BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.69

 

 

 

 

 

肌が粟立つ感覚。

霊圧は強大ではあるがしかし、それ以上にその男が発する気配に場は支配される。

殺意と歓喜、そして知りたいという純粋な好奇心。

無邪気さと狂気という相反するものがその気配には混在し、それを発する男の顔は何処までも獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

(なるほど……のぉ。 気質は更木(ざらき)の奴に近いようじゃ。やりにくそうじゃのぉ…… )

 

 

その敵、破面 フェルナンドを目の前にし、夜一は内心でそう零す。

彼女が見立てるに目の前の破面は純粋に戦いを望む類に見え、その他の事、例えば使命であるとか他者と足並みを揃えるといった事は考えないであろうと。

戦うことを目的とし、その為ならば、求めるものを手に入れる為ならその他全てを斬り捨てる事に、なんら躊躇いを見せない。

そういう類の男であろうという事。

 

つまりは“ 戦闘狂 ”の類なのだと。

 

戦いに狂う獣、目の前にいる男からその気配を存分に感じた夜一、そしてその気配は彼女が知る尸魂界(ソウルソサエティ)きっての戦闘狂である護廷十三隊十一番隊隊長、更木剣八に近いものであった。

 

その更木 剣八に似た気配を放つ破面フェルナンド。

嬉々として歪む口元、爛々と殺気を漲らせる瞳、尚発せられる霊圧、そして闘気。

殺る気に満ち満ちていると言ってなんら間違いは無いその気配、故に夜一はやりにくさを感じていた。

 

元々言葉でどうにかなるとは思っていなかった夜一、しかし目の前の敵は更に性質が悪い事に戦いに餓えた獣。

しかも自分を探していたという敵の言葉を信じれば、この機会は彼にとって千載一遇。

易々と逃がす手は無い、というものであろう。

現に敵の気配が、そして言葉がそれを裏付けている。

 

 

(知りたい……か。 儂の事を体術使い(・・・・)と呼び、死神の体術を見せろと言い放ち、そしてあの見た事も無い組技…… おそらくは向こうも白打(はくだ)の使い手、という事であろう)

 

 

僅か発したフェルナンドの言葉、見せられた奇怪な組技、そしてソレを使う者独特の気。

それらを鑑みて夜一は目の前の敵もまた自分と同じ白打、体術の使い手であろうと予測する。

 

斬拳走鬼(ざんけんそうき)、という言葉がある。

これは死神の基本的戦闘術を端的に表した言葉とされ、斬は斬魄刀、走は歩法、鬼は鬼道を示す。

そして拳は白打と呼ばれ、斬魄刀を用いずに五体、拳や蹴りを用いての戦闘術を示すのだ。

四楓院(しほういん) 夜一(よるいち)はその白打の使い手である。

斬魄刀を携行せず、己の拳と蹴りを持って敵を打ち倒すのが彼女の戦い方。

彼女が総司令官を務めていた隠密機動と呼ばれる組織では、斬魄刀戦術も然る事ながら白打での戦闘にも重きを置いており、その中で彼女は屈強な男の隊士が束でかかろうとも、掠り傷一つ負わせる事すら出来ないほどの使い手であった。

 

 

その彼女を前にフェルナンドはどちらが強いのかを知りたいと、それを知るために自分と戦えと言い放つのだ。

フェルナンドに夜一の経歴を知る術は何一つない。

だが彼にとってそんなものは瑣末の極み、過去の経歴が何だというのだと、自分に必要なのは今だけであり、自分が見たヤミーを打ち据える彼女の姿こそ必要なのだと。

自分と同じようにただ敵を殴り、蹴り、殺す事だけを追い求めてきた術。

当然自分よりも長く、それこそ気が遠くなるほどの大昔から追及されてきた技の大系、それを扱う者。

 

知りたい、味わってみたい、出来るならその全てを。

 

ただ力を、戦い、求めるための力を欲するフェルナンドだからこそ欲する。

求めるのは戦い、そして自分をより昇華させるのもまた戦い、そして昇華とは新たなものに触れる事で起こる進化だ。

フェルナンドには自分の体術が、敵を打ち殺す為のそれがまだまだ伸びる確信がある。

確信もまた力、自分の力を疑わぬ意思、そして力とは意思あってこそ初めて目覚める。

その為の引き金を、何かしらの切欠をフェルナンドは求めているのだ、夜一がもつ技の中に。

 

 

「さぁ、やろうじゃねぇか。 こんな人形幾ら殺した所で意味は無ぇ、殺し殺されるギリギリの中でこそ磨かれるものがあるだろうが、極限の中だからこそ視えるものがあるだろうが……その為に、俺と戦ってもらうぜ?体術使い 」

 

 

