BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.55

 

 

 

 

 

 

緋色の閃光が迫り来る。

破滅の光り、虐殺の咆哮、ただ命を奪う事しか出来ない緋色の光。

それを前にし、白と灰色のコートを翻しながらその女性は微動だにしなかった。

彼女目掛け一直線に、彼女を殺すという意を存分に滾らせた光を前に彼女は動けない、いや動かないのだ。

脇に抱え込まれるようにして構えられた巨大すぎる銃、いっそ大砲だと言ってしまった方がわかり易い様なそれを構えたまま、女性は動かない。

それは彼女もまた意を示しているが故。

必殺の意、今まさに放たれるであろう砲火に乗せた覚悟を示しているが故。

 

眼前に迫り来る緋色の光、それをして瞳を揺らす事無く銃を構える彼女。

緋色を写す薄紫の瞳は緋色の光よりもその光の先を、それを放った黒き剣の山を射抜く。

他の景色を排し、それこそ迫る緋色の光すら余計であるとして排し貫く彼女。

 

そして、引き金は引き絞られた……

 

 

 

 

 

 

 

奔った極光は緑。

細く細く、極限まで絞られしかし僅かの威力すら落とさず、それこそ絞られる事でより威力を増したかのような緑色の細い虚閃は、彼女に迫っていた緋色の光を何の苦も無く貫き、瞬く間に掻き消しながら進み再び虚園の夜空を二分する境界線を描いた。

 

圧縮装弾虚閃(セロ・コンプレシオン)

リリネット・ジンジャーバックが放った虚閃の名。

表である“人”の彼女と、裏である“銃”のコヨーテ・スタークによって放たれるその虚閃。

名の示す通り圧縮し、装弾された弾丸を極限まで絞り放つことで“点”としての圧倒的貫通力と弾速、そして威力を併せ持つ技。

だが恐るべきはその圧縮率、ネロの吼虚閃(セロ・グリタール)が数発分の虚閃を無理矢理押しつぶして放つのに対し、リリネットとスタークが放った圧縮装弾虚閃は圧縮するという工程を片方が集中し担う事で完全に統制され、同じ類の技に分類されながらもネロとは比べ物にならない量の虚閃を圧縮している。

先の一撃、ネロの腹に風穴を開けた一撃でおおよそ虚閃百発分(・・・・・)、それも一介の破面ではなく霊圧を見ればネロと肩を並べるほどの者の放つ虚閃がだ。

 

百を百としてではなく、百を一として放てるという異常性。

それに耐えうるスタークという名の銃、その為の巨大さ、取り回しの悪さであり重さではあるがそれを鑑みても目を奪われるは圧倒的な破壊力だ。

何故ならば、今となっては十刃最高硬度を誇るノイトラ・ジルガの鋼皮すら凌ぐであろう彼の黒曜鋼皮(イエロ・オブシディアン)を、割るのではなく貫通したのだから、それも苦も無くという言葉を窺わせて。

 

 

その圧縮装弾虚閃の第二射、ネロが滾らせた怒りのままに放った虚閃を難なく貫いた攻撃。

やや撃ち下ろし気味で放たれたリリネットの虚閃は遠く彼方の砂漠を貫き、地平を一瞬明るく照らすような巨大な爆発を産み出した。

放たれた虚閃、その圧縮弾数実に千発。

四桁に及ぶ虚閃の一撃、どうしようもないほどの威力によって彼方で発生した爆発は間を置きながらもその爆風と衝撃波を彼女に伝え、黄緑色の髪と、そして白と灰のコートを翻す。

 

 

「ごめん、スターク。 ちょっと外したみたいだ……」

 

《気にすんな。 それに外したんじゃなくてヤツが避けたらしい…… 流石は第2十刃、って事なんだろうがな…… 面倒なこった…… 》

 

 

 

