BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.62

 

 

 

 

 

「ニイサンの言う通り俺は“ただの”トカゲじゃぁない。 “火喰いトカゲ(サラマンダー)”、それが俺さ…… さてニイサン、もう少しだけ…… 付き合ってもらおうかねぇ」

 

 

滾る赤紫色の霊圧。

首から背にかけて、そして尾の先から殊更に濃く立ち昇るそれはまるで燃える炎を背負うかの様だった。

身体には見るからに力が漲り、先程までのボロボロの姿からは想像出来ない程の力強さを。

感じる飄々とした気質こそ変らないものの、明らかに彼の力が増したであろう事は想像に難くない。

 

“火喰いトカゲ”

 

自らをそう称した中級大虚(アジューカス)、サラマ・R・アルゴス。

炎の化身たる男、フェルナンド・アルディエンデが放った炎球を彼はその身体に取り込んだのだ。

その名が示すとおり炎を喰らい尽くして(・・・・・・・)

 

 

「ハッ! 随分と……都合のいい(・・・・・)能力だな。えぇ? トカゲよぉ……」

 

 

燃え盛るかのような霊圧を噴き上げるサラマに対し、フェルナンドが呟く。

確かにその能力はまるで彼という存在を狙い済ました(・・・・・・)かの様。

炎を己の武器とするフェルナンドにとって、サラマという存在はまさしく“天敵”と呼べるものと言えた。

それが偶々、十刃として赴いた初めての戦闘において現われるという現実。

運命、という安い言葉を思わず使いたくなる程の、いやそれ以上の何かを勘繰らずにはいられないかのような出来過ぎた出会いがそこにはあった。

 

 

「ケッケケケ、まぁそう言いなさんな。 判ってたって口にしないのが大人、ってやつだろう?何でもかんでも曝け出してちゃ、世の中もっとドス黒くなっちまうさね」

 

「…………」

 

 

サラマはフェルナンドの言葉に鼻の頭をポリポリと掻きながら答える。

戦いの最中だというのにその余裕、能力から来るのかそれとも生来の気質か、おそらく後者であろうそれでフェルナンドに対峙するサラマ。

火を喰うというあまりにもあからさま行為を見せておきながら、彼はそれでも真実への言及は避けた。

何でもかんでも白と黒に分け、全てを詳らかにしてしまう事は無いだろうと。

それは正しさや潔白さではあるが暴力的ですらあり、世の中には往々にして判っていても黙っていた方がいい事が溢れているのだ。

真実を煙に巻くようなサラマの言、フェルナンドはそれをただ無言で受け止める。

 

 

「訊かないのかい? 色々と。 ニイサンはそういうのを嫌う御人だと見受けたんだがねぇ」

 

「ハッ! 馬鹿らしい。 ならテメェは俺が訊けば答えんのか?そのドス黒い真相とやらをよぉ。それにそんなもん今は必要無ぇだろう? 俺が今興味があるのはテメェの能力だ、あのヤロウ(・・・・・)の思惑なんぞ知った事か」

 

 

一刀両断。

真実が気にならないのかというサラマの問いを、問えば答える訳でもなしとフェルナンドは即断をもって返す。

問うたところで答えないと判っているのだから、問うことに意味は無いと。

それよりも今、自分が知りたいのは別、目の前に居るお前でありお前の能力、自身の炎をまるごと喰らって見せたその力がどれほどのものか、それだけだとフェルナンドは言い切った。

彼とて判っているのだ、サラマの能力を見た段階でこれが全て仕組まれたものだという事など。

言葉の最後には誰を指したのか思惑など知らない、という言葉を吐き捨てたのがいい証拠だろう。

だがフェルナンドにとってはその言葉通り、彼の思惑など知った事では無いのだ。

 

目の前の相手、それに比べれば瑣末に過ぎるのだ。

 

 

「なるほど、やっぱり面白い御人だ 」

 

 

そんなフェルナンドの反応に、ククッと小さく笑うサラマ。

今まで拳を合わせ、フェルナンドという男を少なからず感じ取っていたからこそその笑いは漏れるのだろう。

だが今、フェルナンドとサラマの間にある相性という部分だけを見れば歩があるのはサラマ。

 

能力の秘匿、その重要性は戦場において大きな有利となる。

敵にそれを知られる事なく、また知られる前に倒してしまう事が一つの理想形であるように。

戦いとは如何に手の内を見せずに勝つかであるという点を考え、さらにあるにしろないにしろそれを匂わせる事もまた駆け引きの内側。

それにどう対処するのか、どう凌駕するのかもまた戦いという事。

敵に解き明かされ、看破されたのならいざ知らず、ただ自らの能力を絶対として疑わずに敵に説く事は総じて愚かであり、下策、敗北を呼び込む。

その点に措いては今、サラマの方がフェルナンドより一歩先んじていると言えるだろう。

 

