BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.67

 

 

 

 

 

彼等二人の前に立つのは、荒々しく、野獣の如き殺気を惜しげもなく撒き散らす男。

彼等二人の後ろに立つのは、殺気というよりは威圧感、存在感に近くしかし異質な圧力を纏う男。

どちらもが白い衣に身を包み、そのどちらもが胴に孔を穿っている。

そして穿たれたその孔は喪失の証であり、同時に人ならざる者の証。

 

破面(アランカル)

 

人と同じ姿の器、しかし人とは次元の違う化生。

それこそ余りにも容易く他者の命を奪い去る事が出来る力を有した者。

その化生が二匹彼等を、死神代行 黒崎一護と死神朽木ルキアを挟むようにして今、その場に立っていた。

 

 

(クソッ! 何なんだコイツ等…… とんでもねぇ……!)

 

 

内心で零す一護の言葉が全てを物語っていた。

二体の破面に挟まれる形となってしまった一護とルキア。

前に進む事も退く事も、ましてや下手に動く事すら出来ずにその場に釘付けにされてしまう二人。

ただそうしているだけだというのに一護も、そしてルキアも全身から汗が噴出すような緊張感を覚えていた。

それは強烈な殺気と気当りに前後から挟まれたが故の緊張。

どちらか一方に意識を振りすぎればそれだけで命取りとなりかねないような、二人にはそんな予感が過ぎり、それ故に集中の糸は限界近くまで張り詰めたまま。

それだけの重圧の中に今二人は居り、それは何が切欠で切れるとも知れない綱の上を渡るが如く。

ただただ状況は時を置くにつれ彼らに不利に傾いていくという、非常に厳しいものだった。

 

 

「クソガキ。 テメェ何の心算だ……」

 

 

不意に口を開いたのは一護達の目の前に立っていた破面。

グリムジョーと名乗ったその破面は、一護とルキアなどまるで眼中に無いかのように彼等二人の背後、そこに立つもう一体の破面へと話し掛ける。

放たれる殺気は相変わらず荒々しく、その表情には若干のイラつきが見て取れるような気がした。

 

 

「何の心算も何も無ぇよ。 思ったより速くテメェの従属官(取り巻き)が殺られたんだ、それなり(・・・・)の奴かもしくは目当ての奴等(・・・・・・)かと思って此処に来た、ってだけの話だ」

 

 

おそらく浴びせかけられている殺気の量は一護達となんら変らないにも拘らず、その金髪の破面はどこか皮肉気な笑みすら浮か平然とそれを受け止め、グリムジョーの問いに答えていた。

まるでそれが日常的な一コマだとでも言わんばかりに、まるでこんな殺気は挨拶程度だとでも言わんばかりに。

 

“化物 ”そんな言葉がそのやり取りを見ていたルキアに過ぎる。

彼女が死神として戦ってきた敵、(ホロウ)とは違う、ただ差異があって違うのではなく次元が違う化物。

住む世界が、身を置いている世界が、戦いの次元が、彼女の基準としていたものとは懸離れている。

只の会話で彼女にそう思わせてしまうほど、破面二人のやり取りは彼女の眼には異常に映っていた。

 

 

「……チッ。 だったらコイツ等はハズレ(・・・)だ、テメェが探してる奴等じゃ無ぇ。他を当たるんだな 」

 

「ハッ! 確かに違う…… が、別に構わねぇさ。あてもなく探すより、コイツ等のどっちかに吐かせた方が早ぇに決まってる」

 

「先に見つけたのは俺だ、俺がブチ殺す。二匹共な…… 文句は言わせねぇ 」

 

「違うな。 見つけたのは同時だ、此処へ来たのも……な。だから俺にもコイツ等を殺る権利はあるに決まってんだろうが」

 

 

獲物を挟み言い合う二人。

やはりまるで一護達の存在など無いかのように己の意見だけをぶつけ合う。

そこには譲歩などというものは存在せず、ただ我を通す事だけが存在していた。

どちらも決して退かないだろうその場の雰囲気、グリムジョーの方は睨みつけるように、もう片方の方は口元に笑みを浮かべたままそのグリムジョーの強烈な意思を受け止めしかし怯まない。