爆風の強い風、そして空間が爆ぜた事による衝撃波を前にリリネットはその瞳を閉じる事無く、冷静に眼前の敵を見据える。

そして零れた言葉は謝罪、放った圧倒的攻撃に対して眼前の敵はそれに見合わずその身体の形を残していたのだ。

心臓を狙ったリリネットの千の一撃を標的である黒き剣の山、ネロ・マリグノ・クリーメンは寸前で避わしていた。

 

巨大な剣の山と化し隆起した左肩を根こそぎ抉り取られながらも。

 

放たれた虚閃の大きさは同じ、しかし、込められた力は単純に考えて十倍。

そして千を一として放つということは、百を一としたそれよりも自然威力が高まるのは自明の理。

ただ腹部を貫通したのみの最初の一撃、だが二撃目の圧縮装弾虚閃はネロの左肩を貫き、それだけに留まらず射線の周りにあった彼の岩剣の鎧も、そして肉体をも根こそぎ抉り取っていったのだ。

圧倒的な威力、そうとしか言いようが無いリリネットが放つ虚閃、だがそれをネロは生き延びた。

 

それは本能、リリネットの虚閃を前にし、まさにそうとしか言いようが無いものがネロを突き動かしたのだ。

理由も思考もない、ただその身に感じた感覚、おそらく彼にとって人生において一度しかなかった感覚、“大帝”バラガン・ルイゼンバーンへ挑み返り討ちの目に合わされた折に感じた感覚が叫んだのだろう。

避わせ、避けろ、抗え、何をおいてもその一撃に、例え痛みを覚えようとも、例え矜持に反そうとも、でなければ死ぬぞ、何者でもないただ確実な死だけがお前に降りかかるぞ、と。

 

その感覚の名は“恐怖”

圧倒的に迫る死に感じる恐怖であり、ネロ・マリグノ・クリーメンという破面にとって自身へと一身に集まるものであり、同時に彼の内側からは最も遠かったであろう感覚。

それがネロを突き動かし、左肩、そこから繋がる左腕が僅かに残った脇の肉を介して胴とかろうじて繋がっている状況ではあるが、彼の“命”を取り留めた感覚の名であった。

 

しかし恐怖を感じるという事は同時に、それを彼の身に覚えさせた者は彼にとって脅威であるという事の証明でもある。

だがそれは許されない事だ。

少なくとも彼、ネロにとっては許されない、許される筈が無い事。

見た事もない新入り、不遜にも彼に楯突き、更には彼を敵として倒すと、そして簡単に死んでもらっては困るとまで言い放った不貞の輩。

ただ一方的に虐殺するべき対象に、虐殺者である自身が脅威を感じたという現実。

 

許し難い。

ネロにとっては何よりも。

彼にとって弱者とすら呼べぬはずの塵が、至高の“神”である己に弓を引く、その番えられた矢に神が脅威を感じるなどという事はあってはならないのだ。

 

 

「塵がぁ…… 塵が、塵が塵が、塵が塵が塵が塵がゴミガァァァアァアアァアアア!!!オレ様は“神”だ!! その神に対してテメェは何をした!!! グゥアァァアア!!オレ様の! 神たるオレ様の血肉が失われる! 痛ぇ!!ふざけんじゃねぇ! 死ね死ね死ねシネェェエ!!クソ塵が! ありえてたまるか! お前等に塵に!オレ様に殺される為だけに生きてる娯楽人形に!このオレ様を傷つける許しを与えた覚えは無ぇ!!グアァぁ! クソがぁあぁぁあぁあ!!!」

 

 

 

支離滅裂な叫びは、しかし彼の精神を如実に物語る。

多くの感情と感覚、怒りであり痛みであり、そして僅かな恐怖とそれを否定する傲慢なまでの自尊心。

それらが綯交ぜとなれば理知的な思考など追いつくはずも無く、そもそも理知的な思考があるかも怪しいネロからはただ、否定と怨嗟が叫び垂れ流される。

 