しかしフェルナンドはそれを責める事などしない。

能力とは隠すもの、そして言葉ではなく自らの力で解き明かすものとフェルナンドならば言うだろう。

故にフェルナンドは問わない。

ただ彼の場合言葉で知るくらいならば、力ずくで解き明かす事に意義を見出している様子ではあった。

 

その証拠にフェルナンドの掌が再び天へと伸ばされる。

掌は肌色から紅へと変わり、吹き上がる炎は渦を巻き、織り交ざりながら再び炎球を形作った。

先程と同じ、いやそれ以上の大きさとなった炎球。

当然大きさを増したそれは威力も上がっている事だろう、そしてフェルナンドの眼は言っているのだ。

もう一度受けられるのかと、喰らえるのかと。

 

 

「ケケ、こいつはなんとも…… 意地っ張りな御人だねぇ、ニイサンは」

 

 

その姿を見たサラマは一度驚いた表情を見せる、だがそれはその後に続いた心底面白いものを見たかのような笑みで消された。

炎球を構えるフェルナンド、それはもう一度それを放つという意思表示。

それはあまり頭のいい方法とは言いづらい選択だ。

一度それを呑み込み、喰らい我が物とした相手にもう一度同じ攻撃をするという選択。

たしかに炎の量は増し、炎球も大きくなってはいるがそれだけで凌駕出来るのかどうかは定かではない。

下手をすれば更に相手に力を与えるのとその選択は同義であり、上策とは言いがたいもの。

今までの状況を鑑みれば炎球の様に炎を放つような攻撃は避け、接近戦による打撃で決着を着けることが今もっとも理に適った選択と言えるだろう。

 

 

「意地を張って通すのが道だ。 ()げて退く道なんて端から持って無ぇんだよ」

 

 

だがいくら理に適っていようとも、自らの選択が上策と言い難いものと判っていようとも、この男は進む。

元々破られて上等という気概で放った一撃、それを見事破って魅せたサラマ。

ならば自分も破って魅せねば釣り合いが取れないと、すくなくともフェルナンドの中でそれは決定された。

能力を持って能力を破り返す、という選択が。

 

 

「ケッケケケ。 なら……やって魅せてくれよ、ニイサン」

 

「あぁ。 やってやる……よッ!」

 

 

炎球が再びサラマへと投げ付けられる。

轟々と燃え盛る炎、それを前にサラマは平然と佇みそして(アギト)を開く。

そこからは先程の再現と同じ。

大きく息を吸い込む要領で胸をそらせるように一息で炎を飲み込むサラマ。

炎の大小などまるで関係ないとでもいいたげな吸い込む動作。

嚥下する喉の動きの後立ち昇る彼の霊圧はより激しさを増していく。

 

しかしフェルナンドもこれでは終わらない。

一発でだめならば二発、三発と両の掌から炎球を産み出しては投げ付けるを繰り返す。

弾幕とまでは言えずとも押し迫るかのような炎球の群れ、サラマはそれを時折避けながらも喰らう動作を繰り返す。

意地、いや半ば意固地ともとれるようなフェルナンドの様子。

これならどうだ、こうすればどうだ、そうしたらお前はどうするのだ、魅せてみろ魅せてみろと嬉々として炎を投げ付ける様は戦いというものがこの男にとって格別で、満たすという行為そのものであることを伺わせる。

 

十数程の炎球を打ち出して後、フェルナンドがその手を止めた。

その視線の先には先の比ではない霊圧を燻らせるサラマの姿。

いまや身体より背負う霊圧の方が大きいのではないかというサラマの姿があった。

フェルナンドの炎を喰らい、その悉くを自らのものとして立つサラマ。

背負う霊圧は強大、しかしそれは同時にフェルナンドの放った炎球の持つ力が強力であったという事の証明でもある。

褒めるべきは強力な攻撃を惜しげもなく放ち続けたフェルナンドか、それともそれを喰らい、押しつぶされる事なく立っているサラマの方か。

どちらにせよ状況だけを見れば、この一連のやり取りはサラマに利のあるものであった事は間違いない事であった。

 

 

「ゲプ。 流石に腹一杯……ってヤツだな。 量というか質というか、どっちにせよ俺にとっちゃありがたい事だったがね。どうだい?ニイサン。 何か判ったかい? 」

 

「それなり……ってぇところだろうさ 」

 

「ケケ。そいつは良かった。 ……あぁ、こっちも奢って貰ってばかりじゃなんだ、そろそろ攻めてもいいかい?」

 

「一々訊くなよ、来たきゃ来な。 待ってくれ、なんて恥知らずな事俺が言うとでも思ってやがんのか?」

 

 

霊圧を背負い飄々と。

燻らせる赤紫、目元に浮かぶ笑みは愉悦ではなく喜び。

まだ戦えるという、先程よりもなお戦えるという喜びに満ちているサラマ。

炎球を喰らい続けた彼が遂に攻撃を受け止める側から攻撃を与える側へと立場を入れ替えようと動く。

踏み出した脚は砂を噛締めるように音を立て、身体は矢を番えた弓、その引き絞られた弦のように放たれるを待つ。

 

