BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.65

 

 

 

 

 

《全十刃(エスパーダ)、及びNo.20までの数字持ち(ヌメロス)に通達する。本日正午、奉王宮『玉座の間』へ参集せよ 》

 

 

 

大気を揺らす事無く、音の波を用いずに直接頭に響いたその声。

驚く者、無反応な者、逡巡すらなく動く者と、無視を決め込もうとする者。

反応はそれぞれにあれど、総じてそれが響いたという事は彼らはそれなりの実力者であるという事を意味する。

与えられた数字がおおよそ実力を示す虚夜宮において、その上位層と呼べる者達が一様に呼び出される事は少ない。

そしてそれが成され様としてるという事は、そうするだけの理由があるという事。

情報らしい情報すら開示されていない現状で、彼らにその理由を推し量る事は難しくはある。

 

しかし、彼らに不安は欠片も無い。

何故なら彼らが歩む道は“覇道”であるから。

藍染 惣右介という彼等の絶対王が歩む圧倒的なまでの覇道であるから。

故に彼らに不安は無い。

恐怖より生まれた彼等破面(アランカル)に唯一恐怖を与える者。

その歩みは彼らにとって月光のように眩く、その眩さに彼らは誘われ進む。

 

僅かばかりの不安など、その眩さが晦まし、消してしまうが故に。

 

 

 

 

 

「で、ニイサンは当然無視を決め込もうとしている訳ですかい……」

 

 

第7宮(セプティマ・パラシオ)の屋上、そこには寝転がる者とそれをやれやれといった様子で見下ろす者。

見下ろす方の名はサラマ・R・アルゴス、寝転がる方の名はフェルナンド・アルディエンデ。

つい先日彼の子分となったサラマ、その彼が屋上へと足を運べばやはり当然のようにフェルナンドは寝転がっていた。

頭に響いた報によれば参集の時刻は正午、しかし寝転がる男に動こうなどという気配は微塵も無い。

が、それも半ば予想が出来ていただけにサラマに焦りの色は見えなかった。

困ったような顔をしてフェルナンドへと近付くサラマだが、その実困っているようにも見えないのは彼の気質からか。

それでも彼をせっつく事もまたサラマの仕事であり、割に合わないと言いながらも律儀にこなす辺り、意外にも義理堅い性格なのだろう。

 

 

「聞こえといて無視、しかも天蓋に堂々と姿を晒す……と。正直挑発にしか見えないのは俺だけですかい?」

 

「そう見えるんなら、そうなんだろうさ……」

 

 

僅かばかりの嫌味を浮かばせた言葉も、ヒラリと避わされてしまうサラマ。

それでも口元には不敵な笑みだけは浮かび続け、見た目の余裕は崩さない。

 

 

「ここに来た、って事はテメェにも聞こえたらしいな……」

 

「えぇまぁ。 数字持ちって訳でもないですが、俺は色々と事情が込み合ってますから……ね」

 

「……流石は“首輪”、ってぇ事かよ 」

 

「ケケ、こいつはお褒めに預かりどうも 」

 

 

フェルナンドの嫌味にも笑顔で答えるサラマ。

そう、本来先程の報はサラマには聞こえ得る筈は無い。

何故なら彼は数字持ちでも、まして十刃でもないからだ。

破面化したのも然程前という訳でもなく、一週間は経っていないだろう。

では何故彼がその報を聞き取り、おそらく無視を決め込むであろうとアタリをつけフェルナンドの下に来れたのか。

理由は簡単、彼が“特別”であるから。

 

何せ彼の役目は“首輪”だ。

まぁ機能しているかいないかは別ではあるが、それでも首輪である事に違いは無い。

そして首輪とは何も繋いで止めるだけが仕事ではなく、ある意思の下思い通りに御するのもまた仕事であるのだ。

その仕事を考えたとき、そのある意思(・・・・)というものを首輪は理解していなくてはならない。

故に今回の報はサラマに届いたのだ、彼がある意思の配下であるが故に。

 

 

「まぁそんなしがない首輪としては、ニイサンには玉座の間に行って貰いたいんですがねぇ」

 

「興味が無ぇ。 ウルキオラとヤミーの野郎が帰ってきたんだ、話なんて一つしか無ぇだろうさ。それに然程収穫があるとも思え無ぇしな。 何せ相手はあの死神のガキだ…… 」

 

 

やや自分を卑下するようにしてフェルナンドを促そうとするサラマ。

しかし、そんなサラマの言葉もフェルナンドは取り合うことをしない。

屋上にいたフェルナンドが感じとった空間の揺れ、破面が用いる『解空(デスコレール)』と呼ばれる現世、尸魂界(ソウルソサエティ)への移動術特有のそれと、その後感じ取ったウルキオラとヤミーの霊圧。

