番サンの攻撃を受け止めるいうなら話は別や。僕、藍染隊長から君らの戦いには手出し無用や言われてるよって、この位置で嬢ちゃん守ろうとするとどうしても君らの戦いに手出しする事になってまうからね」

 

 

スタークの憤りの矛先、それは近くにいた市丸にも向けられる。

流石にリリネットが一人で此処まで来ることは不可能であり、誰かが手を貸したのは明白。

そしてそれは誰かと問われれば、此処にいる第三者、市丸以外ありえなかったからだ。

しかしそんなスタークの責めるような口調も、市丸は何処吹く風、手出しが出来ないのだから仕方がないという一言で逃げおうせる。

 

 

「ほんなら僕は遠くから見とるよって。 ……その子、大事にしたらなアカンよ……」

 

 

去り際にポツリと一言零し、市丸はその場から消えた。

霊圧の感触からさほど遠くにいった、という訳でもなさそうだがこれは本当に手を出す気がないのだとスタークは理解する。

市丸のそんな態度にスタークは深い溜息をこぼすが、そんなスタークにはお構い無しに、彼の背中には殺気の塊のような一撃が飛来した。

 

 

「ッ!」

 

 

振り返りもせず刀を振るったスターク。

僅かに声を漏らすもスタークはそれを刀で捉え、振りぬく。

刃と、そして何か硬いものがぶつかり合ったかのような音が響き、そして弾かれた硬質は天蓋を砕き穴を穿った。

 

 

「塵がぁ…… オレ様を無視するんじゃねぇよ!!オレ様は“神”だぞ!テメェら塵がオレ様に向けるのは敬いだけだ!生き延びたんなら丁度いい!まだ殺したりねぇ!このオレ様を傷つけた罪はこんなもんじゃ償えねぇんだよ!あと軽く百回ほどオレ様に殺されろ!塵カス新入りぃぃぃ!」

 

「……無視なんかしてねぇよ。 するわけ無いだろ?アンタだけは(・・・・・・)……な……」

 

「ゲハハハハ! 殊勝な事だ! 褒めてやる。だが…… その襤褸カスの腕(・・・・・・)じゃぁ次は厳しそうだなぁ、えぇ?そんな餓鬼なんぞ見殺しにすればいいんだよ!馬鹿が!ゲハ!ゲハヒハハハハ!!」

 

 

スタークに飛来し、そして彼の斬魄刀によって弾かれたのは緋色の弾丸。

上空から撃ち下ろされたネロの虚弾(バラ)であった。

自らが放った吼虚閃、その圧倒的攻性能力によってリリネットを、ひいてはスタークを殺したと思っていたネロ。

しかし現実彼等は今だ息をし、瞳には生の輝きを宿し、確固としてこの場に立っていた。

その光景、ネロにとってはあまりにも面白くない光景。

奪ったはずの命が生きている、それもまるで何事も無かったかのように彼の眼下で言い合いすらする始末。

しかし命が繋がれた事も、自らの攻撃が命奪うに至らなかった事も、ネロにはどうと言うことではなかった。

 

ただ一つ、許せない事は一つだけ。

彼等は今、自分の存在を無視しているという事。

 

“神”である自身、その圧倒的なまでの存在感を前に彼等はそれを無視していると。

神を前にした愚衆の行動はただ一つ、跪き、頭を垂れ地に擦り付け、その額を泥で汚しながらも感謝と賛辞を述べる事以外ありえないと。

それをしない彼等、それどころか此方を見ようともしない彼等、それはネロが怒りを表すのには充分だった。

怒りと愉悦、起伏する感情線、底見えぬ谷と雲を貫く山が交互に訪れるかのようなネロの感情、愉悦の谷を見た彼が次に昇るのは当然怒りの山。

故の虚弾、最も硬度を上げた強烈な一撃を見舞う彼に不意打ちなどという思考は無い。

あるのは鉄槌、神の粛清という名の鉄槌という感情のみ。

 

対するスタークはネロの怒りの大音声に対し、何処か静かで重い声。

声の重さ、言葉の重さは決意の重さ、先程よりも明らかに増した重みは何故か。

理由は定かではなくしかし、スタークの中で何かが、何かが決定したということだろう。

 

 

しかし、その決意も何もかもを水泡に帰してしまう事柄があった。

 

 

「えっ? スター、ク…… その腕…… 」

 

 

