BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.53

 

 

 

 

闇色の空は暗く、その暗さは全てを呑み込む暗黒の証。

その証をもってその場所は、化生達の住まう場所である事を物語る。

暗い黒だけで塗りつぶされた空、深い深い黒い空、だがしかし、その黒い空は今色に満ちていた。

 

まるで夜空に咲く花火のように群青の光と緋色の光が交錯し、衝突し、そして弾ける様はただ美しくもある。

しかしその光は見る者の目を奪うと共に命すら奪う禍々しき光。

互いに相手を死に至らしめんと放つ光すら漆黒の空にはただ美しく栄えてしまうのか、化生住まう虚圏(ウェコムンド)の色彩を排した世界にはその光すら劇的な変化だったと言えるだろう。

 

二色の光はただ一直線に奔り、時にその本数を増やしながら交錯する。

時折その光の交錯点では刃鳴りと火花が弾け、そして再び光が放たれ続けた。

 

第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) ネロ・マリグノ・クリーメンと二人で一人の破面(アランカル)、コヨーテ・スタークとリリネット・ジンジャーバックは猛烈な砲撃戦と刃を削るかのような接近戦をめまぐるしい速さで展開していたのだ。

 

 

「随分粘るじゃねぇか新入りぃ! そんなに生きる事に必死か!見苦しく命に執着するってのか?塵の命に執着する程の価値なんか無ェんだよ!だからさっさと…… 死ねやぁぁぁ!!」

 

 

自らの口、そして左腕の巨大な竜の顎から虚閃を放ちスタークを撃ち落さんとするネロ。

彼からすれば小さすぎるだろう標的は素早くその虚閃を避け、今だ直撃らしい直撃を与えるには至っていなかった。

その様、彼からすれば無意味な反撃しかして来ず無意味に逃げ回る様なスタークの姿は無様以外に他ならない。

散発的な反撃、攻撃を避けただ時を稼ぐかのようなその姿、それはネロから見れば“逃げの姿勢”、そして彼からすればその逃げは死にたくないという願望の現われでしかない。

死にたくないから逃げる、自らの命に、生に執着し永らえる事だけを考えるかのようなそれは滑稽と言うよりも寧ろ、見苦しさすらネロには感じらた。

何故ならそれは無駄な事、彼にとってその命への終着は無駄な事だからだ。

“塵”、自分以外の全てをそう評するネロにとって、無価値である塵がその生命に執着する事もまた無価値極まりない事であるから。

 

虚閃を放ったネロがスタークへと肉薄する。

人とは比べ物にならない太さの下肢、つま先というよりも鋭い爪が宙をしっかと踏みしめ、巨大に膨張した大腿から伝わる規格外の力は余すところなど無く全てが推力へと、彼の身体を一塊の砲弾とするための推力へと変換されるのだろう。

踏み出した瞬間から既に最速、初速など無くいきなり最高速度をたたき出しスタークへと突進する。

左肩を前に出すように突進するネロ。

だがそれは只の突進ではなく岩の剣山が突き進むのと同義であり、スタークの虚閃を浴び続けたネロの黒曜鋼皮(イエロ・オブシディアン)は既に岩というより無数の剣が乱立していると言った方が正しいほど研ぎ澄まされつつあったのだ。

 

 

 

迫り来る剣の群れと化したネロを、スタークは迎え撃つ。

先程まで撃っていた左の銃を銃嚢(ホルスター)へと素早く納め、背中から腕へと繋がる黒い皮製の弾倉から霊子を集め産まれる霊子の刀コルミージョ。

銃という武器は間合いが命、近付かれ過ぎれば有効な攻撃手段は限られ、与えられるダメージもおのずと下がる。

ただ突っ込んでくるだけの相手ならばそれをされようとも間合いを潰される前に撃ち落すのが上策だろう、だがこのネロという破面はその程度では止まる訳がない。

間合いを潰されてから対応したのでは遅い相手、故にスタークは銃をしまい刀を手にする。

だがこれは攻撃というよりも防御の意味合いが強く、剣という物理的なものを防ぐならば同じようなものの方がまだマシだというだけの事。

そもそも突進してくる剣の群れに態々付き合ってやる必要も無く、ギリギリまでネロを引き付けるとスタークは身体を翻すようにしてネロという名の岩の山を回避する。

 

