BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.63

 

 

 

 

 

白い壁と黒い床、その中央にはこちらも黒塗りで設えられた長机、それを囲むようにして背もたれの長い椅子が十一脚並んでいた。

それは虚夜宮の頂点達、十刃(エスパーダ)のみが座すことを許された椅子。

特に指定された席は無く、それ故位階をそこから推し量ることは出来ないがしかし、彼らが皆尋常ならざる力を持ち、彼等以外の全てに対する脅威であることだけは変らなかった。

 

今、その部屋にある椅子に座っているのは二人、向かい合うわけでも、ましてや隣同士という訳でもなく。

長机を挟んで座っている人物は勿論二人とも十刃。

黒髪に涙の痕のような緑色の仮面紋(エスティグマ)、角の生えた兜の仮面の名残と首元までしっかりと締められたコート型の白い死覇装を纏い、目を閉じて座るのは第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。

もう一人は金色の髪に額には紅い菱形の仮面紋、左目を縁取る仮面の名残を持ち死覇装の袖をまくり、ファスナーを腹の辺りまで開け胸元を肌蹴させ、口元に皮肉気な笑みを浮かべた男、第7十刃(セプティマ・エスパーダ)フェルナンド・アルディエンデ。

 

この場所に二人が共にいること、それは何も偶然という訳ではない。

藍染惣右介。

言ってしまえば全てはこの一人の男に起因する。

フェルナンドは藍染によって半ば嵌められる形で頼まれた(・・・・)殲滅任務、その事後報告。

といってもその任務が彼の手によって完遂されてより既に数日が過ぎており、報告と呼ぶには些か遅すぎる部分もあったが、藍染が今まで何も言ってこないことをいい事に別段何もしなかったフェルナンド。

しかし、遂に藍染より参集してくれという知らせが届き、面倒ながらもこれで終わりだとこの場に来たという次第。

対してウルキオラもまた藍染によってこの場に呼び出されていたが、フェルナンドとは違い藍染からの呼び出しだ、という理由だけで何を言うでもなくこの場へと参集していた。

 

面倒ごとを済ませたいだけのフェルナンドと、疑うことなき忠誠を見せるウルキオラ。

在り方、そして考え方もおそらくは別方向を向いているであろう二人。

何一つ求めないウルキオラと唯一つを求めるフェルナンド、僅かな違いであるがしかし決定的な違いを抱える二人。

互いに会話をするでもなく、ただ時は過ぎ続ける。

だがそれはこの二人にとって苦痛ではない、それはどちらも語らうことなど求めていないから。

相容れるものの無い二人が口を開けばそれは衝突の始まり、そして彼等の衝突とは即ち殺し合いであり、フェルナンドとしてはそれもまた良しと言ったものだろうが、ウルキオラにとってはそんな衝突すら瑣末なことでしかない。

 

 

そう、戦うことも、フェルナンドという存在自体も。

 

 

 

「待たせてしまったようだね、二人とも 」

 

 

無言の空間、その静寂の空気はその声によって破られた。

十段ほどの階段、その上にあった白い両開きの扉から現われたのは破面の王、藍染惣右介。

どこか芝居がかった声でそう告げる藍染は、その後ろに一人の破面を伴っていた。

黒い髪に黒い瞳、右眼の下辺りに僅かに残った仮面の名残と、左の頬には切りつけられた傷跡のような仮面紋。

巨躯と、それを覆う鎧のようなしなやかな筋肉が見て取れ、頑丈そうな印象を受ける。

口元には不敵な笑みが浮かび、その瞳は座す二人のうちの一方、フェルナンドの方を向いているような気がした。

 

 

二人のいる長机へと歩み寄る藍染。

そしてその周りに並ぶ背もたれの長い椅子、その中でも一等大きなそれに腰掛ける。

黒髪の男は椅子に掛ける事無く藍染の座る椅子の斜め後ろに控えるようにして立っていた。

 

 

「御用件は何でしょうか? 藍染様。」

 

 

藍染が座り一息つくなりウルキオラはそう切り出した。

彼は余り回りまわった物言いをしない。

まるで機械の様に淡々と、与えられた命令だけを完全に完遂する。

そこに自身の思考や感情を挟む事は無く、ただ藍染の命と望む結果だけを奉じるのだ。

故に語らう必要を彼は見出さない、必要なのは主の命のみ、それ以外は瑣末であると。

 