ぶらりとただ垂れ下がるだけのネロの左腕。

巨大で強力無比な彼の左腕、竜の(アギト)を持ち命を殺し喰らう彼の左腕は最早動かない。

当然だろう、破面という強大な力を持つ存在、肉体の強度は人間を軽々と上回る。

しかし、いかに強力で頑強な身体とて構造は人のそれと然程変わりはなく、肩の大部分を喪失した状態で腕を動かすことなど出来ない。

フェルナンド・アルディエンデは腕全体を挫かれようともただその“意”をもって無理矢理に動かしたが、これは状況が違いすぎる。

意をもって動かそうにも、そもそも動かすものが存在しない、肉も骨も肩を構成する肉体をネロは喪失している。

故に彼の左腕は完全に“死に体”、幾ら叫ぼうが脳が電流を走らせようが幾許も動かすことなど叶いはしないのだ。

 

 

「グァラァァァアアァアア!! 死にさらせ塵がぁぁあ!!神を殺そうとした罪を償え!!塵滓以下の命を差し出せ!殺してやる! 殺してやる殺してやる、殺してやるぞ!!ガァアァアァアアアア!!!」

 

 

叫ぶが早いかネロはリリネット目掛け神速の加速で持って突進する。

左の巨椀はただ彼の加速に追従するのみとなっていたが、今の彼にそんな事を考える思考は存在しなかった。

ただ殺す事、それだけが今ネロを支配しつつあり、それだけを追い求める彼に左腕を気遣う思考は余分でしかない。

ネロの視界から周りの景色が徐々に消えていく、いや、消えていくというより標的であるリリネット以外の景色は赤く染まっていった。

視界の端から徐々に、中心に捉えたリリネットの姿を覆いつくさんとして徐々に広がる赤がネロを支配しつつ、リリネットに肉薄したネロはただ大きく振り被った右腕をリリネットへと叩きつけようと振り下ろす。

 

 

「くっ! 」

 

 

思わず声を漏らしながらリリネットはその一撃を大きく後方へ跳ぶことで避わす。

何の小細工も無い一撃、振り下ろされただけの一撃はしかしただそれだけにも拘らず、リリネットに圧倒的な圧力を感じさせた。

しかしネロはそれだけで止まらず、再び宙を蹴りリリネットを追う。

繰り出されるのは右手の斬撃にも似た爪と、無数に乱立する岩の剣で武装した彼の尾、或いは強力な下肢での蹴り等、ただ支離滅裂の叫びを繰り返しながらリリネットを追い立てるネロではあったが、その実追い立てる攻撃の全ては感情の揺れを感じさせない的確なものであった。

それは一重にネロ・マリグノ・クリーメンという破面の根源。

ただ命を奪う事だけに特化し、それを暴慢の意をもって振るう彼ではあったがその力は本物。

殺す、余計な感情を排し、それこそ暴慢な意を排して振るわれるそれはただ貪欲なまでに命を奪おうと動くのだ。

理性、感情、情動、その全ての箍が緩み、顔を覗かせるネロ・マリグノ・クリーメンの力、暴竜の片鱗、それが今リリネットを追い立てる。

 

 

「まだかよ! スターク!!」

 

 

荒れ狂いしかし研ぎ澄まされる暴竜の攻撃を前に、リリネットはやや大きな声で抱える銃、スタークに声を飛ばす。

余裕をもって避わせてはいるが、こうも攻め立てられ距離を潰され圧されてはいかにリリネットとて焦りの一つも見せるだろう。

リリネットは遠距離からの圧倒的突破力と攻撃力による戦闘を得意とする破面。

遠距離攻撃に特化する、ということは当然近距離での戦闘は想定しておらず、強大な威力を得るための代償である巨大な銃は取り回しが悪く近距離では使い物にならない。

まして間合いの内側に入られればそれは由々しき事態、彼女が単独で戦闘をするならばそれは死すら意味する事態なのだ。

それゆえ距離を潰し、間合いを潰し、攻撃の隙を与えまいとするネロの行動は彼女にとっては厄介極まりないもの。

故に叫んでしまう、片割れの名を。

 

 