それだけあれば充分だった。

ウルキオラ達が何処へ行き、何をして戻り、そして何の為に参集が掛かったのかを予想するのには充分。

元々興味無しと断じた死神の少年の事など、今更改めて見る必要も無い、とフェルナンドは決定していたのだ。

 

 

「まぁ、そんなこったろうと思いましたがね。でもどうです? もし何かニイサンの興味をソソるような情報が一緒に付いて来たら、と考えたら。それにあの死神のボウズだって急に強くなってるかもしれませんよ?」

 

「そう都合よく進む訳が無ぇだろうが。 昨日の今日で強くなれりゃ世話無ぇぜ」

 

「(ケケ、なっちまいそうな人がそれを言いますかい)まぁまぁ、子分の心情、頼み(・・)を酌んでやるのも親分の仕事、と思っちゃぁくれませんか?」

 

 

結局は仮定の話ではあるが、サラマは“もしも”という情報でフェルナンドを動かそうとする。

それは甘美な言葉であるし、あらゆる可能性の幻視。

故に完全に捨てきることなど適わず、それはフェルナンドの答えを見ても明らか、否定的ではあるが完全には斬り捨てていない事からも明らかであった。

そんなフェルナンドの答えに、もう一押しとサラマは言葉の攻勢に出る。

情に訴えかけるようなそれはフェルナンドには無力ではあるが、今は言葉を重ねることに意味があると。

しかし、そのサラマの言葉は意外な形でフェルナンドに届いていた。

 

 

「…………」

 

「ど、どうかしたんですかい? ニイサン 」

 

 

先程まで何処吹く風であったフェルナンドの表情が、露骨に険しくなる。

嫌悪感、と言えばいいのか、顔をしかめ眉間に皺を寄せ眼を細める様は、嫌なものでも見たか聴いたかをした様子だった。

そんな明らかに変ったフェルナンドの表情に、サラマも動揺を見せる。

何かマズい事でも言ったかと思うサラマに、フェルナンドは苦々しい声で答えた。

 

 

「どっかで聞いたなぁ、その胸糞悪い頼み(・・)ってぇ台詞…… 」

 

「え? あぁ、そ、そうですかい 」

 

「流石はあのヤロウが寄越した首輪なだけある……か。頭も切れるんだろうしよく似てやがる…… 」

 

「あ、あの~、なんだかぜんぜん褒められてる気がしないんですがねぇ…… 」

 

「当たり前だ、褒めて無ぇんだから……な 」

 

 

なんとも緩慢な動きで起き上がるのはフェルナンド。

動作からやる気も何も感じないが、どうにも気圧されるような気配だけは感じられる。

サラマは知らない為に気付かないが、この流れは彼が藍染に一杯食わされたものとどこか似通っていた。

その流れの中でこれは頼み事だ(・・・・)、といった旨の言葉を言ったのが良くなかったのだろう。

フェルナンドにとってはあまり思い出したくない部類のその記憶、というよりは言葉によって藍染のあの笑みが彼の目の前には浮かび、それが彼に件の顔をさせた原因でもあった。

 

 

「まぁいい。 別にテメェの心情なりを酌む心算はさらさら無ぇが、これでまた厄介事を押し付けられでもしたらそれこそ馬鹿らしい。不自由ってぇのは窮屈なもんだぜ、なぁ首輪よぉ…… 」

 

 

立ち上がったフェルナンドはサラマの横を通り過ぎながらそんな言葉を零した。

内容から言えば玉座の間には行く、という事だっただけにサラマとしては上々の出来ではあるのだが、最後に浴びせかけられた言葉にどうにも嫌な汗が流れるサラマ。

知らぬうちに地雷を踏みしめていたかのような感覚に、彼からは渇いた笑いだけが零れる。

固まったように動かぬ彼の身体、漸く動けたのはフェルナンドが屋上からその姿を消して後であり、そんなサラマはそのまま屋上へ仰向けに大の字で倒れこんだ。

 

 

「はぁ…… やっぱり割に合わねぇなぁ。 一々おっかないっての。それにしても藍染様、アンタ一体ニイサンに何したんですかい……?」

 

 

至極当然ではあるが、身に覚えの無い感情をぶつけられ辟易するサラマ。

もっとも、その感情の出処に関しては藍染によってしっかりと、その片棒を担がされている事を彼は知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く広いその空間。

