BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.68

 

 

 

 

音が響く。

 

鋼鉄と鋼鉄の鬩ぎ合い、火花散らすそれは只の鋼鉄同士がぶつかり合うのではなく、更なる殺傷力を高めた一振り。

刀という命を奪うという目的を追求し、何時しかその中に美しさすら内包した、“血と美”の結晶が響かせる音。

振り抜かれ、激突した刃が響かせるその音の強さは振り抜いた者の意を示すかのよう。

打ち倒す、斬る、という意思が存分に伺えるそれは、しかし未だその意を遂げてはいない。

そして何より驚くべきは、その音は刃同士の(・・・・)奏でる音ではない。

一体誰が信じるだろうか、その甲高い鬩ぎ合いの音が奏でられていたのは。

 

 

刃と肌が(・・・・)ぶつかり合う為だ、という事を。

 

 

「くそっ!!」

 

 

打ち込み、止められ、傷はつけられず。

そんな事を幾度も繰り返したのは、黒い着物に橙色の髪をした少年、死神代行黒崎 一護。

手をかざし、止め、弾き返すを繰り返すのは、白い着物に水浅葱色の髪をした男、破面(アランカル)グリムジョー・ジャガージャック。

別段表情を変えもしないグリムジョーに対し、一護の額には薄っすらと汗が浮かび、同時に僅かな焦燥が浮かぶ。

 

距離をとった一護に対し、グリムジョーはただ表情もなくそれを目で追うに留まっていた。

一護からすれば追撃が無いことが不思議ではあったが、現状ではそれは彼にとって好都合。

敵が攻めてこないのならば一気呵成に攻め立てるより今彼に取れる選択肢は無く、故に彼は再びグリムジョー目掛けて突進し、自身の身の丈ほどある斬魄刀を振るった。

たとえそれと同じ行為が、今に至るまでただの一度も敵に傷を負わせていないとしても。

 

より激烈に、より深く強く踏み込み繰り出される斬撃は、回を追う毎にその威力を増してはいるのだろう。

だが、それでも届かない。

キンという甲高い音を響かせる一護の斬魄刀と、グリムジョーの素肌。

 

そう素肌だ。

グリムジョーは振り下ろされる一護の刃にただ手を翳すだけ。

それだけで彼は微動だにすることも無く一護の斬撃を受け止めてしまった。

鋼皮(イエロ)、破面の皮膚にはそう呼ばれる一種の装甲がある。

それは人肌のようでその実堅牢な外皮、そしてその鋼皮は破面の主な防御手段であり、それ自身の霊圧硬度を上回らなければ破面には傷一つつけられないという代物だった。

一護が未だグリムジョーに傷を負わせられない理由は全てそれ。

一護の斬魄刀、斬月の殺傷力よりも尚グリムジョーが展開している鋼皮の硬度の方がそれを上回っている、という事なのだ。

 

左腕の甲で一護の刃を受け止めたグリムジョー。

迫る一護の瞳を真正面から見ていた彼の視線は、ついで自分が片腕で受け止めている一護の斬魄刀へと向けられる。

そしてその顔には僅かばかりではあるが落胆に近いものが浮かび、そして一護の刀を受け止めていた左腕の甲から一息に霊圧を放出すると再び一護をその場から弾き飛ばした。

 

弾き飛ばされた一護は空中を錐揉みしながらも霊子を集め足場を作り、それを削るようにして制動をかけて体勢を立て直す。

その顔には先程よりも濃くなった焦燥が浮かび、息も僅かに上がりつつあった。

 

 

「……オイ、死神。 テメェ舐めてんのか?」

 

 

空中で膝を付くようにしていた一護に、地上から声が投げ付けられる。

視線を向ければそこには先程自分を吹き飛ばした破面、その顔は至極つまらなそうであり、それを怪訝に思う一護をよそに破面グリムジョーは言葉を続けた。

 

 

「俺はテメェをそのまま殺す心算なんか無いんだよ。さっさと出せよ、テメェの卍解。ただの雑魚を皆殺しにするのはつまらねぇ…… ちったぁ抗ってみせろ死神、俺がテメェの全部をぶっ潰してやる。それが出来ないなら死ね! 他の奴等より一足速く(・・・・)……なぁ」

 

「てめぇ……!! 」

 

 

覚悟を決め攻勢に出た一護、しかしそれは何処までも届いていなかった。

グリムジョーの言葉は一護にこう告げているのも同じだった、今のままでは遊びにすら(・・・・・)ならないと。

 