巨体から発せられる圧力、撒き散らされる霊圧、そして猛烈な速さで迫るネロであるがただ真っ直ぐ自分に向かって迫ってくるだけの相手に遅れなどとりよう筈も無く。

身体を翻したスタークの横を通り過ぎるだけのネロ。

砲撃戦に業を煮やせば突進し、しかしそれは敵を捕らえる事かなわず再び吼えるように虚閃を放つ。

ネロが繰り返したのはそんな行動、あまりに短絡的、あまりに稚拙なその行動は先程来よりの一種定型となりつつあり、それに付き合わされるスタークからしても無意味さすら酔うものであった。

 

 

 

だが、戦いに定型などありえるのだろうか。

剣の型、戦術、戦略、連綿と積み上げられてきた定石という名の道。

しかし、そのどれもが時をかけ削ぎ落とし単純かつ強固という側面を持ちながら、時に敗れ去る。

それは戦いに定石、定型など存在しないという証明であり、それはこの戦場においても同じ事。

繰り返すのは無意味な行為、しかしその無意味さに付き合ってしまうが故に気が付かない。

気が付かない故に生まれる僅かな緩み、弛緩。

 

また同じ事の繰り返し(・・・・・・・・・・)、という本人すら自覚の無い決め付けてしまう思考がそこには生まれていたのだ。

 

 

《スターク!!》

 

 

叫び声が聞こえたのは彼が右手に握る黒い銃から。

片割れであるリリネットの意思が宿ったその銃から発せられた声にスタークは反応し、その視界の端に僅か見えたものを捉えた。

それは黒く長く、そして何処までも攻撃的な無数の棘に覆われた尾。

彼の横を通り過ぎたはずのネロから生えた黒岩の尾であった。

先程まで、こうして突進を繰り返すネロの身体にただ追従するように通過して行ったその黒い尾は、今回だけはそうではなく、通過する勢いのままスタークを切裂き抉ろうという軌道を描いていた。

 

迫る黒い尾をスタークは霊子の刀を使い受け止める。

しかし、備えていたわけではない攻撃は不意ゆえに自然その威力を増し、長くそして岩の剣で覆われたネロの尾はまるで鎖鋸のようにスタークの刀を削っていく。

いつ果てるともない連刃、スタークは解放後はじめてその表情に苦悶を浮かべ、己が僅かな緩みを悔やんだ。

 

そう、戦いに無意味などあるはずが無いのだ。

特に実力を持った者同士の戦いに措いてそれは削り落とされるべき部分、無意味、無駄、無用なるものを削ぎ落としてこそ戦い。

すべては相手の命を死に至らしめるための行動であり同時に結末への布石、ネロとてそれは例外ではなかった。

叫ぶ声も、罵りも、ただ力任せに見えた突進も、その実全ては一瞬への布石。

同じ事を繰り返す事で生まれる相手の油断、ほんの僅か、数瞬にも満たないそれを狙い済まし絶命至らしめる。

 

こと命を奪うという事に関してネロという破面は抜きん出ている。

その圧倒的な攻撃性能、その圧倒的な命への嗅覚、そして他を寄せ付けない命を奪う事への執着。

それをして第2十刃、それをしてネロ・マリグノ・クリーメンなのだ。

 

 

火花と甲高い音を存分に響かせる鎖鋸と霊子の刀の衝突。

やがて鎖鋸は根元である岩山、ネロに追従しスタークの下から離れていった。

スタークがその手に握る刀、その刃は度重なる黒い刃の乱撃に耐え切れず刃毀れをおこし、今尚ボロボロと崩れている。

 

 

(ちょっとばかし危なかった……な。 助かったぜ、リリネット…… だが、ヤツの鋼皮…… 一体どうなってやがる……?)