 

「そう慌てる事もないだろう、ウルキオラ。 先ずは紅茶でもどうだい?無論キミも……ね、フェルナンド 」

 

「…………」

 

 

藍染の答えにウルキオラは再びその口を噤んだ。

別にウルキオラに紅茶を嗜む習慣があるわけではない。

だが主である藍染が慌てるな、と言うのならば自分はただ言葉を待つのみとそれ以上の言及を避けただけ。

能動的ではない、受動的でしかしそれを寸分違わず完遂するのがこの男なのだ。

 

 

「要らねぇよ、そんなもん。 俺が此処に来たのは面倒事を終わらせるためだけだ…… 」

 

 

両の腕を組み、椅子に腰掛けていたフェルナンド。

視線すら藍染には向けず、藍染の申し出を一刀の下に切り捨てた彼。

紅茶、というよりは藍染の勿体つけたかのような演出が気に入らないのだろうか、そしてウルキオラとは違い藍染の言葉を待つ、などという事をする心算も無い彼。

あくまで能動的、ともすれば我が強すぎる感もあるがそうでもなければこの虚圏で生き残れるはずもない、という事か。

 

 

「テメェから頼まれた(・・・・)任務とやらは終了した。あれで逆らってくる気概のあるようなのは居無ぇだろうさ」

 

 

完結で明瞭な報告、しかしそこに嘘は何一つ無い。

フェルナンドが定義する敵としての、何一つを満たしていなかった彼の地の虚達。

殺す価値すら見出せぬ彼らをフェルナンドはその“気”をもって征し、気概の事如くを叩き折った。

あの場で既に怯えしか写さなくなった彼等の瞳を見る限り、もう二度と逆らう事は考えられない、と。

 

 

「そうか…… 殲滅任務、とは言ったものの殺さずとも構わないと言ったのも私だ。その口ぶりから気概は折ってくれた様子。フフッ、今回の頼み事(・・・)はキミにとっては少々簡単すぎたかな?」

 

「まぁ……な。 測るには(・・・・)もう少し足りなかっただろうさ」

 

 

藍染の言葉、そしてそれに対するフェルナンドの答え。

どちらも互いの腹積もりを理解した上でそれに言及する事はない。

今回に限って言えばだが、どちらかと言えばフェルナンドの負けである事には変らないのだ。

言葉巧みに方向を決められ、赴いた先では奇跡じみた相性の能力を持った相手が待っている。

偶然にしては出来すぎの出会い、そしてそれから答えを導き出す事はそれほど難しい事ではない。

彼の勝利すら予定調和の一部であり、気に入らないながらもその流れに乗らざるをえなかった時点でフェルナンドの敗北なのだ。

 

 

 

笑みを深める藍染と、藍染を直視しないながらも皮肉を飛ばすフェルナンド。

そのやり取りを藍染の後ろに控えた黒髪の巨躯は、堪えるようにククッと笑ってみていた。

 

 

(足りなかった……か。 まぁ足りないというよりはアンタが化物過ぎた、って方が正確なんだが……ねぇ)

 

 

内心零す黒髪の男、足りなかった、という部分はおそらく自分の事が当てはまることを理解しているだけに苦笑が漏れる。

だがそれでも悔しさは無かった。

元々あの時点で自分が彼に勝てる要素など探すほうが難しいぐらいのもの、予定調和である以前に負ける事は自然の理にすら近い。

それでも足りなかった、の前に“もう少し”という言葉がついているだけ救いがある、とすら思えてならない彼。

取るに足らない、よりはまぁ楽しめたくらいに思ってもらっていた方が面目は立つ、というものだろう。

 

もっとも、今や同じ土俵にたったからにはそう簡単に“足りない“と言わせる心算も無いわけではあるが。

 

 

 

「それで? テメェは何でこんな所に居やがるんだ、トカゲ(・・・)

 

 

 

その言葉に驚いたのは黒髪の男だった。

此方に一瞥もくれる事無く、しかし彼の男は見抜いていたと。

姿は変った、大虚から破面となって霊圧にも変化はあった、だがこの男はなんなくそれを見抜いたと。

自分が、自分が彼と戦い敗れた者、サラマ・R・アルゴスであると。

 

 

「気が付いていたのかい? フェルナンド 」

 

