BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.61

 

 

 

 

満ちるのは気。

大きく燃え上るかの如き紅い霊圧と、それには劣るが吹き上がるのは赤紫色の霊圧。

その霊圧を引き連れて二つの影が激突していた。

自身のゆうに倍はある巨体へと挑みかかるのは紅い霊圧の主、フェルナンド。

自分より小さいながらも恐るべき圧力を放ち迫るフェルナンドを相手取るのは、巨大なトカゲの様な中級大虚(アジューカス)サラマ・R・アルゴス。

十刃として赴いた殲滅任務、その地で唯一人フェルナンドの前に立ったのがこの中級大虚だった。

 

流線型の身体の線、それを覆う白い外皮があり顎から喉、そして腹の辺りまでは赤色でやや小さい爬虫類らしい仮面と、そこから伸びる首は太く力強さを感じさせ、胴、そして尾に至るまで引き締まった肉が詰まっていることを伺わせる。

細めではある後足二本で立ち上がり、その先には鋭い爪が三本、腕の方も同様に細くしかしこちらは人とまでは行かずとも五指が揃っていた。

放つ霊圧からも恐らくその中級大虚が強いであろうという事を存分に伺わせるものではあったが、しかしそれは中級大虚の中での話し。

 

今その中級大虚、サラマが相手にしているのはその更に上、それもただ手を伸ばせば届くという次元ではない相手、破面(アランカル)である。

それを知ってか知らずか戦いを挑んだサラマという中級大虚は、彼と同じ大虚達から見れば阿呆の類だろう。

勝てる訳がない相手に挑むのは愚かしいと、十人居れば十人がそう答えたかもしれない。

負けて死ぬより逃げて永らえる方が利口である、と。

 

だがこのサラマという中級大虚はそれを選択しなかった。

理由は定かではないが、しかし選択しなかったのだ。

逃げる事ではなく、明らかに自分が不利であることが判り切っているこの戦場を選択したのだ。

 

 

「ハァァァアアア!!」

 

 

幾度かの激突の後、裂帛の気合と共に、五爪の一撃が奔る。

身長差による上からの打ち下ろし、そして明らかに歩がある筋量とそれからくる膂力によって五爪は敵を引き裂く一撃となる。

サラマが放った一撃、フェルナンドはその一撃を払い落とすようにして避わすとその払う動作の回転を利用し、くるりと廻りながら跳び上がり勢いのままサラマの仮面に廻し蹴りを叩き込む。

本来ならこの一撃で終わり、破面と中級大虚、身体の大きさは大虚に歩はあれど総じた強さは往々にして破面に圧倒的に歩がある。

それ故顔面に痛烈な一撃を見舞えば大抵片はついてしまうのだ。

が、このサラマという中級大虚、見た目以上に頑丈なのかそのフェルナンドの痛烈な一撃を耐え、今だその意思を残し立っている。

 

その光景にニィと口を歪ませるのはフェルナンド、ならばこれならどうだと言わんばかりに砂漠を蹴ると瞬時にサラマへと更に肉薄した。

 

 

「シッ!!」

 

 

放たれたのは拳の連撃。

迫るフェルナンドに対し、咄嗟に顔の前で腕を十字に交差させ攻撃に備えたサラマの、だが防御の上からだろうとお構い無しに放たれるそれは拳の雨。

猛火の如きその攻め様、相手に付入る隙を与えずただ押し迫る猛火の勢いによって敵を圧倒し、呑み込み焼き尽くす。

フェルナンドという破面を象徴するかの如き攻め様は、防御の上からとはいえど敵には響く。

 

 

(ケケ。 防御を固めてこれかよ。 まいったねぇ…… が、やられっぱなしってのも格好がつかんでしょう!)