斬月、一護がその手に握る彼の斬魄刀。

鞘も柄も鍔もなく、柄の変わりに握りには晒が巻かれただけの身の丈に及ぶ巨大な刀である彼の斬魄刀。

ただ“斬る”という一点だけを追求し、攻撃力と耐久力だけを高め他の全てを引き替えにしたかのようなそれは、斬魄刀の中でも上位に食い込む攻撃力を有しているだろう。

 

だが、その刃は通らない。

幾度と無く打ち込み、その度に更に深く、強くと踏み込んだ一護の斬撃。

それは敵を斬る、倒すという意思の現われに他ならず、彼がグリムジョーに本気でぶつかっていた証だった。

しかしそれでも届かない。

それどころかその一護の攻勢を、グリムジョーはつまらないと言い放つのだ。

 

グリムジョーにとってこの侵攻の勝利、結果は判りきったものだった。

楯突く者は皆殺し、邪魔する者も皆殺し、敵は全て皆殺して進む、それが彼の生き方。

情けなどかけない、気まぐれすら起きない、立ちはだかる全ては殺して進む、そうすれば後の遺恨などありえない。

残るのは屍と、圧倒的な力の残滓、そしてそらが刻み込んだ恐怖だけ。

だがもしかすれば復讐に燃える者もいるかもしれないが、それはそれで構わない。

何故ならそれもまた立ちはだかる者であり、殺して進むという行動になんら変りはないのだから。

 

 

しかし、立ちはだかるのならば、せめて抗ってもらわねば困る。

 

 

ただ敵を殺すのは呼吸をするより簡単なことだ。

簡単すぎて欠伸出て、感情は波立たず高揚も感じない。

それではつまらない。

立ちはだかるのなら、抗うというのなら、せめて“戦いと呼べる次元”には踏み入ってもらわねば困る。

グリムジョーは一護にそれを求めているのだ、彼は一護が卍解出来る事を知っている。

今その刃が通らないと知りながら、それをしないのは一護の都合かそれとも別の理由があるのか、グリムジョーにそれを推し量る事は出来ず、そしてする心算も無い。

 

抗うのなら、自分を殺すという意思を見せるのなら全力で戦え、それが出来ないのならば死ね。

 

グリムジョーにあるのはそんな簡単な選択肢のみ。

彼はそれを一護に突きつけたに過ぎなかった。

 

 

「どうすんだ? 死神…… 戦って死ぬか、何もしねぇまま死ぬか、さっさと決めろ」

 

 

それは最後通告。

死ぬ、という結末はおそらく決まっている事なのだろう、だがその過程をどうするか、卍解して戦うのか、今のまま死ぬのか、道は二つに一つであり、そのどちらを一護が選ぶかなど決まりきっていた。

たとえ卍解することでアレ(・・)が表に出てこようとも、卍解し続ける事でアレに自分が侵食されるのが判っていたとしても。

 

 

仲間を、護りたい人達を護るにはここでグリムジョー(この男)を倒さねばならないのだから。

 

 

 

瞳は一段と強くなる。

そこに僅かばかりの不安と、更に僅かな恐怖が浮かんではいた、しかしそれ以上に浮かぶのは護るという決意。

そしてその決意の元、一護は覚悟を決める。

大刀“斬月”、右手に握った自らの斬魄刀を前へと突き出す一護。

左手は斬月を握る右手に添えるように、グッともう一度柄を握る手に力を込め、斬月を一護は更に一段前へ突きだす。

霊圧は急速に高まり、内包されたそれはまるで解放の時を待つように膨れ上がっていく。

『 卍解 』、死神という者達が絶え間ない修練の末辿り着く一つの境地。

戦う為に日々研鑽を重ね、霊圧や肉体などの単純な力だけでなく精神的な力、自らの斬魄刀と対話し、同調し、更に自らの分身たるそれを屈服させることで得られる極地の力。

 

 

その力、単純に見積もって現状の5倍から10倍。

 

 

それを持って今、一護はグリムジョーに相対そうというのだ。

突き出された斬魄刀と右腕、霊圧の上昇に呼応するように柄に巻かれて余っていた晒が一護の右腕を螺旋状に取り囲みながら背へと伸びる。

尚も高まる霊圧、青白い光となったそれが吹き上がるように一護の周りを取り囲み、光の壁となっていた。

そして時が、霊圧が、意思が決意が満ちたとき、一護はその言葉をもって解き放った、今自分に出来る究極の一、その姿を。

 

 

 

「……卍、解ッ!! 」

 

