BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.60

 

 

 

 

 

新たなる十刃(エスパーダ)の誕生。

挿げ替えられた首は四つ、そう四つだ。

この数は異常な数。

十刃という虚夜宮(ラス・ノーチェス)最強の戦力をそれぞれが有する集団の中で、四つの首が、席が入れ替わるという異常事態。

だがそれは現実に起こり、その入替は下らぬ策や騙し討ちの類ではなくただ純粋な力によって成されたと、誰もが認識していた。

 

異常な事態、しかし彼等破面(アランカル)が崇拝するのはどこまでも“力”であり、それは他の何よりも雄弁に語る。

力の形はそれぞれ、純粋な武であり一人の軍団であり、禍々しき知であるようにそれぞれだ。

だがそれぞれが有するものは、形は違えど紛れも無く力。

そしてその力を示した彼らをして、多くの破面は思い知るだろう。

誰一人、その座に相応しく無い者などいない、という事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ! まったく面倒くせぇこった…… 」

 

 

虚圏(ウェコムンド)の闇空の下、フェルナンド・アルディエンデは舌打ちをし、一人愚痴を零した。

目線を上げれば何もかもを飲み込む暗い空、下を見れば白く美しく、しかし生命の存在を拒むかのように延々と続く枯れ果てた砂漠。

黒白の世界、以前の彼がその長い人生を過ごした場所であり、そしておそらくこれからも更に長い人生を歩む場所、虚圏。

破面である彼は今、破面の居城たる虚夜宮ではなく何も無い虚圏の砂漠にいた。

 

目的は単純、殲滅だ。

 

新たに彼が手に入れた彼の不自由であり、しかし背負うべきものの為に。

 

彼が新たに手に入れた『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』という号の責務の為に。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

「良く来たね。 フェルナンド。」

 

 

彼の上から降る言葉はいつもの如く笑みを湛えた声。

余裕か、(すべ)か、それとも別の何かなのか、男の湛えた笑みは確かな笑顔であると同時に何処までも他者を萎縮させる。

その笑顔の主、藍染惣右介。

彼の告げた言葉によってフェルナンドが十刃となって数日、彼は再びフェルナンドを玉座の間へと呼び出していた。

 

 

だがフェルナンドがそう容易く藍染の呼び出しに応じる筈は無い。

ただでさえ自らが招いたとはいえ不自由な十刃という号を背負ったフェルナンド。

そして宣言どおり彼は藍染の部下になった心算など欠片もなく、その居を第7宮(セプティマ・パラシオ)に移しはしたがそれだけ。

下官に何を要求するわけでも、号をもって何かを命ずるわけでもなく、ただ本当に寝床を変えた程度の扱いしかしていなかった。

そんな彼が藍染からの呼び出しだからといって十刃として(・・・・・)馳せ参じるなどあろう筈もなく。

 

しかし、その辺りは藍染の方が一枚上手と言ったところか。

そもそも“武”を誇るフェルナンドではあるが“知”、或いは他者を御する事に長ける藍染に権謀の類で及ぶはずも無く。

藍染が用意した彼を動かすのに最も適切で確実な人物によって、彼は半ば連行される形で玉座の間へと来る羽目になったのだった。

 

 

「キミも手間をかけてしまったね、ハリベル。私の言葉よりキミの言葉の方が彼には届くと思ったんだ」

 

「いえ。 一度はこの者を預かった身としては不甲斐ない限りです。申し訳ありません」

 

「ケッ! アホらしい…… 」

 

 

藍染の言葉になんとも気まずそうに答えるのはハリベル。

彼女のもとに下官より藍染の言葉が伝えられたのは今より少し前。

それによりればどうやら藍染の再三の呼び出しにもフェルナンドが応じず、出来ればハリベルに彼を連れてくる事を頼めないかとの事。

それを聞いたハリベルは下官には悟られぬよう溜息を零しそれを了承した。

第7宮へと急ぎ向かったハリベル。

如何に雲のように掴み所の無いフェルナンドとはいえ今は昔とは違い、ハリベルと同じ“一ケタ”である。

それは不自由という名の責務を背負うとう事であり、なにより実質上は藍染惣右介の部下であるのだ。

なによりフェルナンドの行為は十刃という責務を鑑みずとも礼を欠く行為であり、ハリベルに見過ごせる筈も無かったのだろう。

 

