BLEACH El fuego no se apaga. 作:更夜
見上げるのはいつもと変らぬ偽りの空。
あてがわれた巨大な宮殿、ただ権力を主張するためだけに巨大化を辿ったかのようなその宮殿は彼にとっては過分でしかない。
それは積み重ねられた
なぜなら彼に権力は無意味だから、そしてその権力を振るう事もまた彼は好まない故。
巨大さこそが力の証明だ、などという事は彼にとっては理解できない思考であり、本当ならこんな宮殿すら彼には必要ない。
背負うべき名は既にその背に刻まれており、そして背負う事もまた納得している。
それがあれば充分、そしてそれこそが証明でありそれさえあればいい。
宮殿に居るからではない、そこに居られる資格を、彼自身が示した力によって得たことこそが重要。
そこに居らずとも、例えそこが無くとも彼はその称号を背負うに相応しく、異を唱える者は無い。
故にその宮殿は彼にとって不要に近いものであり、しかし誰よりも彼に相応しい場所である。
不要な宮殿、しかしながらもその屋上から眺める空は、偽りであっても彼には悪くないものであった。
「
「……なんだ? 」
屋上で空を見上げ横になっていた宮殿の主、フェルナンドに声がかかる。
藍染の宮殿、『
仰向けのままチラとフェルナンドが横を見れば、そこには膝を付き、傅いて頭を垂れている者が一人。
細い縦縞がいくつも入った茶色の死覇装を身に纏うその人物は破面ではあるが、破面としては使えない者、『下官』であった。
破面ではあるが彼らは戦うことを前提としない破面。
姿形は人に近い、破面化後に人型を確実に取れるのは高位の
そう考えると彼等下官は高位の大虚という事になるが、彼らは皆須らく下位のそれか只の虚が破面化したものだ。
では何故彼らが人型をとっているか、その理由は簡単、彼らは破面化前に
戦闘能力よりも人型である、という事を優先して破面化されたのが彼等下官と呼ばれる破面。
化物として戦い、殺す事が日常であるこの虚圏で戦うことを求められもしない彼らは、破面という分類に入るのかどうかも怪しくある。
そんな彼等の存在理由は
高位の大虚である戦闘用破面は皆、破面化後は人型となる、その身の回りを補佐するのに化物である虚の身体は不向き。
それゆえに
更に言えば下官とは消耗品としての側面が強く、広大な虚夜宮を管理するにはとにかく数が要る。
それならば虚圏に腐るほど居る虚を調整したほうが、高位で人型になるものを連れてくるより手間がないといったところか。
閑話休題、そうした大勢の中の一人である下官はフェルナンドの方を見ることもなく、頭を垂れたまま用件を口にした。
「
「ハリベルが……かよ。 用件は?」
「存じ上げません。 第3十刃様が第7十刃様を呼べとの事でしたので、お呼びに参った次第です」
あくまでも事務的にフェルナンドに告げられたのは、彼の宮殿『
予想などつく筈もない突然の来訪、それを伝えた下官にハリベルの用向きは何だと問うてみても、答えは知らぬの一言だけ。
彼ら下官は皆あくまで事務的に仕事をこなす。
そう調整されたのかはたまた彼らが皆一様に真面目なのかは論ずるまでもないが、彼等の眼を見る限り、真面目というよりは寧ろ諦めのような感情が強く浮かび、下官というものに分類された時点で先の無い自分達の存在を、
そんな眼をした下官は、ただ同じ十刃でありしかし更に高位であるハリベルの命令を優先し、内容を問うでもなくただ言われた通りにフェルナンドを呼びに来た様子。
職務には忠実である、しかし自らの思考を閉じたかのようなその振る舞いは傀儡か木偶と同じであり、物悲しさすら感じられた。
「居無ぇと伝えろ……と言っても無駄か。ったく何だってんだ……」
至極面倒くさそうに起き上がったフェルナンドは、傅く下官にヒラヒラと手を振って下がる様に促す。
傅いたままの下官はその雰囲気を察し、更に深く頭を下げるとその場から立ち去った。