《もうちょい待ってろ! 流石に“千発”の後はキツイ。だがもう少しだ、お前はこれしか(・・・・)無いんだから気合入れて避けろよ!》

 

「わかってる! アタシだって出来れば“狼”は使いたくないんだ」

 

《あぁ…… だから判ってんな?やばかったら…… 》

 

「うん。 いつでも大丈夫…… 」

 

 

ネロの尾による横薙ぎを宙返りをするようにして避わしながら、スタークの言葉に再び叫ぶようにして答えるリリネット。

装弾を催促していた先程の彼女の言、それにスタークは厳しさを滲ませながらも答えた。

虚閃という名の弾丸、その圧縮は技量と集中を必要とし、それ故に次弾の圧縮には時間を要する。

先も、そして今もリリネットがネロの攻撃に反撃すらせずに避け続けるのはそういった理由。

そしてなによりリリネットがもつ攻撃手段は、スタークという名の銃から放たれる圧縮装弾虚閃以外に存在しない。

いや、厳密にはもう一つ攻撃手段はあるのだが、出来れば使いたくないという言葉からそれを積極的に使用する事は考えづらく、結果たった一つの攻撃手段しか持たないのがリリネット・ジンジャーバック=コヨーテ・スタークという姿の二人の欠点。

強力な一撃を持つ故の弊害か、唯一つに特化したためにそれ以外を行えない、攻守のバランスなどという事を度外視した攻撃性能が今、この場においては仇となっていた。

 

 

「オォオォオォォオオオオォオオオ!!! 死ねぇ!!死ね!シネ! 死ねぇぇえぇぁああああああ!!!ウォアァアアァアア!!」

 

 

叫ばれる言葉に最早理性は見えない。

ただ死を、敵を死に至らしめんとする本能だけがネロを支配していく。

理性を失う事に比例するようにより鋭くなるネロの攻撃。

それは己の持つ力を彼自身がもてあましていたという事なのか、それとも理性というものがあるが故に、己が暴慢を満たさんと彼がしていた為に埋もれていたものなのか。

ネロという破面のおそらく最高の形、もし彼が戦士として鍛錬を積み、己が力を過信、慢心する事無く進んだ先にあったかもしれない鋭さ。

戦士ネロ・マリグノ・クリーメンの姿がおそらく今リリネットを追い立てている鋭さの正体。

 

しかしそれは叶わぬ姿。

何処までいこうともネロは戦士にはなれない。

理性の箍、感情の箍が外れかけていたとしても、そこで見え隠れした姿、攻撃の鋭さが如何に素晴らしかろうともそれは幻。

ネロ・マリグノ・クリーメンの性は他者を己が欲望を満たす為の道具としてしか見れない“暴虐の徒”であり、その暴を意識して振るう“暴君”でしかないのだから。

 

 

《いけるぞ! リリネット!》

 

 

ネロの攻撃を跳びはねる様にして避わし続けていたリリネットに、遂に待ち望んだ言葉が届く。

その言葉に反応し、リリネットは叩きつけられたネロの黒い岩の尾を紙一重で避わすと、乱立する剣の腹の部分を強かに蹴り無理矢理に距離をとる。

間合いは必殺、敵は攻撃後の僅かな硬直を彼女に晒し、彼女に自身の勝利を疑わせるものは何一つない。

 

 

「喰らいな! 圧縮装弾虚閃!!」

 

 

引き絞られた引き金、長く伸びた銃身の先にある細く絞られたような銃口から放たれたのは緑色の極光。

速く、研ぎ澄まされ何者をも貫く狼姫の一撃は、放たれた瞬間に既に必殺。

徐々に硬くなっていくネロの黒曜鋼皮をもってしても防ぐ事はかなわず、今すぐ硬化することは出来ないその鋼皮では守りにはあまりにも薄い。

 

故に決着。

リリネットはもとよりおそらくスタークすらもどこかでそう思ったであろうその光景。

神速にまで達したかのような攻撃の速度は避わす事など叶うはずがないだろうと。

引き金を引いた瞬間が決着、二度の砲撃でリリネットの誤差は修正され、狙いを違う事などないと。

故に決着。

誰しもがそう思う光景がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

「アカンわ。 そら、ちょっと甘すぎるなぁ 」

 