第7宮へと着いてみれば案の定、フェルナンドは宮殿屋上にて寝転がり、何時かのように空を眺めていた。

それも、ハリベルが来ている事などとっくに判っているだろうに、だ。

そこからの展開など言わずもがな。

棘のある言葉の応酬と睨み合い、霊圧のぶつかり合いにまで及び、とにかく来いというハリベルの怒気を前に渋々と言った様子でフェルナンドが続いた、といった具合である。

 

藍染に対して頭を下げ、一時は自らが預かり、しかし礼の一つもとらないフェルナンドの態度を我が事のように詫びるハリベルと、その隣に立つフェルナンド。

なんとも対照的な光景に藍染は僅かばかりその笑みを歪に深める。

 

 

「気にする事は無いよ、ハリベル。 ……さてフェルナンド。今日キミに此処へ来てもらったのは、キミへ渡すものが“二つ”あるからだ」

 

「渡すもの…… だと? 」

 

 

訝しむようなフェルナンドの声に「そうだよ」とだけ答えた藍染がチラと目線を彼らから外す。

視線の先には一人の下官が居り、下官は何かを盆の上に乗せ、恭しく運んで来る。

その下官はフェルナンドの前まで移動すると、跪き、その盆を彼に献上するかのように頭上へと掲げた。

ハリベルはその光景を知っている様子で黙って見守り、フェルナンドはその盆の上へとその視線を向ける。

 

 

「“ 7 ” ……なるほど、俺の数字かよ 」

 

 

その盆の上には淡く光を放ちながら浮かぶ一文字の数字が。

“7 ”という数字が浮かんでいた。

その数字は誰あろうフェルナンドが今持つ号と同じ数字。

彼が第7十刃であるという事の証明、その為の数字だった。

 

 

「十刃はその身に自らの号を刻むんだ。 あぁ、場所は身体の何処でも構わないよ、それは重要じゃない。 “号”を“刻む”事こそが重要なんだ 」

 

 

自らを証明する号を刻む事。

それは証明であり宣言。

自らが十刃であるという宣言であり、それを刻み負ったという証明だった。

身体に刻まれた号から逃げる事は叶わず、常にそれを意識し、戦う。

そしてそれを背負ったからには戦場で敗北は許されない。

十刃の敗北は藍染 惣右介の剣が折れる事と同じであり、それは何にも増して許されない。

それが例え望まぬ号であろうとも、一度背負ったからには敵に折られる事は許されない剣となる事を、それをその身に刻み、証明する事をその数字は指すのだ。

 

十刃という最強の号を背負う事で。

 

 

「ハッ! 随分とご大層なこった。 だがまぁいい、背負ったところで俺が俺である事になんら違いは無ぇ」

 

 

自分に対し、恭しく献上されるそれをフェルナンドは無造作に掴むと軽く上に放り投げる。

一瞬驚いた表情を見せるハリベルだったが、その後のフェルナンドの行動でそれは杞憂となった。

放り投げた後フェルナンドはその場でやや猫背になる。

投げられた数字は最高到達点を過ぎると緩やかに落下を始め、そしてフェルナンドの背中へと着地した。

彼の着る白い死覇装をすり抜けるようにして数字はフェルナンドの背に、正確には右の肩甲骨辺りへと着地し、一瞬僅かに強く光るのみ。

だが確実に、今確実にそれは刻まれた。

“ 7 ”という数字、十刃であるという明確な証明が今、フェルナンドの背には刻まれたのだ。

 

 

「そうだね。 これは只の通過儀礼だ。 キミがそうあろうとする事、それこそが必要なのだよ。それでは次にキミに渡すもう一つのもの…… 『死の形』について説明しよう」

 

 

藍染もフェルナンドの言葉に同意を示す。

彼にとってもこれは通過儀礼、そうあるべくして行われるだけの儀式にすぎない。

数字を刻む事は確かに重要な事ではあるが、藍染にとって重要なのはフェルナンドが数字をその身に刻む事よりも、彼が十刃であるという事実。

それがあれば例えもし彼が数字を刻む事を拒んだとて問題ですらないとさえ、彼は考えていた。

だが事は彼が思うより容易く進み、それがまた藍染自身に自分が天の座、中心に納まっていることを実感させていた。

 

 

「死の形? それが何だってんだよ 」

 

