BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
虚圏の白い砂漠が抉り取られる様にして出来た広く深いクレーター。
目が眩みそうなほど膨大な光と辺り一面の風景を変えてしまった衝撃波を伴って発生した大爆発は次第に終息し、一瞬白んだかに見えた空は、また永遠の夜へとその姿を戻しつつあった。
抉られたクレーターからは未だ砂煙が上がり、その様は爆発、いや力と力の衝突が生んだ威力の凄まじさを雄弁に語っている。
だが誰が思うだろう、この異常な光景、大地は抉れ砂は隆起し未だ残る霊圧の残滓は近づく事を躊躇わせるほど。
それだけの力の爆発を成したのがたった二人、しかも互いのたった一撃その衝突の結末であるという事を。
両者が全霊をかけた一撃、己が命を賭けた者とその覚悟に応えようとした者、覚悟と覚悟の衝突、それこそがこの場に広がる壮絶な景色の理由であった。
クレーターから立ち昇る砂煙が次第に収まりはじめる。
晴れつつある砂煙に映し出される影は二つ、一方は女性の形をした影、そしてもう一方は何とも形容しがたい形の影だった。
人では無くかといって動物でも無く、形容できる形を成していないなにか、何かの塊という表現が一番適切ではないかと思われるその影。
煙が晴れることで二つの影は今まで隠されていた実体を表した。
女性の形をした影は黄金の髪に翡翠色の瞳、褐色の肌を白の衣で包んだ美しき破面、ティア・ハリベル。
形容しがたい影は、轟々と燃え盛り全てを焼き尽くす紅い業火の大虚、フェルナンド・アルディエンデ。
この巨大なクレーターを生み出した二人は、互いの必殺の一撃を受けて尚生き延びていた。
生き延びた、という点から見れば二人は同じと言えるだろう、しかしその状態はまったく違っていた。
当然の如く人としての形を残し、ふらつく様子すらない余裕を感じさせて自らの足で大地に立つハリベルと、まさしく全身全霊を込めた特攻を仕掛けハリベルの王虚の閃光を真正面から受けたフェルナンド。
先程の影として見えた彼の姿からも判るとおりフェルナンドはもはや炎の収束体である炎馬の形態をとる事など出来ず、自身そのものである炎の身体を維持する事しか出来ないでいた。
身体の左側を正面に半身の構えで油断無く佇むハリベルと唯己を維持するだけのフェルナンド、もはや彼には戦闘は困難どころか完全に不可能の状態。
そこにあるのは力の優劣であり覆らぬ勝敗の確定、ここに二人の戦いは決着したのだ。
「チッ、結局はこのザマ……かよ。俺の全てを賭けたってのにアンタの命には届かねぇ。かといって生きた実感が得られた訳でもねぇ…… 唯ボロカスになって、無様に死んでいく訳だ…… ハッ! 笑えるな…… 」
フェルナンドは笑う、何一つ掴めなかった無様な自分を嘲笑う。
全霊をかけた攻撃でもハリベルの命を奪うには足らず、求め続けた生の実感も結局得る事は出来なかったと。
ハリベルとの戦いの中でギリギリの勝負の中で確かに感じた感覚、戦いの喜びと命と命のぶつかり合い削れていくの中で感じた生の実感への手応え。
この一撃で自分は死ぬだろう、だがそれでも自分がこの一瞬を生きたと感じられるならばそれでいい、そう思い放った最後の突撃の中、迎え撃つハリベルの攻撃をその身に受けそれでもその只中を突き進む彼が感じたのは、生の実感ではなく
今まで死を体感しても感じた事がなかった恐怖、それが彼の中でブクブクと膨れ上がったのだ。
そして死にたくないと感じた自分が生き残っている現状、それをフェルナンドは自分が
それ故に自分の一撃はハリベルの命に届かなかったと。
恐怖に退いた一歩、それが自分の全霊の一撃を僅か鈍らせそれ故に踏み込めなかった一歩が命を遠ざけたのだ、と。
フェルナンドにはそれが屈辱的で、それ故に愚かで無様な自分を笑ったのだ。