 

 

握った霊子の刀を見やりながらスタークは片割れの存在に感謝していた。

二人で一人というものの利点、それは二つの思考、意思が並行しているという点。

今で言えばスタークは度重なるネロの突進に僅かな緩みを見せていた。

それはおそらくリリネットとて同じであり、どちらかといえば彼女の方がその傾向は強かったとも言える。

しかし主観、便宜上の本体といえるスタークからは見えなかったネロの攻撃は、今やその姿を銃へと変えたリリネットからは見えていた。

迫り来る攻撃に対して対応が遅れている片割れに対し、警鐘を鳴らす。

一人ではどうしても生まれる小さな穴、思考の小さな穴をもう一人が埋める。

視界に捉え、思考し、予測し、そして伝える事で彼等二人の死角は極限まで少なくなっているのだ。

 

今回はそれがスタークを救った、片割れであるリリネットの叫びがあったからこそスタークは僅かな緩みの淵から瞬時に帰ってくる事が出来たのだろう。

だがしかし、窮地を脱したといえどスタークには疑問が残った。

そらは彼の視線の先にある刃毀れをおこした刀、あれだけの乱撃を受けたのだからそれはある意味仕方が無いと言えるのかもしれない。

しかし、その刃毀れは本来ならばありえない現象。

ぶつかり合う岩の剣と霊子の刀、拮抗し火花を散らしていたそれ。

 

だが思い出して欲しい、スタークの刀は始め、ネロの岩の剣を切り裂いていた(・・・・・・・)のだ。

ネロの鋼皮が回復する、新しく生まれるということを確認するためスタークはその手に持った刀で確かに彼の鋼皮を切り裂いた。

それはネロの鋼皮の固さに対してスタークの刀、その威力が勝っていたという事。

もちろん武器の威力だけで切れ味が決まるわけではない、しかしスタークは先程と同じように、同じ刀を造り出しネロの刃を受け、それでもネロの岩の剣はきり飛ばされること無く逆にスタークの刃を削り取って行ったのだ。

 

不可解、顔に、表情に出さずとも僅かに滲むスタークが纏ったそんな気配。

そうした感情の変化は戦場では色濃く映る。

そしてその変化を見逃すほどネロの目は曇ってはいなかった。

 

 

「解せねぇか? 新入りぃ。そりゃぁそうだよなぁ、さっきまではテメェのその出来損ないの刀で斬れてたオレ様の鋼皮が、どういう訳か斬れなくなっちまったんだろう?判る、判るぜその気持ち。判らない事は怖いよなぁ?不安だよなぁ? えぇ?」

 

 

ニヤニヤと笑いながらスタークを見下ろすようにして宙に立つネロ。

互い立つのは空の上、しかしネロは常にスタークより高い位置を保っている。

それは戦場の有利不利を嫌ってではなく、ただ自分より上に立たれるのが気に食わないという単純なもの、そうして見下ろす事こそが自分の在り様だというネロの考え故に。

そうして見下ろし、ニヤつきながらネロはスタークの疑問は当然だと言い放つ。

その疑問、判らない、解せないという気持ち、それを嘲いながらネロは”神”の慈悲として答えを与えた。

 

 

「塵にも判る様に教えてやろう。 ゲハハ!よぉく聞いとけよ?オレ様の鋼皮、黒曜鋼皮はなぁ…… 新たに生まれれば生まれるほど硬度を増していく(・・・・・・・・)のさ!割れやすく脆い鋼皮は尖り、研ぎ澄まされながら洗練され、次第硬くなりそして遂には割れなくなる!その時テメェ等塵は絶望するのさ! オレ様は最強の矛と盾を手にし、テメェ等は道化!そのお手伝いだったって事を知ってなぁ!!」

 

 

恐るべきはネロ。

アッサリと自らの鋼皮の能力を明かしたかと思っていた矢先、彼はまだその性能を隠していた。

脆く割れやすい、しかし割れるほど鋭く、霊圧を浴びるほど研がれていくような彼の鋼皮、その岩の剣。

割れ、研がれ短くなりながらも後より生まれる新しい鋼皮に押上げられるようにして途絶える事無く、常にネロの身体を覆い続けるそれ。

しかし新たに生まれる岩の鋼皮は次第その硬度を増していき、相手の攻撃で割れる彼の鋼皮は遂には割れなくなる。

 