「フフッ。 まぁ聞いてくれ。 十刃にはそれぞれがそれぞれに司る“死の形”が存在する。それは人が数多持つ死の要因の一つであり、同時に十刃それぞれの思想、能力、存在理由。その者の起源と言ってもいいかもしれない。そしてキミにもそれは存在するんだ 」

 

「そうかい…… なら何なんだ?その俺の司る死の形ってのは 」

 

 

十刃という虚夜宮の最高戦力。

その中にあってそれぞれが司り、また抱えるのは人間の死の要因たる形、その概念。

現十刃を例に挙げるのならば、“孤独”、“老化”、“犠牲”、“虚無”、“絶望”、“破壊”、“狂気”、“強欲”、“憤怒”。

それらは人が数多持つ死の形の一つであり、それを司る彼ら十刃が人にとって“死”以外の何者でもないことを意味する。

ある者はその思想により、またある者はその能力により司る死は表され、その死の形を起源とする彼らはそれだけに純粋な化物と言えるだろう。

 

そしてフェルナンドにもまた、死の形は存在する。

 

だがそれは十刃になったから存在するのではない、彼らは皆その死の形を常に内包して存在するのだ。

誰に与えられた訳でも、決められ、押し付けられた訳でもない。

常にその内側にあり、そして発露するものこそが彼らそれぞれの“死の形”。

 

藍染のそんな言葉に何処か挑発するような眼差しを向けるフェルナンド。

隣にいるハリベルが窘めようとするがそれは藍染によって制される。

フェルナンドの瞳は語っていた、お前に俺の生き様がわかるのかと、お前に俺を解せるのかと。

その挑発的な瞳を藍染は笑みをもって受け止める。

あぁ判ると、その瞳の奥に燃え滾る炎、その奥に見え隠れするお前という存在の根本が、と。

 

 

 

 

「キミが司る死の形、それは……『 飢餓(きが)』だ。 飢餓とは空腹であり何より癒える事ない渇きと似て、その後に待つ死の形。だが渇きとは肉体だけではなくその内側にも言える。求め、手を伸ばし、届かず、だが何時か必ずとその手を伸ばすことを諦めない。絶望的なまでの渇きを抱え、それを潤し、満たすために骨と皮になっても進む様は、キミの“理由”の姿に良く似ているとは思わないかい?フェルナンド」

 

 

「………… 」

 

 

 

藍染が言い放ったフェルナンドの死の形、それは『飢餓』

 

水に餓え、食物に餓え、だがそれは手に入らず何時しか身体は干乾びそして死を迎える。

何に満たされる事もなく、ただただ空になっていく身体を抱えしかし、その内側からは絶えず求める思いだけが叶わぬというのに溢れ出す。

その欲求、満たされぬ身体を、満たされぬ思いを満たそうとする様を藍染は似ているというのだ。

フェルナンドに、どうしようもなく己が“生の実感”を求め続ける彼の生き様に似ていると。

誰が無理だと言おうとも耳を傾けず、直向に、時に頑ななまでに求め、邁進する彼の姿に。

 

“生”という名の飢えを満たそうとするその姿に。

 

 

「……ククッ。 言うじゃねぇか藍染。 確かにそうだ、そうに違いない。俺はきっと餓えている、どうしようもなく……なぁ。その死の形、悪くないぜ……」

 

 

黙って藍染の言葉を聞いていたフェルナンドは小さく笑う。

藍染の言葉、語る死の形、その理由、どれもが彼にとってある意味的を射ていたのだろう。

そう、フェルナンド・アルディエンデは餓えている。

生の実感に、その実感を感じさせてくれるであろう至高の戦いに。

内面を言い当てられたという不快感はそこには無く、ただそうだと、自らはそういう存在だという事の再確認が出来た事がフェルナンドには愉快でならなかった。

 

 

「気に入った様で何よりだ。 ならば事のついでに一つ、頼まれ事をしてはくれないか、フェルナンド」

 

「成程なぁ、俺を持ち上げておいて本当の目的はそれか?ハッ! 言っておくがお断りだぜ、機嫌は良いが俺はテメェの部下じゃ無ぇ。命令は聞かないと言っといた筈だぜ 」

 

「よせ、フェルナンド。 お前は既に十刃。 号を得、その身に数字を刻んだのだ。そのような勝手が許される立場ではないのだぞ」

 

「いいんだよ、ハリベル。 これでいい、これでこそ彼らしい。キミもそう思いはするのだろう? 」

 

「……公と私の別はつけねばなりません 」

 