フェルナンドは這縄に捉えられ手放した斬魄刀を再び握り、苦も無く霊子の縄を引き千切ると刃を鞘に納める。

そしてゆっくりと常の構えを、本来の彼の構え(・・・・・・・)をとった。

瞬間ルキアには彼から発せられる闘気が増したように感じた。

ここでルキアは再び自分が如何に手加減をされていたかを理解する。

最大級の手加減、フェルナンドが言ったそれにおそらくは嘘はなかったと。

武器を抜き放ったときの姿とは比べ物にならない、そこに隙など無くこちらから打ち込める気もしない。

いくら近付こうともどこか斬られる気がしない様だった彼の間合い、しかし今の彼を見ればそんな考えは微塵も浮かばない。

打ち込める気がしないのは何も隙が無いからだけではないのだ、打ち込めない理由、それは打ち込めば殺される気がしてならない為。

今し方首と胴が離れた夜一の義骸を見てしまったが故、その思いは尚の事強いのかもしれない。

 

 

「ルキアよ、下がっておれ……」

 

「し、しかし夜一殿…… 」

 

「異論は認めん、早くせよ。 ……おぬしを庇って戦える程、今の儂に余裕は無い(・・・・・)・・・・・・」

 

「ッ!! 夜一殿、やはり御身体が……」

 

 

敵は既に臨戦態勢、それをして夜一はルキアにこの場から退くように命じた。

ルキアも食い下がりはするが後に続いた夜一の言葉に息を呑む。

 

余裕は無い。

 

それはある意味敵に対する最大級の褒め言葉。

余裕を持ってあたる事は出来ない、余力を残す事は叶わない、死力をもってして対さねばならない。

ルキアは夜一の言葉にそれを感じたのだ。

 

そしてルキアは知っている。

夜一が余裕は無いという言葉を選んだ本当の理由を。

それはただ敵、フェルナンドの実力が見過ごせぬものであるというだけではないのだ。

何故なら彼女は今、万全の状態ではない(・・・・・・・・・)為。

それを知る故ルキアにはより夜一の言葉は重く感じられる。

万全ではない彼女、そして自分が居る事で夜一の足枷となる、それが今の自分なのだと言う事、その事実を苦々しく思いながらルキアは「御武運を」という言葉を残し、その場から離脱した。

その手に血が滲むほど、強く拳を握りながら。

 

 

「待たせたのぉ。 破面よ…… 」

 

「ハッ! あの女はもう用済みだ。 居ても居なくても大差は無ぇが、消えてくれるんなら黙って見てるさ」

 

「そうか…… 」

 

 

ルキアが去って後、夜一はフェルナンドと相対した。

瞳は幾分か鋭さを増し、気も滲む。

対するフェルナンドは既に万端、今か今かと戦いの時を待っている。

 

 

いや、待っている(・・・・・)訳が無かった。

 

 

つい先程まで夜一が居た場所の地面が放射状に陥没する。

中心にあるのは裸足の踵、フェルナンドが叩きつけた彼の踵だった。

そう、戦いはもう始まっていたのだ、姿勢を低くまるで地を這うような体勢のフェルナンド。

瞬時に跳び上がり全体重を乗せた踵落としは、大地を易々と陥没せしめたがしかし、夜一を捉えてはいなかった。

 

 

「いきなり仕掛けて来よったか…… 」

 

「速い……な。 だが今のを卑怯だ、とでも言う心算かよ」

 

「まさか、言う筈がない。 戦いとはそういうもの(・・・・・・)じゃろう」

 

 

先制攻撃を仕掛けたのはフェルナンド、しかし夜一はそれを避わしていた。

その動きはフェルナンドが零したとおり速く、余裕が無いといいながらもそうは見えないものだった。

だがそれは当然の事、夜一からすれば当然の事なのだ。

 

“ 瞬神 ”

 

彼女がもつ二つ名である。

歩法に精通し、何者もその影を踏む事叶わぬとまでうたわれたのが彼女、四楓院夜一。

如何に今の彼女が万全ではないと言えども、ただ敵の攻撃を避わす事など容易い事であった。

 

突如としての攻撃にも対応して見せた夜一。

いきなり襲い掛かってきた様なそれではあったが、事無く。

それを卑怯だ、と言う事も無かった。

 

そもそも戦いに始まりと終わりの明確なものなどない。

これは遊戯でも試合でもなく戦場、殺し合いの場。

そこに始まりの合図は無く、突如とした攻撃にさらされてそれを卑怯と喚き散らすことは、愚を曝すより更に滑稽で愚かな事でしかない。

戦いとは一瞬の積み重ね、それを掻い潜りつつ敵を倒す事こそが戦い。

要は気を抜いていた方が間抜け、という事なのだ。

 

 

「そうさ! 殺し合いに卑怯なんてもんは無ぇ。テメェの矜持が許す全てが有効だ!アンタが速ぇのは判った、じゃぁコッチもちょっとばっかし上げていくぜ」

 

 

少しずつ昂ぶっていくフェルナンド、大地を蹴るようにして夜一との間合いを詰め、肉薄する。

その言葉通り先程よりもその攻撃は鋭く、速く、そして途切れなかった。

上段、中段、下段への蹴り、拳による打撃、打ち、払い、突くといった一連の全てがめまぐるしく夜一に襲い掛かる。

それは最早拳足の暴風に近かった。

吹き荒れるそれは間合いに入った全てを粉々に打ち崩すかの様、その拳足の嵐の中、夜一はその事如くを避わしていた。

身に迫る事如くを、軌道を逸らし払い或いは身を反らし避わし続ける夜一。

 

