BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.66

 

 

 

 

 

「安心しな、別にテメェ等を止めに来た訳じゃ無ぇよ。今回は偶々目的が同じだっただけだ、だから俺にも戦らせろよ……グリムジョー」

 

 

 

やや見上げるようにして放たれ、しかし何処までも同列同等としての言葉。

視線の高さ、身長差、そんなものに上下優劣を判断する材料など無く、そして彼らは何処までも同格だった。

水浅葱色の髪の男グリムジョー・ジャガージャック、黄金色の髪の男フェルナンド・アルディエンデ。

共に十刃(エスパーダ)でありそれぞれが背負う数字は“ 6 ” と “ 7 ” という近しい数字。

数字の上で上位に立つのはグリムジョーの方であるが、その数字もまた彼らにとっては意味など無いもの。

彼等の背負う数字はそれぞれ“通過点”であり“不自由の証”でしかなく、共に目指すもの、求めるものを手に入れるには必ずしも必要ではなかった。

だが、例え不用であろうとも彼らがそれを背負っている事に異議を唱える者はない。

何故なら彼らにはそれを背負うに相応しい“力”があるから。

誰もが真似を出来るものでもなく、そしてしようとしても出来ない事を彼らは平然とやってのける。

それだけの力を、単一で汎用性は無く、しかし超絶なる“破壊の力”をその身に宿し使役しているから。

 

故に彼らは十刃。

彼らには不用であろうとも、誰よりも相応しい者。

その二人が今現世にて、まもなく戦場と化すであろうこの場所で邂逅を果たしていた。

 

 

 

 

 

「なんだと?」

 

 

フェルナンドの言葉に訝しげに言葉を返すグリムジョー。

彼の従属官であるシャウロン達が現世へと侵入したのと時を同じくし、フェルナンドが彼らと同じように現世、空座(からくら)町と呼ばれる場所に出現した事をグリムジョーは探知していた。

理由などは判るはずもなく、おそらくの可能性ではあるが彼の従属官が後をつけられ、そして彼が侵攻を開始する前に止めようという藍染の差し金か、とも考えていたグリムジョーにとってフェルナンドの先の言葉は少々予想外ではあった。

 

 

「別に難しい話、って訳でも無ぇさ。 お前等はお前等で勝手に人間でも死神でも殺せばいい。俺の方も勝手に戦うからな。 ……が、ゲタの男と黒い体術使いの女は俺に寄越せ。この二人だけは俺が貰う。 後の残りはテメェらにくれてやる(・・・・・)よ、簡単だろう?」

 

 

さも当然、といった風で語るのはフェルナンド。

グリムジョーを前にして気負いも萎縮の欠片も無く、普段通りの皮肉気な笑みを浮かべる彼。

彼が言うには何も“共闘”などという事ではなく“別々”に、互いに戦いたいように戦えばいいとの事。

だが一点だけ、彼らがウルキオラの報告で視る事となった“ゲタの男”と“黒い女”だけは自分に戦わせろというもの。

残りの敵には特に興味は無い様子で、好きに殺せば良いとさえ言う始末。

 

獲物の数からすればアタリハズレはあろうが明らかにグリムジョー達の方が多いだろう。

だがその物言いはどうにも癇に障るものであったのも確かだった。

 

 

「オイコラ、フェルナンド。 テメェ十刃になったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ。何で俺達がテメェに獲物を恵んで貰わなくちゃならねぇんだよ」

 

「確かに…… まるでアナタの食べ残した獲物を啄ばむが如く…… 到底受け入れられるものではありませんね 」

 

 

このフェルナンドの提案にグリムジョーよりも先に否を唱えたのは、彼の従属官であるエドラドとシャウロンだった。

他の従属官も声さえ出さないが同じ雰囲気なのが見て取れる。

そう、フェルナンドの言葉は二人だけでいい(・・・・・・・)と同時に、二人意外は要らない(・・・・・・・・・)とも聞こえる。

そして言われる方からすればそれは、残りの自分が興味の無い獲物(・・・・・・・)恵んでやる(・・・・・)と言われているのと同じなのだ。

 

屈辱だろう。

本人にその自覚があるかはわからないが、フェルナンドの言葉はそういった意図で彼らに届き、彼らはそれを拒んでいるのだ。

獲物を恵まれる、などという事は戦いに生きる者にとって屈辱と恥辱でしかないが故に。

 

 

 

「……好きにしろ 」

 