 

 

拳の雨の中防御を固め、それをして尚、全身に響くフェルナンドの拳にサラマが内心愚痴る。

一撃貰うごとに防御は押し込まれ、腕の骨は軋み悲鳴を上げていた。

が、そこに後悔の色はない。

状況的には追い詰められている、と言われても仕方が無い状況。

もともと中級大虚が正面から破面に挑むこと事態間違っている、そう言われても仕方ない状況の中、サラマは今だ飄々としていた。

 

 

「ッシャァァアアァアア!!」

 

 

咆哮と共にサラマが十字に交差させていた腕を力任せに押し解き、フェルナンドの拳の雨ごと彼を押し戻す。

だがそう簡単にフェルナンドも下がるはずもなく、僅か圧し戻されたに止まりそこは今だ彼の間合い。

再び襲いかかろうとするフェルナンドにサラマは押し解いた右腕を振り上げ、フェルナンドが前に出る前に振り下ろす。

それはまるで刃の一撃に似て、切裂くというより断ち切るが如き一撃はフェルナンド目掛け振り下ろされる。

だが直線的な攻撃はフェルナンドに容易に見切られ、腕が下げられた事で身体は連動し、肩、そして頭も下へと降りた事によりフェルナンドの間合いへと侵入してしまっていた。

斬撃にも似た一撃を見切り避わしたフェルナンドは、同時に右の上段蹴りをくり出しサラマの頭を再び打ち抜こうとする。

吸い込まれるようにサラマへと迫るフェルナンドの蹴り、しかしサラマに焦りの色はなく寧ろその瞳はギラつきを増していた。

 

 

「フッ!!」

 

 

短く吐かれた息、サラマの口から漏れたそれは彼の意気の表れか。

その実この流れは彼の思い描いた通りに進んでいた。

先の一撃は避けられ、それまでにおこなった幾度かの攻撃もその全ては有効打にはなりえていない現状。

その流れの中くり出した一撃、“質”を変えた攻撃といえどそう易々とフェルナンドには通用し無いとサラマは理解していた。

が、しかし彼はそれを繰り出す。

云わばそれは布石だ、同じような攻撃、避わす事は容易でそこから攻撃に転じるのもまた容易であると。

そして一度避わした(・・・・)という思考さえ植えられれば充分であると。

 

 

振り下ろされたサラマの腕、その肘が返り掌もまた返る。

下を向いていた爪は上へ、そして返った腕は先にも増した勢いで振り上げられた。

まるで返す刀の一閃が如く。

 

サラマの頭を打ち抜くために伸びたフェルナンドの脚。

それを下から刈り取るようにして迫るサラマの右腕。

腕が僅か上へと戻り、サラマの上体が起きた事でフェルナンドの蹴りはサラマの鼻先を掠めるにとどまってしまうだろう。

必殺の裏に潜む必滅の一撃、フェルナンドに迫るのはその類の攻撃。

サラマという中級大虚が自ら呼び入れたフェルナンドにとって必滅であり、彼にとっては必殺となりえる一撃。

 

 

 

が、フェルナンドはその”上”をいった。

 

 

 

振り抜かれた右の蹴りは避わされはしたが、勢いを止める事無く進み弧を描く。

フェルナンドの描く弧の軌道、そしてサラマが描こうとした直線の軌道はほんの僅かの差で交わる事はなく、無情にもフェルナンドの脚の踵の直ぐ傍を通過するにとどまってしまった。

もしフェルナンドが避けられたという事に僅かでも動揺し、その動きに硬直を見せていたなら彼は右脚の先を失っていたかもしれない。

だが、フェルナンドは動じる事無く蹴りを振り抜く事で結果的にサラマの逆撃を避わしてみせたのだ。

しかしそれはただ単純にフェルナンドが攻撃を外した事に動揺しなかった、という訳ではない。

何故なら彼の攻撃は未だ終わってはいなかったからだ。

 

彼の右脚が描いた弧、それは止まる事無く加速し円の軌道を描き出す。

振り抜かれた脚の加速に合わせる様にフェルナンドは軸足としていた左脚で砂漠を蹴ったのだ。

 

 

(なッ! おいおい嘘だろ!? その体勢からもう一発かい!)

 

 

驚きと共にサラマの見開かれた眼が捉えたのは予想外の動きと、そこから繰り出されるであろう一撃。

跳ね上がりながら回転するフェルナンドの身体、初撃での蹴りの加速と軸足に溜まった力による再加速、さらに上体を捻る事でそれは増し、体幹を中心として一回転するその姿は独楽の如く。

サラマの返す刀の一撃を避け、そして放たれるのは止まる事無く放たれた二撃目の蹴り(・・・・・・)

伸びた左脚、その蹴りは一撃目よりも深くを抉る軌道を描き、そしてフェルナンドの踵がサラマの仮面、その右頬の辺りに直撃した。

 

 

「ガッ! 」

 

 