 

(凄まじい威力じゃの…… 払うだけで腕が持っていかれそうじゃ。更に暴れているようでその実、鋭く急所を狙う一撃が端々に隠れておる…… そしてこれだけの攻撃をして息一つ切らさず、それどころか嗤っておるとはのぉ…… )

 

 

フェルナンドの猛攻を掻い潜り捌きながら、夜一は冷静に見極めていた。

敵はどちらが強いのか知りたい、というだけあってやはり白打に長けていたと。

猛攻の中それぞれが強力な一撃でありながら、その中でまるで殺意の塊のような一撃が急所目掛けて飛んでくる。

虚実の攻撃、実の一撃を隠す為の虚であるが、それだけでも並みの敵なら易々と決することが出来る威力。

そして何よりその攻撃の嵐を続けざまに見舞いながら、息の上がる様子もなく尚且つ、嬉々として嗤っているその様。

やはり更木に通じるものがある、と思う夜一であったが、こうして避け続けたとて戦いが決するはずも無かった。

 

 

(さて、どうしたものか…… “ 瞬閧(しゅんこう) ”は使えん。 あれを使えば確かに攻撃は通るが、現世の霊なる者に影響が強すぎる。かといって無為に攻めては儂の身体が保たん(・・・・・・)。打撃はここぞという所まで取っておかねばの。……ならば、彼奴の勢いを利用させてもらうとしよう!)

 

 

敵の猛攻を捌きつつ思考する夜一。

刹那の思考は今自分に出来る事出来ない事、するべき事避けるべき事を駆け巡らせる。

正面から殴り合う、という選択肢は始めから無い。

敵の持つ外皮、その霊圧硬度を夜一は嫌と言う程知っていた為、何の策も無く殴り蹴りつければ確かに敵にダメージは残せようが、それと同程度に自身もダメージを負ってしまうと。

だがそれを無にする策もまた夜一にはあった、瞬閧と夜一が呼ぶ術、これを用いれば自身へのダメージを軽減させ敵に更に大きな痛手を負わせることも可能だろうと。

 

しかし、この選択肢は避けねばならない。

瞬閧と呼ばれる術は確かに強力なのだろう、だが強力な技、強力な攻撃というものは自然範囲も大きくなり被害は広域に及ぶ。

これが周りに木々の生い茂る森であるか、或いは尸魂界外縁部に代表される荒野であったならばそれもいいだろう。

だが、ここはそうではない。

ここは、彼女が今居る場所は現世、それも現世の健全な魂、(プラス)達が多く住まう市街地なのだ。

そんなところで本人すら予期出来ぬ程の威力を持った技、強大な霊圧を発するそれが用いられれば、整達に影響が出るのは必至。

最悪魂が磨り減り押しつぶされ消滅しかねない、現世と尸魂界、両者の魂の均衡が崩れるのは夜一にとって、いや霊なるもの全てにとって望ましいものではないのだ。

 

ではどうするか。

瞬閧は使えず打撃も数は限られる。

出来る事、出来ない事、避けるべき事は判ったと。

ではするべき事は何か、避わし続けるのではなく反撃の手は何か、夜一に見えるのは猛威を振るう敵の拳達、その勢いは猛然の一言でありこれを利用しない手は無いと、夜一はするべき事を固めた。

 

 

「避けてばかりじゃつまらねぇだろうが! 打って来いよ!俺を殺す為に!それを突き詰めんのが戦いだろうが!ッ!!」

 

 

燃え盛る己が意を叫ぶフェルナンド。

避けてばかりでは何も始まらない、避けてばかりではつまらないと。

手を伸ばし足を振りぬき、殺意を乗せて襲い掛からせなければ何も始まりはしないと。

磨き上げたそれらは飾りではないだろう、俺を、他者を殺す事だけを思い磨いたのだろうと。

己が拳にそれを存分に乗せ叫ぶフェルナンド、そしてその意思を存分に乗せた彼の右腕が夜一の顔面へと伸びる。

 

 

そしてその瞬間、彼の世界は回転した。

 

 

天地は逆様に、空が大地となり大地は空となる。

足元が急に抜け、そして大地が頭上から降ってきたような感覚。

ありえざる感覚と、大地が陥没するほどの衝撃をフェルナンドは味わっていた。

 

合気、柔よく剛を制す。

夜一が行ったのはそれだった。

それは夜一が先日ヤミーに見舞った一撃と同じ、不用意に夜一へと手を伸ばしたヤミーは次の瞬間大地が割れるほどの衝撃を伴って地面へと叩きつけられたのだ。

敵の放つ攻撃、その方向性をずらし自らの力も上乗せして敵へと返すその技。

敵の攻撃が強力であればあるほど跳ね返るかのようなその一撃は威力を増す。

 