その後、軽く伸びをしたフェルナンドはハリベルが待つであろう宮殿の入り口へとその歩を進めるが、その足取りは緩やか。
急ぐ心算など欠片もなく、そもそもハリベルがこの宮殿を訪れる時というのは先の藍染の頼み事然り、決まって彼にとっての厄介事と相場は決まっている。
急ぐ心算がないのは元々の気質故でもあるが、その歩みが殊更遅くなるのも仕方が無いことに思えた。
「「 遅い!! 」」
フェルナンドが第七宮のエントランスホールに姿を見せるなりそんな声が飛ぶ。
視線を向ければ小柄で左右の瞳の色が違う女性と、長いウェーブがかった黒髪に褐色の肌の女性がフェルナンドを指差しながら叫んでいた。
フェルナンドにとってはどちらも見慣れた者、そしてその後ろに立つ人影もまたよく見慣れた者である。
「あいも変わらず…… 五月蝿ぇなぁ 」
ホールへと続く階段を下りながら呟くフェルナンド。
ハリベルは別として彼女等に会うのは久方ぶり、それ故日常的だったその声は何時にもまして大きく聞こえるのだろう。
前傾姿勢、まるで犬が敵を威嚇して唸る様な姿を思わせるのは、ハリベルの従属官の一人であるエミルー・アパッチ。
もう一人はこちらもハリベルの従属官で、アパッチ程ではないにしろ自分ではなくハリベルを待たせた事を怒っている様子のフランチェスカ・ミラ・ローズ。
三人いるハリベルの従属官の中で、五月蝿い方の二人である。
「もう少し速く来れませんでしたの?フェルナンドさん」
「悪いか? 」
「えぇ。 悪いですわ 」
ホールへと降り立ったフェルナンドに二人の後ろに佇んでいた人影の一人が話しかけた。
長いストレートの黒髪で癖なのか口元を隠すようにして話す女性、ハリベルの三人目の従属官、シィアン・スンスンである。
常日頃毒を言葉に浮かばせる彼女、フェルナンドに贈る言葉にも些かその傾向が見える。
((いいぞ!スンスンもっと言ってやれ!))
フェルナンド相手にも物怖じもせず、悪いと言ってのけるスンスンの豪胆さ。
それを見たアパッチとミラ・ローズは、内心でスンスンを煽る。
彼女等とてフェルナンドに怖ける心算などないが、言葉で勝つ見込みがあるのはスンスンが一番だろう事は理解している。
それ故下手に口を挟む事はせず、スンスンの毒舌に期待を込めた様子だった。
が、そんな期待は常に裏切られる為だけに存在する。
「フェルナンドさんが来ないおかけで、そこのおバカ二人が五月蝿くて仕方ありませんでしたの。
「「 てめぇスンスン!! 裏切りやがったな!!」」
言葉の矛先は真逆へと向かいアパッチ等へと突き刺さる。
言うなりスンスンは、ギャァギャァと喚きたてる二人を他所にあさっての方を向いている始末。
溜息を吐くのはフェルナンド、彼が五月蝿いながらも日常として見ていた風景が、場所を移しそこには広がっていた。
「で? 本当に何しに来たんだ、ハリベル 」
「久しい……という程でもないか。 何、別段用事があった訳ではないのだがな…… 道を尋ねられたついでにお前の顔を見に来ただけだ」
「道だと? ハッ! それでテメェがここに居るのかよ、トカゲ……」
騒がしい三人を他所にフェルナンドは、彼女等の後ろに立つハリベルに話しかける。
彼と同じ金色の髪と彼とは違う翠色の瞳、乳房の下半分が見えている露出度の高い死覇装を着ながらも、鼻までを覆い隠す襟で顔の下半分を覆い隠したその女性。
幅の広い鞘に収まった斬魄刀を背負った彼女こそ第3十刃、ティア・ハリベルその人である。
何をしに来たと問うフェルナンドの言葉に、ハリベルは濁すでもはぐらかすでもなくただ事実だけを答えた。
言ってしまえばその答えは道案内、なんとも第3十刃がする仕事とも思えない事ではあるが、全ては場所がここであったが故という事だろう。
それを受けてフェルナンドはその視線をハリベルの更に後ろ、彼女の従属官ではない巨躯の人物へと向ける。