襲った衝撃と共に零れた声、やや斜め上へと跳ね上げられたサラマの頭。

頭が弾き飛ばされてもおかしくはないような一撃を、太く強靭そうな彼の首は何とか受け止め頭部と首は繋がったまま。

しかし頭部に受けたであろう衝撃は凄まじいもの、何度も言うが大虚と破面ではその強度からして違うのだ、その点から見れば頭部が残っていることの方がある意味奇跡的とも言える。

受けたであろう衝撃はそのまま後ろに倒れたとてなんら不思議は無いのだが、サラマはその場で数度踏鞴(たたら)を踏みながらも、その脚と尾によって身体を支えて立っており、何とか意識は繋いだ様子だった。

 

 

「ハッ! もろに喰らった割りにはまだ立ってやがる……かよ。悪くないぜ、トカゲ」

 

 

蹴りを見舞いそのまま着地したフェルナンド。

構えを解く事無く、しかし口元の皮肉気な笑みは僅かだが深まっていた。

独楽を模した蹴りの連撃、それをもってしても目の前の中級大虚は倒れてはいない。

状態を見る限り無理をしているのは目に見えているが、それは今関係ないこと。

重要なのは彼の前に今だこの大虚は立ち、それは戦いの意思を示す行為だという事。

故に深まる。

身体がどうのという事ではなくその意思が折れない事に、戦いを諦めないかのようなその意気に。

深まるのだ、フェルナンドの笑みは。

 

 

「ニイサンやるねぇ……ケケケ、あんな蹴り見た事ないぜ。ッツぅ~痛ぇなぁ~、頭が吹き飛んだかと思った」

 

 

その目は笑っていた。

仮面の口の端から赤い血を流し、脚に力が入らないのか膝が笑い、しかしそれでも倒れてしまう事を良しとはせず。

身長差により見下ろす形となったサラマの目は苦境に立ちながらそれでも、笑っていたのだ。

フェルナンドと同じように、純粋に戦いを楽しいと思う笑みで。

 

 

「吹き飛ばす心算で蹴ってんだよ。 吹き飛ばなかったテメェが頑丈だったってだけの話だ。ただのトカゲじゃぁ無ぇって事か……」

 

「ケッケケケ。 そいつは褒められた、と思っていいのかい?まぁこっちもただのトカゲの心算は無い……からねぇ」

 

「だったらもう少し見せてみろよ。 ただの(・・・)じゃ無ぇところを……よぉ!」

 

「言われなくても……その心算さね!」

 

 

フェルナンドの拳とサラマの拳がぶつかり合う。

拮抗は一瞬、サラマの拳はフェルナンドのそれより大きいながらしかし、後方へと弾き飛ばされる。

種族としての違い、それがこの戦場においての絶対的格差。

容易に埋める事など叶わず、ましてこの戦場のみで凌駕することなど不可能に近いそれ。

フェルナンドにとっては絶対的有利であり、サラマにとっては決定的不利。

 

しかし両者にそれを考慮する心算などない。

フェルナンドは己の力が勝っていたとしても、その拳に込める力になんら翳りは無く。

サラマとて力が劣っていたとしてもそれを悔いる事はない。

現に片方の拳が弾かれた傍からもう片方の拳を突き出し、フェルナンドを迎え撃とうという気概を見せるサラマ。

 

気概のみで戦場は覆らない、しかし気概すらなくては勝利などありえない。

明確ではなく、しかし思い描くのは常に勝利の光景。

それなくして戦場に立てば訪れるのは死、勝利を求めずして残るのは死のみなのだ。

 

 

拳が、或いは蹴りが、それらが二人の間で交錯する。

打ち出される砲弾のようなフェルナンドの拳に対して、サラマのそれはいうなれば鞭。

しなやかな腕と脚を利用したそれを駆使し、彼はフェルナンドに迫る。

しかしそれでもフェルナンドは下がらない。

まるでその場に根の生えた大樹の如く、或いは鎮座する巨岩の如く。

退かぬ、下がらぬという意思かそれとも、自分を下がらせて見せろという挑発か、そのフェルナンドに対しサラマはそれでも苛烈に攻勢を強めていく。

 