フェルナンドの攻撃は決して不用意、という訳ではなかった。

しかしフェルナンドの攻撃を見切り、刹那の拍子でそれをずらし、己が力を乗せ敵を回転させ地面へと叩きつけた夜一の技量。

フェルナンドの殺意の拳よりも、連綿と積み上げられ培われた技量がそれを上回っていたのだ。

 

 

(うまくはいった……か。 だが所詮は時間稼ぎ、この程度の攻撃では幾分の痛手もなかろう…… しかし彼奴の攻撃、まさか…… )

 

 

フェルナンドを叩きつけて後、彼から距離を置いた夜一。

まずは自身の思惑通りの展開と先制を得た夜一だったが、それだけで勝敗が決したなどという思考は浮かぶことは無い。

こんなものはあくまで機先を制するためだけ、只投げ、叩き付けただけで死ぬ筈が無い。

少なくとも目の前の男がその程度で死ぬ姿を夜一は想像できず、想像できない事は決して起こりえない事。

目的はあくまで敵の気勢を削ぐ事、猛烈な攻撃はまた今と同じ状況を作り出すと相手に認識させる事こそ肝要なのだ。

 

気勢を削ぐとはそういう事、敵の選択肢を潰し、如何にこちらに有利な状況を作るか。

勢いをそがれれば敵は自然と下り坂、その後のやりようなど幾らでもあるのだから。

只一点、僅か気にかかるものを抱えながら。

 

 

「成程、ヤミーの野郎がすっ転んだのはこういう仕掛けかよ。まさか自分の力が跳ね返って来る、とはなぁ…… だがこんなもんは“お遊び”の延長だろう? 」

 

 

夜一の考えどおり、叩きつけられた方のフェルナンドは苦も無く起き上がった。

服には所々埃が付いていたが、別段外傷らしい外傷も無く損害は軽微の一言だろう。

自身が喰らった攻撃を彼なりに分析し、納得した様子のフェルナンド。

しかしこんなものが磨き上げた技、殺す為の技とは思えない彼にとって、それはどこまでもお遊びでしかなかった。

 

 

「オラ、攻めて来いよ。 受けてばかりじゃつまらねぇだろ?それともそんな消極的なもんがアンタの積み重ねた技なのかよ」

 

 

構えながら嗤うフェルナンド。

獰猛、その一言だけがその笑みには浮かび、意識の全ては夜一へと向かっている。

対して夜一はそんなフェルナンドの挑発に乗る事無く。

あくまで自分から攻めかかる事はしなかった。

 

 

「なんだよ、来ねぇのか? アンタはもう少しこっち寄りだと思ってたんだがな…… やっぱりその左腕と左脚(・・・・・)じゃぁ本気じゃ来れねぇ、ってことかよ」

 

「ッ!! 」

 

 

夜一が思ったとおり、どこか気落ちしたようなフェルナンド。

だが続いた言葉に夜一は目を見開く。

それは彼女を震撼させるに充分足るものだった。

左腕と左脚、そう、彼女がこの戦いに消極的であり尚且つ万全ではないという理由はそれなのだ。

先のウルキオラ、そしてヤミーの現世侵攻の際彼女はその迎撃に赴き、その腕と足でヤミーを打ち据えた。

その後、二体の破面は虚圏へと退きはしたがその為に彼女が払った代償、それが彼女自身の左腕と左脚であった。

 

破面の外皮、鋼皮(イエロ)と呼ばれるそれを殴り、蹴りつけた夜一。

それは洗練された体術と四肢が発する威力をもってヤミーを打ち据えはしたが、何の防護策も無くそれを行った夜一は、予想以上の霊圧硬度を誇る鋼皮によって自身の手足にも傷を負ってしまっていたのだ。

動かすことに支障は無い、しかし戦闘の負荷にはそう長く耐えられるものではないその手足。

打てない訳ではない、蹴れない訳ではない、しかし万全とは呼べず、破面の本格的侵攻に備えこれ以上の傷を負うことは避けるべき事。

故に夜一はこの戦い、フェルナンドを打ち倒す事を目的とせず戦っていたのだ。

 

しかしそれは見抜かれていた。

それも的確に、左腕と左脚と明確に指摘して。

夜一にそんな素振りを見せた心算はなかった、敵にそれを悟られるという事は自分の弱点を悟られるのと同じ。

戦場においてそれはあまりにも不利が過ぎる。

故に悟られぬよう注意は払っていた心算だったが、目の前の破面はそれを看破している。

 

だがそうなると一つおかしな事が、辻褄が合わない事があると夜一は思い至った。

それは僅か感じていた違和感、気のせいとしてしまえばそれまでではあったが、この事実がわかった以上それは気のせいではなく真実なのだろうと。

では何故、夜一にそんな思いが過ぎる。

 

では何故、この破面は自分の左側から攻めてこなかったのか、と。

 

 

「……おぬし。 それを見抜いておきながら、何故そこを攻めぬ……」

 