 

 

だが、彼等の王であり主であるグリムジョーから出た言葉は、肯定であった。

その言葉に従属官達は、何を言っているんだという風で驚きの表情を見せる。

フェルナンドの言を認める、などという類の事がグリムジョーの口から吐かれるなどという事は予想外。

それはフェルナンドも同じ事で、いやにアッサリと受け入れるグリムジョーの態度を今度は逆にフェルナンドが訝しんでいた。

 

 

だが、グリムジョーの真意は別にあった。

 

 

ツカツカと歩を進めるグリムジョー。

それ程離れていた訳ではないフェルナンドとの距離は直ぐに詰まり、二人の距離は遂には人一人分という超至近距離にまで接近する。

見上げるフェルナンドと見下ろすグリムジョー。

約頭一つ分ほど違う二人の身長、見下ろされる事は不快であるが今はどうでもよく。

見下ろすグリムジョーの顔には怒りというよりも、挑発的な意図を浮かばせた睨み付けるような笑みがあった。

 

 

「俺もテメェも、殺したいだけ殺せば済む話だ。獲物なんぞ選んでる方が馬鹿を見るぜ? 俺が皆殺しにした死体の中にテメェの目当ての残骸があったところで、俺より早くソイツを見つけられなかったテメェがノロマだった、ってだけの話だろうが」

 

 

そう、この男には端から譲るという選択肢は存在しない。

フェルナンドが相手となれば尚の事、二人だけでいい等というのは悠長な話であり、結果皆殺しとすることが決まっている彼の中ではそれが二人だろうが十人だろうが、それこそ百人だろうが結果は同じ。

殺し尽くすという結果は同じなのだ。

 

 

「ゲタの男? 体術使いの女? 知った事じゃ無ぇな。テメェの目的なんてもんは俺には関係無ぇ。ウルキオラもテメェも存外微温(ぬり)ぃ事だ…… 敵は全員皆殺しなんて事は、大昔から決まってんだろうが!敵は殺す…… 徹底的にだ!! 」

 

 

叩きつけられるのは圧倒的殺意の嵐。

これこそがグリムジョー・ジャガージャックの本質。

敵は殺す、薙ぎ倒し、蹂躙し、撃滅する。

そうして進む道こそ彼の往く“王道”であるが故に、彼が目指す“戦いの王”の姿であるが故に。

その殺意の嵐の強烈さ、近くにいる彼の従属官ですら顔を歪ませているほど。

だが、その殺意を誰よりも近くで受け止める男の顔だけは違い、口角を吊り上げる笑みであった。

 

 

「微温い……かよ。 言ってくれる…… だが俺はあの二人以外の相手をする心算は無ぇ。更に言えばゲタの男よりもあの黒い女、あの女の体術に興味があるだけの話だ。テメェの考えは良くわかった。殺したけりゃ殺したいだけ殺してりゃ良い…… だがな、俺の獲物は俺のもんだ、譲る心算なんか無ぇし、横取りする心算なら…… 容赦はしねぇぞ? 」

 

「容赦だと? 相変わらずよく吼える口だ…… 出来るもんならやってみな、その時はテメェが死ぬだけの話だ。 ……チッ! 霊圧が動き始めたか。 全員霊圧は捕捉したな?いくぜ…… 一匹も逃がすな!皆殺しにしろ!!」

 

 

溢れる殺意には殺意で返す。

口角をニィと吊り上げたフェルナンドは、グリムジョーの瞳を正面から見据えて返した。

グリムジョーの言っている事はおそらく正しい、敵に情けをかけるのは三流、情けなどというものは自己満足と陶酔でしかなく、絶対的優位を振りかざしている傲慢さだ。

そして傲慢に身を委ねる者は足元を容易くすくわれ、死ぬ。

戦いとは何処までも苛烈に、緩める事無く進めるべきもので僅かでも情けを見せればそれは負けなのだ。

徹底的に、そして圧倒的に蹂躙してこそ勝利、それが彼ら破面にとっての戦いであり勝利の姿である事は誰の目にも明らか。

 

だが、だからといって自分を曲げる事などフェルナンドに出来よう筈もない。

皆殺しにしてしまった方が確かに都合はいいのだろう。

しかしそれは敵に限って(・・・・・)の話であり、フェルナンドはまだ死神を敵と認識していない。

正確には今だ敵足りえないといったところか、故に興味対象以外を手間をかけてまで殺すのは彼にとって無駄、敵足りえず、求めるものも得られそうにない戦いなど座興の部類であり今それは必要とされていないのだから。