その態度にグリムジョーの表情は更に険しさを増したかのようだった。

 

 

「邪魔すんならテメェから殺すぞ、クソガキが……」

 

「ハッ! 俺の台詞だったそれをテメェが言う……かよ。だがまぁ、それはどこまでもソソられる(・・・・・)話ではあるが……なぁ…… 」

 

 

立ちはだかるのならば、邪魔をするのならば殺す。

それが例え同じ種族、同じ破面という存在であっても些かの躊躇いも無く。

グリムジョーが発した言葉からはそんな意思がありありと見て取れた。

それは人間、死神というモノから見れば異常。

何処までも“ 個 ”を、そして“ 我 ”を追及し、協調や同調といったものをまるで嫌悪でもするかのような振る舞い。

そしてその考えは何もグリムジョーだけのものではなく、その意、その異常性を前にしてもう一人の破面はニィとその笑みを深めている。

怯む事など皆無、その笑みに浮かぶ感情はどこまでも喜色であり、お前を殺すという言葉をこの破面が嬉々として受け止めている事の証明に他ならないという事実。

それもまた異常なのだ、殺すという強い言葉を歓喜を持って受け止める事。

そしておそらくは只で殺される心算など欠片も無く、逆に殺してやろうかという意思すら透けて見えるその笑み。

 

 

ここへ来て一護、そしてルキアも理解した。

目の前にいるこの二人はおそらく、破面と呼ばれる種族の中でも一等“外れている者”であろうという事を。

化物の集団である破面、その化物の集団の中でも更に化物と呼ばれる部類に入る尋常ならざる者達であるという事を。

化物の中の化物、それは生粋の強者であるという事実を示し、命を刈り取る者の証明。

 

それを前に足を止める事の愚かさ、状況に流される事の無意味さ、ただ時だけが過ぎるのみでそれが事態を好転に導く可能性の希薄さ。

ただただ雰囲気に、状況に、殺気に気迫に異常さに呑まれ行動を起さず、 “下手に動けない ”という自らが架した呪縛によって自らを大地に縛り付けるようにしている二人の現状。

 

 

それは怯えだ。

 

 

力ある者を前にし、その力にどうしようもないかのようなその差に彼等の心は震え、怯えていたのだ。

だがそれは仕方の無い事でもある。

誰しもがそんな心の弱さを持ち合わせており、それが顔を覗かせるのは彼らが至極全うな精神と生き方をしてきた証でもある。

 

しかし、戦場に全うな精神(・・・・・)等というものは必要ない。

 

そして今一護とルキアに必要なのは、状況を静観する事ではなく状況を作り出す事。

流されるのではなく自らが流れとなって現状を動かし、事態を動かし、好転には足らずとも今を打破しようと自らが動く事。

目の前にチラつく死の予感をして尚、前へ前へと進もうとする“ 覚悟 ”を見せることより他無いのだ。

 

死地に踏み入って尚、自らの往く先を見据え信じる“覚悟”を見せるより他、道など無いのだ。

 

 

 

(何やってんだよ…… 斬月のオッサンも言ってたじゃねぇか。退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ!……ビビってんじゃ無ぇよ、俺!俺が此処で止まってる間にも、誰かが危ねぇ目に会ってるかもしれねぇじゃねぇか!だったら進めよ俺!俺が……護るんだ!!)

 

 

 

決意とは、覚悟とは、強く瞳に浮かぶもの。

そしてその瞳に覚悟と決意を浮かべたのは一護だった。

立ち止まらない、退かない、臆さない。

彼の分身、彼が持つ斬魄刀、斬月から贈られた言葉を心の内で呟く一護。

只進み、愚直でも進み、足を前へと踏み出す事をやめない事が彼の強み。

精神の揺れはいまだ大きい、甘さも多分に残してはいるのだろう、だがそれでも。

それでも彼の決意は、覚悟は確実に彼に力を、踏み出し進み、護るための力を与えるのだ。

 

 

「……いくぜ、ルキア 」

 

「ああ 」

 

 