「ハッ! 別に戦いながら俺が見つけたなら攻めても良かったんだが……な。だがあの女が言っちまっただろう?身体がどうの、とかよぉ」

 

 

どうしても判らぬ夜一はそれを直接聞いてみる事にした。

答えが返ってくるとも思っていなかったが、投げかけてはみようと。

そして答えはいとも簡単に返ってきた。

曰く何も戦いながら全てに気が付いた訳ではないと、ただその前に、ルキアが零した一言が切欠だと。

余裕が無いという言葉の後に身体を心配するかのような言葉、そんなやり取りがあれば誰だって気が付くだろう。

敵は身体を損なっていると、決して万全の状態ではないと。

どこか、までは攻防の中の僅かな動きから、しかし事前に知らせがあったこと自体は間違いないのだ。

 

 

「それがどうしたと? 戦いに……殺し合いに卑怯なぞというものは無い、と言ったのはおぬしであろう」

 

「そうだ、殺し合いに卑怯なんてもんは無ぇ。だが……誰かに教えられた弱点を攻めるのは別だ、そんなもんはここを攻めろと言われてんのと同じだ。他人に与えられた勝利も同じだ、そんなもんにはクソ程の価値も無ぇ。そしてそれを勝利と呼ぶ事は、俺の矜持が許さねぇ」

 

 

愚直、フェルナンドの言葉を評するにはそれが適当だろう。

弱点を突くことは卑怯ではない、しかし、示されたそれを突く事は違う。

少なくともフェルナンドにとってそれは許せない事、自分がそれを行うのは許されない事なのだ。

彼の信念が、曲げられぬ矜持がそれを否定する。

その先に得た勝利は無価値、そして無価値な勝利の先に求めるものは無いと信じるから。

得られるものは無いと信じるから。

 

 

「だがアンタはどうだ? 本気を出さない(・・・・)のと出せない(・・・・)のはまた違う。その腕もその脚も、蹴れねぇ殴れねぇって訳でもねぇだろう?これ以上痛めるのが怖いか?この先に支障があるのが拙いか?ハッ! 俺も随分と……甘く見られたもんだぜ!」

 

 

フェルナンドの強い意志に僅か気圧された夜一。

勝利よりも矜持を優先する、例え己が身を犠牲にしたとしても。

戦いに、勝利に餓えながらしかし、どこか高潔さを感じさせる精神。

これが敵、これが破面、只の化物ではない信念を持つ者達、それが向いている方向は多々あれどそこに強い意思がある。

ただ暴を振るう集団ではない、それゆえに感じる苦戦の予感。

 

その夜一にフェルナンドはまるで見透かしたような言葉を投げ付け再び突進する。

確かに全てをかなぐり捨て、彼を倒す事だけを考えれば遣り様は幾らでもある。

しかし夜一にとって此処が全ての終わりではない。

先を見据えればこそ彼女は温存しているのだ、自身が本当に力を使わねばならない場面がくると。

そしてその場面は今ではないと。

 

 

「ウラァァアアァア!! 」

 

 

裂帛の気合漲るフェルナンドの拳。

迫り来るそれを夜一は避わしながらも再び柔法によってフェルナンドを大地に叩きつける。

しかし今度は離脱の隙が無かった。

叩きつけられたフェルナンドはその後直ぐに立ち上がり、そのまま夜一へ再び襲い掛かったのだ。

自身の頑強さにものを言わせたかのような攻勢、だがそれでも夜一は冷静に対処し、再びフェルナンドは大地に叩きつけられる。

 

その後はそれの繰り返しだった。

夜一が投げ、フェルナンドが跳ね起き再び襲い掛かり、そしてまた投げられる。

目的が見えぬフェルナンドの攻勢に次ぐ攻勢、敵の勢いを削ぎぐ事を目的としていた夜一であったが、目の前のフェルナンドは気勢が下がるどころかまるで燃え上がる炎のように勢いを増していく。

 

そして嬉々として嗤っているのだ。

 

 

「ハッ! どうした! ただ転ばせるだけ(・・・・・・)で敵が死ぬかよ!殴れ!蹴り飛ばせ! 腕を足を首をヘシ折れ! “先”なんか見据えてんじゃねぇよ! “今”が全てだろうが!先の事は今俺を殺した後で考えやがれ!!」

 

 

そう、先を見据えることは大事なことだ。

だがしかし、今目の前の敵を蔑ろにする事が先を見据える、という事ではない。

夜一にとって先にある戦い、藍染惣右介が仕掛けてくるであろう侵攻の方が重要であるのと同じだけ、フェルナンドにとって今彼女と戦う事は重要な事なのだ。

故に叫ぶ。

転ばせるだけでは死なない、投げ付けただけでは死なない、これは倒すための技であって殺す為の技ではないだろうと。

急所を殴り、頭を蹴りつけ、腕を折り足を折り、首をヘシ折り捻じ切る事。

それこそが殺すという事であり、今求められるのはそれ以外ないとフェルナンドは叫ぶ。

いや吼えるのだ、彼の魂が。

先ではなく今を、今目の前にいる俺を殺して見せろと。

 