 

それでも、自分の興味対象まで奪われたのでは面白いはずも無く。

譲る心算など毛頭無いという事を明確に口にするフェルナンド。

彼の目的はウルキオラの持ち帰った情報の中にいた黒い女、ヤミーをその拳足のみで叩き伏せる女だった。

身のこなしも、拳と蹴りの鋭さも、何よりその速さも、その全てがフェルナンドには新鮮に映るもの。

映像ではなく自身の目でそれを見てみたいという思い、フェルナンドが態々現世まで足を運ぶ気になったのは単純にそれだけであり、それを邪魔させる心算など毛頭ないのだ。

殺気を浴びせるグリムジョーに対し、同程度のそれを返すことでその言葉には意思が乗る、本気だという意思が、邪魔をすればお前からでも殺してやると。

 

だがそれで怯むグリムジョーではない。

彼からしてみればある意味そちらの方が、死神を皆殺しにするより余程面白いものといえる。

やれるものならやってみろ、という挑発に挑発を返すような瞳、滾る意思を湛えたそれで紅い瞳を射抜く彼。

 

だが、その二人が放つ殺気が仇となった。

霊圧を押さえていたというのにあふれ出した殺気は大気を啼かせ、辺りに伝播していた。

そして戦いに身を置く死神達はその異変を察知したのだろう、彼らが捕捉した霊圧に動きが見え始めたのだ。

といってもこれが状況を不利にした、という訳ではない。

元々戦闘になることは明らかであり、彼らには奇襲をかける等という予定も無かったのだから。

 

正面から叩き潰す、策など必要なくこれで充分であると。

力への絶対的自信、フェルナンドやグリムジョーだけではなくシャウロン等従属官にもまた、死神に遅れなどとる筈がないという自負があった。

故にこれは何の不利にもならない事。

グリムジョーがフェルナンドの前から動き、中空へと移動する。

そして彼の号令と共に彼の従属官達は弾ける様に四方へと散らばっていった。

一瞬にして見えなくなる彼等の姿、響転(ソニード)による移動、さしあたり近くにいる者、大きな霊圧を目指す者と行動方針は分かれたが問題など無い。

 

皆殺しにするという意思だけが共通していれば、何一つ問題など無いのだから。

 

そんな従属官達を見送る形となったグリムジョー。

フェルナンドもまたその場に残っており、そのフェルナンドへ一瞥をくれるとグリムジョーもまたその場から掻き消える。

更に僅かな間を置いてフェルナンドもまた、その場から掻き消えるようにしていなくなった。

 

 

残ったのは月光照らすビルの群れと静寂の夜。

そしてその夜はまもなく、静謐を打ち破られようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ッ! なんだ、この殺気…… 空が啼いてる……?」

 

 

突如として無差別に襲い掛かったのは殺気の波だった。

近くではなく、ある程度距離を置いてはいるがはっきりと殺気だとわかるのは、彼がつい最近からそれを受ける事を日常としてしまったからか、それともその殺気の鋭さ故か。

悲鳴を上げるかのような空の異変を感じ取ったのは、一人の少年とその隣に立つ小柄な少女。

少年の名は『黒崎 一護(くろさき いちご)』、橙色の髪に茶色の瞳、細身ではあるが均整がとれガッシリとした身体を高校指定の制服で包んだ彼は普通の高校生、という訳ではない。

 

死神代行(しにがみだいこう)

 

それが彼の二足の草鞋。

人でありながら死神の力を手にし、世にあまねく人の魂に害なす者、(ホロウ)を死神と連携して退治する魂の調節者(バランサー)

そして死神代行でありながら死神が属する組織、護廷十三隊の隊長格にもひけをとらない霊圧と戦力を有し、尸魂界(ソウルソサエティ)の中心、瀞霊廷全てを巻き込んだ通称『藍染の乱』最大の功労者でもあった。

 

 

その遠くから響くような殺気を感じながら、一護は隣に立つ少女へと視線を向ける。

小柄で黒髪、肩にかかる長さのそれは後ろ髪が跳ね上がり、大きな目はつり目がちで強さと同時にどこか繊細さも感じさせる。

彼女の名は『朽木(くちき) ルキア』、死神の組織『護廷十三隊」十三番隊に所属する死神。

現世での任務中思わぬ事態により負傷し、緊急措置として一護に死神の力を譲渡した本人であり、黒崎一護の運命を変えた人物。

そして藍染の乱では藍染の目的、崩玉の入手の為に施された策によって処刑される寸前で黒崎一護が救い出した人物でもあった。

 