対するフェルナンドもまた構え、時を待っていた。

軽く前に出された腕、僅か握られた拳を目線のやや下に、左脚を前に出し半身気味で構えるフェルナンド。

状況はおそらく彼自身がより悪くした、と言えるものであったがそれでも彼の顔には笑みが。

牙を剥いた笑みが浮かんでいた。

 

 

「なら……いかせてもらおうか!!」

 

 

言葉が終わるや否やサラマが飛び出す。

番えられた矢は射られ、フェルナンドという的目掛けて飛ぶサラマ。

赤紫の霊圧は尾を引きながらサラマに続き、大きなそれは圧力としてサラマを一回りも二回りも大きく見せる。

それを前にしてもフェルナンドに退く気配は微塵も無い。

いや、始めから彼に“退く”という概念が存在していないかのように。

前へ、ただ前へ、進むことでしか求められず、そうしなければ手に入らないものを彼が求めているが故に。

 

 

 

今や全身が放たれた矢となったサラマ。

その突撃力から突き出された腕がフェルナンドを襲う。

開かれた手と突き立てられる様に伸ばされた爪、その掌と迎え撃つようにして放たれたフェルナンドの拳がぶつかり合う。

ぶつかり合う掌と拳、衝撃は放射状に拡散し大気が爆ぜる。

鬩ぎあう掌と拳、互いを凌駕しようという一瞬の中の鍔迫り合い。

先程は一も二も無く弾かれたサラマの攻撃は、今拮抗するにまで至っていたのだ。

独力ではなく上乗せ、しかしそれでも“力”であることに変りは無く存分に振るうそれはまさしくサラマという中級大虚が持つ力。

が、拮抗とは釣り合った力でのみ生まれるものでありそう長く続くものではない。

徐々にではあるが片方が押し込まれていく掌と拳、そして押し込まれているのは掌の方であった。

 

 

「ハッ! こいつは俺の炎を褒めりゃ良いのか?それともテメェを褒めてやりゃいいのか……どっちだと思うよ?トカゲよぉ……」

 

 

突進力と奪い我がものとした霊圧の上乗せをもってしても優位はフェルナンド。

その拮抗は彼の中でも評価に値するものなのか、言葉を交わす余裕を見せる彼。

如何に破面(アランカル)の霊圧、それも十刃(エスパーダ)のそれを得たとしてもそれを扱う身体は中級大虚。

生物としての構造、強度、肉体的限界、そのどれもが懸離れた次元にある存在を霊圧の過多だけで凌駕するのは厳しい。

何より、霊圧も奪われたとはいえ今だ余力があるフェルナンドを前にすれば尚更である。

 

 

「ケケ。 出来ればそいつは俺を褒めてもらいたい……ねぇ!!」

 

 

掌を押し戻されるサラマ。

だが諦めの様子は微塵もなくそれどころか戦いの意思はその瞳に溢れていた。

そしてその意思と言葉に呼応するように彼に変化が起こる。

変化が起こったのは正確には彼の背後、特に濃く炎のように立ち昇っていた背と尾の先の霊圧、ゆらゆらと立ち昇っていたその霊圧が一斉に方向性を持ち噴射されるように爆ぜたのだ。

サラマの背を押すように、そして押し込まれた掌を再び押し返すように。

 

ぶつかり、鬩ぎあっていた掌と拳。

拮抗の後僅か上回りつつあった拳を掌は再び押し戻し、そして遂には押し返した(・・・・・・)

 

 

「オォオオォオオオオ!!!」

 

 

叫び、魂の咆哮が響く。

奪い喰らった霊圧を背負い、そしてそれを推力としてフェルナンドを押し込むサラマ。

砂漠に根を張ったかのようなフェルナンドの脚が遂に動き、サラマの圧力に圧されて彼ともども砂漠を削り滑る。

爆ぜ押し出す腕と爪、その爪がとどいたとて果たしてフェルナンドに傷を負わせられるのかは彼には判らない。

だが今彼に重要なのは自らの力が通用し、ただ一瞬でも凌駕出来るのか否かという部分。

先程は簡単に弾かれた攻撃、しかし今ならばどうか、少なくとも拮抗は出来た今ならばどうか。

自分は届くのか、高みに、その高みに手をかける資格があるのか、確かめずにはいられない。

飄々とした振る舞い、しかしその奥に覗く彼の熱い部分が叫ばせる、魂の咆哮を。

 

戦士の雄叫びを。

 