呟くように零れたその声には、怯え等の負の感情は見えなかった。

あるのは言葉通りの意思だけ。

 

行く、と。

 

進むという意思だけがその声には乗り、それはやや遅れてではあるが一護と同じように覚悟を決めたルキアに確と伝わる。

踏み出したのは二人同時。

一護は前方へ、そしてルキアは後方へと示し合わせた訳でもなく二人は同時に踏み出した。

 

今死神の二人に出来る最善は、最悪の状況を避ける事。

目の前の尋常ならざる破面が二体同時に彼らに襲い掛かって来る、という状況を回避する事。

二対二ではなく一対一、もしもどちらか一方が倒れたとき、二対一となれば状況は不利を通り越して逆転が不可能なものとなるだろう。

それは一見破面側にも言える事ではあるが、実力が突出した者に敵の数などはそう問題ではない。

だがそれでも一護達にとっては一対一でも歩が悪い事には変りは無い。

しかし、ただ状況を静観し、無意味に過ごすよりは余程そうする価値はあると、彼等二人は決断したのだ。

 

既に飛び出しと同時に二人の斬魄刀は振り被られ、それぞれの前に立つ破面へと向けて初太刀は振り下ろされる。

状況を見るのではなく初太刀から相手を倒しに行くその太刀筋、彼等二人に残された道は少なく、これが今彼らに出来る精一杯でありそれはある意味実ったと言えるものだった。

 

 

破面達二人からしてみれば、今や一護達の姿は自分達の間にある風景に近いものだった。

意識を向けるべきはその風景の一部ではなく、この場で唯一自分の敵足りえるだろう相手のみ。

それ故に意識を二人に向けてはおらず、結果一護達の瞬時の攻撃は奇襲めいたそれとなり彼等二人に襲いかかったのだ。

覚悟を決めた彼等死神二人それぞれの一撃、それを奇襲めいたそれで受ける事となった破面二人。

当然備えていた相手ではない者からの攻撃に、彼等破面二人は意表を突かれるか形となる。

 

 

 

だが、それはあくまで奇襲めいた(・・・)攻撃であり、それでは彼等二人には足りなかった。

 

 

「なっ!? 」

 

「くっ!! 」

 

 

 

それそれ一護とルキアから声が漏れる。

それは驚きと苦さの浮かぶ声。

一護の驚きは加減など無く振り下ろした自身の斬魄刀、斬月という名の彼がただ斬る事だけを追求し研ぎ澄ませたかのような斬魄刀を、その腰に挿した刀でもなんでもない、破面グリムジョーの前腕だけで受け止められ、そこに傷一つ残していないという事に。

ルキアの苦い声はコチラも加減無く一撃で仕留める覚悟を持って振り下ろした斬魄刀が、鼻先を掠めるか掠めないかのギリギリで敵を捉えられなかったという事、そしてそれは自分が外したのではなく、目の前の破面が完全に太刀筋を見切って避けた事が判ってしまった為。

 

初太刀によって決する事は始めから目的ではなかった二人。

言うなればどうしようもなく破面それぞれに自分一人を意識させる事が目的であり、それは達成したと言っていいのだがそれでも、近付き、刃を振るったからこそ見える“ 差 ”には、一護とルキアも動揺を隠せない様子だった。

 

 

「なんだ? テメェ…… せっかく生かしてやってたのに、よっぽど死にたいらしいな……」

 

 

尚その両腕に力を込め、刃を押し切ろうとする一護。

しかしそれでもグリムジョーの片手はピクリとも動かず、そして肌には薄っすらとも傷つく事は無い。

それどころか刃が突き立てられようとしているにも拘らず、グリムジョーは平然と言葉を発していた。

平然と、何もなかったように。

そう、何もないのだ、彼にとって今の状況は何もないのと同じ、危機を感じる必要性がまったくない普通の状況でしかなかった。

 