 

 

 

 

 

 

その声の主は市丸ギン。

戦場より遠く離れた場所、白い羽織と銀色の髪を靡かせながら戦場を見守る彼から零れたのはそんな言葉。

誰に言うでもない、まして戦う者達に届くとも届けようともしている訳でもないその言葉。

しかし確信に満ちたかのようなその言葉。

笑顔の下に隠れた怜悧な彼の一面がそう告げる。

甘いと、そんなにも簡単に決着が着く訳がないと、仮にも神を自称していた者をそう易々と()れる筈がないと。

 

 

そしてその言葉は図らずも現実となった。

 

 

 

「嘘……でしょ……」

 

 

零れた呟きには驚愕しかなかった。

銃口から放たれた緑の極光はその威力を存分に発揮し遠く彼方の空へと消えていた。

しかし、しかしそれを放ったリリネットの目には異常なものが映る。

それはネロ・マリグノ・クリーメンの姿。

ネロが居る事、それ自体になんら異常な事はない筈、だがそれは何より異常なのだ。

リリネットが放った必殺の極光、その光が治まりそこに立つのはネロ、ネロ・マリグノ・クリーメン。

 

無傷の(・・・)ネロ・マリグノ・クリーメンがそこに立っていたのだ。

 

 

それは、彼がそこに立つという事は証。

肩を抉り取られたその姿、腹部に開いた穴は鋼皮の棘によって塞がれて入るが、その隙間からは血が零れ落ちる。

 

しかしそれだけ。

 

ネロが負っている傷はそれだけ。

そう、三度放たれた極光によって負った傷は二つ。

それは即ち無傷の証。

ネロが三度目に放たれたリリネットの圧縮装弾虚閃を完全に避わしたという証なのだ。

 

 

「銃いう武器は確かに強力や。 速いし強い、おまけに相手の間合いの外から好き放題攻撃出来る。願ったり叶ったりの武器や。 でもなぁ…… そんな万能はありえへん。銃には欠点がある、それは弾は絶対に銃口の向いとる方(・・・・・・・・)真っ直ぐ(・・・・)にしか飛ばんいう事。なら後はその向きと、撃つ拍子さえ掴んでもうたら避けられるいう算段や。えらい強力な一撃も、ただ避けられたら目も当てられんいう事やねぇ」

 

 

独り言、呟きの域を出ないその言葉はしかし的確で的を射ていた。

銃という武器、その有用性、破面達は虚閃という遠距離攻撃をもっているがそれを主に使う者はいない。

その爪で、或いはその牙で敵を殺し喰らってきた過去を持つ彼らは皆一様に肉体による戦闘に特化していく。

それは獣の本能であり、闘争の姿。

それに対する銃という武器は実に有効なものと言える。

なにしろ間合いが違いすぎる、相手は近付かねば攻撃を出来ずしかし銃はお構い無しに相手の間合いの外から攻撃が可能。

より遠くから、自らの身の安全を確保しつつ如何に相手を仕留めるかを追及した武器、それが強力でないはずが無い。

 

しかし、市丸はそれを理解した上で欠点を指摘した。

銃という武器がもつ最たる欠点、それは攻撃の軌道が直線的であるという事。

込められた弾は火薬の炸裂によって銃身を高速で進み銃口より発射される、そして弾はただ真っ直ぐに標的目掛けて奔り射抜く。

そう、銃とは銃口から真っ直ぐに伸びた直線上にいる敵しか射抜けない武器。

標的との最短距離をいく弾丸、直線上を走る弾丸、しかし理解してしまえばどうという事はない。

ネロがしたのは至極簡単な事、市丸が示したとおり銃口の向きから射線を導き、放たれる寸前で回避しただけ。

だがそれは簡単な事の様であってその実そうではない、早ければ気付かれ遅ければ射抜かれる、刹那の攻防、“撃つ”というリリネットの“意”を捉えたネロの感覚の勝利。

リリネットの圧縮装弾虚閃は威力を極限まで高めるために、その範囲を絞り放たれる。

それが彼女には災いだったと言えるのかもしれない、そうして絞られているからこそネロは刹那の勝利を手にした。

研ぎ澄まされた今の彼、理解しての行動ではなくただ本能がそれを行わせた結果彼は生き延びたのだ。

 