赤紫の流星が白い砂漠に一筋の線を描きながら、紅い炎の壁を貫かんと進む。

雄叫びを上げ進むサラマ、無言で拳に力を込め続けるフェルナンド。

裂帛の気合と静かなるをして闘争は加速していく。

押し込まれ続けるフェルナンド、しかし彼とてそのままをよしとするはずも無く、彼から吹き上がる霊圧が増すとサラマの突進はその威力を削がれ、弱まっていった。

だがサラマとてそれで終われる筈もなく、それが駄目ならと拳脚の乱撃をもって凄絶なまでにフェルナンドに攻めかかる。

その拳も蹴りも噴出す霊圧によって加速し、増幅された威力を持ってフェルナンドを捉え、打ち据える。

十合、二十合、三十、四十と止まる事無く繰り出される乱撃。

その事如くをフェルナンドは防ぎながらもその身に受け、しかし倒れる様子は見せない。

ただ笑みを浮かべ、サラマを睨みつけながらその暴風が如き攻撃の只中にいるフェルナンド。

紅い瞳に陰りは無く、ただサラマの瞳を射抜き続ける。

 

 

(ケケ。 効いてるのか効いてないのか……コッチはニイサンの前に立ってるだけで精神削られてんだから、それぐらい見せてくれたってバチはあたらんでしょうに……ったく、難儀なもんだねぇ)

 

 

苛烈な攻めの中、いまだ思考には余裕を残すかのようなサラマであったがそれは風前の灯といった様子。

もともとフェルナンドとの地力の差は歴然で、そこに来て彼の“本気”を目の当たりとした彼の精神は削られる一方。

フェルナンドの瞳を見ればそこにあるのは自分が負ける姿の幻視、それは戦いの最中において禁忌に近い想像であり振り払うべきもの。

だが対峙するからには否応無くそれはサラマを襲い、しかし己が内に持つべきは勝利の姿という二律背反。

精神をすり減らすのにはそれは充分な理由であり、ここまで彼が保っているのは普段の彼の気質によるものが大きいといえるだろう。

 

そして精神の磨り減りは如何に威力を増しているとて拳には伝わり、鈍りとなって現われ五十を越えた乱撃は遂に終わりを見せた。

 

 

 

 

(しま)いか……?」

 

 

 

 

乱撃に訪れた終わりは僅かなもの。

だがそれをこの男はただ待ち続けていた。

ガラにも無く防御を固め、捌き、ただ耐えるという行為。

それはまるでサラマという中級大虚の全てを、十全を見たいが為。

霊圧同士の衝突により生まれた白煙、その隙間から覗くのは紅の眼光。

そしてその瞳は語るのだ、十全を出せと、だがそれでも自分が勝つと、己に絶対の自信があるが故に。

 

言葉に反応したサラマ。

彼の瞳に映ったのは人の肌ではなく、肘から先が紅い炎となったフェルナンドの腕。

腕の形をした紅い炎、その周りを同じく紅い炎が竜巻の如く纏わりつき激しく回転する姿。

燃え上がり、先程まで彼が放っていた炎とは格が違う密度と威力を秘めているであろうことが一目で判るそれを見た瞬間彼はその腕の範囲から逃れるように跳ぶ。

 

アレは駄目だ、アレは無理だ、アレを受ければただでは済まない。

 

 

そして何より、アレは自分が喰える限度を(・・・・・・)越えている(・・・・・)、と。

 

 

 

直後、彼の鼻先を掠めるかのようにその炎が通過する。

ただ下から打ち上げるようにして放たれたフェルナンドの腕、そしてその射線上に生まれた竜巻のような炎の柱。

そう、それは炎の竜巻だった。

肘から先は炎へと変じ、そして打ち出されると同時に腕の周りの炎と同化し、竜巻となってサラマの鼻先を通過したのだ。

 

竜巻は一瞬闇夜を照らすとその形を崩し、熱風を伴いながら瞬時にフェルナンドの下へと舞い戻るようにして赤い腕を形作ると、再びフェルナンドの腕となる。

とうのフェルナンドはその腕を見ながら二、三度拳を握っては開きを繰り返す。

その仕草はまるで、あぁ、こんな使い方もあるか、といったもので頭で考えたというよりは身体が勝手に動いた、といった風。

考えるよりも先に反応したそれ、加減も何も無くただ屠るために放たれたそれ。

それを避けたサラマの反応は、ここへ来ておそらく最高潮と言って良いだろう。

 

だがその一撃を避けてしまった(・・・・・・・)事が、サラマに、そしてフェルナンドにとっては決定的なものとなった。

 

 

「避けた……な、トカゲ。 どうした? 避けずに喰えばよかったろうが。俺の、炎なんだから……よぉ 」

 

「……言ったろ、今は腹が一杯でね。 知ってるか?暴飲暴食は身体を壊すんだぜ? ニイサン 」

 

「知るかよ。……まぁ何にせよアタリはついた、後はまぁ……試してみりゃ判る話……かよ」

 

 

何故喰わない、何故炎を喰わないと問うフェルナンド。

何処までフェルナンドが掴んでいるのかは彼にとっても定かではないが、それを飄々とした言で煙に巻こうというのか、サラマはおどけた様子でそれに答える。

だがフェルナンドにそんなものが通用するはずも無く、後はやはり自分で確かめるといった風で再び掌を天に掲げた。

現われるのは炎の球。

轟々と燃え盛るそれを掲げるフェルナンドと、対峙するサラマ。

だがそれは既に効果は無いと証明されたも同然の攻撃。

サラマが喰らい、己が力としてしまうのが落ちの、彼に対しては欠陥とも言える攻撃であった。

 