端から端を見通すことは適わず、光は進むにつれ闇に呑まれ無明と化す。

その闇の中ただ一角だけが僅かに明るく、そこに彼らは在った。

 

皆一様に白い衣をまとい、個々に砕けた仮面をつけた彼らは破面。

人とそう見た目が変らぬ者、人に倍する巨躯を誇る者、人の形をしながらも明らかに“外れている”者。

その姿は人と同じく千差万別、しかし皆違う彼らが共通している事もある。

それは彼らが一様に害をなす者(・・・・・)であるという事、命を殺し、居場所を壊し、全てを奪い去るだけの機能しか持たない日常への侵略者であるという点だ。

 

だが彼らにとってはそれこそが日常。

命を殺し、壊し、奪う事が彼等の日常であり呼吸にすら等しいもの。

故に彼らは害をなす者。

その呼吸に等しい行為を、ただ当然に行使する為に。

 

 

 

「皆、急な呼び出しですまない 」

 

 

 

その害なす者たちに声が降る。

彼らがいる場所よりも高い位置に設けられた一脚の椅子。

過度な装飾など一切無く、ただ白いその椅子は玉座だった。

 

彼等の王、絶対王 藍染 惣右介。

白い椅子に腰掛けながら、眼下に集った二十の破面にそう告げる彼の声はとても気安い印象を与える。

しかし彼は王、その気安さの仮面に隠れた冷徹さと深慮遠謀、そして何より圧倒的な“力”によって彼らを束ねる王なのだ。

白い玉座、それに腰掛ける様も実に相応しく威厳に溢れる。

だがそれはその白い玉座が彼の為に設えられた為、等という事ではない。

 

玉座に座るから王なのではなく、王が座るからこそ玉座。

相応しく見えるのはそれが彼の為の玉座だからではなく、彼から放たれる“王気”があればこそ。

究極的に言えば彼が座る全ての椅子が玉座であり、豪奢さで飾る必要など無いという事なのだ。

 

 

「 中身も話さずに呼び付けるだけ呼び付けるとは…… 相変わらずじゃのぉ、ボス 」

 

 

玉座へと腰掛けた藍染、その藍染に言葉を投げかけるのは筋骨隆々の老人。

王冠型の仮面の名残と年経た皺、顔に刻まれた傷跡、言葉と共に鋭い眼光を放つのは第2十刃(ゼグンダ・エスパーダ) “大帝” バラガン・ルイゼンバーン。

それは王に対する言葉としては不適切ではあったが、誰もそれを咎める事はしない。

とうの藍染もそれは同じで、彼からすればそんな些細な事(・・・・)に囚われるのは愚かしいことなのだろう。

 

 

「そう言わないでくれバラガン。 何せつい先程だったものでね、前もって知らせておくという訳にもいかなかったんだ」

 

 

バラガンからの棘のある言葉にも、藍染はその笑みを崩す事無く答える。

実際どうなのか、という部分はきっと誰にもわからないだろう、しかし藍染がそうだと言うのならこの時この場ではそれが真実なのだ。

追求する事はおそらくは徒労に終わる部類、そもそも智謀に関して藍染惣右介に適う者はそうは居ない。

煙のように逃れ、霧のように覆い隠し、紡がれる言葉もまた実体を掴ませない幻惑。

その夢幻夢想を捉える事は至難であり、また捉えたとしてそれに意味などない。

何故なら彼らは臣であり、藍染は王であるから。

王の真意が何処に向かうのか等、彼らが知ったとて意味など無いのだ。

それが何処に向けられ、何処に向かうこととなろうとも彼らにとれる選択肢は一つ、王の後に続き、またその尖兵となって全てを殺す。

遮る全てを殺す事以外に彼らに出来ることはなく、真意を知る事よりもそちらの方が彼らにとっては余程重要なことであるのだから。

 

それを知るバラガンはあえて追求する事無く、フンと鼻を鳴らしてそれ以上口を開くことはな無かった。

そんなバラガンを藍染は笑みを浮かべたまま見届けると、丁度その瞬間扉の開く音が暗い空間に響き、コツコツと床を叩く二人分の足音が藍染と破面達の居る場所へと近付いて来た。

 

 

「只今戻りました、藍染様 」

 

 

闇から現われたのは二人の男。

一人は平均的な身長にやや細身の身体つき、黒髪で角の着いた兜のような仮面の名残を持ち、病的なまでに白い肌と感情を一切感じさせない緑色の瞳で藍染を見上げるのは虚夜宮の十傑、十刃が一人。