 

(成程。 この破面、やはり更木と同じ類。 今という刹那を生きる獣、いや修羅か……この手の者は幾ら時を掛けようが気勢など落ちん。ならば、儂も覚悟を決めねばなるまい……)

 

 

一向に衰える気配無く、それどころか気勢を増しながら迫り来るフェルナンドを前に、夜一もまた覚悟を決めようとしていた。

こういった類の者を相手に気勢を削ぐ等という事は無意味、何故なら彼等の様な者達にとって、この状況もまた戦いの内側。

自分が圧される事、攻め込まれ窮地に立たされる事もまた戦い、そしてそうでなければ面白くないという思考回路。

要するに馬鹿なのだ、どうしようもなく、そうどうしようもなく戦いを求める戦闘馬鹿、それが彼等の正体であり全て。

 

退(しりぞ)けるには最早道は一つしか無い。

敵が諦めて帰る事は無い、増援もおそらく望めない、身体は万全ではないがしかし、やるしかないのだ。

 

 

再び跳ね起きるフェルナンド、獲物を見据えると襲い掛かるように駆け拳を打ち出す。

それは最早殺意の固まり、お前を殺す、そして俺を殺して見せろという反する感情が乗る拳。

魅せろ魅せろとせっつく様なそんな拳だった。

 

先程と同じならばこのまま拳は避けられ、逸らされ、次いで天地は逆転し大地はフェルナンドに落ちてきただろう。

だが今回は些か状況が違っていた。

拳を打ち出し、避けられる所までは同じだった。

しかし次の瞬間夜一の姿がフェルナンドの視界から消えたのだ。

まさに一瞬の出来事、フェルナンドですら目で追えないそれは最早消失に近く、次にフェルナンドが彼女の存在に気が付いたのは、彼女の両手が彼の二の腕辺りを握った時であった。

 

瞬間視線だけをそちらへと向けるフェルナンド。

延びきった自身の腕、その二の腕辺りに見えるのは褐色の指先。

しかし視線を横にずらしたとて見えるのは夜一の手と腕のみ、彼女自身の姿はそこには無く、腕が続く方へと視線を奔らせたフェルナンドが見たのは、彼の二の腕の上で逆立ちをしている夜一の姿だった。

 

 

吊柿(つりがき) ”。

夜一が編み出したその技は、敵が放った蹴りや拳を足場とし、攻撃の軸とするもの。

本来ならばありえない敵を足場とするという攻撃、それ故に敵には虚を突かれた僅かな硬直が起こり、尚且つ普段では考えられない位置角度から襲い掛かる攻撃は驚異的だろう。

夜一はフェルナンドの腕を足場とし倒立し、そして伸ばしていた脚、その膝をフェルナンドの脳天目掛けて振り下ろした。

それはまるで振り上げられた斧、処刑台に括り付けられた罪人の首を落とす斧を思わせる鋭さを持ってフェルナンドへと襲い掛かる。

頭上からの攻撃に生物はあまりに弱い。

そこは死角であると同時にもっとも防御が薄い場所のひとつ、薄い皮膚と頭骸骨を突き破ればそこにあるのは脳であり、それさえ潰せば敵に残るのは死だ。

故に夜一は狙う。

一撃必殺、今彼女にあるのはそれだけ。

その瞳に最早迷いは無い、先を見据え自身を温存する気など無い。

ここで最悪自分の膝が壊れても構わない、この者を後々まで永らえさせる方が彼女には今、余程危険に思えていた。

 

 

(獲った! )

 

 

そう思い膝を叩きつける彼女、鈍い音と共に衝撃が弾け、叩き付けたと同時に夜一はフェルナンドの腕から飛退く。

最悪膝が壊れても構わんとさえ思い放った一撃であったが、幸いにも膝は無事。

無論ダメージはあったがそれでも重畳と言えるだろうと、夜一は結論付けた。

 

そこに今だ立っているフェルナンドの姿を見るまでは。

 

 

(これは…… まったく、どうりで儂の膝が砕けん訳じゃ、彼奴め…… 土壇場で避わしよったか)

 

 

夜一に見えるフェルナンドの姿、頭部は無事であり損傷は見られない。

そして首筋から肩にかけて立ち昇る煙のような残滓、まるで何かを高速で擦ったような、そんな痕はまさしく夜一の膝が一撃の痕。

夜一の姿、そして何をしようとしているかを見たフェルナンドは瞬時に頭を反らし、さらに足場として使われている腕を動かして脳天への攻撃を回避してみせたのだ。

しかし出来たのはそこまで、脳天への攻撃は確かに逸らせはしたが換わりに首筋を抉り、そして彼の肩に深々と突き刺さったのだった。

夜一の膝が砕けなかったのはフェルナンドが刹那の回避を行った為、骨と骨のぶつかり合いともなれば如何に霊圧の加護があれど、破面の鋼皮も伴って膝は砕けただろう。

だが、首に当たり勢いを削がれ、更に筋肉で覆われた肩であったためまだ砕けずに済んだという事。

獲るには至らなかったが、それでも致命的な痛手を負うこともなかった夜一。

まだやれると僅か身体を沈ませ、次に備える。

 

