BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.8

 

 

 

 

破面No.3『第3十刃(トレス・エスパーダ)』ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの失踪

 

 

 

それは任務で虚夜宮を空けていたハリベルにとって衝撃的な事態だった。

自分よりも一つ上の位階、第3十刃であり理性的で聡明、破面でありながら戦いを好まない破面らしくない彼女。

しかし一度戦場に立てばその戦闘力は他を圧倒するほど強力。

その姿はハリベルにとってある意味理想だった、戦う事は目的ではなく手段でしかなく力を誇示するだけの戦いは獣のそれと変わらない。

自らを戦士と捉え、また自身も戦士であろうとしたネリエルの在り方は無為の犠牲を好まないハリベル自身共感できる部分もあり、彼女の中で十刃で最も信のおける存在だったのだ。

言葉を交わす機会も多くは無いが確かにあった、彼女と彼女の従属官(フラシオン)が語り合う姿は主従を越えた信頼というものをハリベルにも確かに感じさせ、自分も自分の従属官たちとこういった関係になれればと憧れを抱くほど。

 

 

そしてそんな彼女の姿は好ましいものだと。

 

 

だがその彼女の突然の失踪。

ありえない、そんな言葉だけがハリベルの頭に浮かぶ。

そもそも彼女が姿を消す理由が無いと、上位十刃として破面をまとめる事、また戦いを好まぬ故に命が失われる事を嫌い仲間を助けるという破面、いや、虚を含めた虚圏に棲む者の中でも稀有な行動をとる彼女。

理性あるが故に戦いではなく、対話をって事を成そうとする彼女の姿勢は虚夜宮に新たな秩序をもたらすきっかけとなる筈だった。

そして何よりネリエル自身そうなればいいと語っていたのだ、それを成さずして、それを放棄するように彼女が消える事などありえないと。

 

では何者かによって殺されたのか、とも考えるがそれもまたあり得ないとその考えを斬って捨てるハリベル。

ネリエルとて十刃だ、それもハリベルよりも上位の十刃である彼女が戦闘で敗北する事などほぼあり得ない。

そして戦いを好まずとも一度戦闘となれば戦士として相手と向かい合い、命を奪ったその後もその命を背負う覚悟を持って戦うそんな彼女が、まさに戦士たる彼女が、唯の戦闘で負ける筈等がないとハリベルはそれは確実にないと結論付けた。

だが現実として彼女はその行方を晦ましていた。

 

思考の袋小路、その中で“何故だ”というそんな呟きだけがハリベルの頭に木霊する。

 

 

「……かい? 聞えているかい? ハリベル」

 

 

思考の海に沈んでいたハリベルの意識が急激に浮上する。

下を向き考えに耽っていたハリベルが顔を上げると、玉座に腰掛けたままの藍染が笑みを浮かべたままハリベルに声をかけていた。

 

 

「申し訳ありません、少々考えに耽っていました…… 御前での無礼、お許しを」

 

「構わないよ。 そんな些細は……ね。 さて、ネリエルの事は残念だが今は大事な時期だ。十刃の欠けは許されない、出来てしまった空席は埋めなければならないね」

 

「お待ちください藍染様ッ。 せめてもう少しの間、探査を続けて頂けないでしょうか、彼女がいきなり消えるなど…… 」

 

 

藍染が暗にネリエルの捜索をしないと言った事にハリベルは待ったをかける。

確かに十刃に欠けが許されないという事はハリベル自身理解している、だがそれでもネリエルが失踪する理由が余りにも見当たらない。

入れ込んでいるという部分を差し引いたとしても何か裏に在るのではないかと考えるのは、むしろ自然な事に思えた。

理屈が通らない事柄には理屈では計れない事柄が往々にして絡みつき、不条理は生まれる。

どう考えても筋が通らないというのならばそれは筋を捻じ曲げた存在のため、それが存在するというのならばネリエルの身に起きたのは彼女が予期せぬ事柄であり、そうでなければこの状況が生まれるはずがないと。