 

「待て、今調べて……ッ!! この霊圧は!」

 

「クソッ! この霊圧……! 間違い無ェ、破面(やつら)だ! ルキア!!」

 

「わかっている! 」

 

 

一護と同じようにその殺気を感じ取ったルキアは、伝令神機(でんれいしんき)と呼ばれる携帯電話のような死神の情報端末を操作する。

だがその最中、殺気を感じた方向から今度は強大な霊圧が迸った。

感じる霊圧は大小、差異こそあれ全て数日前に現世へと出現した二体の化物、破面のものと同種のもの。

そしてそれは、破面の再びの現世侵攻を示していた。

 

一護の声に画面に齧り付く勢いで目を向けるルキア。

画面には感知した破面の霊圧が点となって次々と浮かび上がる。

そしてその点が一つ、また一つと浮かび上がるのと同時にルキアの表情は険しさを増していった。

 

 

「1、2……7体だと!? 多い……!」

 

 

険しさが一層強まるルキアの表情。

然程間をおかず、それもこれだけの量の戦力が現世へと侵攻してくる事は死神側からすれば予想外の事。

先の破面出現によって現世へ先遣隊として送り込まれている死神の数は6人であり、一護を入れても敵と同数。

戦力、能力共に未知数である相手に対し、数の利が無いのは不安要素ではあったが、今はそれを悔やむ時ではなかった。

 

 

破面(やつら)また俺を!? 」

 

「いや、霊圧を探っていた様だがこちらには向かって来てはいない。お前が狙い、という訳では無さそうだ…… だが奴等、近くにある霊圧反応へと迷わず向かっている……」

 

「どういう事だよ!? 」

 

 

敵の出現、そしてそれが攻めて来ているという現状。

迎撃するためか一護がルキアに敵の動向を問うが、その答えは彼にとっては不可解なものだった。

何故なら敵である破面は彼には目もくれず他の霊圧反応へと向かっている、というのだ。

自惚れる心算は無いが先の侵攻の際、破面が自分を探していた事から今回のそれも自分が目的だと考えていた一護。

しかし現実侵攻して来た破面達は彼など眼中に無い(・・・・・)かのように散り散りとなっている。

一護にとって不可解である敵の動き、そしてその不可解の理由は彼の予想を超える残酷な形である可能性を彼の隣にいる少女、ルキアが彼に告げた。

 

 

 

「霊圧の大小は関係ない……という事だ。 奴等はこの町にいる少しでも霊圧のある者を全て……皆殺しにする(・・・・・・)心算だッ!」

 

 

 

一護に衝撃が奔る。

そう、それは眼中に無い(・・・・・)のではない。

同じなのだ、誰を狙おうが誰から襲おうが、最後に残る形は。

彼等の目的、皆殺しという終わりの形は。

 

 

「先の殺気に反応して恋次(れんじ)日番谷(ひつがや)隊長は既に迎撃に動いている様だ。だが……ッ! まずいぞ一護! 茶渡(さど)に向かって一体……近付いている……!」

 

「ッ!! 」

 

 

夜の静謐は破られ警鐘は鳴り響く。

だがそれは自分の命ではなく友の命、その危機の警鐘。

 

戦火の夜が開く、そしてその夜明けはまだ、遠かった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

青い氷で出来た翼、それに突き刺さるのは白く長い爪。

爪はいとも容易く翼へと突き刺さり、分厚い氷で出来たその翼はあっけなく裁断された。

 

 

「フム……流石は隊長格。 これだけの戦力差を見せられて尚立ち向ってくるとは素晴らしい!実に……ね」

 

 

異様に長く鋭い刃のような爪に付いた血を払うようにして語るのはシャウロン・クーファン。

長く伸びた両腕と、更に長く伸びた指、そして鋏のように鋭い爪、上半身と辮髪は昆虫の様な装甲覆われ、長く伸びた辮髪の装甲の先には大きな鋏状の刃が付いていた。

その姿は人というよりも化物に近い、そう姿を見れば一目瞭然それが解放状態だという事が伺える。

五鋏蟲(ティヘレタ)』、という名の彼の斬魄刀が解放され、本来持つ力の核を回帰させたその姿。

 