それは単純に防御力が上がった、というだけの話ではない。

鋼皮が割れることが無くなった、それは即ち無傷であるということ、そしてそれは相手の攻撃を完全に遮断した(・・・・・・・)という事なのだ。

研がれながらも割れていく鋼皮、ならばそのすべてを割ってしまえばいいというのは愚かな考え。

ネロの鋼皮はそういった輩を跳ね返す最強の守り。

割るという目的、ダメージを見込めないにしてもそれは行えていた敵にとってそれは死刑宣告に等しい。

 

何故なら鋼皮を割る事すら出来ない攻撃は、ネロの身体に届くはずも無いからだ。

 

打つ手無し。

敵対者たるネロは鋭い無数の岩の剣をその鋼皮に宿し、此方の攻撃はその鋼皮によって最早完全に防がれる。

そしてその手伝いをしていたのは自分、自分が攻撃し、割り続けた事により鋼皮は硬度を増していったのだから。

戦いにおいて気概は重要な因子、気概、気勢、気合、それを叩き折るネロの鋼皮、その真実。

ネロという“神”を自称する彼の考える神という存在の体現。

 

その身に何人(なんぴと)の手がとどく事も無く、触れる事すらできない存在。

 

触れればその罪深さに身は切り裂かれ、そして愚かなる反抗はその全てが神の贄としかならない。

無敵、そんな言葉が頭をよぎるかのようなネロという存在、そしてその相手を嘲うかのような性能を秘めた鋼皮をしてネロは高らかに勝利を宣言するのだ。

 

 

「どうだ塵がぁ! テメェはもうオレ様にとどかない!虚閃しか撃てないその無力な銃も!その手に握った竹光も!今後一切オレ様の身体に傷一つつけられはしねぇ!絶望だ!テメェには絶望しかねぇ! 付属品(・・・)の餓鬼を吸収して粋がってたがそれも終わりだ!!オレ様の!神の前に平伏せ!ゲハハハハハ!!」

 

 

確かにネロの言う事は正しくはあった。

スタークとて今だその全てを見せた訳ではなく、虚閃の威力も上げる事は可能だった。

しかし、それは先の見えた戦いでもある。

いくら攻撃の威力を上げようともいつかはそれは弾かれ、その前にネロの霊圧が尽きる可能性に賭けるのはあまりに薄い賭け。

 

どうするべきか、スタークはそれを悩む。

手が無いわけではない、それこそやりようによっては幾らでも打開策は出るだろう。

だが今、最も効率的で最も効果が期待できる手段は一つ、しかしそれは彼にとって躊躇われる一手でもあった。

護ると決めた、しかしそれは独りよがりの考え。

それに気が付く事は出来た、しかし、この選択肢はそれをしてもスタークに躊躇いを覚えさせてしまうのだ。

一人逡巡するスターク、しかし彼のその一瞬の迷いを片割れは察知し、そして言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《スターク…… アタシと替わってよ(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が握る銃からその声は零れた。

気負うわけでも、焦るわけでもなくただ淡々と。

二つの思考、片方はそれを躊躇いしかしもう片方はそれを請う。

どうするべきか、どうしなくてはならないかは二人とも判っている、手段として最も有効であると。

故に小さな片割れは言うのだ。

自分と替わってくれ、という決意の台詞を。

 

 

「…………やれんのか? 」

 

 

充分な間を置いてスタークが零したのはたったの一言だけだった。

否定する事も、拒否する事もスタークには出来ただろう。

しかし、それをしてしまうのはつい先程の涙を無碍にする行い。

護りたいという自分と同じ思いを抱いた片割れの決意、それを無碍にする事は酷な事だ。

故に間は空き、充分な思考と選ばれた言葉を発するスターク。

その一言にそれ以上の多くの意味は込められ、リリネットへと向かっていく。

 

 

《大丈夫。 今の(・・)アタシなら…… それにこれ以外にいい方法、無いでしょ? 》

 

 