そして向けられたフェルナンドの視線を、巨躯の人物は口元に不敵な笑みを浮かべて受け止めていた。
「いや~ 昨日ぶりだねぇニイサン。まっさかいきなり見失うとは思ってなかったもんだから焦った焦った、此処の場所も知らなかったしねぇ。(今更藍染様に訊きには戻れんし)それにしてもこちらのアネサンに出会えたのは我ながら
「気にする事はない。 それ程大した事はしていないのだから」
「いやぁ~アネサンは器がデカくていらっしゃる。ニイサンもそう思うでしょう? 」
不敵な笑みを浮かべながらも口を開けばその不敵さが失せるのがこの男。
黒髪と黒い瞳、左頬に奔る傷跡のような
破面化後の彼にフェルナンドが出会うのはこれで二度目、一度目は昨日であり藍染が彼にサラマを引き合せた時。
何かしらの思惑を持ってであろうがサラマを従属官にしてはどうだ、と言う藍染の言葉を斬り捨てて以来であった。
サラマの話しぶりからすればフェルナンドが去った後彼をサラマが追っていた、という様子。
しかし見事に見失い途方にくれていたところを翌日、
なんとも間の抜けたような出来事に聞こえる一部始終、運よくハリベルに出会わなければどうしていたのだろうかと疑いたくなるような行き当たりばったり。
今回は運よくハリベルに巡り合えたからいいようなものの、それでもハリベルが名も知らぬ破面化したての者に取り合う事をしかなった可能性を鑑みれば、昨日の今日でこの場にいることすら驚きといえる。
言い換えればそれはサラマが強運を持っている、とも言えるのだがそれが
「何しに来た、トカゲ。 まさかとは思うが今更自分を俺の従属官にしてくれ、なんてつまらねぇ事言いに来たんじゃねぇだろうな?」
対するフェルナンドはその何処かのらりくらりとしたサラマに付き合うような事はせず、ただ射抜くように彼を睨みつける。
フェルナンドが思いつく彼がこの場に来た理由は幾つかあるが、その最たるものは先の場でも出た従属官の話だろうとアタリをつけていた。
思えばいやにアッサリと藍染が退いた事も彼には違和感があり、彼が無理矢理従属官を決めるのではなく、サラマ自身が望んで従属官になりたいと言わせた方が可能性は高い、とでも考えたのだろうと予想するフェルナンド。
だがそれでは駄目だ。
情に絆されて、などという事を藍染が当てにするとも思えないが、当然そんなものはフェルナンドにはありえない。
従属官などというものは彼にとっては不要な荷物そのものだ、”薄まる”と彼が表現するように戦いにおいてそれを濃度、濃さとして見た時、自分は常に一人でなければならない。
並び立つ者がいれば確かに戦いは速く終結するだろう、だがフェルナンドが戦う理由は戦いの終結ではなくその過程にある。
結果ではなく過程、その過程の中で自分は生きているのだという実感を求める彼にとって、それを求めるための戦場に他者の存在は不必要。
更に言えば従属官、などという飾り立てた言葉も彼には不要でしかなく、彼が背負うべきは倒し殺してきた者達と“ 7 ”という数字で一杯で、それ以上に背負う事は苦痛でしかないのだった。
「ほぅ…… フェルナンド、この男はお前の従属官候補だったのか。意外だな、お前が従属官を従えるとは…… 」
「違うな、ハリベル。 俺はコイツを従属官にする心算は無ぇ。お前はどうだか知らないが、邪魔なだけだ。俺にとっては……な 」
居合わせたハリベルが従属官という言葉に反応する。
彼女からすればそれは意外中の意外、彼女の知るフェルナンドという男は一人を好む男。
それは彼女等と共に過ごしていた日々の中でも変らず、共に居はするが彼の中の線引きから先には決して踏み込んでくることは無かった。
一人を好むフェルナンド、そんな彼女の知る彼の姿からすれば従属官を迎えるなどという事は意外でしかない。
そしてその意外さはやはり当の本人によって証明される。
従属官をとる気は無い。
はっきりと、明確に発せられる否定と拒絶。