下卑なネロの笑い声が響く中、小さくか細いその声は何故かよく聞こえた。

リリネットの呟き、先程まで子供の癇癪のように意地を張っていた彼女、しかしその眼に映った彼の腕、ネロの攻撃を受け止めるために振り上げられた右腕、先程までリリネットから死角となるようにして隠されていた右腕は肘から先の袖は無く、残った袖の端は焼け焦げ、そして斬魄刀を握る彼の腕もまた、同じように焼け焦げ爛れていたのだ。

 

ネロが笑うその傷、まるで襤褸だと笑うその傷はいつ出来たかなど明らかな傷。

駆け抜け、形振り構わず、自らすら厭わずに割って入った。

当然それが限界。

割って入る事、間にはいる事、破滅の緋から大切な者を護る事こそが目的でありそれ以外は無かった。

結局のところ迫り来る光を斬魄刀で受け止めることになり、当然のようにその光はスタークの刃だけでなく彼の腕も飲み込んだのだ。

 

そして負った傷。

リリネットの行動を叱りながらも心配させまいと隠していた腕、注意してはいたが飛来した弾丸を止めるにはそれしかなく結果腕はリリネットの眼に触れてしまった。

不安と悲しみと、そして後悔に染まるリリネットの顔、それを見てスタークは小さく舌打ちをし、バツの悪そうな顔で頭を掻いた。

 

 

「……気にすんな。 俺が間の抜けた受け止め方をした、そんだけの話だ」

 

 

自分が悪いと、そして言外にお前のせいではないと、そう言い聞かせるようなスタークの声。

彼に出来る精一杯、ただ彼は護りたかっただけで彼女さえ生きていたなら自分の腕の一本ぐらいどうと言うものでもないのだ。

が、現実はそうはいかず、その焼け爛れた腕を見たリリネットは瞳に涙を浮かべ、俯きながら手を伸ばしスタークの死覇装の裾をギュッと握る。

近すぎず、しかし遠くない距離、ふれ合い、他人を感じられる距離(・・・・・・・・・・)に納まる二人。

 

 

「……ごめん、スターク…… アタシ、スタークが心配で、スタークの力になりたくて…… スタークの事、護りたくて……」

 

 

ぽつぽつと零れる言葉に強がりは感じられず、リリネットの本心が垣間見れた。

ただただ心配だった、それが彼女の全て。

それをただ伝える、素直に、そして真摯に。

 

 

「スタークはいつもそうだ。 危ない事も、辛い事も、悲しい事も、みんな独り占めしちゃうんだ…… それがスタークの優しさだってアタシにも判るよ?でも…… でもそんなのアタシは嫌だ。 せっかく二人になったんだ、だったら辛い事も、悲しい事も、楽しい事も、嬉しい事も、みんな二人で分け合わなくっちゃ(・・・・・・・・・・・・)ダメだ…… 」

 

 

隣に立っていながら、彼女は背中ばかりを見ていた。

同じ存在、しかし違う存在であり強く、そして自分は弱いと。

強さによって護る、傷つけない為に、敵から、災厄から、襲い来る全ての害なすモノから。

それは判る、だが、しかし、それでも、与えられるのは幸福だけで、それ以外の全てを一人背負おうとするその背中は彼女には悲しすぎた。

二人になった意味はなんだっただろうか、片方が片方を護るためか、片方が背負い片方が享受する為か。

 

 

いいや違う。

 

 

リリネットはずっとそう感じていた。

理屈もなにもなく、それだけは違うと。

ずっと伝えられなかった言葉、背中に声をかけたとて届かぬ言葉、それを今、彼女は正面からスタークにぶつけていた。

 

 

「だからアタシも…… スタークを護りたかったんだ。 何が出来るかわかんないけど、それでも護ってやりたかったんだ…… でも、ダメだった…… 今も結局アタシが来たからスタークに怪我させちまった…… ハハ…… やっぱりアタシは、足手纏いだ…… 」

 

 

自嘲気味の笑いが零れる。

護りたいと思って此処まで来た、何が出来るか判らないまま、それでも何かしなければと。

そしてその結果は大切な者に血を流させる。

なんという皮肉、なんという不様な結末かとリリネットは自分を笑った。

想いだけ、それだけでは何も出来ないと、力なき想いでは何も、何一つ出来ることはないのだと。

悲しさと不甲斐なさとで彼女の頬を涙がつたう。

 

 

 

そんな彼女の頭に大きな手は優しく置かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のは始めだけで、その大きな手はそのまま彼女の頭を鷲掴みにすると、ぐるぐるとその場で円を描くようにして回しだす。

 

 

「えっ? ちょっ! なっ! 何すんのさ~~! や~め~ろ~よ~~!!」

 

 