その一角を担うのがこの男第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。

もう一人はそのウルキオラをやすやすと越える巨躯を持ち、やや褐色気味の肌と、下顎骨を思わせる仮面の名残に頭には短い角のような突起があり、襟足から伸びた硬めの髪が後ろに束ねられていた。

人のような外見ではありながら、どこか化物じみて見えるその男もまたウルキオラと同じ十刃である第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ。

 

しかし常と変らぬウルキオラとは違い、ヤミーの方は血と泥にまみれ、何よりその右腕は上腕の中ほどからものの見事に、それこそ美しくある断面を晒し切断されていた。

目にした光景に僅か破面達の気が揺らぐ。

末席の10とはいえヤミーは十刃、それがこれ程の手傷を負わされるという事態は、彼らにとってはあるべきではない事であった。

 

 

「おかえり。 ウルキオラ、ヤミー。さてウルキオラ、さっそくで悪いが見せてくれるかい?キミが現世で見たもの、感じた事を。 我等二十の同胞の前に、その……全てをね」

 

 

ヤミーの姿を眼下にし、しかし藍染はそれに触れる事無く話を進める。

今回の招集はこの二名の帰還によって発せられたものだった。

藍染の命を受け任務へと赴いたウルキオラ。

そして任務のため現世へと向かうウルキオラに、暇つぶしにと無理に同行を強行したのがヤミー。

任務の理由を知る者は少なく、この場でそれを知るのは片手にも満たない数だろう。

故に彼等多くの破面達はその二人の帰還が何を意味し、そして何を齎すのかを知らずにいる。

 

やや暗い笑みを浮かべた藍染、その言葉からも判るとおり、彼等二人が赴いた先は現世。

脆く脆弱な人間達の住まう世界であり、彼らにとっては酷くつまらなく生き辛い場所。

そこで感じた全て、そこで見た全てを藍染はこの場に居る二十の破面に伝えてくれと、ウルキオラに言うのだ。

 

 

「ハイ…… 」

 

 

ひどく鷹揚の無い声。

無感情のその声が響くとウルキオラはその手を自らの目に向ける。

眼球へと近付いていくその手、その指。

それは淀みなく、そして止まることなく眼球へと近付き、そして遂には瞼の裏へと侵入した。

白い指は眼球をつまみ、抉ろうと力を込める。

おそらくは嫌悪と恐怖の対象でしかないその行為、自らの眼球を自らひねり出そうという意味を成さないその行為。

誰もが目を背けたくなるような異常な光景を、しかしウルキオラは能面のような表情で、それこそ痛みなど些かも見せずに遂行する。

それはその行為を見ている者達にも言える事で、その異常な光景を誰一人嫌悪や恐怖の眼差しで見るものは無い。

 

狂っているのだ、彼も彼らも。

 

 

 

「どうぞ…… 御覧下さい…… 」

 

 

 

自らの眼球を苦もなさげにひねり出したウルキオラ。

伽藍洞となった瞳のあと、痛々しくしかし魔的なそれを気にすることも無く、ウルキオラは今し方ひねり出した眼球をぞんざいに握ったままその手を前へと伸ばす。

そして、先の言葉と同時に握ったその瞳を、自らの瞳を何の躊躇いも無くその手で握り潰したのだ。

 

まるで硝子球のように砕け弾ける緑の瞳。

砕かれた欠片はまるで風に誘われるように舞い、その最中大きな欠片は次第小さくなり小さくなり、粒子を経て更に砕けたそれは玉座の間へと広がっていった。

破面達はその瞳を砕く行為に何の反応も示さずに目を閉じる。

次第広がる瞳の粒子たちは、遂に広間へといきわたりそれを吸い込んだ破面達に届けていった。

ウルキオラ・シファーが現世で見たこ事、感じた事、その全ての事柄を。

 

それが彼の能力なのか、それともこの場にそういった機能が設けられているのかは定かではない。

だが今重要なのはそのどちらかを論ずることではなく情報。

ウルキオラの記憶が情報として伝わることであり、その伝播の過程などは語る意味を成さないのだ。

情報が伝わるという一点だけが必要とされ、そしてその必要事項は今十二分に機能していた。

 

 

破面達に見えるのは、やや砂嵐が掛かった画面のような風景。

共に現世へと赴いたヤミーへと愚かにも挑みかかる人間と、返り討ちにあったその人間を見たことも無い術によって癒しながらヤミーに攻撃とも呼べない無意味な行為を行う人間、そしてその人間達を庇うようにして現われた橙色の髪をした死神。