露骨ですらある実力差、そして圧しても切れぬそれは、一護が過去一度体験した感触と酷似していた。

それは一護が尸魂界きっての戦闘凶である凶獣、更木(ざらき)剣八(けんぱち)を相手取った時と近い感触。

意識して研ぎ澄ました自身の霊圧と刃、それが無意識に敵が発する霊圧に負け、傷を負わせる事が叶わない。

ただ剣八のときと違うのは、発する霊圧ではなく破面の外皮、鋼皮(イエロ)の硬度を一護の剣が上回っていないという事なのだが一護にそれを知る術はなかった。

 

 

「無手の相手にいきなり斬りかかる……かよ。ハッ!存外死神も悪くないもんだ……な 」

 

 

対してルキアの方は初太刀が避けられると同時にやや後方へと跳び目の前の破面と距離を置いた。

初太刀が避わされて尚その場に止まるのは下策、何故ならそこは敵の間合いの只中であり自分にとっての危険地帯。

例え前に出る覚悟を決めようとも敵の間合いも掴めていない中では、無策で攻め続けるのは覚悟ではなく無謀な事。

よって彼女は距離をとった、緊張は最大に高められ刃の切っ先は常に敵を捉えたままで。

 

だが彼女と相対していた破面はといえば、その彼女の攻撃がよほど意外だったかのようでしかし、顔には驚きではなく喜色が浮かんでいた。

どこまでも、どこまでもその破面には喜色が浮かぶ。

それは戦いというものを好む破面の性か、あるいは意外だった事が嬉しいのかは定かではないが、言えるのはその破面にとって今のルキアの行動は思った以上に喜ばしいものだったのだろう、という事だけであり、それは同時にルキアの攻撃はこの破面にとってその程度。

危機を感じる以前のものでしかない事の証明でもあった。

 

 

そして、二つに分かれた戦場は急激に加速した。

 

 

「ゥラァァ!! 」

 

短く吐かれた気の入った言葉。

それは一護と相対する破面、グリムジョーのものだった。

声と同時に発せられたのは彼の霊圧、一護の斬魄刀と拮抗する彼の腕の甲から発せられた水浅葱色の霊圧は、一護の斬魄刀を容易に押し返し、それにとどまらず一護の身体ごとそれを弾き飛ばした。

 

 

「フン…… 死神風情が…… まぁいい。 テメェとの決着は死神共を皆殺しにした後にしといてやるよ、クソガキ」、

 

 

一護をその霊圧で吹き飛ばしたグリムジョーは、一度弾かれる一護を鼻で笑うと、もう一人の破面に今度は視線すら向けずにそう言い放つ。

そして次の瞬間にはまるで掻き消えるようにその場から姿を消してしまった。

おそらくは弾き飛ばした一護を追ったのであろう破面グリムジョー、そしてその場に残されるルキアともう一人の破面。

ある意味一護とルキアの目論見は成功した、と言っていいのだろう。

戦場は二つに分かれ、同時に襲われるという挟撃の状況は回避された。

だが此処からが一護とルキアそれぞれにとっての本番、明らかな化物をたった一人でそれぞれが相手にしなくてはいけないという事実。

彼等にとっての正念場であり瀬戸際が始まったのだ。

 

 

(どうする……? 初太刀は見切られ避わされた。もし同じ事をしたとしも避わされるのが道理、ならば直接攻撃ではなく鬼道系の攻撃で撹乱してやれば…… )

 

 

一護が吹き飛ばされ戦場を弾き出されてもルキアは動じなかった。

正確には動じるという隙を見せることはなく、それは見せなかったと言うよりは見せられなかったという表現の方が適切だろう。

意識を割けば隙が生まれる、そして隙が生まれれば戦いは決してしまうかも知れないのだ、自らの死をもって。

故にルキアは動じず、自分の勝利のための道筋を、その可能性を瞬時に思考し続ける。

それは決して勝利を諦めていない事の証明、敵が強大だという事など関係はない、勝利を諦めず絶えず模索する事がその者に勝利を呼び込むのだから。

 

 

「ハッ! まぁそう気張るなよ、死神。 俺は別にお前と戦う心算は無ぇ。お前に興味は無いんでな…… ただ俺の質問に答えさえすれば何処へなりとも消えて構わねぇし、追いもしねぇよ」

 

(何? 此奴(こやつ)、一体何を……?)