結構な勢いをつけて回される彼女の頭。

視界もまたぐるぐると回り、間延びするような声はリリネットの頭の中までがぐるぐると回っている事を伺わせる。

その勢いがついたまま離される大きな手、リリネットは暫くの間その勢いのままフラフラとよろめいていた。

 

 

「ハァ、ハァ…… うぇ、気持ちワル…… って!てんめぇスターク!何すんのさ!」

 

 

よろめきながらも自分を取り戻したリリネット。

即、この回る世界の犯人であるスタークに食って掛る。

せっかく自分が伝えたかった事がいえたというのに、台無しだとばかりに。

 

 

「それだ…… それでいいんだ(・・・・・・・)よお前は。湿気た面してんじゃねぇよ、ったく…… いいか?お前は今のままでいいんだよ。 ガキがごちゃごちゃ要らねぇこと考えんな、お前の言いたい事はちゃんと…… 判ったからよ 」

 

 

飛び掛らんばかりのリリネットに返ってきたのは、そんな言葉だった。

目の前で消沈し、涙を流す片割れの姿、スタークにそれはどうしようもない後悔を感じさせた。

結局自分がしてきた事は自己満足、大切にする、危険な目にはあわせない、自分を殺してでもコイツにだけは悲しみを、苦しみを味合わせはしないと。

そうしてきた自分の行動、しかし実際はそれ自体がなによりも深くこの小さな片割れを傷つけてしまっていたと。

リリネットはきっと、ずっと前からそう感じていたのだろう。

それを自分は見てやろうとしなかった、感じ取ってやろうとしなかったと。

 

 

(何が”護る”だ…… ガキを泣かして…… 傷つけて、遠ざけて、勝手に一人で背負い込んで、それで護ってる心算(・・・・・・)になってただけじゃねぇか。それをこうして真正面から向けられるまで気が付けねぇとは……な。ザマぁ無いぜ、まったく…… )

 

 

何処までも身勝手な思考だったのか、護るという一念、それに間違いは無かったのかもしれないがしかし、結果は護りたい者を悲しませた。

内心スタークは自分の馬鹿さ加減に呆れを感じる。

独りよがりの思考、あれほど独りを拒んでいたのにいつしか独りで全てを背負おうとしていた自分。

それに気が付いたのは自分ではなくもう一人の自分で、そしてその涙を見るまで自分は気付かなかったと。

 

世界にたった一人だけ、何よりも大切なものを泣かせたのは自分だったのだと。

 

自然とスタークは無事な左手をリリネットの頭に乗せていた。

触ればその小ささがよりよく判るもう一人の自分。

その小さな身体一杯に詰め込んだ想いをスタークは感じ取っていた。

さびしさ、悲しさ、不甲斐なさに遣る瀬無さ、自分は弱いからと口に出さなかった彼女の想い、感じ取ったその想いは彼の何よりも深い部分に染み渡る。

そしてそれを感じ取ったスタークはいつの間にかリリネットの頭を掴んでぐるぐると円を描いていた。

その行動にさして意味は無い、しいて言えばこうすればきっと沈んだ様子の彼女が元に戻る気がしただけ。

 

活発で気の強い跳ねっ返り。

そんな彼女が彼の唯一の救い。

孤独から掬い上げてくれた救いであり、背負った全ての重みも彼女の笑顔が忘れさせてくれた。

独りではない、そう感じられるだけで彼にはそれ以上の幸福などない。

 

自分が流させてしまった涙なら、せめてそれを止めるのも自分であろうとスタークは行動していた。

方法は微妙、しかしそれは些細な事だと、やはり彼女には涙より元気な姿の方が似合うのだからと。

 

 

最初何をスタークが言い出したのかわからない様子だったリリネット。

しかしよくよく反芻し、それが自分の言葉は届いたのだと知ると照れくさそうに、しかし嬉しさを滲ませてニカッといい笑顔をスタークに返した。

彼等の間にあった小さく、しかし深い溝は少しだが縮まり、そして埋まる。

そしてそれは彼等がまた一つ、他人という存在を知った証でもあった。

 

 

 

 

 

「茶番は終わったか? 塵。 なら……そろそろ殺してもいいよなぁ?」

 

 

振ってきたその言葉には、呆れと汚物でも見るかのような侮蔑の感情がしっかりと刻まれていた。

上空から見下ろしていたネロ。

その怒りの眼差しに映ったのは茶番劇。

涙、謝罪、寛容、そのネロにとっての茶番劇が見せたのは彼にとって等しく“弱さ”。

そもそも支えあう、共に生きるなどという言葉をネロは好かない。

彼にとってはその言葉は弱者の証明、一人で生きる力がない弱者が都合よく群れなす為の言い訳に過ぎないからだ。

 