スタークの言葉に答えたリリネットの声は、どこか落ち着いた印象を与えるものだった。

活発で勝気な様子よりむしろ大人びた印象を与えるその雰囲気。

それはスタークと融合し彼女もまた戦いに身を置くが故の変化なのか、その落ち着いた様子は頼もしさすら感じられた。

 

 

「……わかった。 ただ、無理だけはすんなよ?いいな? 」

 

《うん。 わかってる…… 》

 

 

二人だけにしか通じない会話。

何をどうするという主語を欠いたそれでも二人は通じ合う。

多くを語る必要など最早無い、今の彼等には必要ない。

やる事は決まった、誰よりも今近くにいる二人のやる事はひとつに絞られたのだ。

 

スタークは右手に握っていた銃すらも銃嚢に納め、更には左手に握っていたボロボロの霊子の刀すらその結合を解き、霊子へと還す。

無手、丸腰の状態となったスターク。

ネロはその様子を絶望の現われとみたのか更なる高笑いを上げ、侮蔑の声を上げる。

しかし今のスターク達にそれは届かない。

ただ今、彼等がやる事はひとつだけであり、そのひとつは決して勝利を諦めるという事ではなかったのだから。

 

瞳を閉じるスターク。

身体は脱力し自然体に、しかし霊圧は衰える事無く吹き上がりまるで彼の身体を覆うようにして吹き上がり次第その姿を見えなくさせる。

群青の柱、ただ上を目指し貫くようなそれはスタークを完全に覆い隠し、一瞬強く光ったかと思うと爆発した

爆発に伴う霊子の乱気流、視界は遮られネロはスタークの位置を見失った。

右から左から叩きつけられる霊子を伴い白く濁った風をしかしものともしないネロ。

彼にとって今や視界を失った事はなんら問題ではないのだ、何故ならどんな攻撃が来ようとも彼の磐石の鋼皮(守り)がある限り、彼が傷を負うことなどないのだから。

 

 

 

 

 

 

「いくよ…… スターク(・・・・)!」

 

 

 

《あぁ…… ぶちかませ、リリネット(・・・・・)!》

 

 

 

 

 

 

そうしてニヤけた顔のままただ風が治まり行くのを待つネロ。

だが彼の耳に、風に乗り何処からか声が聞こえた。

聞こえる声は当然先程まで相対していた敵の声であり、この塞がれた視界の中何かしてくるのは明白。

それを察知し、理解しながらもネロは何一つ行動を起さない。

何故ならする必要が無いから、防御などという行動すら最早彼には必要ない、“神”の外套は既に完成し誰も自分を傷つける事など叶わないのだからと。

 

傲慢、暴慢、不遜であり外道、省みず、慢心し、酔いしれる。

それだけの実力、それだけの性能を持っているからこそ出来る余裕、ネロがいるのはそんな境地。

 

 

しかしそれは総じて“油断”である。

 

 

スタークの攻撃を浴び続け、硬度を増しに増したネロの鋼皮。

最早ただの虚閃では割る事すら困難な段階にまで達したそれは、スタークの攻撃を悉く弾く事だろう。

しかしネロは考えていない。

油断し、思考を止めているから考え付く事もない。

それはあくまで普通の(・・・)虚閃であったらという限定的なものであり、それだけしか攻撃手段が無いなどという馬鹿げた事などありはしないという事を。

 

 

 

 

 

「喰らいな! 『圧縮装弾虚閃(セロ・コンプレシオン)』!!」

 

 

 

 

 

視界を覆い尽くすような白く濁った霊子の風。

それに穴を穿つように放たれたのは一筋の虚閃だった。

一般的な虚閃よりも明らかに細いその虚閃、しかしその緑色の虚閃は白い風を払い除けながら進み、まったく勢いを衰えさせる事ないまままるで暗い夜空に一筋の線が何処までも続くように浮かび上がっていた。

 

世界を二分するかのような緑色の細い線、それは二、三度の明滅の後、空に解け消える。

辺りを包んでいた白く濁った風は完全に霧散し、残されたのは巨大な黒い岩山ともう一つ。

 