それ故にハリベルはネリエルの捜索を嘆願したのだ。

彼女は自らの意思で失踪したのでは無いと信じるが故に。

 

 

「藍染様どうか「居なくなっちまったヤツなんかどうだっていいだろうが!グチグチうるせぇんだよ! 第4(クアトロ)サマさんよぉ!!」

 

 

ハリベルの言葉を阻むように、ハリベルよりも後方の少し高い位置、短い長方形の立柱の上に腰掛けた一体の破面が叫んだ。

ニヤリと嗤い高い位置から彼女を見下ろすその破面、十刃上位であるハリベルに物怖じする様子はなくしかし先程のサイの破面の様に力が計れない愚か者でもないその破面にハリベルが視線だけを向けその名を零す。

 

 

「ノイトラ…… 貴様…… 」

 

 

ハリベルの視線の先にいたのは長身痩躯の破面。

黒い髪は肩まで伸び手首には金色のリング、ゆったりとした袴に爪先の曲ったブーツを履き左目には黒い眼帯、切れ長の細い右眼でハリベルを見下し、彼女を嘲うように大きく開かれた口の中に見える舌には『8』の刻印が刻まれていた。

ハリベルの言葉を遮った破面の名は『ノイトラ・ジルカ』 破面No.8 『第8十刃(オクターバ・エスパーダ)』の席に座る男である。

 

 

「大方テメェが十刃の器じゃ無いって事にようやく気付いたんだろうさ!負け犬よろしく外の砂漠に消えたんだろうぜ!えぇ!? 」

 

「貴様…… それ以上彼女を侮辱すれば許さんぞ…… 」

 

「俺がテメェに許してもらう必要は無ェよ!メス同士の庇い合いか…… ケッ! 反吐が出るぜ…… 此処にも戦場にも! テメェらメスの居場所は無ェんだよ!」

 

 

ハリベルの視線に殺気が滲む。

前々からネリエルとハリベルに対して何かと噛み付いてくるノイトラを、ハリベルは常日頃は無視していた。

とり合うだけ無駄な事、性別の差に力の差と強さを重ねる様な男に何を言ったところで無駄だと考えていたからだ。

だが今回のネリエルに対する侮辱、そして自身とネリエルをメスと罵り両者の戦士の誇りを傷つけたノイトラに、本来冷静で思慮深いハリベルでさえ自身を抑えられなくなっていた。

ノイトラはその視線を受け止め、ニヤついた顔はそのままにそれに答えるように睨み返し、腰を浮かせて臨戦態勢をとる。

その手には三日月の背の中心に長い柄を突き刺したような特異な形をした、最早刀とは呼べないものを握り絞めるノイトラ。

二人の感情に呼応するように二人の霊圧も解放されぶつかり合い、その様子に下位の破面達は震え、ハリベルとノイトラ以外の十刃は我関せずといった態度でその様子を傍観していた。

それは無論フェルナンドにもいえることで、どちらかと言えば彼の場合御託はいいから早く始めろという気配が炎から溢れている始末。

しかしこの場には彼女達以上に圧倒的な力を持つ存在が居る。

 

 

 

「二人とも、其処までだ 」

 

 

 

一触即発の気配の二人、その二人を強大な霊圧が襲う。

藍染から放たれる霊圧にハリベル、そしてノイトラも上から押さえつけられるようなそれに耐えられる様足に力を込め、踏ん張るようにしてそれに耐える。

彼ら十刃をしてもそうして意識して耐えなければ、簡単に膝を着いてしまいそうな濃密な霊圧の波濤、それを笑みを浮かべたまま苦も無く発するのが藍染惣右介なのだ。

互いに意識を藍染に集中していなければならない状況、そんな状況下で戦うことなど叶う筈もなく必然的に一触即発の事態は回避された。

 

 