姿が変り霊圧が跳ね上がった橙の死神は、いとも簡単にヤミーの右腕を斬り飛ばすと、そのまま一方的な攻勢に転じた。

傷だけが増えていくヤミーを前に攻勢に出ていた橙の死神は、しかし突然としてその動きを鈍らせた。

それを機に攻守は逆転し、死神はヤミーによって押し込まれるが、その死神を庇うように更に増援が現われる。

浦原喜助、四楓院夜一、情報と一致する外見を持った二人、ヤミーは四楓院夜一の拳足による打撃によってたった二撃の下に地に這い、浦原喜助の技によって虚閃すら防がれる。

そしてそれが戦いの終わりだった。

これ以上の戦闘は無意味であり、さしあたっての任務は終えたと判断したウルキオラは退くことを選択する。

最後に見えるのは空間の裂け目が閉じきる間際の光景、うな垂れ血にまみれながら肩で息をする橙色の髪の死神。

その姿にウルキオラが感じたのは“無価値”。

態々殺す価値すらなく、ただ揺れる霊圧を御し切れていない正にも負にも容易く転ぶ死神もどき。

そんな評価が彼らに見える最後だった。

 

 

「……成程。 ヤミーの腕を斬り落とす霊圧硬度には目を見張るものがある。が、総合的に見て『この程度では殺す価値なし』、と判断したという訳か……」

 

「はい。 頂いた情報以上のものはありませんでした。ご命令では“妨げになるようなら”殺せ、との事でしたので。それに」

 

 

ウルキオラの記憶映像が終了し、その考えを代弁するのは藍染。

その藍染の言葉に対し補足としての説明をするウルキオラ。

あくまで忠実に、命令通りに行動したウルキオラは、妨げにすらならないとして死神の少年を放置したという。

その後も補足を進めようとするウルキオラだったが、しかしその声は別の声で遮られた。

 

 

微温(ぬりィ)な…… 妨げになる、ならないなんてのは関係無ぇ。 “殺せ”って一言が入ってんなら殺した方がいいに決まってんだろうが」

 

「……グリムジョー 」

 

 

水浅葱色の髪、右の頬に右顎を象ったような仮面の名残を着け、挑発するような、まるで野生の獣のように好戦的な眼差しを向けるその男。

胡坐をかいて座り、背後には数名の従属官を従えた男の名はグリムジョー。

第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック、彼は声を荒げるでもなく、ただ低く威圧的な物言いでウルキオラの対応が微温いと断じる。

 

 

「大体ヤミー! テメェはボコボコにやられて不様に腕まで落とされてんじゃねぇか。遊びの心算で付いてってそのザマじゃぁ目も当てられねぇなぁ。あぁ?」

 

「テメェ……グリムジョー。 俺がここまでやられたのは下駄男と黒い女にだ、あいつ等が来なけりゃ今頃あのガキは俺が殺してたのが判らねぇのか。」

 

「わからねぇ奴だな……俺ならその二人も纏めて殺してから帰って来るって言ってんだよ」

 

 

次にグリムジョーの矛先が向いたのはヤミー。

自ら無理を言ってウルキオラの現世行きに同行し、暇潰しの心算が予想外の深手を負って返ってきた彼。

十刃にあるまじきその失態、あまつさえ誰一人殺す事無く戦場から退いた恥曝しとグリムジョーは静かに怒りを顕にする。

敵ならば殺せ、遮り、立ちはだかるのならば誰であろうと殺せ、これがグリムジョーの考え方であり彼の真理。

そのグリムジョーにヤミーの姿は逃げたように映っていた。

 

グリムジョーの挑発めいた言動にヤミーが前に出ようとする。

それをウルキオラは止せ、と呟きながら手を上げて制した。

頭に血が上りやすいヤミーに対し、ウルキオラはまるで氷のように冷たいそれが流れているかのように、冷静に、そして冷徹にグリムジョーへと対する。

 

 

「グリムジョー。 確かにこの塵を今殺すのは容易い。だが藍染様が興味を示されているのはこの塵の成長率だ、俺から見てもこの塵の潜在能力は相当なものだった。が、それはその大きさに不釣合いなほど不安定、放っておけばおそらくは自滅する可能性も、コチラの手駒と出来る可能性もあると俺は判断した」

 

 

ウルキオラの緑の瞳と(うろ)となった眼がグリムジョーを捉え、淡々と語る。

彼から見てもあの橙色の死神を殺すことは容易いことだったと。

それこそあの死神が、自分が死んだ事すら気付かせること無く殺すことも難しくないだろう。

だが、ウルキオラが藍染から命ぜられた任務はあくまで査定、そして脅威を感じなかった時点で“殺す”という選択肢は発生しないのだ。

そしてその査定の中、あまりに大きく揺れる死神の霊圧、おそらくは藍染が言っていた『虚化』が原因だろうと当たりをつけたウルキオラは、ここで殺してしまうよりも、上手くすればこちら側に取り込める可能性も充分にあると判断したのだ。