 

 

 

言葉と同時に霊圧は爆発を伴って弾けた。

空中に生まれる霊子の渦、その奔流。

それだけで力の増大を知る事ができるような爆発を、グリムジョーは地上から静かに見上げる。

 

 

「……そうだ、それでいい 」

 

 

その顔は、先程よりも鋭く見える。

ここから、全てはここから。

グリムジョーにとってはここからが本物だった。

抗え、抗え死神と。

ただ皆殺しにするのは簡単な事だ、なんの障害もない戦いなど児戯にも劣ると。

俺の往く道、王の道、戦いの道を塞き止めて見せろと。

抗い、立ち塞がり、そして俺に殺されろと。

 

グリムジョーの内に住ま獣が吼える。

これから始まるものが殺し合いとなるか、それとも一方的な殺戮となるか。

結末など誰にも見通せるものではなくしかし、戦いは始まろうとしていた……

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ウラァァ!! 」

 

「くっ! 」

 

 

言葉と共に振り下ろされた刃は相手を捉える事無く空を斬り、そのまま地面、アスファルトで舗装された道路へと直撃し叩き割って亀裂を生んだ。

後方に飛び退いてそれを避わした黒い着物の死神は、白い着物の男が刃を地面に叩きつけた瞬間を狙い駆け、男目掛けて突きを繰り出す。

しかし突きは頭を逸らした男によって避わされ、かわりに跳ね上がるようにして下から死神目掛けて刃が跳ね上がった。

跳ね上がった刃は死神の黒い着物を僅かに裂き、しかし肉までは届かず死神は再び距離を置く。

 

黒い着物の死神 朽木ルキアと白い着物の男、フェルナンド・アルディエンデの戦闘は、決め手を欠き長引いていた。

 

 

「やっぱりそう簡単には当たらない……かよ。これだから刀ってのはいけねぇ、まぁコイツがそれ様じゃない(・・・・・・・)ってのもあるが……な。……だがもう少しか?息が上がってきたようだぜ?女 」

 

 

距離を置いたルキア、その前ではフェルナンドがどこか愚痴めいた言葉を吐いていた。

右に左にと刀を投げるようにして遊びながら、その都度握りを確かめるようにしているフェルナンド。

まるで久しぶりに握った(・・・・・・・・)とでも言うかのようなその行動、実際彼は久しぶりにその刀を握り戦っているのだが、ルキアにそれを知る術はなく、彼女からすればその行動は余裕の現われに見えただろう。

なによりフェルナンドの指摘どおり、ルキアの息は上がり、呼吸も浅くなりつつある。

対して運動量はおそらくルキアを上回ってるにも拘らず、息一つ乱さないフェルナンド。

種族、肉体の強度を考えれば当然なのかもしれないが、それもまたルキアには余裕の表れと見えていた。

 

 

(なんという力だ…… 斬撃の威力、一撃の鋭さも気をつけねばなるまい。これが破面…… やはり先程私が倒したものとは次元が違う。認識が甘かった。 だが……)

 

 

乱した息を整えながら、視線は外さずフェルナンドを注視するルキア。

一護と別れ、戦闘に移行してからの事を彼女は頭の中で整理していた。

敵、フェルナンドと名乗った破面は、その発する霊圧に見合った圧力を持って彼女を攻め立てていった。

手に持ったおそらく斬魄刀であろう鉈のようなそれを振るい、鋭い一撃を持って彼女を追い立てるフェルナンド。

その刃の一撃は圧倒的膂力から来る威力を有し、ルキアの身を切裂かんと迫り続ける。

迫り来る刃を避わしながら反撃を試みるルキアではあったが、刃自体は完全に見切られており、かといって鬼道を発動する隙もなく状況は膠着、いや、攻め立てられている分彼女の方が若干不利ともいえた。

 

だが、そう思う中彼女には引っ掛かるような違和感が残り続けていた。

 

 

(だが鋭さ、威力に対して剣技はどこか不釣合い。鋭さも二撃三撃と続くうち次第に褪せていく…… なんなのだこの違和感は、 発する気配に対して圧倒的に伴わない…… 誘いか、或いは膂力に任せて戦うのが破面達の戦い方なのか…… )

 

 

そう、ルキアが戦闘開始時より程無くして感じ始めた違和感、それは不釣合い(・・・・)という感覚。

発する気配、霊圧、その他全てにおいて目の前の破面は明らかに強者、しかし、振るわれる剣にだけはそれを感じないと。

確かに鋭く、威力も充分なそれは命を奪うには足るものではある、だが何かが違うと。

 