「十刃の私闘は厳禁だと言った筈だ。 こんな事で十刃を欠く事は許されない…… そしてハリベル、ネリエルの事は既に決定事項だ。私が決めた(・・・・・)それが理由(・・・・・)だよ。判ってくれるね? 」

 

 

「……はい。 出過ぎた申し出、お許しください。」

 

 

自分が決めた、それが全てだ。

藍染の言葉は正しく彼等破面の“王”としての言葉だった。

逆らう事などはじめから許されるはずも無く、全ては王の言葉によって決定される。

言外に反論は認めないという藍染の言葉と霊圧、放たれたそれはハリベルに藍染と出会った時のあの感覚を思い出させるのに充分なものだった。

虚という闇の住人にあって尚、更に深い闇の深淵を覗き込んだような感覚を。

 

 

「判ってくれて嬉しいよハリベル。 ノイトラ、キミもいいね?」

 

 

ノイトラにも同様に声をかける藍染、それをノイトラはと小さく舌打ちをすると柱から飛降り顔を背け歩き出す。

余りに不躾な態度にも藍染は笑みを崩さない、そんな事はやはり彼にとって瑣末なことなのだろう、力で押さえつけて払わせる敬意など何の意味もない、と。

そして藍染は背を向けて広間から去っていくノイトラに最後に声をかけた。

 

 

「ノイトラ、あまり今回の様な(・・・・・)派手な事は今後止めておくといい…… 次は無い(・・・・)ぞ? 」

 

 

その言葉に藍染に背けていたノイトラの目が一瞬だけ大きく見開かれる。

ノイトラの背を見据える藍染はいつもの笑みを崩さない、いや、その笑みはどこかノイトラの反応を愉しむかのように微笑んでいた。

言葉だけを聞けばたった今起った一触即発の事態に対する静かな叱責だろう。

不敬な態度も相まってか示しが付かないと藍染が部下の前で次は無い、とノイトラを窘めたとも取れるその言葉。

 

しかし藍染の真意はそこには無い。

 

藍染の真意に気がつけたのは本当にごく一部、事の首謀者と共犯者だけだろう。

そう、藍染が言ったのは今の出来事とは別の事柄。

 

彼はノイトラに告げたのだ、自分は総てを知っていると。

ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは自らの意思でこの虚夜宮を去ったのでは無い、と。

 

 

 

ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクはノイトラ・ジルカによって殺されかけ、この虚夜宮から追い落とされたのだ、と。

 

 

 

振り返る事無く苦虫を噛み潰したような顔で苛立ちを覗かせるノイトラと、尚笑みを浮かべる藍染。

藍染の言葉から自身がネリエルの頭をその仮面ごと割り、彼女の従属官と共に砂漠へと投げ捨てた事実を知っているとこの男は知っていると告げているのだと悟ったノイトラ。

この男にとって、藍染惣右介にとって自分が覚悟と決意を持って行った行為は、全て掌の上。

万全を期したはずの行動は全て藍染にとっては周知の出来事であり、それを咎められるのではなくあえて見逃される(・・・・・・)という屈辱。

ノイトラの心中いかばかりのものか、渦巻くそれは捌け口を見つけられぬまま彼の仲で渦巻き続けるのだろう。

そんなノイトラの心中を全て見透かしているであろう藍染の浮かべるその笑みは、自らの手の内で必死に足掻く者達を慈しむ様な笑みにも見え、またその命を自由に刈り取る事ができる愉悦の笑みにも見えた。

 

 

「さぁ、この話はこれまでだ。 空席になってしまった第3十刃の席には、ハリベルに座ってもらうことになる。いいね?」

 

 

反論など出ない、出る筈が無い。

先ほどの霊圧が喩え自身に向けられたものでは無いとしても、その余波だけで下位の破面は沈黙し十刃にしても上の席が空いたのならば、当然全員が繰り上がるのだから文句などありはしない。

気骨のある下位の力ある破面達からしてみれば、図らずも今まで虎視眈々と狙っていた十刃の座が手に入る機会が回ってきたようなものだ、喜びこそすれ反論などありえない。

 