驚異的な潜在能力とそれを引き出す成長率、引き出されるに連れて揺れる霊圧と虚の気配、引き込めれば強力な破面として戦力となり藍染の歩む覇道はより磐石となると。

藍染の命令は殺すことよりも、寧ろそういった今後の可能性を判断するための材料を欲したものだと考えたウルキオラは、あえて橙色の死神を生かしたのだ。

 

 

「チッ!……馬鹿が。 それが微温ィって言ってんだ。不安定だか何だか知らねぇがコッチに転ぶならまぁいい。だが別の方に転んだら、その時テメェはこのガキを今殺さなかった落とし前、どうつけるつもりだ?」

 

 

だがグリムジョーにそんなウルキオラの理屈は通用しない。

何故なら彼が感情に生きているから、感情の全てを理屈で制することなど誰にも不可能であるからだ。

そしてその感情からの言葉は存外間違いでもない。

可能性とはどこまでも不確定であり、確かに死神が自滅して堕ち、コチラの手駒と出来る可能性もあるだろうが、それと同じぐらいに件の死神が急成長を遂げ彼らに刃向かう可能性もありえるのだ。

その二つを比べたとき、一体どちらが有益であるのか。

グリムジョーの答えは簡単、不確定な戦力を期待するぐらいならば殺してしまえばいい、刃向かう可能性が少しでもあるのなら殺してしまった方がいい。

故にウルキオラの対応は彼にとって何処までも微温く、癪に障るものだったのだ。

 

が、そのグリムジョーの感情的な言葉にもウルキオラは何一つその内側を見せる事無く淡々と。

それこそ至極当然であり何の迷いすらなく、そして確実に遂行するという確信を持って言い放った。

 

 

 

 

「その時は俺が始末するさ…… それで文句は無いだろう?」

 

 

 

 

あまりにも冷淡に、そして微塵の疑いもなく放たれた言葉。

始末は自分で付けると、ウルキオラはグリムジョーにそう言った。

それは自分の失態は自分で決着を付ける、という意味でもあるし同時に、例えどれほど敵が強大になろうとも自分に及ぶ事は無いという自身への絶対の自負、いや、確信に満ち満ちていた。

その言い様、当然その心算だというウルキオラの言葉に勢いを削がれるグリムジョー。

そしてそこが終わりだと彼らに王の言葉が降った。

 

 

「……そうだな、それで構わないよウルキオラ。君の好きにするといい」

 

 

終わりである。

それ以上の追及も言及も、彼等の王は望んでいない。

故に終わり。

この話はここで、ウルキオラの自由にさせるという判断で終わりとなる。

だがそれはあくまでも藍染にとってそちらの方が何かと都合がいいという事であり、彼がウルキオラの意思を尊重した、などという事では断じて無いという事だけは確かだった。

 

 

「有難う御座います……」

 

 

藍染へと向き直り、頭を下げるウルキオラ。

別段自分の考えが尊重されたことに彼は感慨を持たず、藍染がそう決めたのならば従うまでといった様子。

自分の意思は無く、あくまで優先されるのは藍染の意思であるという雰囲気を纏うウルキオラ。

そして今回の参集はこれにて終了となり、破面達は思い思いに解散していく。

 

結局のところこの参集に然したる意味は無かった。

見せられた映像も多くの破面にとってはなんら価値がある物ではなく、寧ろだからどうしたという部類に入るものだろう。

見えたのは脆弱な人間と死神、唯一価値があったといえるかもしれないのは尸魂界における最上位の実力者、その一端を見られたという部分だけであり、それでも”危機”と呼ぶには些か足りないものだった。

故に多くの破面にとって今回の参集、そして見せられた映像は無意味であり無価値な代物。

 

 

 

だが、それでいい。

 

 

 

多くにとっては無価値、しかし一部にとっては無価値ではないのだ。

ではその一部とは誰か。

それは当然これを見せることを決めた人物、藍染惣右介。

 

彼にとって今、映像の死神『黒崎 一護』が死んでしまうのは些か困る。

今彼が破面と、それも上位のそれと戦えば死ぬのは明らかなのだ。

だから、だからこそ藍染はこの死神、黒崎 一護の姿を彼等破面に見せた。

 

価値無し。

 