強いて言えばそれは恐怖。

フェルナンドの刃からルキアは恐怖を感じなかった。

だが恐怖といっても命を奪われる、という事に対するものではなく別のもの。

強者、剣技を極めた者の刃には、吸い寄せられるような美しい殺意が乗るのだ。

 

まるで誘われるように、刃が迫ってくるのではなく自分がそれに吸い寄せられ、斬られる事を望んでいるかのような感覚。

無論実際そんな事はありえない、だが戦いの中でそう感じていしまう事。

描かれる軌道に、極められた超一流の皇かさに、誘蛾灯にどうしようもなく引き寄せられてしまう虫達のように、吸い寄せられるそれは美しく、同時にこの上ない恐怖、魅入られるという恐怖なのだ。

 

しかしルキアはそれをフェルナンドの刃に見ることはなかった。

 

それがルキアの感じた不釣合いさ、とでも言うべき感覚。

放つ強者の気配に対して圧倒的に釣り合わない刃の冴えの無さ(・・・・・)、鋭くはある、威力もある、だがそれだけ。

言ってしまえば斬られる気がしない(・・・・・・・・・)のだ。

あの刃が自分を完全に捉え、斬り伏せる光景を想像出来ない。

自分に対して消極的な場面を想像したくないのではなく出来ないという事実、それが違和感、どうしようもない違和感なのだ。

 

 

(考えた所で答えなど出ない…… ならば、この違和感を自らの好機とするより他無い!いや、おそらくこれだけが千載一遇の好機!)

 

 

意を決したルキアが動く。

罠の可能性は未だ捨てきれず、勝機と言うには拙いものかもしれない。

だがしかし行く。

進まねば、僅か見えるだけの光明でも前に出ぬ者に勝利は無く、躊躇えば時期を逸し水泡に帰す。

故に行く、戦いとは常に紙一重、それを潜り抜けてこそ勝利は手中となるのだから。

 

 

「縛道の二十一! 赤煙遁(せきえんとん)!」

 

 

ルキアが叫ぶと同時に彼女の周りに赤い煙が立ち昇り、それは瞬く間に増えフェルナンド諸共辺りを飲み込んだ。

煙が迫ってもフェルナンドに動じた様子はなく、ルキアの姿を見失いながらもその顔に焦りはない。

 

 

(目眩まし……か。 普通ならこのまま逃げるんだろうが、それなら始めからそうしてる…… ってぇ事はこれに乗じて殺りにくる、と見た方がいい……か。ククッ)

 

 

そう、この場においてこの煙が意味するところはつまりそういう事。

遁走と奇襲、現状において敵が取るであろう選択肢は二つ。

しかし逃げる事が目的ならば、戦いが始まる前にそうするべきであり、“誇り”を口にするような類の人間にそれは考えづらいと、フェルナンドは踏んでいた。

故に残るのは奇襲、煙に乗じ姿を暗まし、襲い掛かる心算なのだろうと。

だがそれが判っていてフェルナンドに焦りはない、元々今彼に敵の死神、ルキアを殺す心算はあまりなかった。

情報を聞き出す、吐かせる事が目的である今の彼にとって殺してしまえばその価値は無い。

故にこうして今自分に出来る最大の手加減(・・・・・・)をしながら戦っており、敵が優位に戦いを進めようとするのは寧ろ歓迎される事。

そう、歓迎するべき事なのだ、敵の優位、敵の力が増せば増すほど。

 

 

うっかり殺してしまう確率は減るのだから。

 

 

赤い煙の中、右手に刀を持ち特に構えも取らずに立つフェルナンド。

元々彼に刀の構えなど無く、それに対して修練を積む心算も無いまま今に至っていた。

所詮彼にとって刀は選択肢の一つ、それも低い選択率のものでハリベルとの修練も最低限のもので留まっており、剣士には到底及びはしない。

故に自然体、敵の存在に反応する形でしか今は刀を振るえない状況下で、無意味未熟な構えは余計に大きな隙を生むだけなのだ。

 

僅かに時を置き、そして次の瞬間煙に影が掛かる。

目の端でそれを捕らえたフェルナンドは、片腕を、刀を持った右腕を振るいそちらを縦に斬り付ける。

彼の右側、刀を振りぬいた威力だけは強力な斬撃によって煙が吹き飛ばされ、そこに見えたのは黒い影、死神朽木ルキアの姿。

しかしフェルナンドの斬撃は彼女を捉えてはおらず、紙一重で避わされていた。

その光景にニィと口の端を吊り上げるフェルナンド、やはり奇襲かと、自分の予想が当たった事も然る事ながらルキアが逃げずに立ち向ってきた事にその笑みは零れていた。

 