 

《馬鹿野郎! 呆けてんじゃねぇリリネット! 》

 

「えっ? 」

 

 

驚愕、ある意味仕方が無い事であってもそれは愚かな瞬間。

この一瞬、戦いの刹那の中ではあまりにも無防備な瞬間に他ならない。

驚きに支配されたリリネットは戦いの最中にあってその一瞬を晒してしまっていた、それも命を刈り取る事を呼吸とする暴威の前に。

叫ばれた片割れの声に反応した彼女、しかし遅い。

踏み込まれた一歩、暴威の竜は既にまるで距離など無かったかのように瞬時にリリネットへと肉薄していた。

 

そこは絶死の間合い。

巨大すぎる銃は取り回しが悪く、肉薄されれば只の巨塊と成り下がる。

しかしリリネットは動けない。

驚愕からの回復と何より強力な攻撃にはリスクが伴う、それは彼女の攻撃手段がそれしかない事もそうであるが、砲撃後の隙というのは消せるものではない。

なにより自らの必殺の一撃を完全に避けられたという衝撃は動揺を誘い、彼女に精彩を欠かせるには充分。

 

 

「「グァオォォオオオォオオオォオオ!!! 」

 

 

リリネットを前に咆哮するネロ。

しかし一瞬の肉薄、完全な優位とは裏腹に、ネロの咆哮は次第言葉を失っていく。

言葉は無く、ただ叫ぶ事が今の自分を表すのだと言わんばかりに、その太い喉を震わせ大気を震わせる。

だが失われつつもただ一つ彼から失われないのは、“殺す”という彼にとって最も重要な事柄。

それさえあれば彼はネロ・マリグノ・クリーメンたり得るとさえいえる行為。

今それが彼には満ち、他は彼方へと排除されている。

必殺の一撃の裏返しは必滅の一撃、そして必滅とは自らの破滅を表し振り上げられたネロの右腕は、まさしく彼女にとっての必滅であった。

 

 

 

 

 

 

 

そう、彼女にとっては(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

ガチャリ、という音がしたのはネロの眼下。

リリネット・ジンジャーバックが今の今まで立っていた場所から。

振り上げた右腕はそのままに、ネロの瞳が音の方へと向けられる。

そして向けられた瞳に映るもの、それは黒く塗り固められた二つの(・・・)銃口。

その先に居るのは小柄で白地に灰色の毛皮のコートを羽織った黄緑色の髪の女性ではなく、波をうつ黒い癖毛に顎鬚を生やし、彼女と同じコートを身に纏った長身の男の姿。

コヨーテ・スタークが彼の眼前に二丁の銃を構え立っていたのだ。

 

 

「言ったろう? 俺とリリネットは二人で一人、一枚のコインの裏と表、そのコインの裏と表が返るのに一瞬の隙もありはしないんだよ」

 

 

そして引き絞られる二つの引き金。

連射に適した左の銃、強力な一撃に適した右の銃、それぞれの特性など無視した強烈な連射がネロの顔面にほぼ距離の無い位置から浴びせ掛けられる。

攻撃の反動でその場から後ろへと飛ばされるスタークだがそれでもお構い無しに、彼はただ虚閃を撃ち続けた。

ネロの守り、黒曜鋼皮が唯一覆っていない彼の顔、おそらく彼が晒している唯一の弱点らしい弱点に放り込む、何十発という虚閃を。

 

スタークが銃撃を止めた頃にはネロが居たであろう場所は砲撃による霊子の乱れとネロの鋼皮に弾かれた虚閃の残滓とで爆煙の山が出来、ネロがいたであろう場所を包み込んでいた。