大多数の意見。

無価値に興味を示す者は無い。

ウルキオラという破面でも屈指の実力者が障害にすらならないと断じた事で、彼等の黒崎一護に対する興味は失せたと言っていいだろう。

それでいいのだ。

藍染はこれにより時を稼いだ。

黒崎一護がより強く成長するための時、何れ自らが手にする“力”を更に磨くための時を。

そして黒崎一護をより強く育てる為の策もまた、既に藍染にはあった。

 

頭を下げるウルキオラの姿を今だ不満さを滲ませて睨む男、グリムジョー。

彼は彼の言う微温さを許容する事はできないだろう。

故に彼は行動に出る、微温さではなく業火の苛烈さを持って敵に対する彼だからこそ必ず行動にでると、藍染は見抜いていた。

 

力、それの成長を促すために必要なのは壁。

それもただの壁ではない、低くては意味が無く、しかしギリギリで乗り越えられるような壁でも駄目なのだ。

特に黒崎 一護という人物を考えたとき、必要なのは圧倒的に高い壁。

頂は見えず、乗り越えること叶わぬような圧倒的な壁の存在、普通の者ならば超える事を諦めてしまうようなそれが、黒崎一護にとっては最も適した(・・・・・)壁の大きさ。

何故ならそれを前にしても、黒崎 一護は諦めないのだ。

超える事を、打ち倒す事を、打ち破る事を決して諦めないのだ。

そしてその諦めないという強い決意は、黒崎一護に幾度と無く“力”を与え、成長させてきた。

 

今回必要なのもまたその大きな壁。

破面、その最上位たる十刃。

その中でも好戦的な部類に入り、特殊な能力ではなくその爪と牙によって敵を凌駕する野獣グリムジョー。

藍染 惣右介にとって黒崎 一護の成長を促すのには丁度良い(・・・・)壁。

 

故に彼は黙認する。

グリムジョーが配下の従属官に指示を出したことも。

彼が何処に向かうことも。

そしてまた解空が開かれる事の何もかも。

後はおりをみて黒崎 一護が死なない程度で退かせれば済む話だと。

 

 

 

 

 

だがそんな藍染にも見落としはある。

 

 

 

グリムジョーの不満を見定める事で彼はらしくもなくそれを見逃した。

今後の展望、それに割いた僅かな思考の時間故に。

それは些細な事で、そして彼に着けた“首輪”の存在も僅かばかりの油断を誘ったのかもしれない。

 

だから彼は見逃した、珍しく参集に応じていた金色の男の事を。

つまらなそうに、面倒そうな雰囲気で僅かばかりのイラつきを滲ませていた彼の表情を見逃していた。

 

 

映像を見終わったその直後、ほんの一瞬だけではあるがその金色の男の口角が、ニィと持ち上がっていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日月が照らす夜。

立ち並ぶコンクリートのビルの群れたち。

そのうち一棟の屋上、その縁に腰掛けるようにしてその男は居た。

月光が照らし出す彼の姿は逆光で表情までは見えないが、その雰囲気は常の彼らしく攻撃的なもの。

触れれば斬られ、千切られ、噛み砕かれるような、そんな雰囲気だった。

 

 

「……揃ったか 」

 

 

チラと視線を上げればそこには先程まではなかった人影がある。

数は5人、何れも宙に立ち只人ではない事は確かだった。

そう、彼らは人ではなく人に害する者、破面。

ビルに腰掛ける男、第6十刃 グリムジョー・ジャガージャックを筆頭とし、残る5人は彼を王として仕える従属官。

左目から頭部にかけて横長の仮面の名残を着けた、痩躯に細面で辮髪を結った男、破面No.11(アランカル・ウンデシーモ)シャウロン・クーファン。

鼻の頭に仮面の名残を載せ、左側半分が坊主右側半分が長髪といった髪形をした巨漢の男、破面No.13(アランカル・トレッセ)エドラド・リオネス。

頭の右半分を覆う仮面を残し、エドラド程ではないが肥満型の巨漢の男、破面No.14(アランカル・カトルセ)ナキーム・グリンディーナ。

角の付いた左前頭骨の仮面、金髪で長髪、どこか伊達男風の男は破面No.15(アランカル・クインセ)イールフォルト・グランツ。

頭に大きな半月上の仮面を載せ、その右半分に布を巻きつけた口から尖った歯が覗く男、破面No.16(アランカル・ディエシセイス)ディロイ・リンカー。

 

 

「他の奴に見られるような下手は打って無ぇな?」

 

「無論 」

 

「……チッ!」

 

 