 

「なんだい? また驕ってくれるってのかい? 」

 

 

当然それを見てもサラマは怯まない。

彼にとって最早フェルナンドの炎球は脅威とは言い難く、補給の意味合いすらある。

これを喰らえばもう暫く戦える、そんな思考がよぎるサラマ。

だが、そんな思考を抱えて勝てるほどフェルナンド・アルディエンデは甘くない。

そしていつまでも破られた攻撃を続けるほどフェルナンド・アルディエンデは愚かでもなかった。

 

 

「あぁ、くれてやるよ。 だがこんなにデカくちゃ喰い辛いだろう?だから…… 俺が喰い易い(・・・・)ようにしてやるよ。こうやって……なぁ 」

 

 

瞬間、燃え盛っていた炎球は形を崩し、再び掌へと吸い込まれるように戻っていく。

怪訝な雰囲気でそれを見るサラマ。

その行動に意味を見出せず、ただ何故か僅かばかりの不安だけが彼を苛む。

本能、そういった根源的な部分が警鐘を鳴らしているかのように。

 

掌に収まるように収束した炎。

それが収まりきるとフェルナンドは、天に掲げた掌を強く強く握り締める。

指の隙間から微々たる炎が零れそれでも強く、強く。

そして掲げられていた腕は下ろされ、同時に開いた手の上には紅い何かが乗っていた。

巨大ではない、だが掌には収まりきらない程度のそれ。

過去彼が破面化する前の炎海であった頃、ハリベルとの戦いにおいて使用した技の一つ。

炎を収束しまるで槍のように敵を貫かんとした炎の形であり、そこから派生した幾本もの棘。

その趣を感じさせるそれは約15cm程度で細長く、先端が尖った円錐形をしており頂点とは逆の円錐の底に当たる部分はいまだ炎のまま揺らめいていた。

 

 

(おいおい……アレだけの炎をそんなになるまで無理矢理霊圧で押し固めた、ってぇのかい?)

 

 

僅かばかりの不安は驚愕となってサラマを襲う。

同じ炎、総量からすればこれもまた同じ、しかしその密度は桁外れであった。

巨大な炎球の全てを己が霊圧をもって無理矢理に押し固めたフェルナンド。

炎球として存在していた炎の全てを内包する炎の棘、それを前にサラマは驚愕そして戦慄の表情を見せることしか出来ない。

 

そんなサラマを他所に掌の上で遊ぶようにして二、三度軽くそれを投げ、感触を確かめるようなフェルナンド。

だが次の瞬間、まるで腕が消えたのかと思うほどの神速が如き振りにより、フェルナンドはその炎の棘をサラマに向けて投擲したのだ。

 

狙いはサラマの頭、眉間の中心。

炎の尾を引きながら飛翔する棘はしかし狙いを違い、サラマの仮面、その頬を切裂き背に背負った赤紫の霊圧に穴を穿って通過していく。

そして一拍の間を置いて、サラマの後ろで起こったのは爆発だった。

棘が何かに当たったのか、太く大きな火柱を上げて燃える着弾地点、それを振り返り確認してしまうサラマ。

戦いの最中において相手から目を逸らすという愚、しかしそれをしても背後で起こった出来事は強烈なもの。

もしアレが自分の身体に刺さっていたなら、想像するだけで冷や汗が噴出す代物。

そしてあの炎はサラマが己が能力を持ってして喰える限界を超えている類、故に防御も適わぬ代物であった。

 

 

「チッ。 形は上々、だが思い通りの場所にはいかなかった……かよ。これじゃぁテメェに効果があるのか無ぇのか判らねぇなぁ……」

 

 

己が放った一撃、威力は上々としても狙いを違えた為に、本当に確かめたかった事は判らずじまいのフェルナンド。

ただ対するサラマの表情からおそらくはそれでアタリだろう、という確信は得ていた。

 

 

「まぁいい。 トカゲ、テメェには喰える限界があるんだろう?だがそれは“量”じゃなく“質”、硬さ、密度の類だ。液体は呑めても固体は無理、だから俺の竜巻は避けたんだろう?身体から離れた炎とあの一撃じゃぁ比べ物にならねぇからなぁ」

 

「…………」

 

「ダンマリ……か。 だがここでのそれは肯定と同じだぜ? ……まぁそれでもいい、俺は俺のやり方で確かめればいいだけの話だ」

 

 