燃え上がるようだった彼の怒りは次第その色合いを変え、怒りの炎は赤から黒へ、どす黒いものへと趣を変えた。

群れなければ生きられない、弱者はしかし束になろうと弱者でしかなくそれが自分に盾突いたのだとネロは理解した。

故にその怒りは憎しみすら纏う。

弱者の刃がこの身に届いたという彼の人生において最たる汚点。

絶対的強者である自分を弱者が傷つけたという罪、“神”に対し、愚民が石投げるが如き暴挙、許せるはずもない、と。

 

 

「……意外だな。 アンタなら直ぐに斬り掛かって来るもんだと思ってたんだが…… 」

 

「慈悲だ。 テメェら塵程度いつでも消せる。なら最後に弱者同士、傷を舐め合う茶番でもと思ったが…… 思った以上に虫唾が走る光景(・・・・・・・)だったぞ…… どうしてくれる、オレ様は今、不快だぞ。それも今までに無いほど物凄くだ…… えぇ? どうしてくれるんだ? 新入りぃぃぃぃいいい!!!」

 

 

リリネットを庇うようにして上空のネロと正対するスターク。

彼の言葉どおりネロという破面の今までの所業を鑑みれば、話の途中に何かしら仕掛けてもよかっただろう。

だがネロはそうはせず、待っていた。

彼等二人の話が終わるのを。

 

ネロはそれを慈悲だという。

弱者の傷の舐め合い、彼にとっては三文芝居以下の茶番劇ではあろうが、それでも見せてみろという慈悲だった。

しかし、その茶番劇はネロに憎しみすら抱かせるほど虫唾の走る光景だった。

先も話したとおりネロにとってその光景は“弱さ”の証明、支えあうという都合のいい言い訳を並べ立てる愚かしい光景に他ならなかったからだ。

そして憎しみは不快感となってネロを支配する。

吼えるネロ、身に巣食う不快感をどうしてくれると、どうやってこの罪を贖うのかいってみろと、ネロは吼えていた。

だがそのネロの咆哮に、スタークは静かに、しかし明確に答えた。

 

 

「だったら消してやるよ…… アンタの存在ごと……な 」

 

「なんだとぉ……?」

 

 

強い言葉、何にも増して強い言葉。

存在を消す、お前という存在が消えればその不快感も消えるだろうとスタークは言い放ったのだ。

”仲間”は殺せない、それが全であれ悪であれ、仲間と定めた枠のうちにいるならば自分には殺せないと、そう考えていたスタークから放たれたそれは言葉の強さ以上に意味を持つ。

 

 

「アンタはコイツを殺そうとした…… 俺の何より大事なもんを。判るか? いや、アンタには判らねぇだろう、俺の怒りは。いいか? 大事なもんを傷つけられて黙っていられるヤツなんていないんだよ。アンタは俺の仲間だった(・・・・・)…… だがな、コイツに手を出した瞬間からアンタは俺の…… “ 敵 ”だ 」

 

 

それは決意と決別。

許せないのは此方も同じだと。

大事な者が傷つけられようとする、そんなものは誰だって許せず許容出来るものではない。

そしてその大事なものを傷つけようとした者もまた、許してやれるはずも無いのだ。

憎しみ、コヨーテ・スタークという破面がはじめてて抱いた感情、それも“仲間”であるはずの破面に対して抱いた感情。

だがそれは正等で、間違いは無い感情でもある。

 

リリネットがスタークを護りたいと思うのと同じぐらい、スタークもまたリリネットを護ろうとしているのだから。

 

 

「敵……だと? テメェがオレ様の敵?ふざけた事言ってんじゃねぇよ!テメェは塵だ!塵芥だ! 敵ってのは対等な力があって始めて存在する、テメェと俺の何処が対等だっていう心算だ!あぁん!?」

 

「デカイ声出すなよ、うるせぇな…… 威嚇の心算か?だったら止めとけ、そいつは無駄だ。アンタ程度(・・・・・)にビビる訳ねぇだろ?この俺が……」

 

 

「な……にィ……?」

 

 

 

群青の霊圧は夜空の如く天蓋を覆った。

大気が震え、空は啼き、地は揺れるかの如く。

荒れ狂うわけでもなく、ただ水面を広げるかのように覆い尽くす霊圧。

スタークから広がるそれはまさしく強者の証、ネロの霊圧に拮抗するかのごときその霊圧は強大で、そしてその霊圧はネロの理論を用いれば敵として立つには充分なものだった。

 