グリムジョーの問いに従属官を代表してシャウロンが答える。

おそらく彼が従属官の中でのトップという事なのだろう。

そんなシャウロンの言葉に、何故か僅か間を置いて舌打ちをするグリムジョー、一体なんなのかは定かではないが、然程大した事でもないだろうと判断したシャウロンはそのまま言葉を続けた。

 

 

「此処へ来る途中、複数の強い霊圧を感じた。ウルキオラの報告とは一致しない」

 

「……馬鹿共が。 そんなもん二の次だ、さっさと探査回路(ペスキス)を全開にしろ」

 

 

シャウロンの言葉、報告とは一致しない複数の強い霊圧の存在。

グリムジョーとてそれは感知していた、報告よりも明らかに強い霊圧が増えている事は、しかし今はそれよりも別の事柄が彼を煩わせる。

配下の従属官、その者達のあまりの間抜けさ、無防備さ、腑抜ぶりに。

 

 

「「「「「 !!! 」」」」」

 

 

探査回路を全開にした事で、グリムジョー以外の破面はついにその存在に気がついた。

彼等の持つ探査回路は、僅かでも霊圧を放つものは捕捉できる。

それは当然今霊圧を抑えている彼ら自体にも及ぶ事で、しかしそれは目の前にいるのだから捕捉出来て当然。

言うなればその霊圧を放つ者が居る事は当然の事なのだ。

 

だが、彼等の探査神経はありえないものを感知した。

報告とは一致しない複数の霊圧ではない、予想以上に強い霊圧でもない。

それは彼らが知っているが、今この場に居る筈の無い者の霊圧。

 

彼ら五人の視線が一斉に上空へ、彼等のいる更に上へと向けられる。

そこにあったのは人影。

この距離に至るまで発見できなかった事はこの際どうでも良く、その居る筈の無い人物の存在が彼らを困惑させる。

 

月光に照らされる金色の髪、照らされる事で陰影の付いた鍛え上げられた肉体、月を背負う様にして立ち、本来逆光でその表情は見えないはずにも拘らず何故か爛々と輝いて見える鮮血を湛えたような真紅の瞳。

居る筈の無い人物、彼らにとっては苦い記憶を呼び起こさせるその人物の名はフェルナンド。

 

 

第7十刃(セプティマ・エスパーダ)フェルナンド・アルディエンデが三日月にその姿を照らされていたのだ。

 

 

「何しに来た……クソガキ 」

 

「ハッ! 流石にテメェは気付いてる……かよ。まぁそうでなくちゃいけねぇが……な」

 

 

動揺する従属官をして唯一人、王たるグリムジョーだけは冷静だった。

それも当然だろう、何故なら彼一人だけは探査回路を解放する以前からフェルナンドの存在に気がついていたのだから。

シャウロンに問うた言葉、その後の舌打ちの理由はこれ。

彼らがフェルナンドの存在に気がついていない、という愚かしさに向けられたものだった。

だが彼らを責めるのは筋違いでもある、何故ならそれは仕方が無い事。

実力が違いすぎるのだ、彼らとフェルナンドとでは。

彼らとグリムジョーの実力がどうしようもなく隔たっているのと同じだけ、彼らとフェルナンドの実力もまた隔たっているのだから。

 

 

「俺はテメェが何しに来たかを訊いてんだ……」

 

 

立ち上がり、睨みつける様にしてフェルナンドを見上げるグリムジョー。

別段怒りを顕にしている、という訳でもないが友好的な雰囲気など在ろう筈も無く、その視線に乗るのはどこまでいっても敵意だけ。

それを受けてフェルナンドはゆっくりと彼等の下へと降下していく。

小柄でありながら従属官を圧倒する存在感はグリムジョーに共通するものがあり、知らず従属官達の緊張は高まる。

この二人がこの距離感でこうして言葉を交わすこと自体、彼等には想定外の事態であり、何が起こっても不思議ではないと思わせるには充分だった。

 

ゆっくりとした降下が終わり、グリムジョーと同じビルの上へと降り立つフェルナンド。

数瞬視線がぶつかるが、それを機に何かが起こるわけでもなく。

ただ口元をニィと歪ませるフェルナンドと、それを不機嫌そうに睨むグリムジョーの姿がそこにあるだけ。

そしてフェルナンドの口が開くと、彼はこう言い放った。

 

 

 

「安心しな、別にテメェ等を止めに来た訳じゃ無ぇよ。今回は偶々目的が同じだっただけだ、だから俺にも()らせろよ…… グリムジョー 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂の破壊

 

警鐘は遅く

 

戦火に呑まれる

 

破壊の権化

 

飢餓の旅人

 

黒が赤に

 

染まりゆく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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