だがそんなフェルナンドの笑みはルキアには何の関係も無く、彼女は自分の光明を見つけるべく進むのみ。

案の定、赤煙遁による目眩ましで敵の斬撃は荒れていた、目視して敵目掛けて振り下ろすのではなく気配を感じた方に叩きつけただけのようなその斬撃、避わすのは容易であり、斬撃後の体勢も崩れた敵の懐に入るのもまた容易。

水平に構えられた自身の斬魄刀、溜めは既に成され後は振りぬくのみの状況。

詠唱破棄した鬼道ではおそらく倒せない、かといって詠唱の時間は流石に無く袖白雪(そでのしらゆき)の技は現状では隙がやや大きい。

故に斬撃、それも敵に一撃で致命傷を与え尚且つ、もし倒せずとも敵が退くに足りる傷を与えられる場所、首目掛けて斬撃を放つ事。

敵の剣に陰り、ないし隙があるのならばそれを掻い潜り斬る、ルキアが好機と捉えたそれは今成されようとしていた。

 

 

「甘ぇよ! 女ぁ!! 」

 

 

だがフェルナンドがそう簡単にそれを許す筈も無い。

地へと叩きつけるような斬撃、それを打ち込んだ体勢から無理矢理手首を返し、やや後ろに倒れるようにして体勢を作ると刃は再び跳ね上がるようにルキアへと向かおうとする。

それは剣技でもなんでもない、身体操作と力にものを云わせただけの攻撃。

流麗、などという言葉は断じて浮かばないような、無骨さだけの剣がルキアに迫ろうとしていた。

 

 

「縛道の四! 這縄(はいなわ)! 」

 

「!?」

 

 

しかしルキアもまたそれを予見していた。

一つ前の攻防で敵が崩れた体勢からでも剣を振るえる事は判っていた、故に返す刀が襲い来る事も想定され、対処法は既に彼女の中にあったのだ。

言葉と共にフェルナンドの刃に霊子で編まれた縄のようなものが無数に巻きつき、地面へと刀を縫い付ける。

それは時間にすれば一瞬の事だろう、如何に無数の縄であろうとも所詮は霊子、フェルナンドが力を込めれば引き千切ることは容易。

 

しかし、その一瞬というものが戦いでは命取りなのだ。

 

何故ならフェルナンドが刀を拘束され、迎撃を妨害されたその一瞬でルキアの刃は彼に届く。

ほんの一瞬の差、しかし生死を別つ一瞬の差、ルキアが見つけた僅かな光明。

所詮は奇襲、避けられず止められなければ自分を危うくする綱渡り、しかしそれだけが彼女の勝機。

 

 

「甘いのは貴様の方だったな、破面 」

 

 

甘い、と。

何の策もなく敵の懐に踏み込む者などなく、事態は想定し対処してこそ。

その点で言えばルキアはよくやったと言える。

よく考え、決断し、実行する、それを一瞬のうちにやってのけるのは才覚のある証拠だろう。

故にこの状況、あとは敵の首を刎ねられるかどうかにかかってくるがそれでも、この状況は彼女の勝利に近い光景だった。

自らが引き寄せた勝機を、彼女はものにしたと思っていた。

 

 

 

 

 

 

フェルナンドが、その手に握った刀から手を離さなければ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

(なに!? だが!)

 

 

戦いの最中、自らの武器から手を離すという行為。

それを視界に捉えたルキアに困惑が奔る。

ありえない事だった、少なくともルキアにとってその行為はありえない、ある筈のない行為。

だが目の前の破面はそれを苦も無く行った、それもあっさりと、何の躊躇いもなく。

武器を捨てた事よりも寧ろルキアを困惑させ、驚かせるのはそれ。

欠片の躊躇いも見せない即断、武器というものにまったく固執しないような素振り。

 

だがしかし、そうだとしてルキアが決定打を放とうとしている事に変りはなく、武器を捨て何かしらの防御をしたとて傷は免れない筈と、ルキアは止まらずに握りへと力を込める。

後は振りぬくのみ、間に何が入ろうが関係なく全力で振りぬくのみなのだ。

何故なら勝利は目前なのだから。

 

 

 

そして彼女は自身の刃を振りぬこうとするその時おかしな感覚に晒された。

 