 

「解放しろよ、第2十刃。」

 

「なんだと? テメェ…… このオレ様に命令とはどういう心算だ!」

 

 

見上げながらもどこか降るようなその言葉はスターク。

霊圧の拮抗をして敵と認めさせた相手に対し、更に奥の手である解放を要求する様は泰然とし、灰色がかった蒼い瞳はネロを射抜き続ける。

新入りであるスタークが第2十刃であるネロにとる態度としては、あまりにも憮然としたものだったがそれに違和感を感じなかったのは生来の彼の気質なのか。

 

 

「命令なんかしちゃいねぇよ。 ただそうした方がアンタの為(・・・・・)だ、ってだけの事だ。なにせ…… いきなり死なれちゃコッチも困る」

 

 

それは傲慢が過ぎるような言葉だったと言える。

スタークが言い放ったのは難しい事ではない。

解放しなければお前は死ぬと、ネロに向かってそう言い放っただけ。

まるでネロの身を案じるかのようなそれは、言うなれば自分の方が圧倒的であるという意味とも取れる。

そしてその前ではお前など、簡単に消す事ができると。

しかしそれでは困る。

 

そう、死なれては困るのだ簡単には。

 

 

そんなスタークの言葉は彼の思惑通り引き金となった。

ブチブチと音を立てるようにネロの額、コメカミには無数の青筋が隆起していく。

ネロ・マリグノ・クリーメン、破面の“神”を自称し、それに違わぬ力と暴虐の限りを尽くす男。

誰しもが彼を畏怖し、彼の視線から逃れ、彼の手の届かぬ場所を望む。

彼にとってそれは当然であり、神である自分は全て思い通りにしていいという思考の下彼は生きていた。

 

しかし、今眼下にいる破面は畏怖も恐怖もなにも自分に対して抱かず、お前を簡単に殺せるとまで言い放った。

最大の怒りはそのまま手に握る斬魄刀へ、大剣が如き巨大な斬魄刀は彼の怒りに震える手によって震え、音を立てる。

 

 

「塵ぃ…… そこまで言うならみせてやる。神の力を、霊圧が同等だからっていい気になるな、圧倒的な神を前にして自分の愚かさを呪え!」

 

 

ネロから噴出す霊圧が更にその激しさを増す。

地上から放たれるスタークの霊圧を押し込めるように、上空から押しつぶすように放たれるそれをしかし、スタークは顔色一つ変えずに拮抗させる。

群青と緋色、境界をして二つに分かれた空、美しい朝焼けか夕焼けの海を思わせる空、だが禍々しく、近付けば死をもたらす化生の空。

 

 

「いくぜ、リリネット。 力……貸してくれるか?」

 

 

隣に立つリリネットの頭に再び手を載せ、ネロを睨みつけたままスタークはそうリリネットに問う。

戦場には近づけたくなかった、危ない目にも本当は今だってあわせたくない。

だが、決めた。

 

全て二人で分け合うと。

辛い事もあるだろう、悲しい事もあるだろう、だがそれでも片方が背負い込むのではなく、半分はもう片方が背負おう、そうすれば半分、二等分で少しは軽くなるだろう、と。

 

 

「当然! スタークに怪我させたんだ! アイツ絶対ェ許さない!」

 

 

両者の準備が整う。

上空と地上、二つに分かれた群青と緋色の世界の中、互いがただ互いを殺す為に研ぎ澄ませる。

霊圧を、意識を、そして刃を。

 

 

計った訳ではなく、示し合わせたわけでもなく。

だがしかしそれは同時だった。

内向きに収束する霊圧、自己の根源へと向かい細胞の一つ一つが来るべき変容に供え、そして時を待っている。

溜め込まれた霊圧はやがて臨界に達し、内側から爆発を起し言霊を伴って外界へ。

 

刀という器に押し込めた力。

本能であり、本性であり、己を象徴するもの。

癒しなどなく、救いなどなく、ただただ殺戮だけを目的に研ぎ澄まし続けた魔性なる力。

 

 

 

そしてスタークとネロは同時に化物の力、その銘を、力持つ言霊で解き放った。

 

 

 

 

 

皆殺(みなごろ)せェェェエエエエ!!『 暴君竜(ティラノサウロ)』!!!」

 

 

 

「蹴散らせ…… 『群狼(ロス・ロボス)』 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜の(アギト)

 

狼の瞳

 

五月雨

 

荒れ狂い

 

失え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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