 

「……第3十刃の席、確かに承りました 」

 

 

ハリベルがその場で片膝と片手を床に着き、臣下の礼をもって藍染に頭を垂れる。

フェルナンドはそれをつまらなそうに眺めていた。

彼の目的は力を得ることで、それ以外はさっさと終わらせて貰いたいと言うのが正直な感想なのだろう。

位や序列に一切の興味が無い彼からしてみれば今この瞬間は確実に無駄な時間でしかなかった。

 

 

「頼むよ、ハリベル。 ……ではハリベルの昇位に伴って、空席になってしまった第4十刃についてだが…… 」

 

 

ハリベルが広間の中央からフェルナンドを伴って端の方へと移動する。

それを見届けて藍染は空位となった第4十刃についてどうするかを語り出した。

その時は誰もが順番道理に十刃が昇位するものだと思っていた。

いきなり下位の破面が第4十刃に抜擢されるなどあり得る訳が無く、いくら目の前で力を見せたといっても何の実績も持たないハリベルの隣にいる大虚など論外、未だ破面化すらしていない者を十刃に据えるなど流石の藍染でもしないだろうと。

順当に考えて下位の十刃が繰り上がっていく筈、こうなれば重要なのは第10(ディエス)の座だろうとこの広間にいる総ての者がそう考えていた。

 

 

彼らの主を除いては。

 

 

「第4十刃には彼になってもらう。 入ってくれ……」

 

「ハイ…… 」

 

 

藍染の言葉に姿なき鷹揚の全く無い声が返された。

藍染の座る玉座の後ろ、その先にある暗い通路から浮き上がるように現われる一つの影。

まるで血の通っていない雪のような肌に痩せた体つき、黒い髪に緑色の瞳と両目の下にまるで涙を流しているかの様な緑の仮面紋(エスティグマ)が奔る。

頭には角の生えた兜のような仮面の名残を残し、コート状の白い詰襟の衣をキッチリと着こなした破面は歩み出ると藍染の座る玉座の横に立った。

その緑の瞳はまるで何も写さない硝子球の様で、一切の表情らしい表情や感情が伺えないその破面からは生命というものがまるで感じられなかった。

”人形”その表現がもっとも彼の今の在り様を形容するのに相応しい言葉であり、しかしその破面の放つ存在感は人形のそれとは言えず、この場にいる破面総てにその存在を刻み付けるのに充分足りるものだった。

 

 

「紹介しよう。 彼が新たに君たちの同胞となった破面、名を『ウルキオラ・シファー』。そして新たな第4十刃だ…… 」

 

 

ウルキオラ・シファー、それがこの破面の名だった。

藍染の紹介にその隣で手を後ろで組んだまま佇むウルキオラ、たった今表れたその男が第4十刃に任命された、それがどれほどの出来事なのかウルキオラとフェルナンド以外の総てが理解していた。

十刃、それも上位の席にいきなり現れた者が座る、本来その力を認められてこそ座れるその位にいきなり現れた者が座る事、その異常性。

それを理解しているからこそ、殆どの者が藍染のその行動を理解できないでいた。

しかしそんな雰囲気を察したように、いやまるでそうなる事を想定しまた望んでいたように藍染は口を開く。

先程よりも尚、暗く怖ろしい笑みを浮かべながら。

 

 

「君たちの疑問はもっともだ。……ではどうだろう?今から十刃を除いた者達と彼が戦い、彼に勝てた者がいたならばその勝者が第4十刃となる、というのは…… キミ達にとっては破格の条件だろう?」

 

 