「笑えるだろ? ティア・ハリベル…… 俺はビビっちまったのさ。テメェが望んだものを手に入れようとしたその時に、俺は退いちまった。命を惜しんだ、そして無様に…… 生き残ったんだ…… 」
自らの苦々しい思いを口にするフェルナンド。
己の一撃を正面から受けようと対峙していたハリベルに、彼は己の愚行を伝え聞かせる。
そうしなければフェルナンドの気が済まなかったのだろう、最高の一撃、最高の殺し合い、それを自分が
互いに、少なくともフェルナンドは己の全霊をかけると誓ったその戦いに、自分は泥を塗ったのだ、と。
フェルナンドはその思いをハリベルに告げようとしたのだ、少し前の彼ならば考えられない行為、戦いというものへの向き合い方がフェルナンドの中で少しだけ変わっている。
本人にその自覚は無くともハリベルにはそれを感じるには充分だった。
「……貴様の言いたい事は判った。 だがそれの
「だが、俺は戦いの中で退いちまった。 アンタは最高の一撃を放っただろうに俺はアンタに掠り傷一つ負わせてねぇ。それは俺が退いちまったせいだ、アンタの虚閃を進む脚、その最後の一歩を踏み込めなかった…… それはアンタが言う“戦い”を侮辱した事にはならねぇのかよ?」
フェルナンドの苦々しい思いを、それの何処が悪いのだとハリベルは一蹴する。
戦いの中で恐怖を感じる事、そんなものは誰しもが感じている事。
今までそれを直視してこなかったフェルナンドにとってそれはさぞかし衝撃的で、何にも増して屈辱的な事だったのかもしれない。
それは彼が戦いを愉悦の為だけに用いていた為でもあり、自身よりも強いものと相対した事が無かった為でもあったのだろう。
故に彼は初めて感じた感情である恐怖を受け入れがたかったのだ。
自分よりも強い力、自分よりも強い存在、自分の弱さと小ささを。
だがハリベルは言う、恐怖を感じる者と感じない者の違い、恐怖を感じない者は唯の獣であると、そして恐怖を感じて尚戦場に立つ者こそが本当の戦士であると。
そしてそう語る彼女はこうも感じていた、戦士と獣を別ける境界をそう定義したとするならば、やはり
「確かに貴様は戦いの中で恐怖を感じた。だがそれならば何故逃げなかった? 向かってくる私の攻撃から身を翻し、彼方遠くまで飛び去ってしまわなかった?貴様は恐怖を感じながらも私の攻撃の只中を進んだ…… それの何処が戦いを侮辱する? 貴様は恐怖を感じながらもそれから逃げ出さず貫いたのだ、貴様自身の覚悟を。 ……そしてそれは
そう言ってハリベルは今まで半身にしていた身体をフェルナンドに正対させる。
そうすることで見えるのは今までフェルナンドにとって死角となっていた彼女の右腕。
見えた彼女の白い衣は肩口から先が無く、刀を握った手から腕、肩にかけての所々を熱傷が覆っていた。
そう、フェルナンドの全身全霊を賭けた最後の一撃は間違いなく、彼女にとどいていたのだ。
「……チッ! 今まで右側を隠してたのはそういう訳……かよ。こんなボロカス同然になった相手にまで傷を隠すとは随分慎重なことだ。やってられねぇなぁ、まったく…… 」
それを見るやフェルナンドは最早呆れた、といった風で毒づく。
自身の圧倒的有利、それどころか完全な勝利の中でも決して油断しないハリベルの振る舞いに、呆れを多分に含んだ言葉が漏れるのは仕方が無いだろう。
だがその呆れた声の中には喜色も伺えた。
そしてその喜びの最たる理由はきっと、自身の一撃が彼女に届いていたという事実のためかもしれない。
「その言葉は褒め言葉として貰っておこう。 戦いにおいて自分の弱味は見せない、戦士の心得の一つだ、覚えておくといい」
「ハッ!そうかい…… クソッ、俺の負けで幕、って事かよ。 ……だが悪い気はしねぇ……な。 初めて負けたってのに不思議なもんだぜ…… さぁ
全てを受け入れたフェルナンド、自らの敗北を認めた彼は言う、戦いに、殺し合いに幕を引けと。
命と命のやり取りの中でどちらも生き延びる、などという事はありえない。