「当たり前だろうが。 一度戦った相手の霊圧だ、姿(ナリ)が変ろうが霊圧の感触が変ろうが、それで気が付かないほど阿呆になった覚えは無ぇんでな」

 

 

笑みを深める藍染にフェルナンドは相変わらず視線を向けず答える。

姿が変った、破面化によって霊圧は大虚のそれとは比べるべくも無くなった、だがしかし、それだけで見失う事などないと。

一度戦い、その霊圧をその身で感じたからには如何に感触は違おうとも、その根幹を忘れるわけが無いとフェルナンドは言うのだ。

 

 

「ケケ。 それが判ってて“足りない”、と言っちまう辺りがニイサンらしいねぇ」

 

 

鼻の頭を掻きながら声を発したサラマ。

巨躯ではあるがその仕草や言葉からはどこか軽やかな印象を受ける。

元々彼が持つ気質がそうさせるのか、それともそういった人物を演じているのか、どちらにせよその気安さは不快なものではないように思えた。

 

 

「ハッ! 足り無ぇものに足り無ぇと言って何が悪い。それにしてもこれまた随分と都合よく破面化したもんだな……えぇ?」

 

 

サラマの僅かばかりの皮肉も、フェルナンドはさも当然といった風で切り返す。

そしてフェルナンドから零れる言葉は、既に判りきっていた藍染とサラマの繋がりへと。

フェルナンドがサラマを下してよりそれ程の日数は経っておらず、その中でサラマが破面化する、というのは余りにも都合が良すぎるというフェルナンド。

だがその問いは結局は通過儀礼であり、互いに判り切ってはいるがそれでも知らぬ顔をするのが藍染惣右介の手管である。

 

 

「フフッ。 結果はどうあれキミを相手に彼は生き残ったそうじゃないか。中級大虚でその実力、野に置いておくには惜しい人材だと思ってね」

 

「ついでに言えば、どっかの誰かが俺の面を割ってくれちまったもんだから、俺には破面化するか死ぬかの二択しか残ってなかった訳さ。まぁ死ぬのはまだ御免なんでねぇ。 此方サンの申し出を受けたわけよ」

 

 

互いの言葉から面識は浅い、という事を匂わせる二人。

結局そんなものは無意味なのかもしれないが、様式美というものはなんにでも存在し、今この場で必要なのは自分達は初対面に等しいという見た目であった。

もっとも藍染、そしてサラマからしてもこの破面化は予定外。

破面とは大虚よりも高い完成度を持つ、そしてその完成度とは手を加える余地(・・・・・・・)が少ない事を指す。

完成されたものに手を加える事は時として蛇足となり、完成度を下げる結果を残す可能性があり、破面化後での成長(・・)はあったとしても外部的調整(・・・・・)は意味を成さないのだ。

 

藍染は彼の目的のため、そしてその目的のための手段として“ある能力”を欲していた。

サラマはその能力を体現できる可能性を持っており、それ故に今回フェルナンドと戦わせることを決めたのである。

そしてサラマの能力は藍染が求めるそれに一定の効果を上げ、そこから派生する様々な問題点、そして改善点を彼に示した。

しかし肝心のサラマは戦いの後、仮面を割られてしまう。

 

仮面を割られる、という事は虚、そして大虚に至るまで全てに共通する忌み事である。

彼等の仮面とは人として“こころ”の中心を失い、そこに喪失の孔を開け、剥き出しとなった本能を覆い隠すという意味合いがある。

その仮面が割れてしまえば本能は剥き出しとなり、剥き出しとなった本能はせっかく呼び戻した理性をいとも簡単に喰い尽くし、彼らをただの獣以下に貶める。

そこから再び理性を呼び戻す事は不可能に近く、それ故仮面を割られたサラマに残されている道は実質一つだけ、破面化以外なかったのだ。

 

サラマという能力の体現者を失う結果となった藍染。

彼とすれば予想以上の被害、とも言えるものだがしかし、彼は今、天運すら味方につけているのか。

サラマを失おうとも彼には今や何の痛手すらない。

必要な情報はえた、能力の基礎的な研究も済んでいる、後はその改造に耐えられる器を用意するだけでありそれは既に済んでいるのだ。

 

ネロ・マリグノ・クリーメンが創り出した、人の業を背負う少年として。

 

 

「面が割れただけで済んだなら、もうけものだと思うがな」

 

「ケッケケ。 まぁ…… ね。 これでニイサンとは同じ土俵…… って事になるわけだ 」

 