 

 

《ごめん、スターク…… 迷惑かけちゃって…… 》

 

「ったく…… 迷惑なんて思って無ぇよ。 俺等の生き方はこういうもんだろうが、二人で支え、補えばいいんだ」

 

《うん…… ありがと…… 》

 

 

二丁の銃へとその姿を再び変えたリリネット、自らの窮地を救ったスタークにどこか後ろめたさを感じたのか、彼女の口から零れたのは謝罪だった。

しかしスタークはそんなものは必要ないという。

彼にとって、いや彼らにとってそれは当然の事なのだろう。

支えあい生きてきた彼ら、片方の危機をもう片方が救うことになんの疑問があるというのか。

 

そうしたリリネットとの短い会話の中でも、スタークはその視線をネロを包む爆煙から外さない。

残心、仕留めたかも定かではない相手に警戒を解くほど彼は愚かではない。

 

 

(さて、あれでどれだけ効いてるもんかねぇ…… 俺だって“狼”は使いたくない。 だが、“切り札”の方が駄目ならやるしかない……か)

 

 

一瞬の思考、逡巡の間にネロを包んだ煙が晴れていく。

そこには当然のように黒い巨岩が、ネロが立っていた。

しかし違うのはネロが俯きその顔からはいまだ煙が上がっているという事、やはり無防備な顔にスタークの虚閃の乱撃はネロにとっても痛手という事か。

だがスタークはその姿を見てほんの少し眉をしかめる。

本当ならあれで頭が消し飛んでくれた方がよかったと、おそらく効いていない訳ではないがそれでも効果は薄かったという事に、眉をしかめずにいられないスターク。

しかし、そのスタークに追い討ちをかける出来事が今、起きようとしていた。

 

 

煙が晴れ、視界も晴れ、互いの姿を確認出来るまでに至ってもネロに動く気配が見えなくなった。

それはどうにも不可解な事。

先程まで支離滅裂に叫び、言葉すら失ったかのように吼えていたネロが動かず、そして叫ぶ事もしなくなったのだ。

つい先程までの行動が嘘のように、俯き動かないネロ。

その姿に怪訝な表情を浮かべるのはスターク。

まるで勢いを失ったかのようなネロの姿、顔面への攻撃が彼の気勢を削いだのか、はたまた別の何かなのか。

暴威を振るっていた者の急停止、それがスタークには何処か不気味にすら感じていた。

 

 

 

そしてその感覚は間違いではない。

言ってしまえばそれは嵐の前の静けさ、だが只の嵐ではない。

理性の箍、感情の箍、そして本能の箍、厳重に架せられた数々の錠前。

ネロ・マリグノ・クリーメンという破面の本質を何重ものそれらは覆い、鍵をかけ、締め上げていた。

 

 

だがしかし、その全ては今外れようとしている。

 

 

ネロという破面がかつて感じた事が無いほどの怒り、かつて感じた事が無いほどの痛み、そして感じた感情を許容できないという圧倒的な圧迫感。

理性が押しつぶされ、感情は振り切れ、そして本能は際限なく加速しとどまる事をしない。

すべての停止装置が今彼の中で破壊され、それを失った彼の全てがが際限なく燃え上がり、或いは加速し、そして限界を超えそれでも止まらない。

 

いや、もう止まれないのだ。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 

 

 

 

最早それは言葉ではなく、叫びと呼ぶ事すら生易しいものだった。

肺に溜まった空気を全て吐き出し叫んでも足りないような大音量と、それだけで世界を吹き飛ばすかのような衝撃を伴ったそれがネロの口から放たれる。

跳ね上げられた顔に皮膚は無く、筋繊維が顕と成った顔に爛々と輝くのは、緋色の瞳を失って真っ赤に染まり見開かれた眼。

それは血の色であり彼が最も好む色。

視界の全てが赤に染まり、それでも飽き足らず赤を求める魔獣の眼。

全てが振り切れもはや人の姿に違和感すら感じるその化物は咆哮の後、劇的な変化を顕す。

 