全てが丸く収まるなど綺麗事、大昔の御伽噺の中だけの所詮紛い物の幻想に過ぎず、現実はどちらかが血を流しその命の火を消さなければ終わりにはならない。
故に殺せと、勝者であるお前のその手で俺を殺せとフェルナンドは言うのだ。
だが敗者の言葉を勝者が聞いてやる必要は無い。
「それはできない。貴様は私と共に来てもらう…… それに貴様が言ったのだろう? 連れて行きたければ力ずくでそうしろ、と。それだけの力を私は示した心算だが?」
「なっ! アンタどういう心算だ! ここで俺を殺さねぇとこの殺し合いは終わらねぇと言っただろうが!」
止めは差さない、それがハリベルの答えだった。
ハリベルにとってそれは当然の選択、元々彼女の使命はこのフェルナンドを虚夜宮へと連れて行くこと、途中彼の意気に流され戦いに熱が入ってしまったのもまた事実ではあるが、それとこれはまた別の話なのだ。
そして使命以上にハリベルはフェルナンドを気に入っていた、初めに会った時ような何者にも噛み付く剥き出しの爪や牙を思わせる獰猛な雰囲気は今はなく、禍々しい雰囲気も感じられない。
まるで憑き物が落ちたような彼ならば、きっといい戦士となるとハリベルは感じていたのだ。
だが当然そのハリベルの返答が気に入らないフェルナンド。
彼にとって戦いの終わりは常に誰かの死によって締め括られるものであって、それが存在しないという事は戦い自体が終わっていないという事に他ならない。
そんな中途半端が許される筈がないとするフェルナンドは、止めを差せと吼える。
だがそれもまた敗者の言、彼の殺生与奪は今彼女によって握られており、ハリベルが殺さないといえばそれに従うより他無い。
「ここで俺を殺さなけりゃ俺はアンタの命を狙い続ける。いつか必ずアンタを殺すぜ?それでもいいってのかよ 」
「問題ない。 いくら貴様が強くなろうとも私が貴様に敗れる事などありはしないからだ。状況をよくよく見るがいい、貴様がそれ程消耗して私に負わせた傷が熱傷程度…… 私の命を奪うにはまだ
今自分を殺さなければ、いつかお前を殺してやる。
フェルナンドがその言葉に乗せた意思に嘘は無いのだろう、確証も何も無くしかし必ずそうするという彼の強い意思、それを受けてもハリベルは動じる様子は見せなかった。
放たれたハリベルの言葉は多分の真実と僅かな挑発、そしてそうなることをどこか望んでいるかの様な言葉だった。
だがフェルナンドからすればその言葉は多分の挑発と、万に一つもそんな事は起らないという彼女の自負、何より自分自身を甘く見られていると受け取るには充分すぎる言葉だった。
「ハッ! 笑えるなぁティア・ハリベル…… それじゃあ何か?俺がいくら強くなってもアンタは殺せねぇ、と…… 俺程度に負ける訳が無ぇ、と…… 俺の言ってる事が口先だけの虚勢だと、そう言いたい訳だ…… いいぜ、何処にでも着いて行ってやる。ここまで虚仮にされたのは初めてだ、今は無理でも何時か必ずアンタは俺が殺してやるよ。待ってろ、直にアンタの喉元に喰らいつける力を、つけてやる……!!」
フェルナンドの感情に呼応して彼の炎が勢いを増し燃え盛る。
単純ではあるがそれは迷いの無さとも取れるフェルナンドの思考、今のままでは彼女に勝てない、それを認めた上で力を付ければ必ず自分は彼女の命を奪えるだけの力を手に入れることが出来るという自信、自負。
己の力を僅かも疑わない思考、厚顔不遜ともとれる思考はしかし強者にとって必ず必要なそれでもあった。
自らの力、それを疑う者に勝利が微笑むことなど無いのだ。
ハリベル自身ここまで効果覿面とは思っていなかった自分の言葉、彼女にとって結果は上々と言えるだろう。
これによりハリベルの任務は一応の達成を見た、後にこのフェルナンドとの出会いが彼女にとってどれだけ価値があるものだったかを今の彼女は知る由も無い。
そしてこの出会いが彼女にとって、いや虚圏にとって激動の幕開けであるという事も。
白亜の宮殿
巣食う化生
王の眼差し
激動の幕開け