フェルナンドが見当をつけたサラマの能力。

それはサラマにも食べられるものとそうで無いものがある、という事。

質、フェルナンドの言をすれば硬さ、或いは密度といった類。

水はすんなりと呑み込めても固体となれば話は別であるのと同じ事。

総量は何処までも同じ二つの炎、片方はそのまま、もう片方は霊圧を持って押し固め、大きさは小さいがそれでも硬度はそのままのものの比ではない炎。

どちらも等しく炎であるがしかし、性質の違う炎。

サラマが喰らい、我が物と出来るのは前者の炎だけである、フェルナンドはそう彼の能力にアタリをつけていたのだ。

それゆえの炎の棘、投擲する炎、密度を増し、硬度を増し、霊圧によって無理矢理押し固められた炎はそれ故に炸裂し爆発する。

格闘ではなく能力を使用した戦闘、その足がかりともいえるものをフェルナンドはその手中とし始めていた。

 

 

再びフェルナンドの手が強く握られる。

今度は掲げる事無く、炎球を産み出すことも無くしかし開かれた掌には炎の棘があった。

炎球を一々発生させるのは無駄な行為、一度実践してしまえば自分の能力なのだ、応用などいくらでもきくと言わんばかりのフェルナンド。

その証拠に掌の上にある棘は一本ではなく三本。

馬鹿げた圧縮率の炎の塊、棘が三本乗っており、それを指と指の間に挟みこみ、サラマにフェルナンドは対峙した。

 

 

「どの辺から…… 俺の能力にアタリをつけてたんだい?」

 

 

口を開いたサラマ、そして零れたのは疑問だった。

そうフェルナンドに問うた時点で、フェルナンドの予想は当たっていると言っている様なものではあるが、今の彼にそれは重要ではない。

知りたいのはこの男がどこから見抜いていたのか、という事。

知ったとて無意味ではあるが、それでも知りたいと、知る事がこの男の“底”を知ることに繋がるような気が彼にはしていた。

 

 

「おかしいと思ったのはテメェが最初に(・・・)炎を喰った時だ。炎が喰えるなら何故俺が解放した時にそうしない、ってな。なにせ俺は炎の塊みてぇなもんだ、なら何故喰わない、何度も接近して来たってぇのに何故喰わない、何故炎球を投げるまで喰わなかったのか、ってなぁ」

 

「なら…… 何度も炎を投げつけたのは……」

 

「無理矢理喰わせれば破裂するのか、とも思ったんでな。結果としては失敗だったが、存外面白い事になったのは重畳だったぜ。楽しめたから……な 」

 

 

出鱈目、サラマの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

殆ど始めからこの男はサラマの能力にアタリをつけていた。

確信ではない、しかし疑問を挟む余地は十分にあったと、そしてそれを捨て去らず思考し戦っていたのだ。

フェルナンドからしてみれば炎球の乱打も一つの可能性を潰す作業、炎を喰う、というのならば食わせ続ければ限界が訪れ、そのまま無理矢理限界を超えさせれば爆ぜるのではないか、という事の確認に過ぎなかった。

実際サラマは無闇矢鱈に喰らうことはせず、御しきれるだけのものしか喰らわなかったためそうはならなかったが、自分の不利を呼び込む結果を残す可能性があるにも拘らず、躊躇無くそれを実行するフェルナンドの潔さ。

そしてその呼び込んだ不利すら再び自らの力で凌駕してしまう大胆さ、度量、格の違い。

 

 

「おっかないニイサンだ…… 化物みたいな気、ふざけた霊圧、馬鹿げた炎、そのうえコッチの事はお見通し……か。底の見えない御人だねぇ…… 」

 

「ハッ! 悪いが底なんて無ぇんだよ 」

 

「ケッケケケ。 違いない。 アンタに底は無いのかもしれない、抗ったところでただ深くに呑まれて消えるだけ……ってか」

 

 

どこか吹っ切れた様子のサラマ。

勝てない。

いつからか彼の中に芽生えていたそんな想い。

それは実力か、或いは別に理由があるのか、ただサラマには今、フェルナンドに自分が勝る姿は思い描くことが出来なかった。

始めから無理な話ではあった、適当に切上げてしまうという手もあった、しかし、対峙してみて本気で戦いたいと思わされた。

爪は届かず、牙は届かず、炎を喰らってもなお届かず、しかし悔しさは無い。

全てを出し切った、その全てをこの男は受けきり、その上で自分の遥か上を悠々と飛んでいたのだ。

 

サラマが背負っていた赤紫の霊圧が揺れ、そして消えていく。

それ以外の彼が放っていた霊圧も全て、戦いの気配を微塵も残さず治まっていく。

怪訝な表情を浮かべそれを見るフェルナンドを他所に、サラマは両の手を高く上げると高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

「俺、降参するわ。 ニイサンみたいな化物の相手は俺じゃぁつとまらないし、割にもあわねぇよ。やめやめ~~」

 

 

 

 

 

その後に訪れたのはなんとも気まずい沈黙。

ほんの数瞬前まで命がけの戦いをしていた片方が、その全てを放り出して降参すると言い出したのだ。

如何にフェルナンドとて呆気にとられずにはいられないだろう。

なにかの策か、とも思われるサラマの行動であったが纏う雰囲気、なにより仮面の奥の瞳が彼の言葉が真実である事を伺わせる様に疲れきったものだったのが決定打となった。

 