 

 

だがそうして一人気を張るルキアとは対照的に、彼女の目の前に破面は戦いの気配を見せはしなかった。

気当たりはそのままに、おそらく生来のもので御し切れていないかのようなそれを発したままで、しかしその破面に殺気はない。

そして、ただその破面はルキアに質問があると言うのだ。

まるで気安く、道でも尋ねるかのように。

そのあまりの不釣合いに困惑を浮かべるルキア、もしや何かの罠かと疑ってしまった彼女は決して間違いではないだろう。

だが、そんな罠は始めから無く、その破面は本当に只質問を口にした。

 

 

「話は簡単だ…… さっきの死神のガキ、あのガキがヤミーの野郎に殺されそうになった時助けにはいった二人…… 『 ゲタの男 』と『 黒い体術使いの女 』、その二人の居場所さえ吐いてくれればテメェは用済みなんでな……」

 

(ッ!! )

 

 

それを聞くなりルキアは内心僅かながら動揺してしまう。。

確かに自分達が現世へと赴く際、最初の破面侵攻時に一護達の救援のため二人が向かった事は情報として彼女も知っていた。

ゲタの男とは名を『浦原(うらはら) 喜助(きすけ)』、現世にて浦原商店と言う名の店の店長をしているが、その実はとある事件によって尸魂界を追われた死神であり、追われる以前の職は護廷十三隊十二番隊隊長にして同隊技術開発局初代局長を務めた鬼才。

そしてもう一人、黒い体術使いの女の名は『四楓院(しほういん)夜一(よるいち)』、彼女もまた浦原喜助同様追われる身の上。

浦原喜助が尸魂界を追われる切欠となった事件において、彼の逃走を幇助した罪によって追われる彼女は元大貴族。

天賜兵装番『四楓院家』の当主にして四楓院家が代々長を務める隠密機動総司令官と護廷十三隊二番隊隊長を兼務した女傑。

 

その二人を目の前の破面は探していると言うのだ。

理由は定かではない、が、何かしら思惑を持って浦原と夜一を探している事は事実。

ルキアには想像でしかない可能性ではあるが、もしかすれば藍染が障害となる可能性がある二人を排除しろと命じているのかもしれないという考えすら浮かんだ。

そしてその可能性は充分に考えられ、それ故彼女は僅か見せた動揺を即座に仕舞い込んだ。

 

 

「どうだ? 知ってんのかそれとも知らねぇのか、早いとこ答えろ死神」

 

「……もし、私が貴様の言う二人の居場所を知っていたとして、私がそれを素直に答えると思うのか?」

 

「答えるさ。 テメェだってこんな簡単な問答で死にたくはない(・・・・・・・)、だろう?」

 

 

問う破面、余計な時間は使いたくないのか僅か急かすようなそれに、ルキアは是でも否でもなく答える。

戦いにおいて単純な戦力は脅威である。

しかし、それと同等に大事なのは精神力。

強大な戦力もそれを振るう者の精神が追いつかねば、伴わねば腐り果てる。

真に怖ろしいのは冷静な暴力であり、怒りの熱に浮かされたそれは脅威ではないのと同じように、精神を乱した力は往々にして地に堕ちる。

 

ルキアの言葉はそれを誘うもの。

問いは単純、しかしそれを煙に巻くような答えは相手の精神に僅か爪を立てる。

決して傷つける訳ではなく、しかし不快には思う程度のそれ。

だがそれがいい。

不快感とは心にたつ(さざなみ)

小さなそれは時を置く毎に大きくなり、何時しかその精神は戦いの最中荒れていく。

何も純粋に保有する戦力だけが戦局を完全に左右する事は無いのだ。

戦局の外、番外からの一手、搦め手に近いそれもまた戦いには必要なもの。

敵との戦力差を自覚しているルキアには、勝つための手段の全てを用いる必要があり故に彼女はこう答えたのだ。

 

 

だが、そんな彼女の言葉も破面に漣をもたらす事はなかった。

それはどこか確信めいた言葉。

簡単な問答、それは答えに窮する事など無くあるのは是か否かの二つに一つ。

故に単純、迷う事も何も無い只どちらかを答えればよく第3の解など存在しない。

 