靡くのは肩口で切りそろえられ、前に行くにつれて少しずつ長く伸びた黄緑色の髪。

絹糸のように細いその髪から見え隠れするのは、静かではあるが意志の強さを感じさせる非常に薄い紫の瞳。

左目には眼帯と照準気が合わさったような仮面の名残を、それがコメカミまで伸びそこから先の折れた角が生えていた。

スラリと伸びた手と足、身体は丸みを帯び女性的な印象を強くし、上半身を覆うのは皮製の黒いビキニ。

狼が刻印された大きいバックルのベルトと丈の短いホットパンツ、そして長くしなやかな足の腿までを覆うのはローヒールのサイハイブーツ。

そして纏うのはスタークが着ていたのと同じ白と灰色の毛皮のコート、しかし袖に腕を通し肩にかける程度で前は肌蹴たままだった。

 

 

総じて大人の(・・・)女性、背は高くはないがそれでもそう思わせるだけの雰囲気を纏った女性がそこには立っていた。

一丁の、彼女の身の丈以上の巨大な銃をその脇に携えて。

 

 

「ギャァァァアアアア!!! 痛ぇ! 痛ぇイテェ痛ぇぇ!!ふざけんな!テメェ何者だ!! オレ様の!オレ様のハ、腹にィ…… 腹に穴がぁぁぁああ!! グギャァァァアァア!!!」

 

 

巨大な銃を携えた女性、抱えた銃は拳銃というより猟銃、いや対物小銃近く、長く伸びた銃床には銀の狼の意匠、弾倉は無く全体を黒で固められたような頑強な印象と、そして引き金付近にあるのとは別にもう一つ、銃身の横から飛び出した銃把が備えられていた。

 

その女性の前方に鎮座していた黒く巨大な岩山が揺れ、悲鳴を上げる。

かろうじて人型を保っていた右手をかざし、腹部を押さえる岩山、ネロ。

その手にはドクドクと流れる赤い液体が、そして彼の胸に穿たれた孔とは違う“穴”が腹には穿たれ、彼の身体を挟んだ向こう側の景色を覗かせていた。

 

放たれた細く、何処までも伸びるかのような一筋の虚閃。

白い風を穿ち、まるで空に鎮座する月すら穿ち割らんとしたかのようなその一筋の緑の流星は進む先、月との間にあった巨大な岩山など容易く貫通して(・・・・)いたのだ。

 

 

「クソが、クソガクソガァァ!! 何者だテメェ!どっから現われた!あの新入りを何処に隠した!!それ以上に判ってんのか!テメェが傷つけたのは”神”だぞ!この虚圏の頂点であるオレ様という名の“神”なんだぞ!!クソがぁ! 何とか言えや!塵ィィィィィ!!!」

 

 

「……うっさいんだよ、デブ 」

 

 

痛み、それも特大の痛み。

それを味わいながらネロは唾液を撒き散らし叫んだ。

本来ありえないはずの出来事、彼の今の姿、解放をして痛みを味わうなどということをネロは今まで経験した事がなかった。

空前絶後の痛みと、目の前に突如として現われた見た事もない女性に彼は大いに混乱する。

居たはずのスタークは消え、現われたのは女。

逃がしたか、或いは別なのか、そんな思考とそれ以上にそんな事よりこの痛みを与えた女が何者なのか、ネロには見等も付かなかった。

そうしてただ大声を張り上げるネロに対し、黄緑色の髪の女性はただ一言、簡潔に拒絶の色を滲ませた一言を叩きつける。

 

 

 

「アタシが誰かって? まぁアンタには一生判りそうもないから教えといてあげるよ…… アタシの名前はリリネット。 リリネット・ジンジャーバック。アンタがさっきまで戦ってたコヨーテ・スタークの片割れ…… さっきアンタが付属品扱いした女だよ 」

 

 

「何……だと……!?」

 

 

 

痛みに顔を歪ませていたネロは、驚きに顔を歪ませる事となる。

リリネット・ジンジャーバック。

その名前に聞き覚えは無く、どんな顔かだったかもネロには定かではない。

だがしかし、自分が付属品扱いし微々たる能力上昇の為に吸収された小さな破面は、彼の記憶の片隅に存在していた。

そして今、目の前にいる女性は彼にその小さな破面、付属品だと言い放ったその破面こそ自分だと告げたのだ。

 