幾合か続いたその苛烈なる攻防の中、サラマは砂漠を蹴り宙へと跳び上がった。

巨体はそれを感じさせぬほど軽やかに跳び、やや体勢を斜めにした彼はその落下の勢いに乗せ打ち下ろすように鞭の蹴りをくり出す。

しなるようなその蹴り、爬虫類、ひいては動物特有の曲線的脚部に集約された力を存分に乗せたそれがフェルナンドへと迫る。

が、その蹴りはフェルナンドの鼻先を掠めるか掠めないかのギリギリの位置を無情に通過してしまう。

それはサラマが目測を誤り、ギリギリで攻撃を外してしまったのではない、攻撃は外したのではなく外されたのだ、その事実が示すもの、それはサラマの蹴りが完全にフェルナンドの眼によって見切られている、という証。

 

巨体だがしかし膂力では敵わず、奔らせた拳の悉くは弾かれ、そして蹴りは見切られる。

どう足掻いたとてそれは勝利には足りぬ結果達。

残念ながら足りないのだ、今サラマが持つそれでは足りないのだ、彼が勝利には。

 

 

ならばどうするか。

とどかず、足りぬと言うのならばどうするか。

サラマには答えがあった、それも目の前に。

足りぬ、とどかぬというのなら“上乗せ”するしかない。

 

とどかず足りぬそれ、それを凌駕するために用いるのが例え他人の力(・・・・)としても。

 

 

「ウラァァァアアア!!」

 

 

咆哮博撃。

蹴りを避わされたサラマはしかし、その体の回転を止める事無く。

脚はフェルナンドの鼻先を通過し、半ば彼に背を向ける形となっても首を捻り、その視界に彼を捉えるサラマ。

そして振り下ろす。

しっかりとその目に捉え振り下ろす、彼の蹴りと同じ軌道を描き、しかし脚に倍するほどの射程と筋力を持った彼の白く太い尾を。

 

砂漠に響く鈍い衝撃音、そして起こる砂煙。

サラマがとったのは二段構えの攻撃。

蹴りなど当然避けられる事は承知の上、先程の刃のような手刀と同じではあるがそんなものは織り込み済みの事と。

同じような手が二度通用する相手ではないことも承知ではいたが、それでも勝つには賭けに出るより他、彼に道など無い。

故の選択、蹴りは避けられ、しかしその後から来るのが本命である尾による一撃。

打ち込むにはそれより他道は無く、しかしその一撃、その動作はサラマが思う以上の精度で放たれていた。

 

その理由は簡単。

彼は目の前で見て、そしてその身に受けて体感したのだ、同種の一撃を。

つい先程、フェルナンドという彼が戦っている相手から。

 

経験の反映、それがサラマの攻撃の精度と鋭さを上げた要因。

ただ思い描いたのとそれに経験が加わることで、思い描いただけの動きはより正確に、そして精密に再現されたのだ。

フェルナンドの一撃を体感した事によって。

 

 

「思った以上に上手くいったかねぇ。……が、使い手じゃない俺が見様見真似じゃこの程度、とどきはしない……って事かい」

 

 

尾を叩きつけ、半ば背を向けながらも着弾点を見据えていたサラマはそう零す。

彼にとってもその動きは予想以上に上手くいったもの、それは結果的には重畳と言えたがしかし、彼の言葉通りそれは思った以上(・・・・・)であった、という事だけでありとどいた(・・・・)という事とは別であった。

 

砂煙が晴れる中現われるのは一つの人影。

頭上で両手を交差し、太く、白く硬い外皮に覆われたサラマの尾を受け止めているのはフェルナンド。

衝撃は凄まじく、あたりの砂を弾き飛ばすほどのその尾の一撃を彼はその身、その腕でもって受け止めたのだ。

顔はやや俯くように、そしてその下を向いたままのフェルナンド。

そしてそのこめかみ辺りからは一筋の赤い線が流れていた。

 

 

(ケケ。 とどきはしなくても無傷、って訳じゃぁない……か。あの一撃は喰らって正解だったってところッ!!)