それに対しているのは腕と背中に竜を模したかのような氷の鎧と翼を纏った死神の少年。

人で言えば年の頃おおよそ10歳前後、しかしその見た目などは死神にとって然程意味はない。

月光照り返す銀髪、碧眼の瞳は力強く凛とした雰囲気を湛えてシャウロンを見据え揺れる事無く。

小柄ではあるが放たれる霊圧は十二分に力を宿し、氷を纏ったせいかそれとも気質からか冷たさを感じさせる外見と、しかしその内側に紅蓮の様な熱さを秘めたその少年。

名を『日番谷冬獅郎(とうしろう)』、護廷十三隊十番隊隊長にして史上最年少で隊長となった天才児である。

 

しかしその冬獅郎の纏う死神の証、黒い死覇装は所々を彼自身が流す血によって赤く染め上げられていた。

そう、今彼は圧倒的に不利な状況に立っている。

死神が持つ斬魄刀、その斬魄刀戦術の奥義たる卍解をして彼は押されているのだ。

白く長い爪を打ち鳴らす目の前の男、シャウロン・クーファンに。

 

 

切裂かれた冬獅郎の氷の翼、それを含む彼が纏う卍解『大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)』。

氷雪系と呼ばれる死神の斬魄刀の分類の中で最強を誇るそれは、例え切裂かれたとしても大気中の水分によって幾らでも再生する。

現に切裂かれた筈の翼もその断面から再生を始め、時を置かずに元通りとなった。

が、現状彼が劣勢であることに変りはない、副官である松本乱菊も早々に下され、戦えるのは彼のみの状況。

実際一太刀も敵に攻撃を与えられていない情況は、不利を通り越していた。

 

 

(チッ。 予想以上に強い…… だが“ 許可 ”が下りるまでは俺が時を稼ぐより他無い……か)

 

 

血を流し、荒い息をしながらも冬獅郎は冷静だった。

敵はこちらの予想を超える戦力を有し、“今のまま”では勝利すら拾えない。

故に勝利できるその時まで、その時が来るまで耐えるより他無いと。

そして只時を稼ぐだけではなく、何か一つでもこちらが有利となるものを見つけなければと。

 

 

「シャウロン・クーファンと言ったか……一つ訊きてぇ。てめぇは自分を破面No.11(アランカル・ウンデシーモ)、つまり11番目と言ったな。それはてめぇの力の格が破面の中で上から11番目……ってことか?」

 

 

冬獅郎の口をついて出たのはそんな言葉だった。

ただ徒に逃げ回り時を稼ぐことも出来る、だが同じ時を稼ぐならば一つでも有用なものを。

破面という彼ら死神からすれば多くの未知が存在する敵を前にした時、最も必要だと彼が判断したのは“情報”だった。

問えば敵が答えるという訳でもない、しかし問わねば欠片すら拾えない。

答えればよし、答えずとも何かしら別のものが拾えればいいと、不足しすぎている敵の情報の入手こそが重要であると冬獅郎は考えたのだ。

 

 

「……そうですね。 確かにそういった側面を持っている事も否定はしません。基本的に私達が最初に与えられる番号は生まれた順番です。しかし上位の番号を持つ者を倒す事で奪い、自身の番号を上げることも可能なのです。ですから一概には言えませんが、番号は“生まれた順”であり“強さの序列”でもあるのです」

 

 

冬獅郎の問いに律儀にもシャウロンは丁寧に答えた。

それは優位であるための余裕なのか、それともこれから殺す相手に情報を渡しても問題ないと判断したのかは定かではない。

だが、その答えもひどく曖昧なもの。

強さの序列かそうでないかという問いに、“そうでありまたそうでない”という答えはあまりに揺れが大きいもの。

 

しかし、これが正答なのだ。

彼等の数字には揺らぎがある。

生まれた順である番号と、それを強奪決闘によって奪い上げるという側面。

下位だから弱い、という判断は早計であり、おそらくシャウロンよりも強い破面は下位にもいる事だろう。

それでも彼らが10番台の番号を死守できているのは、グリムジョーという絶対的な強者の存在があったためであるのだが、それは今論ずる事ではなく。

ともかくとしてシャウロンの答えは正しくはあるが、冬獅郎にとっては番号はある程度しか当てにならないといった程度のものであった。

 