「ほぅ…… それは俺と決着がつけたい、って事か?」

 

 

自分がサラマの面を割ったにも拘らず、何一つ悪びれた様子は無いフェルナンド。

サラマの方も別にそれを理由に彼を恨んでいるという訳でもなく、どちらかと言えばもうけもの、といった程度。

そしてサラマの同じ破面である、という発言はフェルナンドの琴線に触れたのか、視線を向けなかったフェルナンドは遂にそん視線をサラマへと向ける。

力強い視線がサラマを射抜き、その視線を受けながらもサラマは不敵な笑みを浮かべしかし、あの時と同じように両手を挙げた。

 

 

「冗談さ。 言っただろう? ニイサンとはもう当分戦りたくない……ってね。」

 

 

舌をベェと出しながらフルフルと首を振り、降参といった様子のサラマ。

なんとも毒気を抜かれるその仕草に、フェルナンドも視線に込める力を緩める。

 

だが彼は聞き逃さなかった、サラマは当分戦りたくないと言い、それは二度と戦りたくないとは意味合いが違う、という事を。

 

 

「フェルナンド、サラマ、随分とキミ達は気が合うようだね。そこでどうだろう? フェルナンド、サラマをキミの……従属官にしてみてはどうだい?」

 

 

二人の会話をその間で聞いていた藍染、その藍染から放たれた言葉は唐突なものだった。

サラマをフェルナンドの従属官に。

無理な話ではない、フェルナンドは今や十刃、従属官として下位の破面をその支配下に置く事になんら不思議は無い。

が、その提案が出されたのが藍染というのが問題である。

この男が自分に何の利益も無い事を提示するだろうか?

答えは否である、その言葉の裏には何かしら思惑があると考えるほうが自然であり、あながち今回も間違ってはいないだろう。

 

もっとも、その思惑以前にフェルナンドの答えなど決まっていたのだが。

 

 

「お断りだ 」

 

「……でしょうね 」

 

 

当然のようにフェルナンドの答えは拒絶。

そしてそれに続くように発せられたサラマの言葉も、そうだと思っていた、という感情を滲ませていた。

 

 

「悪い話ではない……と思うが。 キミもサラマの力は判っているだろう?」

 

「確かに……な。 だが従属官なんてもん俺には必要ない、そんなもんが居れば戦いが“薄まる” 」

 

 

薄まる。

それは感覚的な部分に過ぎないが、フェルナンドにとってはそれこそ重要なもの。

求めるものは命削る戦いの先にある、と考えるフェルナンドにとって戦いは常に一人だけのもの。

傍に自分以外の者などいらず、余計な者の存在は濃密な戦いを薄くさせる要因でしかないのだろう。

 

 

「だから言ったでしょう? 藍染様。 この人が首を縦に振るわけないってね。|(そもそもこの人に“首輪”嵌めようなんてのが間違ってんですよ…… )」

 

 

フェルナンドを援護するようなサラマ。

フェルナンドが従属官などというものを好むとも求めるとも思っていなかった彼にとって、フェルナンドの発言はいわば当然のものであり、サラマを首輪とし、そして“良くなる鈴”として用いようとしていた藍染からしてみれば、その考えは鈴の付いた首輪によって妨げられたといってもよかった。

かといってサラマがフェルナンドから離れる、という事が決まったわけではないのだが。

 

 

「……仕方が無い、従属官を選ぶのは十刃の権利、それを無理強いする事はしないよ」

 

 

僅かな間を置き、しかしその笑みは僅かも崩れる事無く藍染はアッサリと引き下がった。

常ならば詐術と話術によって巧みに思考を誘導し、彼の思い描く結果を手に入れる藍染らしからぬほどの引き際。

逆にそれが不安を煽るような引き際ではあるが、今はそれを考えるときでもなく。

この話は終わりだといわんばかりに藍染はフェルナンドではないもう一方、ウルキオラへとその視線を向けた。

 

 

 

 

 

「待たせてしまったね、ウルキオラ 」

 

「いえ…… 」

 

 

にこやかな藍染と表情というものを感じさせないウルキオラ。

まるで鋼鉄で形作られ冷たさしか感じないその顔、白というよりもやや灰色よりのその肌が無機質さを際立たせる彼。

鷹揚など無いその声には何一つ感情は浮かんでいなかった。

 