 

 

フェルナンドが流した一筋の血、それを見たサラマは内心、僅かなりとも上手くいった自身の攻撃を評価いていた。

が、次の瞬間彼は背筋に感じたゾクリという感触に、一も二も無くその場を飛び退く。

充分すぎる距離をフェルナンドとの間にとり身構えるサラマ。

だがその全身は粟立ち、冷や汗と震えが彼を襲う。

彼の視界に捉えられているのは、見た目の変らぬフェルナンドの姿。

だが、彼には今そのフェルナンドが別人に見えていた。

姿形は変らない、だがその“気”が、放たれるそれが明らかに先程とは違っていた。

 

先程の殺気漲るものとも違う、怒りや憎しみといった感情とも違うそれは、ただその場にいるだけで恐怖を呼び起こされるような威圧感。

気圧されるというのがある意味最も適切で、まるで目の前にいるのは人の形をした別物。

破面とも違う化物と相対しているかのような感覚をサラマは今、全身で感じていた。

 

 

「それが…… それがニイサンの“本気”ってやつかい?さっきまでので充分本気だとばかり思ってたんだが…… ケケケ、コイツは見誤ってたかねぇ 」

 

 

「……“本気”だったさ。 だが…… いいのを貰って起きてきた(・・・・・)、ってぇところだろう……な」

 

 

ゆっくりと頭上で交差していた腕を解くフェルナンド。

サラマはそれを信じられないものでも見ているかのように、そしてそれは言葉としても現われる。

先程まで自分が必死に喰らいついていた男の実力。

本気であると、そう確信出来るものをもっていたサラマにとっては驚きでしかなく。

そう思い込んでいた自分に僅かばかりの悔しさを滲ませるが、しかしフェルナンドはそれを否定する。

 

本気であったと。

何にもまして本人がそう語ることの意味。

手加減、というものを好まない彼らしいその答え、だがしかし、本気ではあったがフェルナンドの言葉にはその先があった。

“起きてきた”

まるで自分の中に何かが眠っていたかのようなその答え。

彼自身にも感覚的なそれは、しかし確実に、そして明確に変化を齎している。

 

下ろされた腕、そして俯き加減だった顔は上げられ、見えたその顔には壮絶な笑みが浮かんでいた。

ニィと歪み、牙の如き犬歯をのぞかせる口元と、相手を睨み、そのまま射抜いて絶命至らしめんとしているかのような瞳。

化生、虚や破面といった類のそれではなく、別物のそれを思わせるその笑み。

フェルナンドの内より起きてきたそれが彼にその笑みを浮かばさせるのか、それとも彼の気質によるものか。

どちらにせよその笑みは語っていた。

焦がれ、渇き、飢え望む彼の願いというものを。

 

 

「悪くないぜ、トカゲ。 “ただの”トカゲじゃぁないってのは判った。久しぶりに目を覚まさせてくれた礼だ、“本気”の“上”を魅せてやるよ」

 

「ケケケ。 今のままで俺にはもう充分なんだが……ねぇ」

 

「そういう台詞は笑いながら(・・・・・)言うもんじゃねぇよ。 ……いくぜ? ――― 刻めぇぇ! 『輝煌帝(ヘリオガバルス)』!!」

 

 

内側で目を覚ましたもの、飢え、渇望の権化でありフェルナンド・アルディエンデを象徴するもの。

自らの内で目覚めたそれ、久々に戦いのうちで目覚めたそれにフェルナンドは滾りを見せる。

それを目覚めさせた相手に向けて。

ただの中級大虚、戦いぶりは素晴らしいが何処までいこうとも相手はただの中級大虚、そういう見方も出来るだろう。

だがこの中級大虚の攻撃でフェルナンドは僅かばかり、ほんの僅かばかりの傷を負った。

掠り傷とはいえど傷は傷、それを与え、目を覚まさせた相手が本気というものを望んでいるというのなら魅せてやろうと、フェルナンドはその腰の後ろに挿した斬魄刀を抜き放つ。

 

そんなフェルナンドに、サラマはおどけた風で今のままでも充分だと答えて見せる。

だがそんな上辺の言葉など誰も信じないだろう。

何故なら彼の目は笑い、待ち望んでいるかのようにギラつきを見せているから。

弱気な発言の裏に、本当の真意を潜ませているからだ。

 

 

本気の力を見せてくれ、という真意が。

 

 

抜き放たれた刃に映るのは紅の霊圧。

燃え上がり、燃え盛り、燃え散らす炎の霊圧。

遮るものの悉くを打ち倒し進む炎海の炎がその刃に映り込み、そして銘と共に力は解放された。

 