 

失われた左の肩、その断面から瞬時に肉が盛上り肩を形成し、それでも飽きたらず膨張を続ける肉は長く伸びながらその内側から黒い岩の剣を生み出し、遂にその先端に竜の顎を創り出した。

新たに左肩より生まれた竜は瞬時に黒の鋼皮に覆われ、肩が再生を果たした事により左腕の竜もまた息を吹き返したかのように顎を開く。

そして変化はそれだけに留まらない。

右腕の爪は更に長く鋭く伸び、腕の太さはそのままにその掌から指だけは輪をかけて巨大に、不恰好で異様な変化を見せ、背中に乱立していた岩の剣山もその長さと本数を増し最早ハリネズミの様相。

一本だけだった尾は同じ根元より一息のうちに伸びたもう二本の尾により三本に、皮膚を失った顔はその全てを黒い鋼皮の鎧に覆われ、爛々と輝く眼以外は見えなくなり、怒りの意匠を伺わせる兜のような外観へと変化を遂げた。

 

双頭の竜、三叉の尾、長い爪と身体を覆いつくす剣の群れ。

果たした変化は最早、人型を捨てた姿。

人よりも竜に近い姿へと変化したネロ。

それも本来超速再生という能力を失っているはずの破面が肩を再生し、更には新たな肉体の部位を産み出すという正に規格外。

化物、そうとしか言いようが無い今のネロの姿とその性能。

 

それは一重に彼という破面の異常性。

有り余る霊圧、それを破壊と殺戮の為に使うネロ。

破面はその個々が抱える霊圧を無意識下で押さえ込んでいる。

なぜなら霊圧の全てを開放すれば待っているのは“死”だからだ。

まずもって肉体が耐えられない、強すぎる霊圧、肉体が受け止め切れない霊圧はそれだけで肉体を傷つける。

 

フェルナンドがいい例だろう。

子供の姿だったころの彼は、霊圧だけは不釣合いなほど強く、それを開放する事で力を得る事はできたが同時に霊圧を肉体の許容する以上に解放する度、自らの肉体にも多大なダメージを負っていた。

それが自明の理、無意味な自殺行為でしかないのだ。

 

 

だがネロは違う。

肉体がその完全な霊圧の解放に耐えられる。

しかし、彼自身がそれを意識して行えるわけではない。

無意識下で抑えているものを意識して外す事は容易ではないのだ。

だが今のネロはおおよそ意識と呼べるものが無い。

理性も、感情も、そして本能までもが停止、或いは振り切れ、本来それで止まるはずの肉体はしかし止まらず更なる加速と燃焼を続け限界は破壊される。

その後にあるのが無意識の開放。

霊圧が噴出し、負った傷はその莫大な霊圧によって無理矢理に修復されそれで終わらず更なる強靭で強力無比な肉体を求め、構成した。

意思を離れただただ強力な力を求め、止まる事無く最早意思すら止める事叶わずに。

産み出したのだ、魔獣を、双頭の暴竜を。

 

莫大な霊圧はその殆どを回復と進化に費やされ、しかし明らかに纏うそれも強力になっている。

その姿を目の当たりにし、その霊圧を目の当たりにしたスタークからどうにも面倒そうな溜息が漏れた。

 

 

「はぁ…… こいつはどうも…… 骨が折れそうなこった 」

 

 

そんな溜息と呟きは大きすぎる咆哮に掻き消され闇へと消えた。

 

 

ネロ・マリグノ・クリーメン。

 

第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ)にして虚圏の“神”を自称して憚らない暴君。

 

 

 

 

 

そして、彼が十刃として司る”死の形”、それは……

 

 

 

 

 

“ 暴走 ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歯止め無き暴

 

暴れ狂いしかし止まらず

 

途絶えぬ弾丸

 

飲み込む群青

 

王の名の下に

 

執行す

 

 

 

 

 

 

 


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