だが、続くシャウロンの言葉が日番谷の動揺を誘う。

 

 

 

「ただし…… “No.11(わたし)より上には”そんな考えは無意味ですが……ね」

 

「 なに? 」

 

 

 

そう、要領を得ず揺らぎがある数字と力の関係。

しかしそれは11番以下に限っての事、そこから上は別次元の話。

揺らぎなどというものを抱えては足を踏み入れる事すら出来ず、半端な力で手を伸ばせば死を自身に招く世界。

疑問を感じているような冬獅郎を他所に、シャウロンは彼を絶望に叩き落すような愉悦を感じながら言葉を紡いでいく。

 

 

「判りやすく言いましょうか? 私より上には『十刃 』と呼ばれる破面が更に10人存在します。彼等の殺戮能力は私達の比ではありませんよ?純粋な殺戮者の集団…… それが十刃であり彼らを下すことは同じ十刃でも難しい。判りますか?無意味なのですよ。 番号によって彼らの強さを推し量ろうとする事など。彼等の強さはハッキリ言って別次元。今のアナタのように足掻く暇すら、彼等は与えてはくれませんよ 」

 

「ッ!」

 

 

無意味。

番号の大きさ、それによって推し量れるおおよその実力。

そんな思考はお前たち死神には無意味だとシャウロンは言う。

それは決して誇張ではない、事実として彼は言っているのだ、無意味であると。

日番谷が息を呑むのが見て取れる。

そのシャウロンの言葉が、語る雰囲気がそれが嘘ではない事を証明していると判ってしまったが故に。

だが、シャウロンの言葉はいまだ止まらず、絶望は更に深まる。

 

 

「……そして、更に言うならば現在コチラに侵攻した中に居るのですよ、十刃が…… それも『 2体 』……ね 」

 

 

突き落とすには充分すぎるのかもしれないその言葉。

現在目の前にいるシャウロンに図らずも圧されている冬獅郎にとって、彼が“別次元”と呼ぶ者の存在。

それが2体、殺戮という単一の機能に特化した化物が更に2体この現世へと降り立っているというのだ。

 

 

「一人目は藍染様より第6の数字を与えられし者、『第6十刃(セスタ・エスパーダ)』グリムジョー・ジャガージャック。……そしてもう一人は同じく第7の数字を与えられし者、『第7十刃(セプティマ・エスパーダ)』フェルナンド・アルディエンデ。どうです?どちらもアナタ達にとっては死と絶望と同義の名ですよ……」

 

 

告げられた名。

姿も威容も何もかもが不明ではあるがしかし、どこか重く圧し掛かるそれ。

それを感じた冬獅郎は、今後続くであろう破面との戦いが一筋縄ではいかない事を確信するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな。 袖白雪(そでのしらゆき)は“地面を凍らせる剣”ではない。この刀で描いた円にかかる天地、その全てが袖白雪の氷結領域だ」

 

 

 

時は僅かばかり遡る。

 

 

聳えるのは氷の柱。

天高くまで伸びたそれには、まるで琥珀に閉じ込められた太古の昆虫のようにも見える破面が一体。

名をディ・ロイ・リンカー、グリムジョーの従属官の中でも最下位ではあるが彼とて破面、一介の死神に遅れをとるものではない。

しかし彼の相手をしたのは、不運にも“一介の”死神ではなくそれ以上の実力を秘めた者だった。

 

朽木ルキア、それが彼を屠った死神の名。

聳え立つ氷の柱に囚われた彼はその肌のみならず瞬時に体の内側までを凍りつかされた。

その後、間を置かずして崩壊する氷の柱、そして既にその身を凍らせていたディ・ロイの身体もまた、その崩壊と共に崩れ往く。

そしてルキアが氷の柱に背を向け、刀を一払いした時には彼の存在はこの世から消えていた。

 

 

 

 

 

 

「うーでーがピョンと鳴~る♪ 」

 

「いででででででぇ~~!! 腕折れる腕折れる!ギャオオオオぁぁぁぁ~~!」

 

 

苦も無く、という訳ではないが破面との初遭遇を勝利で飾ったルキアを迎えたのは、気の抜けたやり取り。

まぁ約一名に関しては骨折の危機ではあるのだが、止める気も失せるような光景ではある事は確かだろう。

そんなやり取りをしているのは死神の姿となった黒崎一護と、制服姿のルキア。

正確には制服姿のルキアの義骸に入っている義魂丸のチャッピーであるのだが、それは詳しく言及するに及ばないだろう。

 