 

続けざまに藍染が語ったのは、頼みごとがあるという言葉。

事のついで、ややフェルナンドを持ち上げてからのそれは何処か見え透いたものすらある。

だがフェルナンドとて愚かではない。

確かに機嫌は良かっただろう、だが彼は自らが最初に言い放ったとおり、自分は藍染(お前)の部下ではないと再び口にした。

見え透いた方法、ついでだと言いつつもそれは恐らく命令なのだろうという雰囲気を察知し、フェルナンドはそれに否を叩きつける。

だがそれを制したのは藍染ではなくハリベル。

幾ら口でそう語ろうとも立場としてその号を受け、今まさにその身に刻んだ数字の重さを自覚しろというハリベルの言葉は間違いではない。

間違いではないのだが、それは誰にとって(・・・・・)間違いではないのかという話であり、それこそがこの二人、いや、自分と他人を別ける境界なのかもしれなかった。

 

 

「実直だね、ハリベル。 キミのそういった部分は評価に値するよ。だが今はいいんだ。 それにフェルナンド、これは命令ではないよ。言っただろう? 頼まれ事だ(・・・・・)と…… そう、これは命令ではなく頼み事(・・・)さ。私から、キミへの…… ね 」

 

 

フェルナンドに苦言を呈するハリベルを制するのは藍染。

その言葉の最後には、こうする彼の姿はキミも内心では実に彼らしいと思っているのだろう?という雰囲気をもった言葉が添えられる。

対し答えるハリベルは、あくまで(おおやけ)私事(わたくしごと)は別けるべきであり、例え思ったとしても口には出さないと答えた。

その時点で彼女がそう思っていることは確定なのだが、それについての言及は避けられたようだ。

 

そして藍染はそんなハリベルとのやり取りの後こういった。

 

命令ではなく、頼み事だと。

 

あくまでこれは王から臣への命令ではなく、藍染惣右介という個人からフェルナンド・アルディエンデという個人への頼み事だと。

言ってしまえば言葉遊びの類、その域を出ない藍染の言葉。

命令ではなく頼み事、違うのは耳に届く言葉だけ。

王から臣という上から下への位階を伴った言葉ではなく、その位階を取り払いあたかも同列の存在からのものであるというのは言葉面のみ。

だがやはりそれは言葉だけであり、言葉は降り、そしてなにより搦め手は一つのみとは限らない。

 

 

「内容は“殲滅”だ。 十刃として(・・・・・)の任務、その一環として(・・・・・)の不穏分子の殲滅。数はそう多くは無いし、キミが殺す必要も無いと思えば殺さずとも構わない。逆らう、という気概さえ確実に折ってくれればね。キミにしてみれば造作も無い(・・・・・)事の筈だが…… どうだい? フェルナンド、頼まれてくれるかな(・・・・・・・・・)?」

 

 

そう、それは搦め手。

直接ではない、ただ言葉の端々に折り込まれ、しかし完全には隠されていない符丁の存在。

丁寧にもフェルナンドとハリベルの足元に虚圏の縮尺地図までが現われ、(くだん)の地点を表示している。

頼むという言葉を口にしながら、フェルナンドが背負う事を自ら良しとした“十刃としての不自由”をチラつかせる言葉、そして状況を作り出す藍染。

断る事は藍染が造作も無いと言った事すらこなせぬ自らの弱さを認めるも同義、そしてなにより突き刺すのではない、ただ軽くつつくだけの言葉の針がフェルナンドには今、纏わり付いていた。

 

 

「随分と……汚ぇやり口じゃねぇか。 ……端っからこうする心算だったのが透けて見えるぜ、藍染。まぁそれも、あえて(・・・)見せてるんだろうがな…… チッ! これが不自由……かよ。 面倒なこった…… 」

 

「おや? それは私の頼みを了承した、と取っていいのかな?」

 

「……あぁ。 仕方が無ぇ。 この不自由は俺が自分で背負うことを決めた、だから今回はそれも仕方がねぇ……が、同じ手が二度通じる、とは思わねぇ事だ…… 」

 

 