景色は急速に色あせ、それどころか色を失い黒に塗り固められる。

何も見えない暗闇、戦いを決する、少なくとも彼女がそう思った瞬間にそれは襲ったのだ。

その目には映らないものの敵は刃を離し体勢は崩れ死に体、自分は斬魄刀を構え力を溜め、後は振りぬくのみという瞬間に。

それがなんなのかルキアは理解できなかった。

だがそれでも、振りぬこうとする動作を彼女はやめない。

決さなければ、勝たなければという意思、覚悟が彼女を事の外後押しするかのように。

 

 

 

そして次の瞬間、不意に視界が戻り気が付けば彼女は、今し方眼前にいたはずの破面フェルナンドから、ある程度離れた場所まで知らぬ間に移動していた(・・・・・・)

 

 

 

何が起こったのかルキアには理解できなかった。

見ればフェルナンドの方は散り散りとなりつつある赤煙遁の残滓、地を覆うようなそれの中で地に膝を付くようにしており、顔は俯きがちで表情はよく見えない。

何故敵が膝を付いているのか、それよりも何故敵に攻撃を見舞おうとしていた自分が、こんなにも離れた場所に移動しているのか。

少なくともそれはルキア自身の意思でも、また彼女の無意識でもなく。

驚愕する彼女はその声が掛かるまで自分とフェルナンドの間に、自分達以外の人影がある(・・・・・)事に気が付かなかった。

 

 

 

「どうやら、間に合ったようじゃのぉ。 無事か?ルキアよ ……」

 

「よ、夜一殿…… 」

 

 

 

夜の闇に煌くは月光を受ける黒髪。

長い黒髪は一つに結わえられ、風を受けて僅か揺れていた。

肌は艶やかで褐色、身体つきは女性らしさを存分に感じさせながらも引き締まり、すらりと伸びた手足は美しさと同時にしなやかさと強さも併せ持つように見える。

釣り目がちの目元、口元に浮かべた笑み、そして身のこなしからどこか猫科の生き物を思わせるその人物。

その女性の名は『四楓院(しほういん) 夜一(よるいち)』。

尸魂界(ソウルソサエティ)にて四大貴族と称される内の一つ、四楓院家の第22代当主にして同家が代々長を務める組織、隠密機動の総司令官、更には護廷十三隊二番隊隊長すら兼務して見せた女傑こそ彼女であり。

 

そしてフェルナンドが現世へと足を運んだ最大の理由でもあった。

 

 

「な、何故夜一殿が…… いや、それ以上に何故私を彼奴から引き離したのです!?あのまま行けば最悪決着は望めずとも、退かせる程度の手傷なら負わせられた筈……」

 

 

そう、ルキアがフェルナンドから自らの意思でなく離れ、敵が膝を付きそこに夜一が現われた。

状況から見れば子供でも判る過程、それは夜一がルキアを彼女が気付かぬうちにフェルナンドから引き離し、去り際にフェルナンドに何らかの一撃を見舞った、という事。

少なくともルキアが推測した事は彼女の物差しの中でなんら間違いではなく、正しい事だろう。

あの視界を奪ったかのような感覚も夜一によるものであり、それ故に自分が打ち込む前に彼女に引き離されたのだろうと。

結果からの推測、今という状況に辿り付く為の過程、その想像。

それになんら間違いはない、その行動自体になんら間違いはない、だが、その想像には間違いがあった(・・・・・・・)

 

 

「手傷? 馬鹿者、よく見るがよい。 もし、あのままおぬしが打ち込んでおれば、ああなっていた(・・・・・・・)のはおぬしだったのだぞ……?」

 

「なに……を……? 」

 

 

思いもよらぬ言葉にルキアに困惑の表情が浮かぶ。

いまだ構えたままの自分、その先に居るのは膝を付いた敵、間に立つ夜一。

その夜一の言葉、そして視線に促されるようにルキアは再び敵へ、フェルナンドへとその視線を向けた。

相変わらず赤い煙の中膝を付いたようなフェルナンドの姿、ルキアには不意の攻撃を受け思わず膝を付いたように見えていたそれは、煙が晴れる毎にその様相を変えていった。

 

最初に見えたのは褐色の肌だった。

フェルナンドのそれとは明らかに違う色の肌、正確には腕が見え、フェルナンドに絡め取られる様にしているそれは、煙が晴れるにつれ肘から歪に折れ曲っている事が見て取れた。