 

「テメェ……ふざけてんのか?」

 

「いやいや、コッチは大真面目さね。 中級大虚の俺じゃぁ正直端から勝てる訳無いって事。能力の相性ったってそんなもんで覆るほどニイサンが弱い訳無ぇし、事実殺す気でかかってまともに攻撃の一つも入れられないんじゃ話しにならんでしょうが。頑張ってみてもこんなもんさ、人生気合と勢いだけじゃ乗り切れんって事さね」

 

 

若干の怒気を孕んだフェルナンドの声、しかしサラマは飄々と、上げた両手を器用に振りながらそれに対する。

勝つ気ではいた、殺す心算でかかった、しかし倒せず、殺せず、まともな攻撃一つ入れていない。

肉体の差か、能力の差か、あるいはそれ以前のもっと根源的な部分によるものか、なんにせよ勝てないと完全に悟ったからには戦う意味が最早サラマには無い、ということだろう。

戦士として通用するか否か、という点では確かに最後までいってみたいという気はあったが、今はまだ死ねない理由が彼にはあったし、何よりそこまでするのは彼にとっては割に合わないと。

 

 

「……チッ! 馬鹿らしい……興が削がれた。 殺し合いの一歩手前だ、今回は殺さないでいてやるよ。そもそも藍染の頼み事(・・・)とやらはもう済んだ、その後の事でとやかく言うほど小さい男でもないだろうし……なぁ」

 

 

言うなりフェルナンドの炎が一箇所へと急速に収束する。

身体を覆うかのようだった炎、立ち昇る紅い霊圧も全てが収束し、そして出来上がった短めの鍔の無い斬魄刀を握るとフェルナンドはそれを腰の後ろの鞘へと納めた。

それは完全な戦いの終わりを意味する。

解放を解き、再刀剣化した力の核を納めたフェルナンド。

彼という人物からしてみればいやにアッサリとした引き際な気もする。

だが元々乗り気ではない今回の殲滅任務、任務というものの内容を考えれば既に砂漠に降り立った時点で完遂しており、その後のサラマとの戦闘は座興の部類に入るもの。

やや本気になりはしたが、それでも彼の飢えを満たすには些か足りない戦闘であったのもまた事実。

能力の開発、という点で見れば利はあったものであり、更に言えばこの飄々としたふざけた中級大虚は彼の中で“悪くない”部類に入る者であったため、といった所か。

 

 

「ケッケケケ。 これで一件落着ってね。 あ~ぁシンドイ、もう当分ニイサンと()るのは御免だぜ」

 

 

ドスンと尻餅をつくようにして座り込むサラマ。

実際それが限界だったのだろう、如何にフェルナンドの霊圧を吸収していたといっても身体は中級大虚、破面との戦闘にそう長く耐えられる筈も無いのだ。

 

 

「そうかよ。 ……あぁそうだ、ひとつ忘れてた」

 

「ん? どうかしたかい? ニイサン 」

 

 

そうして座り込むサラマに近付くのはフェルナンド。

忘れていた、という言葉を吐きながら近付く彼をサラマは特に警戒する風も無く迎える。

 

それは油断といっては言いすぎであり、しかし緩みではあっただろう。

近付いて来たフェルナンドの片足がまるで掻き消えるようにしてサラマの視界からなくなる。

ついで襲ったのは頭部に奔る尋常ではない衝撃、力を抜き、気を抜いていたサラマには対抗することは出来ず、備えていたわけでもない身体はもろにそれを喰らってしまった。

頭部から吹き飛ばされるようにしてそれに追従するサラマの身体。

砂漠と平行に移動し、飛んでいく彼はその進行方向にある砂丘へと直撃した。

全てはフェルナンドが放った一撃の蹴りによって。

 

 

「そいつでチャラだ、いろいろと(・・・・・)……なぁ」

 

 

それだけ言い残し砂漠を去るフェルナンド。

いろいろに含まれるのは何であったのかは判らない。

ただ思い当たる節のある者には判る、という類の事だろう。

例えばたった今、頭を蹴りぬかれ砂漠に突っ伏している者などは。

 

 

「ケッ、ケケ…… 化物め……やっぱり、割に合わない……ぜ……」

 

 

それだけ呟くとサラマはその意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い廊下、明かりはポツポツと灯るのみで全てを照らすには至らない。

その廊下に響くのは靴音。

数は二つ、どちらも同じ方向へと進み、しかし並び立つのではなく片方がもう片方の後ろに続く形のようだった。

 

 

「よかったのかい?」

 

 

先行する靴音の主がそう呟く。

暗い廊下でその表情はわからずとも、声色はどこか見透かし、笑みを浮かべている様子。

声色から男であり、雰囲気は“上”に立つ者といった様子だった。

 

 

「何の事です?」

 

 