天を衝き立ち昇る火柱と巻き起こる熱風。

ものみな焼き尽くす炎は解き放たれ、集約され、人の形へと収まった。

収束する火柱から現われたのは炎の化身となったフェルナンド。

金の髪は半ばより赤みを増しそして炎髪へと変わり、帯も、そして袴の下部もまた炎へと変じていた。

霊圧はそれ自体が熱を持ったかのように吹き上がり、空気をチリチリと焦すよう。

気はさらに燃え上がるようにその威圧感を増し、その場を支配する。

 

 

刀剣解放。

帰刃(レスレクシオン)と呼ばれる破面の真価であり切り札と呼ぶべきその力。

それを中級大虚に向けて使用する事の過剰さ。

本来そんな事はせずともフェルナンドの勝利は揺るがない。

目覚めたものが求めるまま、その拳を振るえば勝利はその手中となることだろう。

だが、フェルナンドは解放を選択した。

それは純粋に中級大虚という破面には到底及ばない存在でありながら、自分に一矢報いたサラマへの敬意ともう一つ。

もし自分が解放したならば、この中級大虚はどこまで拮抗することが出来るのか、或いは更なる驚きと目覚めを齎すのではないかという興味故に。

好奇、フェルナンドには珍しいその感覚が彼に刀剣解放という過剰戦力の使用を選択させていたのだ。

 

 

「ケッケケケ。 こいつは…… 化物だねぇ……」

 

「そうだろうよ。 だが……俺もテメェもそう考えれば大差は無ぇ。ただ戦いを求める化物だろうが 」

 

 

解放し、炎を纏いまた一体となったかのようなフェルナンドを見たサラマが呟く。

その肌が感じるのは絶対的な戦力差。

先程でもかろうじて手の先、爪の突端が足元に届いたかどうかといった状態であった彼にとって、その後にフェルナンドが魅せた”気”とこの刀剣解放は絶対的なまでの差を見せ付けられるには充分過ぎた。

だが、彼の声に絶望は無い。

不安も、恐怖も、そして畏れも、その声には含まれてはいた。

だが、それを押し退けて前面に現われているのは賞賛にも似た感情。

高められたその力、それと相対せること、そしてそれを自分という存在に魅せてくれたという事への感謝にも似た感覚。

サラマを今だ立たせているのと同じように、戦いに対する感謝がそこにはあった。

 

 

「じゃぁ行こうか、ニイサン……ウラァァアアァアアア!!」

 

 

叫びと共にサラマはフェルナンドに突撃する。

その叫びは自らを鼓舞するために、叫びにより粟立ちと畏れを追い出そうとするかのように。

しなやかで筋肉の塊かのようなサラマの全身が産み出す加速力、像がぶれる様なそれをしてサラマはフェルナンドに肉薄し、拳をくり出した。

今打てる最高のそれ、しかしフェルナンドはそれを払いのけるようにして防ぐと、サラマが次の行動を起す前に腹部に数発の拳を放り込んだ。

 

 

「ッガハッッ!! 」

 

 

自らの突進力が加算されたフェルナンドの目にも止まらぬ連撃の拳。

腹部に放り込まれたそれはサラマの胴をくの字に折り曲げ、突進による慣性など無いかのように後方へと吹き飛ばす。

そのサラマが砂漠に投げ付けられるより前に、フェルナンドは次の初動へと入り終える。

瞬間フェルナンドが立っていた場所には僅かな炎だけが残り彼の姿は消え、次の瞬間には今だ吹き飛ばされた状態のサラマの隣へと移動していた。

そして振り上げられたフェルナンドの脚。

何の躊躇いも無く振り下ろされるその蹴りは、僅かな炎の尾を引きながら再びサラマの腹部に突き刺さり、砂漠へと叩きつける。

苦悶の声すら上げる事無く叩きつけられるサラマ。

たった数発、十にも満たない打撃によって彼は先程以上の自身の窮状を理解した。

 

 

(化物め…… 何にも見えやしないじゃないか…… ケケケ、まったく…… 運が良いのか悪いのか…… だがやっぱり最初の直感は当たってたか、相性は悪くなさそうだ。まぁ、偶然なんて事でもなし、当たり前なのかもしれんが……ねぇ)

 

 

いいように放り込まれた拳と蹴り、身体に刻み付けられた痛みは激烈であり、その身に受けたことでより自分の相手がやはり化け物であるという事を再度確認するサラマ。

こうしてフェルナンドとまみえられた事は彼にとって幸運と言えるのか、それとも隔絶された力は彼にとって不幸な出来事なのか。

ただ、彼の目に未だ力が残っていることを鑑みれば恐らくは前者なのだろう。

そして力を残した瞳は、今だ逆転の可能性を彼自身が信じていることの表れなのかもしれない。

それがどれだけ薄く、細い望であろうとも。

 