 

「馬鹿な! テメェ……付属品は餓鬼だったはずだ!それにあの新入りは何処に逃げた!」

 

 

《…………逃げちゃいねぇよ 》

 

 

理解出来ない、そんな感情が存分に乗ったネロの言葉。

今目の前にいるのはどう見ても子供ではなく大人、しかし彼が付属品と罵ったのは子供の破面。

さらにはリリネットが出てきたからといって、だからどうしたというのだとネロは言うのだ、先程まで戦っていた、いや、殺そうとしていた新入り、スタークという名の破面は一体何処に消えたというのかと叫ぶネロ。

そのネロの叫びに答えたのは低い男性の声、それは先程までネロと対峙していたスタークの声であり、しかしその声は今、リリネットが抱える巨大な銃から響くのだ。

 

 

「どういう事だ!あぁん!?」

 

 

自ら思考し理解するのではなく、問えば答えが返るという思考。

理解できない事を棚に上げ尚高圧的に、叫び脅すかのようなネロの声。

だがそんな圧力など何の意味も無いといった風で、リリネットとスタークは語った。

 

 

 

「なんだ、まだ判んないの? アタシとスタークは元々一人、二人で一人の破面」

 

《そして俺達はどっちが本体でも、どっちが付属品でもない…… 》

 

「アタシ達は互いに支えあう、片方が表になれば片方が裏になるコインと同じ事…… アタシが表ならスタークが裏に 」

 

《俺が表ならリリネットが裏、ってな…… どっちも表でどっちも裏、片方が“人”なら片方はそれを支えるための“銃”になるのさ…… 》

 

 

 

二人で一人の破面、コヨーテ・スターク=リリネット・ジンジャーバックであり、リリネット・ジンジャーバック=コヨーテ・スターク。

それが彼等の本当の名前、そしてスタークが表の男性の姿も、リリネットが表の女性の姿も、そのどちらもが彼等の本当の姿(・・・・)なのだ。

片方が片方を、ではなく互いが互いを支える、それこそが彼等が求めた(かたち)なのだろう。

 

 

「ま、なんでか知らないけどアタシが表になると大人になっちゃうんだけどね。気に入ってるから別にいいんだけど 」

 

《見た目は……な。 中身はガキのまんまだろうが、浮かれちまってまぁ》

 

「う、うっさい!スタークは黙って次の装弾圧縮しとけばいいの!」

 

《ヘイヘイ…… 》

 

 

その空気は戦場にはそぐわないながらも、実に彼等らしいものだった。

自分が抱える銃に噛み付かんばかりの勢いのリリネットと、銃であるが故に判らないがおそらくはそっぽを向いたまま答えているであろうスターク。

大人の女性の姿ではあるが、スタークの言う通りその中身は小さな子供のリリネットと同じなのだろう。

奇異な光景にも見えるそれはしかし彼等の日常でもあり、戦場に不釣合いではあるが彼らがそれを見せるという事は逆に周りが見えているという事。

緊迫すべき場面でそれが見せられるということは、それをして尚、起こりえる事態に対応出来るからなのだろう。

 

 

だから避わせる、迫り来る緋色の閃光も。

 

 

「……随分余裕の無い事するんだね。 今アタシ達話してたんだけど?」

 

「うるせぇんだよ塵ィ!! テメェ等が誰だとか、裏だ表だなんてぇのはもうどうでもいい!この痛みぃ…… 許せるはずがねぇ!!テメェの身体も穴あきにしねぇと俺の気が治まらねぇんだよ!塵ぃぃぃい!!!」

 

 