 

「今日キミを呼んだのは他でもない、ある人物を君の眼で査定してもらいたいんだ…… あぁ、フェルナンドも見ていくといい、これがその人物だよ……」

 

 

藍染の言葉が終わると、彼らが囲む黒塗りの長机の中心が僅かに円形に凹み、凹んだ部分が螺旋状に開くとそこから映像が浮かび上がる。

見える風景は虚圏でも虚夜宮でもなく、和風のつくりの建物と黒い着物を纏い刀を振るう一団、そして映像が主立って捉えているのは彼らと同じように黒い着物を纏い、しかし誰の眼にも鮮やかな橙色の髪をした一人の青年だった。

 

 

「彼の名は『黒崎(くろさき)一護(いちご)』、死神代行と呼ばれる死神が人間にその能力を譲渡して死神の力を得た存在だ。この映像は私が尸魂界において崩玉を得る為に動いた際、僅かばかりの犠牲(・・・・・・・・)として死ぬ筈だった死神の少女を助けようと、現世から乗り込んできた彼らを捉えた映像になる」

 

 

橙色の髪の少年、名を黒崎一護。

身の丈ほどの大刀、鍔も柄も無い出刃包丁のようなそれを背負った少年は多くの死神達と戦い、そして戦いを経る事に急速にその戦闘力を増していくのが映像からも見て取れた。

霊圧、体捌き、剣術、そのどれもが荒削りで我流であるがそれでも必死で戦う少年の姿。

 

が、彼等破面にそんな必死さなどは何一つ響く事はない。

 

 

「この塵を……ですか?」

 

「確かにな、話になら無ぇ 」

 

 

居合わせた十刃の評価は、評価にも値し無いようなものだった。

この程度の人間をどう査定すればいいのか、既に結果など見えていると言いたげなウルキオラ。

疑問を挟まない彼にすらそう思わせるほど、ウルキオラにその橙色の少年は取るに足らない存在に見えた。

それはフェルナンドも同様で、態々呼び止めてまで見せる価値がその映像には何一つないとすら彼に思わせる代物。

死神の程度もこれならば自分の求めるような戦いは彼らには期待できない、と評価せざるを得ないものだった。

 

 

「そうだね、この時点(・・・・)の彼ではキミ達がそう思うのも無理は無い。だがここからが面白い(・・・)ところなんだよ……」

 

 

最低の評価を下す二人に対し、藍染は意味深な笑みを浮かべる。

その藍染の言葉に呼応するように場面は切り立った崖の上に、橙色の髪の少年はそこで桃色の霊圧を纏う青年と対峙していた。

戦況は圧倒的に桃色の青年が優位、血塗れの少年はしかし諦めず立ち上がりそして強大な霊圧を放ち爆発させた。

立ち昇る砂煙、それが渦を巻くように収束し晴れる。

そしてその煙が晴れた場所に立っていたのは橙色の少年、しかし先程とは姿の変った少年だった。

手に握る刀は柄尻に鎖を下げ卍型の鍔、刃は身の丈ほどの長さはそのままに出刃包丁から標準的であるがしかし漆黒の刀身となり、身に纏うのは黒いロングコートの様に変化した死覇装。

そしてその少年はそこから圧倒的な速力をもって桃色の青年を凌駕していく。

 

 

「『卍解(ばんかい)』。 死神が用いる斬魄刀戦術最終奥義、本来習得に最低でも10年以上の時を必要とするそれを、この少年はたったの3日で習得した。恐るべき成長率だとは思わないかい?」

 

 

画面では少年が青年を圧倒し続け、青年が操っていた桃色の波を解き、彼らを覆うように剣の葬列を産み出していた。

卍解と呼ばれる死神達の奥義、それをたった3日で習得するという離れ業。

“才”がある、という言葉だけでは片付けられない出来事なのだろう、藍染の眼には珍しく喜色が浮かんでいた。

 

 

「ではその成長率が、俺にこの塵を査定させる理由である……と」

 

 

ウルキオラが藍染の言わんとする事を察するように語る。

成長率、才ある死神に比べてその成長率は尋常ではない。

故に、もしこのまま成長が続くような事があればこの少年は藍染の前に立ちはだかる、という可能性を持っていると。

その可能性があるのかどうかを査定せよと、藍染は言っているのだろうとウルキオラは理解していた。

 

 