こんな簡単な問いで、窮し迷いそして虚言によって命を落とすのは馬鹿だと、その破面は言うのだ。

そしてその言葉は暗にこう言っているのだ。

戦う心算は無いと言った、だがしかし。

 

 

謀ろうとすれば殺す、と。

 

 

言葉に嘘はないだろう。

何故ならその言葉と同時に、破面から吹き上がるものがあったから。

霊圧、簡単に言ってしまえばそれだけの事だがそれでも、吹き上がるそれは強力だった。

まるで大気を焦すような、そんな錯覚すら覚えるその霊圧。

明らかに先程倒した破面と目の前の破面とは次元が違う事を、改めてルキアが認識するのには充分すぎるそれ。

 

だがそれでも、彼女はそこに覚悟を持って立っている。

そしてその覚悟とは、敵を倒すことも然ることながら、朽木ルキアという死神としての覚悟でもあった。

 

 

 

「戯け! 脅しの心算か!例え……例え私が貴様の探す人物の居場所を知っていたとしても、私が貴様にそれを教える事は無い!誰かの命を売って永らえる事など私はしたくない!私の…… 私の死神としての誇りにかけて!例えそれで私が死すとも、私は…… 黙したまま死す事を選ぶ!死神を舐めるな!破面! 」

 

 

 

決意の言葉が響いた。

彼女の決意、覚悟を載せたその言葉。

例え自らが死すとも仲間を売るようなことはしない。

決意、覚悟、そして誇りが彼女にそれを選択させる。

守られるべきは何かを問うた時、今の彼女は自らの“ 命 ”ではなく “誇り ”をとったのだ。

もしものときは永らえる事よりも殉じて死す事を選ぶと。

 

 

「……成程。 死神にも誇りだのなんだのと言う輩は居るらしい…… だがな、テメェが喋らねぇからハイそうですか、と退く程俺は優しくは無ぇよ。吐かせてやるさ、程々に痛めつけてでも……なぁ」

 

 

誇り、という言葉に僅かに反応を見せた破面。

それが誇りある行動に対する敬意か、それとも誇りなどくだらないという事かまではルキアには判断できない。

だがルキアにも判ることが一つ。

この破面が退く気は無い、という事。

話さないというのならば、吐かせると。

黙して死す事すら辞さない覚悟を前にしても尚、吐かせると。

 

一度決めた道、それを曲げずに貫き通そうとするかのような破面。

ルキアが口を割る可能性は限りなく低いかもしれない、だがそれでも、目指す者に最短で届くにはこれが一番早そうだという直感。

そしてその直感を疑わず信じる意志力、瞳、霊圧から溢れるその意思がルキアにも見えていた。

 

 

「だがまぁ、困ったことに痛めつけると言っても俺は手加減が苦手でね……早々死なれても困るだけだ、だから…… 俺に出来る最大限の手加減(・・・・・・・)ってやつをしてやるよ、死神」

 

「なっ!? 」

 

 

破面はごく自然にそれを宣言した。

その宣言は何処までも自然で、まるで疑いも驕りも何も無い純粋な言葉。

 

手加減をしてやる。

 

宣言されたそれは屈辱的な言葉。

手加減をする、という事はある意味本気を出すに足らないと言われている様なもの。

そしてそれは同時に“ お前など敵ですらない ”と面と向かって言われているのと同義なのだ。

今回の場合は死なないようにする、という事が破面の目的でありその為にそれは必要な事なのだろう。

だが、それが判ってしまうが故にその言葉は屈辱感を増す。

 

敵足り得ないのではない、敵ですらなく、丁重に扱われる(・・・・・・・)のと同じ事であるが故に。

 

怒りが沸き立つ感覚をルキアは覚えていた。

敵の心を乱そうとした自分が結果、心を乱しているという状況はあまり褒められたものではないがそれでも。

そうなってしまうだけの屈辱感が彼女には芽生えていたのだ。

しかしそれは同時に研ぎ澄まされた精神を冒す漣。

隙を生む要因であり、あまりにも迂闊な精神の揺れ。

 