 

「クッ、ククク……クハハッ、ハハハハハハ!!そうだ!俺が待ってたのはそれなんだよ!! 俺を足場にしやがった!ハハ!俺が考えた事も無ぇような攻撃だ!あるじゃねぇかあるじゃねぇかよ!敵をブチ殺す為に磨いた技がよぉ!」

 

 

備える夜一に聞こえたのは歓喜の叫びだった。

自分が攻撃を喰らったというのに、浅くは無いであろう攻撃を受けたというのにその男は嬉々として嗤うのだ。

求めたのはこれだと、自分が思いもよらなかった攻撃が、自分が思いつきもしなかった攻撃が自分を殺しに向かってくる。

それが楽しくて嬉しくてたまらない、そんな雰囲気すらあるその笑い声。

やはり狂っている、夜一にそう感じさせるには充分なそれは、更なる喜びを求めていた。

 

 

「オラ次だ!次をやろうぜ! 漸く殺し合いらしくなってきたんだから……なぁ!!」

 

 

その肩に受けた傷等ものともしない様子で歓喜の声を上げるフェルナンド。

傷より、痛みより、それを凌駕する興奮、高揚が彼を支配する。

虚圏に彼と同じような使い手は少ない。

皆己が拳を武器として戦いはするが、それを主としている者など殆どいないのだ。

それが不幸だと彼は思わない。

思ったところでその状況は変らず、自分の境遇を嘆くのは彼には違う気がしたのだ。

 

だが、目の前の女性は彼と同じような事を突き詰めた人物。

故に歓喜する、その力に、その技に、彼が思いもよらなかった全てに。

敵は自分が望み求めていたものに足るものを魅せた。

ならば、自分も魅せなければ釣り合いが取れないと。

殺し合いと口にしながらもそう思ってしまうフェルナンド、それはきっと嬉しさなのかもしれない。

 

自分と同じだという事。

種族ではなく、性別ではなく、生き様も価値観も何もかもが違うがしかし、極めようとするものが同じ者。

敵を打倒する、只その為だけに拳を、蹴りを、それらを用いる事を続けた者。

彼よりももっともっと長い間、生を受け今に至るまでそれを止める事が無かった者。

その者に対する敬意、本人にその意思は皆無であろうがその行動は確かにそう取れるだろう

 

夜一へと突進するフェルナンド。

対する夜一は構えを崩さず迎え撃つ気配を見せる。

迫るフェルナンド、そして夜一の間合いへと入った瞬間彼は大地を蹴り、跳んだ。

低空での回転、大きく開かれた脚が描く弧の軌道の回転蹴り、その踵が夜一に襲い掛かる。

夜一の顔の目の前へと迫るフェルナンドの踵、上体を反らす様にしてそれを避わす夜一だったが直後、たった今避けた蹴りを追うようにしてもう片方の足が彼女に迫っていた。

 

 

(“ 風車(かざぐるま )” !? いや、違う……が、なんという動きじゃ!)

 

 

瓜二つと言うわけではないが自分が使う技にも似たフェルナンドの動き、そしてそれを可能とする身体操作と肉体。

先程までの拳と蹴りの連打から白打の使い手とは読んでいたが、思いのほか完成度の高いそれを前にし夜一も驚いていた。

だが、似ているという事は避わせるのもまた道理、一撃目以上の速度で迫った追撃も夜一の薄皮一枚捉えるのが精一杯であった。

 

が、フェルナンドの攻撃はまだ止まらない。

 

連撃を避わされ後、重力に引かれ落下する身体をフェルナンドは片腕を突っ張り止める。

掌をつき、握力にものを言わせて大地に爪を立てると身体の勢いを止め、たった今振り抜いた脚を自分の方へと無理やり呼び戻すと、夜一の今度は腹部目掛けて蹴り上げたのだ。

本来ありえない下方向から突き上げるようなその蹴り、更に身体の強度にモノを言わせたあまりに変則的な攻撃の繋ぎ方によるそれは、予想だにしないだけに防ぐに窮するもの。

 

 

(なに!? )

 

 

そしてその蹴りによって夜一の身体が後方へと吹き飛ばされた。

放物線を描き吹き飛ばされる夜一、フェルナンドから離れた位置に着地した彼女は、腹部を押さえながらも今だその脚で立っていた。

 

 

「ハッハハ! 流石、だなぁ。 初見で今の連撃に反応して更に衝撃は自ら跳ぶ事で消す……かよ。いいねぇ……俺が睨んだ通りだ。あんな死神のガキよりよっぽどアンタの方が強ぇじゃねぇか」

 

「フッ、それは喜んでいいのかのぉ。……だが、貴様の言う死神のガキ……一護の奴を甘く見ておると、おぬし等いつか痛い目に合うぞ……?」

 

 