「確かにそれもある……が、本当に見せたいのはこの後なんだよ」

 

 

映像に映る戦況は少年が圧しているものから再び拮抗へと移行していった。

第三者の目線から見るそれは戦況をよりよく見渡せる、映し出される少年の速力が明らかに遅くなっていく事を如実に顕していた。

次第追いつかれ、そして追い越され反応できず、それでも力を行使する少年は遂にその足を止めてしまう。

そこから訪れるのは終わりの瞬間だろう、誰もがそう思い、藍染が本当に見せたいものの真意を測りかねる中、それは起こった。

 

 

「 ! 」

 

「ハッ! なるほど」

 

「こいつはまた……」

 

 

ウルキオラとフェルナンド、そして盗み見るようにして映像を見ていたサラマからそれぞれ零れるもの。

映像に映った少年 黒崎一護、振り下ろされた桃色の青年の刀を素手で握り締める彼が俯くその顔を上げた時、彼の顔には間違いなく虚の仮面(・・・・)が張り付いていた。

顔の四分の一を覆い隠すようなそれは辺りの霊子を集め、尚も少年の覆いつくさんと増殖する。

その後、黒い霊圧を放ちながら仮面を着けた橙色の少年黒崎一護は、圧倒的な戦力を持って再び桃色の青年を圧倒する。

だがそれは“人”としてではなく明らかに化物、“虚”としての戦い方であり異様でしかなかった。

 

 

「どうだい? この少年、黒崎一護は片鱗ではあるが独力で『(ホロウ)化』を発現させたのだよ。私も100年程前にキミ達破面を産み出す過程として、“死神の虚化”を研究した時期があった。結果として出来たのは不様な失敗作(・・・)だけだったがね…… だが彼は独力で虚化という魂の限界を超えるすべを見出した、非常に興味深い個体なのさ」

 

 

映像が終わり藍染が彼らにそれを見せた理由を語る。

虚化、と呼ばれる魂の限界を超える方法、黒崎一護という少年はその成長率も然ることながら更に上の力すら手に入れようとしているのだと。

そして死神よりも虚、そして破面に近い存在である彼をフェルナンドらに見せたのだ。

揺れ、危ういこの少年を。

 

 

「ウルキオラ、キミに頼みたいのはこの少年の査定だ。キミがどう思ったか、で構わない。 この少年をその眼で見て、霊圧を感じ、どれだけ成長しているか、そしてキミがどう思ったかを報告してくれ。だがもし、キミから見てこの少年が我々の妨げとなると思ったそのときは、殺して構わない(・・・・・・・)。人選はキミに任せる、誰を連れて行っても構わないよ…… 無論、ここに居るフェルナンドでも…… ね 」

 

「こんな塵が我等の妨げとなるとは思えません。が、御命令とあらば遂行します。 この程度の任務、俺一人で十分かと」

 

 

そう、藍染惣右介にとってこれは座興の部類に入るもの。

しかしただの座興ではなくそれなりに価値あるもの。

それ故にウルキオラに任せるのだ、私情というものを一切挟まず冷淡で客観的に物事を観察し、そして完璧な報告を可能とする彼に。

対してウルキオラは珍しくも自分の意見を述べていた。

藍染が気にかけるこの少年、確かに虚化と呼ばれる力の増大はあったがそれでも取るに足らない塵である事に変わりはないと。

塵がいくら力を付けようと元が塵である以上塵は塵のままであると。

だがそれでも命令は命令、そして命令は完遂されねばならず赴く事になんら不満など無い彼。

そしてウルキオラは立ち上がると藍染に軽く一礼しその場を去った。

すでにそこにいる必要はなく、果たすべきは命令の完遂であるというように。

何も映さぬその瞳に、橙の少年の姿を映すために。

 

 

 

 

 

「いいのかい? フェルナンド。 キミも行って構わないんだよ?」

 

 

ウルキオラに続き、もはや何の用事もなくなったフェルナンドもまたその場を去ろうと立ち上がる。

だがその背にかけられたのは藍染の言葉、気にならないのか、行きたくば行くがいいとささやくそれをフェルナンドは一蹴する。

 

 

「興味が無ぇ。 ウルキオラの野郎が言った通りあのガキじゃ相手にならねぇよ、俺にも……あのウルキオラにもな。見る価値も無い様なガキ一匹の為に態々現世くんだりまで誰が行くかよ」