 

「炎……か。 ケケケ、ニイサンには、似合いだな。俺も、ゴホッゴホ! 俺も炎は嫌いじゃないんでね、楽しくなりそうだ…… 」

 

「ボロカスでも口は達者なまま……か。 見栄か虚勢か、どっちにしろ手は抜かねぇから安心しろ」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃ、ないか。 なら付き合ってもらおうか……とことんまで……ねぇ!」

 

 

サラマに漲るのは気概、気合、気勢。

精神は今だ折れず、それどころかフェルナンドの炎に呼応するように燃える。

彼にとってこの戦力差は始めから判っていた事。

自分より相手の方が数段強い事など判りきっていた事なのだ。

それがこの期に及んで、二段三段とその強さが上がったとて然したる違いなど無い。

 

 

が、それは気構えの話であり、肉体はその精神の昂ぶりに追従は出来なかった。

 

 

ほぼ一方的に受けた打撃の数々。

それは確実にサラマの身体を痛めつけ、戦うという機能を削り取っていた。

視線は定まらず、足元はふらつき、呼吸は浅く、拳も蹴りも奔らない。

全ては蓄積されたダメージによるものであり、フェルナンドの的確な攻撃による結果。

ただこの場合それだけの攻撃を受けて今だ原形を留め、尚且つ意識を保っていられるサラマの方を褒めるべきなのかもしれないが、それは詮無き事。

 

それでもサラマは止まらない。

そしてフェルナンドもまたその手を緩めることは無い。

一の攻撃に対し返ってくるのは倍以上の数の雨。

それを受け吹き飛ばされ、そしてまた特攻するを繰り返すサラマ。

彼に他の手段は無い。

出来るのはこれしかなく、後は待つだけしか出来ない。

サラマが唯一現状を打破できる状況が訪れる事を。

 

 

「粘るなぁトカゲ。 勝てねぇ、と判ってようが関係無ぇ、押し通すか……テメェの道を……」

 

「ゲホッ…… ケッ、ケケ…… 勝てない、と決まった訳、じゃぁ無いから……ねぇ。何だってそう……だろう? 諦めた、方が、馬鹿を見るのさ…… 」

 

「違いねぇ。 なら、こういうのはどうだ? 」

 

 

フェルナンドが片手を天高く掲げる。

すると彼の掌は炎へと変り、そこから勢い良く紅い炎が噴出した。

紅い炎はみるみるあふれ出し渦巻き、掌の上に巨大な炎の塊を作り出す。

直径にして5mはあろうかという炎球、炎が織り交ざり膨大な熱量を発するそれをフェルナンドは掲げていた。

 

 

「こういう攻撃は不慣れでな、調節が効かねぇんだが……ただ丸焼きにするにはもってこいだろう?」

 

「ケケケ……言ってくれる、ねぇ……」

 

「終いだぜ。 トカゲ。 喰らいな!」

 

 

振り被り、投げ付けるようにして腕を振るうフェルナンド。

その動きに合わせるかのように炎球は飛び出し、砂漠を焦しながらサラマへと一直線に向かう。

彼を呑み込み、内から外からと焼き尽くし、灰燼へと帰す為に。

 

フェルナンドにしてもその攻撃方法は模索の域を出ないものであった。

近接戦闘に長けているフェルナンド、それは彼自身も自らの長所として自覚しており何より絶対の自信がある領域。

だが反対に中、遠距離の戦闘となればその戦力は格段に下がることもまた事実。

彼が十刃となるきっかけとなった前第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーとの戦闘でもそれは証明されており。

結局のところ敵の油断と、傷を負って敵を間合いへと引き込むという手法でしか致命傷を与えるには至らなかった。

一芸に長ける、といえば聞こえは良いがそれはつけ込まれる隙と同義。

フェルナンドがそれをよしとするはずも無く、まずは一つの手段としてこの炎球を打ち出す方法を考えたのだ。

 