ついで見え始めるのは地面、アスファルトで舗装された黒い地面は赤い煙が晴れたというのに未だ赤いまま、それも煙ではなく赤い液体(・・・・)によって塗りたくられたように。

そして見え始める全様、フェルナンドの膝は地面についていたなどという表現は生易しく地面に突き刺さる(・・・・・)ようで、その傍らには彼以外にもう一つ“何か”があった。

 

足があり、正常な腕とそれとは逆に折れ曲がっているが腕があり、それらが繋がる胴があり胸があり、ただ首から先が無い何か(・・・・・・・・・)、が。

 

最後に僅か残っていた赤い煙も晴れ、全てが顕となる。

最後に残っていた煙、それに覆われ今姿を現したのは、首から離れ路傍に転がる石の如く。

 

 

ただ薄っすらとその目をあけ、まるでルキアを見ているような、血に濡れた夜一の頭だった。

 

 

「ッ! 」

 

 

声にすらならない驚きがルキアを撃つ。

目の前に立つ夜一、しかし屍をさらす夜一。

目の前の出来事があまりに衝撃的で、常軌を逸した光景過ぎて、ルキアは正常な思考を失い混乱する。

だがそれも仕方が無い事、如何に戦いを生業とし死と隣り合わせである死神とて、いきなり生首、それも目の前で今し方話をしていた者のそれを見れば動転もするだろう。

だがそんなルキアの動転など他所に、夜一は淡々と全てを説明していく。

 

 

「心配せずともあれは儂の義骸(ぎがい)じゃ。喜助のヤツが寄越した携帯用義骸、の試作品らしいがの。おぬしを助ける為の“空蝉(うつせみ)”に使っただけじゃ。 ……まぁ、自分の死に様を見る、というのはあまり気分が良いものでもないが……のぉ……」

 

 

簡潔に語られたそれ、眼前に転がるモノは自分の義骸であり、お前を助けるための身代わりにしたと。

そしてその言葉はこうも取れる、もし自分が割って入らなければあそこに転がる首はお前のものだった、と。

敵はただ膝を付いていたのではなかった、ましてや攻撃を受けた訳でもなかった。

敵が、フェルナンドが膝を付いていた理由、それはそれ自体が攻撃だったから。

 

それは如何なる動きか。

無抵抗とはいえ義骸の腕を投げを打つと同時にへし折り、その勢いのまま自身の膝を敵の首に叩き落す事で首の骨を折り、そのままの勢いで切断まで行った所業。

よくよく見れば俯く顔には、つりあがりながらまるで牙を剥く様な笑み、目は獰猛に敵を射抜く獣のそれ。

気配は先程までが嘘のように更に燃え盛り圧を増し、大気に悲鳴を上げさせていた。

発せられるそれは尋常ではなく、とても抑えられるような代物では無いとさえ感じられる。

 

 

「不用意じゃったの、ルキアよ。 敵の目を封じ、武器を封じたまでは良かったが…… 覚悟に引き摺られて自分が感じた死の恐怖(・・・・)に飛び込もうとするとは…… そこに飛び込まねば得られぬものがあるのも確かじゃが、それは切り抜けられる実力がある者だけが出来る事、おぬしにアレの相手は…… 荷が勝ちすぎる…… 」

 

 

そこでようやくルキアは本当の顛末を理解した。

最初に視界を覆ったのは夜一の術でもなんでもなく、ただ敵が発した気に感じた自らの死の予感。

ただそれが圧倒的過ぎて、まるで自分が暗闇に鎖されたように感じたというだけの事だったのだと。

死の恐怖、それを目の前にしながらもただ敵を倒せるという思いだけが逸り、結果夜一が割って入らねば自分は死んでいたと。

更には視界に再び捉えた敵が膝を付いている事、夜一が居るという事で勝手に敵が倒れたと思ってしまっていたと。

あまつさえ自分が決着をつけられた戦いだった、などという愚かに過ぎる台詞を吐いたという事を。

 

なんという甘さか、とルキアは唇を強くかむ。

敵は確かに最大級の手加減をしていたのだと。

敵のそれを測れず、助けられ、命を救われ、その重大さに気付かずに不満を顕とする。

なんという甘さ、なんという未熟かと。

敵の刃に冴えが無く、斬られる姿も想像できず、故に彼女は高をくくったのだ。

技術の伴わない敵である、と。

その愚かさ、甘さ、未熟さ、ともに慢心ともいえるそれが今、彼女に跳ね返り重く圧し掛かっているのだ。

彼女の生真面目さ故に、愚直すぎるが故に許せないのだろう、自分のその愚かさが。

 