 

 

それは歯牙にもかけぬ物言いだった。

不足、全てはそこに集約される。

今のままのあの少年では戦ったところで結果など見えている、十回やろうが百回やろうが勝つのは自分だと。

そんなものに何の意味があるのか、勝利が見え透いた戦いに何の意味があるのか、命削る戦いは先など見えない。

先の見えぬ中勝利を信じ、確信へと変えて勝利するのが戦いである彼にとって、今の橙の少年、黒崎一護は取るに足らない存在でしかなかった。

 

 

「そうかな? あの少年の成長率は異常だよ。もしかすればそう遠くない未来で彼はキミにも、そしてウルキオラにも追いつく可能性すらあると、私は思っている」

 

「ハッ! 随分と甘い見通しだ、テメェらしくも無ぇ。あのガキに何を期待してるか知らねぇが、もしあのガキが俺の前に覚悟を持って立ったなら。その時は容赦なく…… 潰すぜ?」

 

 

それだけ言うとフェルナンドはウルキオラとは違う扉からその場を後にした。

その背中から先の言葉は真実だろうことを物語ったまま。

 

 

「さってと、じゃぁ俺も行きますわ 」

 

 

フェルナンドが去って後、二度ほどコキコキと首を鳴らすとサラマもまたその場から動き出す。

向かう先はフェルナンドが出たのと同じ扉、当然だ、彼はフェルナンドの後を追うのだから。

 

 

「サラマ、キミを信頼しない訳ではないが従属官の件、頼んでもいいんだね?」

 

 

僅かばかりの霊圧の解放と共に放たれる藍染の言葉がサラマへと降る。

藍染の思惑では先程の段階でサラマを従属官とする心算でいた。

しかし、その思惑はサラマ自身に潰されたと言って等しく、その責は当然負ってくれるのだろう?とその言葉は言外に語っている。

良くなる鈴も抑える首輪も鳴らなければ、嵌められていなければ意味などないのだからと。

 

 

「だから言ったでしょう? 従属官なんてあの人は絶対作りゃしませんて」

 

「……ではどうする心算だい?」

 

 

また藍染の霊圧が強くサラマに圧し掛かる。

物事は全て己が掌中のうち、その上で己を謀る様な者を藍染は許さない。

 

それが自らが手塩にかけて“改造”した大虚であり、その中での唯一の成功例であったとしても。

 

 

「……やりようは何も従属官だけじゃない、って事ですよ。あの人たぶん押し付けられたりするのが邪魔なんです。それに“従属官”なんてお題目が付いちゃ余計嫌がるに決まってる。別に階級なんて要らないんですよ、あの人は…… それと、いい加減霊圧納めてくれませんかねぇ、立ってるのもしんどいんですわ」

 

 

従属官、名が付くそれはそのまま重さとなる。

そしてその重さを嫌うものが居るのもまた事実。

フェルナンドの場合十刃という名すら煩わしく思っているだけに、その上従属官などというものを抱えてはそれこそ要らぬ荷物でしかない。

ならばどうするか、サラマの答えはなんとも単純なもの。

別に従属官である必要は無い、従属官として配下に加わる必要は無い、要は近くに居ればそれで良く、位階を用いる必要も無いと言うのだ。

そうして説明した最後に、どこか情けない声で霊圧を抑えてくれという辺りがなんとも彼らしく、締まらない三枚目な印象を与えるのだが。

 

 

「……フフッ、キミは面白い男だ。いいだろう、キミの思うとおりにするがいい。結果さえ出してくれれば私に不満など無いよ 」

 

 

発する霊圧を納め、藍染はその笑みを深めた。

サラマの方も大げさに息を漏らし、辛さをこれ見よがしに見せる。

そのご、そそくさとフェルナンドの後を追う様にその部屋を出て行くサラマ。

残された藍染は一人頬杖を付いて微笑む。

 

 

「私の前に障害など無い。 全ては私の掌の上、天に立つ私の思惑の内。残すは一つ、私の思い通りに彼が成長するか否か…… その為の邪魔はされたくないのでね、キミには大人しくしていてもらうよ…… フェルナンド 」

 

 

 

天に立つ男、藍染惣右介。

その思惑はいまだ遥か高き雲の上に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

従属官?

 

馬鹿言っちゃいけねぇ

 

俺は

 

アンタの

 

子分になりに来たんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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