藍染の言葉に広間がどよめき立つ。

たった一体の破面を殺すだけで上位十刃の席が転がり込んでくる、下位の破面からしてみれば確かに破格の条件。

更に十刃の参加は無し、いいところを圧倒的な力を持つ十刃に奪われる事もない本来ありえない絶好の機会、そうなれば下位の破面達がこの戦いに参加しない訳が無い。

そこかしこから我こそはと思う破面が歩み出た事により、広間は多くの破面で埋め尽くされた。

歩み出た破面達は一様にこの好機を逃すまいと意気込み、いざとなれば徒党を組んででも勝利しようという輩が多く見受けられる。

その姿に今回歩み出なかった者達は皆、哀れみの視線(・・・・・・)を送るが、彼等はそれに気付くことはなかった。

 

 

「では始めよう。 ……ウルキオラ 」

 

「ハイ、藍染様 」

 

 

藍染への返事と共にウルキオラが玉座のある位置から飛び降りる。

後ろで組んでいた手をコートのポケットに突っ込み、その白いコートの裾をはためかせながら静かに床へと着地するウルキオラ。

それだけの動作で周囲は彼の存在感に呑まれてしまった。

周りに居並ぶ自分よりも一回りから大きいものでは二回りほどの体躯をした破面達を一瞥するウルキオラ。

そして一瞥の後彼は瞳を静かに閉じ、小さくこう呟いた。

 

 

 

「塵だな…… 」

 

 

 

塵、その一言が合図だった。

居並ぶ多くの破面が一斉にウルキオラに向けて襲い掛かる。

自らの拳で、或いはその手に握る刀でウルキオラを抹殺せんと襲い掛かる。

一対多、多勢に無勢、圧倒的な戦力差と物量によって押しつぶし、ウルキオラの命を刈り取る事で自らが十刃になろうとする彼らの目には己の欲望のみが浮かび、ウルキオラという破面を見てはいなかったのだろう。

見えているのは十刃となった自らの姿、栄光を手にした未来の自分、戦いの中でそんな自らの夢想に溺れる破面達。

ある意味で彼らは幸せだったと言えるかもしれない、己の思い描く最高の瞬間を夢見ながらその命を自らも知らぬうちに鎖したのだから。

 

確かにその一言は合図だった。

藍染が見下ろす広間一面に無数の赤い花が咲き誇る合図だった。

圧倒的な戦力差で命を刈り取ったのは多勢の破面達ではなく、たった一人だけのウルキオラの方だったのだ。

 

 

ある者は首と胴が離れ、またある者は縦にまたは横に一刀の下に両断されていた。

ウルキオラが行った事は何も特別ではい、移動し、斬るというあまりにも単純な動作。

たったそれだけの行為がウルキオラのとった行動の全て、ただそれが余りにも速過ぎた為、斬られた者は自らが斬られた事もまた自らが死んだという事も認識する間も無く絶命していったのだ。

そこかしこで赤い花が咲く中で、ウルキオラはその白いコートに一滴の赤も付ける事無く広間に佇む。

圧倒的、あまりにも圧倒的で次元の違う力を見せ付けて。

 

 

「……申し訳ありません藍染様。 加減したのですが、この塵共は俺の想像以上の塵だった様です」

 

 

何時抜刀したのか、その右手に握った刀一振りして血を払い、鞘へと戻しながら藍染へと謝罪するウルキオラ。

加減して攻撃したがそれでも殺してしまったと言う彼に藍染は満足そうに微笑む。

 

 

「問題ないよウルキオラ。 あの程度で殺される様では彼らに元々十刃としての資格はなかった。それにキミの言う塵の中にも力ある者(・・・・)はいただろう?」

 

「確かに…… 」

 

 

そう言ったウルキオラが振り返る、その視線の先には床に赤い花が咲き誇る中でただ一体だけが五体満足でその場に立っていた。

ウルキオラの攻撃を刀を左腕で支えるようにして身体の前に構えて防ぎ、疲労からか肩で息をしているその破面。

水浅葱色の髪、痩せ型ではあるが筋肉質のでその腹部には孔が開き、前を肌蹴させた短めの白いジャケットのような衣を纏い、右の頬には右顎を象った仮面の名残を残していた。

その破面から溢れるのは野生、そんな言葉を連想させる雰囲気を持つその破面はウルキオラの一撃を耐え、確かにその命を繋いだのだ。

そして好戦的なその目付きは肉食動物のそれと酷似し、その眼光は未だウルキオラをしっかりと捉え、睨みつけていた。

 