 

(まったく、兄妹そろって真面目が過ぎよう……)「……ルキアよ、そう自分を責めるでない。現にオヌシは一体敵を倒しておるのだ、上出来と思え、ただ・・・アレは少々次元が違うようじゃから……のぉ……」

 

 

自らの愚を責めるルキアの姿、夜一にはそれが彼の兄、朽木白哉に通ずるものがあるように見えた。

血の繋がりは無いこの兄妹、しかしこんなところは似ずとも良いのにと。

小さな溜息の後、ルキアを気遣う夜一だったがゆらりと立ち上がった敵の姿を捉えると、意識はそちらへと集中させる。

当然だ、仲間を気遣うために気を割いて殺されては、自分がかつて背負った名が泣くというものだろう。

 

 

「どうやら話は終わったらしい……な 」

 

「なんじゃ、待っておったのか? 破面というのは意外と律儀なものじゃのぉ。……それとも、武器で態と加減をして敵を油断させ、緩んだところを仕留めようとする卑劣な輩……かのぉ?」

 

 

立ち上がったフェルナンド、先程までの獰猛な笑みは治まり常の皮肉気なそれに戻った彼。

一頻りルキアと夜一の会話が終わったと判断し、声を掛けた様子だった。

それに対し、夜一はやや意地の悪い顔でフェルナンドへと対する。

だが、その言葉の中には探るように、また威嚇を込めるように強い意思が込められていた。

 

 

「ハッ! 加減なんかしちゃいねぇさ。 刀を使えば(・・・・・)あれが俺の限界、って事だろう。それを攻めたあの女に間違いは無ぇ…… ただ、あの女が刀を封じるもんだから、つい普段の方(・・・・)が出てきちまった。それだけの話さ、まぁ更に言えばアンタが出て来たせいで少しばかり気が入りはしたが……な」

 

「ほ~ぅ。 その口ぶり、まるで儂を探していたようだのぉ。生憎と破面に知り合いは居らん筈じゃが……?」

 

 

夜一の言外の威嚇や牽制もフェルナンドには意味を成さない。

ただルキアの行動に間違いは無いと答えるフェルナンド。

剣の実力が追いつかず、それを鋭くはあるが振り回すのみの敵を前にした時、ルキアの選択はそれほど悪いものではない。

だがしかし、刀を封じれば勝てるというその一点が間違っていたのだ。

何も手に持ったものだけが、長く、鋭く、硬く強い武器だけが、敵を倒す術ではないというのに。

 

死神側に何らかの動きがあったことはフェルナンドにも判っていた。

だが刀で戦い、そしてその刀を封じられた事は存外彼にとってストレスとなっていたのだろう。

そして刀を封じられ、意味を成さなくなったそれに彼は執着しない。

何故ならそれ以上の武器を彼は手にしており、溜め込まれた意識外のストレスは解放を望んでいた。

故にそれが何であれ叩き付けねば気が済まず、ただ本能のあるがままに殺気も闘気も何もかもを解き放ち、それにぶつけたのだ。

 

投げる、折る、極める、そして殺す。

彼が理想とする一つの形、彼が編んできた名も無きそれら。

それを叩きつけられた人型は無残にも屍とかし、しかし彼にとってそれは僥倖。

何故なら彼が殺した人型は彼が求めていた人物そのままで、そしてその人物はいまだ彼の目の前に立っていたのだ。

 

僥倖、何たる僥倖。

結局のところ聞き出すことは叶わなかったがそれは瑣末。

目的は聞き出すことの先、その人物と対峙する事でありそれは今成された。

故に瑣末、瑣末であり僥倖。

フェルナンドの現世侵攻の目的はその半分は達成された、と言っていいほど。

 

後はここから。

そしてここから先は何を弄する必要も無い。

ただ見てみたい、自分の目で。

ただ味わってみたい、自分の肌で。

ただぶつけてみたい、自分の鍛えたものを。

 

それが通用する、しないの話ではない。

すれば良し、しないのならばするようにすればいい。

目指す形を得るための糧、そう糧なのだ全ては。

 

 

 

「探してたさ、アンタを。 判るんだろう?体術使いのアンタなら。俺がどういう類の男か、アンタに何を求めているかを…… 魅せろよ、死神の体術を。 知りてぇのさ……どっちが強ぇのかがよぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬きは刹那

 

修羅が嗤う

 

翻る黒衣

 

しかし届かず

 

舞い降りる双璧

 

夜が明ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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