だがそれをこの場で試すのは、決してサラマが彼に劣り、格好の標的だからという訳ではない。

自らの業は恐らく未完成の代物。

そしてそれは往々にして破られるのは自明の理、何故ならそれは未完成であり未熟、付入る隙など幾らでもある代物だからだ。

故にフェルナンドはサラマに対しそれを使用した。

フェルナンドのサラマに対する評価は決して低くは無い。

もしかすればこの攻撃は避けられる可能性すら充分にあると。

 

だがそれでいい。

 

そうでなければ業は磨かれない。

始めから完成している業などこの世に存在し無いのだ。

数多の試行錯誤、その道程の中思わぬ反撃を食らうことも十分に考えられる。

だが、だからこそそれでいい。

そうしなければフェルナンドが求める業は完成しない。

未熟な攻撃、それを使用する理由。

それはサラマという中級大虚との戦いで、フェルナンドが求める業に近づける可能性の存在。

そうフェルナンドに思わせるだけのものを、サラマは血反吐を吐きながらも彼に見せていた。

このサラマという名の中級大虚ならば、覆すという確信めいた予想がフェルナンドにはあったのだ。

 

 

そしてそれは、彼の予想通り現実となる。

 

 

 

「あぁ、喰らわせてもらう(・・・・・・・・)ぜ、ニイサン」

 

 

 

着弾の直前、サラマの口から零れたのはそんな言葉。

そして大きく開かれる彼の(アギト)

開かれたそれはまるであたりの空気を全て呑み込むかのように吸い上げる。

 

 

フェルナンドが放った炎球さえも。

 

 

丸呑み、そんな言葉が良く似合うそのサラマの行動。

フェルナンドが放った炎球はサラマの顎から喉を通り、そして腹へと収まった。

腹へとそれを納めた後、サラマの口から零れた小さなゲップと共に僅かばかり炎が吐き出される。

が、それだけ。

別段サラマに変化は無くフェルナンドの炎に焦され、燃え尽きていくような様子もない。

端的に、そして的確に言ってしまえばサラマは喰った(・・・)のだ。

フェルナンドが放った炎球を。

 

 

「ハッ! こいつは……また……」

 

 

半ば呆れたようなフェルナンドの声。

避わすだろう、防ぐだろうという予想はあった。

それは確信めいていたし、結果だけを見ればそういえなくもないと。

だが、まさか喰うとは思っていなかったフェルナンドにとってその光景は衝撃的であったし、呆れすら覚えさせていたのだ。

 

 

「ふぃ~、 ご馳走さん。 いや~ニイサン炎熱系だってのに能力使わないから、このまま殴り殺されるんじゃないかとハラハラしたぜ。ケッケケケ、まぁ何にせよこれで回復出来た(・・・・・)からコッチとしては問題ないんだがねぇ」

 

 

言うなりサラマの身体中の傷が癒えていく。

超速再生、霊圧を消費して傷を回復するその手段は、破面が破面化の際に失う能力。

だがそのサラマの超速再生はどこか毛色が違い、元通りというよりは逆に力が漲っているかのような印象すら与えるものだった。

 

 

「テメェ…… 喰った俺の炎を…… 」

 

「あぁ、存分に使わせてもらってるよ。 言っただろう?俺とニイサンは相性がよさそうだ……って」

 

 

そう、今サラマの身体に漲っているのは彼自身の力だけではなく、彼が喰らったフェルナンドの力もが共に漲っているのだ。

膨大な熱量、その内に秘められたエネルギーをサラマは取り込み、自らのものとした。

サラマに残された唯一の道、それがこれ。

彼自身の唯一の能力をもってフェルナンドの力を我がものとする事。

炎を喰らう事だけが、彼に残された唯一無二の逆転の目だったのだ。

 

 

「ニイサンの言う通り俺は“ただの”トカゲじゃぁない。 “火喰いトカゲ(サラマンダー)”、それが俺さ…… さてニイサン、もう少しだけ…… 付き合ってもらおうかねぇ」

 

 

首から背中、尾の先、吹き上がる赤紫の霊圧の中でも特に濃いそれはまるで炎のように見えた。

 

火喰いトカゲ(サラマンダー)

 

それがサラマ・R・アルゴス。

炎の化身と炎を喰らう竜の戦い。

燃やし呑み込むのか、喰らい呑み込むのか。

 

戦いの天秤は今だ揺れたままであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呑み込まれる

 

決着の時

 

鬩げ

 

呑み込まれる

 

思惑の仲へ

 

呑み込まれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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