蹴りを撃った体勢から素早く立ち上がるフェルナンド。

そして今だ立っている夜一の姿を確認すると、その笑みはまた深くなる。

やはり、というその笑み。

そう、彼女が立っているのは当然、何故なら彼女はフェルナンドの攻撃を防御していたのだから。

下から迫るフェルナンドの蹴り、それを腕を交差させるようにして受け勢いを殺し、それでも尚押し切ろうとする彼の蹴りを受ける直前に夜一は自ら後ろへと跳んだのだ。

蹴りの力の方向と同じ方へと跳ぶ事で威力を消す為に。

 

それは蹴りを撃ったフェルナンドが一番良く理解していた。

蹴った感触が明らかに軽い、突き刺さったような感覚など無く、しいていえば触れた様な撫ぜた様な感覚のみ。

それで敵を倒したと思えるほど彼は馬鹿ではない。

故にその光景は、大地に立つ夜一の姿はフェルナンドにとって想定内であり当然であった。

 

 

夜一の方は自ら後ろへ跳び、蹴りの勢いも何とか殺したおかげで大事には至っていなかった。

しかし口の端から僅かに流れる血が、彼女の受けた攻撃の威力を物語る。

勢いを殺し、自ら跳び衝撃を殺して尚、威力を残すその蹴り。

化物と呼ぶに相応しいとさえ思えてしまうそれ、そしてその一撃を喰らうまでの敵の一連の動き。

 

ありえない、と思った所から飛んでくる必殺の一撃達。

虚と実、織り交ざり思考の外から襲い掛かる絶死の(あぎと)

白打の使い手としては荒削りと言っていいがしかし、拳に宿る熱、魂は一級品。

振るう拳も放たれる蹴りも、どこか彼女の一族が先祖代々から振るうものに通じるような魔技の様相を見せる。

 

 

そう、全てはただ無手にて敵を殺す為に、と。

 

 

「痛い目……かよ。 そいつは望む所だなぁ。あのガキが俺達を殺せる程強くなるならそれもまた良い。寧ろそうなってくれた方が良いに決まってる」

 

「ほぅ……おかしな事を言うものじゃ、敵が強いほうが良い……と?」

 

「そうだ。 敵が強ければ強い程、俺を殺そうとすればするほど良い。そうすれば見える筈だ、その敵を殺した後には見える筈、感じる筈だろう?俺は今、生きているんだ(・・・・・・・)ってぇ実感が、よぉ……」

 

 

その言葉に夜一は決定的な破綻を見た。

自分を殺そうとする者、強者との戦い、その先にこそ求めるものはあるとフェルナンドは言うのだ。

生きている実感、自分が今を生きているという実感、長い長い年月、破面になる前、大虚になる前、虚となって後途方も無い時間の中で喪失した誰しもが持つであろう時間。

彼はそれを求める、どうしようもなく、それに餓えている。

故に彼は戦いを欲するのだ、戦い、命と命を削りあう舞台を。

その存在をぶつけ合い火花散らす場所の先にこそ、極限の舞台の先にこそ見えるとこの男は確信している。

 

 

自分は今、確かに今を生きているという実感があると。

 

 

(なんという…… この男、自らも“ 先 ”を求めながらその先を得る為に“ 今 ”に命を懸けるのか……いや、先を求めるからこそ今を戦える、というべきかのぉ。今という戦いの先にこそ求めるものがあるというのなら、その今に全てを賭けねば先など手に入りはしない……と)

 

 

自分は先を見据え今を守った、しかし敵は先を求めながら今を賭けたのだ。

そこに差は無く、どちらもが正しいのだ。

自らに信念に基づいたのならそれは正しい、殉じるものが違う時点でどちらか一方こそが正解という事はありえない。

 

そう思いながらも夜一はどこかその男を自由だと思った。

自分は気ままな野良猫暮らし、しかし背負った責任は捨てきれるものではなかった。

今という刹那を生きるような振る舞いをしながらしかし、どこか先を見据えていた気がしてならないと。

その自分を見たとき、ひどく目の前の男は自由だ。

求めるもののためならば容易く全てを捨て去れる、そう決断できる自由さ。

それが正しいとも思えはしないが、そんな身軽さは夜一には羨ましくも見えた。

 

 

「あぁそうだ。 こんな程度じゃ得られる筈が無ぇ。もっとギリギリの戦いが必要だ!蹴りは見せた、次は……この拳を見せてやるよ!女ァァアァア!!」

 

 

尚燃え上がるフェルナンド。

気勢は燃え盛る炎、殺気は焼き焦す熱波の勢い。

叫べば霊圧は漲り気迫は尚も増していく。

受けたダメージも何もかも、吹き飛んでしまったかのような昂ぶり。

それをしてフェルナンドは、再び夜一に襲いかかる為足を踏み出そうとする。

 

 

しかしそんなフェルナンドの意気などお構い無しに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 邪魔して悪いけどお楽しみはそこまでやで?(ぼん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらりとした声が、月光の如く戦場へと響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

夜明けの使者

 

王命

 

思惑

 

蛇の笑み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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