不要なものは不要だと、誰の眼を気にするでも誰かに気を使うでもなく言い放つのがこの男。
ハリベルの意外を肯定する言葉がフェルナンドの口から紡がれる。
その言葉を聞き、やはりか、と内心零すハリベル。
だがだからといって従属官を迎えた方がいい、などという事を彼女は口にしない。
十刃となって後、一人ぐらいは従属官を迎えてもいいのではないか、などという事を彼女は口にしないのだ。
何故なら既に彼は彼女と同じ高さに立っているから。
十刃、という虚夜宮最高位の場所に立っているから。
同じ十刃として十刃の特権である従属官の選任権を行使するかしないかは、彼に任されるべきもの。
所詮外野であるハリベルがあれこれと口を出すべき事項ではないのだ。
故にハリベルは口を鎖す。
内心、これは芽がないな、 と理解しているだけに。
如何にこのサラマと呼ばれた破面が懇願しようとも、フェルナンドが従属官として彼を向かえる事は無いと。
本心から従属官になりたいと彼が思っているのならば不憫な事だ、とすら思うハリベル。
しかし、当のサラマは気にする様子もなくこう言い放った。
「邪魔ですかい…… ケケ、歯に衣着せぬとはニイサンらしい。だけど勘違いしてもらっちゃ困る…… 従属官?馬鹿言っちゃいけねぇ、俺はねニイサン。アンタの……
何一つ飾る事無く、ごく自然に放たれたそんな言葉。
ヤイヤイと騒いでいたハリベルの従属官達すら黙らせるそれは、誰もが予想外だったという証拠だろう。
子分、従属官ではなく子分になりにきたと、サラマはそう言い放ったのだ。
不可思議なるはその真意、疑問だけが頭に浮かぶ中フェルナンドが口を開く。
「子分……かよ。 だがそれがどうした、要は言葉面が変っただけで従属官と変りゃしねぇぞ」
そう、言ってしまえばそういう事。
こんなものは方便の類、言葉遊びである。
耳に届く音、字面が変っただけで中身など殆ど変りはしないという事。
そんなものだけでフェルナンドを騙しおおせる筈などなく、しかしサラマもまだ退かず不敵な笑みは浮かんだまま。
「ケッケケ、でもそれだけで随分と違うでしょう?ニイサンが嫌であろう重荷だって減る、それに俺は一度ニイサンにボロ負けしてるからねぇ、負けた奴が負かした奴につくのはそれ程不思議な事じゃないと思うけどね」
「言い訳はそれだけか? ならさっさと消えろ。」
それでもフェルナンドの答えは否。
理屈で彼を説く事は至難、やってのけられるのはおそらく虚夜宮で藍染惣右介唯一人だろう。
いくらそれを捏ねようとも一度否と決めたからには、そう簡単に覆せるものでもない。
それを覆せるだけのものをサラマがフェルナンドに提示できるかどうか、それが今求められるもの。
サラマの言を斬って捨てたフェルナンドは、踵を返し階段を上る。
話は終わり、そんな雰囲気を背で語るフェルナンド、その背にサラマは言葉を投げかける。
「俺は別に従属官の地位なんて要らないんですよ。ニイサンに護って貰おうとも思わないし、ニイサンの戦場に手を出す心算だって更々無い。そんな事して諸共殺されちゃぁ割に合わないんでね。ただニイサンの近くに居れば俺も、もう少しぐらいは強くなれそうな気がするんですよ」
背にかかる言葉、歩みを止めないフェルナンドはしかしその言葉に何処か懐かしさを覚えていた。
言葉のやり取りも、使われる言葉のどれもがあの時とは違うがしかし、その中身がきっと似ていたのだろう。
それはフェルナンドが破面となってまもなくの事、ハリベルへと挑みかかりその実力の前に敗北を喫したときの事。
床に大の字となり、指一本動かせなくなったフェルナンドにハリベルは、自分に挑む心算があるのならば自分の下で学んでみる気はないか、と言ったのだ。
その時、そのハリベルの問いにフェルナンドはこう答えた。
近くに居た方が何かと都合が良い。