 

「君は確か破面No.12(アランカル・ドセ) グリムジョー・ジャガージャックだったね?どうやら生き残ったのは君だけのようだが…… まだ、続けるかな?」

 

 

未だウルキオラを睨みつけるグリムジョーに藍染は声をかける。

今やこの勝負、いや、藍染からしてみれば喜劇としか言いようが無いその舞台に立っているのはグリムジョーただ一人。

続けるにしろ、ここで終わりにするにしろ、藍染にとってはどちらでもいいのだ。

 

藍染の言葉から数瞬の後グリムジョーはその刀を納め、ウルキオラと藍染に背を向け広間を出て行く。

藍染、そしてウルキオラには見えない彼の顔には、弱い自分を呪う呪詛と、いつか這い上がりその喉笛を噛み千切ってやるという貪欲なまでの野望が入り混じっていた。

 

 

「では、これで正式にウルキオラが第4十刃だ…… 異論は無いね 」

 

 

藍染の言葉に広場の破面は沈黙をもって答える。

いや、それ以外の答えを彼等は持っていないのだ。

それを受けた藍染はいつも通りの笑みを浮かべてウルキオラの十刃入りを宣言した。

 

ウルキオラの力を認めさせるのと同時に、増えすぎた破面をこの機会に処理する、それが藍染の狙いでもあった。

既に十刃はほぼ完成形の破面といえる段階へと至っている、それならばそれ以外の実験体は処分してしまおうと藍染は考えていたのだ。

今回この“餌”に食いつくような破面は所詮出来損ない、まともに敵の力も計れず己の力に溺れるようなものは組織に何ら利を齎さずそれどころか不利益を齎すことしかしない。

それ故の今回の処分は藍染にとって計画通りに実行され、彼には“利”だけが残ったと言える。

 

だがその藍染にも予想外の出来事は起こった。

ウルキオラの攻撃からたった一体だけ生き残った破面、グリムジョー・ジャガージャック。

彼だけは他の破面達とは違いウルキオラの力を本能の部分で感じながらも尚、あの場所に立ったのだろうと。

下位の破面の中にもまだ力を持ったものはいる、藍染にとっては興味深い出来事だった。

全てを、それこそ本当に全てを掌握出来るだけの力を持った自身、しかしそれでもこの世の総てを知り、統べるには未だ至らない事が藍染には面白くて仕方が無い事だった。

 

広間に流れる沈黙の中それはウルキオラへと一直線に奔った。

ウルキオラへと奔ったそれの正体は殺気、それも熱を持っているかのように煮えたぎった殺気だった。

その感覚にウルキオラはそれが飛来した方向に視線を向ける。

視線は先ほど第3十刃となったハリベルの隣、ゆらゆらと燃える炎の塊へ。

 

殺気を放った張本人であるフェルナンドは何も語らない、ただウルキオラを見据える眼が猛りを宿していた。

対してウルキオラはその猛る炎を硝子の瞳に映し出すのみ。

そこに感情は見えずただフェルナンドを映しているだけにも見えた。

 

僅かの視線の交錯、その後ウルキオラが視線を切り踵を返す。

何を言うでもなく、いや何も言うことは無いのだろう。

彼にとってフェルナンドの存在は瑣末に過ぎず、彼の進む先を遮るものでもないのだ。

 

 

かくして虚夜宮でのそれぞれの邂逅は成される。

この邂逅が彼等にとってどんな意味を持つのか、今はまだ誰にも判らない。

 

ただ藍染だけが、玉座にあって笑みを深めるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

形無きモノ

 

其は炎

 

形あるモノ

 

其は炎

 

無から有へ

 

命の形が

 

転じる時

 

 

 

 

 

 

 


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