後ろに続いていた靴音の主は、呟かれた声にそう応えた。

此方の声も男のようで、声が聞こえたのは最初に声を発した方よりも上の位置から、頭一つ分ほど抜きん出ているのか、後ろに続く方は長身、というより巨躯と伺える。

その返事にフッと小さく笑うのは先行する男。

 

 

「せっかく野に出たというのに、戻って来てしまってよかったのか…… と訊いた心算だったのだがね。 言葉とは難しいものだ…… 」

 

「あぁ、そういうことですかい。 別に構いやしませんよ、野にいるより此処に居た方が今は何かと面白そうだ、ってだけの話でさぁ」

 

 

互いに淀みなく進む二つの靴音。

先に見える出口まではもう暫くあり、この語らいももう少し続きそうであった。

明かりの傍を通り過ぎた靴音の二人。

照らし出されたのは茶色の髪とついで黒髪、そのどちらも口元には笑みを浮かべていた。

 

 

「キミならば最上級大虚(ヴァストローデ)にも至れる器だと、私は考えていたのだが…… 正直なところを言えば少し残念だよ 」

 

「そいつはどうも。 それなら仮面を半ば叩き割っちまったあの人に、文句言ってもらえますかい?まぁどっちにしろ俺じゃぁ最上級は無理だったでしょうが……ね」

 

「ほぅ……殊勝な事だね。 では参考までに聞かせてもらえるかな?キミが至れない理由……というものを 」

 

 

互い笑みを浮かべる茶髪と黒髪の男。

だがどちらも互いを見てはいない、一人は遥か先を、もう一人は出口の先を。

会話が噛みあっているのがある種不思議ですらあるその二人。

茶髪の男は黒髪の男が言った言葉に興味を抱いたのか、理由を問う。

参考までに、暇潰しに、座興の類として求められるそれに、黒髪の男は別段嫌がる様子もなく答えた。

 

 

「中級と最上級を分ける明確な理由なんて特に無いとは思いますがね。ただ…… 俺があの人を見て思ったのは“欲”ですよ。それもその欲以外全て捨てたっていい、っていうとびっきりの“我欲”。そういうぶっ壊れた部分が分れ目なんじゃないかって、俺はあそこまで貪欲にはなれそうに無いもんで…… まぁ、合ってるかどうかなんて判りませんがね」

 

「フフッ……なるほど、思いのほか興味深い……」

 

 

進む二人、出口はもう近い。

再び照らされた二人の内、先行する茶色の髪の男の顔には張り付いたような黒い笑みが浮かんでいた。

その笑みは暗く、何処までも、何もかもを飲み込んでいく混沌に見える。

軽やかに語る茶髪の男の声とは異なる様子で、それがまた不気味さを煽っていた。

 

 

「何にせよ今回は良くやってくれた。 キミのおかげで炎熱系の能力に対する有効な対処法の確立と、その実用化に措ける問題点、さらに最高クラスのサンプルを入手できたよ。私も彼を飼い慣らした(・・・・・・)甲斐があった…… というものだ。 惜しむらくはキミの能力では対抗するには至らない、という点だろうね」

 

「そりゃ俺にだってよく判ってますよ。 相性がいい、ってだけでそれ様の能力じゃ無い(・・・・・・・・・・)もんでね。あんなもんは始めから使えないようにしちまうか、底なしの胃袋かなんかでももって来なけりゃ相手になりませんわな」

 

 

出口間近で二人は一度立ち止まった。

正確には先行する茶髪の男が止まったため、黒髪の男も止まったということなのだが。

茶髪の男は振り返ると黒髪の男を見上げる。

見上げられているというのに黒髪の男は、まるで自分が見下されているような圧迫感をその男から感じていた。

暗い笑み、そしてそれより尚暗い瞳。

背筋が冷える錯覚を覚える黒髪の男、戦いの中で感じる恐怖よりも何よりも、その瞳から感じる薄ら寒い恐怖の方が勝っているとさえ彼には思えた。

 

 

「感謝しているよ、サラマ(・・・)。 キミのおかげで私の計画はまた一つ、上の段階に進んだと言っていい」

 

「そいつはどうも、藍染様(・・・)

 

「それでは行こうか、始まりを告げるために……ね」

 

 

サラマ、サラマ・R・アルゴス。

それが後ろに続いていた黒髪の男の名。

正確には破面化したサラマ・R・アルゴスだった。

そして彼を従え、そして今もまた存在感によって彼を恐怖させている男は言わずもがな藍染惣右介。

全ては、そう全てはやはりこの男の掌の上。

何者も抗えない絶対王の掌の上という事なのか。

 

再び踵を返し、暗い廊下から光が照らすその先へと歩を進める藍染。

その後に続くようにしてサラマもまた、光の下に歩を進める。

 

 

 

「やっぱり、割に合わねぇなぁ……」

 

 

 

そんな誰に当てるでもない呟きを、暗い廊下に残しながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橙の髪

 

茶の瞳

 

黒い衣

 

映る姿は

 

敵に(あた)わず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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