 

「何をしているのだ、たわけ共…… 」

 

 

戦いよりも寧ろこの光景を目の前にした方が余程疲れる、といった風のルキア。

ルキアに止められた事でからくも骨折の危機を脱した一護は、未だルキアの義骸に組み伏されたままながら、彼女へと視線を向ける。

 

 

「ルキア……お前無事なのか? アイツはどうしたんだ!?倒したのかよ!? 」

 

「無論倒した。 でなければこうして戻って来られる筈があるまい」

 

 

矢継ぎ早に声を発する一護に、ルキアは至極当然といった風で答えた。

あまり大げさなそれは返って嫌味となるが、一護のそれは仕方が無い事。

何せ彼は今日始めて彼女が死神としてまともに戦うところを見たのだ。

現世任務で深手を負い、今日に至るまで霊力の減衰などの理由から戦線に加わる事が出来なかった彼女、それ故に死神としての彼女の戦闘力を知らない一護は、その無事を心配していたのだ。

 

 

「あっ、お前、その斬魄刀……」

 

 

そして一護の視線は自然と彼女がその手に握る白い斬魄刀へと向かう。

刀、というにはそれは余りにも潔白だった。

人を、また化物を斬る為に拵えられた刀という武器、鉄で出来た鈍色のそれは研ぎ澄まされ確かに美しいが、ルキアの持つ刀はそれとは別の美しさを持っているように一護には見えた。

 

 

「『袖白雪』、ルキア様が持つ氷雪系の斬魄刀にして、現在、尸魂界で最も美しいと言われる、刃も、鍔も、柄も、全てが純白の斬魄刀……だピョン」

 

「台無しだな、お前の語尾……」

 

 

ルキアの義魂丸チャッピーの最後の一言が残念な説明はさて置き、その斬魄刀は確かに美しかった。

説明のとおり刃、鍔、柄、そして柄頭から伸びた長い帯に至るすべてが白いその斬魄刀。

そして斬魄刀を持つ、という事はルキアが完全に死神としての力を取り戻しかつ、席官にも食い込むであろう実力を有している事を伺わせるものであった。

 

 

「ルキア様は本来席官クラスの実力をお持ちのお方。だけど席官ともなればヒラ隊士に比べて任務の危険度は格段に増す…… だからそれを嫌ったある方(・・・)が隊長達に密かに根回しをして、ルキア様を席官候補から外させた……」

 

「ある……方?」

 

「そう ……朽木(くちき )白哉(びゃくや)様……だピョン」

 

「……だから全部台無しだよな、その語尾……」

 

 

チャッピーの説明は続く。

それは本来ルキアの実力は今の境遇よりも上であるという事だった。

今現在ルキアは十三番隊に所属してはいるものの、席官と呼ばれる上位隊士ではなく官位の無いヒラ、下級隊士である。

しかしそれは彼女の実力が足りていないという訳ではなく、一重にある人物の不器用すぎる思いゆえだった。

 

朽木白哉、ルキアの血の繋がらぬ義理の兄。

四大貴族の一、正一位の称号を持つ大貴族の当主である彼。

彼には死に別れた妻がおり名を“緋真(ひさな)” といった。

そしてその緋真こそがルキアの実の姉であり、病に伏し、命の火が消える寸前に緋真が白哉に託したのがルキアの事だった。

 

“守ってやってくれ”と“兄と呼ばせてやってくれ”と、姉として共にいる事が出来なかった自分の代わりに、姉として守ってやることが出来なかった弱い自分の代わりにと。

その妻の最初で最後の我儘を白哉は聞き届け、ルキアを義妹とし、そして危険が及ばぬようにと守り続けていたのだ。

結果としてその白哉の不器用すぎる守るという意思が、ルキアを実力とは釣り合わないヒラ隊士につける事となった。

だがそれでも、例え席官ではなくとも育つものは育ち、才ある芽は芽吹き花を咲かせる。

その結果が今のルキアであり、守られながらも他人を守れるだけの強さを見につけた彼女は、破面という難敵を退けられるまでに至っていた。

 

 

が、その不器用な兄の優しさも、チャッピーの残念な語尾が台無しにしているわけであるが。

 

 

一護の若干ゲンナリとしたツッコミに再び彼の腕を折ろうとするチャッピー。

そんな様子を呆れた顔で見ているルキアが、そのやり取りをやめさせ、他の戦場への援護に向かうことを提案しようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