それはフェルナンドが何れハリベルと戦うことを望み、その為に力を付け、更にその者の近くに居る事でより強くなる事を望んだ為に出た言葉。
図らずもサラマはそれに似た言葉をフェルナンドに向けて口にしたのだ。
フェルナンドとハリベル、その台詞を言った者と言われた者の前で、同じ趣旨の台詞をそれを口にした者に向けて。
だがフェルナンドの歩みは止まらない。
それではまだ足りないと、図らずもではあるがそれは所詮情に訴えかける代物であり、意味など無いと。
そんなフェルナンドの内心など知らぬサラマ。
やはり一筋縄ではいかないか、と思いながらもそれが何故か嬉しく思っている自分に、自分も大概馬鹿だと自嘲を浮かべる。
先程語った言葉、それは勿論本心であるし、嘘偽りを並べたとてこの男にとどく事は無いと直感している彼。
ならば此処は後腐れなく、自分の思いとは別のもう一つの真実も告げてしまう事を決定し、あとは出たとこ勝負と腹を括る。
「とまぁここまでが
おそらくそれは秘すべき事柄。
首輪をつけようという相手に態々それを明かす意味などありはしない。
しかし、サラマは本来最後まで秘すべきそれを今明かしてしまった。
驚いたのはその場にいたサラマ以外の者達だろう。
従属官の三人は展開についていけず、ハリベルは藍染が何故そんな事をするのかを気にかける。
そしてその驚きはフェルナンドも同じ事で、それは歩みを止めるには充分な様子だった。
「トカゲ…… 何だってそんな事を俺にバラす。それを言っちまえば、普通は絶対にテメェを傍には置く訳が無ぇと考えなかったか?」
「でしょうね。 俺だって普通はこんな事黙ってますよ、相手がニイサンじゃぁ無かったら……ね」
サラマに背を向けたままのフェルナンド。
その背に不敵な笑みを浮かべるサラマ。
真意の探りあい、どちらが優勢かというものでもなくただ、互いの腹の底にある本音を見つけ出そうという戦い。
だが今フェルナンドがその足を止めている現状を見れば、サラマが一歩先をいっている様に見える。
「ニイサンにはあまり嘘は通用しそうに無いと思ってね。こっちも言っちまった方が後が楽だし、何より俺が首輪だと判っていて、それを嵌めようってのを見せ付けられて、それからニイサンが逃げるとは思えないし……ねぇ」
サラマがフェルナンドを納得させるために用意したもの、賭けたものは一つ。
フェルナンドの性、退く、逃げる、という事を彼は好まない彼の性。
退くぐらいならば進む、逃げるくらいならば進み続ける、それが死地であろうとも関係は無い、それが彼の性なのだ。
目の前に逃げ道を用意され、或いは逃げても構わないと言われれば彼はその意思の逆をいく。
あえて困難な道を選択するが如く、その身を危険と滅びに晒し続ける。
サラマが賭けたのはそんなフェルナンドの性。
僅かな戦いの中、フェルナンドの人物像を読み取った彼が出来る唯一の策。
見え透いた挑発、しかし見え透いているからこそこの男はその道を行くだろうという直感。
あえて相手の敷いた道に乗り、その道の末に相手の思惑を打倒する事こそこの男の歩み方であるという直感が、サラマには見えていた。
「なるほど…… 確かに俺相手にこれ以上有効な言い回しも無ぇだろうさ」
振り返り再び階段を下りるフェルナンド。
顔には獰猛な笑みが浮かび、気配から“入って”いるのが見て取れる。
その顔を見てサラマは不敵な笑みを更に深めた。
「笑う……かよ。 いけ好かねぇ顔だ 」
「ニイサンこそ、その怖い顔どうにかした方がいいんじゃないですかい?」
「俺は元々こんな顔なんだよ 」
「なら俺も元々こんな顔だから仕方がない、って事にしといてください」
「ハッ! 笑えるな 」
歩み寄り止るフェルナンド。
頭二つ以上は違う背丈の二人、見上げながらも見下ろし、見下ろしながらも圧される。
きっとそれは奇妙な関係、王と臣ではなく、主と隷でもない。
ことこの虚夜宮でその関係性は奇妙なものとなるだろう。