剣呑とした空気、それが辺りを包みしかし藍染はその笑みを崩さない。

フェルナンドが放つ“気”さえも彼には心地良いものとでも言うかのように、鋭い眼光を向ける彼を見下ろす藍染。

不可視の檻、目に見え、武によって突破出来る檻ではなく、その内側を絡め取る言葉の檻、不自由の檻。

その檻は今回、見事にフェルナンドという獣を閉じ込め、思うように御することに成功する。

だが、檻に閉じ込められ、それを自覚しているこの獣がそう易々とそのままでいる筈が無い。

そして獣は捕らえられたのではなく自らその檻の中にいるのだ、その意思を持って。

故にその檻は檻でありながら彼の獣を拘束するには足りず、何れ破られる。

 

人の身を持つ獣、その一撃で容易く。

 

語るべき事は終わったと、フェルナンドは藍染の言葉を待たずしてその場から去る。

振り向かず、ただ虚圏の砂漠に面倒事を始末しに向かうために。

その背に責務から感じるであろう気負いは無い。

あるのは手早く事を済ませ、面倒事から解放されたいという気持ちともう一つ。

どうせ行くならば、どうせ行かねばならぬのならせめて、そこに自身の身が震えるような強者の影はないだろうかという希望。

 

『飢餓』を冠する者らしい、戦いと強者への飢えであった。

 

 

 

 

 

「よろしかったのですか?」

 

 

フェルナンドが去って後、ハリベルは藍染へとそう問いかける。

主語を欠いたその問い、何が、という事を明確にはせず、しかし言わずとも伝わる多くの問い。

あのまま行かせてよかったのか、上下の区切り無く曖昧なままでいいのか、一度はっきりとさせるべきなのではないのか。

その問いには多くの疑問が、ハリベルの実直さから来る疑問が含まれている。

だが藍染はそれらを全て理解した上で微笑んだまま彼女に答えた。

 

 

「キミとて彼には甘いだろう?」

 

「……私自身はそうは思っておりません 」

 

「それが判っていない時点でやはりキミは彼に甘いのさ。 ……まぁいい。 私にとって彼は有用(・・)だ、それが全て、他に余分な理由など必要はないだろう?」

 

 

そう、藍染惣右介にとって甘さは理解より遠い感情。

その無意味さ、不要さを理解する藍染にとって甘さなどというものは不確かな揺れでしかないのだ。

有用性、藍染惣右介にとって他者の評価とはその一言に尽きる。

彼にとってどれだけ有用であるか、どれだけ優秀な駒であるか、それが唯一無二の判断材料。

それからすればフェルナンドは彼にとっては有用であると言えるだろう。

藍染がその言葉の計をもってしても十刃へと座らせた事が、その証明であるといえる。

 

 

「さて、それでは私は“彼の戦果”を期待して待つこととしよう。キミも下がっていいよ、ハリベル。 ご苦労だった」

 

 

そう言って一人、玉座の後ろへと消える藍染。

残されたハリベルは一人、恐らく一筋縄では行かない頼み事へと向かったフェルナンドを危惧するのであった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

そして話は冒頭へと帰結する。

宙に立ち、見下ろすように件の場所を視界に納めるフェルナンド。

そこには多くの(ホロウ)最下級大虚(ギリアン)中級大虚(アジューカス)の姿があった。

そして彼らは一様に一つの意思の下形成された集合体、というよりは一目見てただ掻き集められただけの統率の取れていない集団である事を彼に理解させた。

ただ集まり、まるで何かに備えているかのように。

 

 

「さて…… 面倒事はさっさと済ませる……か 」

 

 

そう零すとフェルナンドは足場としていた霊子を解き、そのまま真下へと真っ直ぐ落下する。

ぐんぐんと速度を増し、しかし体幹はぶれずに真っ直ぐ、眼下の集団の中心目掛け。

それは流星のように落下し、そして砂漠へと突き刺さるように着弾した。

 

突如として起こった衝撃。

その場にいた虚や大虚達は何事かとそちらへと視線を向ける。

何かが落ちてきた、彼らからしてみればこの程度の認識しかなく、誰もがこれからの出来事を予想だにしていない。

これから自分達に降りかかるのが、災厄以外の何者でも無いという事を。

 

落下地点を取り囲むように多くの大虚達が集まる。

あたりを埋め尽くす虚の中で円形にぽっかりと空いたその部分、それ以外を埋め尽くすように、好奇という名の感情によって彼らは近付いていた。

彼らは一人一人が禍々しいまでの力を持つ虚という存在、悪性の塊であり例え何が起こってもこれだけの戦力があれば簡単に切り抜けられると、そう思っていた事だろう。

故にその瞳は好奇に染まるのだ、絶対的な自負、自らの、そして集団としての戦力、例え寄せ集めだとしてもこれだけの数を相手に出来る存在などいる筈が無く、その好奇は何処か見下すような視線となって落下地点へと向けられる。