彼等の心臓はその気配を感じ、ドクンと跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「……何だ? ディ・ロイの奴は死んだのかよ?仕方ねぇな…… 俺が纏めて始末するか。 第6十刃グリムジョーだ。せめて抵抗ぐらいはして見せろよ?死神ぃ! 」

 

 

 

現われたのは水浅葱色の髪をした男。

丈の短い白い上着、筋肉質な身体つきと鳩尾の辺りには彼ら特有の孔が開いていた。

ギラつく双瞳、楽しくて仕方が無いといった風につりあがる口角、そして何より発せられる野獣の如く荒々しい霊圧。

化物、そんな言葉が浮かんで嵌るような、そんな印象をその男は一護とルキアに与えていた。

 

 

(何だ……此奴(こやつ)の霊圧は……!?破面!? しかし本当に同じ種族なのか…… 霊圧のレベルが…… 違いすぎる(・・・・・)!)

 

 

ゆっくりと降下してくる水浅葱色の男、グリムジョー。

だが目の前の男から感じる霊圧にルキアは困惑を隠せない。

 

違いすぎるのだ。

先程彼女が戦い、勝利した破面とは何もかもが。

発する霊圧も、気配も、威圧感も、そして漲る殺気も、その何もかもが違いすぎる。

同じ種族だというのに此処までの差が開く、それが敵の実力、これから自分が戦うであろう敵の実力。

ルキアに戦慄が奔り、そしてそれは一護にも同じ事が言えた。

 

敵の出現により主の義骸を守る事を第一とする義魂丸のチャッピーはいち早く戦場を離脱し、一護はその拘束から開放される。

そして素早く立ち上がると背に背負った自身の斬魄刀、唾も柄も無い、ただ研ぎ澄まされた刃だけの斬魄刀である大刀『斬月(ざんげつ)』を構えた。

彼にも判っているのだ、目の前の敵が如何に危険であるが、そしてその敵が自分達を確実に殺す心算でいる事が。

殺気に満ちたその霊圧、それを前にして一護は斬月を握る手に一層の力を込める。

敵の一挙手一投足、それこそ眉の動き一つ見逃さないために集中する。

そう、そうしなければいけないと彼の中で誰かが叫ぶのだ、そうしなければいけない、そうしなければ一瞬で終わる(・・・・・・)と。

 

 

が、その一護の集中が見たのは不可解な行動だった。

外したのだ、彼等から。

目の前に現われたグリムジョーという破面は、何故か彼らからその視線を、意識を外したのだ。

 

 

 

まるで彼等以上に意思を向けるべき者が現われたかのように。

 

 

 

(ッ! よし! ) 「一護!! 一端退くぞ!! 」

 

 

意識を外すという敵の愚行。

それを一護同様見逃さなかったルキアが声を上げ叫ぶ。

今この場でこの敵とぶつかる事は避けられるのなら避けるべきだと。

敵の放つ霊圧は隊長格にゆうに匹敵し、自分一人では到底敵いそうも無いと。

一護と共闘すれば或いは勝機はあるかもしれないが、今の一護は“万全ではない”。

虚化と呼ばれる現象により、彼の戦力は今非常に不安定で、下手をすれば完全に虚へと堕ちてしまう可能性がある中での戦闘は極力避けさせるべきだと判断した彼女は、迷わず撤退を決めたのだ。

 

その判断は正しく、勝てない敵に挑むのは勇猛ではなく蛮勇、特攻でしかない。

故にその判断は正しかったのだ、敵がグリムジョー(・・・・・・)唯一人(・・・)であったのなら

 

 

 

 

 

 

 

「女ァ…… 悪ぃが逃がす訳にはいかねぇな…… お前等には欠片も興味は無ぇが、どっちでも構わねぇから吐いて貰うぜ?あの二人の居場所を……よぉ 」

 

 

 

 

 

 

 

唐突に背後から掛けられる声。

そして先程まで何も感じなかった背後からは、彼等の前に立つグリムジョーと同質の霊圧と、気。

威圧感というよりは寧ろ呑み込む様なそれに、二人は視線を後ろへと向ける。

 

 

 

そしてそこに立っていたのは金色の髪を靡かせた、紅い霊圧の修羅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前門の豹

 

後門の業火

 

どちらもが死地にて

 

逃げ場など無し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これなんて無理ゲー?

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