「俺の戦いの邪魔だけはするな、それが条件だ。後は好きにしな、見張るなり何なり……な」
「俺は良い子分なんでね、余計な事はしませんよ」
それだけで充分だった。
尊大なやり取りも、どちらが上だと示す事も、そこには無い。
あるのは認める意思と仕える、というよりは近くに居る事。
上に立つ者として命令を下すわけでもなく、下だからといって謙るわけでもない。
今までとさして変らないのだ、この二人はきっと。
「何にせよ上手く纏まった様子だな。 こんな事ならば態々私を
話が一段楽したのを見計らいハリベルが声を発する。
それを受けてギョッとした表情を浮かべるのはサラマだ。
待ち伏せる、そうハリベルが口にした事に彼は驚きを見せる。
それも仕方が無い事だろう、なにせその言葉は的を射ていたのだから。
「気付いて……いたんですかい? 」
「当たり前だろう? ああも測ったように現われれば疑いもする。それでも邪な気配は無かった故、ついでにフェルナンドの顔でも見に行くのも良いか、とお前に付き合ってやったまでだ」
「こいつはどうにも…… ニイサンの周りは化物だらけですねぇ」
「フッ。 一応褒め言葉、として受けてやろう 」
フェルナンドの子分となるためサラマは、ハリベルというフェルナンドに最も近い人物を用いる事にしていた。
別に何かを期待して、という訳ではないがその場で援護の一つでもあれば御の字といった程度、その思惑は見事成功しこの場に彼女を伴ってくることも出来た。
しかし、その実はサラマが彼女を連れてきた、というよりはその思惑を見透かした上で彼女がサラマに付き合ったという事。
偶然を装った出会いも何もかも、ハリベルは見抜いた上でサラマの茶番に付き合っていたのだ。
それを知らされた当のサラマは、ケケケと笑うと両手を挙げて降参、といった様子。
化物の周りはやはり化物だらけだと思い知らされたようだった。
それでも笑っていられるのは、彼の強みといえるだろうが。
「おうコラ! デカイの! 従属官になったってんならアタシらはアンタの先輩って訳だ、敬語使えよ敬語!」
「随分とガラの悪い先輩じゃないのさ、アパッチ。それにコイツは従属官じゃなくて子分だよ、子分」
「うっせぇんだよミラ・ローズ! 従属官も子分もさして変んねぇじゃねぇか!」
「その違いを今まで論じていたのでしょう? ……あぁ、その小さな脳では理解できなかったのね可哀相……」
「馬鹿にしてんのか! スンスン!!」
降参の様子のサラマの前に、アパッチが進み出て下からねめつける様に睨みを利かせる。
細かい事は抜きとして同じ十刃の下に付く者として先輩風を吹かせようとするアパッチ。
しかしそんな彼女の行動も、他の二人の従属官に間違いを指摘されなんとも締まらない。
その辺が実に彼女らしいといえば彼女らしいのだが、悲しくも面子は潰れたと言っていいだろう。
「いやぁ~元気の良い嬢チャン達ですねぇ。……にしてもニイサンがこの環境に居た、と思うと俺は激しい違和感を覚えますが……ね」
「うるせぇよ。 良い子分の心算なら余計な事は言わねぇ事だ……」
「ケッケケケ。 親分の気持ちを代弁するのも良い子分の仕事だ、と思いましてね」
「フッ。 確かに、良い子分じゃないかフェルナンド」
またも三人で姦しい事この上ない三人を他所に、精神年齢の高い三人。
サラマの言葉になんとも複雑そうな顔をするフェルナンドと、フェルナンドの言葉に“良い子分”として答えるサラマ。
そんな二人のやり取りに、軍配はサラマにあると見たハリベルが小さく笑いながら続いた。
かつて第3宮で繰り広げられた日常がそこにはあり、そして今、その中に新しい者が加わる。
それが良い変化を生むのか、はたまた別のものを産み出すのかはまだ判らない。
ただ、相性は良さそうだし悪い気はしない、と思うサラマがそこに居たのだった。
砕かれた瞳
弾ける緑
残滓追憶
橙の死神に
何を視るのか