ネロが自らの口から放った虚閃、それをリリネットはヒラリと避わす。

身の丈以上の巨銃、いっそ大砲といったほうが適切かもしれないそれを抱えながらも、その素早さはスタークに引けをとらなかった。

だがネロはそんな事はお構いなし、痛みと怒りに燃えながら次々と虚閃を放ち続ける。

今だかつて味わった事のない屈辱と痛み、腹部に穿たれた穴はその象徴、自動的に黒曜鋼皮が盛上り、棘が絡み合うようにして今やその穴は見えないがそれはあくまで表面的なもの、肉体の喪失、穿たれた腹部の再生までは如何に彼でも易々とは行えない。

鋼皮とはあくまで皮膚の延長であり肉体の内と外を隔てる境界線、外皮なのだ。

外向きにいくら強く、再生を繰り返し硬度を増すとしてもそれは外側への話だけ、解放し肉体の強度を増しているといっても“再生”は行えない。

 

それが破面という存在のある種の弱点。

大虚に備わる“超速再生”と呼ばれる霊圧を使用した肉体の瞬間再生能力を、彼等破面は失っている。

それは大虚から破面に進化する際に失われ、故に彼らは腕を切り落とされれば隻腕に、目を潰されれば盲目になってしまう。

力を得、死神、ひいては人という外殻に近付いたがために失った再生能力。

それ故に、如何にネロが傷跡を塞ごうともそれは何の解決にもならないのだ。

 

受けた痛み、失った肉体は戻らない。

ならばその痛みも何もかも、同じように返してやらねば、いや、それ以上、倍返し出なければ彼の気は治まらない。

故に撃つ。

ネロはその緋色の閃光を発し続けるのだ。

 

 

《……いけるぞ、リリネット》

 

 

そんなネロを他所に二人は淡々と事態を進める。

巨銃、スタークが発したその言葉がリリネットに次の行動を促していた。

 

 

「オッケー、スターク!」

 

 

届いた声にリリネットはネロの虚閃の連射を避けながら叫ぶように応え、抱えたスターク()を構えた。

巨大な銃、その銃床の付根辺りを脇に挟み込むようにして構え片手で引き金の付いた銃把を、もう片方の手で銃身の横から飛び出した銃把を握り構えるリリネット。

荒れ狂うかのようなネロの虚閃の中、足を止めしっかりと宙に立つ様に空を踏みしめるリリネット。

戦いの最中足を止めることは褒められたものではないが、必殺の一撃にはどうしようもなくリスクが伴う。

これはそういった類の一撃、足を止めるリスクと天秤にかけたとき勝利がその重さで勝るという一撃。

 

そうして足を止めたリリネット、しかし運悪く彼女の正面から緋色の虚閃が迫る。

その虚閃は敵を容赦なく飲み込む禍波、怒りを糧にその威力を増し、歯止め無く暴走するような命奪う閃光。

だがリリネットは動かない。

銃をしっかりと構えたまま、微動だにする様子すら見せないのだ。

必殺の一撃とは翻せば必滅の一撃、それは相手を殺すのと同時に自らも死のリスク、必滅を背負うという一撃。

それがまさに今、そのリスクを避けることは即ち勝利を自ら手放すのと同義、そして自ら手放した勝利は自然相手の手中に収まる。

それが勝負、死合いという極限では尚更に。

 

故に動けない、いや動かない。

 

真正面から迫る緋色の波は迫る毎その威圧感をまして行く。

銃を構えたままのリリネット、しかしその瞳に恐れはなく、ただ必殺の意だけが浮かび、揺れる事はなかった。

 

 

 

「許せないのはコッチも同じ。 アタシの大切なものを傷つけようとするなら容赦なんかしない!アタシも……護るんだ!!」

 

 

 

揺れない瞳は揺れない決意の表れか、迫る緋色を前にしてリリネットは叫ぶ。

護られ続けた自分、護りたくとも護れなかった自分、しかし今、この瞬間においては護れる自分。

奪わせない、傷つけさせない、そんな強い決意が今彼女を動かす全て。

 

 

 

そして彼女は、その引き金を引き絞った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も無い

 

何も残らない

 

唯一つを失えば

 

何一つとして残らない

 

狂信者よ

 

炎海に沈め

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どっちも表でどっちも裏。
所謂、魔改造というやつですね。
まぁこんな設定も二次創作の醍醐味なのかなぁ。

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