それを見せ始めた精神は、奇しくも敵の言葉により静まりを得た。

 

 

「研ぎ澄ませよ。 テメェに死なれると俺が困る。俺に出来る最大限だ…… 心を細くしろ、針よりも細く研ぎ澄ませて穿て、風景(よそ)は見るな、極限に集中して絞って(ほど)くんじゃ無ぇぞ」

 

 

響く言葉はまるで助言にも似たものだった。

ルキアの怒りに沈みそうだった精神が急速に冷えていく。

敵の言葉に、しかしその言葉はルキアに確実に響いていく。

 

目の前の破面が腰の後ろに挿した鍔の無い鉈のような刀を抜く(・・・・)

 

おそらく斬魄刀であろうそれを抜く様が、ルキアにはしっかりと見えた。

意識は手に握った刀と、その刃の切っ先、そしてその先に捉えた敵の姿を一直線に結びつける。

切っ先から細く伸びるのは彼女の意識、集中が高まるのがわかりそれでも尚、集中は高まり続ける。

そこに怒りは無い。

あるのは敵と、自分と手の刀だけ。

そして戦いに向く意思だけだった。

 

敵の言葉によって高まった集中。

いや、引き戻されたと言うべきそれ。

乱した集中が再び波紋一つ無い水面(みなも)へと帰っていく。

何故敵がそんな事を言ったのか、今はそれを考える事すら忘れ、ただ敵である破面へと集中するルキア。

そして、戦いは始まった。

 

 

「くっ! 」

 

 

ルキアから苦悶の声が漏れる。

敵が消えたのは一瞬。

次の瞬間には敵は彼女の目の前へと飛び掛っており、振り被られた刃は彼女目掛けて振り下ろされる。

が、極限の集中の中ルキアはそれに反応し、自らの斬魄刀で振り下ろされる破面の一撃を受け止めた。

甲高い金属音が響く、斬魄刀と斬魄刀、刃と刃のぶつかり合いにより発せられた霊圧は弾け四方へと爆ぜる。

木々を揺らし、家々を揺らし、電柱を揺らし電線を撓ませて。

上段から振り下ろされたそれと迎え撃った白い刃は互いを押し返そうとほんの一瞬であるが拮抗し、そして一方が競り負けた。

 

衝突地点から弾かれるのは黒い影、死神だった。

距離にして10m程か、破面の一撃に耐えかねたのかルキアは後方へと弾き飛ばされる。

が、その姿に傷を負った様子はなく、敵の初太刀は受け止めたと言っていいだろう。

 

 

「そうだ、それでいい。 俺の手加減とテメェの集中、これでチャラってもんだろう…… あぁ、そう言やぁまだ名乗ってなかったな、俺の名はフェルナンドだ。生き残れよ?死神 ……奴等の居場所を吐くまでは……なぁ……」

 

 

余裕を見せる破面 フェルナンド。

彼からすればこれ以上の手加減など無く、これで死なれればそれはもう仕方が無い事。

死神、朽木ルキアからみれば何が手加減なのかわからないそれは、知る者が見れば口をそろえて彼が戦ってすらいないと答えるものだった。

だがそれでも、それでもルキアは弾かれる。

それは生物としての根源的な強度の差であり、自ら最も得意な事(・・・・・・)を封じても尚横たわる川の如く。

 

彼女はいまだ気付けない。

只の一太刀でそれを見抜けという方が酷な話ではなるがしかし、気付いてはいない。

そしてそれに気付く事に遅れれば遅れるほど、彼女は劣勢に立たされる事になる。

フェルナンドの手加減の意味を、彼を知る者からすれば珍しさすらある最大限の譲歩を。

 

 

戦いの夜は今だ続く。

長い長い戦いの夜が、長い長い試練の夜が。

 

 

 

 

 

そして何処かで、空が裂ける音がした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牙を突き立てる意味

 

喉を噛み千切る理由

 

追いすがり仕留める価値

 

お前に無いのは

 

その全て

 

 

黒き瞬き

 

照らせ炎よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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