 

 

 

狭い視野に狭い知識、狭い了見。

それらを容易く凌駕する存在を知らないが故に。

 

 

 

最初に大気が震えた。

それを感じ取れたのは、恐らく中級大虚でも一握りだろう。

だがそれはもう遅い、感じ取れる事と対処出来ることは違うのだ。

その後彼ら落下地点を取り囲む群集を劇的な変化が襲う。

吹き上がり、辺りを支配したのは紅い霊圧。

血の紅、炎の紅であり、そして彼らにとっては死の紅。

落下の衝撃によって立ち込めた砂煙は霊圧の波濤によって瞬時に払われ、落ちてきたもの、いや、落ちてきた者の姿は顕となった。

 

彼ら虚、とくに大虚達からすれば小さく、脆く見えるその外見。

だが彼らは今身をもって理解している、それは見た目だけの話し、発する霊圧は彼らを軽々と凌駕しまるで砂漠に縫い付けられたかのように動くことは叶わない。

金色の髪は靡き、白い上着もはためく。

口元は皮肉気に歪み、その紅い霊圧よりも尚紅い瞳は貫かんばかりの眼光を見せていた。

破面、誰もがその者がそう呼ばれる存在であることを察知し、しかし彼らが知るそれとは桁違いであることもまた認識する。

そして紅い霊圧の中、その持ち主が静かに声を発した。

 

 

「一度しか言わねぇ。 ……散れ。 二度と逆らおうと思うな、確かにヤロウは気に喰わないが……な。逆らわないと誓うなら生きてこの場から逃がしてやる。だが……それでも逆らう気概があるなら俺が……“ 殺す ”…… 」

 

 

あぁ、これが死だと、彼らはそれを理解した。

言葉は脅かすでもなく、ただ淡々と告げるだけだった。

だがそれだけにこの破面、フェルナンドが本気でそう思っていることを雄弁に語り、その言葉が偽りではない事を彼らに知らせる。

そして何より、強大な霊圧の中放たれた言葉、そして“殺す”と言う言葉と共に放たれた“気”。

それが決定打だった。

あんなものに耐えられる訳が無いと、あんなものを向けられてまだその言葉に逆らう事などあろう筈がないと。

霊圧だけで感じていた自らの死の幻視、それがフェルナンドの気に当てられた事でより確実なものとなって彼等を襲い、殺した。

これが死、逆らう事など始めから愚かだったと思わせるほどの死、そう理解させる事で殺したのだ。

ほぼ全ての群集、フェルナンドは霊圧と気によってそれらを呑み込み、完膚なきまでに精神を折る事で殺したのだ、反骨を、その気概を。

 

 

 

だが、それはほぼ(・・)であり全てではなかった。

 

 

 

 

「ケッケケケケ。 怖い怖い。 霊圧だけで殺されちまいそうだ」

 

 

群集を割ってフェルナンドの前へと進み出たのは巨大なトカゲのような虚。

白い外皮、首から腹にかけては赤、居並ぶ黒い外套の最下級大虚と比べれば小さいながらも、大きさで言えばフェルナンドよりはるかに大きいそれは、その虚が中級大虚であることを示していた。

わざとらしく器用に肩をすくめ、語る言葉とは裏腹にその仮面の奥に潜む瞳は恐れよりも余裕が見て取れる。

後ろ足二本で立ち上がり、人間のような振る舞いを見せるその中級大虚。

細いがしなやかそうな手脚とその先にある鋭い爪、一本伸びた角と小さな仮面に対し、首から背中、胴は太めでありトカゲというより寧ろ羽のない竜のような印象。

それが進み出たのだ、フェルナンドの正面に。

 

 

「ハッ! そう思うならさっさと散れ。 警告は一度までだ、その後で俺に向かってくるなら容赦はし無いぜ?面倒事は手早く片付けたいんでなぁ 」

 

「まぁそう言うなよ、破面のニイサン。ゆっくりしていきな…… そのまま其処で干乾びちまうぐらいになぁ。ケッケケケケ」

 

 

フェルナンドの正面に立ち、彼の霊圧と気を受けながらその中級大虚は平然と、どこかフェルナンドを小馬鹿にしたかのような笑い声を上げる。

再三、フェルナンドという人物を鑑みれば破格ともいえる警告をしたというのに、その中級大虚はそれを拒絶した。

それもフェルナンドを挑発するかのような言葉を添えて。

いや、挑発ですらない、その言葉は言外にだが言っているのだ、お前を殺す、と。

 

 

「なるほど…… ただの寄せ集めかと思えばそれなりに気骨のあるヤツもいるらしい…… まぁ、それが本物かは別として……な。 どうだ?他には居ねぇのか? ……そうかい……ならさっさと散れ、目障りだ」

 

 

図らずもそれなりに戦えるであろう敵の登場に、フェルナンドの口角がニィと上がる。

半ば嵌められ、押し付けられたものではあるが戦える、というのならばこの際どうでもいいと。

だが他にも多少気骨のある者はいないのか、とフェルナンドが問うてみても答えは無く皆フェルナンドに気圧されたまま。

そうなればもう用はない、と言わんばかりに眼光を強めたフェルナンドのそれが契機となった。

 

わらわらと我先にと逃げ出す虚、最下級、そして中級大虚。

彼らとて命は惜しい、ここで逃げて永らえられるのならばそれを選択する事に何の迷いなど無いのだろう。

だがこうして逃げていった者達に先など無い。

往々にして強き者達に“永らえよう”等という思考は存在しない。

刹那を積み重ね、その全てに勝利してきたものが強き者。

刹那の闘争、それから逃げずに立ち向い、勝利し続けたものが強き者なのだ。

故に今、フェルナンドに背を向けた者達に先は無い。

ある者は喰われ、ある者は斬られ、またある者は退化し、ある者はそれに耐えかね死ぬだろう。

如何に敵が強大であっても、立ち向うべき時、そこで踏み出さないものに未来など無いのだから。

 

 

「ケケケ。 脆いなぁ…… そうは思わないかい?ニイサン。あの藍染とかいう死神に堪りかね、倒すと息巻いていた連中がニイサンの気当たり一つでこのザマだ。脆すぎて逆に笑えるぜ、ケッケケケ 」

 

 

先ほどまで虚と大虚で溢れかえっていたその場所は、今や閑散としていた。

居るのは向かい合った一人と一匹。

見上げるような巨体と、小柄の男。

巨体の方は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去った群衆を皮肉り、笑う。

 

この場に集まっていた多くの虚達は皆、予てより藍染惣右介という死神が突如として虚の王して振舞う事を良しとしていなかった。

それ故に集まり、反抗勢力として立とうとしていたのだ。

だが現実は叫ぶばかり。

死神風情が、思い上がるな、簡単に殺せる、周りの奴等も同罪だ、皆殺しだと好き放題。

その叫びのなんと空しいことか、行動が伴わないそれのなんと愚かしいことか。

結果、彼らはただ睨まれただけで逃げ去った。

フェルナンドの“武”を目の当たりにすることも無く、彼の目の前に居る中級大虚の言う通り気当たりだけで容易く、情けなく。

 

 

「それはテメェが他の連中とは違って特別だ、とでも言いてぇのか?だったら底が知れるな、トカゲ。 自分が特別、なんて思ってるヤツに碌なのは居ねぇんだよ、経験上……な」

 

「そうじゃないさ。 ただせっかく自分で選べるのに逃げを選択すんのは勿体無い、そう思っただけさね。一度しかない機会かも知れないってのによ 」

 

それは妙な構図だった。

眼光鋭いフェルナンドと、それを前に平然としているかのような中級大虚。

どうにも不均等で釣り合いが取れておらず、だがまるで友人かなにかのように語り合う。

しかし彼らは完全な初対面。

友人などでは決してなく、今この瞬間に友情が芽生える等ということもない。

現に彼等の間では霊圧がチリチリと焦げ付き、火花を散らすかのように鬩ぎあっている。

そう、彼らは既に立っているのだ、戦いの地平に。

 

 

「名を……聞かせてくれるかい。 ニイサン 」

 

「……フェルナンド・アルディエンデだ 」

 

「俺はサラマ。 サラマ・R・アルゴスだ。アンタとは相性がよさそうな気がするんでねぇ、楽しくやろうぜ?フェルナンドのニイサンよぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呑み込まれる

 

重なる叫び

 

残響

 

呑み込まれる

 

呑み込まれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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